鬼哭血風録~相思相殺~【FGO×ドリフターズ・捏造コラボイベント】   作:みあ@ハーメルンアカウント

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Act.5 戦花追想

――ぞぶッ!

 

閃く剣尖が真一文字の軌跡を描いてから、一拍。胴から上を刎ねられた影兵――シャドウサーヴァントが、黒い塵となって掻き消えた。

恨みがましく刀身に纏わりついていた魔力の残滓を払って、愛刀を鞘に収めた少女――沖田総司は、その背中を冷えた土壁に預けた。華奢な肩を上下させ、荒い呼吸を繰り返している。黒の襟巻で隠された口元は、吐息のせいで白く煙っていた。

 

「…はぁっ、はぁっ…もう、しつこいったらありませんね…っ!」

 

全身に滴る汗が外気に冷やされ、じわじわと体温を奪って行く。こうしてはいられないと、沖田は身を屈めながら街路に出て、周囲を警戒しながら見回した。

 

――事の経緯は、半刻ほど前に遡る。

大砲によるものと思しき物音を聞きつけ、洞穴を出て街へと向かった豊久と沖田は、そこに跋扈していた大量のシャドウサーヴァントたちによって取り囲まれた。影兵は日章旗を背負い、洋式戎服に帯刀した旧幕府軍の姿恰好をしており、それは彼らが旧幕府軍側の何者か――例の聖杯を悪用している人物によって呼び出されたものだと、確信できた。

 

目の前に現れた英霊を排除すべき敵と認識し、襲い掛かってくるサーヴァントの“成り損ない”。対するふたりは刀を振るい、一体、また一体と彼らを斬り倒していく。豊久も沖田も乱戦を得意とする剣客ではあったが、斬れども斬れども湧いてくる影兵が相手では、聊か分が悪い。追い詰められ、背中合わせで向かい来る敵を切り払いながら、沖田は豊久にこう告げた。

 

『これでは幾ら戦っても、限がありません!ここは一度散開して、敵を撒くのが得策かと』

 

その言葉に豊久は、むすりと口を引き結んだ。

 

『敵ば前にして、退くのは恥じゃ』

 

これを聞いて、沖田は落胆する。そういえばこの男、戦馬鹿の首狩り民族でしたね――と、大袈裟に肩を落とした、その時だった。豊久がその先に、一言こう付け加えたのだ。

 

『じゃっどん――目先の小兵にかまけて、大将ん首ば取り逃がすは大恥じゃ!』

 

大声で叫ぶなり、豊久は跳んだ。跳躍、などという言葉では喩え切れぬほどの身軽さで、敵陣の只中に飛び込んだ薩州男児はそのまま一直線に兵士をなぎ倒し、脱出の道を切り拓いて行く。

 

『まったく、……なんて破天荒な人なんですか、あの薩摩人は』

 

呆れたように言いつつも、こちらも負けてはいられない。敵が陣形を崩した機を見逃さず、沖田もその後に続いた。立ち塞がる兵を薙ぎ払いながら包囲網を突破した後は、追手を分散するため二手に分かれた。

前方に見える大きな砦――五稜郭の前での合流を約束し、豊久と別れた沖田はひたすら街中を疾駆して、追い縋る兵士を切り捨てる。京で維新志士たちとの斬り合いを幾度となく経験していた沖田は、市街戦には慣れていた。足の速さにも、自信がある。すぐに追撃を撒いて豊久、そして、逸れてしまったマスターたちと合流できると踏んでいた。

 

が、――しかし。

 

「……まさか、こんなにすぐ追いつかれるなんて」

 

その見通しは甘かったと、今になって思い知らされることになった。雪国・箱館の街は、京と違って馬車を通す為に道幅は広く、家屋や建造物も点在している。つまり、非常に見通しが利く造りになっているのである。ましてや今の総司は人間ではなく、英霊の身分。気配遮断の能力(スキル)を持たない彼女は、彼らシャドウサーヴァントに匂いを振りまいて歩いているようなものだ。

身を隠してもすぐに敵兵に見つかり、斬り合いになる。そうこうしているうちに体力は擦り減って、逃走も儘ならぬ状況に陥っていた。元より病弱な彼女は、持久戦になればなるほど不利になっていく。

 

(――原田さんならこういうの、得意なんだけどな……)

 

振り向きざまに抜いた刃で、背面から襲いかかってきた敵を逆袈裟に斬りつけながら、沖田は胸の内で独りごちる。新撰組・原田佐之助の撤退しつつ敵を蹴散らす退き突きは有名だったが、それは彼が他ならぬ長槍の名手であったからこそ可能な技だ。壬生狼とはそもそも、獲物を“狩る”側の存在である。“狩られる”側には向いていない。

斬り捨てた敵の更に後ろから、新たな影兵が二体、沖田目掛けて跳びかかった。一体目の喉元に突きを喰らわせてから、戻しながらに剣を振り上げ、二体目の上段を受ける。敵の鳩尾を膝で蹴り上げて、体勢を崩した相手に追い太刀を浴びせようとした、その時だった。

 

「――こふッ!?」

 

雪の上に、鮮血が散る。病弱の呪いによる喀血だった。喉奥から溢れてくる血で気道が塞がれ、息が出来ない。ぐらりと足元がよろけて、意識が遠退く。沖田は片手で胸を押さえながら、その場に膝をついた。

 

(……ッ、こんな時に――!!)

 

先刻斬り損ねた影兵が、今が勝機とばかり突進してくる。沖田は力を振り絞って刀を振り抜き、勢いの乗った敵の剣先を掬い上げて捌く――つもりだった。

辛うじて切っ先を逸らしたものの、力の抜けた腕では突きの威力を萎やし切れなかった。衝撃を受けた手から柄が離れて、弾かれた菊一文字が雪の上に転がった。

 

「くっ!」

 

沖田は刀に手を伸ばしかけたが、既に敵兵は剣を上段に構え直し、袈裟斬りの体勢に入っている。今からでは間に合わない。

 

(……刀が、無ければ)

 

“刀が無ければ、鞘で打て”。

 

沖田の脳裏に、その言葉がはっきりと蘇る。同時に、それを己に教えたある男の、険しくもどこか優しげな横顔が思い出された。

 

(そうだ。こんな時、あのひとなら――)

 

沖田は無意識のうちに、足元の雪を砂利ごと掴んでいた。敵兵目掛けて投げつければ、予想外の反撃に怯んだ様子で一拍ほど、攻撃の手が遅れた。

その隙に剣帯から鞘を抜いて、沖田は振り下ろされた敵の刃に合わせ、弾いた。相手が重心を刀に集中させているのを逆手に取って、足払いを繰り出す。この機を逸さず、沖田は転倒した相手に馬乗りになって、解いた襟巻を敵の首に巻き付けた。そのまま全体重を込めて両端を引き、ぎりぎりと絞め落とす。シャドウサーヴァントとて仮初の肉を持った以上、頸部圧迫によって受けるダメージは人間や英霊たちと変わらない。

 

「“鞘が無ければ、素手で討て”。……そうでしたよね、土方さん」

 

倒れた影兵が霧散し消えたのを見届けてから、沖田は「流石に素手は、無理でしたけど」と、苦笑交じりに呟いた。口元を赤く汚す血を、袖口でぐいと拭い去る。

 

「――行かなくちゃ」

 

みんな、きっと待ってる。

沖田は雪を払って立ち上がると、北に聳える五稜郭を目指して力強く歩き始めた。

 




今回は、沖田さんの土方式アルティメット天然理心流披露回でした(笑)シャドウサーヴァントを撲殺・毒殺できるのですから、絞殺もできる…はず!(強引なこじつけ理論)
ドリフでも土方さんのステゴロ戦法が見れたら嬉しいのですが、どうなるのでしょうね。

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