鬼哭血風録~相思相殺~【FGO×ドリフターズ・捏造コラボイベント】   作:みあ@ハーメルンアカウント

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Act.14 覇道散華

――ドシュッ!!

 

もう幾度目か分からない胴払いが、魔神柱の根元を抉り抜いた。

幹から生えた複数の瞳が蠢いて、一斉に攻撃者を睨みつける。ぱっくりと口を開けていた傷は瞬く間に塞がり、霧の触手が鞭のように撓りながら豊久を捕えんと襲い来る。

豊久はそれに対して奮然と、縦横無尽の太刀筋で応戦した。初太刀の斬り上げが頭上から迫る触手を斬り裂き、返す刀の斬り払いが左右から来る触手を、二本同時に討ち取った。しかし、床から突き上げるようにして現れた触手に、片足を絡め取られる。刀身を突き立てて捕縛から逃れるも、前方から真っ直ぐに伸びてきた触手が、彼の腹部を激しく打ち据えた。大きく後方へ吹き飛ばされてきた豊久を、駆け寄った立香が抱き起こす。

彼はこうして現界していられるのが不思議なほど、多くの傷を負っていた。これ以上は危険だと判断し、立香は男の背に手を翳しながら治癒の術式を使用する。目に見えて大きな傷は塞がりはしたものの、魔力の不足が祟って、完全回復には至らない。

 

「……まだ、耐えられる?」

「おう。まだまだ余裕じゃ」

 

豊久は勢いを付けて立ち上がると、再び大太刀を構え直した。

 

(これで、残りあと一回――)

 

いつでも強気な立香の表情が、今は苦渋の色に染まっている。傷を癒せるのも、あと一度きりだ。そんな少女の姿を見て、ウェパルは全身を戦慄かせるようにして嗤っていた。

 

『まだ無駄だとわからぬか。……蒙昧もここまで来ると哀れよな』

 

万事休すのふたりへ追い打ちを掛けんばかり、魔神の周囲に大量の霧が集まっていく。未だかつてないその質量は、明らかに彼らに止めを刺すつもりでいるようだった。

 

「豊久さん、触手が来る!回避に専念を!」

「承知じゃ――」

 

身構えるふたりの前に、数多の触手が具現化する。今までとは比べ物にならない、圧倒的な手数だった。如何に戦上手の豊久と言えども、疲労とダメージが蓄積している今、全ての攻撃を躱しきれるとは思い難かった。しかし、それでも今はやるしかない。

 

『これで終わりだ。我が腕の中で果てるが良い!』

 

ウェパルの声が粛々と、絶望に満ちた攻撃の始まりを告げる。霧から生み出された触手が蠢動し、絡み合いながら一斉にふたりへ向かって伸びてきた。危機的状況を前にしても臆することなく立香の前に立つ豊久の背中は、ただただ美しかった。如何なる時も敵に背を向けることなく、常に死を共にあるものとして享受し、戦人(いくさびと)としての矜持を貫く男の在り方は、真に“侍”と呼ぶに相応しい。

甲板の上を奔るようにして追いかけてくる触手を、太刀で切り捨て、柄で捌き、身を捩って跳躍し、避けていく豊久。超人的な身のこなしと攻撃に対する反応速度は、とても満身創痍の英霊が成せる動きではなかった。

 

『無駄な足掻きを――!』

 

ウェパルの複数の目が、抗う豊久を忌々しげに睨めつけた。金縛りにでも遭ったかのように彼の四肢が硬直する。それによって、迫り来る触手への対応が遅れた。咄嗟に転がりながら攻撃を避けたものの、隙を与えぬ触手たちの波状攻撃によって、豊久は徐々に船首へと追い詰められていく。

絡み合いながら突進してきた触手たちを防ぐように横一文字で刀を構え、豊久は舷縁の際で踏み止まった。そのまま海へ突き落とすつもりか、或いは、彼らの中に呑み込んでしまおうとでもいうのか。触手たちは阻む刀身をじわじわと腐食させながら、豊久に迫った。

 

「豊久さんッ!!」

 

最後の術式を、使うしかない。そう決意して、立香は豊久へと掌を向けた。その彼女にも、魔神の触手が迫る。彼女にはそれを避ける術はない。

 

万事休す。覚悟を決めた少女は、固く目を閉じた――正に、その瞬間。

 

豊久と鬩ぎ合っていた触手たちが突然、掻き消えるようにその場から霧散した。残る触手もまたその異様な事態に気を取られてか、凍り付いたように静止している。

 

『馬鹿な。魔力の供給が、途切れただと……何が起きたのだ!?』

 

魔神柱は奇瞳を震わせ、激しい動揺を見せていた。立香は北の空を見る。たった今までそこに輝いていた、あのおぞましい輝きはもうどこにも見当たらない。

 

「……魔方陣が、消えた――!!」

 

信長が、やってくれたのだ。苦しげだった立香の顔にようやく、仄かな笑顔が宿った。そして――、

 

『……くん、立香くん!聞こえるかい!?』

 

腕に巻いた通信機から、聞き覚えのある声――ロマニ・アーキマンの声が、届けられた。

 

「聞こえてるよ、ドクター!」

 

急いで返事を返すと、ロマニは向こう側で、安堵したように大きく息を吐いていた。

 

『あー、やっと繋がった!で、きみたちは今何を――って、いきなり魔神柱!?』

 

相変わらず呑気な青年医師の反応に、立香は拍子抜けしそうになった。しかし、これは確かな光明だ。自分を支えてくれる彼らがここにいるという事実が、絶望に傾きかけていた立香の心を、再び奮い立たせてくれる。

 

「聖杯を使ってたのは、旧幕府軍の榎本武揚さんだったんだ。彼がその力を使って――って、ごめん、詳しい話は後でお願い!

それよりドクター、魔神ウェパルの弱点は分からない?どんな小さな情報でもいいの、突破口になるようなものがあれば……」

『うーん、いきなりそう言われても……今急ピッチで調べてるとこだけど、奈何せんまだ情報量が足りてなくてね……』

 

ロマニがそう返答したのは、至極当然のことだろう。何しろ何の前振りもなしに、突然どんと魔神柱を目の前に置かれたも同然なのだから。

するとそこへ、空気を読まない男が唐突に問うた。

 

「あん化けもんの首は、どこじゃ」

「……えっ?」

 

豊久の言葉に、立香は意図が分からず訊き返した。豊久は続ける。

 

「どげん強か化けもんでも、首さえ獲ればただの骸じゃ」

『―――ッ!!島津くん、それだ!!』

 

そのやりとりを通信機越しに聞いていたロマニが、一際大きな声を上げた。直後、カタカタとキーボードを忙しなく叩く音が伝わってくる。焦燥とも喜色ともつかない声で、彼は言った。

 

『今から魔神ウェパルをトレースして、“核(コア)”を探し出す!

聖杯を手にした、榎本武揚という人物――彼は元々魔術の素養があるわけでもなく、只の人間だ。魔神を降ろすには、媒体となるものが必要な筈……恐らく、聖杯がその役目を果たしているんだろう。魔神柱の体内に取り込まれたそれを切り離す事ができれば、ウェパルを退けることができる!

――頼む、立香くん、島津くん。ボクたちが聖杯の位置を見つけるまでの間、攻撃に耐えてくれ!』

「解った、ドクター!」

 

ロマニからの指示に、立香が頷く。彼の言葉を信じて、その可能性に賭けると腹を括った。豊久もまたその決意を酌んでか、ニッと口端を上げて少女を見遣る。

 

『おのれェ……おのれ、人の仔の分際がァッ!!』

 

魔神柱が巨体を脈打たせながら、憎々しげに咆えた。怒れる海魔は霧の触手をまたも展開し、それらをふたりへ向けて放った。

だが魔方陣の魔力供給が断たれた今、その数は減り、力も速度も目に見えて落ちている。豊久は甲板を一陣の風の如くに駆けて、冴え渡る大太刀の重撃を浴びせ、次々と触手を切り払った。

 

『……見つけた!あそこだ、左から二番目の、一番大きな瞳の奥――』

 

ロマンの声を受けて、立香よりも先に前戦の豊久が動いた。己の身を護るように我武者羅な攻撃を仕掛けてくる触手たちを斬りつけながら、

 

「立香ァ!」

 

彼は、魔術師の少女の名を呼んだ。

 

「俺に主ゃの、“まやかし”ば掛けちくい。傷ば治すっとじゃなか。追い風んすっとじゃ!」

 

立香はその提案に驚いて、目を見張った。次が正真正銘、彼女が使える最後の術となることは、彼も知っている筈だ。それを守りのためではなく、攻めの為に使えと言う。

憎悪で我を忘れている魔神柱にこのまま回復無しで特攻すれば、無事で済むという保障はない。

 

「……でも、それをやったらもう、傷を治せなくなるんだよ!?」

「上等じゃ」

 

即答だった。言いながら豊久は、きっと笑っている。彼の後姿しか見えていない立香にも、それが分かった。

 

「死ぬ気で獲りに行かねば、あん化けもんの首には届かん。次の一刀で、必ず首ば獲る。死んでん、獲る」

「豊久さん……」

 

立香はその言葉に、意を決した。それ以上は何も言わず、豊久へと掌を向ける。

最後の魔力を振りしぼって――立香は、豊久へ強化の術式を掛けた。

赤銅の鎧を纏った侍の四肢に、魔力が漲っていく。男の太刀筋は、既に神速を超えた。

 

『……我は、魔神。愚かで卑小な人の仔なぞに、負けはせぬ……負ける筈など、ないィィィ!!』

 

しかし魔神とて、手をこまねいて己が斬られるのを待っているわけがない。咆哮と共に、ビリビリと辺りの空間が震える。未だかつてない密度の霧がウェパルの前に収束し、蛟龍(みづち)の如き姿へと変化した。鮫のそれにも似た大量の乱杭歯を剥きながら、異形の触手は豊久目掛けて喰らいついてくる。

 

グゥオォォォォオ――ッ!!

 

雷鳴のような唸りが轟く。口を開けた蛟龍が、豊久の眼前に迫った。軍艦すらも悉く粉砕するであろう怒涛の突撃を、豊久は刃が零れ、ボロボロになった大太刀を受け構えて、真っ向から受け止めた。

蛟龍の牙がギチギチと、豊久の太刀を噛み鳴らす。辺り構わず撒き散らされる腐食の霧が甲冑を溶かし、拡がっていく傷口から鮮血が噴き出した。それでも豊久は一歩も退かず、怯みもしない。鉛色の瞳で射抜くように敵を見据え、力を込めた刃でじりじりと押し返していく。

しかし――蛟龍の怪力と、魔力強化された豊久の膂力。その鬩ぎ合いに耐えきれず、大太刀の刀身が音を立てて砕け散った。

 

(そうじゃ。今が――)

 

豊久は、砕けた大太刀を捨てた。その代わりに、彼は背に負った種子島を脇に構える。鈍色の銃口は、開かれた蛟龍の口へぴたりと照準を合わせていた。

 

「今が俺の――命、捨て奸時ぞ!」

 

――――どうッ!!!

 

蛟龍が豊久を呑み込む瞬間――閃光が爆ぜた。

放たれた弾丸が蛟龍の身体を一直線に引き裂きながら、一筋の流星のように進んで行く。深紅に光り輝く弾は尾の端まで届いて尚も止まらず、本体である魔神柱さえも貫いていた。

 

『まさか、……こんな、はずが……!!』

 

瞳を撃ち抜かれた魔神柱が、唖然として声を上げた。ぽっかりと口を開けた風穴から、血の色の聖杯が覗いている。

 

豊久の宝具――“捨て奸(すてがまり)”。

宝具が“技(スキル)”と言う形を取ったそれは、島津豊久と言う武将の、戦国の世に生きたひとりの男の、綿々と受け継がれる薩摩兵子の生き様、魂そのものだった。

兵(つわもの)の生が燃え尽きる寸前の、最後の輝き。命の灯火、その全てを力に変えたその一撃は、星さえも穿つだろう。

 

「そいが、お前が首か……!」

 

罅割れた硝子の器に向かって、豊久は手を伸ばしながら疾走する。だが、あと一歩――指先が杯に触れるその寸前、最後の足掻きで絡みついてきた毒霧が、今にも力尽き掛けている男の全身を縛鎖の如く縛りつける。遠のいていく意識の中で、豊久は己の最期を悟った。

 

(――ここまできて、届かんか)

 

あん戦の時と、同じじゃ。

あと一歩で届くという所で、敵(かたき)を取り逃がす。それが彼の、逃れられぬ宿業のようにも感じられた。

豊久は残る力を振り絞って、喉奥から声を張り上げる。

 

「立香ァ!後ば頼んだ。お前がそやつの、首ば獲れ!!」

 

背後から、彼の名を呼ぶ少女の悲痛な声が聞こえた。豊久は晴ればれと笑いながら、言葉を続ける。

 

「俺は元より、捨て奸じゃ。俺の命が後の勝利に繋がれば、そいが本懐ぞ」

「―――ッ…!!」

 

男の言葉は、自棄や虚勢などではない。紛うことなき本心だ。

その気持ちが正しく伝わったからこそ、立香は拳を握り、全力で駆け出した。

 

駆けて、駆けて、千切れんばかりに手を伸ばし――そして、

 

「――づ、ぅぅ……ッ!!」

「立香、お前(まん)……!?」

 

少女の両手は、豊久の手首をしっかりと掴み、握っていた。

立香の生命力から変換された魔力が、握り締めたその場所から豊久の霊基へと直に流れ込んでいく。彼女は肉体の接触によって無理矢理、サーヴァントとの間に魔術回路を繋げたのだ。それがどれだけ危険なことであるか、知らない立香ではない。

これは魔力でサーヴァントを回復させているのではなく、マスターの生命力をサーヴァントと分かち合っているに過ぎない。このまま強制的な魔力供給を続ければ、遠からぬうちにマスターの生命力が枯渇し、死亡する。

 

しかし――どんなに苦しくても、死の危険が迫っていても、立香はその手を離すつもりはなかった。あと一歩先にある、敵の首をふたりで獲るまでは。

 

「……約束、したよね。誰一人捨てがまらせたりしないって」

 

苦悶に眉を寄せながらも、少女は毅然と顔を上げ、豊久に笑い掛けた。

 

「サーヴァントは兵でも捨て駒でもない。みんな、かけがえのない私の仲間なんだ……!」

 

それだけは、何があっても譲れないから。

真っ直ぐな瞳で見詰める立香に、豊久は無言で頷くことで応えた。全身の力を総動員して、聖杯に向かってその手を伸ばす。

 

「一緒に、獲ろう。これは、ふたりの首級だ!」

「――応ッ!!」

 

血が流れ、肉が裂け、骨が軋んでも、ふたりは決して止まらない。

 

「ひっ跳べぇぇえええええぃ!!!」

 

一条の光が、夜明け前の闇を二つに引き裂いた。

 

 

※※※

 

 

「……私は、負けたのだね」

 

黄金色に輝く朝日に包まれながら、甲板の上に横たわる男が静かに言った。傍らの豊久と視線を合わせた後に、立香はゆっくりと彼に近づき、その傍らに膝をつく。

 

「ごめんね、榎本さん。だけど……私、ううん、私たちにも、譲れないものがある。守りたい仲間がいる」

 

その言葉に、榎本は、ふ、と口元を緩めた。相変わらず柔和で、優しさに満ちた笑みだった。これが聖杯の力に魅入られ、道を踏み外した人間であったとは、立香は未だに信じられずにいた。

 

「不思議なものだ。戦いに負けたというのに――心の霧が晴れたような、とても清々しい気分だよ」

 

そう言って男は瞑目し、深く息を吐いた。それからやや間を置いて、彼は再び開いた瞳を立香に向ける。

 

「藤丸立香くん。私の想いを、きみに託そう。我々が護ろうとしたものが決して無駄ではなかったと思えるような、そんな新しい世界をきみが――きみの信じる仲間たちが創ってくれると、約束して欲しい」

 

榎本は腕を持ち上げて、清廉な白手袋を嵌めたその掌を、未来から来た魔術師に差し出す。

 

「はい。――必ず、約束します」

 

男が伸ばした手を、少女はしっかりと両手で握り返した。

 


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