”CALL” me,Bahamut   作:KC

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組み立ててあったプロットでは聖王国が登場しない予定だったんですが、
レメディオスがナイスキャラ過ぎてなんとか絡ませたくなりプロットを改造し始めまして……

ちょっとわけわからなくなってきましたね。
諦めるかもしれません。


after_8) 果樹園を目指して

射干玉の長髪をたなびかせる男が、統一感のない個性的な装備に身を包んだ人々の前に立っている。

数は十数人とそれほど多くなく、男女も年齢もさまざまだ。しかし、彼らは皆強者独特のオーラを放っており、何も知らぬ一般人はその光景を見ただけでも卒倒してしまうかもしれない。彼らは全員が例外なく、英雄の領域に到達しているのだから。

 

それでも、長髪の男は気圧されることなく……むしろ、誰よりも胸を張って彼らの前に立っている。

それもそのはず。彼は、目の前に立つ全員が一斉に襲い掛かってきたとしても完勝することができるだけの――超越者なのだ。

 

彼らはスレイン法国が誇る、人類最強の特殊部隊。六大神の血を引き、その血を覚醒させた神人を隊長に据えた切り札。

 

漆黒聖典である。

 

 

「風花聖典から報告が入った。皆も既に報告は受けていると思うが――。クレマンティーヌが死んだ」

 

 

何一つ物音のないこの空間において、さほど声を張り上げたわけでもない隊長の声が嫌に大きく響いた。

 

 

「……逃亡の最中、トブの大森林に侵入。道中、東の巨人と呼ばれるトロールと交戦・敗北し、捕食されたと見られている。逃走の際に使用していた……血まみれの装備一式と、奪取された叡者の額冠が巨人の巣から発見された」

 

「……フン。薄汚い裏切り者には似合いの結末です」

 

 

第五席次、クアイエッセ・ハゼイア・クインティアは、少しだけ表情を歪ませ、呟いた。

その顔には、ほんの少しだけ――憐憫の表情が浮かんでいた。

彼を一瞥し、隊長は言葉を切りながら話を続ける。

 

 

元第九席次(クレマンティーヌ)は確かに我らの祖国を裏切った大罪人であり、また問題を多数起こす性格破綻者だったが……。同時に、確かな実力を持ち、我々と共に戦った人類の戦士だった」

 

「死によって罪は消えない。だが同時に、功績も消えない。どうあれ、彼女もまた聖典として人類のために功績を残している」

 

「……遺体を失った以上、蘇生はもはや叶わない。せめて彼女の魂が死後、死を司る我らが神の下に導かれますよう――黙祷」

 

 

隊長の言葉と共に、一人欠けたままの漆黒聖典の面々は目をつぶり、今は亡き元同僚に黙祷をささげる。

隊員たちの思いは様々だが――。クアイエッセは、誰よりも強く目を閉じ、少しだけ震えているようにも見えた。

 

この黙祷は、一時でも共に戦ったからこそ……隊長の独断で行ったものだ。

クレマンティーヌ死亡の報告を受けた上層部は、誰一人として彼女の死を弔わなかった。それどころか、その死に唾をかける様な有様ですらあった。

確かに、適正者の多くない貴重な巫女姫を発狂させ、国に残された至宝である叡者の額冠を奪取していった彼女の罪は大きく、国の活動を妨げる敵と考えられても仕方がないだろう。

しかし、共に人類の安寧という……重い、重い責任を短い時間でも共に背負い、任務に当たった仲間であるからこそ、彼は敬意を抱くべきだと考えた。

人類が窮状に立たされていなければ、彼女もまたあのような立場になることはない、幸せな兄妹として一生を終えていたのかもしれない。

そう考えれば、彼女もまた被害者なのだと……ほんの少しだけ、隊長は考えていた。

 

 

(これで、彼女が少しでも救われることを願う)

 

 

若く、無垢であることによる甘さなのかもしれない。事実、魔法の仮面をかぶって外見はごまかしているものの、中身は齢二十に満たぬ若者だ。

それでも彼は、彼の仲間たちは、その考えを否定はしなかった。

 

 

「……これによって、国の憂いが一つ消えたことになる。我々の任務は、未だ残る大きな災厄を防ぐことだ」

 

 

破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)。数百年前に封印された、世界を滅ぼす力を持つ災厄と語られる存在だ。

竜王国の一件により部隊の派遣が中止されていたが、クレマンティーヌの死と共に風花聖典からもたらされたトブの大森林の異変。そして占星千里による占いの結果、復活を示唆する神託(ビジョン)を得たため、ついに出動の運びとなった。

 

 

「これより我々は、カイレ様を守護しながら破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の支配に向かう。各員、準備はよいか」

 

 

最早表情に憂いを持つ者はいない。

彼らは身を正し直し、神殿にて身を清め至宝を身にまとっているカイレを迎えに歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殿~!」

 

 

ドシドシと音をたてながら、ハムスケが木々を掻き分けて此方へと走ってくる。

その愛くるしいビジュアルもあって、ホームビデオの一幕のようだ。……少々縮尺がおかしいところはさておいて。

 

 

「おー、ハムスケ。この間はありがとうな。おかげで上手くいったよ」

 

「なんの!殿のためならばあれしき、なんの苦労もないでござる!」

 

 

飛び付いてきたハムスケの頭をワシャワシャとなでる。

見た目よりも硬い毛は、なるほど鋼鉄を弾くと言われるのも納得だ。お腹の毛は柔らかいらしいので、今度触らせてもらおうと思う。

 

 

「でもハムスケ、どうしたんだ急に」

 

「実は……この間殿に頼まれて侵入者を追い立てていた時、某の縄張りにナーガが侵入してきたでござるよ」

 

「ナーガ?」

 

「なかなか強そうだったので警戒したのでござるが、北の森がどうとか同盟がなんとか、よく解らんことを言っていたでござる。今は忙しいと言ったら、日を改めると言って退いたのでござるが……」

 

「……また来たのか?」

 

「その気があったら西の縄張りに来てくれと言われたでござる。某はあまり興味がないのでござるが、殿の意見も聞きたくて来たでござるよ」

 

「北の森……。そう言えばこの間見た妖巨人(トロール)の群れも北に向かってたな。何かあるのかな……」

 

 

うーむと少し考え、念話のアイテムを起動した。

何やらしばらくやり取りをした後。

 

 

「よし、リュウと一緒に行ってみようか。森の北に何かあるなら、村にも影響あるかもしれないし」

 

 

 

 

 

 

数刻後、トブの大森林を西に向かって疾走するひと塊。

 

 

「殿、乗り心地はどうでござるかー」

 

「悔しいけど割りと良いな……」

 

 

サトルとリュウを背にのせたハムスケがのそのそと森を行く。サトルは、三十近いおっさんが乗る絵面は辛いと言って嫌がっていたが、乗り心地は悪くない。体格的に跨がる格好が大股開きで締まらない事だけがネックだ。

 

 

「無理せず座れるように鞍か何か作ってみようかな……」

 

「その時は二人乗り出来るようにしてね」

 

「お二方、そろそろ着くでござる!」

 

 

ハムスケが鼻をひくつかせ、周囲に潜む何かの気配を感じとっている。

リュウも少しだけ集中すると、近くの木の影に不可視化した何かがいることに気がついた。

 

その方向を注視していると、ズルリと景色が歪むようにして一体のナーガが姿を現した。

 

 

「……ワシに気付くとはそこそこ出来る人間のようじゃな。じゃが……」

 

 

現れたナーガは木々を撫でるようにするすると位置を変え、ハムスケ達を包囲するように動いている。

 

 

「南の大魔獣が、かようなことになっておるとは驚きじゃ。戦力として期待しておったが、人間ごときに使われるようではたかが知れているのう」

 

 

枯れ木のような老いぼれた上半身を揺らし、ハムスケを煽るようにニヤついた笑いを見せる。

どうやら、歓迎されてはいないようだ。

 

じりじりと包囲を狭めながら迫ってくるナーガ。

ハムスケは毛を逆立て、尾をビシリと鳴らして戦いに備えている。

 

サトルとリュウは顔を見合わせて、ため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(わだじ)はリュラリュース・スペニア・アイ・インダルンと申じまず……。お二人に忠誠(ぢゅうぜい)(ぢが)いまず……。どうがごのまま生ぎ(づづ)げるごどをお許じぐだざい……」

 

 

顔をボールのように腫らしたリュラリュースが涙目で跪いている。

 

 

「森の南にある村……カルネ村の住人に手を出さなければ好きにしていい。交易も歓迎だぞ、ん?」

 

「ありがどうございまず……。配下達(ばいがだぢ)にも言い(ふぐ)めでおぎまず……。交易(ごうえぎ)(がん)じでは検討(げんどう)ざぜで(いだだ)ぎだぐ……」

 

「ええい、聞き取りづらいな!」

 

(リュウがやったんだろ……)

 

 

業を煮やしたリュウが、ボロボロのリュラリュースに回復魔法をかける。

 

 

「それで?森の賢王(ハムスケ)にどんな用があったんだ?」

 

 

顔の腫れが引いたリュラリュースは、おそるおそるといった様子で語り始めた。

 

 

 

 

トブの大森林はもとより、西の魔蛇、東の巨人、南の大魔獣の三大の縄張りが広がっていた。

唯一残る北の森の奥地には、枯れ木の森と呼ばれる領域が広がっており、侵入するものは悉く帰らぬ魔境である、という認識がナーガの一族にはあったようだ。

 

しかしここのところ、北の森から縄張りに逃げ込んでくる小動物や魔物の群れが多く、奇妙に思ったリュラリュースが偵察の者を送った結果、枯れ木の森が以前よりも拡がっていたというのだ。

 

そのペースは日毎に増しており、このままでは自分達の縄張りに届きうると判断した彼は、詳細な調査のために東の巨人の元へと同盟、共同戦線を持ちかけようとした。

 

しかし東の巨人、妖巨人(トロール)の"グ"は、リュラリュースを臆病者として取り合わず、自分達だけでさっさと北の森へと進軍してしまったようだ。

 

呆れ果てたリュラリュースは、同じ話を森の賢王(ハムスケ)に持ちかけるため、南へと来たのだという。

 

 

「結局、グの奴もあれきり戻ってきておりませんのでな。あやつは頭こそ悪いものの、個の戦闘力という意味では三大のなかでも抜きん出ている印象でございましたので……」

 

「……森に面している以上、カルネ村も他人事じゃないな」

 

「我々の台頭する遥か昔、北の森にはダークエルフの一族が住んでおったそうです。しかし、世界を滅ぼす力が森に降り注ぎ、ダークエルフ達は森を捨てて別の土地に移り住んだのだと聞いたことがあります。此度の事となにか関係があるかもしれません」

 

「へー、ダークエルフなんているんだ」

 

 

やっぱり美人揃いなのかなー、会ってみたいなーなどと呑気なことをぼやくリュウを尻目に、サトルは考え込んでいた。

三◯レベル強のハムスケよりも強い妖巨人(トロール)率いる軍勢が敗北したとなれば、カルネ村の戦力では敵わない可能性が高い。

それどころか、世界を滅ぼす力とやらが原因だった場合、本気を出した自分達の力が必要か、それですら敵わない可能性すらあるのだ。

潜在的脅威を放置しておくわけにはいかない。

 

 

「よし、ちょっと様子を見に行ってみようか。リュウ……いえ、クリュードさん。警戒して行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殿がアンデッドだったとは気付かなかったでござるなー」

 

「リュウ殿も異形だったとは……道理で」

 

「人として生きることにしているんだ。口外してくれるなよ」

 

「もちろんでござる!」

 

 

リュラリュースも黙って頭を下げている。

元の姿をさらしてから小さく震え続けているので、機嫌を損ねたら一族郎党皆殺しにされかねないとでも思っていそうだ。

 

四体が言葉少なに歩みを進めていると、少しだけ木々の開けた場所に出た。少し先には、リュラリュースの言うとおり、森がそのまま死んだような光景が拡がって見える。

 

 

「……たしかに"枯れ木の森"だな」

 

「殿、遠くから何やら……強い群れが来るでござるよ」

 

「北の森の主とやらか?」

 

「わからんでござるが、方向的には違うと思うでござる。……まだ向こうには気づかれてないようでござるよ」

 

「なら様子見だな。不可知の魔法を使うから、皆近くに寄ってくれ」

 

何かあったときのために、クリュードが翼を広げて三体を覆う。発見されて攻撃を受けても、初撃は最も打たれ強い彼が引き受けることになるだろう。

……ハムスケは少しはみ出しているが。

 

モモンガの発動した魔法で、彼らは森に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

 

「……隊長、見えてきた」

 

 

占星千里が小さく掠れるような声をだした。

彼女の指し示す先は周囲の鬱蒼とした森が嘘のように枯れ果てた、まさに死の森。

小動物や魔物の気配すらなく、風が枯れ枝を撫でる乾ききった音だけがそこに存在している。

 

 

「偵察に放ったクリムゾンオウルによると、この枯れ木のエリアは円形に広がっているようです。中心部に飛ばした個体は繋がりが切れました。やられたようです」

 

「各員、カイレ様を中心とした防衛陣形へ移行。予定通り対象の支配に向かう」

 

 

後方にいた、カイレと呼ばれた銀のドレスを着た老婆を守るように動く。

 

この先に待ち受けるのは、神託が正しければ世界を滅ぼす力。これはまさしく死地への行軍であることを、隊員の誰もが理解している。

それでも、彼らは歩みを止めることはしない。

決して死なない自信があるわけではない。死してでも成すべき事があると確信し、その成就のために進んでいるのだ。

 

枯れ木のなかを進むと、一際()()存在感の大樹が見えてきた。樹齢百年程度では収まらない、小さい神殿一つ分といわれても納得しそうな太さの大樹だ。

 

占星千里の動きが止まる。

体を覆えそうな程の三角帽のつばをギュッと握りしめ、身を小さくして震えている。

 

第四席次"神聖呪歌"が、恐怖を払う音色を奏でる。

その音色に助けられ、青白い顔のままで占星千里は立ち上がった。

 

 

「な、難度二五〇くらい。隊長よりも、強い」

 

 

誰かの荒い呼吸の音が聞こえる。しかし、取り乱すほどの動揺はない。

次第にその音は、ビリビリと伝わる大地の悲鳴によって

掻き消されていった。

 

 

「……来るぞ。俺が引き付けている間にカイレ様を守りながら接近。ケイ・セケ・コゥクの射程に入り次第、使用しろ」

 

 

そう言った隊長が地を蹴るのとタイミングを同じくして、大地を割いて大樹の根が張り出してきた。

咆哮とも地響きとも取れる轟音と共に、()()がその真の姿を現した。

 

世界の終わりとはこの事かと言いたくなる姿。

 

幹の下部が大きく裂け、まるで猛獣の口のように牙状の棘に覆われている。

その少し上には目のような二対の切れ目。隙間から見える暗闇の奥には炎のように揺れる、黄と緑の混ざり合ったような光。

獲物を見つけたかのように口は大きく裂け、触腕のような枝をゆらりと持ち上げる。

一〇〇メートルを超えるその全高に、しならせながら振りかぶる触腕は三〇〇メートルはありそうだ。

決して単身では勝利できぬであろう圧倒的な質量差。

 

振り下ろされようとしていた触腕が、弾かれたように横にそれた。隊長がその身に似合わぬ剛力で槍を振るい、軌跡を逸らしたのだ。

 

隊列の側面に叩き落とされた触腕の地面をえぐる轟音で、隊員達は弾かれたように動き出す。

彼らがジリジリと接近している間も、隊長は魔樹の注意がそちらを向かないように飛び回りながら、少しずつ攻撃を加える。

攻撃の当たらぬままつつき回されて業を煮やしたのか、魔樹は害虫を振り払うように滅茶苦茶に触腕を振り回し始めた。

 

技術もなにもない力任せの動きだが、その巨躯を振り回すことによって生まれる嵐のような風の動きは、人一人を吹き飛ばすのに十分な力があった。

 

空中でバランスを崩された隊長は、そのまま振り回されていた触腕の凪ぎ払いを受ける。

ミシ、という骨がきしむような音を感じながら、鈍い痛みと共に弾き飛ばされてしまった。

 

顔の回りを飛び回っていた鬱陶しい害虫が吹き飛んだことで、魔樹の注意はかなり接近していた他の隊員たちへと向く。

第五席次が呼び出した魔獣を盾にしながら進んでいた一行は、あと一息で至宝の射程距離に到達する。

睨み付けるように細められた魔樹の目の光が此方を向くが、触腕は振り回した際の遠心力のせいでまだ引き戻せていない。

 

このまま、至宝の射程距離まで到達が可能だ──と、足を引きずりながら魔樹の元へ戻ろうとしていた隊長が考えたのも束の間、魔樹の口から人間の頭大の弾丸のようなものが放たれた。

 

咄嗟に隊員達がカイレを守るために動く。

 

迫る一発目。第八席次が身を呈して弾いた。両手に装備している二枚の盾は神の残した秘宝の一つであるが、その一枚は大きくひしゃげ、衝撃を殺しきれなかった彼はその身に砲弾のような一撃を受けて吹き飛んだ。

 

次いで二発目。第六席次と第十席次が息を合わせ、それぞれの武器を大きく振り抜いて破壊しようとする。しかし、あまりの威力に二人の武器は弾かれた。弾道を変えることには成功したが、次いで届いた三発目が盾にしていた魔獣ごと、無防備な第十席次を撃ち抜いた。

 

そして、至宝の射程に到達した。

 

 

ギラ、とカイレの目に鋭い眼光が宿る。

持ち主の意を受けたこの老婆の纏う銀のドレスは、その美しい白金の竜の紋様を光らせる。

光の竜はドレスの表面を泳ぐように動いたあと、まばゆい閃光と共に魔樹に向けて飛び出した。

 

大きく開かれた光の()()()が、魔樹の巨躯を、本能を、魂を噛み砕いていく。

 

 

 

光が収まる頃にはあたりは静寂に包まれ、魔樹もまた何事もなかったかのように沈黙していた。

 

カイレは、その身に魔樹との繋がりがあることを確信し、息をついた。

 

 

「支配、完了じゃ」

 

 

ピンと張りつめた緊張の糸が弛緩する。

 

 

「……状況終了。各員、損害報告を」

 

「第八席次と第十席次が死亡。第六席次が両腕をひどく損傷。隊長も……ボロボロですね」

 

「俺は生きてるし動ける。問題ないよ」

 

 

そう言いながら、腰のポーチから青い治癒薬(ポーション)を取り出して一気にあおる。

完治にはほど遠いが、引きずっていた足はいくらかマシになったようだ。

 

クインティアが新たに召喚した魔獣に乗せて、吹き飛ばされていた第八席次の遺体を運んでくる。

苦痛に耐えている表情のままの彼を、白い清浄な布……安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)に包む。

 

同じく包まれた第十席次の遺体と共に、魔獣の背に優しく横たえた。

 

 

「第六席次は……武器は持てそうにないな」

 

 

隊長が話しかけると、彼は脂汗を流しながら申し訳なさそうに頷いた。両腕は手甲ごと砕かれて折れ曲がり治癒の魔法を受けても腫れが引いた様子はない。

 

この場での完璧な治療は諦め、応急処置を施した。

損害は大きいが、得たものも大きい。沈黙した魔樹を見上げて、隊長は隊員達を労った。

 

 

 

「魔樹はどうする。連れ帰るか?」

 

「いえ、流石に本国まで連れ帰るのは不可能です。このまま支配下でここに隠れさせ、別の機会に回収しましょう」

 

 

魔樹はカイレの意に従い、張り出した根を元のように埋め、まるで単なる大樹のように振る舞い始める。

 

それを見届け、漆黒聖典一行はその場を離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

漆黒聖典の去ったほんの少し後。

 

先程までの暴虐の跡が嘘のように静かにそこに居る大樹を見上げる、白銀の全身鎧の姿があった。

 

過去に思いを馳せるような素振りで、近づいても動く様子のない魔樹へと進み始めた。

 

 

「あの時僕たちの手から溢れた世界を汚す力の一端が……こんなところに残っていたなんてね」

 

 

誰もこの呟きに答えるものはいない。

本来であれば襲いかかってくる位置に居るはずの魔樹すらも。

 

 

「……法国の連中が秘蔵の品(ゆぐどらしるのアイテム)を使ったのか。つけてきて正解だったね」

 

 

世界を管理する種族の一員として。

評議国の永久評議員の一体として。

 

世界のバランスを崩すこの力を彼らの手元におかせるわけにはいかない。

 

 

ただでさえ少し前に、南の方──竜王国で恐ろしい力を感じたのだ。

前回から数えて、()()もそろそろ一致する。

 

また、百年毎の嵐が来ているのかもしれない。

 

 

(……願わくば、君のような存在であってほしいよ。……スルシャーナ)

 

 

心の中で静かに亡き友の名を呼ぶ。

ついぞ表情の読めなかった骸骨面が、脳裏に一瞬浮かんでまた消えていった。

 

 

そして、発動する。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?……!隊長!」

 

 

消耗を避けるため、なるべく拓けた野を進んでいた漆黒聖典は、突如珍しく大声をあげた占星千里の声で歩みを止めた。

 

 

「どうし……!!」

 

 

魔物の襲来かなにかかと思い隊長が振り返ると、占星千里は後方の空を見上げていた。

その視線の先には、空から降り注ぐ光の帯。

白く、それでいて鮮やかな七色の尾を引いて走るその光は、今はもう見えない……魔樹の居るであろう森の方向へと収束していく。

 

一瞬極大の閃光が走るのと同時に、七色に輝く光の滴を撒き散らしながら炸裂した。

その後、急速に光が一点に集まり、何事もなかったかのように消えていく。

 

隊員の誰もが、その様子を呆けたように見つめることしかできなかった。

 

 

ポツリと生まれた静寂を破ったのは、カイレの呟くような声。

 

 

「……魔樹の反応が消えた。……消されたようじゃ」

 

 

それを聞いて現状を理解した隊長は、思わず感情を露に叫んだ。

 

 

「くそ、やられた!白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)につけられていた!」

 

 

竜の知覚は人間のそれを遥かに超える。

最強の竜王と目される白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)、ツァインドルクス=ヴァイシオンであれば、此方の知覚範囲外から尾行することも可能であろう。

 

今の光は間違いなく、彼の放った始源の魔法(ワイルド・マジック)によるものだ。

 

 

「……人類の脅威となる敵が一つ減った。そう考えるしかあるまいよ」

 

 

少し悔しそうに呟くカイレに、口を噛み締めたまま何も言うことができなかった。

 

 

こうして彼らは、失意のままに本国へと戻る。

命を呈してくれた隊員になんと言えばよいのか、まだ若い彼にはすぐには答えが出せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふーむ」

 

 

法国の隊員たちも、評議国の全身鎧も、そして魔樹の欠片さえも無くなった枯れ木の森から、じわりと湧き出るようにして二体の影が現れた。

 

そのうちの黒いローブをはためかせた方……モモンガは、先ほど見た光の威力を推し量ろうとしていた。

 

 

失墜する天空(フォールンダウン)よりも単純な威力は高そうだな……。ユグドラシルでは見たことがない」

 

「魔樹の体力、かなり多かったみたいでしたからね。それを一撃で消し去るのはかなりヤバイ」

 

 

クリュードもまた、先ほど繰り広げられていた連中の戦いを思い出しながら呟く。

 

 

「魔樹と主にやりあってた男……多分、竜王国で見たやつと一緒だったと思います。顔はちょっと覚えてないですけど……。装備もなんだかプレイヤーっぽかったですね」

 

「クレマンティーヌの記憶にある連中と一致してましたし、スレイン法国の漆黒聖典とやらでしょうか。国をつくったって言うプレイヤーの装備を使っているみたいですし」

 

()()()()とやらは居ませんでしたね」

 

「外には出られないって言ってましたからね。今回も例外ではなかったんでしょう」

 

「あの老婆が使っていた技も気になります。魅了か支配系の生まれながらの異能(タレント)でしょうか」

 

「ンフィーレアの件もありますから可能性はありますが……どちらかと言えば、装備していたドレスの効果にも見えましたね。そんなアイテムあったかな……」

 

「ま、帰ってクレ……レティに聞いてみましょうか」

 

 

様々なものを得た二人は、ハムスケ達を回収してカルネ村へと戻っていく。枯れ木の森の端で、リュウが見つけた()()()を回収してから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルネ村に戻ると、北側の物見から心配そうに村の外を見ていたエンリとレティが出迎えてくれた。

 

 

「サトルさん、リュウさん、お帰りなさ……い……」

 

「……おかえりー。なんか北の方がすごい音してたけど何かあったの?」

 

「ただいま、二人とも。ちょっと色々あってね。解決はしたんだが、レティにはちょっと聞きたいことがあるんだ」

 

「ん?まあ知ってることなら答えるけどさー……」

 

 

レティは、リュウが()()()()()物に視線を向けて眉を顰めている。エンリも、それを目にしてから固まったままだ。

 

 

「リュウちゃんのそれは……何?」

 

「これ?お土産!」

 

「……根っこつきの樹に見えるんだけど」

 

「樹だからね!」

 

「えぇ……?」

 

 

困惑するレティの後をようやく再起動したエンリが引き継ぐ。

 

 

「え、えっと……薪にするってことですか?それならジュゲムさん達に頼んで……」

 

「わー!待って待ってやめて!薪にしないで!」

 

 

唐突にどこかから聞こえてきた甲高い声に、エンリは驚いて辺りを見渡す。周囲に声の主は見当たらなかったが、レティは樹木の上に見える人のような形をした幹の部分を凝視していた。

 

 

木の妖精(ドライアード)……?」

 

「お、レティせいかーい!北の森で栄養を奪われて枯れかけてたから、土ごと引っこ抜いてきた」

 

「お陰でまだ根っこがヒリヒリするよ……」

 

 

少し涙声で木の妖精(ドライアード)が口をとがらせる。

肌はまるで磨かれた木像のような滑らかさだが、姿形は人間の女性のようだ。

 

 

「助けてくれるっていうからお願いしたけど、土ごと強引に引っこ抜くし、ハムスケ君にはちょっと齧られるし……散々だよ」

 

「なんだよー、千切っていい根っこの場所とかちゃんと守っただろー」

 

「まぁ、そうなんだけどさぁ……」

 

 

軽口を叩きあいながらそのまま村の中へと入っていってしまった。

呆然と見送るエンリとレティを見て、サトルは少し笑ってしまった。

 

 

「根っこ付きのあのサイズの樹とか二トン以上あるでしょ……?なんであんな軽々と持ってんの……」

 

「あの……リュウさんはなんでその……ドライアード?を……」

 

「本人曰く、果実の樹を育てる手伝いをしてほしい、だそうだよ。私たちは森祭司(ドルイド)農家(ファーマー)職業(クラス)を持っていないから、育てられないだろうしな。……森の中に採りに行くのがめんどくさいんだとさ」

 

「なるほど、それで……。でしたら、肥料になる灰を後で持っていきますね」

 

「そうしてくれると嬉しいな」

 

 

サトルとエンリも柔らかく笑いあいながら、村の中へと入っていく。

 

 

「……エンリちゃんはあの怪力とかあんまり気にしないのね。……まぁ、今更だけどさー」

 

「考えるだけ無駄ですぜ、レティの姉御。ほら、サトルの旦那が呼んでますよ」

 

「……アンタいたのね。はいはい、今行きますよー」

 

 

まさかゴブリンに慰められる日が来るとは。

今までの常識が音を立てて崩壊していくのを感じながら、レティはサトル達の家へと走っていった。

 

 

 

 




ジュゲム「もう慣れた」





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