鬼哭血風録~相思相殺~【FGO×ドリフターズ・捏造コラボイベント】   作:みあ@ハーメルンアカウント

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Act.8 冥府魔道

少女は、走った。息が切れ、心臓が張り裂けそうになっても尚、止まることなく走り続けた。

少女――立香の前方に立ち塞がろうとするシャドウサーヴァントを火縄銃で撃ち抜きながら、後衛の信長が叱咤激励を飛ばす。

 

「もうじき、裏門が見えてくる筈じゃ!マスター、気を抜くでないぞッ」

「うん、分かってる…ッ!」

 

雑木林を抜け、ふたりは開けた場所に出た。軍馬の嘶きに、刃を交わす音が聞こえる。既に五稜郭裏門における攻城戦は始まっていた。

裏門橋を落とされる前に獲った新政府軍は、そこから一気に攻め込んでいく。新型の洋式大砲が火を噴いて、破壊された門や城壁から、次々と兵士たちが五稜郭へと侵攻した。

 

「まずい……急いであの兵士たちを止めないと!」

「そうじゃな――って、いきなり戦場に出ていくな、この馬鹿者ッ!?」

 

立香は信長の制止も聞かず、陣営の中に飛び込んで行った。放って置くわけにもいかず、信長は苦い顔をしながらそれを追い掛ける。

槍を持った兵が走り、大砲や銃弾が飛び交うその只中で、立香は喉が枯れんばかりに声を張り上げた。

 

「お願い、みんな止まって!これは、罠だ!!」

 

しかし、当前と言うべきか。少女の声は虚しくも轟音に掻き消され、足を止めて話を聞く兵士など誰もいない。

 

「戻れ、立香。こうなってはもう、何を言っても無駄じゃ」

 

立香の腕を掴んだ信長が、無理矢理戦場から退こうとした――その時だった。

 

「おい、そこな娘!罠とは、どういうことじゃ!?」

 

立派な軍装を身に付けた大柄な男性が、馬上からふたりを見降ろしていた。おそらく軍の大将格だろう。薩摩訛りの強い喋り方が、どこか豊久を思わせる。

 

「どうか今すぐ、兵を五稜郭から退かせてください!敵は建物の中に大量殺戮の兵器を持っています。このままじゃ、中に入った人たちが危ない――!」

「何じゃと…!?」

 

立香の悲痛な叫びに、男は動揺した様子だった。信用に値するかどうか、厳めしい目が推し量るように少女の顔を伺っている。そして、

 

「実は俺も、こげんまで護りの兵子ん少なかとは、聊か妙じゃ思うちょった。……分かった、お前たちん言うことば信用す」

 

その言葉に、立香は信長と顔を見合わせ、安堵の声を漏らした。大将らしき男は前に進み出て、戦場全てに轟くような大声で号令を出す。

 

「――全軍、退けい!敵は鏖殺兵器ば持っちょる!五稜郭ん中におる兵は全員、直ちに堀ん外まで退けい――ッ!!」

 

その声を聞いて、兵士たちが一様にざわついた。号令を掛けた男は、余程彼らに信頼された将なのだろう。皆が命じられた通り、続々と五稜郭内からの退避を始める。――が、しかし。

 

「奴らめ、撤退に気付きおったか――来るぞッ、マスター!!」

「な……!?」

 

信長が立香を庇うように、その身を外套の中に引き込んだ。刹那、天上がオーロラの如く白んだかと思うと、五稜郭の城壁、その五つの角からそれぞれ光の柱が出現した。

ぞわりと、全身の肌が総毛立つ。恐ろしく強大な魔力が、五稜郭を中心に膨れ上がっていくのを立香は感じた。身体の全感覚が、この力は危険だと警告を発している。

鮮やかな紫色に輝く光柱が天に向かって一直線に伸びていき、上空に巨大なひとつの紋様を描き出す。

それは――五芒星(ペンタグラム)。魔術王ソロモンの魔法印。

 

瞠目する立香たちの前で、新たな異変が起こった。

五稜郭を包み込むようにして紫色の濃霧が立ち込める。その霧に触れた兵士たちは、途端に悲鳴を上げて悶絶し始めた。倒れ、苦しむ人々の全身が、有り得ない速度で腐り落ちていく。

まるで逃げる者を追うように広がっていく霧から脱しようと、混乱した兵士たちは凍った堀へと飛び込んだ。表層の氷が割れて、氷点下を下回る堀の水は、兵士たちの命を奪う凶器と化す。また、一度に人が殺到した裏門橋から弾き出され、落下する者が続出している。

 

――戦場は瞬く間に、阿鼻叫喚の地獄と化した。

 

「な、なに、……これ!?」

 

立香は蒼褪めた顔で、その地獄を凝視している。これまでに幾つもの戦を見てきた立香だが、この凄惨な光景を前に狼狽を隠せない。驚きと憤りで、声が震えた。

 

「儂にも分からぬ。じゃが、あれの気配に近い物に、儂らは何度も対峙しておる」

「――まさか」

 

答えた信長、その言葉に立香は思い当たるものがあった。考えたくはないが、聖杯絡みの事件である以上、決してあり得ぬ話ではない。

 

「それって、魔術王ソロモンの――」

「然り。あの魔力、魔神柱のそれと瓜二つじゃ」

 

立香は固く拳を握り込んで、唇を噛んだ。今まで何度もソロモンの息の掛かった連中と対峙してきたというのに、相手を甘く見積もっていた己の愚かさ、そして、碌な対策も練らずに特攻してしまった浅はかさを悔いた。

 

「……ここまで来たのに、みんなを……救えなかった」

「阿呆め、今はそんなことを言っとる場合か!」

 

項垂れる立香を、信長がぴしゃりと一喝した。横っ面を叩かれたかのように、立香がはっと顔を上げる。

 

「ここにいては全員、巻き込まれるぞ。流石にこの箱館全土を死の都にするつもりはあるまい――市外まで撤退じゃ!」

 

信長の言葉に、立香が頷く。幸いにして、魔力の霧が広まる速度は、人が走るそれよりも遅い。

傍らの大将も、どうやら同じ事を考えていたらしい。駆け出した少女たちに続いて、彼もまた残兵を率いて軍馬を駆った。

走りながら、立香がつと背後を振り仰ぐ。夜空に描かれた魔方陣は、彼ら卑小な存在を嘲笑うかの如く妖々と輝いていた――。

 


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