”CALL” me,Bahamut   作:KC

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劇場版が公開されましたね。
私の自宅近くでは公開していないので、時間ができたら新宿に見に行こうと思っていたらもう特典小説尽きてしまったようで。辛い。


今回はMMORPGによくある「ギミックボス戦」を目指してみました。
書いては分かりづらいと思って消しを繰り返しまくる羽目になりました。
最終的には諦めてこうなった次第です。


5) Call for the "KEY" -1

 

「クリュード!」

 

 

ラキュースの声を聞き、飛び込むように前方の一つ目の巨人(キュクロプス)へ接近する。

すれ違いざまに爪での一撃を浴びせ、即座に振り返ってもう一撃。何一つ行動することができずに一つ目の巨人(キュクロプス)は崩れ落ちた。

 

 

「前から普通に歩いてきやがったな……びっくりしたぜ」

 

「この通路を巡回しているみたいだな。移動の時はあまり突出しないほうが良さそうだ」

 

 

またしてもほどけるように消えていった巨人を一瞥し、通路の先を見る。大きく左に曲がっている通路は、その光源の少なさに反して視界の続く限り見渡すことができた。

 

変わり映えせずに続く通路を進んでいくと、右手に大きな扉が見えてきた。

 

その扉は、ガーゴイルの守っていた正面の大扉ほどの大きさや豪華さはないが、大扉と同じ物と思われる芸術様式の紋様が施されており、大扉に彫られていたのと同じ幻獣が彫刻されている。

早速ティアとティナが扉に取りつき、罠の有無を確かめている。

 

 

「罠の類はなし」

「入ってみる?」

 

「さっきの大扉の前の仕掛けを解かないといけないしね……。入ってみましょう」

 

 

その言葉を聞いて、クリュードが扉を押し開けた。

 

扉の先は光源の見当たらない暗い通路が続いている。通路の先は大きく開けており、そこから射し込む光が逆光となって一際眩しく感じる。

通路の先には、大きく円柱状に切り抜かれた空間が広がっていた。外壁は白い大理石のレンガで作られており、顔を近づければ自分の顔が映りそうなほど美しく磨き上げられていた。

 

部屋は真上から見たときに二重丸に見えるように中央の直径二〇メートルほどの円形の部分と、外側の幅二〇メートルほどの環状の部分に分けられていた。

その間には数センチの隙間と、その隙間から立ち上るようにして展開されている薄い光の壁で隔てられている。

 

光の壁に覆われた空間の中心には、高さ二メートルを超える黒を基調とした道化師のような恰好の石像がおかれていた。

顔には三日月のような形の目と口が刻まれた仮面がかたどられており、右手には先端に華美な宝石がふんだんに埋め込まれた笏のようなものを掲げるように持っている。

さらにその周囲には、四体の大きな盾と剣を構えた屈強な騎士の石像と、同じく四体の死神の持つような大きな鎌を構えた仮面を被った悪魔の石像が円の中心を八方から囲むように互い違いに設置されていた。

騎士の像が構えた盾の中央には、トランプの四種のマークを象った人の顔ほどの大きさの白く輝く水晶がそれぞれ一つずつ埋め込まれている。それに対するように、四体の悪魔の被る仮面の額には鈍い輝きの黒い水晶が施されている。

計八体の石像は全て下に正方形の台座を敷いており、光の壁が台座の真ん中を通るような位置に置かれていた。ちょうど上にのる像が光の壁によって前後に分かたれている形だ。

 

ティアとティナが先行しすぎないように周囲の気配を探っていたが、罠やモンスターの気配は感じることができなかった。

 

 

「これはまた、何だ……何かが起きそうな匂いがプンプンすんな」

 

「試されているくらいだから……。何か解くべき仕掛け(ギミック)があるんでしょうね」

 

「壁や床には何もなさそう」

「やっぱりあの光の壁の中の石像?」

 

「あの光は何だ?結界の類に見えるが……」

 

 

ティナが腰袋から礫を取り出し、光の壁へ軽く放り投げる。

投げられた礫は光の壁から何の影響を受けることなくそのまま光の内側に入り、床に転がった。

続けてイビルアイが光の壁に向けて<魔法の矢(マジック・アロー)>を放ったが、こちらもまた光に遮られることなくそのまま通り過ぎ――反対側の光の壁に当たって弾けた。

 

 

「一方通行の結界みたいだな」

 

「内側に入ったら仕掛けを解くまで外に出られねぇっつー事か。厄介だな」

 

「またその石像が動いて襲ってくるのかしら……」

 

「少なくとも生物の擬態ではなさそう」

「騎士と……悪魔?さっきのより強そうな見た目してる」

 

 

ラキュースはちらりとクリュードの方を見るも、物珍し気に石像を見ているだけで石像や仕掛けに心当たりがあるようでもなさそうだった。これ以上今のまま得られる情報はないと判断し、一息ついて仲間たちに声をかける。

 

 

「……このまま立ち尽くしていても仕方ないわ。行ってみましょう」

 

 

ラキュース達は恐る恐るといった様子で光の壁に触れようと手を伸ばす。光の壁に触れた指先は、先程の礫や魔法同様に、何かに触れているような抵抗すら感じることなく通り抜けた。

イビルアイは試しに中程まで入れた右腕を引き抜こうとしてみた。すると、腕は何の引っ掛かりもなく動かすことができたが、既に壁の向こうにある右手につけている指輪は光の壁に引っ掛かってしまう。

 

 

「む……半端な位置で止めた物は自由に動かせる様だ。全体が入ってしまうと壁のように振る舞うらしい」

 

 

そう言いながら、仲間に見せるように何度か腕を前後させる。その度、指輪と光の壁が当たって硬質な音を立てていた。

既に全身入り込んでいたガガーランが試しに刺突戦鎚で光の壁を叩いてみると、分厚い金属の板を叩いたような手ごたえとともに跳ね返されてしまった。

 

 

「こりゃ無理やりぶっ壊せるもんでもなさそうだな」

 

「文字通り退路を断たれるわけね……。誰か外に残したほうがよかったかしら?」

 

「この遺跡の敵は明らかに平均難度が高い。戦力はなるべく分散させないほうがいいだろう」

 

 

そういって、イビルアイも光の壁の中へ進む。途中で止まっていたラキュース・ティア・ティナの三人も後に続いて光の壁の中へ入った。

ぼんやりと石像を見ていたクリュードも遅れているのに気付き、五人の後に続いて壁の内側へ侵入しようと小走りで向かった……のだが。

 

 

「イデッ」

 

 

ガチンという大きな音を立てて弾かれてしまった。

小走りだったこともあり、前傾姿勢で頭から勢いよく行ってしまった。鼻の頭をかなり強めにぶつけたらしい。クリュードの視界には、赤い"1"の数字が自分の鼻先から飛び出したのが見えた。あくまでただのゲームであるため、実際に痛みを感じているわけではないが、なんとなく癖でぶつけた鼻の頭を手で押さえる。

 

 

「え、え?どういう事?」

 

「……マズいな。人数制限があったのかもしれない」

 

 

最大の戦力である彼と分断される形になってしまい、判断を誤ったかと焦りを隠しきれない二人。

光の壁や壁の中の数々の像に今のところ動きはないが、いつこちらに襲い掛かってくるかわからない。

外の通路を徘徊していた一つ目の巨人(キュクロプス)を思い出し、思わず冷汗が噴出した。

 

身を固くして周囲をうかがっていたラキュースの背中に、こつんと何かが当たった。

思わず振り返って剣を構えたが、その先に見えたのは光の壁の向こうで何かを放ったような姿のクリュードと、足元に転がる空のガラス瓶。

拾い上げてみると、最初の小部屋でクリュードがイビルアイを治療する際に使ったポーションの瓶であった。

 

 

「……え?ええと」

 

「人数制限で入れなくなったんじゃなくて、レベ……難度基準で弾かれるんじゃないか?今でも物は普通に通るみたいだしな」

 

(そういえば昔レベルによって侵入可能ルートが変わるダンジョンがあったなぁ。あれはめんどくさかった)

 

 

ユグドラシルサービス開始から数か月、クリュードが初めて一〇〇レベルに到達するずっと前、彼がレベル上げに勤しみながらダンジョンに潜っていた時に見かけた仕掛けだ。低レベルキャラクターのレベル上げ支援ゾーンだったのか、一定以上レベルのキャラクターが侵入できない効率のいい狩場もあったし、高レベルキャラで挑むことによって難易度が異常に高いコースに誘導されてしまう仕掛けもあった。

結局のところ低レベルキャラクターが存在する事が前提になるため、中盤以降のダンジョンでは全く見かけることはなかったが。

 

 

 

「元々そういう仕掛けなのかもしれないな。私は私で外側で何かやることがあるんだろう」

 

「ここに来てから規格外が多すぎて基準がおかしくなってるけどよ、俺達がこれまでやってきた経験と実力だって偽物じゃねぇだろ?気合入れていこうぜ」

 

「……そうね。手の届かない敵に囲まれすぎて少し弱気になっていたみたい」

 

「ボス怖いの?」

「いい子いい子してあげる」

 

「茶化さないの!」

 

 

極限の条件下においてもいつもと変わらぬ様子の仲間達に安心したのか、幾分かラキュースもいつもの調子を取り戻したようだ。

 

蒼の薔薇が光の内側で探索を再開したのを見て、クリュードも何か仕掛けにつながるものはないか周囲を見渡す。

光の壁の外側からアクションを起こせそうなオブジェクトは光の壁に中途半端に入り込んだ八体の石像だけだ。何かないだろうかと外側から像を調べていると、像が敷いている台座の四隅に位置を固定しているような留め具と、台座を前後に引きずったような溝があった。丁度台座が光の壁の当たらない位置まで外と内に動かしたであろう位置まで続いている。

 

 

「おーい。この石像、留め具が外せれば引きずって動かせそうだぞ」

 

「本当?留め具は外せるかしら」

 

「……だめだな。私じゃ解除も破壊もできなさそうだ」

 

「こっち側もダメそう」

「キツい魔法の拘束みたい」

 

「忍者姉妹でもダメなら部屋全体の仕掛けと連動してるんだろうな。……今壁の外からできそうなことはほかにはなさそうだ」

 

「あとは真ん中の道化師の像くらいね。……まぁ、最有力かしら」

 

「ずいぶん豪華な……あれは王笏か?道化師にはあまり相応しくない品を持っているように見えるが」

 

 

五人は部屋の中央に鎮座する黒い道化師の像を調べようと近寄っていく。

ティアが像の右手にある王笏を調べようとした途端、道化師の仮面の三日月のような目の奥に赤い光がともった。

 

 

「!!」

「ティア!」

 

ティナがとっさに苦無を道化師に投げつけ、その隙にティアは大きく後ろに跳ぶ。

道化師は投げつけられた苦無を左手で弾き、衣装の皺を伸ばすように服を一払い。先ほどまで石像であったことが嘘のようなしなやかな動きで腰を折り、まるで舞台役者のように仰々しい挨拶のポーズを取った。

 

 

「強いぞ!気を付けろ!」

 

 

イビルアイの檄がとぶ。軽く息を吸って、全身に力を込めたガガーランが前に出た。

 

 

「オラァッ!」

 

 

気合いとともに大きく踏み込み、刺突戦鎚を連続で振り下ろす。道化師はクネクネとした気色の悪い動きで攻撃を滑らかにかわし、まるで煽るように甲高い笑い声を上げ続けている。笑い声に冷静な判断力を奪う効果でもあるのか、攻撃を避けられるたびにガガーランの攻撃は精彩を欠いたものになっていく。

 

<不動金縛りの術>

 

煽るような笑い声に顔をしかめながら、ティアが道化師に対して行動阻害の忍術を放った。

ヌルりとした動きを続けていた道化師は、硬直するようにその動きを止める。数瞬の後、術の拘束から逃れられてしまったが、それだけの隙があれば十分だといわんばかりにガガーランの怒りを込めた連撃が放たれる。

芯を捉えた嵐のような連撃を受けるも、道化師は吹き飛ぶことなくその場でよろけるのみ。

大きな痛痒を受けた素振りもなくヘラヘラと笑う道化師を見て歯噛みするも、突如こちらに向かって放たれたカードのようなものを大きく体を反らして躱す。

追加で放たれたカードを手甲と戦鎚で弾き、もう一歩踏み込んで道化師の胴体めがけて大きく武器を振るう。

既に体勢を立て直していた道化師は再度笑い声をあげながら、大きく体を後ろに反らして流れるようにそれを躱した。

 

道化師が体を動かした先に、横から回り込んでいたラキュースが大剣を構えて待ち構えていた。

反らされた体の動きに合わせるように横からの斬撃を一撃、返す刀でもう一撃。後方から攻撃を受け、前のめりになったところに、ガガーランから振り上げの痛打が浴びせられた。

力のこもった一撃で道化師の体が浮きあがったところにラキュースからの横凪ぎが決まり、大きく跳ね飛ばされた。

 

道化師は大きく吹き飛びながらも、地面でバウンドしながら即座に体勢を立て直し、空中で左手をこちらにかざしながら呪文を完成させる。

 

<<炎の球体(フレイミング・スフィア)>>

 

道化師の掌から大きな<火球(ファイア―・ボール)>のような火炎がガガーランに向かって飛び出した。

ガガーランが大きく地を蹴って避けると、地面にあたった火炎は燃え広がるわけでもなくその場で轟々と燃えつづけた。

道化師が指揮棒(タクト)を振るように左手を振ると、呼応するように火炎がガガーランのほうへ転がっていく。

 

かわしきれず火炎の熱に焼かれながらも、炎から逃れようと地面を転がるように動き続ける。しかし、火炎は正確にガガーランめがけて転がり続ける。

どんなに細かく動いても正確についてくる火炎を見て振り切ることを諦め、ティアとティナに一瞬視線を向け、そのまま炎に包まれながら道化師へ向けて突撃する。

視線を受け、ティアとティナは左右双方から道化師の後方を取るように移動をはじめ、魔法の発動を止めようと道化師へ躍りかかっていたラキュースもそれに気づき、大きく後ろへ距離を取りながらガガーランへ向け無詠唱化した魔法を唱える。

 

ガガーランが炎に巻かれながら道化師に向かって大きく振り下ろしの一撃を放つ。

笑いながら体を揺らし、容易にその一撃は躱されてしまった。接近したことで道化師も共に炎に包まれるが、火炎に耐性があるのかダメージを受けているようには見えない。

 

炎に焼かれるガガーランと道化師の距離が最も近づいた瞬間、ティアとティナが同時に印を切った。

 

 

<大瀑布の術>

 

 

道化師の足元から大量の水が炸裂するように噴出し、水流と飛沫の嵐が道化師とガガーランを包み込んだ。

噴出した水によって火炎は鎮火され、蒸発した水分が濛々とあたりを白く染める。道化師は水に対する耐性は持ち合わせていなかったのか、かなり大きな属性ダメージを与える事ができたようだ。

同様に巻き込まれたガガーランも無事ではすまず、満身創痍といった面持ち……かと思いきや、先ほどの炎による火傷も大したことではないように健在であった。

 

先ほどラキュースが無詠唱化して唱えた魔法、<水精霊の加護(ブレス・オブ・ウォーターエレメント)>によって与えられた一時的な水属性吸収効果によるものである。

火炎によるダメージの大部分が癒え、魔法によって水流によるダメージや体勢への影響を受けなかったガガーランは、水流によって大きくダメージを受けた道化師にとどめとばかりに<剛撃>を放つ。

大岩を穿つ一撃を防御もできずに直撃させられ、道化師は右手に持っていた王笏を取り落としながら放物線を描いて大きく吹き飛び、頭から地面に墜落した。

 

 

 

 

起き上がろうとしない姿を見て、決着がついたかと蒼の薔薇の五人が息を吐いた瞬間、ひときわ大きな笑い声が部屋に響き渡った。

倒れた道化師に目をやると、黒い靄のようなものが体を包み、まるで操り人形のようにふわりと浮かび上がった。

同時に、部屋の中央から黒い靄をまとった突風が噴出した。近くにいたティアはそのあまりの勢いに足を掬われ大きく吹き飛ばされそうになるも、ティナとラキュースに受け止められ、事なきを得た。

 

浮き上がった道化師が噴出した靄の真上に到達すると、噴出した靄が集まり円錐形の足場が生み出された。

ガガーランが再度とびかかろうとするが、台座の周囲の靄が突如としてハーキリンチェックのような防御壁を象り、攻撃を弾いてしまった。

その箇所を起点として、道化師を取り囲むように靄と防御壁が広がった。

 

 

「チッ、引きこもりやがったか!」

 

「集合!散りすぎないで!」

 

 

ラキュースの号令とどちらが早いか、靄の中から魔力があふれでる。

 

<<魔法三重化(トリプレットマジック)>

<<鏡像(ミラー・イメージ)>>

 

道化師が魔法を唱えると、防御壁から溶け出すように三体の人影が現れた。輪郭をつかませない人影は、見る見るうちに魔法を行使した道化師と見分けの付かない姿に変化していく。

 

 

「増えやがったぞ!」

 

「落ち着けガガーラン。増えた方は本体よりかなり弱い」

 

 

イビルアイの言うとおり、靄から増えたほうの道化師からは先程感じたような強者の気配を感じない。感覚からして、ティア達が使う影分身に近い物なのだろう。

湧いて出た分身は三体とも競うように駆け出し、こちらに向かってくる――事なく、ガガーランに吹き飛ばされたときに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

こちらに向かってくると身構えていた五人が虚を突かれている隙に、分身はまんまと王笏を拾い上げる。

 

「しまったな。アレが道化師にとって重要な魔道具だったか」

 

「本体に届けられる前に倒して奪いましょう!」

 

応、と言い残しガガーランが王笏をもつ分身目掛け走り出す。

残りの二体の分身が押し留めようと動き出すが、先んじて攻撃に移ったティアとティナに抑えられ、うまく身動きがとれていない。

王笏をもつ分身は本体に向かって駆け出す訳でもなく、ただその場で立ったまま王笏に魔力を注いでいた。

 

 

「なんだ?様子が……」

 

 

分身の行動に違和感をもったイビルアイがガガーランの援護のために動こうとした時、分身が十分に魔力が込められた王笏を大きくかざした。

すると、王笏の先に飾られた宝石が鈍く黒い輝きを放ち、道化師から溢れる黒い靄を固めたような球体が浮かび上がった。

黒い球体を吐き出した王笏は、弾けるように分身の手から跳ねて少し離れた地面に落ちる。

 

黒い球体は道化師本体の頭上までふわりと移動すると急激に収縮し、次の瞬間心臓に響くような低く鈍い破裂音とともに、黒い波紋となって円状に広がった。

頭上に水面があるかのように広がる黒い波紋は、八体の像をかすめ、部屋の外壁へと到達する。

 

 

その瞬間、五人を押しつぶすような存在感が周囲からあふれ出した。

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

光の壁の外側から、黒い靄を出しながら中央に降り立つ道化師を眺めつつクリュードは身構えていた。

 

 

蒼の薔薇が王笏を調べようとした途端、動き出した道化師との戦闘になった蒼の薔薇。道化師の姿は、よくよく見ると七五レベルの絵札の道化師(トランプファイター・ジョーカー)というモンスターに似ているように見えたが、装備や戦い方も違ったし、何より蒼の薔薇と対等な戦いができている。

グラフィックを流用した三〇レベル帯のユニークモンスターなのだろう、と結論付けていた。

 

蒼の薔薇が見事道化師を打倒してみせると、道化師は黒い靄を纏った姿へと変化した。

 

 

(第二フェーズか)

 

 

フィールドギミックが変化したことも含め、ボス戦の形態移行(フェーズシフト)が起きたと判断する。

最初の戦闘時は特にできることはなかったが、第二フェーズに変わった以上はこちらにも何か動きがあるだろう。

 

いくつかの戦闘用特殊技術(スキル)をアクティブにして中央の様子を窺う。

見れば、道化師が生み出した分身が王笏を使()()し、黒い球体が破裂して波紋が部屋に広がるところであった。

広がった波紋は、きれいに磨き上げられた部屋の外壁まで到達し、壁一面に伝わるように広がった。

 

その瞬間、クリュードの敵意感知(センス・エネミー)スキルに大量の反応が生まれた。

 

光の壁を遮るように設置されている八体の石像のうち、

 

悪魔の姿をした像から敵性反応。

 

騎士の姿をした石像から中立NPC反応。

 

そして、黒い靄が張り付いた部屋の外壁から数えきれないほどの敵性反応。

 

 

壁中に広がる<転移門(ゲート)>のような靄から現れたのは、数えきれないほどの絵札の数字兵(トランプファイター・ナンバース)の隊列。クリュードの後方からだけでなく、円形の部屋の壁全面から発生している。

埋めつくすような数字兵(ナンバース)の群れが壁面に沿うように整列完了すると、壁を覆っていた<転移門(ゲート)>のような靄は霧散した。

無限に湧き出すわけではなさそうだと一安心したものの、数が多すぎて短時間で殲滅しきることはできないだろう。

 

 

絵札の数字兵(トランプファイター・ナンバース)は、「不思議の国のアリス」の童話に出てくるような、トランプのカードに頭と手足が生えたようなモンスターだ。体のカード部分には、トランプ同様に全四種のマークと一~十の数字が描かれている。

マークはそのモンスターの大まかな職業構成を、数字の大きさはそのまま強さを表しており、一番弱い「一」の兵士で一〇レベル、「十」の兵士は五〇レベル相当の能力を持っている。

 

出現した数字兵(ナンバース)は、数字が大きくなるにつれ数が少なくなる分布になっているようだが、これだけの数だ。

素通ししてしまえば蒼の薔薇の戦闘能力では「一~三」程度の数字兵(ナンバース)の群れだけでも圧殺されてしまう可能性があるし、「十」が一体行くだけでも敗北リスクは跳ね上がる。

 

さらに良くないのは、光の壁を囲う八体の石像だ。現時点では動き出す様子はないが、敵性反応の悪魔、中立反応の騎士いずれも敵意感知(センス・エネミー)の反応を見るに七〇レベル帯のモンスターのようだ。動き出して蒼の薔薇に襲い掛かろうものなら即アウトだろう。

 

などと考えている間に、整列した数字兵(ナンバース)達が前進を開始した。

ここで自分の後方から迫る数字兵(ナンバース)の殲滅を始めたとしても、側面や反対側の群れが光の壁を通過するのを止めることはできないだろう。

ひとまず動き出していない石像の事は後回しにし、周囲のモンスターの憎悪値(ヘイト)を集める効果のある<咆哮(ロアー)>を放つ。

一度こちらに憎悪値(ヘイト)を向けることのできた群れを引っ張り、効果範囲外の敵を殲滅しながら再使用時間(リキャストタイム)を待つ、を繰り返して蒼の薔薇への殺到を最低限に抑えよう……としたのだが。

 

<咆哮(ロアー)>を受けたにもかかわらず、後方から進軍してきた数字兵(ナンバース)達はクリュードを無視して光の壁へ向かう。

抵抗(レジスト)されたような様子はなかったので、おそらく憎悪値(ヘイト)固定のイベントモンスターだ。

 

 

(嘘だろオイ!殲滅間に合わんぞこんなの!)

 

 

近接アタッカーである彼は、広範囲に散らばる雑魚を一掃する術に乏しい。

大いに焦りながら光の壁へ殺到しようとする数字兵(ナンバース)を追いかけ、なるべく数を巻き込めるように範囲攻撃を交えながら敵を殲滅していく。

光の壁に到達させる前にクリュード周囲の……大体円全体の四分の一の敵を殲滅することができたが、自分の反対側の敵の群れが光の壁に到達しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

暴風のような攻撃の嵐。部屋の外壁全面から現れたギャンブルに使われるカードのようなモンスターの群れは、クリュードの鋭利な爪から繰り出される斬撃や振るわれた翼による風圧、はたまた体全体を使った突撃で恐ろしい勢いで殲滅されていく。難度三,四〇程度だろうと思われる大多数の兵から、中に混じっている一つ目の巨人(キュクロプス)のような威圧感を放つ化け物まで、区別なく蹂躙されていった。

しかし、湧き出た敵の数があまりにも多過ぎた。クリュードが周囲の敵を殲滅し終わるころには、他方から殺到するカード兵の群れが光の壁の目の前まで迫っていた。

 

ティアとティナも、相手にしていた分身の首を即座に刎ね、焦るようにこちらへと戻ってくる。

襲い来るであろう数の暴力に対抗すべく、五人は身を固めて待ち構えていた。しかし、光の壁まで到達した敵の群れは壁の中に侵入しようとはせず、光の壁に埋まる八体の像に散らばるように集まっていた。

 

周囲から現れた敵の数の多さに圧倒されているが、この八体の像からはとんでもない強者の雰囲気があふれ出ている。

今のところ動きを見せないので後回しにしていたが、よもやこの敵の群れが石像を()()()()としているのではあるまいな、と動きを注視してみると。

 

敵の群れは、悪魔の像をこちら側に()()()()()()していた。対して、騎士の像に集まっている敵は、光の壁の外に引きずり出そうとしているように見える。地面に固定されていたはずの石像は少しずつずらされている。いつの間にか、石像を固定していた留め具は外れていた。

 

 

「……像が完全に光を出たら動き出すパターン?」

「……すごくわかりやすい。親切設計」

 

「言ってる場合かァ!」

 

 

冷汗を垂らしながら軽口をたたくティアたちにツッコミをいれ、こちらに押し出されようとしている悪魔の像を押し返すべく走り出すガガーラン。

 

 

「クリュード!こいつら像を動かそうとしてるわ!」

 

 

叫ぶようにクリュードへ伝え、ガガーランとは別の像を押し返そうと走り出す。

 

敵が殺到している悪魔の像は今のところ三体。一番近くにある像は、周囲の敵が像に届く前に殲滅されたため問題なし。

筋力ステータスを考え、ティアとティナにラキュースの援護に行くよう伝えた後、イビルアイも残る一つの石像に向かおうとする。

道中、残っていた分身を警戒し目をやると――

 

――取り落とした王笏を拾い直し、再度魔力を込めていた。

 

 

「分身を止めろ!」

 

 

<水晶の短剣>(クリスタルダガー)

 

魔法で産み出した短剣を最短動作で分身に放つ。

一直線に飛ぶ水晶の短剣は、正確に分身の頭部を貫き破壊するが、一歩遅かった。

頭部を失い崩れ落ちる分身が握る王笏から、またもや黒い球体が浮かび上がる。

先程と同じく、道化師本体の頭上まで到達すると、破裂して空中に黒い波紋を産み出した。またも部屋の外壁から無数の敵の軍勢が顔を見せる。

 

殲滅を続け、外側半周分の敵をようやく倒しきった所であったクリュードも、今の光景を目の当たりにし、次の敵目指して走りながら思わず半泣きで叫ぶ。

 

 

「おかわりとかいらないから!もう食べられないよお母さん!!」

 

「誰がお母さんだ!!」

 

 

イビルアイも半ばやけくそで叫び返すと、後わずかで押し込まれそうになっていた悪魔の像に到達し、力の限り押し返し始めた。

しかし、石像が押し込まれるスピードを遅らせることしかできない。五〇レベルを超えるとは言え、イビルアイは筋力に重きを置いたステータスではない。数の力の前ではこれが限界であった。

 

クリュードによる外側の敵の殲滅が間に合い、僅かながら元の位置よりも外側まで石像を押し戻せていたガガーランは、イビルアイ側の様子に気づき加勢に走ろうとした。

しかし、それよりも早く道化師が次の手を打つ。

 

<<魔法三重化>>(トリプレットマジック)

<<鏡像>>(ミラー・イメージ)

 

またも中央の黒い壁から三体の分身が湧き出した。新たに表れた分身たちは、取り落とされた王笏を確保しようと動き出す。

 

 

「こっちもおかわり?」

「デブまっしぐら」

 

「ガガーラン!こっちはいい!王笏を確保してラキュースたちに合流しろ!<部位石化>(リージョン・ペトリフィケーション)

 

 

これ以上敵勢力を追加させるわけにはいかない。ガガーランに王笏を任せ、背中で必死に石像を押し返しながら分身たちへ魔法を放つ。

王笏に迫ろうとしていた分身は魔法への抵抗に失敗し、足を石化されてバランスを崩しその場に転がった。

 

ガガーランは走りながら王笏を拾い上げると、勢いそのままに別方向から走ってきた分身に戦槌を振るう。片手に王笏を持っているため、十分に体重の乗った一撃ではなかったが、全力で交差するように移動していたこともあって王笏を奪おうと伸ばしていた腕ごと分身の右肩を吹き飛ばした。

そのままラキュース達のもとへ到達し、王笏をラキュースに預けて思い切り石像を押す。

ガガーランが加わったことでわずかであるが石像を押し返す事ができるようになったが、二度目の敵の群れが石像まで到達すればそれまでだろう。

 

 

(……この魔道具、私にも使えないかしら)

 

 

手渡された王笏を見て思い至り、物は試しと魔力を込めてみる。王笏は思いのほかスムーズに魔力を受け入れ、先端の宝石が一際強い輝きとともに白い球体を吐き出した。吐き出された球体はラキュースの足元に落ち、波紋のように地面に大きく広がる。

それとともに、役目を終えたかのように王笏がラキュースの手から大きく放物線を描いて跳びあがり、離れた場所に落ちた。

 

足元に広がった光の中からは、「五」の数字が書かれた三体の数字兵(ナンバース)が這い上がってきた。

 

失策だったかと身を固めるが、現れた数字兵(ナンバース)はガガーランたちが押している石像にとりつき、共に石像を光の壁の外側に押し出そうと動かし始める。

 

 

「イビルアイ!この魔道具私達にも使えるわ!」

 

 

自分たちの手数が増やせるのはかなり大きい。

石像の押し合いを気にしながらの、時間毎に追加される分身達との王笏争奪戦が始まった。

 

 

 

 




今回の捏造内容

<炎の球体>(フレイミング・スフィア)
D&DのLv2ウィザード魔法。要するに炸裂せず操作できる<火球>。

<水精霊の加護>(ブレス・オブ・ウォーターエレメント)
一時的に水属性吸収能力を付与する魔法。
ラキュースは水神信仰だったと思うので、ちょっとした属性支援くらい使えてもいいかなー、っていう捏造です。

<鏡像>(ミラー・イメージ)
D&DのLv2ウィザード魔法。術者の複製を作る魔法。D&D的にはダメージ判定の際に幻影か本体かをロールさせる防御用の魔法ですが、本作中では自由な行動をとらせることのできる<影分身の術>に近い魔法にしました。

絵札の数字兵 他
本文通りです。

長すぎたので分割。後編もなるべく早く書けるように努力します。

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