…………。
……ごめん。
本当に、俺はいつも決心するのが遅い。嫌な予感は最初からしていたのに……。
今となってはもう遅いが思い返せば、未来の分岐を変えられるタイミングは、いつでも目の前に転がっていたんだ。無理やりにでも連れ出せば……。でも、動けなかった。覚悟が……足りなかった。
混濁した意識の中、ひたすらに後悔の念のみが心中を渦巻く。そして、自分の身に何が起きたのかを嫌にでも理解した、してしまう。
死んだ……。
死んでしまった、他ならぬ彼女の手によって。その事実は想像以上にカズマの精神を蝕んだ。心は容易に壊され、狂気がそっと寄り添い、手ぐすねする。苦しみも悲しみも、霧のように霞み、ぼやけて楽になるから……と言いたげに。
堕ちてしまえば、それはカズマを優しく包み込んでくれるのだろう、思考は止まり、何も……何も……。
「しっかりしてください、カズマさん!」
突如、聞きなれない焦燥した声が、危うく狂気に身投げしかけたカズマを呼び止める。
「あぁ……」
気が付くと立っていたのは、いつものあの空間。その中心には、この世界の主である彼女が、少し悲しそうな、寂しそうな表情でこちらを見ていた。
…………あぁ。
「死んだん……だな」
「……はい」
わかり切った質問だ。聞きたいことはそんなことではない。
……。
「っ……エリス様!」
「残念ですが、現時点でカズマさんが蘇生することは不可能です」
「っ!?」
こちらの質問はわかっているといったように、エリスは淡々とカズマに、うすうす予期していた事実を先んじて通告してきた。
考えれば当たり前なことだ、カズマが死んだ地点は城の最上部、めぐみんやダクネスは近くにいない。ましては、蘇生において必須なアクアが不在なのだ。分かってはいた、分かってはいたが……それでも、もしかしたらと願っていたカズマのエリスへの期待はあっさりと切り捨てられてしまった。
蘇生不可。つまり……
「……ダメなのか?」
「……はい」
「なんとかならないのか!?」
最終通告を受けてもなお、駄々をこねる子供のようにカズマは抵抗する。しかし……。
「申し訳ありません、カズマさん。もう一度だけ言いますが、今世におけるカズマさんの生は終了されました。まもなく、リザレクションのリミットも切れますので蘇生は現実的に申し上げて不可能でしょう。残念ではありますが、諦めてください」
「あっ…………」
エリスは、慰めるでも、励ますでもなく、事務的に事実だけを述べた。瞬間、カズマの視界は灰色に染まり、これまでの冒険のうちにいつのまにか忘れてしまっていた死ぬことへのリスクを、軽んじていた自分の甘さに対する嫌悪感と突如宣告されたゲームオーバーはカズマを絶望に叩き落すには十分すぎた。
必ずかなえると決意した、彼女の笑顔が、ぼんやりと思い描いていた少し胸がくすぐったくなる二人の将来が、黒く塗りつぶされていく。糸の切れたからくり人形のようにカズマの体からは生気が抜け、崩れ落ちる。
「カズマさん!!———————ん!!」
エリスが何か言っているが、カズマの意識にその声は、もう聞こえない。渦巻く絶望の嵐はカズマの意識を飲み込み、狂気の波が再び押し寄せる。
ごめん―——————————————。
そして、意識の手綱をゆっくりと手放した。
チクショウ……。
〝お前の自業自得だ〟
うるさい! そんなことはわかってる!
〝本当にどうしようもない奴だよ、何が英雄? 何が勇者? わらえないな〟
…………ろ。
〝アイリスは今頃どうなっているだろうな〟
やめろ……やめてくれ。
なんで…………なんでこんなことに…………なんで…………なんで……なんで……なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデn————————————————————————————————————————————————————————————
希望は消え去り、残された後悔という名の絶望はカズマの心を容赦なく食い荒らす。すでに理性はなく、ただただ変えることのできない自らの失敗を嘆く。永遠のように……延々と。
苦しい……もう、それだけだ……
どれだけの時間が過ぎたのだろう。
最初に消えたのは理性だった、そこから感情が消え、時間の感覚が消え、ついには一体『なに』に苦しんでいるのかさえ……分からなくなった。
あぁ、残っているのはもう一つだけあった。
痛い……。
時折感じる胸の痛み。不思議と、この痛みが訪れている間は苦しみが少し和ぐのだ。あたたかく、満たされるような。これが、これがカズマをつなぎとめる最後まで残った欠片。たとえ、サトウカズマ自身のすべてを失くしても切り離せなかったモノ。
〝必ず――――――〟
擦り切れた記憶が脳裏をよぎるが、よく思い出せない。そう、思い出せない。なぜかとても大切なものだという確信だけはあるが、それが『なにか』が思い出せない。そうして答えを見つけ出せないまま、再びあの苦しさが襲ってくる。
だが今まさに、ついにその痛みもカズマの中から消えんとしていた。感じる、種火が弱まりゆっくりと持ちうる熱が消えていく。魂から色が抜け、白く、薄く。
……?
ふと消えゆく直前、手のあたりがキラリと何かが光ったのに目が止まった。
これは……?
そこには指にはめられた特に何の変哲もないシルバーリング。そもそもつけていた記憶もないのでずっと気が付かなかったが、だが……。
——————————っ!?
突如、今までとは比較にならないような痛みが胸に走った。
〝だからさ、待っててくれないか〟
こと切れた記憶達が沸き立ち、乱れる。
〝いつまでもいつまでも、あなたを待ち続けております〟
朽ちた感情が色めき再び脈動する。
あぁ……あぁ…………
涙があふれ、慟哭す。
〝お兄様……〟
「……アイ……リス」
しっかりしろ!!
「アイリス」
忘れていいわけないだろ!!
「アイリス!!」
立て!!
「……今行くぞ、お兄ちゃんが必ず助けるからな」
「————————さん、カズマさん!!」
「ぅ……クリス?」
「今そっちじゃないですから、ああ、そうじゃなくて、大丈夫ですか? 意識を失ったままずっと倒れこんでたんですよ! 私、こんな事初めてでどうしたらいいのかわからなくて……よかった、カズマさんが死んじゃうんじゃないかと思って……」
「もう死んじゃってるけどな」
「そういうことじゃありません!!」
「……はぁ、とりあえず目が覚めて安心しました」
「心配かけたな」
「本当ですよ、まったく……」
すっかりクリス口調になってしまっているが、そこは仕方ないだろう。エリス曰く、俺はどうやら気を失って、現実時間にして半日ほど昏倒してしまったらしい。
体感時間と比較すれば微々たるものだったので少しほっとした。
「では気を取り直して……カズマ様、今後の―――――――――――
「ちょっと待ってくれ」
「……なんですか?」
少し怪訝な顔でエリスは不思議そうに聞き返す。
もう少し待っててくれアイリス、必ずお前を救い出す。……たとえ、俺がどうなったとしても。
せいぜい悪人づらにでもなってやるさ。
「取引をしよう、エリス」
皆さんの応援メッセージや感想がとてつもなくやる気を引き上げてくれます!
これからも生やさしい目で褒めてもらえると作者は勝手にやる気を出して更新するでしょう。
今も書き続けられたのは完全に皆さんのおかげです。
読んでくださる方々、感想をくれた方、いつもありがとうございます。