「流石シルヴィアだ!」
「ええ、貴女は自慢の娘よ!」
ずっと、不満だった。
「これ程の魔術の腕とは、まさに天才といえるだろう」
「セルウィン家きっての鬼才、ロード・ステュアート一門にシルヴィア・セルウィンあり!」
ずっと鬱屈した思いだけが、私には乗り掛かっていた。
皆が皆、シルヴィア・セルウィンを称える。誰もが彼女の才を羨望する。
ああどうして、誰も私を見ようとしてくれないのか。
「メアリは頑張りやさんね」
当たり前だ、天才に勝つためには立ち止まってなんかいられない。
「そんなに頑張らずとも、嫁の心配はするな」
父なりの心遣いなのだろう、有難い反面、あまりにずれていて呆れが先に来る。
「凄いねメアリは、私も頑張らなくちゃ」
ああ、凄いよ姉さんは。こんなにも真っ直ぐで眩しい程に輝いている。
私は愛されている。不十分無い家庭に生まれている。だからこそ、ああ、だからこそ。こんなにも惨めなんだ。
「素晴らしい才覚だ。彼女こそ、我がロード・ステュアートの後継に相応しい」
その瞬間、私の中の何かが切れた。
時計塔における名門であるロード。その次代当主として指名され、本家の養子になったのは一門の、それも分家でしか無い筈の姉だった。
名誉な事だ、これからのロードはセルウィン家に移り繁栄を約束されたといってもいい。刻々と受け継がれた魔術刻印を継ぎ、内外ともにそれを証明した姉は最早私の手の届かない場所に行ってしまったのだ。
ああ、なんて―――なんてこんなにも悔しいのだろう。
なぜこれ程までに家族の愛が煩わしいのか。
やめろ、優しくするな。愛してるというな。私のためになどという、私のお陰などという免罪符を使うな・・・・・・。
どうして、
家族が憎めたらどれ程楽だっただろう。恥を知らなければ、私はきっと無知でいられただろう。そして私はどうして、これ程惨めなのだろう・・・・・・。
あなたたちは正しい。だからこそ辛いのだ。
だからこそ、私はそこに救いを見いだした。
聖杯戦争という、大魔術儀式に―――。
己の力を証明したい。私はこれ程までに優れていると、決して姉の付属品などではないと。
私は私だ。メアリ・セルウィンは此処にある。だからお願い、私を認めろ。
様々なコネクションと努力のお陰で、私は遂に聖遺物を手にいれる。史跡に通じた我らがロードとその弟子が言うのだ。きっと私に相応しい英雄なのだろう。
僅かながらの緊張を孕み、私は降り立った。この八頭龍の地に。
普段なら風光明媚な自然と穏やかな気候。そして肌に感じる霊脈の鼓動に胸を弾ませただろう。
住居の手配をし、過ごすこと数日。私の願いが届いたかのように、私の身体には令呪が浮かんでいた。
初めて、認められた気がした。紛れもなく、選ばれたのだ私は。
ほんのちょっとだけの優越感。それがこれ程までに胸を高鳴らせると私は初めて知り得た。
一体どんな英霊なのだろう。どんな人が私のもとに来るのだろうか、選ぶからにはきっと素晴らしい英霊なのだろうと、そんな期待をもって私は召喚に望む。
・・・・・・望んだんだ。
「どうかしたかのぅ、立ち直ってはくれんか?」
「知らない、私はこんな爺知らない・・・・・・」
私が召喚した英霊、それは見るからに五十半ばの老人であり、ステータスは中級といった平凡な英霊であった。
「うぅむ、何があったかは知らんが、儂は少々兵法を嗜んでおる。心配せずとも聖杯は必ず得ることが出来よう!」
この爺の自信は一体どこから来るのだろうか、ステータスは幸運値が高い程度であり、後はCランクというもの。決して低いとは言わないが、最優のセイバーや敏捷値が高い傾向のあるランサーや遠距離攻撃を得意とするアーチャーといった英霊には及びはしないだろう。
それに加え、低い対魔力で対キャスター戦においてもあまり優位になりそうにもない。暗殺者における対処も不安である。
そして何より、私はこんな英霊は知らない。聖杯戦争をするにあたってメジャーな英霊を調べたものの、彼のような英霊は終ぞ聞いたことも無い。
「はぁ、これは駄目だわ」
「駄目かのぅ」
「だって、私貴方のこと知らないものライダー」
「おやまぁ、これは手厳しいわい」
呵々々々、と笑みを浮かべるライダー。
「まあ、所詮は一国の将軍でしかなかったからのぅ。致し方ないと言うべきか」
ライダーは独りでに納得すると、少しだけ顔つきを変えた。
「それで、これからどう動くべきかのぅ。そなたに考えがあるならば聞いておきたい」
「ふっ、聞いて驚きなさい!」
メアリは胸を反らすと、自信満々に言い放った。
「参加者を一人ずつ見つけ出して倒し続ければ私たちの勝利よ!」
「ふむ・・・・・・、確かにそうだのぅ」
「でしょう!」
メアリは目を輝かせ、これ以上もない笑みを浮かべる。その様子にライダーは神妙に頷き、メアリの様子をじっと見つめる。
「そうなると、まずは偵察か。反対がなければ儂は少し周囲を見てくるがどうじゃろうか」
「いいえ、その必要はないわ!」
そう言うと、メアリは側に置いていた鞄を広げると、そこから小さな小鳥を取り出した。
「使い魔よ、偵察や調査はこの子達がやってくれるわ。あなたは精々私を守ってなさい」
「ほほぅ、なんとも準備がいいことじゃのぅ。さすがは我が主よ、これ程に主人に恵まれたのはまさに幸運よ」
「ふふん! そうよ、もっと私を讃えなさい!!」
なんだこいつ、中々使えるじゃないか。メアリは今までと評価を逆転してライダーに好意を持つ。
歳を取りすぎているのは玉に瑕だが、今までの亜種聖杯戦争において老人の英霊がいないわけではない。特に歳を取った後とその前では英霊としての側面が違う場合もあることから一概に歳を取っているから弱いという訳ではない。
「ふむ、それは兎も角として、気になることはほかにもある」
そういうと、ライダーは懐から見惚れるほどの鉱石を取り出す。
「どうやら、儂についてきたらしいが、悲しいかな。儂には一向にこれに覚えがない」
「は? あんたの持ち物じゃないの?」
そう言ってライダーが取り出したのは青色の玉玦であり、それを見た時にメアリの目は変わる。
「・・・・・・これ、とんでもないわね」
「然り、ただの青金石ではないな。これ一つで宝具に匹敵しうる魔術礼装といっていいだろう」
メアリはその瑠璃の玉玦を食い入るように見つめる。
「主だった危険はこれ自体にはないわね。たぶん、サーヴァントの強化がこれの目的見たいわね」
「そうなると、捨てるのは無しじゃな。一応、儂が持っている方が良かろう」
「ええ、お願いライダー。けど、どうして私たちにこんなものが・・・・・・」
そう言って、不安になるメアリ。こんなものが発覚すれば、恐らくほかの参加者に狙われる可能性もあり得る。
そう思い不安をつねらせるメアリに対し、ライダーはのんきな声で、なんてことなく言葉を紡ぐ。
「なに、何も儂らだけが持っているとは限らん。三画の令呪に加え、このようなものがある以上、敵もそれ相応のものを持っていると仮定して動いた方が良かろう」
「何か考えがあるの?」
「ないわけではないが、不確定要素が多すぎるな。いかんせん情報が少ない。故に今は我が主に頼まざるを得ないのだ。願わくば、どうかこの翁の願いを聞き届けてはくれないだろうか」
「ふ、ふん! そこまで言うなら仕方ないわね! この私に咽び喜びなさい!!」
「有難き幸せにて」
そうやって、ライダーはあれやこれやを使ってマスターのやる気を出させ、聖杯戦争に臨む。
「(やれやれ、何とも難儀な娘子にあたったもんだ)」
マスターは自分から選べないとは言え、そのマスターは戦も知らない娘。未熟にも程があり、戦争に赴くにはあまりにも力不足を痛感せざるを得なかった。
そしてさらに、何故か知らんが自己承認欲求が強く、自尊心もそれなりに高そうという傲慢な貴族的な一面を醸し出させるなど、ライダーにとってはやりにくいことこの上ない。
サーヴァントにも当たりはずれあるとしてマスターとしてもはずれといってもいいだろう。ろくにコミュニケーションも取れないサーヴァントであれば空中分解は不回避だ。
ふと自らを呼んだであろう触媒を見ると、そこにはなんとも言えない自らの触媒がそこにはあった。
「(この娘はこの触媒が儂が倅をぶっ叩いた板戸ということを知らんのかのぅ)」
それはライダー本人にとっても黒歴史として封じ込めたいものを目にし、これからの困難に対して向きあいざるを得ないことに対する溜息をそっとついた。
「どうしたのかしら、ライダー?」
「いいや、これからの前途は多難ということを思い出してな。まあ、儂に出来るのはそれだけだということもあるがな・・・・・・」
首をかしげるメアリに対して不安を募らせながらもライダーはこの微妙な現実に立ち向かうしかない。英雄とは、誰もが進みたがらない苦難の道を正面切って立ち向かうものである物だからだ。
「(勝とう、そして聖杯を勝ち取ろう。そうでなければ意味がない)」
ライダーは己が願いの為に戦う。そこには老いた老人の確かな想いがあるのだから。
阿武木八十八は、八頭龍高校に通うごく平凡な高校生である。
肌寒い冬の季節。三学期が終わり、もうすぐ春休みが近くなるこの頃。八十八はいつも通り人里離れた八頭龍山へ家路に向かう。
「・・・・・・」
詰襟タイプの学生服にジャンバーを着込み、肩掛けカバンを揺らしながら確かめるように山道を進む。
肌寒い冬の季節、山には所々霜が降りたち、気温は平地よりも一段と寒い。
「違うな・・・・・・」
確かに感じる違和感。それは長年山に籠り、ただひたすらに感覚を研ぎ澄ませたからこそ感じることが出来る超感覚といったものだった。
「誰だ、そこにいる奴は・・・・・・」
山道からやや外れた林の奥を、鋭い眼光が見つめる。呼吸を浅くし、いかようにも対応できるように脱力しながらも、神経を研ぎ澄ませる。
瞬間、勢いよく飛び出してきたのは襤褸を纏った人影。その手の先には鈍く光る刃物を持ち、真っすぐ八十八に向かって飛来する。
迷いなき殺意を以てこちらの命を刈り取らんとするその影に対し、八十八はただ一つ、襤褸の男に向かって拳打を打ち出す。ただそれだけで、襤褸の男は衝撃を受けて倒れ伏す。
「!?」
「反応が遅い――ッ!!」
襤褸の男が倒れ伏す前に八十八はなおも疾駆する。目の前の男を倒したかと思えば、突如として横に飛び、木の陰に隠れていた襤褸を被る男に掌打を食らわせる。
このままでは堪らないと思ったのか、八十八がただものではないことを感じた襤褸を被った男たちが八十八に向かい、四方八方から飛び掛かる。その数、およそ四人。
「――ッ!!」
打ち出された投げナイフに対し、八十八は怯える様子もなく、紙一重で避ける。その隙にさらに拳打を打ち出すこと二回の内、襤褸の男をさらに吹き飛ばす。
そして、残り二人の男に接近し、ナイフを振りかぶる男の腹部に強烈な掌打を食らわせ、念入りに腕を折る。そして背後から忍び寄る最後の男に強烈な後ろ蹴りを食らわせ、更に頭部に痛烈な一撃を食らわせる。
「さて、それでも三人は立てるか」
ゆっくりと起き上がる襤褸の男たちを一瞥し、構えた状態で反応をうかがう八十八。
今の攻撃、確かに手加減はしたが、それでも肋骨のいくつかは折れてるだろうし、内臓にもかなりの衝撃を与えているはずである。特に頭部に食らわせたやつは脳震盪で動くことすらままならないはずだ。
「・・・・・・成る程、痛覚を遮断しているのか。薬か、或いは別の要因か・・・・・・」
八十八はその様子を見てそのようにあたりを付ける。立ち上がれるとしても、肉体に残ったダメージは着実に残るだろうし、足が震えたり、患部を抑えようと一定の様子が見て取れるが、目の前の襤褸の男たちにその様子もない。
「殺しはしない。退くならば追わん。やるなら容赦はせん。さてどうする・・・・・・」
「どうするか・・・・・・ハァ、さてどうしようかな」
鋭い眼光が襤褸の男たちを映す。そんな中、今までと違う存在のデカさに八十八の警戒は今までの比でないほどに警鐘を鳴らす。
気が付けば、襤褸の男たちは一瞬の逡巡の後に味方を回収し、闇の中に消えていき、残っていたのは八十八と目の前の男だけだ。
「まぁなんだ。そう警戒するな。・・・・・・ハァ、ここにいるのはただの薬師。警戒するような存在ではない」
「知るか、それを決めるのは俺だ。俺は阿武木八十八、お前は一体何者だ・・・・・・」
一見して襤褸を被った男の一人であるが、目の前のそれはそんなものではない。肌がピリピリとひりつき、圧倒的な存在に恐怖すら感じる。人間とは格が違う。そう信じてしまうほどに目の前のそれは圧倒的だった。
「ハァ・・・・・・、自己紹介か。成る程それも道理だ。俺の名はハサン・サッバーハ。キャスターにしてアサシンのサーヴァントだ。ハァ、好きなように呼ぶといい」
「そうか、じゃあハサン。俺に何の用だ」
「そう怯えるな、ハァ・・・・・・。俺はただ、お前をスカウトに来ただけの話だ」
「無用だ――!」
言葉を発し八十八は拳打を飛ばす。
その攻撃に対し、ハサンはすぐさま回避すると、彼の後ろに立っていた木々がしなり、真っ二つに裂ける。
「ほぉ、中々の威力じゃないか。だが、話の途中に攻撃とは穏やかじゃないな。ハァ・・・・・・」
「話の途中に薬を蒔こうとしていた奴の台詞ではないな」
「ほぉ・・・・・・気づいていたか。ハァ・・・・・・いいな、そうでなくては面白くない」
ハサンは仮面の奥に笑みを浮かべ、八十八の一挙一動に嬉々とする。
「だがまぁ、ただのしびれ薬だ。ハァ・・・・・・減るもんじゃあないだろう」
「俺の健康を害す。それだけで十分だ」
「風邪ひいたら薬ぐらい飲むだろう」
「寝てれば治る。
そういう間にも八十八とハサンとの攻撃の応酬は続く。飛ぶ拳打を放つたびに、木々は薙ぎ倒され、常に風上に陣取り、ハサンの薬を警戒する。
「成る程、間違いではないな。良い家族を持った。ハァ・・・・・・まさか現代でここまでの男がいるとはな、これだから人は面白い」
「まるで自分が人ではないような言いぐさだな」
「何を言う、俺も人、貴様も人。ハァ・・・・・・そこに貴賤は無かろう」
「ふん、違いないなッ――!!」
ハサンより、打ち出された
「しかしだ、八十八。男の子は仮面ライダーというものに憧れるらしいではないか。一度ぐらい改造を試してみたいとは思わんか?」
「断る。俺の体は俺のものだ。好き勝手に手を入れられちゃ敵わんな」
「どうしてもか?」
「無論・・・・・・」
ハサンからして見ればそれは最大限の礼であったが、それでも八十八は否という。
「成る程、致し方ないな。ここからは本気で行かせてもらおう」
そういった瞬間、世界が変わる。
「ハァ・・・・・・ようこそ、阿武木八十八。これが魔術の世界だ・・・・・・」
不自然にぶれるハサンの姿が複数見え、耳障りな不協和音を響かせながら、仮面の男は嬉々として笑うのだった。