鬼哭血風録~相思相殺~【FGO×ドリフターズ・捏造コラボイベント】 作:みあ@ハーメルンアカウント
Act.10 桜花追想
その桜が花を咲かせる姿を見るのは、上洛してから二度目のことだった。
“浪士組”から“新撰組”と看板を改められた、壬生の八木邸。沖田総司が廊下へ顔を出すと、花開いたばかりの庭の桜と競い合うように、季節外れの雪がちらついていた。
桜の樹を見上げる広い背中を見つけた沖田は、童女のように顔を綻ばせて庭先へと降りていく。薄く積もった新雪の上に、草履の足跡がふたつ並んだ。
「桜、寒そうですね。土方さん」
「……総司」
背後から声を掛けてきた少女に、土方歳三は振り返る。口元を白い吐息で隠しながら、はにかむように沖田が笑った。
「俺には、お前の方が余程寒そうに見えるがな」
「あはは。心配ご無用ですよ、これでも雪国奥州人の血を引いてるんですから!」
「……ついこの間まで風邪引いて寝込んでやがったのは、どこのどいつだ」
呆れたように言いながら土方は己の羽織を脱いで、得意げに胸を張る沖田に頭から被せてやった。やけに嬉しそうに羽織を握りしめる妹弟子を一瞥してから、土方は今一度桜へと視線を戻す。沖田もそれに倣って桜の木を見上げていたが、その眼差しはいつしか、剣客にしておくのは勿体ないような、鼻筋の通った美しい横顔へと向けられていた。
この男の物憂げで、けれども真っ直ぐに前だけを見据えている芯の強い瞳が、沖田は何よりも好きだった。
「この桜の花、お好きなんですか?」
「まあな」
少女の問い掛けに、土方が短く応える。再び訪れる沈黙。
「……寒い中、こうしてずっと眺めていても飽きないほどにお好きなら――」
沖田は数度、その続きを言いかけては口を噤むというのを繰り返した。そして、
「枝を手折って、お傍に置いておけばいいじゃないですか」
声は、ほんの少しだけ強張っていた。土方の切れ長の目が、沖田の顔を見遣る。僅かに見開かれた瞳が一瞬、揺らいだようにも見えたが――瞬きを終えた時には、いつもと変わらぬ凛々しい黒が沖田を見降ろしていた。
「……あほう。手折ってしまえば、花はすぐに枯れちまうだろが。
花は美しいまま、こうして触れずに眺めるから……良いもんなんだ。違うか、総司」
「……そう、ですね」
答えて、沖田は微笑んだ。雪に埋もれた咲きかけの花に似る、どこか哀しげで、儚い笑顔だった。
元治元年、三月某日。この後に起こる洛陽動乱を皮切りにして、新撰組は維新という激動の時代の中に呑まれていく事になる。
男はまだ、知らない。
この時手折らず、ひとりきりで散らせてしまった花のことを、死して尚も悔やみ続けるということを。
花はまだ、知らない。
この時、ただ一言「手折ってほしい」と伝えられなかった男のことを、散った後まで想い続けるということを。
――時は流れ、掛け違えたままの歯車が動き出す。