”CALL” me,Bahamut   作:KC

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確認したら予約投稿しようと思いつつ、確認が追い付きません。
なんてこつた。


after_19) 闇を彷徨うもの

それはまさに、英雄の戦いであった。

 

一撃で蒼の薔薇のガガーランを戦闘不能にし、イビルアイから戦意を失わせた剛腕による攻撃を、大剣と鎧を使って受け流すようにして捌き続ける。

どのような素材でできているのか、攻撃を受けている鎧は激しい金切音こそ出すものの、破損してしまう様子はない。

一方で、単純な物理攻撃では闇の霧は突破できないのか、なかなか有効なダメージを与えられてはいないようだった。

先ほどまで<閃光>を使っていた魔法詠唱者(マジックキャスター)の多くが月の怪物(ムーンビースト)達によって殺害、戦闘不能状態にされてしまったため、このままでは千日手――いや、サトルとて体力が限られている以上ジリ貧の戦いとなってしまうところだったであろう。

その()を、リュウが埋めていく。サトルの攻撃の瞬間に合わせて炎や雷の魔法を使い、一時的に闇の霧を祓いダメージを与えていく。

<火球>や<雷撃>とは違い、その場で直接発生するからこそできるコンビネーション攻撃だ。彼の使う魔法はその光景を見る魔法詠唱者(マジックキャスター)達には見覚えのないものであったが、その威力は一般的な第三位階の魔力系位階魔法と比較してもそれほど遜色のないものに見えたし、時折サトルの隙を埋めるために放っているより強力な魔法は、第三位階よりも明らかに上位の威力に見えた。

 

 

「……これが、"宵の明星"……」

 

 

誰かのつぶやいた言葉は、戦いの音に埋もれてどこにも届いていないはずであった。

しかし、その戦いを見る誰もが同じことを考え、息を呑んでいた。

 

本来であればすぐにでも援護に入るべき状況であるにもかかわらず、一歩を踏み出すことができない。

蒼の薔薇の面々でさえも、動くに動けず状況の推移を見守るにとどまっている。

依然健在である魔眼の効果が脅威であるというのもあるが、それ以上に――

声を掛け合っているわけでもないのに、まるで()()()()()()()()()()()()()かのような二人の完璧なコンビネーションに付け入る隙がなく、中途半端な介入は逆に邪魔になってしまうと理解したからだ。

 

あれとまともに戦えるのは、もはや彼らだけであると、そこにいる全員が感じていた。

 

このままではらちが明かないと感じたのか、魔眼の主が攻撃に魔法を織り交ぜ始めた。その魔法に対処するため、必然、サポーターであるリュウは多くの行動をとらざるを得ない。

迫りくる嵐のような攻撃を素早い身のこなしでかわし、魔法を魔法で打ち消し、サトルに対して支援魔法を行い――。

 

圧倒的実力を持つ戦士であるサトルは、体力が無尽蔵なのではないかと思えるほどの戦いを続けているが、後方支援型であるリュウは少しずつ疲労がたまっているように見えた。

ただでさえ魔法を連発しているのに、回避のために負荷の高い動きを余儀なくされる。

 

このジリ貧な現状に変化が起きたのは、一進一退の攻防が少しの間続いた後であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《モモンガさん、やっぱりおかしいですよ、こいつ》

 

二人は念話用のアイテムで会話を続けながら、敵の攻撃を捌き続ける。

 

《"闇を彷徨うもの(ハウンター・オブ・ザ・ダーク)"のレベルは四十かそこらでしたよね?支援魔法もあるし、二人ならなんとかなるかなと思って割り込みましたけど……。想定よりも攻撃力が高い。たぶんレベル五十ちょっとはありますよ》

 

《コイツは確か、眷属として呼び出した月の怪物(ムーンビースト)の数に応じてバフがかかるんですよ。ゲームだとせいぜい三レベル分くらいの能力上昇が限度だったと思うんですが……。王都中にやたら増えてるみたいですからね、先に月の怪物(ムーンビースト)減らすべきでしたね》

 

 

<<深淵の息(ブレス・オブ・ザ・ディープ)>>

 

<エアロ>

 

 

敵の放った状態異常をばらまく瘴気の魔法を、とっさに風の魔法で吹き飛ばす。

 

 

<ファイガ>

 

<<鉄供物の鐘(チャイム・オブ・テツチャプトル)>>

 

 

お返しとばかりに炎の上位魔法を放つが、敵が唱えた魔法によって生まれた奇妙な鐘の音によって魔力が霧散し、不発に終わってしまう。

 

 

《うぐ……》

 

《"闇の衣"のダメージ減衰は物理攻撃だと破りにくいし、ジリ貧だなぁ……》

 

 

<<幽体の剃刀(スペクトラル・レイザー)>>

 

真紅の瞳が燃え上るように光り、不可視の斬撃が二人を襲う。

サトルは危なげなく剣と鎧でこれを受け流し、リュウは持っていた短剣で無理やり斬り払った。

 

 

《あ、モモンガさん、ダメージは、ハァ、大丈夫ですか?まずそうなら、すぐに、割り込みますよ》

 

《一応レベル差と装備のおかげでダメージ自体はほとんどないですよ。ただ、決め手に欠けちゃいますね。というか、クリュードさんなんか息切れてません?念話なのに。大丈夫ですか?》

 

《いえ、どうも、MPが、ヒィ、無くなってきた、みたいで、ちょっとめまいが……》

 

《無計画に魔法使いまくるから……》

 

《いえ、久々に魔法いっぱい、使えたのが、楽しくて、ついつい……》

 

《ちゃんとMP切れる前に()()()()()してくださいよ、私今魔法使えないんですから》

 

《へい、今から、やります……》

 

 

 

「ハァ、ハァ――。え?」

 

「おい、いつまで騒がしくやっとるんだ!衛兵どもは何を遊んでおる!」

 

 

 

 

ふと、誰かのわめき声が聞こえた。リュウはその一瞬、何かに気を取られて足元がふらついてしまい、魔法による支援が途絶えた。

闇の霧を払えず、剣を取られたために防御が間に合わなくなり、振り払いを受けたサトルの体が大きくのけぞる。

 

誰もが最悪の事態を思い浮かべたその一瞬の隙に、場の空気から明らかに乖離した愚かな叫び声。

誰もいないはずの広場に面した豪邸から、まるで手当たり次第に見つけた宝飾品を身に着けたような、豚の様に太った男。

その瞳は、明らかに()()()()()()()()()

 

 

「バカな!民間人の避難は終わっていたはずだろう!?」

 

「あそこはリストにあった被害者貴族の別邸のはず」

「火事場泥棒?」

 

「おい、()られておかしくなってる!誰か黙らせ――」

 

「王都の秩序を乱す犯罪者どもめ!このスタッファン・へーウィッシュが全員豚箱にぶち込んでやる!!」

 

 

瞬間、真紅の瞳が大きく反応した。

バランスを崩していたサトルのガードを弾き飛ばし、()()――"闇を彷徨うもの"は他の妨害に目もくれずに、喚き散らすスタッファンへと突撃した。

 

冒険者たちの防御陣形を弾き飛ばし、大きく翼を広げて舞い上がったかと思うと、そのままスタッファンに向けて急降下して地面に叩きつけた。

衝撃で正気を取り戻したのか、スタッファンは贅肉にまみれた顔を恐怖に引きつらせたままあがき苦しんでいる。

周囲の冒険者たちが何とか引きはがそうと立ち向かうが、大きく振り回される尾に弾き飛ばされ、徒に犠牲者が増えるばかりであった。

 

"闇を彷徨うもの"は、何を意図しているのかスタッファンを即死させなかった。

手足をワザと死なない程度に潰し、逃れられぬ死の恐怖と苦痛を与えているようだった。

もはや悲鳴のように助けを叫びながらもがいていたスタッファンから、血と脂の混ざり合ったものが広がり、周囲に不快な臭いをまき散らしていく。

 

やがて事切れたのであろうその丸々太った死体をゴミの様にその場に放り捨てると、尾に弾き飛ばされて動けない冒険者たちに視線を向けた。

 

 

《クリュードさん、ちょっとだけ時間稼ぎをお願いします》

 

《は、はい。ちょっと気になることもあるので、早めにお願いします》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死体に興味がなくなったのか、燃え上る真紅の瞳が周囲の冒険者たちを見る。

運の悪いことに、スタッファンの周囲にいたのは先の戦いにおいて後衛と援護に徹していた、銀級(シルバー)から金級(ゴールド)の冒険者たちだった。

 

冒険者たちの命を奪うべく振り上げられた死神の鎌の様にも見えるその爪を見て、誰もが思い浮かべてしまった数秒後の惨劇から目を背けずに立ち向かうことができたのは、やはり相応の実力者たちであった。

ティアとティナが爆炎の忍術で爪が纏っていた霧を吹き飛ばす。

ガガーランが、その場にいた冒険者たちを突き飛ばしながらその爪を大ぶりの一撃で弾き、寸でのところで受け流す。

次なる一振りが迫る前にイビルアイが短距離の転移を行い、体勢を崩していたガガーランをその場から逃がす。

 

二撃目を空振りし、少し離れた位置に転移したイビルアイに向かって怒り心頭といった様子で突撃しようとしたところを、真正面から抑え込む様にサトルが()()()()()

石畳を破壊しながらなんとかその突撃を押しとどめたが、はじく様に一瞬だけ打ち上げられた頭に体を浮かされてしまい――

 

――次の瞬間、大振りの回し蹴りを受けてサトルは思い切り吹き飛ばされていった。

 

近くの豪邸の壁をぶち抜いたが、それでも勢いは収まらずに、轟音を上げながら土煙の中へと消えて見えなくなってしまった。

 

 

「サトル!!」

 

 

思わず悲鳴のような声を上げたイビルアイをよそに、そのまま追撃するために飛び立とうと大きく拡げられた黒い翼めがけ、リュウから炎の魔法が飛んだ。

炎によって翼を焼かれ、飛び立つことに失敗しつんのめる様にしてバランスを崩した隙に、リュウが素早く懐へと入り込んでいく。

後衛であることが嘘の様な身のこなしで攻撃をかわしながら、魔法と、その手に持った短剣で斬りつけることで少しずつダメージを与えていく。

特殊な魔化でも施されているのか、その短剣の刃は闇の霧に阻まれることなく、本体を確実に削り取っていった。

 

実際に経過した時間は、わずか数十秒だっただろう。傍観者から見れば永遠と思えるほどに長く感じられた時間は、立ち上る土煙を晴らすには短すぎる時間だったようだ。

 

イビルアイが気づいたようにリュウの援護に回ろうとしたときには、もう遅かった。

先ほどまでの大魔法の連発に続き、本職ではないであろう超至近距離での近接戦闘(インファイト)により、ついに体力が尽きてしまったのだろうか――

放たれた必殺とも思える一撃を、ノーガードでまともに受けてしまった。

 

見た目通りに軽いのであろう、鎧の一つも身に着けていない小さな体は、重装備であるサトルよりも勢いよく飛んでいく。

その体は、街灯を折り、鉄柵を破り、崩れかけていた広場の噴水を完全に打ち壊してようやく止まった。

うつ伏せに倒れたリュウは、まるで死んだようにピクリとも動かない。

 

 

その場を絶望すら孕んだ静寂が支配した。

 

 

無音の世界の中、小さく風を切る音が聞こえ、直後に大地を割る様な轟音と共に石畳がめくれ上がった。

跳躍した"闇を彷徨うもの"が、勢いそのままに倒れたリュウに追撃を加えたのだ。

上空からその重量と共に振り下ろされた拳によって強く地面に体を叩きつけられ、跳ね返る衝撃で小さな体が宙へ浮く。

そこに、容赦ない鋭い爪の一撃。()()持っていた短剣がその斬撃を受け止めたのだろう、耳をつんざくような金属音があたり一帯に響き渡る。

弾かれた様に飛んでいったリュウの体は石畳を何度かバウンドし、呆然とするラキュースの目の前へと放り出された。

 

ラキュースは、サァと血の気が引くのを感じた。

 

冒険者という職業は常に死と隣り合わせである。

自分が家を出た時にも多くの人に説かれたし、顔なじみの冒険者が依頼から帰ってこないこともあった。

冒険者である以上、それは誰もが覚悟しておくべきことであろうと考えていた。

そしてそれと同時に、()()()()()()()()()()()も理解しているつもりであった。

自分は王国で唯一蘇生魔法を行使することのできる存在である。自分が生き残っていれば、死体さえあれば蘇生を行うことができる。

落ち着いて現状を分析したならば、彼女が取るべき行動は"保身"であり、次に"宵の明星の死体の回収"となるべきであった。

 

だが、自分の目の前で斃れた少年の無邪気な笑みがフラッシュバックし、動揺してしまったのだ。

彼女が冷静であったならば、()()()()()()()()()()()()事、そしてその()()()にすぐに気が付けただろうに、思わずといった様子で魔法を使ってしまったのだ。

当然、その魔法が有用な効果を見せることはなく、生気を失い土気色になった彼の体は起き上がろうとはしない。

 

刹那の判断が生死を分ける戦いの舞台において、一手を無駄にすることが戦線の崩壊の切っ掛けになることなどよくあることである。

気が付いたように敵の位置を確認した時には全てが遅い。自分をかばう様に立つガガーランとイビルアイ(仲間たち)。そして、眼前に迫る底知れぬ闇の切っ先が、まさに彼女たちの体を引き裂こうとする所であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発音に続いて、鋭く風を切り裂く音と、何かをたたき折る様な鈍い音が鳴り響く。

 

仲間をかばう様に誰よりも前に立ち、迫りくる闇を最後まで見据えていたイビルアイだけがその瞬間を認識することができた。

 

振り下ろされる爪よりも()()、いまだ舞い散る粉塵の中から飛び出した一閃の光。

身体能力に釣り合っていないと評された、先ほどまでの戦闘技術が嘘の様な剣筋で闇を切り裂き、弾き飛ばした。

 

 

「よかった、無事だったかサトル!」

 

 

喜色をはらんだイビルアイの声を確認したのかはわからないが、わずかに顔を彼女たちのほうへ向け、小さく首肯した。

 

フッ、とサトルの姿が掻き消えた。

次の瞬間には敵の下へ到達し、逃げようと足掻くその体に容赦のない攻撃を加えていく。

まさに、戦士としての極地(パーフェクト・ウォリアー)に到達したものの戦いだ。

剣を振るうたびにその剣圧で闇は剥がれ、その身からどす黒い血がまき散らされる。

 

その場にいる誰もが――最高峰の戦士であるガガーランでさえも――どのような戦いが繰り広げられているのか正確に捉えることはできなかったが、誰もが英雄の勝利を確信していた。

 

 

だが、その油断を見逃すほど、敵もまた甘くはない。

 

 

まるで断末魔の様にも聞こえる、大きな大きな――おぞましい雄たけび。

数分前の焼き直しの様にも聞こえたそれがもたらすのは、当然のごとく同じ事象。

 

恐らく、残っていたすべてであろう、百の単位の月の怪物(ムーンビースト)達が闇の背後から津波の様に迫る。

これらがすべて襲い掛かってきたところで、サトルには何の痛痒を与えることもないだろう。

だが、背後に残る蒼の薔薇や、手負いの冒険者たちはどうだろうか。

初めからそれを想定してか、月の怪物(ムーンビースト)達はサトルに殺到しようとはせず、散らばって周囲のすべてを喰い散らかそうとしているようだった。

 

一体の討ち漏らしも許されぬとばかりに、風のように移動しては次々振るわれる両の大剣によって、あたりが月の怪物(ムーンビースト)の死体で埋め尽くされてゆく。

全てを討ち終えるまでに一分とかからないだろう剣撃の嵐が巻き起こる。だが、それによって稼がれた数秒の内に、"闇を彷徨うもの"は大きな翼を広げ、闇夜の中に逃げ出そうとしていた。

 

王都はひとまず救われるだろう。だが、逃げ出した先のほかの都市でまた力を蓄えられてしまうだけである。

この戦いで人類が"勝利"するためには、あれはここで確実に仕留めておかなくてはならない。

 

気が付いたイビルアイが妨害のために魔法を放つが、迫る月の怪物(ムーンビースト)達の群れに邪魔をされ、狙いを定めることができない。

翻弄される冒険者たちを嘲笑うかのように闇をまき散らしながら大きく羽ばたき、その巨体が空へと浮かび上がった。

少しずつ輪郭が闇夜に溶けるようにして消えていく"闇を彷徨うもの"は、全ての月の怪物(ムーンビースト)を処理したサトルを忌々し気に見下ろし、既に射程距離を大きく外れているにも関わらず剣の構えを解かない彼の様子を嘲笑い――

 

 

<グラビガ>

 

 

突如発生した空間のゆがみに絡めとられて勢いよく地面に叩き落され、そのまま縫いつけられたように動けなくなった。

きしむ様な音を立てて増していく自らの体の重みにもがきながらその顔を横に向けると、肘で少しだけ体を持ち上げながらこちらに魔法を行使している少年の姿を見た。

力尽きたのか、かろうじて上がっていた腕が力なく地面に落ちると同時に体を支配していた強烈な"重さ"は消えてなくなったが、再度翼を広げて飛び立つよりも早く、迫っていた二筋の斬撃によって頭と体を両断され、王都中の人間に聞こえる金切音の様な断末魔と共に、そのまま霧散するように消滅していった。

 

サトルが絡みついた何かを祓う様に大剣を振り、その背に納めた。輝きを失わぬその大剣の刃には、いまだ晴れぬ曇天の夜空が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

あまりにも一瞬であっけない決着にシンと静まり返っていた広場が、爆発するように歓声に包まれる。

恐怖からの解放を泣いて喜ぶもの、仲間の仇が討たれたことを遺品に報告するもの。

それらの全てが、活気と、生き続けられることへの喜びに満ちていた。

 

そんな中を、真紅の外套をたなびかせながら、少し焦ったように小走りで倒れた仲間の下へ向かう。

向かう先には、土気色になった顔に多量の脂汗を滲ませ、浅く苦しそうな呼吸を繰り返すリュウと、彼を介抱する蒼の薔薇。

パニックから脱せていないラキュースによって繰り返し治癒魔法をかけられているが、効果は表れていないようだ。そのうち、何かを察したティナによって止められていた。

そのまま気を失わせないようにしきりに声をかけているようだが、それに対してリュウは何の反応も返していなかった。

 

 

「サ、サトルさん。リュウ君が……」

 

 

弱々しいラキュースの声を手で制し、リュウの様子をうかがうと、少しだけ安堵したように小さく息を吐いた。

そのままぐったりとしたリュウを抱え上げると、身を翻して歩き始めた。

 

 

「大丈夫。彼は少し疲れただけです。……後は頼みます」

 

 

そのまま、勝利に沸く王都の喧騒を避ける様に、ひっそりと王都の路地へ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

抱え込むように持っていた黒く捩じれた杖がパキンと音を立てた。

 

その音で、一瞬だけ顔を上げる。

いまいち焦点のあっていないように見えるその瞳には、窓の外に広がる暗く淀んだ曇り空が映りこんでいる。

 

何かを呑み下す様に瞼を閉じ、ゆっくりと目を開く。

そこには、先ほどにはなかった歪んだ意思の光が強く輝いていた。

 

目の前で浅い呼吸を繰り返している姉の頬を、優しく指先で撫ぜる。

記憶の中では瑞々しく生気に満ち溢れふっくらとしていたはずの頬は、冬を迎える植物の様に乾ききり、暖かさを感じさせることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王都を覆っていた闇を、宵の明星が祓った。

 

この知らせは、王都の巡廻任務を受けていた漆黒の剣のメンバーにもすぐに伝わることとなった。

親しい間柄の彼らが、エ・ランテルに続いて王都でも輝かしい功績を立てたことがまるで自分の事の様に誇らしく感じられた。

 

暗くふさぎ込みっぱなしのニニャに、明るい報告ができる。

 

喜びに沸く街の中でわき目も振らずにニニャの待つ部屋へと駆け込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そこにいたのは、相変わらずそこに眠り続けるニニャの姉のみ。

 

 

開け放たれた部屋の窓から吹き込む湿った風が、目を閉じたまま眠り続ける彼女の髪を優しく撫でていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




王都編、あと3話。

……長くない?

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