キャスター?いいえバトラーです!   作:鏡華

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※鮭は通常寄生虫の問題で生食できません。キャスターたちによる処理あってこそ食べることができます。生で食べる時は素直に刺身用のサーモントラウトを選びましょう。


お疲れ様の出汁茶漬け

鍋からひとすくいし、小ぶりな皿へ移す。

 

それを口につけて傾けた後、再びすくい、今度は隣に立つ男に渡す。

 

受け取った男も同様に傾けた後、しばらく無言を貫いた後、何も言わずに一つ頷いた。

 

それと共に、鍋の前に立つ女性──アントナン・カレームは、止めていた息を吐き出した。

 

 

「よかった……!これで和食も自信を持って出せます……!」

 

「よく言ったものだ……もともとフランスにもフォンやブイヨンという出汁の概念があるとはいえ、鰹と昆布の合わせ出汁をこの短期間で極められてはこちらの立つ瀬がないのだがな」

 

「そこはほら、私って天才ですから」

 

「これだから英雄ってやつは……」

 

「やめてくださいよ。私はただの天才であって、英雄ではありません」

 

「それこそよくぞ言ったな。料理学校の教科書では今も君の名が語り継がれているというのに。料理人の地位を上げた君が英雄でなければ何だと言うんだ?」

 

「意地悪言わないでください。そもそも、料理のレパートリーも味の知識も、未来のあなたの方がずっと上でしょうに」

 

「その私から技術や知識を盗んでいるのは誰だったかな?」

 

「おっと、そうでした」

 

 

どこか棘のある軽口を叩きつつも、彼女と彼──エミヤの間に流れる空気は穏やかであった。

 

料理が趣味の二人が出会い、意気投合するのはもはや自然の摂理で、異様なほどに早かった。

 

今ではカレームが料理長、エミヤが副料理長という立ち位置に落ち着いている。

 

 

「まあそれは置いといて、オケアノスでたくさん鰹と昆布をとってきてもらった甲斐がありました。他にも海産物を色々とってきてもらいましたし、あの時のパーティーの面々にお礼をしなくてはいけませんね」

 

「加工担当のキャスター連中にもだな。魔術なくしては短時間であれほどの数の乾物の生成など土台無理な話だったわけだし」

 

「生ものの無毒化及び防腐処理もですしねえ。これからは協力してくださった方のリクエストを作る、といったルールでも決めましょうか。

 ま、とりあえずは昼食作りが最優先なんですけれど。せっかく理想のダシが完成したわけですし、お味噌汁を中心に和食でいきますかね」

 

「そうだな。魚もたくさんあることだし、煮付けにでもして──」

 

 

と、二人が献立の相談をしている時、ぱしゅ、と廊下に続く扉が開く音がした。

 

まだお昼には2時間ほど早い時刻の来客に、誰かと二人は目を向ける。

 

 

「よっアーチャー!相変わらず辛気くせぇツラしてんな」

 

「ランサー……マスターとの訓練は加減しろと散々言っただろう」

 

「馬鹿言え、全力出さねえで何のための訓練だよ。ちょっと厳しいくらいがちょーどいいんだよ、こういうのは」

 

「はっはっは!そらマスター!しゃきっとしろ!そんな調子じゃ戦の後に女の一人も抱けん甲斐性なしだぞ!」

 

「そんなこと当たり前のようにできるの叔父貴だけだっつーの!」

 

 

二人で声を合わせて豪快に笑う二人──ケルト神話の大英雄、フェルグスとクー・フーリン。

 

そしてその間に挟まれ、両者に肩を組まれていることでようやっと立っていられている、というかほとんどひきずられているマスター──藤丸立香。

 

体力の全てを失い、それどころか水分も失いしおっしおにひからびている立香に、エミヤの脳内には有名な宇宙人捕獲写真が浮かべられていた。

 

 

「おう嬢ちゃん!急で悪ぃが何か食うもんくれや。適当に肉の丸焼きとかでいいからよ」

 

「うむ、良く戦い、良く食べる!それこそが立派な戦士になる近道!酒もほしいところだが、下手に出し抜くと他の呑兵衛どもがうるさいからなあ」

 

 

快活にそう言う二人にぶらさがっている立香は、顔を蒼白に染めて必死に首を振っている。

 

悲しいかな、それは両脇の二人には死角の位置で──エミヤとカレームだけが、言わんとしていることを理解した。

 

 

 

 

────今そんなもの食べたら確実に吐く。

 

 

 

 

「……かしこまりました」

 

 

 

 

 

「どうしたものか……」

 

「消化にいいといったらスープなんですが、今日は出汁とりに集中してましたし……今から作るとなると時間がかかりますね……」

 

「マスターには雑炊なりおじやを出して、ランサー達には要望通り肉を出すか?」

 

「いえ、あの調子では匂いだけでも辛いでしょう……一人だけ違うものを出したらあの二人が『そんなんじゃ食べた気にならないだろう』と言って自分の皿を分けて無理やり食べさせかねませんし」

 

「と、なると全員が満足できて、かつ昼も入るように軽めのもの……か」

 

 

なかなかに条件が難しい注文に顔を突き合わせて悩む二人。

 

ふ、とカレームが厨房を見渡すと、まだ湯気を立てている鍋が目に入った。

 

 

「……あのお二人って確かアイルランド出身でしたよね?」

 

「む?ああ、ケルト神話の英雄だからな……それがどうした?」

 

「……オケアノスで捕ってきてもらった()()、せっかくですし、新鮮なうちに使いましょう。

 

 

 ──お茶漬けでいきます」

 

 

 

 

 

水をガブ飲みし、人心地ついたようにテーブルに突っ伏す立香。

 

その隣と向かいに座っているフェルグスとクー・フーリンは談笑している。

 

次からはこの二人と訓練するときは絶対ディルムッド連れて行こう──と、心に決めた瞬間、腹が鳴った。

 

ハードなトレーニングのせいで当然空腹ではあるものの、ものを食べる体力すら残っていない。

 

あまり重いものが来なければいいなあ、と思っていると、エミヤとカレームがそれぞれ盆を持ってテーブルを前に立っていることに気付いた。

 

まず二人の前にそれが置かれたのを見て、自分用のスペースを作るために上体を起こす。

 

自分の前に置かれた盆の上を見ると、箸と木匙、小皿に添えられた漬物と薬味、小振りな急須、そして丼。

 

丼の中には白米と、その上に敷かれた海苔、半透明に赤が差した薄切りの魚──日本で慣れ親しんだ鯛が入っていた。

 

 

「こりゃあ……鮭か?」

 

 

クー・フーリンの言葉に彼の盆を見ると、そこには鮮やかなピンク色をした身が乗っている。

 

どうやら、二人とは魚の種類が違うようだ。

 

 

「ああ、出汁茶漬け、という日本の料理だ。その急須の中のものを丼に注いでから食べてくれ」

 

「小皿のわさびは好みに合わせて使ってください」

 

 

そう説明すると、二人は厨房に戻っていった。

 

 

──お茶漬けか、それなら食べられるかな。

 

 

そう思いつつ、立香は急須を手にとり、丼に向けて傾けた。

 

中に入っていた琥珀色の液体が注がれると同時に、ふわりと匂いが立ち込める。

 

久しぶりに感じた出汁の匂いに、口の中に涸れたと思っていた涎が溢れ出す。

 

半透明の鯛の身は、出汁がかかったところから白く濁りだした。

 

ケルト二人も、立香に倣って自分の丼に出汁をかける。

 

そちらはピンクの身が桜色に変わった。

 

 

「ほぉ、なるほど。面白いものだな」

 

「こいつぁ美味そうだ」

 

 

と、ケルト──そういえば、アイルランドは鮭がよく食べられているんだったか──の二人は片や木匙、片や箸を手に取り、丼を持つ。

 

アジア圏出身じゃないのに随分と様になってるなあ、と思いつつ、丼の縁を口につけ、まずは一口出汁を飲む。

 

 

 

まず口の中で熱を感じ、一拍置いて出汁の風味が口の中に広がる。

 

大量にかいた汗が引いてきて、だんだんと冷えてきた体には、この塩気と熱が心地よい。

 

そのまま飲みこむと、食道を熱が通るのが伝わり、胃に落ちたところからじんわりと体中に温度が沁みる。

 

ふぅ、と一息ついた後、もう一口。

 

今度は白米も諸共にかきこむ。

 

水洗いしたのだろうか、通常よりもぬめりの少ない米が出汁と一緒にサラサラを口の中に入った。

 

噛むと白米の優しい甘味が出汁の塩気に程よく絡まる。

 

海苔から出る磯の香りも相性ばつぐんだ。

 

鯛の身を一切れつまみ、口に運ぶ。

 

出汁によって表面にだけ火が通った身は引き締まっていて弾力があり、噛むと淡泊ながらもしっかりとした味が染み出る。

 

米とはまた違う脂の甘味が、これまた出汁とよく合う。

 

三者――いや、海苔も入れて四者を一緒に食べれば、もうたまらない。

 

 

 

半分ほどかき入れた後、一度漬物で口の中をリセットしてから、わさびをつけ、再びかきこむ。

 

つん、とした清涼感が鼻をつき、その後により一層強調された鯛の甘味が襲ってきた。

 

 

「あ~~~うま……」

 

 

疲れた体を癒す美味しさに、思わず立香の口から声が漏れる。

 

 

「うん。美味いなあこれは!生前鮭を生で食ったことはついぞなかったが、いやはやここまで美味いのなら食っておけばよかった!なあクー・フーリン!」

 

「いやあ、これはこの汁ありきだと思うぜ。ダシだったか?日本で食いモンつったらあまりいい印象なかったんだがよ、こいつぁいけるね!」

 

 

うまいうまいと言いながら気持ちよく食べる二人に、ふと違う皿への興味が湧く。

 

あまり食べれないものだと思っていたが、一度固形物が腹の中に入るとむくむくと食欲が首をもたげてきている。

 

クー・フーリンに頼んで丼を交換してもらい、鮭茶漬けを一口分けてもらうことにした。

 

 

 

丼を手にし、ふと漂ってきた香りは、先ほどまでの出汁とは少し違うものだった。

 

煎りごまだろうか、少し香ばしい。

 

半生の鮭を口に入れる。

 

すると、鯛に反して強い旨味が口内を蹂躙した。

 

鯛よりも脂の量が多いため、こってりとした印象を受ける。

 

出汁と米をかきこむと、塩気と、より一層強い香ばしい風味が遅れてやってくる。

 

鮭の強い味を香ばしさがうまく相殺し、出汁との調和が図られていた。

 

 

──なるほど、確かにこれをいきなりは辛かっただろうだな。

 

 

エミヤとカレームの心遣いに感謝をしつつ、でもこっちはこっちで美味しいと味に感じ入る。

 

その一口の後は丼を戻し、再び鯛の茶漬けに舌鼓を打った。

 

 

 

テーブルの上には、綺麗に空にされた3つの丼。

 

それぞれの前に、満足げな顔をした3人が座っていた。

 

 

「よっし!美味いもん食って元気湧いたろ!昼飯までもうひと頑張りしようぜマスター!」

 

「えっまた!?」

 

「何を言う!いいものを食ってこそ最高の活力が得られるものだ!ならば今こそが最高のコンディション!戦なしなどと勿体ないことはできんぞ!」

 

「もうやだこの脳筋ケルトたち……」

 

 

各々好きなように言いながら席を立つ。

 

 

「嬢ちゃんにアーチャー!美味かったぜあんがとよ!」

 

「いい食事をさせてもらった。また礼をさせてもらおう」

 

 

と、厨房に一声かけた後、早々と廊下に出ていく二人。

 

 

 

一人残った立香に、カレームが声をかける。

 

 

「……大丈夫ですか?まだ疲れが残ってるんじゃ……」

 

「いやあ……」

 

 

心配そうな顔をするカレームに、苦笑で返す立香。

 

 

「……でも、これくらいでへこたれてちゃダメだからね」

 

「マスター……」

 

「またすぐ腹減らせて帰ってくるから、とびきり美味しいお昼用意して待っといてよ」

 

「……!はい!」

 

 

 

 

その日の昼食は、京懐石もかくやといわんばかりのものだったという。

 

 

 




マイルームでの会話1

「マスター!頑張ってくださいね!私はいつでも、厨房で待ってますから」

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