オールド・ワン   作:トクサン

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ガンディア

 

 真夜中、拠点が静寂に包まれている頃。

 月明かりが倉庫に入り込み、他の面々が全員眠りに就いた時刻。オールド・ワンはふと、首筋に僅かな痛みを感じ、目を覚ました。それは随分と懐かしい痛みで、針で皮膚を何度か刺した様な痛みだった。

 

 ケーブルから伝わる痛覚信号、それは予め設定していたパイロット睡眠時に発動する危険を知らせるアナウンス。オールド・ワンの肉体は危険に対し急速な反応を見せる、靄の掛かった思考が一瞬にしてクリアに、そしてぼやけていた視界はすぐさまメインモニタへと繋がった。

 視界に映るのは暗いコックピットではなく、月明かりが差し込む薄暗い倉庫。そしてオールド・ワンの前には盾となる様にカルロナが立ち、カイムは膝を着いて周囲を警戒していた。オールド・ワンが唸りを上げ起動、そしてカルロナから位置情報が送られて来る。

 

 マップはホームを中心に半径一キロ、丁度ホームから三百メートル程離れた位置に熱源反応があった。予想以上に近い、しかしUAVではない、出力は確かに絞ってあるがBFだと分かった。ハイネから奇襲を受けて以来、オールド・ワンは索敵出力を引き上げ僅かな熱源も見逃さないようにしていた、それが功を成したのだ。

 

 しかし熱源が動きを見せる事はない、オールド・ワンが起動した事により観測できる出力は上昇した筈だ。敵の奇襲は失敗している、しかし熱源反応はホームに攻めて来る気配も見せず、また撤退する動きも見せなかった。

 場合によってはハイエナの面々も叩き起こすべきだと思っていたが、これは一体どうしたものか。カイムとカルロナも、どこか困惑した様にオールド・ワンを見ている。用心深く何度か周囲を索敵するが熱源は一つだけ、他にBFと思われる熱源は発見できない。カイムとカルロナにも索敵を命令するが、どちらも回答は同じ。

 

 一体何が狙いだ?

 

 オールド・ワンは困惑した。敵側から三機の起動は確認出来た筈、相手は奇襲が失敗したと分かっているのだ。だと言うのに動きを見せない、それはつまり奇襲が狙いではないという事。

 

 そしてマップを睨めつけ、沈黙する事一分。敵機の熱源反応が一時急上昇し、出力が十倍に引き上がった。まさか攻めて来るのかと腰部の実体剣に手が伸びるが、出力は数秒で元に戻り熱源反応は再び沈黙する。

 まるで自分は此処に居るぞと主張する様に――

 

「誘っているのか」

 

 オールド・ワンはそう零す、そうとしか考えられない。相手の行動は不気味過ぎた。

 態々敵の近くで出力を上昇させ、自身の位置をバラす。それはつまり、自分達をその場所へと誘導したいから。だとすれば罠だ、ハイエナの面々を起こし全員で迎撃に当たるべきか? 

 

 オールド・ワンは逡巡した。

 相手の意図も分からないのに――此処はカルロナとカイムを連れ自分達だけで事に当たるべきか、罠だった場合下手すると一網打尽にされる可能性がある。

 一瞬の迷い、相手の意図を見抜くべく思考に沈み、しかし小隊の精強さを信じた。オールド・ワンは小隊で迎撃に当たる事を決め、カイムとカルロナに先行を命じた。二機が頷き、慎重に倉庫を後にする。念のためカイムに偵察を頼み、危険を承知で比較的背の高い建物にアンカーを突き刺し、そのまま高所から敵の姿を確認して貰った。

 

 敵はどうやら駅前の広場に陣取っているらしい、視覚共有にてカイムのモニタ映像がオールド・ワンの瞳に映る。既に埃を被り、荒れに荒れた駅前の広場。中央の花園は枯れ果て、賑わっていたのだろうモールは穴だらけだ。列車も何年も前から走っていないのだろう、駅周辺に設置されたバスターミナルも廃車だらけ。

 

 その中心に、見慣れない機体が一機――黒い機体だ、エンブレムをズーム機能で確認。ガンディアのエンブレム、グリフォンと二本の剣が交差している。オールド・ワンは怪訝に思った。ガンディアならば問答無用で襲って来てもおかしくはない、自分達は邪魔な存在である筈なのだから。

 

 狙撃を警戒しオールド・ワンはカイムをすぐさま下ろす、そして慎重に駅前広場まで足を進めた。

 敵が自分達を探知している以上、位置情報はリアルタイムで割り出される。オールド・ワンは駅前広場へと通じる本道、その間に立ち並ぶ建物群に身を隠しながらこのまま身を晒すかどうか迷った。

 

 本来ならば問答無用で銃撃を浴びせるべきだろう、しかしあのBFからは言い様の無い、通常のガンディア兵が発する敵意だとか殺意だとか、そういうものが全く感じられなかった。こればかりは戦場を長年渡り歩いてきたオールド・ワンにしか分からない感覚、しかしAIにもその不気味さは理解出来るのだろう、カイムとカルロナはいつにも増して慎重である気がした。

 

 オールド・ワンは敵機の前に姿を現す覚悟を決め、建物群から進み出ようとする。しかし寸でカイムがオールド・ワンを引き留め、カルロナが止める間もなく先に機体を晒した。オールド・ワンは思わず身を硬くするが、それから数秒、狙撃や射撃が浴びせられる事も無く時間が過ぎる。

 

 それからカイムが姿を現し、オールド・ワンは静かに安堵した。そして最後に無差別探知を行い、周囲二キロにBF反応が無い事を確認して足を進める。駅前広場へと姿を現すと、黒い機体は真っ直ぐモノアイをオールド・ワンに向けた。

 見る限り機体に武装らしい武装は見えず、ロックオンアラートも鳴り響かない。ただ黒に塗装された機体が佇み、じっと自分達を見ていた。

 

「――276.813.764.729」

 

 外部スピーカーから洩れた声、聞き間違えでなければそれは男性のものだった。一瞬何の事だと呆けてしまうが、相手の意図を汲みシステムに機体間通信を打診。指定番号は先程黒い機体が発したモノを入力。

 すると【音声通信】という表記と共に、ウィンドが視界に開いた。

 

「――ガンディアBF遊撃部隊所属、アン・リベルテ……オールド・ワン、話がある」

 

 開いたウィンドから響く声、年老いた老人の枯れた声。

 アン・リベルテ。

 その名前にオールド・ワンは、余りにも聞き覚えがあり過ぎた。

 

 

 

「単刀直入に言おう――オールド・ワン、ガンディアに亡命する気は無いか」

 

 

 





 一応これで第一章は完結です。
 ここから本格的に主人公たちが動き出す――予定だったのですが、まさかの闘技場の方があそこまで盛り上がるとは思わず……正直あまり執筆が進んでいないのが現状です。

 ストックはそこそこ残っていて、あと三~四話分なら投稿出来そうなのですが、そうすると中途半端な終わり方をしそうなので、申し訳ありませんが一度更新を止めさせて頂きます。
 またストックが溜まって、コレならキリも良いだろうというところまで来れたら、再度投稿しようかと思いますので、気長に待って頂けると幸いです。m(__)m

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