鬼哭血風録~相思相殺~【FGO×ドリフターズ・捏造コラボイベント】   作:みあ@ハーメルンアカウント

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Act.2 奇縁相克

「……一本!両者、そこまでっ!」

 

張り上げられた判定人の声に、沖田総司は残心の構えを解いた。剣豪、佐々木小次郎の小手を弾き飛ばした菊一文字則宗の剣先を、石目塗りの黒鞘に納めて一礼する。その凛然とした立ち居振る舞いは、なるほど、歴史に名を残した天才剣士のそれである。だが、再び上げられた顔は花が咲いたような笑顔に満ち溢れ、どこから見ても年頃の少女にしか見えなかった。

歴史としても、英霊としても、己より若い小娘から一本取られてしまった小次郎は、こめかみを掻きながら苦笑するほかはない。

 

「あいや、お見事。また腕を上げられたようだな、沖田殿」

「ふふっ…これも佐々木殿のご指南のお陰ですよ」

 

手拭で汗を拭きながら、沖田が照れ臭そうに笑う。

カルデア居住施設の一角、使われていなかった会議室を間借りしたその広間は、木目床を張り、それぞれの流派の看板を仲良く掲げ、ちょっとした道場のように作りかえられていた。汗臭いし古臭い、等と渋い顔をする者もいないこともなかったが、沖田はここで多種多様な国、時代の豪勇たちと仕合うのが日課であり、楽しみのひとつにもなっていた。

道場の端で身体を休め、小次郎と他愛のない歓談に勤しんでいると、冷茶の入ったグラスを盆に載せ、仕合の判定役を請け負っていた彼らの主、立香がやってくる。彼女は人懐こい瞳をくりくりとさせながら、剣豪たちの会話に混ざった。

 

英霊と、マスター。彼らが存在しているのは、魔術王ソロモンによって人理が崩壊した世界だ。この人理継続保証機関、フィニス・カルデアは、残された人類にとって正しく、最後の砦となっている。唯一のマスターにして、人理修復の要。それがこの藤丸立香なのだが――その人類最後の希望はと言えば、男女問わずサーヴァントにセクハラ紛いの言動をとったり、後輩に乳尻放り出した際どい礼装を着せては悦に浸っていたり、どこぞの電気街にいそうな海賊とウス=異本談議で盛り上がったりと、とかく残念な女子である。

それでも彼女の事を悪く言う者がいないのは、誰が相手でも物怖じせず、分け隔てなく接する実直な人柄故なのだろう。或いは皆、ちょこまかと動き回る小動物をハラハラしながら見守る飼い主の気分なのかもしれない。

 

「これで沖田さん、29勝40敗、だっけ?このままいけば、小次郎さんにも届きそうな勢いだね」

「そう言ってくれるな、主殿。拙者も一角の剣客としての矜持がある。故にこのまま、おいそれと抜かれはせぬよ」

「あはっ、ごめんごめん。……でも、ライバルがいるって良い事だよね。お互いを意識して、切磋琢磨できるっていうか」

 

そんな主従の微笑ましいやり取りを前にして、沖田はくすくすと笑っている。そしてふと、何かを懐かしむように口にした。

 

「……何だか、試衛館にいた頃を思い出します。楽しかったなぁ」

「試衛館――確か、沖田さんが小さい頃からお世話になっていた道場だよね。兄弟子にはあの有名な近藤さんとか、土方さんとかがいて……」

 

立香がその話題に食いついてくると、沖田はその通りです、と、嬉しそうに頷いてみせる。

 

「はい!ふたりは私の兄であり、父のような存在でもありました。だけどあの人たち、全然大人げなかったんですよ?……何と言いますか、餓鬼大将がそのまんま大人になったみたいで」

 

思い出話をする時の沖田は、いつも上機嫌だ。幕末の京で名を馳せた壬生狼は今や、饒舌な語り部と化している。身ぶり手ぶりまで飛び出す沖田の表現力豊かな新撰組トークを、立香と小次郎は暫し、微笑みながら静聴していたが、

 

「土方さんなんて、仕合に勝った私が“これで135勝目ですね”なんて言うと、必ず“いや、これで134勝目だ”と言い張って、絶対に譲ろうとしないんです!

実戦ならともかく、何百回としている稽古仕合の一勝一敗なんて、大して変わらないじゃないですか。なのにあの人はどうにもこう、頑固なところがありまして……」

 

しまった、と立香は思った。ここまで来ると、沖田の弁舌はもう止まらない。どこかで無理矢理にでも話の腰を折らない事には、延々と日が暮れるまで昔話を聞かされることになる。小次郎の方を見遣ると、彼も同じ事を考えていたらしい。困惑にも似た感情が、引き攣った笑顔からありありと滲んでいた。

 

沖田が語る新撰組事情は、教科書に読むような無味乾燥な説明文ではなく、その時代を生きた本人が伝える、これ以上なくリアルな物語である。そして彼女の上司であった副長・土方歳三の名前は、彼女の話の中に殊更多く登場した。彼が剣術以上に得意としたステゴロ喧嘩殺法――立香と沖田の間では、畏怖と尊敬を込めて“アルティメット天然理心流”と呼んでいる――の話ばかりか、京で女たちから貰った恋文を故郷に送りつけたという逸話、果てはたくあんの味の好みまで、本当にどうでもいい小話まで聞かされている。お陰で今の立香は、すっかり“土方通”になってしまっていた。

そうやって沖田の口から土方という名前が挙がる度に、

 

『なんだか、恋人のことを惚気られてるみたいだ』

 

と言って立香が茶化すと、途端に沖田は顔を真っ赤にして黙り込むのである。それこそが恋なのだと自分自身で理解していないのが、剣の道以外はてんでお子様な沖田らしかった。

 

(――そうだ!この手で行こう!)

 

羞恥で黙らせてしまえば、際限ない新撰組トークも強制的にひと段落する筈である。これは妙案だと、立香が口を開きかけた――その時だった。

 

「立香くん。ちょっと、ちょっと」

 

道場の門戸から顔を覗かせた、妙齢の美女――レオナルド・ダ・ヴィンチが、その嫋やかな掌で立香を手招きしている。こんな所に姿を現すなんて珍しい事もある、と、少女が小走りで駆けてゆくと、

 

「どうかしたの?またDr.ロマンが、ろくでもない事提案してきた感じ?」

 

そう言って、訊ねがてらに苦笑した。先のカルデア爆破事件にて職員の大半を失って以来、不眠不休で頑張っていたカルデアきっての苦労人に対して、えらくぞんざいな扱いである。とは言えこの立香も、彼の(たまに作為的な)ミスによってちょくちょく酷い目に遭わされているのだから、仕方あるまい。

 

「いや、今回はそうじゃないんだ。……実は小一時間前、緊急施療施設に謎のサーヴァントが一体、担ぎ込まれてきてね」

「サーヴァント?しかも、謎の、って――通常通り、守護英霊召喚システムによって召喚されたサーヴァントじゃないってこと?」

 

これまでにそういった事例が無い事もなかったが、カルデアの英霊召喚システム・フェイトを介さずに現れるサーヴァントというのは、かなりの特例事項と言って良い。立香は首を捻りながら、ダ・ヴィンチに素直な疑問をぶつける。

 

「うん、要はそういうこと。それもカルデアに現れた時には、既に全身傷だらけの状態だった。どうやら、“こちら”で負った傷ではないらしいんだけど……」

「“こちら”、って、どういう意味だろう?そのサーヴァントは、別の特異点からやってきた、ってことでいいのかな」

「あぁ……うん、たぶんそうだと思う。ただ、なんて言うか」

 

言葉に詰まったように、ダ・ヴィンチが口を閉ざす。濡れ羽色をした豊かな髪を掻き上げて、どう形容すべきかと熟考した後、

 

「言葉がよく、わからないんだ。きみと同じ母国語を喋ってはいるみたいなんだけど、ネイティブっていうか、発音その他が独特で――かろうじて分かったのは、“首おいてけ”って言ってるってことぐらいで」

「なにそれ怖い」

 

新手の妖怪か何かだろうか。例えば酒呑童子や茨木童子を、より物騒なものにしたような。

思わず妖怪絵巻に出てくるような異形の怪物を想像して、立香はぞっとした。まさかそんな恐ろしい英霊相手に、契約(なかよく)しろとは言うまいな?

ジト目でこちらを伺い見ている少女に、ダ・ヴィンチは肩を竦める。こうなる事を大凡予想していたかのような反応だった。

 

「――とにかく、一度彼に会ってみて欲しいんだ。ロマニも、きみの見解を聞きたいと言ってるし」

「うっ、うーん……遠慮します、と言いたい所だけど」

 

果たして、どうするべきか。暫く本気で頭を抱えていた立香だったが、

 

「……そんな弱気じゃ、カルデアのマスターとして失格だもんね。わかった、すぐに行くから案内して」

 

最後には吹っ切れたように顔を上げ、力強く頷いたのだった。ダ・ヴィンチはその答えを聞いて、うんうん、と満足げに頷き返す。

 

「了解。その返事、頼もしい限りだ!」

 

道場の内側に視線を向けた少女は、事の成り行きを見守っていた沖田と小次郎に、ちょっと行ってくるね、などと声を掛け、廊下へと出て行った。

 

「……大丈夫、でしょうか?」

「さてな。しかし、まぁ……鬼ですら手懐けてしまった主殿のことだ。相手が誰とて、そうそう悪いことにはなるまい」

 

状況がよく掴めていないふたりのサーヴァントは、主が去っていったその扉を、いつまでも心配そうな面持ちで見詰めていた――。

 

※※※

 

カルデアの医療部門トップ、Dr.ロマンこと、ロマニ・アーキマンは苦悩していた。黙っていれば理知的に見える童顔に、苦渋の汗が滲んでいる。

 

「……なんて回復力なんだ。全身に無数の銃創と刀傷、頭部に複数の打撲痕、肋骨のうち三本が複雑骨折――とっくに消えていてもおかしくない程の重傷だったのに」

 

ちら、と横目で手術台を見遣る。何しろ、その重篤患者はと言えば――。

 

「おいこら、あん大将首ばどけやったぁッ!?出せい、あん日ん本武士(さぶらい)は俺(おい)が首ぞ!」

「――それが何で、治療室で大暴れしているのかなぁ!?」

 

野太い怒号が飛んだ。手術台は大波に浚われた船の如く、揺れに揺れている。麻酔から目覚めるなり、身体に差し込まれていた魔力供給チューブを引き千切りながら跳ね起きたその英霊は、上半身裸のまま手近にいた医療班の男の襟元を引っ掴んで、がくがくと揺さぶっていた。

慌てた職員たちが総出で、彼を後ろから羽交い締めにして制している。しかしその膂力は凄まじく、飛びかかってはすぐに跳ね退けられてしまうという不毛な応酬の繰り返しだった。日がな一日、論文や魔術書と顔を突き合わせているようなインテリの集団と言えども、彼らはれっきとした大人の男の体格である。束になって掛かった職員たちを腕の一振りで吹き飛ばすなど、少なくとも瀕死で担ぎ込まれてきた大怪我人のやることではない。

 

「やっぱりその、サーヴァント、なんだよねぇ。……あぁっ、最新式の医療モニターが!それ、ものすごいコスト高かったんだよ!?」

 

薙ぎ払われた職員の身体がぶつかり、目の前で木っ端微塵に砕け散った高価な医療機器を見て、ロマニは女のような悲鳴を上げる。

頭を抱える青年医師の背後で、扉が開いた。

 

「失礼しま――すッ!?」

「うわぁ、これはまた修羅場ってるねえ。この様子じゃ会話は無理かな?ロマニ」

 

扉の向こう側――思わず足を止める女が、二人。悠長に感想を述べるダ・ヴィンチの傍らで、立香は想像していた以上の惨状に絶句した。

 

(……本当だ。しきりに首を所望しているようだけど、やっぱりその手の妖怪なんだろうか)

 

とは言うものの、改めて見ればこのサーヴァント、ちゃんと人の形はしているらしい。見た目からしておどろおどろしい怪物ではなくて良かった、とほっと胸を撫で下ろす一方で、クラスはバーサーカーではないか、と、密かに予想を立てていた。とてもじゃないが、仲良く会話する、という状況ではなさそうである。――しかし。

 

「――主ゃ、誰ぞ?戦場(いくさば)にこげな若か女子がおるんは、危なかど」

 

意外な事に、向こうから進んで話しかけてきたのである。

男は漆のような黒髪を逆立て、鉛色をした強い瞳を持っていた。濁っているとも、澄んでいるとも言えない、不思議と惹き付けられる目だった。

そして、その衣装がまた変わっている。腰から下には赤銅色の立派な草摺を付けて、揃いの具足に草履を履いていた。

 

――このサーヴァントは、恐らく武者なのだ。太刀を佩き、鎧兜を纏って、戦場を駆けた日本の英雄。立香はこれまでに転移した様々な時代と国とを、ただ安閑と見てきたわけではない。流石にその正体こそ思い当らなかったが、男の言葉や兵装の様子から、その程度の察しはついた。

彼ら侍というものは、“士道”という独特のルールを持っている。少なくとも無抵抗な女子供に暴力を振るうような、野蛮な真似はしない筈だ。

立香はゆっくりと、一歩前へと進み出た。敵意はないと示すように、何も持たない両手を広げてみせる。

 

「ここは、戦場じゃないよ。明確に言えば、戦場に向かう為の準備をするところ、言ってみれば陣営みたいなものだけど――」

 

男は黙したまま、隙の無い瞳でこちらを伺っている。虎かライオンに話しかけてるみたいだな、と、立香は思った。

 

「私は、藤丸立香。できれば、あなたの名前を教えて欲しい」

 

高圧的でもなければ、必要以上に謙るわけでもない。ごく自然体で少女が告げると、

 

「俺は島津。島津豊久じゃ。――主らは、漂流者(どりふ)か。それとも、廃棄物(えんず)か?えるふやどわあふとはまた、違うようじゃの」

 

男、島津豊久が、然りと名乗りを上げた。訊ね返された言葉の意味は、立香にはさっぱり何の事か分からなかったが、彼女が返すべき答えは既に決まっている。

 

「漂流者、廃棄物……あなたの言っている事はよくわからないけど、ただ一つ言える事は、豊久さん。私やここにいる皆は、あなたの敵じゃないってこと」

 

その言葉に豊久は、ふむ、と唸ってどっかりと手術台に胡坐を掻き、腕を組んだ。その時、手持ちの端末で何らかの資料を調べていたロマニが、驚きの声を上げた。

 

「シマヅトヨヒサ――関ヶ原の戦い(バトルオブセキガハラ)で有名な、戦国武将じゃないか!」

「なんじゃ。俺のこつを知っとうのか、主ゃは。その言い方、あの男女によう似ちょるのう。異人は皆、揃いも揃って“変わいもん”ばかりじゃ」

 

豊久が不思議がるように言った、次の瞬間。再び背後の扉が開くと同時、場違いなまでにテンションの高い少女の声が、施療施設に朗々とこだました。

 

「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶッ!超有名な第六天魔王・織田信長、ここに見参せり――!」

「……ノッブ!?何時の間に!?」

 

立香たちが振り返れば、そこにはドイツ仕様の軍制服を纏った、匂い立つような美少女の姿があった。艶めく黒髪を人工の風に靡かせて、威風堂々仁王立ちしているのは、第六天魔王こと天下人・織田信長公その人である。

 

「いや、なんかこう、そろそろ儂の出番のような気がしてな?」

 

誰も呼んでなどいないのだが。登場後早くもぐだぐだぶりを発揮し始める信長だったが、立香が突っ込みを入れるよりも先に、

 

「――と、いうのは真っ赤な嘘じゃ!そこな病弱娘から、珍妙な新参者が来たらしいという噂を聞いてのう。ならば早速、面を拝んでやろうと思ったわけじゃが」

 

言いながら信長は、くいと顎先で背後を示した。そこには、どこか居辛そうに縮こまっている沖田の姿が見えた。

 

「主ゃが第六天魔王、織田信長公?……何の悪か冗談ぞ!」

 

信長の登場に対して、最初に反応を示したのは豊久だった。彼は口元をへの字に曲げて、怪訝そうに信長の容姿を検分している。

 

「尾張の大うつけなら、俺もよう知っとる。女子の乳ば揉むとが好いとう、髭を生やした大の男ぞ。その信が、こげんこまんか形した女童なわけがなか!」

 

それを聞いて信長が、むっとしたように眉を潜める。へし切長谷部の鞘先を豊久の方へ向けさせると、甲高い声で一喝した。

 

「何をたわけた事抜かしとるんじゃ、無礼者ッ!儂はそんな分かりやすいセクハラなんぞ、人生五十年、帰蝶にすらやった覚えもないわ!そこなマスターと一緒にするでないッ!!」

「いやいやいや!そこでさらっと私の信用落とさないでいただけますか、魔王様!?」

 

急に矛先を向けられた立香は、焦ったように彼女の抗弁を遮った。まぁ実際、サーヴァントへのセクハラ行為は事実なのだから是非もなし、である。

 

「こほんっ!荒ぶるノッブは、取りあえず置いといて。豊久さん、あなたはこの信長とは別の“織田信長”を知っているの?」

 

咳払いをひとつして、立香が豊久に訊ねた。後ろでは憤然とする第六天魔王を、どうどう、と沖田とダ・ヴィンチが諌めている。

 

「知っとうも何も、共に廃棄物と戦っちょる、同胞(はらから)じゃ」

 

「ええと……つまり、あなたやあなたの知っている信長さんは、その世界で“廃棄物”という敵と戦っていた。それで、気が付いたらあなたは、こっちの世界に呼ばれていた――と?」

「応、そげじゃあ」

 

立香の質問に、豊久が堂々と頷き返す。

 

「“おるて”で敵の大将と殴り合うちょった時、朝日んごた光の差してきて、俺は気ば失った。そいで目が覚めたら、この奇怪な砦に倒れちょった。他んこつは、何も分からん」

 

その返答を切欠に、立香は次々と質問を重ねていった。彼らのいた世界のこと、漂流者、そして廃棄物と呼ばれる者達のこと、エルフやドワーフという種族のこと、オルテという巨大な軍事国家のこと――豊久の答えは時に曖昧で、カルデアの人間にとって理解の範疇を超えるものもあったが、小一時間ほどの会話を経て漸く、彼らはひとつの纏まった結論を導き出すに至った。

 

「……成程ね。うん、大方の状況は掴めてきた」

 

二人のやり取りを眺めていたロマニが、納得した様に言葉を挟む。

 

「島津豊久。彼のいた世界――、一先ず我々の言う所の、特異点、と呼ぶ事にしよう。そこで召喚された英霊たちは、“漂流者”と呼ばれているようだね。“廃棄物”というのも恐らく、その類だろうと推測される。例えばアヴェンジャークラスの一例のように、世界に憎しみを抱いた敵意の強いサーヴァントだ」

「つまり……その世界に召喚されていたサーヴァントの豊久さんが、何らかの干渉を受けてこの世界に改めて召喚された、ってことですか?」

「恐らく、そうだと思う。その“何らかの干渉”、というのが気になる所だけど――この彼が、召喚前の傷を負ったままの不完全な状態で現界したのも、そこに理由がありそうだ」

 

真剣な顔つきで考え込んでしまった立香の肩に手を添えて、ロマニはこう続けた。

 

「ともかく。ここから先は、ボクとレオナルドで詳しく調べてみようと思う。……もしかしたらこのイレギュラー召喚の裏に、重大な歴史干渉が隠れているかもしれない」

 

そして、何事もなければいいんだけどね、と付け加え、彼は頭を掻いた。

話もひと段落し、全員解散――となりかけた、その時である。

 

「……島津豊久、って言いましたよね、あなた」

 

低く潜めた、えらく剣呑な声がした。声の主は、先程から妙に影の薄かった沖田総司である。

 

「島津って、あの、島津ですか?薩摩藩士、島津家の――」

「応とも。主ゃ、島津んお家ば知っとるのか」

「知るも、なにも」

 

沖田の気配が、俄かに殺気立った。薄桜色の髪がざわりと、猫のように逆立つ。

 

「――薩奸、死すべし!!」

「わぁぁぁッ!?沖田さんが乱心した――!?」

「よせ、沖田ッ!今こやつを殺しては、後に取り返しのつかん事になるかもしれんのじゃぞ!?」

 

言うが早いか抜刀し、沖田は双眸をぎらつかせて豊久に襲いかからんとした。これに慌てた立香とダ・ヴィンチ、そして先刻、あれほど豊久に憤慨していた信長までもが、彼女に縋ってその身体を取り押さえる。

 

「どげんした、この女武士(おなごさぶらい)は。女首は恥じゃけ、取らんど――」

 

一方、その薩奸はといえば、余裕綽々である。刀を抜いた武士だろうと何だろうと、女は元より相手にしていない、と言った方が正しいだろうか。取り縋る仲間たちを振り解こうともがいている沖田の姿を、眉根を寄せてただ眺めている。

 

「……しかし、えらい恨まれとるのう。あの土方ちゅう敵ん大将と、同じ形相ばしちょる」

「えっ?い、今あなた、なんて言いました!?」

 

その名前を耳にした途端、沖田の顔色が変わった。刀を下ろし、焦燥を滲ませた様相で豊久を問い詰める。

 

「ひじかた、って、言いましたよね!?もしかしてその人、新撰組の土方歳三義豊というのでは――!?」

「なんじゃ。土方は、主ゃの知り合いじゃったか」

 

事もなげに告げる豊久に、沖田は、あぁっ、と、歓声とも嘆息ともつかぬ声を発していた。

 

(そうか……土方さん、いるんだ)

 

この世界ではない、どこかの特異点に――あのひとが、生きている。

沖田は彼とまみえたこの島津豊久が、酷く羨ましいと感じた。叶うのなら今すぐにでも、その世界に飛んで行きたいとさえ思った。

 

「あの、そちらの土方さんは、――息災、でしたか?」

 

彼の敵対している男に訊ねるのも可笑しな話だが、それより他に良い表現が思いつかない。

しかし、豊久から返って来た答えは、沖田にとってこれ以上なく残酷なものであった。

 

「……俺の知る土方歳三は、世界を滅ぼす廃棄物じゃ。憎悪の塊、俺らとは相容れん外道。おるみぬが、そげん言うちょった」

「―――っ……!」

 

“廃棄物”というのは先程、復讐鬼、アヴェンジャーのようなものだと、ロマニが言っていた。労咳に斃れて以降、新撰組が、土方歳三が――どのように生き、どのような最後を迎えたのか、沖田は知らない。

人の世を廃滅させる怪物に成り果てるほど深い憎しみを抱きながら、彼は死んでいったのか。そう思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。そして、失意の中にあったであろう彼を傍で支え続ける事の叶わなかった己の不甲斐なさを、改めて悔やんだ。

同時に、豊久の知る“土方歳三”が、信長と同じように、己の知る兄弟子とは似ても似つかぬ別人であれば良い。そんなことを、沖田はつい願ってしまった。

英霊の座というものが、そもそも彼らのそれとは別の次元にあるのだと、己にとって都合の良い事を考えていた。

 

そう思うと、異形となった彼と逢わずに済んだことは、幸せだったのかもしれない。復讐の鬼となった彼と切り結ぶことになるなんて、耐えられる筈も――。

 

ぎゅう。ぐるるるる。

 

沖田の思考を遮るように、誰かの腹の虫が大声で鳴いた。その主のほうへと、全員の視線が集中する。

 

「小難しい話ばしちょると、どうにも腹が減っていかんど」

 

豊久は悪びれた風もなく、傷痕だらけの腹を擦っていた。その様子に、立香はぷっと吹き出して、

 

「うん――腹が減っては戦はできぬ、って言うもんね?それじゃ、食堂の人に頼んで何か貰って来る!誰か、一緒に来てくれない?」

「それなら……私が御一緒します」

「儂も!儂もじゃ!」

「ノッブ、そうやってあなたはまた貴重なおやつをちょろまかすので、駄目です」

「なんじゃと――痛ぁッ!?」

 

軽やかに身を翻す立香に、沖田が続いた。マスター不在の中、憎き薩州人と同席するなど、耐えられそうになかったのだろう。それを追おうとした信長は、閉じようとしていた自動扉に思いきり挟まれるという無様を晒すハメになった。

 

「……なんが分からんが、面白か砦じゃのう。ここも」

 

ぼそりと漏らした豊久の口元は、笑っていた。

 


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