一夏(ホモ)に襲われた   作:クロニ
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前話までギャグが多すぎたので今回はシリアス。

たけじんマン様、とるべりあ様
誤字のご報告、誠にありがとうございます。


亡国機業って黒の組織っぽいよね

 織斑千冬を知っている者にとっては珍しい光景だった。鉄の女の代名詞は困ったように柳眉を八の字にしながら、県庁の廊下にある掃除用具ロッカーに向けて語りかけた。

「虎丸。今回の出来事はさすがの私にも予想できなかったことだ。しかしだな、お前がISを起動できるという事実は衆目に知られてしまった。これからただの高校生として生きることはまず不可能だろう」

 ガタガタッとロッカーが揺れる。中身は引きこもった虎丸だった。もはや言語機能を喪失してしまった彼に、理性的な答えを返すことなどできなかった。

「とりあえず一夏のことを抜きにして、IS学園に入ること自体にそこまで拒否感はないんだろう?」
「ガタッ」
「だろうな。お前の目的は宇宙に行くことで、宇宙飛行士になることはあくまで手段だったからな」
「ガタッ」
「ふふっ、当然か。そうだな、それもそうだ。――虎丸、一夏と同じクラスになってしまうことだけは諦めろ」
「ガタガタッガタッガタガタガタッ!!」

 怒れるロッカーがやかましく音を立てる。それは千冬を責め立てているようで心が痛んだ。
 ここは虎丸が連行されてきた県庁だ。往生際悪くここでも逃走劇を繰り広げ、遅れてやってきた千冬によってロッカーまで追い詰められていた。
 再度、野生化してしまった虎丸は、モップを槍に見立てて「ホゥッ、ホァッ、ヒョロロロロッ!」ともはや何語かもわからん威嚇の声で千冬以外を追い払っていた。
 二人っきりにしてほしい。千冬の頼みに、モップでしこたま突かれた政府の役人も引き下がっている。

「虎丸」
「ケモノはいてもっ、ノケモノはいないっ。――ただしホモ、てめえはダメだ」
「お前がホモだったフレンズのせいで心を痛めたことは理解している。だが国の意向でな。私の目のあるクラスで貴重な男子生徒を見張ることになった」
「すごーい、たーのしー」

 現実を受け入れたくないばかりに、虎丸はロッカーをガタガタさせることで逃避した。きっと狂人のような顔で揺らしているのだろう。
 しかし政府の考えも理解できる。試験管ベイビーが相応の地力さえあれば作れる時代だ。千冬のドイツでの教官時代にもそうして生まれた子供と関わっており、もし男性IS搭乗者の遺伝子から命が作られようと、決して幸せな人生にはなりえない。
 きっとそこまで根深ければ、いかに千冬であろうとも一個人の手では救えない。

「私は功績ほど強い権限があるわけではない。だが先ほど、なんとか役人どもを説得して、寮の部屋を一夏と同じにされるような事態だけは回避した。……いまはこれが精一杯だ、すまない」
「ガタ……」
「ああ、そうだな。同じ部屋になってしまえばストレスで髪が抜け落ちるか。だとしたら対策も無意味になるな、ははっ」
「…………ガタ」
「なに? ニット帽で隠してたけど、いまも割とマジで白髪と抜け毛がヤバい? …………そうか」

 まず救うべきなのは目の前の虎丸からだった。

「お前には入学まで、政府の施設に行ってもらうことになる。表向きはISの教育とあるが、本当の目的はあらゆる意味での保護だ。今回のニュースで一夏だけでなく、あらゆる存在から狙われることになったからな」
「ガタ」
「尻じゃない! いや一夏は尻だろうが、女性人権団体や非合法組織、そして各国から虎丸の尻を……違う! 身柄を狙われているんだ」

 先ほど聞いた話だと、虎丸のいたアパート周辺は害虫の温床のようになっているらしい。
 虎丸の存在がはたして一夏以上に珍しいものだから、というのが理由だろう。これまで一夏がISを起動できたのはブリュンヒルデたる千冬の血筋かと思われた。しかし孤児である虎丸がその通説を(くつがえ)している。

 虎丸の安全が保証されているのはIS学園に在籍する三年間で、その期間でも完璧に守ることは難しいだろう。
 やるせない。
 あまりの自身の無力さに、千冬は投げやりに背中を壁に預ける。

「……私は姉代わりのはずなのに、お前に助けられることのほうが多くて困るな」

 千冬の学生時代はバイト漬けで一夏に寂しい思いをさせてしまった。それを紛らわせるために一緒に居てくれたのが虎丸だ。
 それに一夏の女嫌いが発覚してからは、千冬に暴力を止めるように呼びかけたのも虎丸だった。おかげで先日までの暴力を交えた姉弟喧嘩はかれこれ三年ぶりである。
 中学生ながら一人暮らしをする苦労もあったはずなのに、その上で織斑家を気に掛けるなど。

「――千冬さん」

 誰が言ったのか、千冬は咄嗟に判断できなかった。
 ロッカーの扉がゆっくりと開くと、やつれた様子の不良然とした少年が三時間ぶりに出てきた。

「虎丸、お前……言葉を」
「千冬さんは当たり前のことだってカウントしてないでしょうけど。オレだって、千冬さんに助けられたこと、たくさんあるんですよ。……IS学園に入るのが、いまの最善手なんですよね。ホモがいても」
「ああ、だが……もう野生化するだけでは済まないかもしれないんだぞ」
「たしかに幼女が母親なんだと言い出す変態になる可能性もあります。けどオレ、IS学園に行きますよ。逃げるって選択肢は最初からないんだ。腹ぁ括るしかないんですよ」

 虎丸流(とらまるながれ)、男見せます。
 そう覚悟する虎丸に、不覚にも千冬はときめいてしまった。
 足が生まれたての小鹿のようにカクカクしてなければヒロインになっていただろう。

「そうか……。そうだな。私がすべきことは現状を嘆くことではなく、これからのお前を最大限サポートすることか」
「千冬さんがいれば百人力っすよ」
「ふふっ、馬鹿者。せめて億人力と言え」
「ホントに一億人相手でも勝てそうだからやべえな……切実に」

 書類へのサインなどやることは多い。
 それに付き添おうと階下に戻ろうとして、ふと、千冬は虎丸に尋ねた。

「虎丸、ひとついいか?」
「なんですか」
「お前が退院のとき、IS適性があると連れて行こうとしたのは、やはり日本人だったか?」
「……へ? まぁ、はい。中国人とかじゃなくて、ちゃんと日本人の顔してましたよ、日本人の役人って言ってましたし。……あ、やべえ。逃げたこと謝らねえと」
「心配しなくても気にしてないそうだ。こちらで謝りたがっていると伝えておこう」

 千冬は虎丸の隣を歩きながら、慌てふためいた様子の正規役人がもたらした情報を反芻(はんすう)する。
 ――虎丸に最初にアプローチをかけたのは、日本政府の人間ではない。

『あー、役人さんがこんな一中学生になにか?』
『あ、緊張してきたんで、その黒塗りの車に乗る前にトイレ行っていいですか?』
『待っててください――逃げやしませんから』

 ならば虎丸が逃げるキッカケを作ったのは、いったい誰だ?


 ◆


 薄暗い部屋だった。隣に座っている人間の顔すら判別がつかず、どこから入り、どこから出ていくのか、闇が深いせいでそれすらもわからない。唯一、部屋の中心には円卓のようなテーブルがあるのだが、それすらもどれほどの大きさなのか皆目見当もつかないほどだった。
 さらには、何者かが集う場所であるはずなのに、本来座るべき人間が一人も足を踏み入れたことがない異質さ。
 円卓に設置された高性能のマイクとカメラでのみ、彼らは情報のやりとりをおこなう。

 ――亡国機業(ファントム・タスク)

 第二次世界大戦中に生まれて50年以上前から活動している、この世界での『裏社会』で暗躍する組織である。わかりやすい例を挙げるなら、小さくなった探偵の黒の組織に相当するような存在だった。
 存在理由、組織の規模などの詳細が一切不明で、その目的が世界征服なのか、はたまた別物なのか。各国でさえ掴みきれない煙のような曖昧な集まり。
 ゆえに亡国機業(ファントム・タスク)
 この日もまた、各部門の幹部たちによる会議が薄暗い部屋で開かれようとしていた。

「――虎丸流(とらまるながれ)の捕獲に失敗したようだな」

 口火を切ったマイクのある席をスポットライトが照らす。
 当然、そこは空席であるのだが、彼らの暗黙の了解のひとつに代理の物品をカメラのうしろに置くのが習わしだった。これまで置かれていたのは、数憶もする絵画、博物館に安置されているはずの宝石、行方不明者の写真など。
 なんでもいいという訳ではなく、それらは各部門ごとの『成果』である必要があった。
 自分たちはこれだけの功績をあげたぞ。それを知らしめ、自慢し、劣る他者を嘲るための道具だ。この会議を定期的に開くことで、各部門の競争意識を掻き立てるのである。
 ここへの参加を認められた人間は仲良しこよしで仕事はしない。
 どころか、常に蹴落として利益を奪おうと目を光らせるなど、血なまぐさいことに事欠かない空間だった。

 そして最初に発言した情報部門の人間の席。
 ――そこにはなぜか、ホモDVDが置かれていた。

「「「…………」」」

 ホモDVD。男たちがくんずほぐれつな艶姿のパッケージタイプ。
 他の部門のトップたちは考える。これは、なにかの罠だろうかと。情報部門はその名の通り情報戦のエキスパートで、ほかの部門よりも狡猾な人間が多い。彼らに嵌められた人間はもれなく奈落の底へご招待だ。
 下手につついて蛇を出す必要もないと、責められた工作部門のトップが発言した。その席にスポットライトが当たる。

「おかしいな。我々はお前たちの調査不足による煽りを受けただけだが」
「「「…………」」」

 光に照らされたのは、日曜の朝に見ることができる魔法少女のフィギュアだった。
 おかしいのはテメエだろうが。
 そう言いたいが裏があるのではと考え直し、誰かが先にツッコミを入れることを願いながら無視した。
 そんな周囲の反応にも構わず、工作部門の魔法少女が続ける。

虎丸流(とらまるながれ)の退院にあわせて接触しようとしたが、その時にはすでに逃亡中。お前たちがマスコミを封じていれば、強行手段でも取ることができたはずなんだ」
「それはそちらの練度不足によるものだろう。各国よりも先に、虎丸流のIS適性情報を入手し、それを渡してやっただけありがたいと思え。だいたいお前たちは……!」
「おい、そう叫ぶなよ。あまり寝てないんだ」

 魔法少女(おっさんボイス)はホモDVDの声に露骨に嫌そうに答えた。
 しかしそれが会計部門――鎮座していたのはエロ同人誌――には不服だったらしく、魔法少女のことをなじる。

「某銀行の例のブツを奪取する計画、君たちのおかげで頓挫したらしいじゃあないか。不安だねえ、僕は。この組織の工作部門が君たちじゃ、いずれ僕たちの足もすくわれそうでさぁ」
「あれは会計部門(おまえら)が金庫までの穴を掘るための隠れ蓑に、ケーキ屋なんか用意したからだろ? もっとマシなところを選んでほしかったな、切実に」
「僕たちはもっともやりやすい場所を選んだつもりだが?」
「おかげでこっちで用意した金が中途半端に残った」
「ハッ、それで計画を取りやめにしていては苦労せんな。で、まだケーキ屋でもやってるのか?」

 魔法少女が内臓でも吐くようなため息をついた。

「……ああ、そうだよ」
「おや、工作部門は資金のやりくりに必死と見える」
「いや……中途半端に金が残ってしまったから、適当に品質向上のために使うことになったんだ。それが間違いだった。なぜかテレビで取り上げられるほど大繁盛して、穴を掘る人員まで駆り出さなくてはいけなくなった」

 まるでリアルな悪夢でも物語るように、魔法少女が泣きそうな声で紡いでいく。

「それでも計画は続行だから、ケーキ屋の体裁は整えなければならなかったんだよ。適当な店と契約するはずが、そこでなぜか評判を聞きつけたイギリスの大手紅茶店と組むことになってな。さらに店がデカくなるとその繰り返しで、『上』のほうからブツの奪取より利益が見込めるから、と……ケーキ屋(そっち)に力を入れるように指示を受けた。なんだか最近、自分がケーキ屋のCEOなのか工作部門のトップなのか判らんぐらい忙しいんだよ」
「お、おう」

 自分まで駆り出されて四徹目だと、魔法少女はまた疲れ切ったため息をついた。
 儲かってて良かったじゃないか、などと言おうものなら、魔法少女が呪いの人形になって襲い掛かってきそうだった。
 脱線しかけた話を戻したのは、実働部隊を纏めている紅一点、カメラのうしろにBL本を置いた女性の声だ。

「問題はそこじゃないわよね。せっかくの男性搭乗者が、すでに日本政府に保護されてしまったことでしょう」

 ホモDVDとエロ同人誌、魔法少女が気をもちなおす。

「だが、どこの国だ? 情報を獲得したのは我々が先だろう。だというのにアプローチに先んじた存在がいる。それも杜撰なせいで対象に逃げられ、話が大きくなりすぎた」
「それは情報部門(こちら)で調べている途中だ。判明次第、工作部門か実働部隊に動いてもらいたい」
「会計部門からも支援するよ。けれども……情報部門(そちら)から送られた対象の資料を見ると、どうにも腑に落ちない」

 マイクの向こう側で、何人かが手元の資料をめくっていく。
 ISの適性が判明する以前はただの中学生。そのはずだ。
 しかし何者かが虎丸にアプローチを仕掛けてから、綿密な計画の歯車が狂っている。

「いくらなんでもマスコミが動くまでの時間が短すぎる。我々は日本政府に潜り込ませたメンバーから情報を得たが、政府による情報開示は虎丸流(とらまるながれ)を保護してからのはずだ。でなければ、女性人権団体などの妨害を受けるからな」
「IS部隊の出動も同じくらい早すぎだ。いくら男性搭乗者だろうと、市街地付近での活動のための申請にはもう数時間要しただろうに」
「そのおかげで陽の下になりすぎた。私たちが動く影が見つからないくらいにね」

 全員の頭にあったのは、なにかしらの後ろ盾が虎丸にあるのではという疑問。
 発言していないメンバーも含めて、情報部門のホモDVDに視線が集まる。

「……ありえない。たとえこの世界に突然現れた人間がいようと、それまでの情報がない(・・)ことで確証できる。だが、あの少年はたしかに今日まで日本の学生として生活し、いかなる組織・国家の干渉をこれまで受けていなかったのは事実だ」

 ホモDVDは頭の記憶を探るように沈黙し、ピックアップできる出来事を挙げる。

「せいぜいが三年前に事故に遭って両親を亡くしたくらいか……。暴力事件を起こして警察沙汰にもなったが、それも虎丸流本人による自発的なものでシロだ。それが我々がこの時間まで各国にあるデータベースを漁って出した結論としている。新しい情報が見つかり次第、随時送信するつもりだが」

 像の足跡のように、戦車の潰した跡のように、大きすぎる存在が動けばなにかしらの痕跡が残るものだ。
 それをまっさらな状態にして消したならば、その手腕は亡国機業(ファントム・タスク)にとって脅威である。

「――もしかして、天災かしら?」
 
 天災。それはISコアの開発者、篠ノ之束(しのののたばね)の世界からの総称である。
 BL本の言葉に、他メンバーは会議がはじまってから頭の隅にあった『もしや』の否定できない事実に、唸りながら同調を示した。

「織斑千冬と関係が深いなら、それもあるかもしれん」
「もしそうであれば情報の精査に時間がかかる。さらに言えば、我々はかの天災と戦う準備をまだ完了していない」
「……いずれにせよ、対象は日本政府の監視下だ。ひとまずこの件については保留。情報部門からの進展があるまで、織斑一夏と同レベルの価値があるものとする。異議は?」
『――なし』

 これで幹部会はお開きだ。ここからは各部門独自の回線で、連携の申し込みや任務依頼、デカくなりすぎた菓子店に頭を悩ますことになる。
 ホモDVD、魔法少女フィギュア、エロ同人誌、BL本に当たっていたスポットライトが次々と消えていき、カメラの主たちの存在が退去する。

 各々がそれぞれの思惑(おもわく)で動き、蠢き、だれにも悟られぬまま闇から闇へ移っていく。彼らしか知りえぬ組織の目的のため、隙さえあれば互いの喉笛を噛み千切るため。
 しかし虎丸についての情報は過去に例がないほど異質だった。
 言い知れぬ不安を覚えながら、これを自分の利益にするためにどうするか、狐狸でさえ及ばぬ知恵を巡らせる。
 そして会議が終わった刹那、珍しいことに、亡国機業(ファントム・タスク)結成以来、全員の考えがはじめて一致した。


「「「――なんであいつら、あんな馬鹿げたものを置いてたんだ?」」」


 ちなみにカメラは背後まで動かず、実際に自分がなにを置いていたのか気付いた者はいなかった。
 しかし指摘したときの損失(というものがあれば)が恐ろしい。知りたがりの命は短い世界だ。そのため会議中のように、誰かが先に指摘することを願いながら、結局だれも疑問をぶつける機会がないのであった。


 ◆


「む、どうやら会議が終わったらしいな」
「おーいM。片付けもそっちでやっとけよ」
「オータム貴様……ッ。自分はソファでくつろぎながら、物品の準備まで私に押し付けるとは何様だ!」
「仕方ないだろ、会議の準備って部門ごとの当番制だから面倒なんだよ。それに用意した人員を使えばよかっただろ」
「人、員……? 私ひとりで置いていったんだが」
「へえ、お前だけで設置できるって、今回の『獲物』はどこも小規模だったんだな」
「うむ。ダンボールに入ってるものを置けばよかったんだろう」
「……ダンボール? おいおい、ここが倉庫の下だからって別のダンボールのモノ設置してないよな」
「馬鹿にするな! 角度などにも気にしてちゃんと置いたぞ!」
「あっはっは、だよな。悪い悪い。ま、確認がてら見てみるか」
「ふふん、あまりにも神掛かった設置に気絶するなよ?」

 オータム、あまりにも冒涜的な品々に気絶するまで――あと三分。



今回はシリアス。いいね?