”CALL” me,Bahamut   作:KC

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after_22) 生命の輝き

ここ、ヴァレンシア宮殿は、王国と同じだけの長い歴史を持つ建物だ。見た目は戦いに向かない王の居城であるが、当然要塞としての機能も有している。その中に、重要人物――特に王族など――が逃げるための隠し通路が存在している。

 

部屋と部屋の間、壁の隙間や柱の中を通るこの通路は、有事の際に王族が安全な部屋へと移動できるよう設計され、ごくごく一部の人物にしか存在を知られていない。

ラキュースが唯一知っているのは、ラナーの私室から、宮殿裏と、会議室に通じるルートだけ。

時々覗き見ているのです、と悪戯な笑みを浮かべながら微笑んでいた友人(ラナー)の顔を思い出す。

 

壁に掛けられた絵を少し傾け、横にある燭台を引く。

ガコ、という音と共に、小さな暖炉の横に隙間が現れた。

隙間から指を入れ、奥に当たる小さなでっぱりを押し込むと、割れるように壁が開き、狭い通路が現れた。

 

 

「ここから行けば、あの部屋の裏手まで進めるわ。虚を突いて隙を作るくらいのことはできるはず」

 

「ラキュース」

 

 

微かに震える手が、弱々しくラキュースの腕をつかむ。

 

 

「一応……もう一度言っておくが、アレは私達だけで何とかできる次元を超えている。引き返すつもりはないのか?」

 

 

イビルアイが感じているのは自分の死への恐怖ではない。自分の仲間たち……理解者の死、孤独への恐怖だ。

 

 

「ボスが逃げるというなら従う」

「というか逃げるの超おすすめ」

 

 

双子忍者も逃げろと言っている。彼女たちは考えがドライで、常にチームにとっての最良の判断をする。

国や人への情で、彼女たちにとって最も大切な――チームの存続を、揺るがす判断をすることはない。

 

 

「……ラキュース。俺も、お前が逃げるっていうならそれを責めはしないぜ。俺は突撃するけどな」

 

 

ガガーランは義に、情に篤い人物だ。ラキュースの友人であるラナーや、彼女を守っていたであろうクライムを見捨ててここから逃げる様な選択はしないだろう。だが同時に、死にたくないと願うものに死に行く戦いを強要したりするような人でもない。

 

 

「……ありがとう。ごめんね、みんな。私は、皆と出会って、皆と過ごしたこの国を愛している。問題の多い国だっていうこともわかってる。貴族達の多くが腐っていて、どうしようもないってことも。それでも、私は逃げない。この国がなくなってしまうかもというときに、人を……友達を見捨てて、目を背けてまで一人生きていくなんて――」

 

 

脳裏に浮かぶのは、今を必死に生きる人々の姿。

 

 

「――私は、絶対にごめんだわ」

 

 

真っすぐに仲間たちを見つめたその瞳は、生命(いのち)の輝きに満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋の中から、ドン、ドン、と規則的な何かを撃つ様な音が聞こえる。

仲間たちと息を合わせて、一気になだれ込むことに決めた。

 

隠し通路の出口を剣で引き裂き、一息で部屋の中に飛び込んだ。

目で探すのは、友人(ラナー)の姿。既に事切れている死体の山、夥しい血と臓物の惨状の中、端に一塊になって次は自分の番かと怯え続けている貴族たちの姿。

 

その隅に、ラナーの姿もあった。彼女は足元に倒れる純白の全身鎧――クライムのそばに座り込み、ローブの敵に向けて表情のない顔を向けていた。幸運にも、ラナー本人に傷を負った様子はない。

クライムは――今のところ生きてはいるようだが、腹部からおびただしい量の血液がとめどなく流れ出ている。顔色は青白く、致命の傷であるように見えた。

 

玉座の方を見ると、青い顔で震えている王と、その横で同じく小さくなっている第二王子の姿。

その前には、戦士長が血まみれで倒れ伏していた。

両ひざは砕かれ、左腕はあらぬ方向に曲がっている。荒い呼吸を繰り返しており、まだ息はあるようだが、こちらも放置すれば力尽きるのは時間の問題だろう。

 

この惨状を作り出した本人は、太った貴族の腹を触腕で何度も何度も突き刺していた。

部屋になだれ込んだ自分たちに気が付いていないのか、はたまた気にする必要もないと思われているのかはわからないが、こちらに一瞥もくれることなく、ただただその貴族を嬲ることだけに意識を向けている。

 

その貴族の顔には覚えがある。どこかの辺境の領主で、各地から女性をさらう様に集めては妾にし、飽きたら捨てるを繰り返していると噂の好色貴族だ。

 

先ほどからの規則的な音は、この男が腹を貫かれる音だったらしい。

腕も足もすりつぶされ、貫かれた腹からあふれ出る臓物ももはや挽肉だ。

とっくに死んでいてもおかしくないその状態で、その貴族は未だか細い悲鳴のような呼吸をし続けていた。

どうやら、男は腹を突き破られるたびに弱い治癒魔法を使われているようだった。

殺さずに苦しませ続けるために。

 

私もこの男のことは嫌いだ。

女性を消耗品のように扱い、とある会食で顔を合わせた際は自分もねっとりとした視線を向けられた覚えがある。

 

八本指とのつながりを疑われている一人でもあったし、いずれこの手で天誅を下すつもりではいた。

 

しかし、彼が今なお受け続けている仕打ち(拷問)を見過ごせるほど、私は憎悪に身を焦がしてはいない。

 

とっさにクライムとガゼフに治癒の魔法を飛ばし、最低限命を繋げる程度に回復させる。

 

 

「動けるものは廊下へ!こいつは私達が引きつける!」

 

 

よろよろと立ち上がったガゼフが、王と王子をかばいながら動き出す。

クライムも、ラナーの肩を借りながらではあるが、ラナーをかばう様にして動き出した。

呼びかけに我に返った生き残りの貴族たちも、我先にと廊下へ続く大扉へと殺到していた。

 

ガガーランが吼え、武技を使用しながら一気に敵へと接近した。

黒い貌が一瞬だけそちらを向いたが、すぐに興味を失ったように貴族の男へ向き直った。

 

 

「無視すんなやオラァ!!」

 

 

ガガーランがとびかかる勢いのまま刺突戦鎚(ウォーピック)を振りかぶる。

真っすぐに力強く振り下ろされたそれが敵の頭を砕くよりもずっと速く、黒い風が辺りを薙いだ。

 

 

「ッ!?<不落要塞>!!」

 

 

金属同士がぶつかったような甲高い音と、水の中で何かが砕けた鈍い音を上げてガガーランが吹き飛んでいく。

彼女の持つ()()の武技を用いて防御してもなお、その守備を貫通し――机と壁を砕いてようやく止まった。

両腕はだらんと垂れ下がり、一級品の防具であるはずの魔眼殺し(ゲイズ・ペイン)は至る所がひび割れている。

たった一撃で、もはや立っているのがやっとの様相だ。

なるほど、確かにイビルアイの言う通り、()()()を思い出す、別次元の存在なのだと再認識した。

 

薙いだ風がふき戻るように、触腕が再度振られる。

 

 

「ヤバい」

「<不動金剛盾の術>!」

 

 

ティアとティナが惜しみなく魔力を注いで結んだ七色に輝く光の盾を、黒い風はたやすく砕く。

双子を壁に磔にし、余波だけで数人の貴族が挽肉になった。

破壊の暴風はとどまるところを知らず、廊下へと続く大扉へと迫ったが、不思議なことに扉には傷一つついていないようであった。

 

衝撃で吹き飛ばされた貴族の一人が、大扉の目の前に転がった。

助かった、と必死で扉を開いて外へと逃げ出そうとするが、どれだけ力を込めてもノブが回ることはない。力の限り戸をたたいたが、きしむ音一つ立てることはなかった。

 

 

(魔法で閉じ込められている……!)

 

 

大扉からの人質の脱出はままならない。たった二振りで三人の仲間を行動不能にする敵を相手に、守りながらの戦いを強いられてしまう。

 

 

「はっ、あ……い、嫌だ、なんで私が、こんな目ニ゛ィアアアアアアアアッ!!」

 

 

大扉を必死で叩き続けていた貴族は、泣き言すら最後までいう暇もなく、影から湧いた二本の黒い触手に足を思い切り反対へ引っ張られ、体を股から二つに裂かれた。

 

 

「くそっ!化け物が!<魔法最強化・水晶騎士槍>(マキシマイズマジック・クリスタルランス)!!」

 

 

イビルアイの放った水晶の槍が、貴族を貫き続けていた一際太い触腕へと刺さる。

痛みを感じたのか、黒ローブはギギ、とイビルアイの方に貌を向け、弄んでいた貴族を放り捨てると、ローブから生えた触腕を殺到させた。

 

 

「かかってこい!簡単にはやられんぞ!」

 

「今のうちに!こっちへ!」

 

 

イビルアイが敵の注意を引き受けている間に、隠し通路のほうへ生き残りを逃がす。

イビルアイですらも、黒い風の嵐を避け切れておらず、あっという間にダメージを蓄積させていっている。全員を無事逃がしきるだけの時間はとてもではないが稼げそうにもなかった。

 

本来真っ先に逃がすべきは王族であるはずだが、自らが生きることだけに必死の貴族たちは我先にと狭い通路目がけて走っていき、道を譲ろうとはしなかった。

 

王族たちが部屋から出る前に、イビルアイが触手に捕まり、地面にたたきつけられているのが見えた。

 

敵に向かって走りながら、己の全力を込めた必殺の攻撃を放つ。

 

 

「ッアアアア―――!!」

 

 

いつものように、技を叫んでいる余裕すらない。

魔剣に渾身の魔力を込めて、無属性のエネルギーの塊を思い切りぶつけた。

 

 

邪魔だ(鬱陶しいな!)

 

 

――が、その全力を込めてさえ作ることができたのはほんの一瞬の硬直のみ。

 

次の瞬間、剣から迸る魔力の奔流を裂いて飛び出してきた触腕に打ち据えられ、視界が暗くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界が明滅している。目の焦点がうまく合わせられない。

ひどい耳鳴りと頭痛がする。まるで水の中にいるかのように周囲の音は篭って聞こえる。

 

 

体を動かそうとすると、腹部から燃える様な痛みが伝わってきた。

右腕は動かない。両脚はかろうじて動く。

だが、少し動かすたびに信じられないほどの激痛が走った。

 

治癒の魔法を使おうとしたが、血が肺に入ってしまったのか、声の代わりに血が吐き出された。

恐らく、折れた肋骨が肺に刺さっている。うまく息を吸うこともできなかった。

 

治癒薬(ポーション)を使おうとポーチを探ったが、割れたガラス瓶で手先を切っただけだった。

 

ぼやけた視界を前に向けると、壊れた壁の向こうで黒い触腕が執拗に貴族を追いまわし、殺しているのが見えた。どうやら、壁を突き破って隣の部屋まで吹き飛ばされたようだ。

唯一の逃げ道であった隠し通路も、瓦礫に塞がれてしまったようだ。

王族(ラナー達)もまだ逃げられていない。

 

行かなければ。少しでも時間を稼いで、ラナーを逃がさなければ。

 

彼女はとても頭がいい。

彼女と、彼女を守るクライムさえ生き残ってくれれば、きっとこの国を立て直してくれる。

 

血を流しすぎているのかもしれない。

正常な思考ではないとどこかで気が付きつつも、体を引きずり、敵の元へと向かう。

 

とん、と何かにぶつかって動きを止めた。

血で染まった視界を其方へ向けると、紫のフードをかぶった少年が立っていた。

 

気づくと、まるで時が止まったように周囲は静けさで満たされている。

 

 

 

 

「――――。リュ、――――?」

 

 

息が吸えない。上手く発声できない。

 

 

『今行ったら死んじゃうよ』

 

「――――」

 

 

不自然に静まり返った空間で、彼の声だけがやたらとはっきり聞こえた。

言葉にしたいのに、掠れた吐息しか出せない。

 

 

『アレは、んー……貴族達(支配者階級)に食い物にされて死んでいった国民(被支配者階級)たちの怨念の塊みたいなものだ。ある意味、あいつらの受けてる仕打ちは自業自得だと思うんだけど』

 

『あいつらを餌にすれば、他の薔薇も回収できる。ガガーランも忍者も気絶してるけど、まだ生きてる。イビルアイもまだかすかに動いてる。でも、ほっといたらみんな死ぬ。ラキュースが死んだら、蘇生だってできないんだろ?』

 

 

「――――」

 

 

それでも、歩みを止めるわけにはいかない。

 

 

『…………』

 

 

ここは、私の故郷だ。

 

 

『逃げようよ、手伝うから。……逃げたって誰も文句言わないよ』

 

「――――」

 

 

リュウは申し訳なさそうな、泣きそうな顔をして縋る様にしている。

彼には申し訳ないと思う。

 

でも、理屈じゃないのだ。

 

歩みを止めようとしない私を見て、リュウは焦れたように言葉を探しているようだったが、やがてあきらめた様に嘆息した。

 

 

『……強いね。本当に、強い人ばっかりだ』

 

 

そう言った後、口を尖らせたままの少年は一歩だけ後ずさる。

 

 

()()は、君の強さが喚んだ、君の力だよ』

 

 

 

 

 

 

 

私が瞬きをすると、そこにはもう誰もいなかった。

 

 

「…………?あれ……」

 

 

先ほどまであった全身の痛みが少し和らいでいる。

呼吸をしても痛みはないし、声も出る。右腕もかろうじて動かすことができた。

 

まるで白昼夢でも見ていたかのような心地だ。

 

ボンヤリと何が起こったのかを考えていたが、壁に叩きつけられた椅子が砕ける音で我に返った。

まだ敵は健在だ。やることは変わっていない。

 

動く様になった事を確かめるようにして持ち上げた右手に、覚えのあるものが握られていたのに気づいて、踏み出した足を止めた。

 

 

――掌大の、赤と緑の小さな炎が閉じ込められた、水晶(クリスタル)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガゼフ・ストロノーフは、自らの弱さにただひたすらに無念を感じていた。

一度ならず、二度までも為すすべなく叩き伏せられ、ただ絨毯の端を噛み締めている。

王を守らねばならぬという一心で飛びかかった一度目は、煩わしそうに振るわれたただの一振りで握っていた武器ごと腕を折られた。

なおも食い下がれば、今度は両足を潰された。

 

王を守り切るまで死ぬわけにはいかぬ、という従者としての想いと、殺してすらもらえないのかという武人としての思いの狭間で揺れていた。

 

今も目の前でしつこくいたぶられているあの貴族は、どこの誰だっただろう。

思い返すも恐ろしい仕打ちを受け続け、誰だったかの判断すらできないほどの傷を負った彼は、最後には座らされていた椅子ごと壁に叩きつけられ、そのまま壁の染みになった。

 

ラキュースが作ってくれた一瞬のチャンスをものにできなかった自分を恥じた。

あの瞬間、確かに敵の目は王たちから逸れていたし、彼女によって動けるまで治癒を受けたというのに。

 

咄嗟の判断で王を彼女たちの出てきた経路に逃がせなかったことを後悔した。

 

時間稼ぎを買って出た蒼の薔薇は瞬く間に壊滅した。

倒れている彼女たちはピクリとも動かない。

イビルアイだけが、かろうじて動いているのが確認できるが――もう戦える状態ではないだろう。

 

そんなことを考えている間に、また一人貴族が死んだ。

 

黒い影が、レエブン候の足元に伸びていく。

 

 

もうすぐ再開される血の惨劇に、目を背けることしかできずに――

 

 

 

 

 

 

《――――!!》

 

 

 

 

 

 

崩れた壁の向こうから、何かを叫ぶ声が聞こえた。

 

声の主は、瓦礫の間から姿を現したのは、ボロボロになってしまった青い鎧を血で染めたままのラキュース。

 

彼女が生きていたことに安堵する前に、彼女の後ろから流れてきた清浄な風が、室内のじっとりと湿った不快な空気を押し流していくのを肌で感じた。

 

レエブン候に迫っていた黒い影は動きを止め、標的を変えて彼女へ迫る。

 

彼女はそれに気圧されることなく、強い意志を持った眼差しで影を射抜いている。

やがて何かを示すようにその右手で影を指差し、小さく何かを呟いた。

 

 

 

――その直後、彼女の後ろから、突風の様に何かが飛び出した。

 

 

 

太陽を背負った()()は、この部屋を支配していた影を打ち払うかのように光を放ち、迫り来る影を吹き飛ばした。

そのまま真っすぐ影へと殺到し、勢いそのままに絡み合う様にして窓を突き破り外へと飛び出していく。

あっという間に空高くまで浮かび上がっていったそれらは、何かが折れた様な音が響いたのと同時に膨れ上がる黒い闇に包まれた。

まるで泡の様にその塊がはじけた後には、透き通る様な青い空が見えるだけだった。

 

認識すら出来ぬ早業だった。

 

まるでただ一つの魔法が彼女の指から放たれたようでもあった。

 

だが、死に際して極限まで研ぎ澄まされた感覚が、()()が何だったかをとらえていた。

 

 

()()()()

 

日輪を背に負い、影に食らいついたその姿は、竜にしては小さく、人の様な四肢の不思議な輪郭であったが――

 

見たものに理解が追い付かずに呆けていると、ラキュースが怪我の具合を尋ねてきた。

息のある者たちに最低限の治療をして回っているようだった。

 

致命の傷は受けていない、はずだ。

 

それを聞いた彼女は安心したように最低限の治癒魔法を使い、他の生存者の方へむかう。

生きている者の中では、彼女自身が最も重傷の一人であろうというのに。

 

そうだ、王は無事だろうか。

 

慌てて立ち上がろうとしたが、酷く負傷した体はうまく動かなかった。

 

 

 

やがて、廊下へ続く大扉が乱暴に開かれ、王都で名を馳せるオリハルコン級のチームを筆頭として、大勢の冒険者たちがなだれ込んできた。

 

彼らによって、生存者たちは次々治療され、運ばれていく。

 

 

生き残った者として、現場で何が起こったのかを説明する必要があるだろう。

だが、あの光景を正しく描写できるのかどうか、全く自信が湧かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽によって闇は祓われ、王都は明るさを取り戻していく。

 

多くの人命を失うこととなった、未曾有の大事件。

その首魁であった影の魔物を打ち払った現場の様子を、王国戦士長ガゼフは、部下たちにこう語ったという。

 

 

"太陽を背負う鋼の竜を、蒼の薔薇が導いた"

 

 

あまりにも疾い一瞬の出来事だったため、その場にいた他の者にはただ閃光が走ったようにしか見えなかったという、小さな鋼の竜。

瞬く間に敵を叩き伏せ、消えていったというその竜について――救国の英雄と呼ばれるようになったラキュースは、語ろうとはしなかった。

 

 

半ば夢うつつだったのだ、とだけ語った彼女は、何か別の事に思いを馳せている様だった。

 

 

 

 

 

 

――はっきりとしないことほど、()になりやすいものはない。

 

彼女が多くを語ろうとしなかったその竜の事は、あらゆる詩人たちによって良きように想像され、その虚像は膨らんでいく。

 

強い意志を持った英雄の前にのみ現れる、神代の存在。

国を憂いた蒼薔薇の美しき心が呼び寄せた、護国の竜。

 

数々の伝聞と曲解を経て、人々の間にはそのように浸透した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王城の端にある、今は倉庫として使われている古い物見塔の屋上の淵に、リュウは腰かけていた。

足をブラブラと揺らし、眼下で復興作業に走り回る人々の姿をぼんやりと眺めている。

傍らには壊れた黒い杖が置いてある。まるで噛み砕かれたようにバラバラになったその杖からは、一片の魔法の力も感じられない。最早ただの木片だ。

 

時折手慰みにいじりまわしていたその木片をかき集めて宙に放ると、炎の魔法を使って全て灰にしてしまった。

 

パラパラと舞い散った灰は、王都を吹き抜ける風によって遠い空まで運ばれていく。

 

数え切れないほどの人が犠牲になった。

その中には、善良な市民たちも多数含まれていたのだろう。

 

それを引き起こしたものが自分の持ち物だったことに、()()()は一片たりとも罪悪感を感じなかった。そして、感じなかった自分を疑問に思った。

 

はて、ここまで自分は冷淡だっただろうか。

勝手に持ち出したのも、使用したのも他人であったとはいえ、多くの人命が失われたことに対して何も後ろめたさを感じていない自分は本当に人間と言えるのであろうか。

 

少しの間だけ首をひねって考えたが、結局、この体は人間の形をしているだけの異形種なんだな、とあっさり納得した。

リュウの姿も、元々ゲーム内でデザインした仮初の体(アバター)だ。

クリュードの姿と比べ、多少のステータスの変化はあるが、あくまで種族レベル分のペナルティが付与されたことによる変化。そして、変化するステータスの中にカルマ値は含まれていない。

 

人の姿だろうが、竜人の姿だろうが、中身は同じ(異形種)なのだ。

 

だが、()()()はどうだろう。

 

彼は苦悩していた。

エ・ランテルの時も、今回も。

 

もし、"モモンガ"と"サトル"のカルマ値に大きな差があるのなら、それは彼の(精神)に大きな負担をかけることになってしまっているのではないだろうか。

自分の渡したプレゼントのせいで、その苦悩を与えてしまっているのであれば――。

 

先ほどは毛ほども感じなかった罪悪感が、彼の心にチクリと刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そろそろカルネ村に戻ろうか、と大きく伸びをした所で、彼の耳に後ろからカツカツと小走りに石階段を駆け上ってくる音が聞こえた。

 

やがて階段から顔を出したのは、額に玉の様な汗を浮かばせ、肩で息をしているラキュース。

戦いでボロボロになってしまった鎧姿ではなく、ゆとりのある神官服に身を包んでいた。

 

首だけで振り向いたリュウは、ラキュースの顔を見ると顔を綻ばせ、ぺチぺチと自分の隣をたたいた。

おとなしく隣に座った彼女からは、明らかに疲労が感じられる。

"救国の英雄"としてだけでなく、優秀な神官として、蘇生に治療にとあちこち走り回っているのであろう。

 

 

「よくここがわかったね」

 

「魔法の光が見えたのよ。貴方の魔法、特徴的だから」

 

 

他の人に見られたら怒られるわよ、と軽いお小言。

見られたか、と軽く舌を出してお道化て見せるが、すぐに、自然に――真剣な表情に戻った。

 

 

「あの杖をね、焼いたんだ。確認したいことがあったから取っておいたんだけど、もうわかったから」

 

 

ラキュースは何も言わない。

少しだけ落ち着いた呼吸の音と、二人の間を吹き抜ける風の音だけが聞こえる。

 

 

「勘違いならよかったんだけど。やっぱり、僕の杖だった。もうないはずの家に置いておいた、()()()()()()の杖」

 

 

リュウの言葉は、ラキュースが彼の事を探し回ってでも聞きたかった事の回答になっていた。

 

 

「なんでそれがここにあったのかはわからない。でも、結果として僕の持ち物がこの国に大事件を起こして、たくさんの人が死んだ」

 

「それは貴方のせいじゃないわ。悪意を持って使ったのもこの国の人間だし、その悪意を育んだのもこの国よ。……言い方は悪いけど、いずれもっとひどいことになっていたと思う。それに、ちゃんと助けに来てくれたじゃない」

 

「君達がいたからね」

 

 

少しだけ、風が強くなったように感じる。

青空の下にポツンと浮かぶ小さな雲も、目まぐるしく形を変えながら動き続けている。

 

正直に自分の今の思いを吐露する。話さなければならない気がした。

だが、これを話すことで、まっとうな人間愛を持ち、正義感が強い彼女に嫌われてしまうのではないかというのが不安で仕方がない。

自然と彼の声は震える。

 

 

「君達が来なければ、あの場にいる人たちが皆殺しにされてから鎮圧するつもりだった。あまり人前にあの姿を晒したくなかったから。関係ない人たち(貴族や王族)が死んだところで、僕には関係ないって思ってたし、今でもそう思ってる」

 

「自分達とかかわりのない人がどうなっても、大して心が動かないんだ」

 

「別に、積極的に騒動を起こすつもりなんてないけど。結果として火種を撒いて、それに罪悪感を感じていない僕は、人間から見るとモンスターと同じなのかなって」

 

 

いつの間にか、リュウは拳を握りこんでいた。

恐る恐る、隣で黙ったままのラキュースの方を見た。

 

予想していた表情とは異なり、彼女は優しい微笑みを浮かべ、クスクスと小さく笑っていた。

 

 

「やっぱりあなたって、ちょっと変ね。神話の世界の存在で、それにふさわしい力を持っているのに、悩みのレベルが普通の人達とおんなじ」

 

「赤の他人よりも自分や友達を優先するのなんて、当たり前だわ。誰だって死にたくないし、好きな人に居なくなってほしくないもの」

 

「私達の為に、晒したくなかった本当の姿を見せてくれた。力を、貸してくれた。それだけで、私はあなたを信頼できる存在だと思うわ、……クリュード。」

 

 

彼女よりも低い位置にある頭を抱き寄せ、その珍しい黒髪をくしゃりと撫でる。

日に当たって少し焼けた匂いが心地よい。

 

 

「あなた自身も、あなたの持ち物も、私達が扱うには過ぎた力なのは間違いないわ。でも、あなたはその力をむやみに振るおうとはしていない。それどころか、人間(わたしたち)の秩序を守るために、"リュウ"という仮面まで演じてくれている。十二分に理性的よ」

 

「あなたは、自分と身内の幸福のために力を振るうでしょう。もしかしたら、そのための犠牲に目を瞑ることもあるかもしれない。でも、あなたは他者を陥れて幸福を得る様な人じゃないって、確信してるから」

 

「……やっぱり、ラキュースは強いね。それでこそ、力を貸す甲斐があるよ」

 

 

――ありがとう。

 

パッ、と懐から抜け出し、彼女の背後にトンと立つ。

 

ラキュースが振り向くと、そこには太陽の光を受けて神々しく輝く日輪を背負う、鋼の竜が立っていた。

 

 

「私の召喚呪文、どうだったかしら」

 

「まさに竜の神(バハムート)を喚ぶにふさわしい。ノリノリで飛び出したよ」

 

 

竜の神(バハムート)の雄姿はどうだった?」

 

「とっても偉大だったわ。みんなも、貴方を崇めている」

 

 

二人は顔を見合わせて、どちらからともなく笑う。

 

 

「これからもよろしくね、クリュード」

 

「頼り過ぎはダメだぞ、英雄(ヒーロー)

 

「もちろん!私の道ですもの。私が切り拓くわ」

 

 

風は穏やかに変わり、鳥たちも悠々と唄い、そして舞っている。

形を決めた雲は、そのまま大空をゆっくりと漂い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいラキュース、どうしたんだ急に?まだ蘇生の仕事も落ち着いてないだろうに、依頼だなんて」

 

「ボス、最近働き過ぎ」

「少し落ち着くべき」

 

「大丈夫よ、依頼というよりは単なる情報収集。八本指にも関係している、ね」

 

「このタイミングでか?」

 

「このタイミングだからこそよ。内容は、今回の事件で使われた例の"杖"の出所の調査」

 

「……なるほど。もっと根深い部分を捕らえておく必要があるということか。ラナーからか?」

 

「いいえ。今一番わかりやすく言うなら、そうね……()()()()から、かしら?」

 

そういって晴れやかな顔をして微笑んだラキュースに、仲間達は眉を寄せた。

だが、彼女が少しだけ開いた胸元に輝く、いつか見た物と同じ、赤と緑の炎の揺れる水晶(クリスタル)を見て、驚きの声と質問攻めがしばらく続くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




また暫く書き溜めると思います。

次回以降は今までよりも捏造やらが爆増して賛否両論になりそうなので、書く前から怖い。メンタル豆腐か?

やべーと思ったらこっそりチラシの裏に移動するかもしれませんが、勘弁したってください。

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