「な……」
俺だって別にVRゲームが初めてな訳じゃない。かの有名な戦場ゲームなんて何度もやったし、PvPーーーー対人戦の経験だって中学生にしてはあるつもりだ。流石に廃人には勝てないけど。それでも十二分に強い自信はあるのだ。
だけど。こんなの見たこともなかった。
「は、はやい……!」
丹陽さんがこちらへと突っ込んでくる。海の表面を滑りながら突っ込んでくる。
そう、滑りながらやってくるのだ。見たことがないくらい早い。
「35ノットを、なめてやがるんじゃあないでしょうねぇ!?」
さ、35ノット……ていうのがどの位なのかは分からない。けど、とんでもなく早いのは分かった。
慌てて構えた連装砲。狙いを付けようとして……
「……って、早すぎる! こんなの当たらないよ!」
「当てられるものなら当てやがってください!」
と、とにかく! 撃たなきゃ始まんない! 叔父さんもパチンコは打たない限り当たらないって言ってた!
「それっ!」
発砲。手に持った連装砲が火を噴き、水柱が立つ。しかしそれは丹陽さんの背後に立っただけ。恐らく彼女の服を濡らすことも叶わないだろう。
「甘いっ!!」
丹陽さんが光る。いや光ったのではない。丹陽さんの主砲の一閃。発砲したのだ。
「やばっーーーーっ!」
避けなきゃいけないのは百も承知。でも海の上でそんなホイホイ動けるはずがなく……次の瞬間、俺の視界はぐちゃぐちゃにかき混ぜられた。
★ ★ ★
「……目覚めやがりましたか」
「ーーーーっ!」
見知らぬ天zy……違う! 天井ですらない真っ青な空だ。そして俺の視界に映るのは幼顔の陽炎型駆逐艦、ゆきか……じゃなかった。
「あ……丹陽さん」
えーと、何がどうなったんだっけ? 確か俺は……そ、そうだ。
濡れてしまった身体を、そう。不思議なことに海の上に浮いているこの体で起き上がる。
「そ、そうだった……確か演習で……」
「そーゆーことでやがります。という訳で、教えないでやがりますよ」
そう胸を張って見せる丹陽さん。無い胸を張られましても……というか、教えない?
「……なんの話だっけ?」
「忘れやがってんでやがりますか!! この私がなんの武道を極めてるかって話でやがります!」
「えーと、そうだった。ごめんごめん……で、なんの武道やってるの?」
「ひっ、ひとの話を聞きやがるのでやがりますー!」
抗議の声を上げる丹陽さん。ぶんぶん振った手が一回、俺にぽかりと当たる。
「いたっ」
《戦闘終了》
「へ?」
なんかいきなり目の前に変なウインドウが表示されたんですけど? これなに? 現代文明の利器ってやつなの? いやそりゃVRゲームなんて文明の利器中の利器ですけども!? なんというかほら、メタイってやつ?
「えっと、これどーゆーこと?」
丹陽さんの方を見る。丹陽さんはどこか困惑した様子。
「あー……ぎりぎり中破で耐えていたのを、今の一発で大破判定を食らったんでやがりますね」
「大破判定……あーうん。これ演習だもんね」
そりゃあ大破判定とか中破判定とかあるもんね。というか今ので決まるのか。拳骨一発で大破する駆逐艦ってなんだよ。俺か。
そんなことを考える俺を傍目にホロウィンドウは勝手に映像を流していく。お互いの名前とレベル……うわー、なにこのレベル差。勝てるわけないじゃん。というかなんで道場では丹陽さんのこと押し込めたんだろう。VRゲームってレベル差は身体の性能に直結するはずなんだけどな。
それにしても、こんな短いPvPでも経験値がもらえるらしい。『敗北D』と書かれたウィンドウには取得経験値が表示され、数字がみるみる減っていき……
「あ、レベルアップした」
某RPGゲームのようなファンファーレが鳴り響くわけでもなく、何の感傷もナシにレベルが上がった。まあ、ゲームの初期ってレベル上がりやすいしね。それはまあ良いんだけどさ。
「……これなに?」
目の前に表示されたのは《Select New skill !》という英語の文字列。この時津風の身体が完全に幼子でも中身は中学生。このくらいは余裕で読める。でも、それで意味が分かるわけではない。
「スキル? なにこれ?」
「そんなことも知らないんでやがりますか」
「知るわけないじゃん」
初めてなんだし。
「いいでやがりますか。まずこのレベルというのは私たちのレベルじゃないのでやがります」
「はぁ」
レベルが俺たちのレベルじゃない? それじゃあ何のためにレベルを上げるんだか分からないじゃないか。普通はレベルが上がったら筋力向上でより多くのアイテムが持てるようになったり器用になって狙撃や工作が上手くなったりするものだというのに。
そんな俺の疑問を知って知らずか、丹陽さんはウィンドウを開いた。
「ほら、これを見やがってください」
あ。文字が反転してる。鏡文字……じゃないよね。これ俺と丹陽さんが向き合ってるせいで文字が読めない奴だ。仕方がないので丹陽さんの後ろに回り込んで覗き込む。
丁度背中からおおい被さるような格好だ。
「ち、近いでやがりますよ……」
「えーだって読めないじゃん。ふむふむ……わかんないや」
とりあえず何かのツリー図? 小さな六角形のアイコンが繋がっている。丹陽さんは背中に張り付いた俺を初めは引きはがそうとしていたが、やがて諦めたようで溜息を一つ吐いてから説明を始めた。
「これは
「……なるほど。つまり、
「別に普通でいいでやがります」
とりあえず基本的なことはよく分かった。さっきの戦闘でも使った大砲や背中に背負った大きな鉄の塊、これら艤装の能力を向上させるのが「近代化改修」というやつだそうだ。
改修には大きく分けて三つの方向性があり、
あと、補助の近代化改修として電探系を強化してくれる
でも説明聞いてて思ったのは……これらのスキル、必要なくね?
「いい着眼点でやがります、さっき言った通りレベルもスキルも私たちのためにある訳じゃないのでやがります。艤装がちょっと強くなったぐらいで決定的な差が生まれる訳ねーのでやがります」
「えぇ……じゃあなんのためにレベルを上げるのさ」
「……勝手に上がる、と言ったほうが正しいんでやがります。低いレベルならさっきみたいな演習でもホイホイあがりやがりますし」
別になくても困ることはないでしょーが、あるに越したことはないのでスキルはなにか選択するべきでやがりますよ。そう言う丹陽さん。
ないよりはマシかぁ。でもツリー上位でも「魚雷発射管を水平にせず次発装填が出来る」とか「第三戦速以上の時波の発生を低減する」とか「浸水発生時に排水作業を10%促進する」みたいな役に立つのかよく分からないのばっかりなんですけど……。
これはあれか、先人に学べという奴か。
「ちなみに丹陽さんはどんなスキルなのー?」
といってもなんとなく予想はつく。あんなに早い動きをして見せたのだ。きっと機動性ガン振りに違いない。
と思ったのだけれど。
「……え、攻撃しかないじゃん」
丹陽さんのスキルのリストには攻撃攻撃攻撃……攻撃に関する強化しかされていなかった。
「他艦種の攻撃系近代化改修は制御の簡略化が多いのでやがりますが、
「いやいやいや! 待って、待ってよ、じゃああの動きはスキルのせいじゃないってこと?! 全然当たらなかったんだけど!」
「……? 当たり前でやがります。主機を上手く扱ってやれば簡単でやがりますよ」
平然と言ってのける丹陽さん。
「なにそれ、あんな動き出来る気がしない……」
「まー慣れでやがりますね」
なんだそれは……。唖然とする俺に、丹陽さんは無い胸を張る。
「ま、この私についてきやがれば間違いはないでやがりますよ」
それから表示されるフレンド申請。
あぁ……そういえばフレンド登録もなにもしてなかったな。というか表示はしっかり「雪風」って書いてあるのね。ところが。
「あれ? ユーザーIDが書いてないよ?」
そう、そのフレンド申請の表示には肝心のユーザーIDが表示されていなかったのだ。いくら数百の艦娘から選べる(らしい)このゲームでも、艦娘がダブることは必ずあるだろうに。
「……ぁあ、そういえば肝心なこと、説明してやがりませんでしたね」
「肝心なこと?」
「ユーザーIDは表示しないものなのでやがります」
「なにそれ、不便じゃん」
普通こういうのってプレイヤー同士の交流を重視するものなんじゃないの? それともあれか、ソロ専用ゲームとか??
……いやそれならフレンド機能いらないか。
「私たち艦娘はあくまで艦娘同士の交流にとどめておくべきなのでやがります」
「えーなんでさ。キャラクターとか変えたり出来ないじゃん」
複数アカウント所持とか普通やらない? そういう時不便だよね? というか割と理解が出来ない。フレンド機能ってこういう多人数でやるゲームに絶対必要なものだと思うんだけど。
「別に今の身体が気に入らないのなら新規キャラを作ればいいのでやがります。でも、それは私が知ってるあんたじゃねーのでやがります」
現実の知り合いだったらともかくも、ね。そういってのける丹陽さん。まあ事が事だからメタ発言のオンパレードになりつつあるのはいいとして、どうして丹陽さんがこんな薄っぺらい関係だけに留めようとするのか意味が分からなかった。
この広いネットの海でせっかく知り合ったんだ。別の艦娘……例えば戦艦プレイとかもしてみたいし、空母とかもやってみたい。この丹陽さんとの縁を無駄にはしたくなかった。
でも丹陽さんは頑なに拒むのだ。
「……このゲームはいい意味でも悪い意味でも本家リスペクトでやがるってことですよ」
「なにそれ、どーゆう意味?」
それから丹陽さんは、こう言い放ったのである。
「艦娘は――――沈むとその分の記憶が削除されるのでやがります」
それは、順風満帆な艦娘ライフのはずだった。
「――――雪風、アンタまだ時津風と組んでるワケ?」
「あんたはお呼びじゃねーのでやがります。とっとと岐阜に帰ってUMAでもやっていろってんです」
時津風と丹陽の前に現れた駆逐艦。
「ねぇ丹陽さん。今のって……」
「あんたは気にすることね―でやがりますよ。さ、次にいきやがりましょう」
「でも、知り合いなんじゃ……」
「とうの昔に縁は切れたのでやがります」
拒絶する丹陽。
「ね、ねぇ天津風……丹陽さんは」
「アタシに聞いてもどうしようもないわよ。あれは、雪風自身が飲み込まなきゃどうしようもないことなんだから」
丹陽が隠す過去とは?
翔鶴ねぇ☆オンライン番外編「駆逐艦戦記」
怒涛の第二章突入決定!!
「あなた、何人目の時津風だと思う?」
「え? えっと……それはどういう」
暫し待たれよ!(本編書くから)