翔鶴ねぇ☆オンライン!   作:帝都造営

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急に伸びる文字数。






とある晴れた日の、ゆみや

「お疲れ様、瑞鶴。はいこれ」

 

「はぁぁ……翔鶴ねぇ、ありがとう」

 

 肩で息をしている瑞鶴にスポーツドリンクを――元ネタは第二次世界大戦なのにこういうところがほんとに現代なんですよね――渡します。うん、いい飲みっぷりです。

 

 戦闘機機動の手合わせの後は、航空隊の空中集合や編隊飛行、それに雷撃や爆撃の訓練を行い、それに伴う回避航行、対空戦闘。かれこれやってるうちに二三時間は経ってしまいます。これで現実(リアル)では数分なんですから、思考加速というのは末恐ろしいものです。脳神経工学に感謝ですね。

 

「ねえ翔鶴ねぇ、このあとどのくらい時間あるの?」

 

 そう瑞鶴が聞いてきます。ええっと、長い時間を過ごしていると忘れそうになりますが、もともと休講になったからこうやって瑞鶴と過ごせてるんですよね。普段だったら瑞鶴と二人でも適当な海域に出撃してしまうのですが……。

 

「うーん。今はちょっと」

 

 ですが、皆までいう必要はありません。これだけ言えば瑞鶴には伝わるはずです。

 

「そっかぁ……」

 

 瑞鶴、残念そうな顔をしないで。寂しくなってしまいますから。

 ですが、このまま落ちてしまうのもなんだかもったいないですし……どうしましょう。

 

「あ」

 

「? どうしたの、翔鶴ねぇ?」

 

「そうだ瑞鶴、ジムにいかない?」

 

 残った時間をいっぱいいっぱい使って体を鍛えましょう。些細なものとはいえ能力値の底上げは大事ですし、なにより瑞鶴と一緒に過ごせますしね。

 

 

 

 

 ジム。まあ一般に言うならトレーニングジムのことですね。身体を鍛えるための装置がたくさん置いてあるところです。

 ですが、もちろんこのゲームにジムなんてありません。だって、身体を動かすだけならダンベルやらなんやらを家具コインで購入して好きな時に鍛えればいいわけですし、それを常設する意味がありませんもの。

 

「あと十分!」

 

「はいっ!」

 

 完全に現代型のルームランナー。その上をほぼ全力疾走で走っていく瑞鶴と私。横目でチラッと見た瑞鶴はスポーツブラとパンツだけで、同じ格好の私が言うのもなんですが……ええ、とってもいいものです。

 

 

 さて、この部屋がスポーツジムかと聞かれたらそれは否です。もしそうなら他の方もいらっしゃるはずですしね。

 

 ではここはどこなのか。そうですね、分かりやすく言うならクランルームとでもいうのでしょうか。艦隊これくしょんはもちろん「艦隊」を組むゲームです。私たち姉妹はコンビとしてはかなり強い部類に入るとは思いますがとはいえ翔鶴型二隻。これだけでは勝てない敵の方が多いです。

 でも、行き当たりばったりで誰かと組んでもそれは強い艦隊にはなりません。

 

 だからこそ「艦隊(クラン)」を組むのです。堅い絆で――もっとも、私と瑞鶴のそれには遠く及びませんが――結ばれた戦友たちをメンバーとし、この電子の海を切り開くのです。

 

 で、まあそんな私たちのクランなのですが、はい。クランルームの一部とはいえトレーニング器具で埋められている時点で察してください。どちらかというとおかしいクランです。

 まあここの家具配置は私の監修なのですが、しかし考えてもみてください。VRでは鍛えた分だけ能力値に直結するんです。どうして鍛えないのですか? 日々の鍛錬こそが大事なのです。実際、私も瑞鶴も初めよりずっと長く速く走れるようになったんですから、効果はてきめんです。

 

 

 と、電子音と共にルームランナーのベルト回転速度が減速し始めます。

 

「ふう、終わった終わった」

 

「お疲れ様、瑞鶴」

 

 ルームランナーの速度は散歩歩きくらいの速度まで減速。いきなり止まると身体に悪いですからね。クールダウンは大事です。

 

「わぁ翔鶴ねぇ……髪がすごいことになってるよ」

 

「え? あぁ……そうね」

 

 瑞鶴に言われるまでもなく気づいてはいましたが、ええそうなんです。後ろで結ってた髪がほどけて、私は今ちょっと大変なことになってるんです。ご存知の通り私の髪はとても長いですので、はい。なんといいますか、結っていたのが解けたら体中に張り付いてしまいまして……。

 

「そうだ! 翔鶴ねぇ、お風呂行こっ!」

 

 へ?

 

 ええ?

 

 今この子、なんてパワーワードを放ったんでしょう。お風呂? お風呂ですか? いやいや、そりゃありますよ、ええ。いやそうですけどでも、脈略がありません。

 

「だって、翔鶴ねぇも瑞鶴も汗でベトベトじゃん」

 

 まあ確かにそうですけども……。

 

 

 まあ。

 

 まあ、いいですかね。立派な理由もありますし、ええ。運動した後にひとっ風呂浴びるのはいいものですよね。

 

 

 

 このクラン、どちらかというと活動はしている方なので、結構ルームの増設が進んでいます。先ほどまでいたトレーニング区画以外にも普通に家具が置いてあるところや作戦司令部みたいな雰囲気漂う部屋だってあります。

 

 だからお風呂があるのは当然です。ええ、もちろん女湯です。何か問題でも? 私、翔鶴は女の子ですからね。もちろん同性の瑞鶴と一緒に入りますとも。

 

 

 透き通ったお湯。手で掬ってさっとかければ、ああ極楽。

 

「はぁ~やっぱりお風呂はいいよねぇ」

 

 艦船なら入渠している時以外は常に大海原に浸かっているわけですが、艦娘となれば話が違います。お風呂は立派なレクリエーション。瑞鶴の声もどこか緩んでいます。

 

「翔鶴ねぇ~」

 

「んー? なあに瑞k……」

 

 ところが次の瞬間、私の顔面にばしゃりと叩きつけられるお湯。

 

「っぷ……ず、瑞鶴!」

 

「へへーん、第二次攻撃隊、発艦!」

 

 そう言いながらもう一回。瑞鶴が手、というか腕全体を使ってお湯を全力でかけてきたのです!

 

「やったわね!」

 

 ならばこちらも徹底抗戦。テロにはテロで立ち向かう!

 温泉海域に死線?が飛び交います。

 

「よくもぉっ!」

 

「それっ!」

 

「負けないぞぉっ……って、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

「瑞鶴っ!?」

 

 と、次の瞬間瑞鶴が撃沈。そんな馬鹿な、翔鶴型がこんな簡単に沈むわけがありませんし、沈むようならその前で私の手で沈めます。

 

「うひゃ、あははははは! しょ、翔鶴ねぇぇ、たすけてぇえ!」

 

 

 瑞鶴がとんでもない調子で助けを求めています。いったい何が……

 

 

 

「――――コチョコチョコチョコチョ! どうですかっ! 榛名のこちょばし攻撃はっ!?」

 

 

 

 って、あんた誰――――いえ、誰かは分かってるんですが。何やってるんですか。

 

「ひゃるなひゃあん、やめてっ、いぇめてったらぁ!」

 

「やめませんっ!」

 

「やめなさい」

 

「あ、翔鶴さん。これはご機嫌麗しゅう」

 

 ……えーとですね。はい。この突然やってきて瑞鶴をへにゃへにゃぬか漬けにしてしまったというのに、悪びれもせずにいるのは榛名さん。はい。私たちのクランを構成する戦艦サマでございます。おしとやかそうなその表情ですが、さっきまでの所業は見逃しませんからね?

 

「榛名さん。こんにちは」

 

「はい、こんにちは。翔鶴さん」

 

「まずですね。なぜここにいるのですか」

 

「女の子のいるところに榛名あり、です!」

 

「……質問を変えましょう。いつからここにいたんですか」

 

「ほんの五分ほど前です! お二人は仲よさそうにお風呂に入っていきましたが、スカートの上から尻をなでるような馴れ合いでしたので是非介入させていただこうかと思いまして」

 

 それだけいうとずいっと寄ってくる榛名さん。クランの中でも歴戦ということもあり流石の身のこなし……じゃない。

 

「な、なんですか」

 

「いえいえ、折角ですし。榛名のお相手、してくれませんか?」

 

「お、お相手といいますと……?」

 

「裸の付き合いというやつですよ? 分かってらっしゃるくせに、翔鶴さんはイジワルな方ですねぇ?」

 

 そう言いながら互いの息がかかりそうなところまで迫ってくる榛名さん。同時に榛名さんの部屋への招待状。ご丁寧に「Yes」を選択するのと同時に転移するようになっています。こ、この格好で榛名さんの部屋に行くなんて、正気の沙汰ではありません。

 

「だ、だめですよ榛名さん……まだ時間も時間ですし」

 

「だからいいんじゃないですか、30倍でゆっくり楽しみましょう?」

 

 手を握って迫ってこないでください榛名さん。

 ここ浴場で全員裸ですし、傍から見ればすごい光景なんだろうなぁとは現実逃避のなせる思考。

 

 と、視界が榛名さんから瑞鶴の髪の毛に移り変わります。瑞鶴が割り込んだのです。

 

「ダメッ! 翔鶴ねぇは瑞鶴のものなんだから、あんなピンクな部屋に連れ込まさせるわけにはいかないわっ!」

 

「ピンクの何が悪いのでしょうか?」

 

 すっとぼけないでください榛名さん。あなたのピンクは別方面のピンクじゃあないですか、誰があんなラブh……いや、とにかくあんな破廉恥な部屋に行くものですか。瑞鶴の言う通りです。

 

「じゃあ瑞鶴さん、代わりに来ます?」

 

「ふえっ?」

 

 それを聞いた榛名は、ニタァっと悪い笑みを浮かべました。

 

「お嫌いですか? ならなんで瑞鶴さんにこれが送れるんでしょうねぇ……?」

 

「え、えと……それは」

 

 途端に形勢が悪くなる瑞鶴。まあ、十中八九榛名さんから倫理コードの解除承認申請でも受け取ったのでしょう。流血描写や部位欠損もシステムとして存在するこのゲームは、無論R18指定がかけられています。しかしゲームというのはR18に付け込んでヤリたい放題ヤッてしまうもの。榛名さんの中身が殿方であることは存じておりますので、要は「好きなんダロゥ?」と言いたいのでしょう。

 

 まったく、私はともかく瑞鶴は純真無垢な女の子だというのに、なんと失敬な。

 

 ……それを抜きにしてもです。榛名さん。瑞鶴を誘惑、それもこの私の目の前で誘惑など、なんという挑戦状でしょうか。ならば結構、私は愛の力で対抗するだけです。そっと瑞鶴の肩に手を置いて、耳元で囁いてあげます。

 

「――――瑞鶴、耳を貸しちゃダメよ」

 

「は、はいっ。翔鶴ねぇ」

 

「ガードが堅いですね……榛名、嫉妬しちゃいます」

 

 よく言いますよ、誰でも彼でも誘惑してるくせに。

 と、榛名さんがぽんっと手を叩きました。

 

「そうです。いいことを思いつきました!」

 

 ?

 

「榛名と瑞鶴さん、それに翔鶴さんも混ぜて3――――」

 

 どうせそんなことだと思いました。私は全力で浴槽にねじ伏せます。

 

 

 

「……ひどいです」

 

 がっくり項垂れる榛名さん。いや、ひどいのはあなたの思考回路でしょう。

 

「でも翔鶴さんだって、おっぱいが大きいのを選んでる時点でお好きなn……ベフッ!」

 

 大和型以上の馬力を持つ翔鶴型に旧式金剛型が敵うはずもなく。カンマ三秒もかからず制圧は完了しました。

 

 今私はお風呂を出てちゃんと装束に身を包み、ソファでのんびり。榛名さんが私の腕の下で虫の息になっている以外は平和そのものです。瑞鶴はコーヒー牛乳を飲んでいますが、VRのそれはおいしいのでしょうか?

 

ふぁ()ほふひぃえば(そういえば)

 

 ソファに押し付けられたまま榛名さんが何か言います。流石に喋れなさそうなので解放してあげましょう。え、甘い? まあ、同じクランのメンバーですし、信頼関係はありますからね。一応。

 

「で、なんですか」

 

「ええ、今夜皆さんで沖ノ島沖(2-5)を攻略しようかと思いまして」

 

「はぁ……」

 

「そろそろ月も変わっちゃいますし」

 

 このひとは急に真面目な話をするんですから。ほんと調子が狂います。

 

 ……ですが、沖ノ島沖ですか。まあ要するに月次任務(マンスリー)消化というわけですが。なるほど確かに全力出撃したいところではありますね。VR艦これではどのステージでも原則艦種制限はありませんし。なによりあそこのボスは固いのが多いですし。

 

「瑞鶴は大丈夫だよ!」

 

 そう応じるのは瑞鶴、もちろん今夜は大丈夫という意味。

 

「翔鶴ねぇは?」

 

 

 ――――そうですね。

 

 もとより夜はこのために空けてありますし。望むところです。やってやりましょう。

 






古ノ湯屋ノ招牌(=看板)也。
ユイイルト云謎也。「射入ル」-「湯ニ入ル」ト、言近キヲ以(もっ)テ也。

朝倉治彦編『合本 自筆影印 守貞漫稿』


「ゆみや」とは弓矢、弓とは「射入る」――「湯に入る」もの。
江戸時代のなぞなぞだそうです。

……翔鶴ねぇになってお風呂入りたい。

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