用意されたギミックを無理やり文章に押し込むと
読むのも書くのもつらい文章が出来上がることが分かったので、
今後はもうちょっとサックリ書こうと思います。
完結したら、前の話も含めてちょっと修正するかも。
とりあえずは先に進めます。
王笏に魔力を注ぎ込めば自分たち側の手下を増やすことができるが、効力を発揮した王笏は所有者の手から弾き飛ばされるように飛んでいく。
一度に増やせる手下は相手のほうが圧倒的に多いうえ、光の外側に関しては追加さえなければクリュードに任せておけば殲滅が可能だ。
自分たちの手下を増やすよりも、相手の手下を増やさないほうが安定した攻略が可能ではないだろうか。
そう考え、二度目の使用の後は分身の手に渡さないために持ち続ける選択をした。
しかし、一定時間所持し続けると問答無用で所有者の手からはじけ飛んでいく。
結局、蒼の薔薇と道化の分身達による王笏争奪戦が繰り広げられたのであった。
蒼の薔薇が残っている分身を相手取っている間、ラキュースによって呼び出された九体の
悪魔の像のうち三体は光の壁の外へ、一体は壁の内側へ押し出されていた。
最初の一体が完全に押し込まれガチリと音を立てた時、予想に反して悪魔の像は動き出さなかった。
しかし、
悪魔の像をこれ以上内側に入れないことを優先して行動した結果、騎士の像は二体が外側に引きずり出されてしまっていた。残るは既に内側にある騎士像一体と、今動かしている最後の一体。既に邪魔する敵は処理し終わっているため、移動させるのを待つばかりだ。
「こいつでラストだ!
ガチリ。
イビルアイの魔法がフィールドに残る最後の分身を滅ぼしたのと同じタイミングで、クリュードが動かしていた騎士の像が完全に光の壁の内側に押し込まれた。
八体すべての石像が光の壁から離れると同時に、ズシンと一つ大きな地鳴りがした。
分身との長い王笏争奪戦を繰り広げていた蒼の薔薇は、疲労困憊といった様子で面々が石像のほうに目を向ける。
石像が乗っていた石板が砕け散り、一体の悪魔と二体の騎士が光の壁の中で動き出しているところだった。
動き出した二体の騎士は、蒼の薔薇を無視して一目散に悪魔の元へ走り出す。呼応するように悪魔も騎士たちへ向けて歩み始める。
悪魔に走り寄った騎士が、構えた盾そのままにシールドバッシュを放つ。銅鑼を鳴らしたようなけたたましい音とともに頭をしたたかに打ち据えられ、悪魔は一歩後ずさる。下がりざま振り上げた鋭い爪で、騎士の肩当が破壊される。破壊された肩当を振り返ることなく、振り上げた大きな剣をたたきつける。
ラキュースたちには何が起きているか理解すらできない――辛うじてイビルアイだけが目で追うことができた――恐ろしい速度と威力の攻撃飛び交う戦いの末、一体の騎士を道連れに悪魔は消滅した。
光の外を見ると、クリュードが悪魔の石像と殴り合っていた。攻撃されるたびに欠損していく悪魔の像に対して、クリュード側は大した痛痒を受けているようでもない。
他の4体の石像はすでに倒されたのか、石像がおかれていたであろう位置に砕かれた石板があるばかりだ。
「はい、おわ、りっ!」
既に死に体の悪魔の像に、クリュードがトドメの三連発を食らわせてポーズを決めた。
疲労無効の指輪を装備している為バッドステータスとしての疲労状態にはならないが、第二フェーズがスタートしてから外周を走り回りっぱなしだった事もあって気疲れがかなり大きかったらしく、安堵のため息を吐く。
一息ついたクリュードが光の壁のほうを見ると、ラキュースが召喚した
壁の近くで、
恐ろしい威圧感を放つ怪物たちに囲まれた状態で、気力体力共に限界が近かったのだろう。気が抜けたような様子で額の汗をぬぐっている。
「よ、よかった。なんとかなったわね」
「おい、まだ終わってないぞ」
息を吐く間もなくイビルアイが現実に引き戻す。彼女の見つめる先には、変わらず存在する黒い靄と防御壁の中でいつの間にかその手に取り戻した王笏へ魔力を込めている道化師の姿があった。
瞬間、空気が変わる。
道化師が王笏を掲げると、先ほどまでとは比べ物にならない魔力の嵐が生まれた。
その場にいるだけで慣れていないものは気分が悪くなってしまいそうなほどの濃密な魔力が、道化師の掲げる王笏に集約していく。
道化師がまとっていた黒い靄も次々王笏へ集まり、周囲が歪んですら見える魔力の塊を形作っていく。
(あれを放たれるのはまずい)
本能が絶えず警鐘を鳴らし続ける中、なんとか敵の動きを止めなければとイビルアイが渾身の魔力を込めて道化師に向けて放つ。
イビルアイの行使できる魔法の中でも物理的な貫通力では最高の威力を持つものであったが、今においても健在の黒い壁の前にキズすらもつけられずに砕けて消えてしまった。
動揺を隠し切れないイビルアイを見て、無駄と悟りつつも自分も何とかしなければと駆け出そうとするラキュース達に、光の外から声がかけられた。
「残った騎士の盾に入ってろ!」
今にも炸裂しそうな魔力の塊を一瞥し、言われたとおりに騎士の元まで走る。
騎士の石像は相変わらず道化師に向けて大きな盾を構えたまま微動だにしていない。心なしか、盾に装着された白く輝く水晶が光を増しているように見える。
五人が騎士の元までたどり着いたとき、道化師が一際大きな魔力を王笏へ注ぎ込んだのが見えた。
王笏は赤黒い輝きを放ち、蓄えられているであろう魔力の量は最早底が見えなくなっている。
道化師が王笏を真上に放り投げ、甲高い笑い声を上げたその瞬間。
内包された魔力の量に耐えかねたか、王笏にヒビが入ったのが見えた。ギリギリのところで抑えられていた魔力が一気に噴き出し、圧縮された空気と魔力が叩きつけられ周囲の全てを消し飛ばしていく。
騎士の盾に守られているにもかかわらず、体の芯まで響く爆裂音と衝撃に意識が飛びそうになる。
ふと後ろを見ると、クリュードが祈るように何かを呟いていたようだが、周囲の音にかき消されて彼女たちの耳には届かない。
耳を澄ませようとする間もなく、視界が目を焼くような閃光で埋め尽くされた。
蒼の薔薇が騎士の像の影に入った。
騎士の構える盾になんらかの
壁の外側でも騎士を一体残しておくべきだった。
クリュードがいる光の壁の外側にはもう騎士の像は残っていない。石像が一斉に動き出したタイミングでは二体の騎士の像がいたが、先の掃討戦で消耗した
部屋の中心で道化師が王笏を放り投げた。どうやら、制限時間が来たようだ。
一応光の壁の内側に残った騎士の後方に来てはみたものの、距離が開きすぎていて意味はないように思える。
どれだけのダメージが来るのかわからないが、防御効果のあるポーションと持ちうる限りの防御系
王笏が破裂し、道化師を守っていた黒い壁が消し飛んだ。光と音の塊とでもいうべき壁が迫ってくる。
頼むから即死しないでくれよ、と祈りながらつぶやいた瞬間、光の壁を飲み込んだ閃光がたたきつけられた。
白く染まった視界が少しずつ戻ってくる。
同時に、視界の左上に表示された自分のHP表示が赤く点滅しているのが見えた。
そもそも即死するギミックではなかったのか、騎士の後ろに回ったのがよかったのか、はたまたダメ元で全開で使った防御
即刻自然治癒促進と回復が可能な
何とかHPを五割程度まで戻すと、急いで蒼の薔薇の元へ走る。
黒い靄をまとった道化師が、
轟音と閃光が収まると、大量の情報を受けてショートしていた感覚器官が少しずつ機能を取り戻していく。
息が止まっていたことに気づいて、大きく息を吸った。何かが焦げたような匂いが鼻につき、背にしていた騎士の盾からぼんやりと熱が伝わり、血の気の引いて冷えていた体を温めていった。
恐る恐る目を開くと、仲間達が身を固めて寄り添っている。どうやら生き残ることができたようだ。
ふわり、と空気が動くのを感じて振り返る。見ると、盾を構えていた騎士がゆっくりと倒れていく所だった。
倒れきる前に騎士は空気に溶けて消えていく。支えを失った盾はガランと音を立てて転がり、持ち主の後を追うかのように続けて消えていった。
盾が倒れて消えたことで視界が晴れる。
視界の先には、服装が変わり一回り体が大きくなったように見える道化師がいた。
ゆらゆらと揺れるようにその場に揺蕩っていたかと思えば、唐突に目の前に手を突き出した。今も道化師から滲みだしている黒い靄が突き出された手の先に集まっていき、少しずつはっきりとした輪郭を形作っていく。気が付けば、道化師の手には黒く禍々しい装飾の施された死神の大鎌が握られていた。
大鎌を取り出した道化師は、くるりと大鎌を回し肩へと担ぐ。大鎌は尾を引くように黒い靄を周囲にまき散らし、道化師の体にまとわりつく。まとわりついた靄は道化師が体から発していた靄と混ざり合い、フードの付いた黒いローブへと変化した。
目深な黒いフードから気味の悪い仮面がのぞき、傍らには巨大な鎌を携え、黒いローブをふわりと翻しながら宙を舞う。
全身が黒で統一され怪しげに揺らめくその姿は、誰がどう見ても死神そのものであった。
死神がこちらを見てケタケタと笑う。その声を聴いてゾワリと全身の血が凍るのを感じた。
目の前の存在が放つ威圧感は、最初に剣を交えた道化師とは比べ物にならないほど大きい。
自らの力量をはるかに超えた存在に出会いすぎて感覚がマヒし始めている。わかるのは、このままだと何もできずに殺されるという確信だけだ。
そこまで考えて、ようやくクリュードの事へ思い至った。騎士に守られていた自分達と違い、先ほどの強烈な閃光の直撃を受けているはずだ。
死神から距離を取りつつ、彼と合流しなければ。
ラキュースが震える脚に鞭を打って動き出そうとするのと、視界に鋼色の旋風が飛び込んでくるのが同じタイミングであった。
「難度二七〇!魔法に注意!」
短く二言だけ残し、死神にとびかかるクリュードであった。
難度二七〇というもう考えるのも馬鹿らしい数字をたたきつけられ、今更ながら自分の中の常識が音を立てて崩壊していく。
そのとんでもない怪物に悠然と向かう姿は、雄々しく美しく――そして、非常に傷ついて見えた。
「オイ、あいつボロボロじゃねぇか!?さっきのでかなりダメージ受けてるみてぇだぞ!」
「ラキュース、支援魔法使っておけ!ティア、ティナ!注意を引きすぎない程度に援護入れるぞ!」
軽く頷き、治癒魔法と支援魔法を発動する。クリュードの体が緑色の光に包まれ、体中に刻まれていた傷がわずかながら塞がっていく。
その様子に気が付いたのか、死神の視線が一瞬こちらへ向いた。ゆっくりと死神の右手が掲げられ、人差し指でこちらを指し示す。
向けられた殺意に全身の血が凍りついたが、こちらに向けられた指から何かが放たれる前に、クリュードの掌底が死神の顎を叩き、頭を揺らす。
一瞬意識を飛ばされたようにふらついている間に、クリュードが大きく吼え、注意を散らすように振りの大きい技を連続で繰り出す。
ぴったり張り付かれ詠唱中断を繰り返された結果、死神は魔法の使用を諦めたのか、大鎌を振り回しての攻撃に切り替え始めた。
後衛に魔法が飛ばないように警戒し、援護によって
現役でチームプレイをしていた時期ですら行わなかった仕事量を、普段ほとんど使わない脳をフル回転して必死でこなしていた。
一対一で全力をふるえる場であれば、それなりに時間はかかるだろうが
直前の
そのうえ、ここのところソロでの攻略を行っていたことが災いし、
かつてのチームの
気の抜けない戦いを続けながらも、心の中で当時の苦労人に九年越しの謝罪を送った。
長く長く感じた戦いの末、死神が崩れていく。
じりじりと互いのHPを削りあうある意味地味な戦いであったが、レベル帯に対して低位とはいえ支援魔法の存在は大きかった。
完全なる無支援状態での戦いであれば、スタート時点で大きくダメージを受けていたクリュードが殴り負けていたかもしれない。
仰々しく腕を広げ、派手なエフェクトと共に少しずつ消えていく死神。最後にひときわ大きな崩壊音を残して完全に消滅した。
死神の崩壊とともに、部屋を覆っていた肌を刺すような緊張感が弛緩していく。
クリュードの視界には、部屋が
「か、勝てた……疲れた……」
クリュードはオンになっていた戦闘系
HPゲージは二割程度まで減っている。すぐに再使用できるタイプの技を除いて、ほとんどの
蒼の薔薇の面々も長時間の戦いで疲労がたまっていたのだろう。緊張が解けたように思い思いの行動を取り始めた。
「本当にお疲れ様。助かりました」
「支援がなかったら負けてたよ。こっちこそ助かった」
「敵の気配も消えたし、ここで少し休憩していきましょうか」
「……賛成だな。私も少し魔力の回復をしたい」
「俺もさすがに堪えたわ」
「ボス、お宝が」
「あける?あけよ?」
ティアたちの方を見ると、先ほど死神が崩れ去った箇所に宝箱がおかれていた。
既に罠を調べ終えたのか、フタをぽこぽこ叩いてラキュースを催促しているようだ。嬉しそうに振られる尻尾を幻視して、待てをされている犬が思い浮かんだ。
(開けたとたんしんりゅうが出てきて津波に押し流されたり……ないか。ないよな)
いっそのこと水属性吸収の指輪を付けた状態で津波を受けて全回復させてくれないだろうか。少しずつ自然回復していくHPゲージをぼんやり眺めながらどうでもいいことを考えていると、
「円盤?」
「……半分に割れてる」
中に収められていたのは半分にかけた円盤。
サイズ的に、封じられていた大扉の前の石碑にちょうどはまるだろう。しかし、ティナの言う通り半分に割れている。
「……もう半分探せってことよね」
「嫌になるな」
少なくともあと一度、先ほどのような辛い戦いが起きることがわかってしまった。
イビルアイはフードを深くかぶりなおして座禅を組み、ラキュースは取り出した革袋から一口水を飲んで、大きな大きなため息を吐いた。
「……私も五分だけ……あーと、
そう一言ラキュースに断ると、カラカラになってしまった喉を潤すために目を閉じた。
「なぁクリュードよォ、お前さんの世界ってのはどんなところなんだ?」
数分の
ほかのメンバーも気になるのか、こちらに視線を向けている。特にラキュースは首がすごいスピードでこっちを向いた。ちょっと怖い。
「その、ゆぐどらしる?って世界はよ、ちびさんの言う通りなら神の住む世界なんだろ?いまいちどんな世界か想像つかなくってよ」
「神、神か。私は竜の神を目指しているとは言ったけど、ユグドラシルは神の世界ってわけじゃないんだけどな」
「イビルアイの話を聞いた感じだと、"ぷれいやー"っていうのは神様の分霊みたいなものかと思ったんだけど……違うのかしら?」
「分霊っていう表現は近いかもしれないけど、神様じゃないよ。一応ユグドラシルには"神格"を持つ奴もいるけど、プレイヤーじゃないし……
「神格を持った存在がいるのは間違いないのね……。……待って、何度も死んだ?何度も蘇生しているの?」
「ん?あぁ。最近はそうでもないが、昔は数えきれないほど死んだとも。君達は違うのか?」
「あ、当たり前だろうが!?ラキュースが王国で唯一蘇生魔法を扱えるが、対価だってそうそう簡単に支払えるものじゃない。どれだけの準備をしても生命力が足りなければ灰になるだけ。普通は死んだらそれで終わりだ」
「……そうか、それもきっとユグドラシルの加護なんだろうな。命の価値もかなり違うみたいだな」
「……八欲王たちは竜王との戦いで何度も殺された、と伝わっていたが……まさか、文字通りの意味だったとは」
「聞けば聞くほど私達の常識からは外れた世界ね……。それだけの力をもった上に死を恐れる必要もないんだったら、思い通りにならないことなんてないじゃないの」
「……そうだな。思えば、
そう呟くクリュードの声色には、一言では表しきれない……まるで何かを諦めたような響きがあった。表情のないその顔から出た、たくさんの感情の籠った一言。
先ほどまでの彼とのあまりの落差に、思わず言葉を飲んでしまう。ふと訪れた静寂を背景に、彼はゆっくりと語り始めた。
君らの世界ではどうだかわからないけど、少なくとも私達の場合はそうだった。
富豪と貧者の格差。
権力による不当な弾圧。
持っていない奴は間違っている。
理不尽っていう言葉の意味がないと思えるくらいに道理の通らない場所。そういう場所で私達は生きていた。
持っていない奴の命は軽い。持っている奴が「気に入らない」っていうだけの理由で住む場所を追い出される。外の世界は生物が生きられるような環境じゃない。猛毒の霧が常に漂い、酸の雨が降る。そういう場所に放り出されるんだ。持っている奴の懐にいれば、持っていない奴でもなんとか生きていける。だけどその席の数は無限じゃない。
だから持っていない奴同士で席の奪い合いをする。持っている奴から奪おうとは考えない、考えられない。反旗を翻しても……数が少なければ押しつぶされるし、
だから、辛うじて同じ土俵で殴り合える……持っていない奴同士で殺しあう。
本当に、地獄の見本市みたいな世界だ。
多くの人達が自分達が生きることで精一杯。他人を助ける余裕なんてありはしないし、自分のやりたい事ができる奴なんて本当に限られた、恵まれた存在だけだった。
不満を抱えて生きるのは辛い。どこかで息抜きをしないと、生きる意味を見いだせなくなってしまう。
……自分のやりたいことができる場所、なりたいものになれる場所が必要だった。
だから、そういうことをできる力を持った奴が集まって、
自分好みの姿をした
背格好だって、種族だって……
魔法が使いたい奴は
ここには、未知がある。冒険がある。なりたい自分になって、やりたい事ができる。
ユグドラシルっていうのは、
プレイヤー達の世界に神様がいるとしたら……まぁ、この世界樹を作り上げて、それを管理している存在じゃないかな。
……彼らも結構好き勝手やるから、崇められてはいないけど……勝てる存在ではないしね。
今では、世界樹に訪れるプレイヤーも少なくなってしまった。世界樹の栄養は、プレイヤーの存在そのものだ。それが少なくなってきている今……
きっと世界樹は枯れかけてしまっているのかもしれないね。
――何でもできる世界だっていうなら、そこにずっと住めばいいじゃない。そうはいかないの?
んー。そうできるならそうしたいんだけどね。
世界を作ることはできたが、その世界の入口はとても狭いんだ。とてもじゃないけど体ごとは移動できない。だから魂だけを器に降ろしてここにいる。
体がある以上、そちらに戻らなければならない。魂と
「――長々と話したけど、まぁなんだ。プレイヤーの世界は、自由を求めて作られた世界なんだよ。私も、なりたい存在になるためにそこにいるんだ」
一息ついて、話を終える。運営の想定している世界の設定と食い違っているかどうかを確かめるすべは彼にはないが、少なくとも彼女達が語った情報との間に矛盾はない、はずだ。
そういえば、彼女たちは運営側の可能性があるんだった。正直忘れて好き放題語ってしまったが、悪くいう発言はしていない。と、思う。
恐る恐る蒼の薔薇を見ると、彼女たちは一様に"呆然"としたエモーションを浮かべていた。
運営でないとしたら、かなり容赦なく夢をぶっ壊しただろうか。ちょっとだけ罪悪感を感じる。
「神話の世界だっつーから、華々しい何かを想像してたんだけどよ……。背景は俺らの世界と大きく変わらねぇんだな……」
「だが、自由を求めて世界を作り上げるってあたりがスケールが違うな。変わらんとは言っても、やはり私達から見たら神の所業だよ」
「私達なんて歯牙にもかけないような存在を自由に生み出して、その世界を冒険……。くぅッ……」
「ボスが悶えだした……」
「好きな姿になれるってところについて詳しく。美少女にもなれる?」
「ん、なれるよ。まぁ、自分でデザインするとなると本人の美的センスとか器用さも関わってくるけど、時々ものすごい美形の奴とかがいると思わず見てしまう。……正直言えば、君らもかなり美形だと思うんだが」
「おん?意外だな。そんなナリしてるから人間はみんな同じ顔に見えるのかと思ってたぜ」
「惚れちゃった?」
「トカゲに惚れられちゃった。いやん」
「トカゲ言うな。あーと、私の場合は種族的に人に近い姿も取れるからな。美醜の感覚は人間と同じなんだよ」
「へぇ!見てみたいもんだ。そういうときってよ、嫁さんもらうときはどうなるんだ?同じ種族を探すのか?」
「嫁……うーん、考えたことなかったけどな。同じ種族が無難なんだろうけど……人間がいいんじゃないかな」
「お、だったらラキュースもらってやれよ。コイツ、いい年して男の一人も作りやがらねぇ。話は来てるみてーなのに自分より弱い男はお断りとかで取り付く島もねぇ。なぁリーダー?」
「ちょっ!?」
「ボスに春?」
「ボスは渡さない。どうしてもというなら私を倒してから」
「倒されるだろ」
「いやん」
「ラキュースは魔剣の影響でよくない呪いも抱えているみたいだしな。暴走するようなことがあったとしてもクリュードなら抑えられるだろう。いい話じゃないか?」
「わ、わーわー!!イ、イビルアイまで!変なこと言わないでよ!もう!」
顔を真っ赤にしてギャーギャー言いながらイビルアイの口を抑えるラキュース。そんな彼女を茶化すように"笑う"仲間達。
思わぬ嫁宣言に苦笑いしながらも、クリュードは彼女たちの関係が少し羨ましくなった。もう今はいない、かつて共にユグドラシルを遊んだ仲間達。
もう少し、積極的にコミュニケーションを取っておけばよかったかな。
そんなほんの少しの後悔が、彼の心に小さな波紋を広げていった。
「……それより私は、君達の冒険の話も聞きたい。どういう場所で、何をしてきたのか……」
ラキュースをなだめていたガガーランは、笑いながら語り始める。
冒険譚に憧れて家を飛び出したおてんば娘の話。
おてんば娘を暗殺しに来て懐柔された変態姉妹の話。
古いメンバーと入れ替わりに、戦って仲間になった……泣き虫の吸血鬼の話。
懐かしむような語り口と、本当に経験してきたかのような臨場感。
そこはそうじゃない、あの時はああだった、と次々話に入ってくる蒼の薔薇の仲間達。
一人だと無駄に長く感じる自然回復待ちの時間が、一瞬で過ぎたように感じられた。
「なぁクリュードよ。真面目にラキュースを嫁にどうだ?」
「え?ああ、うん、そうだな、ハハ……」
「……お前、童貞か?」
「ヌ"アッ!?何を」
「なぁ、どうだ?一回俺でっつーのは?安心しろ、寝てりゃすぐ終わるからよ……」
「や、やめてくれ!にじり寄ってくるな!コワイ!」
「【興味があります】」
「No!!!」