”CALL” me,Bahamut   作:KC

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勢いだけでかきました。
ちょっと長いです。


after_11) 死の螺旋

死を撒く剣団を殲滅した翌日の夜。

 

()()()()は、エ・ランテルの共同墓地の上空に不可視化して漂っていた。

初めてこの街を訪れた時に仕掛けておいた仕込みの回収を行うためである。

といっても、大したことではない。作成したアンデッドを街に散らせ、情報収集をさせていただけだ。

 

冒険者として活動を開始したとはいえ、当然最初は最下位である銅級(カッパー)からのスタート。

登録初日に依頼が張り出された掲示板を一通り見てみたが、銅級(カッパー)が受けられる任務は薬草採集や荷物運びといった非常に簡単な依頼のみ。

実績や信頼のない荒くれ者に依頼できる仕事など限られているとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。

一般人に毛が生えた程度の銅級(カッパー)では、モンスター退治すらまともに依頼として受けさせてはもらえない。

 

腕っぷしは最高クラスのサトルとリュウだが、採集系の能力を持たない彼らは残念なことに採集系の仕事は行えないことがンフィーレア達との一件で既に判明している。

残る依頼は荷物運び等の雑用だが、リュウも言っていたように正直やってられない。

 

そこで、モモンガなりに何か方法はないかと考え、とりあえずは街の情報を集めることから始めることにしたのだ。

 

情報には価値がある。

 

結局のところ、冒険者の仕事はいかに名を売るかが重要である、とモモンガは理解していた。

直接冒険者を指名しての依頼が存在する事からもそれは感じ取れる。

効果的に街へ名を売っていくうえで、一番にモモンガが行うべきだと思ったのが、今必要とされていることの調査。つまり、街の需要を調べようとしたのだ。

 

需要に対するいち早い供給こそ、最大限の顧客満足度を得るための方法だ。

営業マン時代の考えを思い出して行動に移したが、冒険者というよりは商人のような考えになっていることに彼はまだ気づいていない。

 

 

召喚したアンデッドたちに念話を送ると、街のあらゆるところから霧状の何かが集まってくる。

ボンヤリと怪しげな光を放つ霧の塊のような存在が、創造主であるモモンガの周りで跪くような動きを見せた。

死霊(レイス)上位死霊(ハイレイス)の集団である。

 

種族的に不可視化が可能、かつ扉や壁のような物理的な障害を無視できるこのモンスターたちであれば、街の奥様達の井戸端会議から、目立たぬ場所で行われている会合まで情報を集めることができる。

死霊(レイス)程度のアンデッドであれば自然に発生することもあるだろうし、仮に発見されたとしても問題はないだろうと判断し、共同墓地周辺の情報は彼らに任せた。

街の中心部には有力な冒険者が出入りすることや、スレイン法国に繋がりのある人間たちがいる事も考え、より強力な不可知能力を持つ上位死霊(ハイレイス)に任せた。

居住区で上位死霊(ハイレイス)が見つかるようなことがあれば悪戯に恐怖をばらまくことになってしまう。

絶対に見つかることがないように慎重に行動しろ、とだけ厳命してあった。

 

彼らにかかれば街の中枢で話し合われる極秘の政策であろうが筒抜けになるだろうが、流石に期間が短いこともあって、この二日で集められた情報は大したことのないものでしかなかった。

 

 

「うーん、やっぱりそうそうお得な情報なんて転がってないもんだね。やっぱり地道にこなしていくしかないのかなぁ……」

 

 

自分たちの情報が創造主を満足させることができなかったことを感じ取った死霊たちは、これ以上ないくらい悲壮な雰囲気を漂わせている。

それに気づいたモモンガは、慌てて彼らを労った。彼らは決して手を抜いたわけではないだろう。厳しい条件の下、全力で仕事に取り組んだ彼らに対してこれでは、過去に自分を苦しめた上司そのものではないか。

 

 

「いや、お前たちが集めてくれたこの街の市井の情報は重要なものだぞ、うん。こういった情報収集は地道に数をこなして初めて実を結ぶものなのだ。お前たちの成果は次へとつなげる基礎を作ったのだ」

 

 

それっぽい言葉を並べて死霊達を褒める。

本人的には褒めたことになったのかよくわからず途中から首をかしげたが、死霊達は嬉しそうだ。

 

 

「そういえば、冒険者組合に顔を出す必要があるんだったか。死を撒く剣団の件が図らずも良い評価に繋がったようだし、ラッキーだったか」

 

 

死霊達の報告は、サトルとリュウ……特にサトルが評価されているという内容に関してだけ、やけにオーバーなものだった。

下等なる人間どもが偉大なる創造主様の実力の一端を知っただの、街への降臨に喜び噎び泣き、そのご尊顔を眺め続けるためにあらゆる手を尽くすだろう、だの。

忠誠心は結構だが、正直何を言っているのかよくわからない。

大量に集まるであろう情報の精査に時間を取られないために、ある程度各自で判断して内容をかみ砕いて報告せよ、と言ったのがよろしくなかったのかもしれない。

 

 

「いずれにせよ早めに組合に行かないとな。死を撒く剣団が持っていたアイテムももらえるみたいだし、少しは依頼も受けてみないと」

 

 

サトルが満足そうに頷いたのを見て、死霊達は嬉しそうだ。

 

 

「お前たちもご苦労だったな。しばらくは共同墓地に身を隠していてくれ。衛兵や冒険者が大量に動員されるような事件があったらすぐに知らせるように」

 

 

命令を受けて、死霊達は墓地へと去っていく。

モモンガもまた、魔法で生み出した転移門(ゲート)を通り、虚空へと消えていく。

 

後に残ったのは静寂のみ。

 

雲の隙間から顔を出した月の妖しい光が、広いエ・ランテルの共同墓地を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モモンガは、エンリやクレマンティーヌといった現地人たちとの触れ合いを通して、この世界の常識を少しずつ身に着けていった。

自分たちの持つ力がこの世界から見たら過ぎたものであることも頭では理解していたし、戦士職として表舞台に出たのもこの世界のバランスから逸した能力で悪目立ちしないためにである。

だが、彼らにとって強さの基準となる常識は、やはりユグドラシルで培われたものなのだ。

クリュードも間に空白期間があるとはいえ最後の数年、モモンガに至ってはほぼブランクなしで十二年。

 

故に、彼は気づけなかった。

 

彼にとって単なる物理攻撃が効かないだけの雑魚である死霊(レイス)が、魔法攻撃手段の乏しいこの国では脅威度の非常に高いアンデッドであることに。

ちょっと死霊(レイス)よりも上等な隠密能力を持つだけ、という認識の上位死霊(ハイレイス)が、この世界では一体だけで国を滅ぼせるレベルのアンデッドであることに。

 

そして、失念していた。

 

死霊達の情報収集における拠点に指定していたエ・ランテルの共同墓地のような、アンデッドが自然発生する負のエネルギースポットにおいては、強いアンデッドはさらなるアンデッドの呼び水となる事を。

ここ数日、共同墓地を拠点としてうろついていた死霊(レイス)の群れがこの街に及ぼす影響について、彼が気づくのは少しだけ後のことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エ・ランテルの巨大な共同墓地のどこかにある、忘れ去られた霊廟。

建てられた当初は戦没者たちを安らかに送り出すための装飾が施されていたであろうその霊廟は、訪れる者の無くなった今、朽ち果てて怪しげな雰囲気を持つ建物となっていた。

周囲には手入れがなされなくなったことにより伸び放題となった草木、長い時間をかけて石造りの柱を侵食していった苔。

魔法的な明かりも用意されておらず、衛兵の見回りの巡回ルートからも外れている。

 

そんな人の寄り付かない廃墟の地下に、人知れず集まっている怪しげな集団。

皆目深に被ったローブで顔を隠し、呪詛のような何かを小声で唱え続けている。

彼らの怪しげな呟きは周囲に満ちる負のエネルギーに漣のような刺激を与え、少しずつ黒い霧のように実体を持ち始める。

闇を具現化させたようなその霧の中から、ずるずると体を引きずるようにして数体の動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)が這い出てきた。

立ち上がった数体のアンデッドは、ローブの集団を襲うことなくそのまま奥の小部屋へと行進していく。

それらが収まったその小部屋には、おびただしい数のアンデッドたちが微動だにすることなく整列している。

一体一体は大した脅威になり得ない最下級のアンデッドばかりだが、そこに充満する負のエネルギーは生者には毒にしかならない。

むせ返るようなよどんだ空気の中で、また新たに数体のアンデッドが自然発生していた。

 

ローブの男の一人が、懐から出した紫色に妖しく輝く水晶を掲げる。

闇を押し固めたような黒い光が水晶から漏れると同時に、自然発生したアンデッドは小部屋の中の列に加わった。

 

水晶を持った男がするりとフードをおろす。

その顔にはおよそ毛髪と呼べるものはなく、目は窪み、頬はこけ、生命力の対義を表しているような相貌だ。

彼は、死を隣人とする魔法詠唱者たちで構成される邪教集団、ズーラーノーンの十二高弟の一人、カジット・デイル・バダンテール。

周辺国家から邪悪なテロリスト集団として危険視されているズーラーノーンだが、その盟主と十二高弟は並の冒険者では歯が立たないほどの実力を持っているため、その勢力は衰えを見せない。

彼らの中には人類最高峰の戦士であるガゼフ・ストロノーフをしのぐ実力を持つ者すらいると言われており、彼らによって一つの都市が滅ぼされてしまったことすらあるほどだ。

 

カジットは、手にした水晶の輝きに満足そうな――邪悪な笑みを浮かべ、その水晶を懐へとしまった。

 

 

「素晴らしい……。ここ数日で、この共同墓地に満ちる負のエネルギーの濃度が極端に増した。おかげでこの死の宝珠に蓄えられた負のエネルギーもエ・ランテルを死に染めるのに十分な量となっている」

 

「カジット様、それでは……」

 

「ああ。準備に五年もかかってしまった。だが、ついに儀式の準備が整った。――儀式を、始めよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きなあくびをしながら、右手にもった簡素な槍を握り直した。

今日の夜勤に向けて日中の睡眠をとるべく、朝から酒を飲んだのが間違いだったかもしれない。

睡眠自体はできたものの、眠りは浅くなり体は少しだるく、二日酔い独特の不快感が付いて回っている。

 

 

「おい、大丈夫かお前?しっかりしろよ」

 

 

同じく夜勤の同僚が呆れた表情でこちらを見ている。

差し出された水袋をグイとあおり、胸の辺りにあったムカつきを無理やり飲み下して、大丈夫だと手を振って答えた。

 

 

「共同墓地の見張りなんてそんな気合いいれなくても平気だろ。今日は巡回当番でもないしよ」

 

 

こらえきれず、またあくびをひとつ。

持っていたランタンを欄干の上に置き、大きく伸びをして見せた。

 

 

「そうかもしれないけどよ、もうすぐ巡回が戻る時間だぜ?また大目玉食らうぞ」

 

「そりゃあ勘弁だなあ」

 

 

エ・ランテル外周のおよそ四分の一を占める共同墓地では、アンデッドが自然発生することがある。放置すると更なるアンデッドが生まれる原因になるので、定期的に巡回をしてアンデッドを退治しているのだ。

時折討ち漏らしが生命エネルギーに誘われて彼等の立つ西門──共同墓地と居住区を隔てる大門まで来ることがあるが、この門は強固であり、動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)程度が破れるものでもない。

 

積極的にアンデッドに関わるわけでもない門兵の士気が低いのは、仕方のないことであった。

 

 

「お、噂をすれば戻ってきたか?」

 

 

共同墓地の奥から、ランタンの明かりがこちらに近づいてくるのが見える。今日は月が雲に隠れているので、ランタンの明かりを頼りにしなくてはほとんどなにも見えない。

 

墓地から近づいてくるランタンの光は、やけにゆっくりと……そしてふらふらと、危なっかしい足取りに見える。

 

 

 

「ん?なんか変だな」

 

「どうした?」

 

 

二人がランタンを掲げ、欄干に身を乗り出して様子を見る。墓地から近づいてきたランタンの光の持ち主は──

 

血濡れの動死体(ゾンビ)へと変わり果てた、今日の巡回兵達であった。

 

 

「おい、嘘だろ──」

 

<酸の投げ槍(アシッド・ジャベリン)>

 

異常に気づいて大声をあげようとしたが、急に後方から飛んできた魔法の直撃によって二人は声を上げる喉を失った。

そのまま二人は酸による苦痛にもがきながら門の外側に落ち、苦悶の呻き声を上げる。

墓地の方を見た彼らが最後に見たのは、まるで隊列を組むようにしてこちらへと迫る大量のアンデッドの群れと──

 

アンデッドの行く道を作るために()()()西門を開く、怪しげなローブの男達の姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

─*─

 

 

 

 

 

 

 

それは、人々の眠る夜の街の静寂を切り裂いた。

 

漆黒の剣がそれに気がついたのは、単に彼らが夜遅くまで宿の一階で宴会に興じていたからだ。

つい先日冒険者の後輩となった友人二人の、鮮烈なデビュー戦の感想を肴に穏やかに食卓を囲んでいた四人。

 

十三英雄の英雄譚からチーム名をつける程度にはその手の話に憧れを持つ彼等にとって、二人の話は我が事のように誇らしい。

その会話のなかに醜い嫉妬の言葉が一つも出ない辺りに、彼等の人柄のよさが見てとれる。

 

最初に違和感を覚えたのはルクルットであった。

 

野伏(レンジャー)である彼は非常に耳が良い。

微かに聴こえたそれに首をかしげ、宿の入り口から外を覗いた。

そうすることで、より鮮明に聴こえた()()。西の方から、断続的に絹を裂くような悲鳴と怒号が上がっている。ここから西にあるのは──平民向けの住宅地だ。

 

真剣な顔つきで外を伺う仲間の様子に、一体何事かと続いて外に出た丁度その時。

西から、着の身着のままと言った様子で駆けて来る人々の姿が目に入った。

 

 

「おい、どうした?何があったんだ?」

 

「ア、アンデッドだ!共同墓地からアンデッドの大群が溢れてきた!」

 

 

それだけ告げて、男はまた必死に東へ向けて駆け出した。

四人は顔を見合わせ、慌てて装備を整えに部屋へとかけ上っていった。

 

 

 

 

 

 

 

逃げ惑う人の波を掻き分けて西へと向かった漆黒の剣が見たのは、正に地獄絵図であった。

中央の通りは動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)が跋扈し、周囲の住宅からも悲鳴が聞こえてくる。

ガラスの割れる音に振り向けば、住宅の二階から動死体(ゾンビ)に押し倒された住民が落下し、そのまま喰われている所だった。

 

ペテルは、慌てて駆け寄り取りついていた動死体(ゾンビ)の首をはねる。すぐに動かなくなったが、爪が首に深く食い込んだ住民は、既に事切れてしまっていた。

 

木を叩くような奇妙な音に振り向いたニニャは、自分が背にしていた壁の上から這ってくる百足状の骸骨(スケルトン・センチュピート)に気付き、慌てて前へと跳んだ。先ほどまで自分がいた場所を、骨でできた鋭い顎が通り過ぎていった。ガチガチと顎をならして威嚇しているような様子に思わず鳥肌が立つ。

ダインが間に割り込んでその顎を鎚矛(メイス)で砕くと、続けてニニャが唱えた魔法の矢(マジックアロー)が胴体を貫き、動かなくなった。

 

 

周囲には騒ぎを聞き付けたのであろう冒険者達が駆けつけ、アンデッド達との乱戦を繰り広げていた。

しかし、入り組んだ路地や建物内へと入り込んだアンデッドも多く、現場は大混乱であった。

 

 

「このままじゃあジリ貧だ!市場前の通りに組合と衛兵が防衛線を引いてる!住民はそっちへ避難させろ!冒険者は防衛線が完成するまで持ちこたえろ!合図の鐘が鳴ったらそっちに走れ!」

 

 

組合から走ってきたのであろう冒険者が、大声で叫びながら駆け回っている。その声を聞いて、冒険者達は持久戦のために近くのチームと協力し、避難活動を開始した。

アンデッドに対してあまり効果的でない武器を用いる者達は周囲の住民の避難を促し、鎧で武装した前衛達がアンデッドを引き付け、サポートする。

 

始めのうちは余裕をもって事態は進んでいたが、少しずつ戦線が後退していく。一体一体は冒険者にとって大した負担にならない下級のアンデッドばかりだが、次々と増える数、建物による死角からの襲撃、そして真夜中ゆえの視界の悪さにより、着実に彼等のリソースを削っていった。

 

防衛線までの撤退を指示する鐘がなったのは、彼等の体力が尽きる寸前であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

─*─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「状況はかなり深刻だ。西門への通りは既にアンデッドで溢れ、西区の住宅街は最早死の街と化した。冒険者達の初動のお陰で中央区までは攻められずに済んだが、貧民街は対応が遅れてほぼ全域がやられた。被害者の数もかなり多く、中央は避難民で溢れている。現在は通り沿いに敷いた防衛線で衛兵や冒険者が交代で食い止めている状態だ」

 

 

冒険者組合に臨時に作った対策本部の机に街の地図を広げ、アインザックが集めた冒険者達の前で状況を語っている。

机を囲むのは、エ・ランテルで最高位の冒険者である、ミスリル級冒険者チーム"虹"、"天狼"、"クラルグラ"の三チーム。皆真剣な面持ちでアインザックの話に耳を傾けている。

 

 

「防衛線を引くまでの間に多くの冒険者が乱戦を行い、消耗した。薬師達が持ち込んでくれた治癒薬(ポーション)を使い、組合の方で待機していた者達と交代で休憩させているが、いかんせん防衛線が広すぎる。持ち込まれた資材も限られている現状で、疲労しないアンデッドを相手にこの広さの防衛線を長時間保つことは不可能に近いだろう」

 

動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)の群れだろ?逃げてきた住人にも武器を持たせて柵越しに殴らせるだけでも違うだろうよ」

 

「いや、場所によっては黄光の屍(ワイト)血肉の大男(ブラッドミート・ハルク)も湧いていた。少ないが、骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)のような遠距離攻撃手段をもったやつも確認した。下手に素人を前に出しても被害が増えるだけ……最悪の場合、防衛線が崩壊して大惨事だ」

 

「逃げてきた住人の中に、西門が開いているのを見たと言う者がいる」

 

クラルグラのイグヴァルジは、虹のモックナックが見たアンデッドの種類と、今自分達が置かれた状況に思わず顔をしかめた。

既に街のなかに入り込んだアンデッドの数もそうだが、問題は突破されたであろう西門がそのままであると言うことだ。これでは、無限にアンデッドが供給され続けることになる。

 

消耗するこちらの戦力、増え続けるアンデッドの数。そして、このまま放置すれば取り返しのつかない──より強力なアンデッドが発生する可能性もある。

 

 

「時間をかけるほどこちらに不利だ。そこで君達には、西門封鎖の作戦に参加してもらいたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦の内容は至って単純だ。

 

ミスリル級二チームと、神殿から派遣された戦闘に長けた神官数名、そして神官の護衛役の白金級一チームで西門へ突貫。周囲の殲滅は行わず、最速での到着と閉門を優先する電撃作戦だ。

閉門が完了したら緑色の光弾を打ち上げるマジックアイテムで本部にそれを伝え、残りの戦力で門内のアンデッドの殲滅戦に移行する。

 

突貫作戦にはクラルグラと虹の二チームが挑み、天狼は強大なアンデッドが現れた場合の対処役として中央の防衛線に残ることになった。虹と神官達は、道中に強力な敵や大量のアンデッドが押し寄せた際の殿を務める。

知性のないアンデッドが相手であることを利用した、かなり危険な作戦である。

 

それでも、彼らは決行した。この作戦だけがこの状況を打開する方法だと信じたからだ。

 

なるべく敵の数の少ない通りを選びながら、イグヴァルジ達は西門へと向けて駆け抜けて行く。

神官達の魔力をなるべく温存しつつ、最小限の消費でアンデッドたちを蹴散らしていく。

 

密集する住宅を上手く使い、アンデッド達からの視線を掻い潜って進んでいっているが、皆この行為が単なる時間稼ぎにしかならないことを理解している。

アンデッドたちは視界に頼らずとも、生者を感知する何かを持っている。すでに周囲に生者は自分達しかいない。走り抜けてきた道は、イグヴァルジ達を追って集まったアンデッドたちであふれていることだろう。

 

最後の路地を曲がる。うねるように細い路地を移動しながらアンデッドを誘導してきたおかげで、西門前の通りにいるアンデッドはかなり少なくなっていた。

 

 

「よし、このままいけ――」

 

 

モックナックの言葉を、ズンという地響きがかき消した。同時に、大きくはばたいたことによる暴風で数体の骸骨(スケルトン)が吹き飛んだ。

どうやって飛んでいるのか疑問でしかない、体から翼の先に至るまでのすべてが骨の集合体で構成された悪夢。

 

住宅を破壊するけたたましい音の中で、カラカラという骨の鳴る音が嫌に耳に残る。眼光に灯る赤い炎が、冒険者たちを捉えた。

 

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)だ!イグヴァルジ、行け!こいつは俺たちで抑える!」

 

「死ぬなよ、クソ野郎」

 

 

モックナックが吼える。

イグヴァルジはそれに短く答え、振り返らずに一目散に走りだす。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は魔法に対する完全耐性を持つと言われている。魔法詠唱者(マジックキャスター)からすれば悪夢のような相手であるが、前衛のしっかりしたミスリル級冒険者チームであれば、不意を突かれなければ十分討伐が可能な相手である。

 

西門は目の前。さっさと走って門を閉じ、加勢してやればそれで終わりだ。

 

目的地に向かって全速力の一歩を踏み出したイグヴァルジの体は、突如として右から吹き飛んできた壁の破片に打ち据えられて転がった。

 

 

「なに……ン……だとォ!?」

 

 

壊れた建物の残骸を踏み砕きながら顔を見せたのは、二体目の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)

イグヴァルジと共に壁の破片にあたり、チームの魔法詠唱者(マジックキャスター)と連れてきた神官の一人が負傷している。血を流す彼らをみて、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)はカタカタと骨を鳴らして()()()

 

 

「糞が!モックナック!一回こっち手伝え!進路を開いて門だけでも先に閉じる!」

 

「無茶苦茶だな畜生!おい白金の!神官と周りの雑魚を減らしておいてくれ!」

 

 

先に現れた一体を仲間達に任せ、イグヴァルジの元へ走るモックナック。

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に向けて走り出そうとするイグヴァルジに並び立とうとしたとき、閃光がモックナックのわき腹を貫いた。

焼けつくような痛みと、全身の筋肉が痙攣する感覚。肉の焼ける不快な臭いをばらまきながら、思わずその場に倒れ込んだ。

 

 

「ッハ……。嘘だろ、オイ……」

 

 

苦しそうにせき込みながらヨロヨロと立ち上がるモックナックの視線の先には、風で舞い上がった粉塵の中から姿を見せる、こちらに向けてまだパチパチと紫電が残った骨の指を突き出す影。

腐り落ちた皮がわずかに付着しているだけの不気味な顔つきに、元は豪華であったであろうボロボロのローブで体を包んだ骨の体。

 

 

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)……」

 

 

ミスリル級冒険者が単体を相手に手こずる程の強敵が、二体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)という優秀な盾を携えて、彼らを処刑台に上げるためにやってきた。

 

 

「ふざけんな……ふざけんな!俺は英雄になるんだ!こんなところでのたれ死んでたまるかァ!」

 

 

イグヴァルジが吼える。目の前に迫った終わりから目を背けるために、自分に言い聞かせるように。

クラルグラの神官が唇を噛みながらマジックアイテムを使用し、()()()の弾を空に放つと同時に、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)から<火球>(ファイヤーボール)が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イグヴァルジ達が死者の大魔法使い(エルダーリッチ)と遭遇したその時、防衛線の内部もまた大混乱に陥っていた。

 

それは、突如隊列を組むように出現した血肉の大男(ブラッドミート・ハルク)の群れを抑えきれず、一部の防衛線が崩壊した事から始まった。

すぐさま天狼が周囲のアンデッドを駆逐したが、今度はその隙を見計らったかのように反対方向で同じことが起こる。

 

面白いように振り回された彼らは、あっという間に消耗させられ、防衛線の崩壊を修復できなくなった。

そして、イグヴァルジ達に死を与えに来た死神が、こちらにも。

 

突如として、防衛線の内側に飛来した骨の竜(スケリトル・ドラゴン)

消耗し、休息をとっていた多くの冒険者や避難民が踏みつぶされ、尾の薙ぎ払いに轢かれ、挽肉になった。

一瞬のパニックの隙に、周囲に殺到していたアンデッドたちが防衛線を食い破る。

 

すぐさま天狼が対応しようとしたところで、防衛線の外から――内臓の卵(オーガン・エッグ)から飛び出した長い大腸が、鞭のように天狼へと迫る。

意識を骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に向けていたチームの重戦士が足を掴まれ、そのまま防衛線の外へと引きずり出された。

救助のために一瞬振り返った軽戦士(フェンサー)を、骨でできた尾の強烈な一撃が見舞った。

素早さと手数で攻撃力を稼ぐために軽装であった彼は、吹き飛んだ先の壁に叩きつけられて動かなくなった。

重戦士は無事であるようだが、足を取られて体勢を崩されたまま袋叩きに合い、立ち上がることすらできていない。

 

あっという間に、天狼には骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に対して有効な攻撃手段を持つ者がいなくなった。

この場に、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を相手にできるほど余力のある冒険者はもう残っていない。

 

彼らの心を絶望が支配しようとする。そんな中、とどめを刺すかのように西の夜空に光る、"作戦遂行困難"を示す赤い光弾。

 

 

「一体、なんだこれは……。なんなのだ!」

 

 

アインザックは悲鳴を上げた。

辛うじて動ける冒険者たちは、防衛線を取り戻そうと雪崩れ込むアンデッド達と必死で戦闘を続けている。真後ろにいる骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を気にする余裕もないままに。

次に行うべき行動に迷い、一瞬動けなくなった天狼のリーダーであるベロテを踏みつぶそうと、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が足を持ち上げた。

防衛線の中に入り込んだアンデッドを掃討していたペテルがいち早くそれに気付き、走る。

 

皆消耗しきったこの状況でなお骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を倒すことができる可能性が一番高いのは間違いなく天浪だ。ダウンしたメンバーはいるが、まだ誰も死亡していない。態勢を立て直すには彼らが必要だ。

 

ベロテを突き飛ばすようにして庇い、武技<要塞>で骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の踏み付けを受け止めようとする。

しかし、ペテルの実力では十分に攻撃を受け止めきれなかった。ミシミシと自分の骨が軋む嫌な音が聞こえ、弾ける様にして地面にたたきつけられた。

 

 

「ペテル!」

 

「まずいのである!」

 

<魔法の矢>(マジック・アロー)!」

 

 

ニニャが放った魔法がルクルットにとりついていた骸骨(スケルトン)達を破壊した。

その隙にペテルの元へと走る。しかし、ルクルットがペテルのもとに到着するよりも早く、何人もの冒険者を潰した骨の尾が振り下ろされた。

 

目の前で起こったであろう惨劇を受け入れたくない。ニニャは思わず目を背けた。

 

 

 

 

 

 

 

銀級冒険者が、動けない自分をかばって殺されようとしている事実が情けなくて仕方がない。

突き飛ばされたお陰で我に返ったときには手遅れだった。

自分の恩人に向かって振り下ろされる骨の尾がやたらゆっくりと動いて見える。

 

その視界に割り込んできたのは、まるで流星だった。

 

 

瞬きすら許されぬ一瞬の間に飛来したその大剣は、あちこちで上がる炎の光で鈍く輝きながら一直線に骨の尾に突き刺さる。

それでもなお勢いを保ったままのそれは、そのまま骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の頭部を砕いて直進し、奥の壁に突き刺さって止まった。

 

九死に一生を得たペテルさえも、何が起こったのか理解できずに固まっている。

 

頭を失った骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は、砂煙を上げてバラバラと崩れ落ちながら消滅していく。

 

視界を遮る砂煙の中にぼんやりと影が見えると同時に、漆黒の剣は聞き覚えのある声を聞いた。

 

 

「リュウは左から」

 

「おっけ」

 

 

煙から二つの影が飛び出した。

 

この夜の闇の中、金の意匠が光の尾を引いて駆け抜ける、漆黒の全身鎧の戦士。

彼がその手の大剣を振るうたびに多くのアンデッドが灰塵に帰していく。余波で生まれた空気の流れは烈風となり、塵となった不死の痕跡を舞い上げた。淡い月の光に照らされて、キラキラと輝きながら空へと溶けていく。

 

深紅のマントをはためかせながら次々と敵を倒すその姿は、現世に囚われた憐れな魂をあるべき処へ還しているような、幻想的な光景であった。

 

 

見るものを圧倒する力を感じさせる戦士とは対照的な、背に日輪の紋様を背負った小柄な少年。

木立の間を駆け抜ける風のようにアンデッドの軍勢の中を駆けていく。風の通りすぎた後には、木の葉のさざめきのような音を残して崩れ落ちていく敵の山。

彼が一度手を向ければ火炎と光の花が咲き、不浄の集団が浄化されていく。

 

 

ルクルットがペテルの元へと駆け寄り、ダインの応急処置が済む頃には、あたりはすっかり静寂を取り戻していた。

 

 

アインザックは、自分が目にしたものが信じられなかった。

ただの一投で骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を滅し、家の前の落ち葉を払うような気楽さであたり一面のアンデッドを滅ぼした。

過去に自身も冒険者として名を馳せた彼は、彼らが如何に規格外であるかを直ぐに悟った。

 

それを理解した上で、叫ぶ。

 

 

「共同墓地と繋がる西門からアンデッドが流れ込んできている!閉門に向かった部隊は作戦失敗を伝えてきた!頼む、門を閉じてくれ!」

 

 

西を見れば、未だ通りの奥には夥しい数のアンデッドが蠢いているのが見える。数は力だ。一体一体が容易い相手でも、道を埋め尽くす数になればもはや手の付けられぬ暴力となる。

 

アインザックの頼みは、普通に考えれば"死ね"と命令しているのと変わらない内容に思えた。

だが、全身鎧の戦士は気にした様子もなくただ一言、

 

「承知しました」

 

とだけ告げると、相棒であろう少年と共に西へと駆けていった。

 

月明かりの余り届かない曇天の下、闇に紛れて迸る赤いマントと少年の背に光る金色の円環を、その場にいた多くの民衆が見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

─*─

 

 

 

 

 

 

 

 

仲間の魔法詠唱者(マジックキャスター)がなけなしの魔力を振り絞って放った<火球>(ファイヤーボール)が、前に出た骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に掻き消された。

魔力を使い果たした彼は、青白いを通り越して土気色になった顔に絶望の表情を浮かべ、膝から崩れ落ちる。

 

 

「外してんじゃねぇよ、バカが……」

 

 

悪態をついたイグヴァルジの両足は、膝下からどちらも踏み砕かれて悲惨なことになっていた。

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の予想外のコンビネーションに翻弄され、長時間同じ場所に留まって戦い続けた結果、周囲は集まってきたアンデッドで覆い尽くされていた。

 

骨と腐肉で出来た壁は、最早立つことすら叶わない彼等が自分達の仲間入りするのを心待ちにするかの如く、カラカラと骨を鳴らし、腐臭のする吐息を撒き散らしている。

 

視界が悔しさと恐怖による涙で滲む。幼い頃に憧れた英雄譚の主人公になることなく、ここで朽ちてたまるものか。動かぬ両足を引きずって、無様に地を這って逃げ出そうとした。

這いずった先でその手がつかんだのは、ボロボロの服を身に纏い、これからご馳走にありつこうとしている食屍鬼(グール)の裾だった。

 

イグヴァルジの顔から表情が抜けていく。

恐怖と生への執着はすでに絶望と諦めに変容してしまっていた。

黄色く長いかぎ爪が自分の首を裂こうとするのを、ただボンヤリと眺めていた。

 

 

風を切る鈍い音と、木の枝をバラまいたような破砕音、肉を裂く音。

食屍鬼(グール)よりも先に他のアンデッドに喰われたか、と思った刹那、目の前に先ほどの食屍鬼(グール)の腕がボトリと落ちた。

 

 

不審に思って視線を上げた先にいたのは、漆黒の全身鎧。

先ほどまで周囲一面に蔓延っていた不死の集団は見当たらず、彼の後ろに積み上げられた残骸が幻ではなかったことの唯一の証明であった。

 

 

「む、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)もいるのか……。リュウ、そっちはまかせた」

 

「ほいほーい」

 

 

鎧の後ろから顔を出した少年が、ひょいひょいとアンデッドを足蹴にしながら死者の大魔法使い(エルダーリッチ)に接近していく。

脅威と思ったのか少年に向けて<雷撃>(ライトニング)が放たれたが、逆手に持った美しい短剣で稲妻を()()()()()

盾の役割を果たすように二匹の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が踏み出そうとするが、漆黒の戦士が踏み込みと共に一対の大剣を振り上げ、一体の首を切り落とし、もう一体の胴体を打ち砕いた。

 

少年が腕を突き出して何かを呟くと、守る者のいなくなった死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が爆炎に包まれた。

噴きあがった業火はボロボロのローブを焼き尽くすだけでは収まらず、周囲にいた不浄の権化をまとめて火葬した。

 

恐ろしい魔法で周囲を火の海にした少年は、ひらりと戦士の横に舞い戻った。

 

 

「信じらんねぇ……」

 

 

モックナックが呻きながら呟いたのが聞こえた。

二人は視線の先に西門を確認すると、遮る敵のいなくなった道を歩いていく。

未だ舞い散る火の粉の中を歩む二人の姿は、路面を焼いた熱による陽炎で揺らめく幻のようであり――

イグヴァルジの瞳には、幼少期に憧れ、思い描き続けた英雄の姿が重なっていた。

 

心の中で自分は今伝説を目撃していると確信した。にもかかわらず少しも嫉妬の心が生まれなかったことを自覚した瞬間、イグヴァルジは冒険者を引退することを決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─*─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朽ち果てた霊廟の前で、ローブ姿の男達が集まっている。その輪の中で、カジットは苛立ちを隠せずにいた。

負のエネルギーの総量が思うように増えていない。それどころか、街に放たれたアンデッドの多くが駆逐されてしまったようだ。

一部のアンデッドの支配権を部下に渡し、本来であればアンデッドの持たぬ"戦術"をもって街を死で埋め尽くす作戦であった。

 

始めのうちは順調だったはずだ。

街に潜んだ部下とも連絡がとれない。

一体何があった。

これでは、儂の目的は……。

 

余裕のない表情でブツブツと呟いていると、足音を隠そうともせずに近づいてくる者がいることに部下が気付いたようだ。

 

 

「カジット様……」

 

「何だ……?冒険者?」

 

 

こちらへと迫る全身鎧の戦士は押し黙ったままだ。怒りを抑えきれないのか、見るものを圧倒する迫力がまるで漆黒のオーラのように鎧の隙間から漏れだしている。

その威圧感に押され、生唾を飲み込んだカジットだが、悠長にしてもいられない。相手はたかが冒険者──それも、首もとに光るプレートは最下級のそれだ。

 

 

「お前がこの騒動の首魁か?」

 

 

鎧の隙間から漏れる低い声。感情の高ぶりのせいか、声が少し震えていた。

となりにちょこんと立つ少年は心配した様子で戦士を見上げている。

 

 

「フン、だとしたらなんだというのだ」

 

 

掲げられた死の宝玉が妖しく光り、負のエネルギーが溢れ出す。

 

 

「負のエネルギーはまだ十分に蓄えられている。まだまだアンデッドは生み出すことが出来るが、衛兵や冒険者達はどうだ?また先程と同じ戦いを続けられるものはいるか?」

 

 

窪んだ目を細め、嫌らしく笑いながらわざとらしく問いかける。最早街にアンデッドの波を防ぐ余力がないと確信した笑みだ。

 

 

「何故こんなことをする?大量虐殺が好きな愉快犯か?」

 

「アンデッドはさらなるアンデッドの呼び水となり、螺旋のように負のエネルギーを増していく。このエ・ランテルを死で満たし、増幅した負のエネルギーを使って……儂はアンデッドとなる」

 

「そんなくだらないことのためにこんなことを?」

 

「くだらない?くだらないだと!?儂はこの計画のために丸五年かけたのだ!」

 

「……もういい。お前にピッタリの終わりをくれてやる」

 

「挑む相手の強さも測れぬ愚か者が!」

 

 

カジットが叫びと共に魔力を込める。死の宝珠を通して、周囲のアンデッドを呼び集めようとした。

直後、ローブの男たちの周りの景色が霞むようにぶれ、大量の死霊(レイス)が湧き出してきた。中には、複数の死霊(レイス)が混じり合ったような変種もいる。

カジットはその変種の事を知らなかったが、明らかに通常の死霊(レイス)よりも強力なエネルギーを内包しているのが感じられる。

そして死霊(レイス)達からは一様に、憤怒に近い感情が渦巻いているのを感じられる。

 

 

「ハハ、ハハハハハ!素晴らしい、素晴らしいぞ!この数日、急激に負のエネルギーが増えたのは()()()()()()()()()()

 

「……は?」

 

 

周囲の死霊(レイス)の群れに怖気づいたのか、戦士は啖呵を切ったにもかかわらず剣を構えようともしないままに呆けた声を出した。

先ほどまで鎧の隙間からあふれ出していた怒気は消え去り、今何が起こっているのかを理解できていないといった風体だ。

それも当然だろう。死霊(レイス)に物理的な攻撃は一切通用しない。いくら腕っぷしが立とうと、攻撃が当たらなくては意味がないのだ。

対抗策を持たない戦士では一体を相手にしても()()だというのに、それがここには変種も含めて十体以上いるのだ。

 

 

「やはり、運命は儂に味方している!さぁ、死の宝珠よ!この死霊(レイス)達を支配し、またエ・ランテルに死と恐怖を与えるのだ!」

 

 

死の宝珠から、黒とも紫ともとれる靄があふれ出す。瞬く間に死霊(レイス)達を包み込み、支配――

 

――できない。

 

死の宝珠から返ってきた返答は、"より強い命令系統に支配されているため、支配権を奪い取れない"という否定であった。

 

 

「何だと!?バカな!」

 

 

死霊(レイス)達は憤怒をあふれさせたまま、カジット達との距離をどんどんと詰めていく。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「死の宝珠を手にした儂よりも優れた死霊使い(ネクロマンサー)などそうそういまい!一体何故――」

 

 

最後まで言葉を紡ぐことなく、死霊(レイス)と――上位死霊(ハイレイス)達は、カジットたちに襲い掛かる。

()()()()()()()()()()()()()愚か者達の粛清のために。

 

死霊(レイス)達の攻撃は物理的なものではない。生者の魂を歪ませ、精神へダメージを与える。

カジット達は、魂のみを壊され、食い尽くされ、綺麗な姿のまま物言わぬ肉塊へとなり下がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、うん。お前たち、ご苦労だった。また必要になったら呼ぶ……」

 

 

サトルは、すっかりと消沈した様子で死霊(レイス)達を労った。

死霊(レイス)達は創造主の役に立てた喜びを全身で表しながら消滅していった。

 

 

「あ、やっぱりサトルの召喚した奴だったんだ……。……どうしたの?」

 

「……どうしよう」

 

 

ここに来るまではこの事件を起こした犯人に大きな怒りを覚えていた。

アンデッドによって街の住人や冒険者に大きな被害が出たのだ。これでは、ただでさえ悪いアンデッドの印象がさらに悪くなってしまう。

彼が思い描いていた、カルネ村の将来設計。その中に、アンデッド労働力の貸し出しによる通貨獲得というひそかな計画があった。

アンデッドは疲労もせず、睡眠や食事も必要としない。昼夜通して労働に従事できる、これ以上なく理想的な働き手だ。

カルネ村での作業実績もあるし、民衆のアンデッドへの忌避感さえなくなればすぐにでも始めたいくらいだと思っていた。

 

――そう簡単に人々がアンデッドへの忌避感を捨てられるか、という問題について、少々軽く考えすぎではあったが。

 

とにかく、その計画を邪魔されたと思い腹を立てていたのだが……。

 

 

「エ・ランテルの情報収集のために、前に来た時に死霊(レイス)上位死霊(ハイレイス)を撒いておいたんです……。こいつらくらいなら雑魚だから見つかっても大丈夫かなって思って……」

 

「うん、まあ雑魚……。あぁ、普通の冒険者にはつらいかもね」

 

「さっきのやつ、最近負のエネルギーが急に増えたって……」

 

「……まぁ、上位死霊(ハイレイス)は四〇レベルくらい……あぁ、それでもレティより強いのか……」

 

「……俺のせいじゃん……」

 

 

かける言葉が見つからない。

膝から崩れ落ちたサトルに対してリュウができることは、兜越しに頭を撫でる事くらいであった。




「ねーサトルちゃん、どうしたの?すんごいへこんでるけど」

「いや、うん……ちょっとな……」

「……大丈夫?おっぱい揉む?」

「いや、うん……うん?お前それ誰に教わった?」

「リュウちゃんが言ったら元気出るかもって」

「あいつは……」

※この後滅茶苦茶説教した。

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