”CALL” me,Bahamut   作:KC

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8) Call me, "Bahamut"

 

 

祭壇に置かれた紫色の水晶は、始めと変わらず内側に紫炎を揺らし、未だ戦いを続ける軍神へと魔力の供給を続けていた。

三体の騎士を撃破した蒼の薔薇は、軍神の無限の魔力供給源となっている水晶を破壊するべく祭壇へたどり着いた。一呼吸入れ、ガガーランが刺突戦鎚を大きく振り上げ、体重を込めた全力の一撃を紫水晶にたたきつけた。真上から刺突戦鎚の芯を捉えた打撃を受けた水晶は、耳をつんざく様な音と共にバラバラの破片へ変わる――かと思いきや、甲高い金属音を上げて刺突戦鎚をはじき返してしまった。

想像だにしなかった手ごたえに、思わず戦鎚がすっぽ抜けそうになるが、すんでのところで受け止める。

水晶を見ると、戦鎚を当てた部分にすらキズ一つ入っておらず、土台の祭壇に大きな亀裂が入っているのみだった。

ならばと、今度は武技を起動して同じように一打ち。しかし、結果は変わらず、武器を握る両手に痺れが来るだけだった。

 

 

「……キズ一つ付かないなんて」

 

「加減したつもりはなかったんだがな」

 

<道具破壊>(ブレイクアイテム)……ダメだ。あふれ出てくる魔力に邪魔されて術式が崩されて届かないな」

 

 

ティアが苦無で突き、ティナが火薬で爆破し、ラキュースが魔剣を上段から体重を込めて叩きつける。蒼の薔薇の持ついかなる攻撃手段を持っても、水晶に対してキズ一つ付けることもできなかった。

そうこうしている間にも、軍神を抑え続けているクリュードはどんどんダメージを蓄積させ続けている。体中を包んでいる鋼色の鱗はところどころ剥がれ落ち、その部分ににじむ血の色がとても痛々しい。自分たちの理解の範疇を超えた戦いではあるが、その様子からもう長くは持たないだろう。

どうにかしなければならない、しかし出来ることがない。そんなどうしようもないもどかしさを隠そうともせず、ラキュースは半ば八つ当たりのように魔剣を水晶に向けて全力でフルスイングした。

 

 

ここで考えるべきことがある。

 

軍神に魔力を供給し続けている紫水晶は、祭壇に拵えられたその水晶を収めるための溝に固定されている状態であった。頻繁に持ち歩く必要があったのかどうかは定かではないが、完全に祭壇に固定されていたわけではなかったのである。さらに言えば、度重なる紫水晶への全力の攻撃によって、水晶を置いている祭壇のほうはヒビやら割れやらが散見されていた。

言ってしまえば、ただ水晶でできた大きな球体が転がらないように置かれているだけの状態である。

 

ラキュースは神官騎士だ。

ガガーランと比べてとびぬけた筋力値を持っているわけではないし、彼女の通常の戦闘における役割は支援役兼控えの盾戦士(サブタンク)。基本的に相手と力比べをするような戦い方をするタイプではないし、事実、ガガーランと力比べをすれば間違いなくガガーランに軍配が上がるだろう。

だが、彼女は英雄の領域に片足を踏み入れている間違いない強者である。決して軽くはない身の丈ほどもある刃渡りの長大な魔剣を己が体のように使いこなし、その剣をもって自分よりもはるかに大きいモンスターを打倒するだけの実力を持っているのだ。そこらにいるような村の男衆よりは間違いなく力持ちであるし、現実世界(リアル)におけるどのような野球選手よりも()()()であることに疑いようはないだろう。

 

そんな彼女によるフルスイングを受けた紫水晶がどうなるかなど、火を見るよりも明らかだ。

 

側面から綺麗に芯を捉えた魔剣の斬撃は、水晶を切断することができず――そのエネルギーがそのまま水晶の射出に使われた。

とてもいい当たりの好打球である。

 

 

「あっ」

 

「ちょっ!?」

 

 

しまったと思う間もなく見事な直線で打ち出された紫水晶は、一直線に戦いを続ける軍神とクリュードの方向へ飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで、ここまで頭を働かせて戦ったことがあっただろうか。

 

ユグドラシル全盛期、チームを組んで戦っていた頃は、基本的に敵の憎悪値(ヘイト)盾戦士(タンク)が引き受けるものであった。近距離アタッカーとしての自分の主な役割は、高いダメージを与え続けて一秒でも早く相手のHPを削り切る、という一文に尽きた。もちろん、ふいに跳んでくる範囲攻撃や、憎悪値(ヘイト)状況に関係なく放たれる攻撃の回避は行う必要があったし、ダンジョンによってはギミックの解除役として動くことはあった。しかし、相手の動きや武器、攻撃の癖などを見極めながら、受けるダメージを最小限に抑えながら憎悪値(ヘイト)をキープするような戦い方は、盾戦士(タンク)役をこなしたことのない彼には完全なる初体験であった。

さらに辛いことに、今回の変則チームでは支援役の能力値が自分と比べて非常に低い。通常のチームであれば、判断ミスで大きめのダメージを受けてしまったとしても、即死や立て直せないほどの大ダメージでなければ回復役を焦らせるだけで済むであろう。だが、この戦いにおける回復役はラキュース一人。回復量も十分ではないし、受けられる支援の恩恵も彼にとって十全とはいい難い。当然、敵の攻撃に対して自身の持つすべてのリソースを割いている現状では、アイテムボックスからポーションを取り出して使用するような時間も取れない。

 

HP、MP、使用回数制限のある特殊技術(スキル)……その全てが少しずつ、補給されることなく削られていく。

 

彼にできるのは、蒼の薔薇の面々がこのボスのギミックの核であろう水晶へのアクションを完了させるまでの間、一秒でも長くこのボスの注意を惹き続けることだけである。

 

 

たかがゲーム、されどゲーム。

 

 

異常なまでにリアルな人物設定、世界設定に基づいたロールプレイを行う五人との攻略を通じて、彼はこれまでにないほどゲームの世界にのめり込んだ状態だった。その中で補給の得られない、常に敗北が隣にある極限状態での戦いを続けることで、彼の脳は一種のトランス状態に陥っていた。

 

今も蒼鱗のような光を散らしながら目の前にいる軍神と戦っている竜人が、まるで本当に自分の体であるかのような錯覚。ユグドラシル全盛期でのプレイ中でも、その後プレイした他のダイブ端末によるコンソールなどにおいても味わったことのない感覚を全身で味わっていた。

もし、今のような感覚を全盛期に得ることができていたら。敵により効率よくダメージを与えるための攻撃方法、回避と同時にカウンターを叩き込むための立ち回り。最終的にカンスト近距離プレイヤーとして中の中、まさに平均的な実力しか持たなかった彼も、「上」の世界に踏み入れることができたかもしれない。

 

ステータスを上げて、物理で殴るだけではない戦い方。

 

敵の攻撃の振りを見極め、動きの発生点を抑えることによる受け流しに近い技術。どこかで見た上位プレイヤーの解説動画を思い出しながら、見よう見まね、直観的な動きでそれを再現する。ソロでの戦いを経たことによる九年越しのプレイスキルの成長であった。

 

 

(相手の武器は槍だ。半端に距離を取って相手の射程距離に入るよりも、小さなダメージを覚悟して懐に入り続けたほうがいい)

 

 

穂先の鋭い刃に割かれるより、持ち手に近い部分で殴られたダメージのほうが小さいし、動きを見極めやすい。

その際にもらうわずかなダメージは、自然回復の強化や、体力の回復が可能な特殊技術(スキル)再使用可能(リキャスト)を待って回復する。

少量のダメージを受けては回復を繰り返し、徐々に追い詰められながらも最大限の時間稼ぎを行うことに成功していた。

 

 

集中が一瞬でも途切れれば均衡が崩れるであろう彼の極限の戦いは、想定外の乱入により終了することになる。

 

 

 

 

 

<第六感>スキルが反応した。このスキルは、視界外からダメージにつながる奇襲攻撃などがあった際、攻撃時の相手の潜伏値がこちらの看破能力を下回った場合に発動する常時発動型特殊技術(パッシヴスキル)だ。視界に攻撃が来る方向が表示される他、そのままスキルに身を任せれば回避もしくは防御行動を自動で行ってくれる。

奇襲や遠距離狙撃を主な攻撃手段としているビルドのプレイヤー相手ではほとんどの場合潜伏を看破できないため死にスキルなのだが、複数の敵と乱戦になっているときにはそちらからの攻撃を警告してくれるため、大量の雑魚の中に飛び込む際やGvGなどの組織戦でそこそこ有用な能力だ。

 

突然の<第六感>発動に完全に虚を突かれる形となったクリュードは、思わず動きを止めた。

その隙をついてか、軍神は手に持つ槍を軽く引き、思い切り突きを放ってきた。

 

 

(……避けられない!)

 

 

ここまでか、と死亡を覚悟した瞬間、体が勝手に動き出す。<第六感>の視界外攻撃を回避する動きをキャンセルしていなかったためだ。

運良くというべきか、スキルによる体の回避方向は突き攻撃からも身を躱せる方向だった。自動的に身を捩りながら、いったい何があったのだと視界外の攻撃の方向に顔を向けると。

 

 

 

 

思い切り魔剣を振りぬいた状態で固まるラキュースと、こちらに一直線に打ち出された紫水晶が見えた。

 

 

 

 

狙って打ったのか、はたまた偶然か。

フルスイングによって一直線に打ち出された紫水晶は、先ほどまで()()()()()()()()()()()()()()()

軍神による槍の一突きが迫る場所へと飛び込んでいった。

 

クリュードと入れ替わるような形で、槍の射線上に飛び込んできた紫水晶。

 

蒼の薔薇がいくら攻撃を加えてもビクともしなかったそれに、軍神の槍が直撃し―― 思い切り、突き刺さった。

 

バキンとガラスが割れるような音と共に水晶玉にヒビが入る。

槍が突き刺さった位置から広がったそのヒビから、水晶玉に込められていたあふれるほどの魔力が紫炎と共に爆発的に噴出した。

いかなる属性魔法とも異なる、純粋な魔力の塊(無属性)による力の濁流。槍を突き刺した軍神を巻き込みながら、水晶が完全に崩壊することによって全方位に広がったその破壊の波は、クリュードもまとめて飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

破壊された紫水晶が起こした魔力の爆発。

狭い範囲にのみ圧倒的な破壊をもたらしたその爆発が終息すると、鎧を剥がれて元のマネキンのような姿に戻ったローブの人物だけが立っていた。

クリュードは少し離れたところでボロボロの状態で倒れ伏し、ピクリとも動かない。ローブの人物もかなりボロボロの状態だが、少なくとも自由に動けるだけの余力は残っているらしい。倒れたまま動かないクリュードの方へ、とどめを刺すべく歩みを進めている。

 

 

「やらせない!」

 

 

隠れていた祭壇から飛び出し、魔剣を構えたままローブの人物に向けて疾走する。

神霊を降ろすのにすべての力を使い果たしていたのだろうか、素早く近づくラキュースに反応出来ていないようだった。のろりとこちらを振り返ったころにはもう射程内だ。走り寄る勢いそのままに魔剣を思い切り突き出す。

 

体をかばうべく防御の姿勢を取ろうとしたようだが、時すでに遅し。

容赦なく突き出された魔剣が、ローブ姿の男の正中を貫いた。

 

遺跡の主としての意地か、体の中心を貫かれた状態でもしぶとく攻撃を仕掛け、あわよくば脱出しようとしてくる。

 

逃がすわけにはいかない。

敵に突き刺さったままの魔剣に、惜しまず自分の魔力を注ぎ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

持っててよかった<根性>スキル。

 

HPが三割以上残っているときに、一撃で死亡する攻撃を受けた時に低確率で発動し、HPを一だけ残して食いしばるスキルだ。

デスペナルティの重いこのゲーム内においてはかなり重宝されてもおかしくないのだが、一度発動すると二四時間の冷却時間(クールタイム)が必要な上、自身にかかっている支援効果(バフ)は全て剥がれ、状態異常(デバフ)の類だけそのまま残るため、毒などの継続ダメージを受けていれば即おさらばの文字通り死なない()()のスキルだ。

発動確率もかなり低いため、正直今発動するまで取得していることすら忘れていた。

 

目を開ければ、ラキュースがボスのどてっぱらに魔剣を突き刺し、そのまま魔剣の力を解放しているところだった。

 

魔剣から噴出す爆発的な奔流に飲み込まれ、おどろおどろしい断末魔を上げながら消滅していくローブの人物。

 

ローブの人物が完全に消え去るとともに、どこから流れてきているのか広場全体に響き渡るファンファーレ。

 

 

勝利だ。

 

 

 

「おい、生きてるか!」

 

 

ボロボロの状態で横たわったまま動かない姿を見て、五人が焦ったように駆け寄ってくる。

横たわったまま大丈夫であることを伝えるため、右手を軽く上げて答えた。

 

 

応急処置的な回復をもらい、よっこらせと上半身を起こす。本当に体が重いわけでも痛いわけでもないが、気分的な問題だ。

ひとまず体を起こした姿を見て安心したのか、ホッと息を吐いて話し始めた。

 

 

「しかしよお、ラキュースがいきなり癇癪起こして水晶ふっ飛ばしたときはどうなっちまうのかと思ったぜ」

 

「こ、固定されてると思ったのよ!」

 

「結果として生きていたからいいものの、下手したらクリュードごと殺していたぞ……」

 

「ボス、竜殺し(ドラゴンスレイ)に憧れてたから……」

「まさに外道」

 

「ちょ、ち、違うから!」

 

慌てたように弁解を並べるラキュースと、それをからかう忍者姉妹。本気で諫めるイビルアイと、それを見て笑うガガーラン。

無事に遺跡の攻略を完了することができたという安心感も手伝って、思わず笑いがこぼれた。

 

 

「ワハハ。とんだお転婆貴族もいたもんだな」

 

 

もう、もう、と駄々をこねるようにバタバタ暴れるお転婆貴族をまぁまぁと抑える。上流階級、支配階層の人間がこんな感じの世界はいったいどんな世界なのだろうかと、空想の世界に思いをはせながら、ガガーランと顔を見合わせてもうひと笑いした。

 

 

 

 

 

 

 

広場の中央へ戻ると、水晶がおかれていた祭壇が消え、地下へと続く階段が現れていた。

階段を下りていくと、初めに降り立った小部屋と同じような作りをした部屋の中央に、鉱山から切り出したまま加工を施していないような武骨な形状の大きな蒼い水晶の塊が安置されていた。

水晶に反射した光が部屋全体を照らし、淡い蒼色の空気が6人を包み込む。

 

中央に置かれた水晶に近づく一行に、響く声があった。

 

 

【縁と絆こそが召喚の神髄也】

 

【双方の想いを重ねて喚ぶべし】

 

 

声が響くとともに、クリュードの視界には遺跡の攻略報酬を示すウィンドウがポップした。

 

 

【新しい称号を入手しました】

【喚ぶ者/喚ばれる者】

 

【新しい特殊技術(スキル)を入手しました】

【<特殊アイテム作成:召喚石>】

 

 

(…召喚石?)

 

 

クリュードが新たに手に入れた特殊技術(スキル)の説明欄を読み込んでいる後ろで、ラキュースがぽつりと呟く。

 

 

「……これで、終わりなのね」

 

「なんでだろうな。出口が見つかったわけでも、何か探していたものにたどり着いたわけでもないのに……"この遺跡はこれで終わりだ"という確信だけがある。何から何まで……我々の理解の範疇を超えた遺跡だったな」

 

「結局よお、先にここに入ったっていう奴等の痕跡も見つからなかったな。ここで出てきたモンスターみたいに、死んじまった挙句消えちまったんだろうか」

 

「倒したモンスターの部位も回収できなかった」

「消耗品分補填できる?」

 

「持ち込んだポーションはほとんど使い切ったし、少なくない量のアイテムを使ったからな。最初に提示されていた額では……まぁ、赤字だろう」

 

「えー」

「しょんぼり」

 

「……でも、他では絶対にできない体験ができたわ。イビルアイから聞けた"ぷれいやー"の話も、それを裏付ける存在も……クリュードとも知り合えた。いくらお金を積んだって出来ない、得難い経験よ」

 

 

名前が出たのに気が付いてラキュースのほうを見る。"寂寥"、"笑顔"、"躊躇"。表情のないアバターに、単純な表情アイコンが映っているだけだが、複雑な感情が伝わってくるような不思議な感覚。

少しだけ、声も震えていたような気がする。……もしかしたら、別れを惜しんでくれているのかもしれない。

五人と共に過ごしたのは数時間だけだ。だが、久々に密なコミュニケーションを取りながらのダンジョン攻略はとても楽しかったし、消えかけていた過去の仲間達との思い出もおそらくもっともよい形で自分の中に刻みなおすことができた。そして何より、立場の違い(プレイヤーと運営側)を超えた友情を感じることができた。コラボを境にユグドラシルを再開してから、何度か即席チームでダンジョンを攻略することはあったが、必要以上にコミュニケーションを取ろうと思ったこともなかったし、そこから先に進むことはなかった。それを考えると、自分もきっと……彼女らと別れるのは惜しい。

 

現行のゲームの過疎ぶりを見ていると、ユグドラシル2なるものが本当に発売されるかどうかはわからない。さらに言えば、仮に発売されたとしても、先行なのかクローズドテストなのかは知らないが、彼女たちと再会することはできないだろう。そう考えると、確かに寂しい。

誰かと会えないことを寂しいなどと考えたのはいつ振りか。普段仕事以外で人と会話をすることのない生活をしていたせいで、久々の交流による心の栄養が、まるで毒のように彼の心を締め付けた。

 

 

「ん。私も楽しかったよ。ありがとう。……もし……」

 

「え?」

 

「……いや、何でもない。」

 

 

もし新しい世界で再会出来たら、また一緒に冒険に行こう。

 

口から出そうになった希望を――かなわない希望を膨らませることを恐れ、呑み下した。

 

 

「そういえば、私は水晶から報酬としてちょっとした能力と称号をもらえたが……君たちは何か貰えたのか?」

 

「え、報酬?……何かもらったかしら?」

 

 

蒼の薔薇は顔を見合わせて、首を振る。どうやら何ももらえていないようだ。

 

 

「クリュードばっかりずるい」

「私達もがんばった」

 

「二人とも……」

 

 

姉妹の駄々にラキュースはため息を吐く。確かに、苦労してクリアしたダンジョンで得る物が少なかった時のがっかり感は計り知れない。特にこのダンジョンの場合、道中モンスターのドロップもゼロだ。

彼女たちのアバターは、与えられた設定や見たことのない外装データから考え、ほぼ間違いなく運営製だろう。リアリティを出すために、本当に中の人だけどこかからスカウトしてきたのかもしれない。

折角だし、私から記念に何か渡せればいいと思ったが、結局運営に回収されてしまうのでは少々味気ない。

 

何かないか、と考えを巡らせると、開きっぱなしだったポップアップに目が行った。

 

――そうだ。

 

 

「じゃあ、こうしよう」

 

 

アイテムボックスを開き、材料になるアイテムを取り出す。取り出したアイテムを対象に、早速先ほど手に入れた特殊技術(スキル)を使用する。

 

<特殊アイテム作成:召喚石>

 

手の中にあった材料が、淡い水色の結晶に変化した。結晶の中には赤と緑の混ざり合う不思議な炎が閉じ込められており、ゆらゆらと光を反射して輝いている。

少しずつ周囲が白く輝き始めている。ダンジョンクリアの後の余韻の時間が終わり、元の場所へ転移させられるのだろう。

世界が混ざり合うような奇妙な感覚に身をゆだねながら、掌に収まる程度の大きさのそれを、ラキュースに渡した。

 

 

 

「……これは?」

 

「今さっき作れるようになった、"私を喚べる召喚石"だ」

 

 

ラキュースが()()()()()()こちらを見る。

 

 

「今はまだ、たどり着けていないけど……諦めないで、竜神を目指し続けるよ。だから、この先……君達の冒険の中でどうしようもない場面にぶち当たったら、私を……"バハムート"として、喚んでくれ」

 

「喚ぶって……どうしたら……」

 

「召喚石に魔力を込めて使ってくれればいい。……そうだな。竜の神を喚ぶにふさわしい、とびきりかっこいい呪文と一緒に頼むよ」

 

 

冗談めかして、ニカリと笑う。

ラキュースは、受け取った召喚石を嬉しそうに、抱きしめるように胸に寄せている。

 

 

「私の知っている英雄譚(サーガ)では、竜神の力を手にした人間は世界に破壊や混沌をもたらす事が多かった。君達なら、そうはならないと信じているよ」

 

 

「ありがとう。誓って、悪用はしないわ」

 

 

満足そうに大きく頷いて、手を振る。

周囲は眩い光に包まれて、風景が白に溶けていく。

 

 

「楽しかったぜ。今度会うときは、人間形態ってのも見せてくれよ」

 

ガガーラン。

 

「美少女希望」

「美少年希望」

 

ティア、ティナ。

 

「おい。……ありがとう、クリュード。すべての"ぷれいやー"が、君のような存在であることを祈っているよ」

 

イビルアイ。

 

「偉大なる竜の神様の姿、楽しみにしてるわ」

 

ラキュース。

 

いいチームだった。できる事なら、また彼女達のような仲間がほしいと心から思う。

 

 

 

――ふと、思いついた。

 

 

(記念写真を撮りたい)

 

 

声に出そうとしたが、発声できなかった。フィールド移動前のラグか、声が届かなくなってしまったらしい。

折角の運営プレゼンツプチイベントダンジョン踏破記念だ。形として残しておきたい。

本人たちの許可を取っていないのは少々マナー違反だが、バラまかなければいいだろう。

 

急いでカメラツールを起動し、白い光に包まれた中で蒼の薔薇の五人を撮影する。

 

撮影成功のアイコンが出るのと同時に、視界は白く塗りつぶされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界が戻ると、辺りは一面の緑。

 

入った時の小さな祠など跡形もなく、ただただ深い森が続くばかりであった。

視界に映るマップ情報を見ると、"ヴァナヘイム 豊穣の森"の文字。元の場所に戻されたようだ。

なるほど移動型のダンジョンということであるらしく、挑戦後はスタートの場所が変わるらしい。厄介なことだ。

 

ハッと、先ほど撮影したデータを思い出す。

成功のアイコンは出ていたが、視界が白くなっている途中だったので何も映っていないかもしれない。

わずかな不安と共に、撮影した画像を"写真アイテム"として作成する。

 

写真を見て、息を呑んだ。

 

 

 

――写真に写っていたのは、白い靄に包まれた五人の姿。

 

皆一様にこちらを見て、()()()()()

 

ガガーランは、性別を疑いたくなるほど豪快に、歯を見せた笑みを。

ティアとティナは、表情の薄い顔で口角がわずかに上がった、鏡映しの微笑みを。

イビルアイは、仮面を手に持ってこちらを見据え、なれない為か少し恥ずかしそうな照れ笑いを。

 

そしてラキュースは、召喚石を嬉しそうに抱きしめ、目にわずかな涙を浮かべながら、満面の笑みを。

 

それぞれの感情が伝わる美しい表情で、写真に写っていた。

 

作り物ではない、本当にその場に生きていたようにしか見えないその美しい写真に、心がどんどんと熱くなる。

 

続編では、表情も再現されるようになるのか?

クリアに対する、運営からのプレゼントではないか?

 

様々な思いが彼の中を駆け巡り、最終的に行きついた結論が一つ。

 

 

これは、自分の中で大切にしよう。

 

 

竜はもともと、傲慢で自分勝手な生き物だ。宝の類を自らの巣にため込み、それを眺めて楽しむ、という習性もあるらしい。

ならば、この写真は私の宝物だ。宣伝効果を狙っていたであろう運営には悪いが、自分だけで楽しませてもらおう。

 

 

いたずらな笑みをこぼし、翼を広げてその場から飛び去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

――その後。

 

ミズガルズにある、拠点にしている竜人族の村に戻った彼は、アイテムボックスを見て堪え切れない喜びを全身で表した。

 

直後、彼は故意に自分のレベルを五、下げた。

 

数日たってレベルが一00に戻った彼は、新たに増えた装備に合わせて変更した装備のデータ空き容量に、自分好みの外装データを詰め込むため、狙いのクリスタルをドロップするモンスターの狩場を目指して作り物の世界を駆け巡った。




次回、最終回。(たぶん)

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