鬼哭血風録~相思相殺~【FGO×ドリフターズ・捏造コラボイベント】   作:みあ@ハーメルンアカウント

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Act.6 魔郭懐胆

「――ふっふーん。どうじゃ、マスター!」

 

一方、その頃。迎賓館の舶来品展示室に、ふたつの影がこそこそと紛れ込んでいた。

堂々と胸を張り、ここ一番のドヤ顔で言い放った第六天魔王・織田信長――その身恰好を上から下まで眺め終えてから、マスター・藤丸立香は思わず表情を引き攣らせた。

 

「うん、趣味悪……もとい、これじゃちょっと目立ちすぎじゃない?ノッブ」

「そうかの?特にこの……何じゃ、よくわからん獣の皮を縫い合わせた外套なんぞは、儂の為に誂えたようにしっくり来ると思うんじゃが――」

 

そう言って裾を摘まんで見せるのは、豹の毛皮を贅沢にあしらった、いかにも王候貴族が愛用していそうな洋式外套だった。豹という存在自体が知れ渡っていなかったこの時代にしては、相当に珍しい工芸品のひとつだろう。

派手好みの信長はこの珍品を大層気に入ったらしく、これまた展示品であるらしい大きな鏡の前でポーズを取っては、ひとり悦に浸っている。確かにふたりが求めた“防寒着”には持ってこいの品ではあったが、こんな格好で外を出歩かれたら一発で憲兵に見つかるだろう。

 

「というか、そう言うそなたも相当アレな恰好じゃぞ?何なのじゃ、その熊の頭は!一瞬、頭から食われたのかと思うたわ」

 

ジトリと目を眇めながら、信長が立香の出で立ちを酷評する。対する立香は黒々とした短毛の毛皮を身体に巻き付け、頭の上には剥製と思しき熊の頭部がどんと乗っていた。――どう見ても、アイヌ民族の狩猟装束である。

 

「うぐっ!だ、だって仕方ないじゃないか…防寒着になりそうなのって、他にこれしかなかったんだもんっ!」

 

何が悲しくて、こんなリアルくま○ンみたいな恰好をしなければならないのか。こんな格好をしている自分たちをロマニたちが見たら、間違いなく腹を抱えて爆笑されるだろう。それを考えただけで、立香は頭が痛くなってきた。

だがそんなことより、もっと重要な問題がひとつ。ここにある展示物を、自分たちが勝手に持ち出すということは――。

 

「……これって、よく考えたら泥棒だよね?いいのかなぁ、こんなことして……」

「なぁーにを弱気なこと抜かし取るんじゃ、この腰抜けめ!」

 

信長は口をひん曲げて、顔をずいと立香に寄せた。ただのコスプレ好きな少女に見えても、彼女こそが神秘滅却の大殺戮を成した第六天魔王波旬、ご本人である。こうして迫られると、このまま取って食われそうな威圧感があった。

 

「良いか、マスター。この国は本来、あってはならん国じゃろうが?ならばその財宝も、ここにあって然るべき物ではない!つまり今ここで儂らが持ち出したところで、なーんの問題もないってことだネ!」

 

しかし、その言い分はどう見ても、悪餓鬼の捏ねた屁理屈である。立香は盛大な溜め息をついた後、

 

「……仕方ないなあ。後でこっそり返しておけば、問題ないよね?」

「うむ、その通り。ではさっさとズラかるんじゃ、誰かに見つかる前にな!」

 

――魔王様、もうそれ完全に悪い盗人の台詞ですよね?

そんな突っ込みを入れようとした、次の瞬間。

 

どぉぉぉん!

 

耳を劈く爆発音がして、地震と見紛う大きな揺れがふたりを襲った。窓から外を見れば、北の五稜郭から幾つも火の手が上がっている。

 

「何じゃ何じゃ、敵襲か!?」

「分からない――取りあえず、外に出て状況を確かめよう!」

 

ふたりは部屋を出て、バルコニーへと急いだ。吹き荒ぶ雪風に耐え、手摺から身を乗り出して箱館の街を眺め渡せば、一体どこから湧いたというのか――シャドウサーヴァントと思しき黒い影がそこかしこに蔓延っている様子と、その中を駆け抜けていく軍馬の隊列が幾つか見えた。

 

「……街にたむろしておるのは、魔力で造られた影兵どもじゃな。あの騎馬隊は――む、薩長土肥の兵か」

 

信長はアーチャーというクラスの特性上、気配察知はお手の物だ。天候による視界の悪さをもろともせず、信長は鷹のように鋭い視線でそれらを見抜いてみせた。

 

「薩長……ってことは、新政府軍!?まさか、五稜郭を落とそうとしてるの…?」

「恐らく、そうじゃな。しかし、――気になるのう」

 

言いながら信長は口元に手を宛がい、柳眉を顰めた。緋色の目は何かを検分するように、五稜郭の外壁を睨んでいる。

 

「裏門の守りが、市中や表門に比べて手薄すぎる。あれではまるで、攻めてくれと言っておるようなもんじゃぞ」

 

そこまで言って信長は、はたと思い出した風に立香へ訊ねた。

 

「――先程の男。榎本と言ったか……あれは南蛮に渡り、様々な国の戦を見てきたと言うておったな?」

「うん。オランダ軍に従軍して、実際の戦地を見て戦略を学んだって」

 

「ふむ。……で、あるか」

 

その返答に信長は頷き、険しげに目を細めた。どうしたの、と問う立香に、戦国名うての策士はその先を続ける。

 

「この状況で、厭らしい策士のやりそうな事――そう、例えば“儂なら”どうするかを、考えた。

敵が大挙して多方面から攻めてくるのなら、個々と戦って撃破するより、いっそのこと一纏めにして葬った方が楽じゃろうて。例えば……わざと砦におびき寄せて、集まったところを一網打尽、といった具合か」

「……まさか!一纏めにって、そんなことが――」

 

反論を唱えようとした立香を一瞥する信長の視線は、驚くほどに冷静だった。その全てを見透かす軍師の目に、立香は後の言葉を呑み込んだ。

 

「できるじゃろう。火攻め、水攻め、中に捕り込めたなら後は思いのままじゃ。そもそもそなた、相手を何と思うておる――奴は、聖杯の力を使うのじゃぞ?」

 

冷たい汗が、背筋を滑り落ちていった。立香は即座に踵を返す。

 

「――知らせなきゃ」

「マスター、何処へ行く!」

 

少女は全速力で、建物の階段を駆け下りていく。その背中を追い掛けながら、信長は大声で立香を諭した。

 

「よもやそなた、あやつら新政府軍を救おうなどと考えてはおるまいな?今からでは手遅れじゃ!

儂らの目的はあくまで聖杯を回収する事。新政府軍の助っ人をするのではない。それに下手をすれば、そなたまで危険に晒されることになるぞ!」

「……それでも」

 

立香は足を止めることもなく、まるで自分自身を奮い立たせるように叫んだ。

 

「それでも、知ってしまった以上――このまま沢山の人たちが殺されるのを、見て見ぬふりするなんてできないよ!」

 

それを聞いて、信長は瞠目し――そして、驚きの表情は微苦笑へと変わる。

 

「……全く、そなたは儂にも勝る大うつけじゃ」

 

呆れたように言いながらも、信長の声音にはどこか畏敬じみたものが込められていた。

誰かを信じ、誰かのために命を賭して戦うこと。それは、生前の信長には出来なかったことだ。それをこの娘は、己の半分も生きていないひよっこのマスターは――当たり前のように、それをやって見せるのである。

 

(――これだから儂らは、この娘を放っておけんのじゃ)

 

信長は歩を速めた。先を走っていた立香に追いつき、その横に並びながらこう告げる。

 

「砦の左側から回りこめば、幾分か早く着けるじゃろう。間に合うとは保障できぬが、やるだけの価値はある。露払いは儂に任せい」

 

久々の戦とは、武人の血が滾るわ――そう言って笑う信長に、立香がそっと呟く。

 

「……ありがと、信長様」

「ふん。――ノッブで良いわ、むず痒い」

 

信長は面映ゆそうに目を逸らすと、鼻の頭を軽く掻いた。

 


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