鬼哭血風録~相思相殺~【FGO×ドリフターズ・捏造コラボイベント】   作:みあ@ハーメルンアカウント

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Act.9 血煙戦線

「……だめだ、念話が繋がらない」

 

肩で息を整えながら、立香が言った。

 

「沖田とお豊、ふたりともか?」

 

信長は眉を顰めて立香に問う。その質問に、立香は黙って頷いた。

――ふたりは今、五稜郭南東に位置する小高い丘陵まで逃れていた。箱館の市街地を一望できるここからならば、異変があればすぐに見極めることができる。

漸く落ち着いた所で、立香は逸れたままの沖田、豊久と合流しようと念話による通信を試みた。しかし、何度語り掛けても彼らからは一向に応答がない。状況も状況である、これはふたりの身に何かあったと考えざるを得なかった。

 

「ノッブ――ふたりの気配を感じ取れない?」

「既に今、やっておる。………むッ!?」

 

ぴくりと、信長がその片眉を跳ね上げた。何かを察知したらしい。立香の表情に緊張が走る。信長は微動だにせず、箱館の街のある一点だけを険しい顔で注視していた。

 

「……マスター、あそこじゃ。五稜郭の正面、あの場にサーヴァントの気配を感じる。一騎、二騎、――いや」

 

信長の額から、一筋の汗が伝った。いつも泰然と構えている第六天魔王が、明らかに動揺している。

 

「三騎……!!」

「なっ!?」

 

立香の顔色が変わった。共にここへ訪れたのは、沖田、豊久、信長の合わせて三騎。その信長がここに居る以上、もう一騎、別の英霊がこの時代の何者かによって召喚されているということになる。

 

「もしかして、敵側に召喚されたサーヴァントがそこにいるの!?」

「状況からして、そう判断するのが妥当じゃな。味方の英霊とは考え難い。

三騎のうち二騎からは、剣気を感じる。クラスはセイバー……これは恐らく、お豊と沖田じゃな。して、あとの一騎は――」

 

信長が口を引き結んで、分かりやすい渋面を作る。

 

「……あの竜の魔女や監獄塔の伯爵と、毛色が同じじゃ。それもこの世の総てに対して、桁外れの悪意を振り撒いておる。これではまるで、修羅か悪鬼よ」

「アヴェンジャー!?それじゃあ沖田さんと豊久さんは、今その相手と……?」

「うむ、交戦しとる可能性は高い。……マスター、如何にする?」

「そんなの、決まってるじゃないか!」

 

立香は身を乗り出して叫んだ。散々走りまわって、疲労はかなり蓄積している。しかし、だからと言って仲間ふたりを見捨てるという選択肢は、彼女には端から無かった。

 

「ふたりを助けに行こう。ノッブ、まだ戦える?」

「――ふん、答えるまでもないわ。この儂を誰じゃと思うておる!」

 

高飛車に胸を張ってみせる天下人は、何とも頼もしいものだった。しかし、その後で付け加えられた一言というのが、

 

「沖田に貸しを作って、後で期間限定ハーゲン○ッツを全種類奢って貰うのじゃ。うははは!」

 

――そんな安っぽい覇道でいいのか、第六天魔王。

マスターの残念なものを見るような視線さえもろともせず、信長は腰に両手を当て、哄々と笑っていた。

 

 

※※※

 

死角から斬り込んできた亡霊隊士の刃が、豊久の脇腹を掠めた。バランスを崩したその機を狙って、他の隊士たちが一斉に諸手突きを繰り出し、仇敵を串刺しにせんと襲いかかった。豊久は刀を正面に横構えにし、弁慶の如く複数の突撃を仁王立ちで受け止める。防ぎきれなかった剣先の幾つかが、豊久の小手や草摺りの一部を弾き飛ばした。

攻撃を終えた隊士たちが煙のように消え失せて、豊久だけが残った。頑強な身体に刻まれた無数の刀傷が、敵の猛攻が如何に容赦ないものであるかを物語っている。

 

(こいはちと、面倒なことになったの)

 

額から滴り落ちてくる血が、瞼に掛かる。それを手の甲で乱暴に拭いながら、豊久は大太刀を正眼に構え直した。

互いに一歩も引かなかった剣豪同士の戦いは、今や豊久の防戦一方となっていた。彼らの戦況が明確に変わったのは、あの瞬間――突然、五稜郭の真上に奇妙な紋様が浮かび上がり、輝き出してからだった。力も、速度も、感覚も、土方や亡霊隊士の能力全てが強化されている。あの光は所謂、敵方の“神風”なのだろうと、豊久もまた漠然とそれを理解していた。

 

単に一対多数戦というだけならば、乱戦に慣れた豊久に分がある。しかし何人斬っても敵が減らぬとあれば、話はまた変わってくる。更に敵の将は、確実に豊久の首を取るつもりで襲いかかってくるのだ。連携の行き届いた囲い込み戦術を前に、反撃の暇はまるで与えられなかった。

オルテでの戦の時のように、今の豊久にはドワーフ、エルフ衆の後援はない。唯一、戦力として期待できる沖田は――既に戦う気力を失くして、雪の中に座り込んだままだ。戦況は最悪、と言ってもいいだろう。

 

「――万策尽きたか、島津」

 

殺気を纏うその身を陽炎のように揺らしながら、土方が一歩、また一歩と距離を詰める。ぎらりと獰猛に光る刀身は、死神の鎌の如し。

 

「元から俺は、策なんぞ使っちょらん。謀(はかりごと)ば考ゆっとは俺でんなく、信じゃ」

 

豊久は今、圧倒的に不利な状況へと追い込まれている。それが分からぬほど、うつけではない筈――だというのに、この期に及んで豊久の目はまだ諦めてはいなかった。元より島津豊久という人間は、己の生に固執していない。生きていながら、死んでいるのである。だからこそ、この男は強い。

“喧嘩というものは、始める時に自分の命はないと思う事だ。そうすれば必ず勝てる”――それはかつての土方が、信条としていた言葉だ。それを己以上に体現して見せているのが他ならぬこの薩奸だとは、皮肉にも程がある。土方はぎりりと奥歯を噛み鳴らした。

 

――オルテでは、こいつの刀を折った。確かにあれは、俺の勝ちだった。だが、勝ったという実感がまるでない。将としても、戦士としても、こいつの手の内で踊らされたという敗北感だけが、胸中で澱のように蟠っていた。

 

しかし、今度こそは。

 

「死ね、島津ゥッ!!!」

 

確実に首を取る。土方の一声に応えて、亡霊隊士たちが具現化した。指揮するように土方が刀を振るえば、彼らは豊久を取り囲むようにして陣取り、中空から刀を振り下ろす。生身の人間では有り得ない位置から斬り下ろされる無数の刃は、見切りが困難。豊久はダメージ覚悟で前に飛び出し、一点突破に集中しようとした――その時だった。

 

「――撃てぃッ!!」

 

ズパパパパパッ!!

 

撃ち込まれた複数の鉛弾が、亡霊隊士たちに悉く命中した。煙となって四散する隊士の向こう側、小柄な人影が立っている。

 

「種子島――信か!?」

 

僅かな驚きを込めて、豊久が問う。彼が知る尾張のうつけとよく似たしたり顔で、赤外套の少女が笑った。

 

「いかにも、――儂じゃ!!」

「豊久さん!大丈夫!?」

 

信長の背後からマスター・立香が顔を出す。その不安そうな眼差しに、豊久はニッカリと歯を見せて笑い返した。

 

「俺は無事じゃ。じゃっどん――」

 

ちらりと背後を見遣る。そこには、心ここに在らずといった様子の沖田が、呆然と上を向いたままへたり込んでいた。

 

「沖田さん!?どうしたの……!」

「マスター、下がっておれ!まだ戦闘は終わっておらぬ!」

 

沖田の元へ向かおうとした立香を言葉で制し、信長は二丁の種子島を両手に構えた。その照準を合わせては、豊久に問いを投げる。

 

「お豊、敵はそこな戎服の男か?何やら、妖しの術を使うようじゃの」

「おう。信、援護ば出くっか?」

 

豊久の言葉を受けて、彼女は然りと頷いた。

 

「雑兵は儂に任せい、蹴散らしてやろうぞ。そなたは敵将のみを斬ればよい!」

「――頼むど、信!」

 

言って、豊久は刀をぐっと握り直す。足幅を広く開き、腰を落としたその斜構えこそ、タイ捨流独特の甲段の構え。そこから走り込んだ豊久の身体が、獲物に飛びかかる虎の如くに跳躍した。

 

「……火縄銃、オルテの時と同じ戦法だな。だが――新撰組(おれたち)を、舐めるなよ」

 

土方は豊久の飛斬りに備えて刀を構えながら、彼の後方に亡霊隊士を展開する。土方率いる新撰組の亡霊たちは、鳥羽・伏見の戦いに於いて、命中精度・破壊力共に種子島よりも格段に進化したミニエーの銃雨の中ですら、生き抜いた精鋭達だ。射手の位置さえ分かっていれば、それに対応出来ぬ筈がない。

彼らの標的は無論――射撃手たる、信長。四方からの斬撃が、銃を構える魔王の両腕を大きく斬り裂いた。血飛沫が舞い、傾国の美姫と見紛う女武将の貌が苦痛に歪む。

 

「ちィ――こやつら、銃に慣れておるわ!」

「ノッブ、耐えて!!」

 

立香の右手が、燐光を放つ。回復の術式――信長の腕に負った刀傷が、瞬く間に癒えていった。

 

「――小娘。貴様が頭か」

 

それを見た土方は、部下たちの狙いを立香へと切り替えさせようとした。指揮官たるマスターを叩けば殆どのサーヴァントを無力化できるということを、彼は理解しているのだろう。――が、しかし。

 

「土方ァ!」

「ぐぅッ!!」

 

一寸早く、土方の元へと辿りついていた豊久がそれを許さない。大きく振り被った袈裟斬りが、振り上げられた兼定と衝突する。凄まじい剣圧によって、周囲の大気がビリビリと揺れた。

 

「貴様(きさん)の相手は、この俺じゃ!」

「手前ッ…!!」

 

全体重を乗せた豊久の一撃に、土方は押されていた。先程まで追い詰められていた筈の男が、魔力によって増幅された土方の身体能力さえも凌駕しようとしている。有り得ない話だった。

 

「…いい、加減…、ッ……くたばれェッ!!」

 

土方は暗灰色の瞳に憤怒を燃やして、豊久の刀を突き返す。弾かれて後方へ飛びずさった豊久は、土方による追撃の横薙ぎを大太刀で捌き、そのまま幾度も切り結んだ。

距離を保ちながら、亡霊隊士を銃弾で撃ち倒していた信長は、その戦況を見て眉間に皺を寄せた。

 

「――むぅッ…」

 

信長は既に、宝具――『三千世界(さんだんうち)』を解放する準備を、整えきっていた。しかし、ここに来て大きな問題が浮上したのだ。

即ち、射程。信長のそれは、広範囲に渡って銃弾の雨を降らせ、戦場の敵を一掃する対軍宝具である。このままあのアヴェンジャーに撃とうとすれば、前線で戦っている豊久と付近にいる沖田を、その銃撃に巻き込む事になってしまう。

 

「マスター、あのふたりを後ろへ下がらせい!このまま儂の宝具を撃てば、やつらも一緒に蜂の巣になるぞ!」

「わかったッ――豊久さん、沖田さんッ!一旦、こっちへ下がって!」

 

立香の言葉に、豊久は思いの外機敏に反応した。鍔競り合う土方の胴を蹴り上げるなり、怯んだ隙に背後へ跳んで後退する。だが、事は順調には進まなかった。

 

「……沖田さん?」

 

沖田からの反応がない。立香は何度も声を掛けたが、応答どころか、指の一本たりとも動かそうとする気配がない。その瞼は開かれているにもかかわらず、彼女の瞳は何も見てはいなかった。

 

「駄目だ。私の声、届いてない!」

「何じゃとッ、……あンの馬鹿娘が……ッ!」

 

焦燥を露わにして、信長が唇を噛む。こうなれば身体のどこかに一発掠り弾をくれてやって、無理矢理にでも沖田の目を覚まさせるしかない――彼女がそう判断した、その時である。

 

「――沖田ァ!しっかりせいッ!!」

「……ッ!?」

 

怒号と共に、豊久の腕が沖田の背後に伸びた。その手が白い襟首を引っ掴むと、力任せに立香たちの方へと投げ飛ばす。

ずささ、と雪飛沫を上げながら、沖田の身体が止まった。漸く己を取り戻したように目を見開いた彼女を抱き起こし、信長が叫ぶ。

 

「お豊ッ!!」

 

豊久の背に、土方の刃が迫っていた。振り向きざまに受けようとするも、土方の剣が幾分速い。豊久の大太刀は薙がれた刃に弾き飛ばされ、その刀身が雪の上に突き刺さった。

 

「信!このまま俺ごと撃て!」

 

後ろへ下がらせた信長の意図を、彼もまた察していたのだろう。豊久は振り返ることなく彼女に叫ぶ。

 

「何を言う、それではそなたが――!」

「よか!!」

 

豊久の声には、ひとかけらの惑いも躊躇もない。信長はその声に気押されて、後の言葉を失った。

 

「……ええい、儘よッ!!」

 

己の迷いを振り切るように、信長が跳んだ。天女のように中空で留まる少女の背後に、数多の火縄銃が具現化し、不可視の使い手が居るかのように整然と列を組む。その鉄砲の数――実に、三千丁。

魔力の高まりはその身に絡み付く焔となって現れ、曼珠沙華を思わせる緋の外套が、蝶羽の如くはためいていた。

 

「宝具、開帳――!」

 

人の身でありながら、災厄の化身と恐れられたその女――第六天魔王波旬が、厳かにその口を開く。構えられた種子島が、一斉に敵陣へとその銃口を向けた。

 

「――刮目し、とくと見よ。これが魔王の『三千世界(さんだんうち)』じゃあ!!」

 

ドドドドドドドォッ!!!

 

魔力で生み出された種子島三千丁の一斉射撃が、文字通りに火を吹いた。長篠の戦で当時最強と謳われた武田の軍を打ち破った、疾風怒濤の三段撃ち――銃口から炎と共に撃ち出された鉛玉が、流星雨の如く土方へと襲いかかる。

 

相手が騎馬隊であれば、確実に殲滅。そうでなくとも弾一発でバズーカ並みの威力を持った、天魔の銃撃雨である。これをまともに受ければ、如何なる剛の者とて立ってはいられまい。

であると言うのに――八方より迫る銃弾を前にしても、土方の表情に変化はない。僅かに切れ長の目を細めては、

 

「馬鹿奴。……二度も、同じ手は食わん」

 

呟いて、土方は愛刀兼定を天に翳すように振り上げる。

 

――ず、ずず……ッ!!

 

復讐鬼の背後に、黒く、巨大な影が立ちこめた。影は急速に密度を増し、或るものの形を成す。ライフルカノン砲を船首に備えた三本マストの洋式軍艦(コルベット)が、圧倒的な質量を持って立香たちの前に現界した。

その数、三艦。蟠竜、高雄、そして、回天――かつてその男が、宮古湾の死地にて伴った“戦友”たちである。

 

「……宝具、開帳――」

 

立香は戦慄した。息が詰まる。単にその宝具の見てくれに気押されたのでは、決してない。底知れぬ負の魔力が、そこに凝縮されていた。言わば、敵意と殺気、そして怨嗟が、戦艦の形をとったもの。それがこの、アヴェンジャー・土方歳三の宝具だった。

 

「……死ね。ただただ、死ね。我らの怒り、憎しみ、灰塵と散って思い知れ――『接舷交戦(アボルダージュ)』!」

 

土方の刀が、号令のように降り下ろされる。大地を揺るがす轟音と共に、ライフル砲、ホイッスル砲、そして50斤ライフルカノン砲の一斉砲撃が、夜の闇を引き裂いた。

その様は太陽を落とした女傑、フランシス・ドレイクの宝具と酷似していたが――近代砲元来の高い攻撃性能に聖杯の魔力を上乗せされたその火力は、桁外れの破壊力を有していた。

信長の放った三千世界の弾丸を呑み尽くしても武装艦隊の弾雨は止まらず、着弾した砲弾が広範囲に渡って灼熱を撒き散らす。

 

「何じゃと――儂の三千世界が…!!」

 

撃ち負けるなどと。

銃弾の雨に撃ち貫かれ血を吐きながら、呆気にとられたように目を見張る信長。――しかし、敵の攻撃はそれだけでは終わらなかった。

多勢の亡霊隊士たちが、船首から次々と跳びかかるようにして斬り込んできたのである。

 

「……いけない、マスターッ!」

 

真っ先に反応したのは、豊久の機転により我に返った沖田だった。咄嗟に立香を抱き竦めるようにして庇い、かつての同胞たちの凶刃にその身を晒す。浅葱色の羽織が、見る間に鮮やかな血一色で染め上げられていった。

 

「――づッ、あぐぁぁっ…!!」

「沖田さん!?」

「お前(まん)ら、そこば退いちょれッ!!!」

 

地獄の中に駆けこんできたのは、豊久だった。ふたりの前に立ちはだかると、亡霊隊士の的を己が身で取って代わった。

 

「だめだ!豊久さん、下がって――もう一発、弾が来る!!」

 

旗艦、回天の主砲が火を吹くのを見た立香が、声を振り絞って叫ぶ。だが、退避できる暇も場所も、彼らにはどこにもなかった。

 

閃光、続いて、爆音。暴熱と凄まじい衝撃が、少女の意識を焼き尽くしていった。

 

 

※※※

 

――男はただ一人、焦土と化した大地に立っていた。

抜き身のままの愛刀を提げ、土方歳三はゆっくりと歩いていく。歩を進める度に雪溶けの泥水が跳ねて、外套の裾を汚した。

 

歩む先には、女がいた。華奢な背を無残にも斬り刻まれて、全身が血の赤で染まっている。それでもまだ、彼女は生きていた。血に濡れた唇が、細い声で男の名を呼んでいた。

 

「ひじ、かた……さん」

 

土方は足を止めた。その表情は氷のように凍てついたままだった。血に汚れて尚美しい女の横顔を、硝子玉のような瞳に映しながら――男はすっと、刀身を持ち上げる。

 

殺さねばならない。生かしてはおけない。

お前を想う心が全て、憎しみに塗り替えられてしまうその前に――。

 

兼定の剣先が、沖田の首筋目掛けて降り下ろされようとした――正に、その時だった。

 

「……待って!!」

 

声の主に、土方は視線を向けた。傷だらけの顔を持ち上げて、立香は男を哀しげな目で見詰めている。

 

「あなた、土方歳三さん……だよね」

 

土方は答えず、感情の伺い知れぬ瞳で少女を見降ろしている。立香は臆する事なく、言葉を続けた。

 

「沖田さんを、斬っちゃだめだ。あなたを慕う沖田さんを今、斬ったら――」

 

人懐こい橙色の瞳が、苦しげに歪む。

 

「あなたは、本物の鬼になってしまう」

 

幾度となく沖田の話を聞くうちに、立香はこの土方歳三という男を、よく知る身近な人間のようにさえ感じていた。

その土方が、彼の事を誰よりも恋慕っている妹弟子を、その手で殺める。そんなことは、あってはならない――絶対に止めなければならないことだと、立香は思った。

 

「……貴様に、何が分かる」

「分かるよ」

 

返されたその問いに、立香は間髪入れずに応えた。

 

「――同じ、女だもん。沖田さんの命を預かる、マスターだもん。

沖田さんはずっと、あなたのことを誇りに思いながら共に戦ってくれた。沖田さんにとってあなたの存在は、生きることそのものなんだ」

 

その言葉に、土方の表情が変わった。僅かながらも瞠目し、整った眉を寄せている。

 

「お願い、土方さん。……もうこれ以上、沖田さんを“殺さないで”」

 

立香のそれは、心からの懇願だった。誰にも譲れない友への思いが、その瞳に溢れていた。

 

「…………」

 

長い沈黙の後に、土方は刀を持つ腕を静かに下ろした。ヂン、と音を立てて、刀身が臙脂色の鞘に収まる。

 

「土方さん……」

「――助けたわけではない。俺の真に獲るべき首は、他にあるというそれだけだ」

 

ばさりと黒羅紗を翻して、男は踵を返した。仰ぐほどの長身が、舞い散る雪の中へと遠ざかっていく。

 

「……次に俺の前に姿を現したなら、その時は――容赦なく、殺す」

 

立香はもう何ひとつ、彼に掛けるべき言葉を残してはいなかった。そして必ず、その再戦の日はやってくるだろう。――決して、負ける訳にはいかない。次こそは。

彼が死んでいった仲間達の想いを背負っているのと同じで、自分もまた多くの人の想いを背負っているのだから。

 

びょうびょうと、零下の雪原に風が鳴る。立香はルーンの刻まれた己の右手を、強く握り締めた。

 

 

【鬼哭血風録~相思相殺~ To be continued…】

 




はい、というわけで超長い戦闘シーンの読了、お疲れ様でございました…!
中編はほぼ戦闘回だから、全部合わせて一万字ぐらいでいけるだろう!――とか、軽く思っていた以前の自分を殴りたい。今まで戦闘シーンを書いたことが無かったので、ちょっとくどくなり過ぎたんじゃないかと心配しつつも、皆さんに少しでも楽しんでいただけましたなら幸いです。次はもうちょいテンポよく進めたいなぁ…(汗)

ちなみに作中、土方さんに最初二刀流使ってもらってますが、原作様の初登場時は兼定と国広の二刀流やってましたよね…あれ結構好きだったんですが、もうやってくれないのでしょうか(笑)
それから宝具!回天でカノン砲ぶっ放す土方さんはどうしてもやりたかった…(笑)彼の宝具が戦艦になったのは、一応理由がある……ようなないような。次回に一応繋がっています。
一応対軍宝具扱いで、攻撃力にステータスガン振りしているイメージです。ガウェインみたいにBusterごり押しタイプなんだろうなぁ…。今回は五稜郭の魔術印で強化されているので、パーティはコンティニューの憂き目に遭ってしまいました。全滅エンドとか、かなり禁じ手な気はしますが…次回、逆襲の立香ちゃんをお楽しみにお待ちくださいますようお願いいたします!

ということで、今回も最後までお読み下さり、ありがとうございました!次回以降は後編となりますが、次回も楽しみにしてくださる読者様がいらしたら、書き手として嬉しい限りです。
それではまた、お会いしましょう!

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