鬼哭血風録~相思相殺~【FGO×ドリフターズ・捏造コラボイベント】   作:みあ@ハーメルンアカウント

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Act.13 魔王繚乱

「――おおォォッ!!」

 

声を上げて猛然と向かい来る豊久に、魔神ウェパルの数多の眼が、ギョロリと一斉に動いた。

 

『……卑小な。身の程を知れ、俗物!』

 

魔眼の視線に射竦められた途端、豊久は全身から力が流れ出していくのを感じた。まるで鉛に変えられたが如く、足運びが重くなる。

 

「流石、魑魅魍魎の類じゃな。まやかしの術ば使いおる」

 

だが、その程度で豊久は屈しない。重圧を振り切るように床板を強く踏み込み、バネのように跳躍した。頭上に振り上げた刀身が、ギロチンの刃にも似て鋭く閃く。巨体を持つ相手は、それを避ける術を知らない――故に、力任せに刀を振り下ろし、渾身の力で叩きつける。一刀両断、二の太刀要らず。それはタイ捨流や示現流といった、薩州剣士が最も得意とする戦い方だった。

 

ドシュッ!!

 

肉が裂ける音と共に、巨大な柱が袈裟掛けに断ち切られた。人の胴の何倍も太いその巨体が、真っ二つ――否、かろうじて薄皮一つで繋がっていたが、それでもセイバー・島津豊久の一撃がどれほどの重撃であったか、その傷の有り様が雄弁に物語っている。

これをまともに喰らえば、英霊だろうと魔性の類だろうと、大抵の者は即座に消滅させられるだろう。――だが、しかし。

 

『――く、く、く。可笑しや……賊の刃が、我に届くと思うたか』

「なッ!?」

 

立香は思わず、動揺の声を上げていた。切断された魔神の肉から紫色の霧が溢れ出し、豊久に両断された筈の胴体が瞬く間に繋がり、傷ひとつ残さず塞がっていく。

言葉を失うほどに、卓越した自己修復能力。その回復速度は、今まで戦った魔神柱たちの比ではない。元より魔神ウェパルの特性として治癒能力を取得している上に、魔方陣から供給される魔力がそれを増強させている――。

 

「……ふむ。こいはちくと、厄介な“まやかし”じゃのう」

 

流石の豊久もこれには目を丸くして、顔から余裕の笑みを消した。魔神はそんな敵対者たちを嘲笑するかのように、巨体を震わせる。

本能的に危険を感じ取ってか、豊久は魔神の体躯を蹴って背後へ大きく飛びずさった。大樹の如き身体が大きく脈動し、波打つように甲板が揺れる。

 

『――昏冥の時、来たれり』

 

海鳴りにも似た低い声が、呪詛を呟く。次の瞬間、魔神の身体から放出された紫色の濃霧が触手に近い形状に変わり、それ自体に意志があるかのように豊久へと襲い掛かった。

霧の触手は豊久の全身へと蔦のように絡み付き、締め上げる。霧が触れた箇所から武具が腐り落ち、肌が爛れ始めた。霧が肉に食い込みながら、じわじわと傷口を広げていく。

 

「――ちィッ…!」

「豊久さんッ!!」

 

治癒のルーンが輝いて、豊久の身体を清浄な光が包み込む。その輝きの中で豊久は太刀を大きく薙ぐように振るい、四方から絡んでいた霧の触手を斬り飛ばした。切断された触手は甲板の上でのたうち、文字通り霧散する。

 

「こげな小技まで使いよるか。立香、すまんの」

「ううん、大丈夫……!」

 

へっちゃらだと笑ってみせはしたものの、立香の額には冷たい汗が滲んでいた。

 

(……魔力がまだ、回復しきってない……使えるのは、あと三回ってところかな)

 

ほぼ無限に魔力を引き出せるウェパルに対して、こちらは使える魔力にも限りがある。虎の子である令呪は、ひとつとて残していない。

このままでは、ジリ貧確定だ。どう足掻いても相手の魔力を削り切るより先に、こちらの魔力が尽きてしまう。

 

(――せめて、あの魔方陣の効果が消えてくれれば)

 

北方の空に浮かぶ魔方陣を振り仰ぎ、立香は祈るように己の右手を見詰めた。第六天魔王・織田信長――彼女の提示した“作戦”の成否こそが、この戦いの命運を分ける。今朝、信長は起き抜けの立香に開口一言、こう言ったのだ。

 

『残るひとつの令呪を、儂に預けよ』――と。

 

曰く、彼女には五稜郭の魔方陣を打ち消す秘策を持っているという。信長に言われるまま、立香は一晩かけて回復したばかりの令呪一画――この戦いにおいて恐らく最後の切り札になるであろうそれを、彼女の為に使ったのだ。

 

「ノッブ、……私、信じてるから」

 

誰も信用せず、誰からも信用されぬまま、臣下の裏切りによって最期を迎えた天下人。狡猾にして利己的な彼女は、いざ敗色濃厚となれば主である立香を斬って、敵に寝返るかもしれない。元より彼女はマスターに対する忠誠心など毛ほども持たない、制御の効かない危険な英霊なのだ。

 

だが、立香はそれでも――たとえ自分だけであっても、織田信長というかけがえのない仲間を信じていたかった。

 

 

※※※

 

 

「――うははははは!!ほんにうつけじゃのう、あのマスターは!

“信じて送り出した織田信長が、まさか敵方に寝返るなんて……”とか、くず折れる姿を想像しただけで悪役笑いが止まらないよネ!」

 

場違いな高笑いが、延々と続く石造りの廊下に響き渡る。無論、声の主は大股で傲然と歩を進める信長。その周囲を取り巻くようにして歩くのは、旧幕府軍の高官たちだった。彼らは一様に緊張した面持ちで、互いに目を合わせては信長の様子を伺い合っている。

 

「箱館五稜郭――こんなにも素晴らしい魔術装置を、この儂が見逃すと思うたか。これを手中に収めれば、世界の天下はこの第六天魔王のものよ!

……む、何をジロジロと見ておる、無礼者。儂は気が短いのじゃ、さっさと動力部まで案内せい!焼き払った軍兵どものしゃれこうべが手土産では、まだ足りんか?」

「そっ、そのようなことは……しかし、恐れながら本当に織田信長公は、我々の味方なので?」

 

異形の力を行使する榎本に従っているとは言え、彼らは聖杯や英霊に対する知識などない、ましてや魔術の素養など持たぬ一介の人間であった。

そんな彼らが突然、山のような髑髏を持参して現れた“自称・織田信長”を目の当たりにして、動揺しないわけがない。頭のいかれた侵入者だと侮り、襲いかかった者はへし切り長谷部の錆となった。

そこまでくると、相手が本物の織田信長であれ何であれ、彼らもその言に従わぬわけにはいかなかった。早い話が、脅しに屈したわけである。

 

「くどい。この天下人・織田信長が直々に手を貸してやる上に、手柄を譲ってやろうと言うのじゃぞ?……手柄が要らぬというなら、そなたらのそっ首刎ねて新政府軍への手土産にしても良いのじゃが」

「ひっ!」

 

赤く輝く瞳で睥睨され、信長に愚問をぶつけた高官は上擦った声を上げた。

 

「いえ、疑っているわけではないのです……ただその、榎本殿に了解を得ないままというのが、少々」

「小心者めが。そんなもの、この儂が後から何とでも口を利いてやろうぞ」

 

ふんと鼻を鳴らして、信長は視線を再び前へ戻した。城塞の要として作り変えられた館の内部は、まるで回廊のようになっている。これも聖杯の力を使ったのだろうかと、信長がそんなことを考えていると、

 

「……この先の、突きあたりの部屋です」

 

案内役の男が鍵を使い、扉を開けた。その奥にはだだっ広いだけの空間が広がり、石畳の床一面に描かれた複雑な魔法円が、我が物顔で鎮座している。

不気味な紫の燐光を放つそれは、枯れることなく未だに魔力を放出し続けていた。それは地下から滾々と湧き出づる、魔力の泉のようにも見える。――が、しかし。

 

「……ふむ。これが五稜郭の魔術装置か……もぬけの空じゃな。期待して損したわ」

 

信長は線の細い顎を手で擦りながら、つまらなそうに呟いた。

 

「やはりこれも、聖杯が肝であったか。あれがここから持ち出された今、一介の術式とさして変わらん。この程度の残留魔力であれば、儂がちと本気を出せば消し飛ばす事ぐらい出来そうじゃのう――」

 

その剣呑な言葉を聞いて、周囲の者達が俄かにざわめき立つ。

 

「信長公、それはどういう……!」

「どうもこうも、そのまんまの意味じゃが。そなたら馬鹿なの?死ぬの?」

 

信長は平然と言い放った。男たちに冷ややかな一瞥をくれて、普魯西製の軍靴はルーンで編まれた魔法円へつかつかと近づいていく。

 

「先程、そなたらの戦を手伝ってやると言ったが――気が変わった。

この魔方陣に残された聖杯の魔力と、神秘を殺す天魔の宝具。どちらが勝つか力試しをする方が、ずっと面白そうじゃ」

「貴様、最初からそれが目的で!我らを謀ったな!!」

 

軍刀を抜いて挑み掛かろうとした男達を、炎の壁が阻んだ。床から立ち上るようにして現れた、燃え盛る紅蓮の焔。それは乱れ咲く曼珠沙華の花の如く、信長の周囲を鮮烈な血の色で覆い尽くしていく。

 

「人聞きの悪い――端から信用なぞしとらん癖に。そなたらが命惜しさで、勝手に尻尾を振っただけじゃろうが」

 

似たような手合いは五万と見てきたが、彼らは信長にとって格好の駒であり、最も侮蔑すべき人種だった。強い者に巻かれ、顔色を伺ってしか生きられぬ彼らは一生、誰かの手駒でしかいられないのだろう。

あの男、榎本もまた並みならぬ才を持ちながらも、臣下には恵まれなんだか――信長はふと、敵の将を落日の己自身と重ね合わせた。

 

しかし今は、そのような感傷に浸っている場合ではない。狂い乱れる炎の中で、信長は静かに目を閉じ、“それ”を己が身に降ろす為の言葉を唱える。さながら敦盛を唄い舞うが如く、凛然と。

 

「これよりは大焦熱が無間地獄。三界神仏灰塵と化せ――」

 

……ドォォッ!!

 

信長を取り囲むように咲いていた炎の華が、煽られたように火勢を増した。舐めるように這い上がっていく焔が、魔王の肉体から不要なものを剥ぎ取っていく。そうして残ったのは、一糸纏わぬ女体――それは少女の如き華奢な肢体ではない。神々しいとさえ思えるほどに完成された豊満な美躯は、煩悩と不浄の象徴、即ち、仏敵たる“女”そのものだった。

 

制御を誤れば己自身の霊基を崩壊させかねないほどの膨大な魔力を必要とするが故、信長自身が封じていた強力すぎる固有結界。それが立香の令呪によって強制的に解放された、織田信長の“真なる宝具”だった。

全ての神秘を焼き払う、神滅の煉獄――それが今ここに顕現する。

 

轟炎が、魔法円が纏う紫の光を喰らうように侵食していく。しかしその浸食が、魔法円の半ばまで来て止まった。ルーンから溢れ出す邪悪な輝きが、灼熱の炎をじわじわと押し返していく。

 

(……チッ、神霊の魔力を借りてあくまでも抗うか、聖杯の残滓よ。じゃが――神性が高まれば高まるほど、己の首を絞めるだけぞ!)

 

信長は負けじと奥歯を食い縛り、力を一点に集中させる。頭蓋を軋ませるような痛苦が襲い、心の臓が弾けそうになっても尚、彼女は攻めの手を決して緩める事はない。渾身の力を振りしぼり、魔王が吼えた。

 

「儂――“妾”こそが、神秘を滅する者。仏敵、第六天魔王波旬・織田信長なり!!」

 

グオォォォォォォ……ン!!!

 

鬩ぎ合っていた紅蓮と紫紺が弾け、視界を浚う閃光と共に大地が唸る。断末魔の叫びと言うに相応しいその鳴動が尽きた時、描かれた魔法円は輝きと共に、跡形もなく消滅していた。

炭化した石畳の上、魔王はひとり立っている。豊満に変化していた身体つきは、少女のように細いそれへと戻っていた。彼女は肩口で乱れた黒髪を、掌で颯と払い退ける。

 

「火傷程度で済んだか。……そなたらが未だ人の身を捨てておらなんだこと、幸運に思うが良い」

 

身体じゅうを煤だらけにして、顔を引き攣らせたまま呆然と座り込んでいる男達の様子に、信長は微笑する。彼女の宝具は神秘を滅する炎――故に神性を持たぬ凡人は、殺せない。

 

紅蓮の外套を裸身に巻き付けて、信長は蔵を後にした。開かれた門戸の外で瞳を細め、禍々しい輝きから解放された五稜郭の空を見上げた――その時だった。

 

「――…ぐッ!」

 

眩暈がして、信長は思わず床に片膝をつく。落ちかかった軍帽の鍔が、額に汗を滴らせた女の貌を翳らせている。

 

「ふ、はは。……うむ。久々に使う固有結界は、身に堪えるわ」

 

軍帽を正すと、信長は膝に力を込めてゆっくりと立ち上がった。ついでに、床に落ちていた造り物の――霊基で編まれた頭蓋骨を無造作に取り上げれば、悪びれぬ様子で肩を竦める。

 

「こんな儂の“おぷしょん”と口先三寸の芝居に、易々と騙されてくれるとはのう。お陰で無駄な魔力を使うことなく、早々に事は済んだが――そのうちはりうっどにスカウトされちゃったりして、儂。

ていうか本当にあやつらを裏切って、一から天下取りを始めても良かったんじゃが……」

 

『ノッブなら、絶対できるよ』

 

己の為に令呪の力を使ったあの時の、主の顔を思い出す。屈託なく笑う少女の瞳には、信長が今まで何度も見てきたような猜疑心や卑屈さは、微塵もなかった。

 

「――あんな目をされては、毒気も抜けるわ」

 

皮肉めいた微苦笑を浮かべて、信長は彼方に見える箱館港に視線を馳せた。

 


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