鬼哭血風録~相思相殺~【FGO×ドリフターズ・捏造コラボイベント】 作:みあ@ハーメルンアカウント
二人がまだ人として生きていた幕末の話で、新撰組を一躍有名にした池田屋騒動の辺りの出来事を書いております。実はこの話、Pixivの方では本編よりかなり前に投稿したものでした。土方さんと沖田さん、二人の物語を綴っていく上で、どうしても書いておきたかった根幹的なエピソードです。鬼哭血風録では語りきれなかったふたりの生前の関係の補間として、さらりと読んでいただければと思います。
…と言うかこれもうFateドリフ云々関係ねーだろ!というごもっともなツッコミは無しの方向でお願いします…(汗)
ちなみに沖田さんが女性であるという事は、土方さんと局長、試衛館時代からの知人以外には知られていません。所謂、王道の男装女子設定です。え、声と胸でバレる?…知らんなぁ。
作中、局長(近藤勇)も登場しますが、一応コハエースで彼も登場しているので、そちらに準じたイメージで書いております。といっても資料少ないので捏造成分多いんですけどね…!
奇声を上げて斬りかかる倒幕浪士の残党を薙ぎ倒し、血に煙る階(きざはし)の上へと踏み込んだ長身の隊士は、思わず我が目を疑った。
血だまりの中に伏した、勤王志士の斬死体。それに重なるようにして倒れていた一番隊組長・沖田総司の身体を、抱き起こさんとする一人の男――新撰組副長・土方歳三は、酷く取り乱した様子で沖田の名を繰り返し叫んでいた。
「……副長!如何なされた!?」
昨日まで同じ釜の飯を食っていた同胞を斬り殺し、生きた人間の足に五寸釘を打ち込んでも顔色一つ変える事の無かった、鬼のような冷血漢。敵である尊攘派どころか、身内である筈の隊士までもが、冷静さと苛烈さを併せ持つこの男の存在を恐れていた。
それが、どうだ。こちらの気配はおろか、名を呼ばれた事にすら気付いていないような有り様である。前後不覚に陥るほど土方が狼狽した姿など、彼には一度たりとて覚えがない。
「総司……死ぬんじゃねえ、総司!!」
「副長、診せてください!」
その隊士には、多少ながら医学の知識と心得があった。彼は土方の向かい側に回り、腕の中でぐったりとして動かない沖田の顔を覗き込む。元より色白の肌は死人のように蒼褪めて、まるで生気を感じられない。
女のような痩身に纏う、だんだら紋様を染め抜いた浅葱の羽織――その襟から胸元に至るまでが、鮮やかな緋色に変わっていた。恐らく、夥しい量の血を吐いたのだろう。幸いにして息があるのを確認できたが、その笛の鳴るような呼気音は、重い肺病を患う者のそれに似ていた。
「……息はあります、ご安心召されよ」
そう告げると、土方は震える声で、そうか、とだけ応えた。血走った暗灰色の目は微動だにせず、血の気の失せた沖田の顔だけを食い入るように見詰めている。
――このご様子では、剣など抜けますまい。
階下ではまだ尊攘の志士と新撰組が戦っている。土方の参戦を諦めた隊士がその場を去ろうとした時、下から耳を劈くような怒号が響いてきた。
「トシ!お前ぇ、何していやがる!さっさと来い!」
近藤勇の放った一声。それは土方にとっての活だった。
床の上へと丁重に沖田を寝かせると、刀を取って土方が立ち上がる。その顔はまるで憑き物が落ちたかのように、常の――怖気がするほどの冷徹さを取り戻していた。
――倒幕志士達の討死十余名、捕縛者二十余名。
対して、新撰組の討死一名、重傷者二名。
後に近藤によって洛陽動乱と名づけられたその騒動は、後者の圧倒的勝利で幕を閉じた。
暁を背負い、誠の旗を掲げながら凱旋する新撰組。病魔に蝕まれながらも同胞と共に歩もうとする沖田の傍らには、伴侶の如くその身を支える土方の姿があったという――。
※※※
「おう。相変わらず、時化た面ぁしてるな」
黒で塗りつぶされた空には、爪痕のような月が輝いていた。襖をがらりと開けて私室へ押し入ってきた無遠慮な兄弟子に、窓辺にいた土方は無言のまま一瞥を向ける。その片手には、酒の盛られた杯ひとつ。役者めいて美しい男が月を肴に酒を嗜む姿は、さながら良く出来た浮世絵の如く様になっていた。
「色男が、一人寂しく手酌なんかしやがって。トシ、幾らお前でも、今回は廓で慰めてもらう気にもならねえか」
「……何か言いたい事があるんじゃないのか、勇さん」
話を切るように、土方が問う。端正な面には、僅かに苛立ちが滲んでいた。
――そう、急くなよ。大きな歯を見せて笑いながら、近藤は土方に背を向けて胡坐を掻いた。
「……松本先生の見立てじゃ、もってあと一、二年ってとこだそうだ」
その言葉に、土方の眉がぴくりと動いた。口元へ杯を運ぼうとしていた手が止まる。
「このまま行けば、の話だがなあ。大人しく養生してりゃあ、多少は延びると言っていた。まぁ、あいつのことだ。気合いでそれより長く持たすかもしれねえが」
土方の顔を見ることもなく、まるで世間話でもするかのように呑気な口調で近藤が続けた。暗い空気にならぬよう、努めてそうしているのだろう。彼は昔から、そういう事には気の回る男だった。
「あれは元々、身体が弱い。江戸から遠路はるばる上洛して、男だらけの屯所で素性を隠して暮らすだけでも、相当しんどかったろう。
……どんなに辛かろうと笑って、弱音なんざ死んでも吐きゃしねえような奴だから、気付いてやるのが遅れちまったがなあ」
苦く笑って、近藤は一際大きな溜め息を吐く。その片手にはいつの間にか、愛用の通い徳利が握られていた。栓を抜いて中身を一口煽ってから、改めて口を開く。
「総司はお前と同様、俺にとっちゃあ家族みたいなもんだ。大事な己の妹が、花の盛りに恋も知らずに散っていくかと思うと、やり切れんものがある。――なあ、トシ」
近藤のどこか茶化しているような声音が、不意に神妙なものへと変わった。
「総司を抱いて、祝言のひとつでも挙げてやれ」
土方は虚を突かれたように絶句し、切れ長の目を見開いて近藤を見遣る。
「――なにを、馬鹿な」
「惚れてんだろう、ずっと前から。俺の目は節穴じゃないぞ」
投げるような乱暴さで告げると、近藤はここで初めて土方と向き合った。無骨な足を組み直しながら、尋問のように反論の暇を与えず、近藤が弟分を問い詰める。
「お前が郷里(くに)で縁談を断っちまったのも、いつまで経っても遊びばかりで身を固めようとしねえのも、全部あいつがいるからだろうが」
土方は何も言わなかった。否、正確には――何も“言えなかった”。
近藤が口にした事は全て、図星だった。閉口したまま眉を顰めている土方を、近藤は尚も射抜くような目で見据える。
「そんなに大事な女なら、さっさと囲って自分のもんにしちまえばいいじゃねえか。あいつにはもう時間がない。くだらねえ意地なんか張ってる場合じゃないだろう」
「――あいつの誓いはどうなる。あいつは人生を大義の為に捧げるつもりで、女をやめて、俺達とここまで来たんだぞ」
血を吐くようにして、土方はやっとのことでその言葉を絞り出した。それは近藤にとって、追い詰められた子供が駄々を捏ねているようにも聞こえたのかもしれない。
「……お前、本気でそう思ってんのか?」
訊き返す近藤の声には、呆れの色が滲んでいる。
「大義の為じゃねえ、トシ、お前の為だ。お前とずっと一緒にいてえから、女の幸せかなぐり捨ててまでついてきたんだろうが」
胸に刃を突き立てるような、鋭い一言だった。土方の秀麗な貌が歪む。
――分かっていた。ああ、そうとも。分かっていたのだ。
分かっていながら目を背け、見て見ぬふりをしていたのだ。
己自身の想いも、あの娘の想いにも――。
「今更だろう。……何もかも、遅過ぎた」
齢十の頃から、懐いた仔犬の如く己に付いて回っていた、純真無垢な妹分。
気付いた時には、どうしようもなく惹かれていた。だが――手を伸ばせなかった。触れられなかった。
彼女の存在が、あまりに眩しすぎたから。天真爛漫に咲いた美しい花を、この手で手折って、散らしてしまうことが何よりも怖かった。
だと言うのに、結局はその花を多くの血で穢してしまった。
咲いても決して実を結ぶことのない、仇花にしてしまったのだ。
もしもここで「ひとりの女に戻れ」と口にしたなら、沖田が土方の為に成してきたことの総てを、他でもない土方自身が否定することになる。
あどけない娘に人を殺めさせ、数多の返り血を浴びることを強いたのは、何の為だった?
無邪気で純粋だった少女を、人斬りの道具に変えてしまったのは――?
「もはや、後戻りなどできん。……俺も、総司も、この生き方を曲げられない」
土方が、呻くように呟いた。何人たりともこの男の意思を変えることは出来ないのだと察して、近藤はもう一度、深い嘆息を漏らす。
「――ったく、どうしようもねえ頑固者だな。お前も、総司も」
大仰に肩を竦めてから、近藤は徳利に口を付けて酒を飲み干す。格子窓から覗いていた夜半の月は、いつの間にか雲に呑まれて消えていた。
※※※
翌朝、土方は療養所に預けられている沖田を見舞った。
血色は随分と良くなったとは言え、頬の窶れは隠せない。白い夜着の袖から覗く、また一段と細くなったような手首が痛々しかった。
大丈夫か、と短く尋ねた土方に、寝床から半身を起こした沖田はぐっと握り締めた両手で、素振りの真似事などしてみせた。
「もう、土方さんも近藤さんも、心配のしすぎですよ!私はほら、こんなに元気です。このところの暑さで、ちょっぴり体調を崩しただけですから」
「ただの体調不良で、血など吐くものか」
見え透いた嘘を、と眉を潜めた土方に、沖田は少し困ったような顔をする。
――幾度血を浴びようとも、この娘の心はあの頃と何も変わらず、水鏡のように清らかで美しい。己に心配を掛けまいと気丈に振る舞う健気な妹分に、気の効いた言葉ひとつ掛けてやれない自分が土方は歯痒かった。遊女相手に告げる上辺だけの口説き文句ならば、すらすらと口をついて出てくるというのに。
「土方さんこそ、ちゃんとご飯食べてますか?」
知らぬうちに渋面になっていた土方を気遣うように、沖田が尋ねる。土方より十近くも年下である癖に、その口振りはまるで、彼の母親か姉のようだった。
「幾ら好きだからって、たくあんばっかり食べてちゃダメですよ。それから、お酒に酔った勢いで喧嘩なんかしてないですよね?私がちゃんと傍で見てないと、土方さんは無茶ばかりするんですから」
馬鹿奴。こんな時に、俺の心配なんぞしている場合か。
保護者ぶって忠告する沖田に、いつもの調子でその脳天へ軽い拳骨でも喰らわしてやりたい気分だったが――相手が病人とあっては、それも儘ならない。
「……早く良いお嫁さんを貰って、私や近藤さんを安心させてください」
沖田はそう言いながら、儚げな微笑を浮かべた。それが無理して作られた笑顔であるのは、土方から見ても明白だった。
――やめろ。そんな顔で笑うんじゃねえ。
「総司」
俺は、お前が良い。お前が良いんだ。
名を呼ぶ土方の声が、あまりにも切羽詰まったそれだったからだろう。沖田は不思議そうに小首を傾げ、土方を見詰め返す。
――衝動に任せて、この手を伸ばしていた。
【~咲いて、結ばず・後編へ続く~】
【あとがき】
この番外編の続きは本編のネタバレになってきますので、あちらが完結後に投稿する予定です。少しばかりお待たせすることになりますが、気長にお待ちいただけると嬉しいです。
史実の土方さんは生涯独身だったそうなので、恐らくドリフ方さんもそうなんじゃないかなと妄想。そこからさらに妄想をプラスして、結婚しなかったのは己の士道を貫くため、というだけでなく、ずっと心に思い続けている好きな女性=沖田さんがいたから、という捏造設定になりました。
沖田さんも土方さんを恋い慕っているわけですが、その子供のような天真爛漫さゆえに、自分自身の想いが恋であるということをはっきりと自覚していない、また薄々感づいてはいても、叶わぬ恋だと分かっているので「家族愛」だと自分自身に言い聞かせている――という状況でした(そのあたりに関しては、本編でも少し触れています)。それがどのように変化していくのかは、本編の方で語られていきます。ふたりの関係が気になる方は、引き続きご覧いただければ幸いです…!