いろいろあったんです。
ルクルットが冒険者組合に駆け込んだ際、丁度ラナーの元から戻っていたラキュースは、話を聞いて一瞬の躊躇もなく飛び出した。
後を追う様にして、蒼の薔薇の面々も件の娼館へ向けて駆けだしていった。
現場に到着したラキュースは、傷つき倒れ、仲間に介抱されている
ラナーの政策によって奴隷制度が廃止されてからも、連れ込まれた女性が人間以下の扱いをされている娼館があることは突き止めていた。
しかし、八本指が直接運営している場所であることもあり、迂闊に手を出すことができずに放置されていたのである。
だが、目の前で倒れている女性を見て、動かなかったことを心から後悔した。奴隷の扱いに心を痛めた心優しき友人の、精一杯の努力をあざ笑うかのような所業。遅れて到着したガガーランも、怒りからか武器の柄を強く握りしめる。
防音であったらしい地下室からのこのこ地上に出てきた構成員を吹き飛ばし、ガガーランを先頭に、駆けつけた冒険者たちはそのまま隠されていた地下へとなだれ込む様に突入していった。
決着はすぐについた。
生きている構成員や
「……ひどいわね」
救出された女性たち──その多くは体中が傷痕だらけで、ろくに治療もされなかったのであろうことが容易に想像できる──を見て、歯を食いしばりながらつぶやいた。
八本指が隠れて運営していた以上、まともな商売でないだろうことは確信していた。しかし、現状を目の当たりにすると自分の想像が甘かったことを思い知らされる。これまでに一体何人の女性が苦痛の中で死んでいったのか、考えるだけでもおぞましい。
最初に飛び込んだ
すべてを出し切ってしまったように安らかな表情のまま意識を失い、
八本指は、自分たちに泥をかけたその冒険者チームを許さないだろう。救出された女性も含めて、違いなく何らかの報復が来る。
自分の踏み込めなかった一歩を踏み込んだ彼らを、みすみす敵の手に落とすわけにはいかない。
あちこちに八本指の手の広がるこの王都の中で、彼らを守り続けるのは難しい。とあらば、やはりこの一件を起点として、一気に八本指という組織にダメージを与える他ない。
日も落ちて暗くなった建物の中で、手分けして情報を集めていく。
この襲撃は八本指にとっても想定の範囲外であったはず。隠しきれなかった情報が必ずどこかにあるはずだった。
捜索の結果、ティナは衛兵の目を盗んで少し上等な服を着た死体から一冊の手帳を見つけ出した。たくさんの名前や数字が書き連ねられていた中に見つけた、
内容を聞いたラキュースは、一も二もなくその場所へ向かって走り出していた。
先行して突撃しそうなラキュースを宥めすかしながら、蒼の薔薇の五人は手帳に書かれていた場所にある屋敷を訪れた。ラキュースの記憶では、ここの屋敷の長男は王都内の衛兵を取りまとめる組織に名前を置いていたはずだ。
中堅貴族──中堅といっても、あまり実りの多くない土地を広く任せられているだけで、あまり羽振りはよくなかったと記憶している──の王都内の別邸であるこの場所は、王都の中でも同じ中堅クラスの貴族たちの邸宅が多く立ち並ぶ高級住宅街の一角にあった。
貴族は自分たちの面子を守るためにひたすらお金がかかる。平民達は貴族といえば全てが豪勢で優雅な生活をしていると思っているかもしれないが、貴族であってもその面子の維持のためだけにお金が使われていき、実際はとても質素な暮らしをしていることも珍しくはない。
ここの貴族もそんな困窮した状態であったのだろうか。八本指の都合のいいように衛兵を動かす対価に、多大な礼金を受け取っている様を想像するのは難くないことであった。
後ろ暗い取引や打ち合わせなどといった内容は、当然そうと悟られることがないよう目立たないように行わなければならない。
これまで蒼の薔薇が現場を押さえてきた違法薬物の取引などの場合は、王都の外……衛兵の監視のない小さな村や、人の影のない魔物の領域でひっそりと行われるものばかりであった。
人の多い王都の中、ましてや衛兵の多く巡回している高級住宅街でそのような取引が行われるわけがない、という心理的な迷彩による隠蔽。
さして重要ではない取引を
「おかしい」
「静かすぎる」
怒りと後悔とでゆであがっていたラキュースの思考を冷ましたのは、双子忍者のつぶやきだった。
とうに日も落ちているため、周囲は確かに静寂によって支配されている。しかし、彼女たちが言いたいのはそういうことではなさそうだった。
「この家からだけ、生活音がまるでしない」
「まるで無人」
「無人……?そんなはずはないわ、少なくとも長男はこの家に住んでいるはず……」
現領主であるこの家の主人は領地に戻っている可能性もあるが、王都内で仕事を持っている長男は基本的にこの屋敷を使っているはずだ。長男がすでに寝入っていても、この規模の家であれば数人は夜通し控えているメイドがいるはずであるし、仮に長男が領地に戻っていたとしても家を管理する家令やメイドは残っているはずだ。
「私が様子を見てこよう」
不可視化の魔法を使い、<飛行>でふわりと浮かび上がったイビルアイは、そのまま塀を越えて屋敷の周囲をうかがい始めた。
ティア達の言った通り、屋敷からは音も光も漏れて来ておらず、人のいる気配が全く感じられなかった。外部から得られる情報はないと判断し、内部に侵入するためにティアに合図を送った。
ティアによって裏口の窓が解錠され、月明かりすら分厚い雲に隠されて届かぬ闇の中、イビルアイとティアの二人は音もなく屋敷の中へ滑り込んだ。
隠密任務に向かないガガーランとラキュースの二人は、周囲を警戒しているティナと共に屋敷の外で二人からの連絡を待っている。
「散開」を示すハンドサインを示し、ティアは早々に影の中へと溶けていった。少々迂闊であるように感じるが、このような隠密潜入任務は彼女の最も得意とするところだ。下手をうつような事はないだろう。
イビルアイはティアが消えていったのとは逆方向へ調査に向かった。屋敷の中は不自然なほどに暗い。人がいれば常に灯しているであろう廊下の燭台や、中央ホールの<永続光>がかけられたシャンデリアすらわざわざオフにされていた。
通常の生物であれば進むことをためらうような闇の中でも、イビルアイの足取りは軽やかだ。種族的に暗闇を見通せる彼女にとって、単に光がないだけの現状は日中のそれと変わりなく認識することができる。
足を止めることなく手近な部屋の探索を続けたが、誰一人として見かけることはなかった。
しかし、机の上に開かれたままの本、まだ煙の立ち上る燭台、飲み掛けの水など、明らかについさきほどまで人がいたと思わせる痕跡はあちこちで見つけることができた。
(やはりこの家には人がいたはずだ……。それを音もなく皆攫ったとでもいうのか?足跡や痕跡一つ残さずに?)
廻る思考と共に、探索も止めることなく続けていったが、見つかるのは
決定的な何かを見つけることなく、恐らくは執務室──この屋敷の主人が仕事をしているだろう部屋の前に辿りついた。
薄雲に隠された弱々しい月明かりが照らす廊下で、扉の前にはティアが貼りつく様にして動きを止めている。
不可視化を解き、何事かと尋ねようとすると、細指を唇に当て、『しゃべるな』のジェスチャー。
続いて、声に出すことなく口の動きでいくつかのワードを伝えてきた。
『気配』
『臭い』
『人の血』
イビルアイは咄嗟に自分の中を流れる魔力の流れを強くし、種族としての感覚を研ぎ澄ませた。
鋭敏になった嗅覚は、確かにこの部屋の中から漂うわずかな人の血と、得体の知れぬ不快な臭いを嗅ぎ取った。
ティアとイビルアイは、戦闘を覚悟して目配せをした。合図とともにティアは影に潜り、音もなく開けた扉の隙間からイビルアイもするりと部屋の中へと飛び込む。
部屋の中でイビルアイの視界に入ってきたのは、
たとえ光一つない完全な闇だったとしても見通すことができるはずのイビルアイが目撃した、人としての生を失ってから初めての"闇"。
その中にポツリと光る、三つの真紅の光。不自然に瞬くその光はこちらを観察するようにぎょろりと動く。妖しく光ったその光と共に、まるで質量を持ったように肌に刺さる視線を受ける。
不死者であるイビルアイは平静を保ったが、直ちにこの真紅の視線に自分の種族と同じような精神汚染──それも"狂気"に属する異常を与える性質があることを感じ取った。
(ティアを見られるのはまずい!)
「そのまま潜ってろ!」
イビルアイから放たれた魔法によって破裂するように光が溢れ、部屋全体にへばりつくようにそこにあった暗闇がザァと音を立てて引いていった。それと共に、もろに光を受けた真紅の光──恐らく、目だ──の持ち主は、金切り声のような悲鳴を上げながら大きく翼を広げ、噴き出す闇を纏いながら窓を突き破って外へと逃げ出していった。
飛び去ったそれの後を追おうとしたが、置き土産の様にその場に残された影に道を阻まれてしまった。
大柄な男性ほどの大きさをしているが、手の先や足の作りは人間とヒキガエルの中間のような姿をしており、顔に当たる部分からはピンク色の短い触手がいくつも生えている。
二五〇年の経験の中でも遭遇したことのない、未知のモンスターだった。
足元には恐らくこのモンスターによって食い散らかされたのであろう、人だったものの残骸が飛び散っていた。ピンク色の触手の隙間には肉片のようなものが挟まっているのが見えたし、モンスターが手に持った捩子くれた槍には血液が付着していた。
あまりにも狂気染みた冒涜的なその姿に、全身を不快感が駆け巡り鳥肌が立つ。
だが、生理的嫌悪感を取り払い冷静に観察すれば、自分達にとって大した脅威であるようには見えなかった。
「邪魔だ!
様子見とばかりに得意とする魔法を放つと、生み出された水晶の短剣はモンスターの左肩を容易く切り裂き、深緑色の体液を周囲にまき散らした。
豚のような引き絞る悲鳴と共に二、三歩よろめくように後ろに下がると、反撃と言わんばかりに持っていた槍をこちらへ向かって投げようとする。
しかしそれよりも速く、側面に移動していたティアが影から飛び出し首筋めがけ苦無を投げ放った。放たれた苦無は狙いを違うことなくモンスターの首筋に突き刺さり、おびただしい量の体液が周囲にまき散らされた。
モンスターはしばらく苦しむ様にもがいていたが、そのうち大きく痙攣して倒れこみ、そのまま動かなくなった。
深緑色の体液にまみれた死骸を飛び越え、闇の塊が飛び出していった窓の外へと駆け寄ったが、既にその姿はどこにも見当たらなかった。
「……くそ、一体何なんだあいつは」
「イビルアイ」
ティアが示した先には、もはや人間としての原型をほとんどとどめていないほどズタボロにされた死体。
打撲、裂傷、擦過痕などと判別できる部分はよい方で、手足は挽きつぶされた様にぐちゃぐちゃで、肉と骨の境目がなくなっていた。
それだけひどい状況にもかかわらず、周囲には少量の血しか飛び散っていなかった。斃した方か逃げた方かのどちらかが吸血を行うタイプのモンスターだったのかもしれない。
斃したモンスターを調べていると、腕に持ったままになっていた槍がカランと音を立てて落ちた。イビルアイは呪いの類がないか確かめるために<道具鑑定>の魔法を使用し、初めてこのモンスターの名前を知る。
("
月の隠れた曇天の下では、行く道を見通すこともできない。
まるで王都に理外の存在が這いずり寄ってきているような感覚に、イビルアイは言い知れぬ不安を覚えていた。
「ゼロも何だかんだ人使いが荒いよな、夜中にたたき起こしてこれから仕事だーなんて」
本人を目の前にしては絶対に言えない軽口を叩きながら、街灯のない夜の通りには不釣り合いなほど煌びやかな格好をした優男が歩く。
腰には薔薇の花をかたどったような
「相当キレてたからな。たかだが
隣を歩く痩せこけた男は、生まれつきの鋭い目つきを眠気でさらに細めたままに答えた。
「とはいえ、下手人は第三位階魔法を使ったらしいからな。
"千殺"マルムヴィスト。
"幻魔"サキュロント。
王都裏社会で知らぬものなどいないこの二人は、八本指の警備部門に名を連ねる"六腕"の構成員であり、ボスである"闘鬼"ゼロから娼館襲撃の犯人を暗殺してくるよう指示された刺客であった。
六腕は皆アダマンタイト級冒険者に匹敵するだけの実力をもつとされており、各々が一つ以上の卓越した能力を持っている。
マルムヴィストは特に暗殺に秀でた実力者であり、刺突攻撃を扱わせれば周辺国家最強の戦士であるガゼフ・ストロノーフにすら勝ると言われている。使用する薔薇のような
サキュロントは幻術と剣技を駆使して戦う魔法戦士である。戦士としての技術はそれほど高くないが、幻術で相手を惑わせることによる撹乱や陽動に長ける。
本来であれば、金級冒険者の暗殺に彼らほどの実力者は不要だ。
だが、八本指傘下の娼館を一つ、幹部ごと消された事で、顔に泥を塗られたと激怒したゼロによって『完膚なきまでの死をもって報復と見せしめとする』と命令が下されたのだ。
恐らく組合によって保護されているであろう彼らを暗殺することで、『八本指に手を出すことの愚かさ』を冒険者組合に再度示そうとしているのだ。
「ま、もしかしたら"蒼"が出しゃばってくるかもしれないけどな。そしたらせいぜい楽しませてもらうぜ」
「むしろ出しゃばってくれたほうが『アダマンタイト級でも守り切れなかった』という箔が付く。別に正面からぶつかる必要もないんだからな」
へらへらとした会話をしながらも、彼らの足取りはスムーズだ。舗装されていない地面を踏みしめる音は穏やかな風音よりも小さく、路地や地下通路を知り尽くした彼らは人の目にも触れない。
誰に悟られることもなく、娼館襲撃の犯人である"漆黒の剣"が宿泊している宿屋へとたどり着いたのであった。
チラと宿屋の周囲をうかがうと、何組かの冒険者が一階の酒場でたむろしているのが見える。中にはミスリル級も混じっているようだ。
大部分は警備をしているような雰囲気ではなく、普通に酒を飲んでいるようにも見えるが、一部の冒険者は飲んでいるふりをしてあたりを警戒している様子が見て取れた。
「ふん、大した奴はいないな。正面から押し込みで行ってもいいが、ここはきれいに
マルムヴィストは目線で宿の裏路地を示すと、サキュロントを残して影に紛れて裏手へと回る。サキュロントはいざという時の陽動役だ。幻術を使いこなす彼は、一対多で翻弄するのを得意としている。
通りから完全な死角となる裏通りの、
マルムヴィストは
「えっ」
瞬きをする間もなく、マルムヴィストの全身をじっとりとした闇が包み込む。まるで泥の中に放り込まれたような抵抗感にもがこうとする刹那、ぼんやりと浮かぶ赤い光を見た。
周囲を覆っていた闇の霧が晴れると、その場には灰褐色のぬめりのある肌を持つモンスターが数体立っていた。
彼らは手に持った槍を下げ、未だそこに漂うモノに深く深く一礼すると、身を翻して夜の路地へと消えていった。
宿の入口が見える位置で待っていたサキュロントは、ふと自分の背後に気配を感じた。さっさと仕事を終えたマルムヴィストが戻ったのだろうと思った彼は、小声でお道化ながら振り返って戦慄することになる。
「よう、遅かったな。見張りの冒険者が一杯飲み終わっ……て……」
宿の酒場で周囲を伺っていたとある冒険者は、近くの路地でうめき声のようなものを聞いた気がした。
不審に思った彼は武器に手を掛けながら音のした方へと近づいていく。覗き込んだ路地の先は……何もいない。
警戒して周囲を見渡したが、あるのは打ち捨てられたゴミと小動物の気配のみ。
やがて気のせいだと判断し、彼は酒場へと戻っていった。
彼はその腰に下げた長剣と盾が示すように、戦士系の職業であった。
もし彼が野伏や盗賊の技能を持っていれば、路地に残されていた多数の奇妙な足跡と、その異常性に気が付くことができただろう。
まるでそこに唐突に生まれた様な、その奇妙な足跡に。
やわらかな陽の光を受けて、ニニャの意識は覚醒した。
彼女がゆっくりと瞼を開いたのを見て、夜通しの看病を続けていた仲間たちは安堵のため息を漏らした。
「いやー目を覚まして本当によかったぜ、本当に死んだように寝てるんだもんよ」
「神官殿の見立てでは魔力切れによる昏倒との事であったが、実際目にするとヒヤヒヤしたのである」
「二日も寝てたからな、お腹も空いただろう。今消化のいいものを作ってきてもらうよ」
ニニャは少しふらつきながらも体を起こし、持ったままだった杖を両手でしっかりと持ち直し、あたりをぼんやりと見回している。
仲間たちが努めて明るい声で次々とかけた言葉に、焦点のあっていない目のまま曖昧な相槌を返すのみであった。
「……姉さんは」
絞り出されるように言ったその一言で、三人は押し黙って顔を見合わせた。
ダインとルクルットはどういう顔をしたらいいのかわからずに顔を伏せ、ペテルは深刻な表情のまま隣の部屋を示した。
ふらふらとした足取りでニニャは隣の部屋につながる扉を開けた。
壁際に置かれたベッドの上で、姉が今にも消え入りそうな寝息を立てているのを見つけると、ふらふらと近くにより、枕元におかれた丸椅子に座り込んでうつむいたまま動かなくなってしまった。
ニニャの姉は、発見した時と比べれば外傷はかなり治療され、きれいにされているように見えた。しかし、あちこちに残る消えない傷跡や、健康とは思えない色の肌や唇の色が、彼女の運命を如実に表しているように思えた。
「……神官殿や薬師殿にもご協力いただいて、可能な限りは治療を行ったのである。ただ……」
「……いくつもの病魔と毒が体中を犯しているそうだ。一つ一つは治せるかもしれないが、病魔同士が症状を打ち消しあっているものもあるそうだから、下手に治療すると一気に悪化しかねないらしい。……既存の魔法の組み合わせで無理やり治そうとすると、いくつもの魔法を同時に受けることになるから……体に大きな負担がかかって……生命力が、足りないだろうと」
ニニャはその言葉に見た目では何の反応も返さなかった。
ただ横たわる姉の姿をじっと見つめたまま俯くばかり。見慣れぬ奇妙な杖を強く握りしめたまま動かなくなってしまった彼女に、仲間達はどんな言葉をかければよいのかわからずにただただ黙り込むばかりであった。
ペテルがニニャ達のために注文していた食事を受け取るために一階の酒場に降りると、準備を済ませた冒険者チームが慌ただしく宿を出ていくところであった。
やたらと殺気立っていた事に首をかしげていると、奥から二つの小さな鍋を持った酒場の主人が顔を出し、鍋をよこしてきた。
「組合から通達があってな。王都内で行動可能な冒険者は都内の警備任務に参加するよう言われてるみたいだぞ」
「警備任務ですか」
「奇妙な事件があったらしくてな。貴族の家で、使用人から貴族まで家の中にいた人がまるっきり行方不明になる事件が同時に何件も起きたらしいぜ」
最初に起きたのは二日前の夜、ニニャが娼館を襲撃した日の夜間の話。
夜間に
何事かと屋敷を訪ねたものの、屋敷内のすべての照明が消えており、警備兵も使用人も誰一人として……死体の痕跡すら見当たらなかった。
唯一何かの気配がしたのは屋敷の主の書斎。
扉の先には、屋敷の主人と思しき惨殺死体と共に、闇の塊としか表現しようのない何かと、"
翌日になって、他にも屋敷の主人の惨殺体を残して使用人がすべて行方不明になっている邸宅が見つかった。事態を重く見た組合はいくつかの冒険者チームに王都内の警備を依頼したが、被害は防げずに同様の事件が頻発。引き続き、王都内の警戒のために人手を割いているのだという。
「……闇の、塊?」
「蒼の薔薇でも見たことのないっていうモンスターにビビった貴族が組合に責任を押し付けてな。普段は王都内で冒険者が何かするとすぐに難癖付けてくるくせに都合のいい奴等だぜ」
フン、と鼻を鳴らした男は、カウンターにおいてあった依頼の書かれた羊皮紙を広げてペテルに投げてよこした。
「冒険者に周知するために、主要な宿には配られてきたんだ。お前らも仲間の治療やらで大分金を使ったろ?人数に制限はないから、仲間の目が覚めたなら行ってくるのもいいと思うぜ」
「わかりました、どうもありがとう!」
努めて明るい声を出し、仲間達のもとに戻っていく。
ニニャを助け出したときにダインが見たという、建物から飛び出した影を思い出し、頭をよぎる嫌な予感に心を鷲掴みにされたまま。
あと3話分くらいは書けてるので、確認次第……そんなに時間をおかずに更新できると思います。
お待たせしたあげく文が荒れてて、申し訳ないですよ。