小日向家から特異災害対策機動部二課へと戻る間、車の中で了子君から色々と話を聞く事にする。
「さて、それで彼女はどうだった?」
「そうねぇ……彼女は少なくとも聖遺物を三つは持っているわね」
「三つか。それら全ての適合者というのか?」
にわかには信じられない事だ。一つの聖遺物と適合する者でもかなりの低確率だ。それを三つも同時に適応するなど、生半可な確率ではない。
「ええ。あの時、観測されたアウフヴァッヘン波形はガングニールの物と同時に類似しているけれど、別の物も含まれていたのよね」
「それで、どんな聖遺物かはわかるか?」
「そうね……録画してあった彼女の歌詞を唇から解析したからわかるわ」
「それはなんだ?」
「スレイプニル。彼女はそう言っていたわ」
スレイプニル。北欧神話の主神、オーディンが騎乗する八本足の神獣だったな。
「しかし、あれは動物ではないのか?」
「動物じゃなくても問題ないわね。むしろ、その死骸から作られた可能性だってあるのだから」
「なるほど。スレイプニルは別名、滑走するものという意味を持っていたな」
「ええ、恐らくはあの靴がそうなのでしょう。それも、恐らく……完全聖遺物の可能性もあるわ」
「デュランダルやネフシュタンの鎧と同じくか」
「ええ。彼女の発したフォニックゲインの量から、完全聖遺物の覚醒に充分な量を発揮していたわ」
翼君と奏君が二人で起動した完全聖遺物をたった一人で起動できるとは……恐ろしいほどの才能だな。
「まあ、あの子のフォニックゲインは聖遺物同士で増幅しあっているようね」
「幾つもの聖遺物を所持しているからこそか」
「そもそも、緒方君が調べて判明しているだけでも、彼女は適合していない聖遺物を最低でも四つは所持しているでしょうね」
「是非とも協力を願いたいが……」
「まあ、無理でしょうね。彼女の過去を考えたら……」
「だろうな。しかし、監視をしない訳にもいかない。野放しにするには危険すぎる」
「あの娘にとっては政府も敵みたいなもんでしょうしね。それに最後の言葉……」
「うむ。緒方君に連絡をして、被疑者達の護衛と輸送を行って貰っている」
恐らく、復讐に動く可能性がある。ましてや、彼女の収めている武術は画面から見た限り、如何に効率良く敵を破壊し、殺害するか、その為に考案された殺人拳だろう。実際、海外では正当防衛のようだが、何人も殺害しているようだ。実際に判明している件数は少ないが、表に出ていないだけで相当数になっているようだ。
「どこまで有効かはわからないでしょうけどね。彼女の、恐らくスレイプニルの能力は高速移動でしょうしね。下手したら転移能力よ」
「この写真を見ればあり得る可能性だな」
緒方君達が徹夜で調べてくれた情報の一つである、この写真には立花響の姿が映し出されている。去年の八月七日十五時にアメリカ合衆国ニューヨークでジェラートを食べている姿とその二時間後にはアイスランドでその所在が確認されている。それだけではない。調べれば調べるほど、彼女は多数の国を有り得ない速度で移動している。だからこそ、彼女が犯した犯罪に関して証拠がないともいえる。何せ、入国や出国の記録がなく、まったく別の国に数時間の誤差で居るのだから。時たま、飛行機を使って入国している事で捜査をかく乱している。
「どちらにしろ、道を踏み外した若者を正道に戻すのは大人のやる事だ」
「そうね。頑張らないとね」
ましてや、彼女は俺達が出してしまった犠牲者だ。どうにかしなくてはいけない。このままでは不味い事になるかも知れない。彼女を更生させる鍵は小日向君だろう。彼女には協力を要請しなくてはいけないだろう。
「というか、あの娘、本当に出たらめよね! シンフォギアシステムを再現しているのよ! 盗作よ!」
「それは違うぞ。これを見るんだ」
「何これ?」
「二年前、彼女が負った怪我の手術後の写真だ」
レントゲン写真に映る彼女の心臓付近には無数の破片が今なお存在している。これらは砕けたガングニールの破片だ。
「つまり、砕けた欠片からガングニールを再生させ、シンフォギアとして身に纏ったと」
「可能かどうかは知らないがな」
「おそらく、可能でしょうね。この子のフォニックゲインを考えれば……」
「そうか。どちらにしろ、今は様子見とデュランダルの警備を増やそう」
「奪われちゃうかも知れないから、当然ね」
ネフシュタンの鎧を強奪した連中に彼女の持つ完全聖遺物が知られれば、またあの時のような事になるかも知れない。しかし、あの時の事件は……待て。なんだ、この違和感は……都合よくセーフティーが限界を超えて起動してしまった完全聖遺物を、侵入者がそのまま奪取していった。しかし、それはあまりにも相手側に都合が良すぎるだろう。極秘実験の情報を得てセーフティーに細工できる存在……改めて調べ直す必要がありそうだな。
「弦十郎君、どうしたの?」
「いや、なんでもない。それよりも、これからの事だ」
「そうね。なんとかしてメディカルチェックを受けさせられないかしら……」
「厳しいだろうが、誠心誠意対応していこう」
取り敢えず、不眠不休で働いてくれた諜報部には休みを出さないとならないだろう。その後、改めて精査するとしよう。