”CALL” me,Bahamut   作:KC

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コメント、誤字修正感謝してます。
非常に励みになります。

二次創作によくあるやつ。
賛否あるとは思いますが、妄想なので勘弁してください。


after_4) 人として生きるという事

「冒険者が来る?」

 

 

モモンガがエンリからその話をされたのは、クリュードと共に毎日の日課にしているカルネ村防衛計画進捗会議(仮称)の時であった。

カルネ村の復興活動や、防衛設備の建設計画に関して話し合うべく始まったこの会議は、会社員時代の苦い経験をもとに、別々の作業を行っているゴブリン隊や村人たちとの情報共有を図るべく、各々の作業チームのリーダーが前日の報告と本日の計画を立てる場でもあった。

この会議は、騎士による襲撃事件後に村の広場に新たに建てられた村役場で執り行われており、村の中を行き来する際に立ち寄りやすい場所で行われている。

それもあってか、時折、意見やお知らせを持った村人がフラリと参加して発言していくこともある。

仰々しい名前で会議と銘打ってはいるが、ちょっと規模の大きな井戸端会議のようなものだ。

 

その日は特に大きな連絡事項もなく、お茶を飲み終えたら解散しようという空気になっていたところであった。

 

 

「ごめんなさい、いろいろなことがあってすっかり頭から抜けていたんですけど……」

 

 

申し訳なさそうに俯くエンリに、モモンガはひらひらと手を振って答える。

 

 

「何、構わないよ。冒険者というと、前に話していた城塞都市の人間かな」

 

「はい。エ・ランテルに、バレアレという薬師の店があります。そこのンフィーレアという青年が私の幼馴染なんですけど、カルネ村の近くでとれる薬草の質がいいというので、定期的に冒険者を雇って薬草の採取に来るんです。村としては収入源になるので、喜んで受け入れているんですけど……」

 

「その薬草の採取がもうすぐ来るってこと?」

 

「いつものタイミングよりはまだ早いですけど、前回採取に来たときに次は少し早めに来るかもと言っていたので、そろそろ来るかも知れません……」

 

「ふーむ。都市とつながりのある人間であれば、あまり村の実情を知られないほうがいいかもしれないな……」

 

 

モモンガは顎をさすりながら椅子に深く腰掛ける。

今のカルネ村は、エンリが召喚したゴブリン隊、労働力の補填としてモモンガが召喚した死の騎士(デスナイト)やスケルトンなどのアンデッド達が村人たちと混じって生活している。

村人たちはもう慣れたものだが、外部から来た人間がこの村の様子を見て良い結果が起こるとはあまり考えられなかった。

 

 

「ゴブリン隊はまぁマジックアイテムを使ったといえばごまかせるかもしれませんが、アンデッドが村の中を闊歩しているのはあまりいい顔されないでしょうねぇ」

 

「最悪、モンスターに支配された村だなんだ言われて討伐隊でも送り込まれたら面倒ですしね」

 

 

クリュードも、前後逆に置いた椅子にまたがり、顎を背もたれに乗せてうんうんと唸りながら考えているようだ。

非常に行儀が悪いが、彼は翼をもつ竜人だ。人間用の背もたれ付きの椅子では、翼や尾が椅子に引っかかって煩わしいらしい。

 

 

「ンフィーレアには黙っておくようお願いすることもできますが、冒険者の人たちはそうもいかないので……」

 

「しばらくはアンデッドの作業員を使わないほうがいいですか?作業ペース落ちちゃうなぁ」

 

 

クリュードは、村を囲う塀の建築作業計画を思い返し、腕を組んでうなり始めた。それほど規模の大きくない村とはいえ、全周を塀で囲うとなるとそれなりの距離となる。

最終的には周囲から視界の通らない防御壁を建設しようとしているのだから、作業員不足はなかなか深刻な問題である。

 

 

死の騎士(デスナイト)は全身鎧か何かを着用させてゴーレムだとでも言い張りましょう。しばらくはスケルトンたちは引っ込めておいたほうがいいか……。遠目にでも見られてしまえばおしまいですし」

 

「案山子みたいに服でも着せてみます?」

 

「スケルトンには複雑な指示ができないので……ボロを出されないように消しちゃった方が安全だと思います。スケルトンなら大した手間もなくすぐ増やせますから……」

 

 

カルネ村にいる死の騎士(デスナイト)の多くは、かつて襲ってきた騎士たちの死体を利用して作成したものだ。

モモンガが最初に作り出した一体を始め、死体を基礎にして作成された彼らは本来の持続時間を超えて存在し続けているため、継続的に利用できる労働力として非常に重宝している。

 

対して、簡単な農作業や木材の伐採を手伝わせているスケルトンたちは、純粋にモモンガの魔法や特殊技術(スキル)のみで召喚された者たちだ。

放っておいても時間が来れば消える存在なので、消すことにそこまで勿体なさは感じない。

 

 

「農作業を手伝っているスケルトンを撤収させるなら、塀の作業をしている人たちをそっちに回したほうがいいかもしれませんね。運搬作業は最悪僕が頑張りますよ」

 

「農業は村の生命線ですから、最優先にしないとまずいですものね。村の防衛に関しては我々がいる間はなんとでもできますし」

 

 

申し訳なさそうな顔をしている村長とエンリに、フリフリと手を軽く振って気にするなと伝える。どうせ持て余している身体能力であるし、たまには全力で動くのもいいだろう。

 

 

「改めて村の人たちに俺の正体を黙っているように言い含めておかないといけないなぁ。考えるほど、最初に正体丸出しだったのはアホだったとしか言えない……」

 

「僕は人間体になっていればいいですけど、モモンガさんは大変ですねぇ。いっそ村人たちの記憶でもいじっちゃいます?」

 

「あまり物騒なこと言わないでください。そうするには見られた人数が多すぎますし、エンリと村長が怯えるでしょうが」

 

「モモンガ様がおっしゃるなら、我々は受け入れますよ」

 

 

村長もエンリも、真剣なまなざしでモモンガを見ている。それはもはや単なる村の仲間という信頼を超えた、信仰にも似た何かが感じられた。

 

モモンガは頭を押さえながら軽く振り、思わずため息を漏らす。

 

 

「今更何を言っているんだ。戦士長と応対した時のように、ローブを閉じて仮面と手甲……加えて、幻術でも使っておくさ」

 

 

感極まったような表情をしている村長たちとモモンガのハートフルストーリーを尻目に、クリュードは黙って考え込んでいた。

 

 

(姿をごまかす方法もそうだけど、それ以上に……)

 

 

睡眠も、食事もできなくなった人間は、人間としての精神を保ち続けることができるのだろうか。

 

人間の精神構造は、無限のストレスに耐えられるようにはできていない。

モモンガいわく、感情が高ぶると強制的に落ち着くのだとも言っていたが、それもあまり良いことだとは思えない。

感情の発露は、ストレスの発散として行われる面もある。得てして、感情を内向きに消費しようとするものほど心を壊しがちなのだ。

湧き出る感情が強制的に押さえつけられるということは、精神のひずみがどんどん内に蓄積していくという事。

いずれ、取り返しのつかない崩壊が訪れる。

 

せめて、種族由来の無効化能力を打ち消す方法がなかったかと頭を巡らすが、何も浮かばずに断念した。それこそ、世界級(ワールド)アイテムでも探せば中にはあるかもしれないが、残念ながらクリュードは一つも所持していなかった。

 

 

「竜の兄貴は人間の姿になれるんですかい?」

 

 

エンリによってジュゲムと名付けられたゴブリンがクリュードを窺いながら聞いてくる。

そういえば、カルネ村に訪れてから人間の姿をとったことはなかった。

 

 

「僕たちみたいな竜人種は、あー、もともと人に近い種族だったという設て……言い伝えがあってね。竜をあがめる種族だった彼らに、いつからか竜の要素が混ざり合って、こういう種族になったらしいんだ。魂の源流が人に近いからかな。竜人種はある程度成長して自分の力を操れるようになると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()技術を自然と覚えるんだよ」

 

 

竜人種の設定を思い出しながらの返答であったが、大きな矛盾はなさそうだ。ゲームを再開した際に、ロールプレイのためにいろいろな設定を見直していなければこの答えは浮かばなかっただろう。

質問をしてきたジュゲムよりも、モモンガのほうが興味深そうに話を聞いていた。

 

 

(それにしても、もともと人に近い種族だったのにいつからかこの姿に……なんて、まるで今の僕たちみたいだな。あの特殊技術(スキル)をモモンガさんも使えればよかっ――)

 

 

その時、クリュードに電流走る――

 

 

「クリュードさんの人の姿はまだカルネ村では見せていませんでしたね。私の仮面姿と合わせて、あとでみんなに紹介して回りま――」

 

「モモンガさん」

 

 

クリュードが、モモンガの言葉を遮って声を上げた。

 

 

「実験したいことがあります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――翌日、カルネ村役場

 

 

エンリは昨日と同じように役場で会議が始まるのを待っていた。

村長や狩人、ジュゲムをはじめとしたゴブリン隊も、普段会議に参加しているメンバーは既に全員そろっている。

しかし、普段ならば早い時間に顔を見せているモモンガ達の姿が見当たらない。

 

首をかしげていると、バタンとドアが開かれ、見覚えのない少年が入ってきた。

 

 

「やー、遅れてごめんなさい!いろいろと試してたらすっかり遅くなっちゃったよ」

 

 

元気に声を上げてあいさつをする少年の声に聞き覚えはない。

深い紫を基調としたフード付きで袖のない服を纏い、健康的に焼けた浅黒い肌に、夜空を思わせる黒い髪はあまりこの辺りでは見かけない特徴だ。どこか、以前村を訪れた王国戦士長を思わせる。

腰からは見慣れない紋様の装飾品のついた深紅の帯がいくつか垂れ、彼の飄々とした動きに合わせてゆらゆらと揺れている。

衣装の背中には日輪を模した金の意匠が施されており、生半可な人間では手に入れることのできない豪華な品であることを主張している。

 

年のころは十と少しだろうか。まだ変声期を迎えていない喉から出る甲高い声は、大人に変わり切れていない無邪気な少年を思わせる。

少なくともエンリよりは年下のようだ。

 

得体のしれぬ闖入者に、ゴブリン隊は警戒を露わにしている。

ジュゲムは静かにエンリの前に立ち、他のゴブリン隊もさりげなく村人たちをかばえる位置へと移動する。

 

少年はそんなゴブリンたちを気にした様子もなく歩みを進め、普段クリュードが座っている椅子に腰を下ろした。

さすがにまずいと思ったエンリが声を上げるよりも早く、少年はあけ放たれたままの入口のドアに向かって呼びかける。

 

 

「モモンガさんも早くおいでよー」

 

 

少年の口から出た村の恩人の名前にぎょっとしていると、入口から様子を窺うように見知らぬ男性が顔を出した。

少年同様の黒目黒髪であるが、少年よりも色白でどこかパッとしない印象を受ける。

簡素な茶色のローブをまとっており、左腕につけられた不思議な光を放つ球体の付けられた腕輪が少々浮いて見える。

老いを感じさせるような姿ではないが、歳相応に苦労を重ねてきた大人の男性であるという印象だ。

 

 

「何も言わないで突然入ったらみんなびっくりするでしょう、クリュードさん……」

 

 

男性は険しい表情のまま深いため息をついて少年を諫める。

二人がお互いを呼び合う名前を聞いて、エンリは目をパチクリさせながら男性を見る。

意図せずして注目を集めてしまった男性は、少し恥ずかしそうに目をそらしながら首に手をやり、ぼそりと呟いた。

 

 

「あ、えぇと、その……モモンガです」

 

「こっちはクリュードでーす」

 

 

しばしの間、役場の中は驚きの声で満たされた。

 

 

 

 

 

 

 

「モモンガ様はアンデッドだったんじゃなかったんですか!?」

 

 

エンリがずいと詰め寄ると、モモンガは恥ずかしそうに体を反らしてエンリから離れようとした。

元々営業職として人とコミュニケーションをとることはそれほど苦手ではなかった彼だが、仕事上の関係ではない女性からここまで物理的に近づかれたことはない。

彼の顔を伝う汗は、部屋の温度が高い事によるものではないだろう。

 

 

「いえ、その……」

 

「僕の持ってたマジックアイテムと特殊技術(スキル)を使って一時的に人間化してるんだよ」

 

 

その言葉にエンリは驚き、モモンガの手をとる。

前に少し見せてもらった幻術とは違い、触れたところから感じるのは骨の固く冷たい感触ではなく、柔らかな人肌の感触であった。

手からはぬくもりが伝わり、生きている証である心臓の鼓動も感じることもできる。

そのまましばらく手を撫でていると、だんだんとモモンガの手がしっとりと濡れてきた。

エンリが彼の顔を見ると、こちらを見ていたモモンガと目が合う。エンリの視線は、モモンガの澄んだ色をした黒い瞳に吸い込まれていった。

そのまま二、三秒見つめあっていたが、周囲の生暖かい視線に気が付き、急に二人の頬に朱が差した。

エンリはパッと飛びのき、焦りながらモモンガに謝罪を述べている。

 

 

「他の人から見て違和感あるかどうかを確かめたかったんだけど、イイ感じに発展しそうなくらいだし大丈夫そうだね?」

 

 

クリュードがニヤニヤしながら放った一言で、エンリは真っ赤に茹で上がり、顔を俯かせたまま着席して動かなくなってしまった。

村長は顔を真っ赤にしたまま動かなくなったエンリを微笑ましく思いながら、モモンガとクリュードを観察する。

確かに黒目黒髪の珍しい人種ではあるが、南方の人々は同じような特徴を持っていると聞く。

 

これまで威風堂々としていたモモンガが、物腰柔らかというか、遠慮気味の振る舞いになっているのが少し気になる程度だろうか。

 

少なくとも、彼らに初めて会った人間が、彼らが異形であると看破するのは不可能であるように思えた。

 

 

「いやはや、昨日までのお姿と同じ方とは思えませんな……。お二人とも髪や目の色は珍しいですが、私には特に違和感は感じられません」

 

「俺らから見ても変わった格好だくらいの印象しかありやせんね。匂いも人間のそれだ」

 

 

他のゴブリン隊の面子の意見も同じようなものであった。これであれば、外からの人間が来ていても問題はないだろう。

 

 

「問題なさそうだし、これからしばらくこの姿で過ごすことにするよー」

 

「それと、昨日クリュードさんと二人で話して決めたことなんですけど。人間の姿をしているときは、別の名前を使おうと思ってます」

 

「偽名ってことですかい?」

 

「偽名というより、新しい身分を作るつもりでして。仮に異形の姿の時の出来事が外に漏れてしまっても、人間としての立場があればごまかしようがあるので……」

 

 

それに――

 

 

(人として生きるって、決めたしな)

 

 

モモンガは左腕につけられた不思議な腕輪を撫でながら、前日の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

――時は前日の会議の後、夕方まで遡る。

 

 

 

騎士の襲撃で住人のいなくなってしまった家で、モモンガとクリュードは向き合っていた。

モモンガによる周到な探知阻害魔法により、外部から室内を観察するのは困難となっている。

 

 

「で、クリュードさん。実験したいことって何ですか?」

 

「いや、僕の人間体についてなんですけどね?」

 

 

そういうと、彼の体が折りたたまれるように縮み始めた。

だんだんと体の境界はぼやけ始め、気が付くとそこには見覚えのある少年が立っていた。

彼が身に着けているフード付きのノースリーブパーカーを作る際には、ユグドラシル時代にモモンガも協力している。竜人形態の際の翼装備を模した、背中の日輪のマークがポイントだ。

 

 

「その姿を見るのも久しぶりですねぇ」

 

「フフフ、装備更新の際はお世話になりました。で、なんですけど」

 

 

コホン、とわざとらしく咳ばらいをしたクリュードに、モモンガもなんとなく居住まいを正す。

 

 

「さっきの会議の中でもちょろっと説明したんですけど、竜人種の人形態のアバターっていうのは、人の姿に化けているのではなくて、混ざった異形の要素を眠らせる、っていう設定なんですよ。形態を切り替えるときの特殊技術(スキル)の説明もそれに準じたものになっていました」

 

「ええ、さきほどそんなことを言っていましたね。さすがに種族固有の設定までは知らなかったので面白かったです」

 

「それでなんですけど。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って設定、今の僕たちに近いものがあると思いませんか?」

 

 

モモンガは顎に手を当てて思案する。

確かについこの間まで、自分は単なる人間だった。今となっては遠い過去のようにすら思えてしまうが、電子の海に広がる未知の世界にあこがれてこの異形の体(アバター)を使ううちに、こうなってしまった……とでも考えれば、設定として噛み合う。

 

 

「ゲーム中では単なるフレーバーテキストですから、システム的には設定された第二外装と入れ替えるだけのものでしかありませんでした。事実、僕の今のこの形態は自分で作った第二外装です。でも、フレーバーテキストすら忠実に反映されているこの世界で、第二外装を登録していないプレイヤーが同じ特殊技術(スキル)を使うことができたら……」

 

現実世界(リアル)の姿になるかもしれない?」

 

「そういうことです」

 

 

クリュードは満足そうにどや顔で頷いた。

確かに、これまでの実験でわかったことだが、ゲームでは単なるフレーバーテキストでしかなかった設定が、この世界にきてからその性質に大きな影響を与えているケースは多い。

もしユグドラシル由来のすべてのものがそのフレーバーテキスト通りの存在としてこの世界に持ち込まれているのであれば、彼のいうことは正しいだろう。

 

 

「でも、種族由来の特殊技術(スキル)を別の種族のキャラクターが使う方法はありませんでしたよね?」

 

「ゲームのシステムに支配されていた時はそうでした。ですが、今の状況であればこれが使えるかもしれません」

 

 

そういうと、クリュードはアイテムボックスから一つの腕輪を取り出した。

白みがかったオリハルコンの様な材質でできており、中央に不思議な光を放つ球体がはめ込まれている。

モモンガには見覚えのないアイテムだ。

 

 

「……これは?」

 

「<ものまね>のコマンドマテリアがはめ込まれたマテリアバングルです。ほら、前に話したコラボイベントの時のワールド限定で拾えたアイテムですよ」

 

 

差し出されたその腕輪を受け取り、鑑定の魔法をかける。

腕輪自体のレアリティは上級、はめ込まれたマテリアというアイテムは遺産級(レガシー)だ。

 

 

 

「それを装備して使用すると、<ものまね>が使えるようになります。<ものまね>を使うと、ターゲットした相手が使用した魔法や特殊技術(スキル)()()()()使()()することができます」

 

「このスキルが面白いのは……わざとなのか運営がチェックしなかっただけなのかわかりませんが、種族や職業固有の特殊技術(スキル)でも真似することができるところです」

 

 

その話を聞いてモモンガはギョっとする。固有の特殊技術(スキル)でも真似されてしまうとすれば、PvPの際の戦略に大きな影響を及ぼしかねない。

 

極論を言えば、ワールドチャンピオンが使う次元断切(ワールド・ブレイク)のようなぶっ壊れ技が、魔術師然とした格好の相手から飛び出してくる可能性すらあるのだ。

しかし、ユグドラシル後期の情報でも、そのような話が出たのを聞いたことはなかった。

 

 

「そもそもこのマテリアシリーズがほとんど出回ってないんですよ。これ、普通にコラボのストーリー進めるだけでは手に入らなかったんですよね。期間は限られていたし、同時にたくさんのコラボが行われてましたから、ストーリー終わったら他の世界に行ってる人が多かったみたいです」

 

 

後の方なんかほとんど誰とも会いませんでしたからね、と少し寂しそうに付け加えた。

 

 

「それに、<ものまね>でターゲットしてから使用された技でないと真似できないですし、<ものまね>が技を覚えていられる時間は30秒程度なので、事前に技を記録しておくこともできないんですよ」

 

「ビ、ビックリした……。技の保持時間がなければあらかじめ技を真似出来る環境さえ用意しておけばとんでもない性能ですもんね」

 

「ゲーム中でも、人間が火ィ噴いたりするくらいならできたんですけど……例えば、騎兵(ライダー)職の騎獣召喚をものまねしても、特殊技術(スキル)そのものは発動できるんですが、騎獣が設定されていない、というエラーメッセージが出て何も召喚できず終わったりしたことがありました。多分、システム的に参照するデータが存在しないからだったと思うんです。でも――」

 

 

――フレーバーテキスト通りに事が運ぶようになっているのであれば、もしかしたら。

 

 

「まぁ、ダメでもともとです。腕輪はプレゼントしますので、装備して僕にターゲットしてみてください。これからもう一度元の姿に戻るので」

 

 

そう言いながら、クリュードはヒュルリと竜人の姿に戻った。

モモンガが腕輪を受け取ったものに取り換え、こちらに向けてマテリアを使用していることを確認すると、もう一度人間の姿になるための特殊技術(スキル)を発動した。

 

モモンガは、腕輪にはめられたマテリアが使用可能になっているのを感じ、即座にその能力を開放した。

 

刹那、彼の脳裏にかつての記憶がフラッシュバックする。

 

 

まるで走馬灯のように、今から過去へと――見た覚えのある映像が自分の周りを流れていく。

 

 

 

何の感慨もなく、村を襲っていた騎士達を殺しまわっている自分。

 

地下深い大墳墓の最奥の円卓で、一人寂しくたたずんでいる自分。

 

ただ作業のように会社へと足を運ぶ自分。

 

仕事で失敗をし、失意のまま家へと向かっている自分。

 

久々にゲームを再開した仲間に早く会うため、早々に仕事を切り上げている自分。

 

ギルドの仲間たちとオフ会をした時の自分。

 

初めてユグドラシルをプレイした時の自分。

 

大切な誰かの遺体の前で、静かに涙を流しながら立ち尽くしている、小さいころの自分(鈴木悟)

 

 

 

気が付くと、頬に冷たいものが流れているのを感じた。

何事かと顔に手をやると、いつもと違う――いや、いつも通りの柔らかい感触が返ってくる。

 

モモンガの目に映るその手は、鋭く白い陶器の様な固い骨の手ではなく、少々不健康そうな色をし、ところどころに腱と血管の浮き出た、痩せぎすの手。

 

まじまじとその手を見ていると、少年の姿をしたクリュードから手鏡を渡される。

受け取ったその鏡には、すこし疲れたような顔をした、自分(鈴木悟)が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腹が減った。

 

そしてすごく眠い。

 

自分が人間の姿に戻っていることを自覚して、最初に感じたのはこの二つであった。

この村に墜落したあの日から、()を残して体が異形となり、満たす事が出来なくなった欲望。

人間の体を取り戻したことにより、魂がこれまでの分を取り戻そうとでもしているかのように要求してくる。

 

急激に体から力が抜け、ふらふらとその場に崩れ落ちそうになったところを、クリュードが慌てて支えた。

 

 

「ごめんなさい……なんか、すごく空腹で……あと眠くて……」

 

「アンデッドだと寝たり食べたりできないから、その分の空腹感とかが一挙に押し寄せるのか……?要検証ですね。とりあえず、果物と水をどうぞ。食べたらとりあえず寝ちゃってください。細かい検証は明日以降にしましょう!」

 

 

そう言ってアイテムボックスから取り出した何かの果実と水の入った革袋を差し出してきた。

取りつかれたように果実をかじる。これまで食べてきたものは砂か何かだったのかと思いたくなるくらい瑞々しく、甘みと酸味にあふれる味だった。

がっつくように一気に食べて水を飲み干すと、言いようのない幸福感と満足感が体の隅々まで染み込むように行き渡り、心を満たしていく。

 

空腹を満たしたからだろうか、モモンガは先ほど以上に激しい眠気に襲われた。

 

ふらふらとしているモモンガを、クリュードは部屋の隅にあったベッド――よく干した藁に、清潔な布を敷いただけの簡素なものである――まで誘導し、ポンと背を押す。

途端に彼の体はバランスを崩し、ベッドに倒れこむ。深く沈みこんだベッドに埋もれ、そのまま寝息を立て始めてしまった。

 

 

「おやすみなさい、モモンガさん。また明日の朝会いましょう」

 

 

そうつぶやくと、クリュードは竜人の姿に戻り、ベッドに倒れこんだまま寝ているモモンガにタオルをひっかけて部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――翌朝

 

窓から差し込む朝日と、窓辺に集まる鳥のさえずりで目を覚ました。

寝ぼけた頭のまま、出社の準備をしなくてはという思いが一瞬頭をよぎり身を起こすも、視界に入ってきた土壁と立てかけられた農具を見て我に返った。

 

体を包む太陽の光と、寝具に残る穏やかな暖かさが体を布団に縛り付け、意識を再度微睡みへといざなう。

ぼんやりとしたまま、欲の赴くままに眠りの世界に再度踏み込もうとして――

 

 

「おはようございますモモンガさん。よく眠れました?」

 

「ウワァ―――――!!?」

 

 

覗き込むように視界に入り込んできた嫉妬する者たちのマスクを見て、意識は完全に覚醒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁーびっくりした。朝から驚かせないでくださいよもう」

 

「驚かせたつもりは全くないんですけど……」

 

「起き抜けにあんなもの(嫉妬マスク)みたらそりゃ驚きますよ」

 

 

竜人の姿のまま、なぜか仮面をつけて目覚めのあいさつをかましてきたクリュードと共に食卓についていた。

といっても、クリュードはアイテムボックスの整理をしているだけで、特に何も口にしていない。

 

 

「食事も普通に摂れているし、一晩経っても違和感はなさそうですか?」

 

「快調ですよ。この分なら、この格好で人前に出ても大丈夫そうです。今日の会議で村の人たちにも見せておきたいですね」

 

「でも、あれだけ驚いたってことはやっぱり精神効果無効の能力は消えてるみたいですね」

 

 

薄い塩味のスープをすすり、少し焦げた固いパンをかじりながら自分のステータスを意識する。

死の支配者(オーバーロード)であった時に感じられた、様々な能力がなくなっているように思う。

 

空腹を感じたり、睡魔に負けたりするということは、身体的なバッドステータスもまた復活しているということだ。

 

今の装備品は、死の支配者(オーバーロード)の種族特性を前提とした強化や対策が施されたものだ。人間の姿でいる間は、これまで種族特性で無効化されるために対策の必要がなかった状態異常に関しても、指輪などの装備品で対策を施さなくてはならないだろう。

 

 

「確かに、ステータスだけで考えるとアンデッドよりもデメリットが多いですね。でも……」

 

 

そこで一度言葉を切り、鱗に覆われた友人の顔をしっかりと見る。

 

 

「ありがとうございます。こっちで騎士を殺したとき、殺されてしまった村の人たちを見たとき……何も感じられなかった自分がとても怖かったんです。ゲームじゃないと気づいてから、自分がどんどん人間じゃなくなる感覚があって……。おかげで、人間だったころを見失わずに済みそうです」

 

 

はにかみながらそう言って頭を下げる。

 

 

「せっかく現世の煩わしい束縛から逃れられたんですし、自由に生きましょう。誰も文句は言わないでしょう。アンデッドと人間のいいとこどりして行けばいいんですよ」

 

 

クリュードは、ケラケラと笑いながら言った。

現実の世界に帰る方法は今のところ見つかっていない。これまでの反応を見るに、モモンガはその方法を探すつもりはないように感じられる。

 

クリュード自身も、特に現実の世界に未練があるわけではない。養わなければならない家族はもういないし、日々の仕事と地獄の環境で精神も肉体もすり減っていくばかりだ。

人の姿すらゲーム中に自分がデザインしたキャラクターとなってしまったクリュードにとって、現実の自分を匂わせるものはもうほとんど何も残っていない。

 

そうだとしても。

 

深く考えるとドツボにはまってしまいそうな仄暗い考えを塗りつぶすほどの希望と興味が、クリュードを楽観的にさせていた。

 

 

 

『《――バハムート!》』

 

()()()に、あの時の感想を聞いてみたいのだ。

 

 

 

「この村が落ち着いたら、街の方に探検に行ってみましょうよ!こっちで稼ぐことを考えたら、冒険者になってみるのも面白いかもしれませんし!」

 

「それなら、今度来るかもっていう冒険者にも話を聞きたいですね。冒険者のこともそうですし、町のことも……。知らないことが多すぎますから」

 

「外に出るなら、ちゃんと自分の身を守ることも考えないといけないですね……」

 

 

モモンガの死の支配者(オーバーロード)の姿を知っているのは、今は村人たちしかいない。

村を襲った騎士たちは全て殺したし、死体も()()()()してしまったので蘇生されて情報が漏れることはないだろう。

しかし、遠距離から姿を見られていたり、探知系魔法を使用された可能性は否定しきれない。

 

今のところモモンガ自身にかけられた対探知魔法の攻性防壁が発動した形跡はないし、付近に敵影は感知できなかった。しかし、モモンガの探知能力は同レベル帯の専門職と競えるほどのものではない。

 

クリュードという例がある以上、この世界には他にもユグドラシルプレイヤーが存在する可能性は高い。

彼が竜王国で目撃した、レベルの突出した青年の話も気になる。

 

このまま死の支配者(オーバーロード)のモモンガとして過ごし続けるには、彼のユグドラシル時代の悪名が非常に厄介な足かせになってしまうだろう。

 

 

「さすがに現実感の強いこの状況でいきなり襲い掛かってくるプレイヤーがいるとは考えたくありませんけど……。用心に越したことはないですよね」

 

「私なんかはかなり悪名高いですから。基本、モモンガとしての情報を隠しておいた方がいいかもしれませんね。でもなるべくなら、同じ状況に放り込まれた者同士、穏便に話を進めたいものです」

 

 

それに、仲間たちもこっちに来ているかもしれないから。

モモンガは、クリュードのことを慮ってわざと口にはしなかった。

 

仲間たちは最後の瞬間ログインしていなかった。今のところ情報が何もないが、自分もクリュードも最後の瞬間ログインしていたからこそここにいる。それでも、一縷の希望を抱かずにはいられない。

もし見つけられたなら、とてもうれしいことだろう。その時は改めて、友人に仲間を紹介すればよいのだ。

 

 

「この姿で人前に出るときは、別の名前を名乗ることにしましょう。どちらかの姿が敵視されても、違う立場でやり過ごせるようにしたいですし」

 

「そしたら、モモンガさんの状態異常対策に関しては、僕が持っている装備も合わせてちょっと考えましょうか。ただ、昨日もちょっと説明しましたけど、その腕輪は真似した技を保存しておけないので、僕が近くにいないと元に戻ることができなくなります。それを前提として使用を考えないといけません」

 

「人間の姿になったことでどうなっているのかも、いろいろと細かく実験しないといけないですね……」

 

 

 

考えることも、調べなければならないことも多い。

次々に浮かぶ疑問を二人で解消しているうちに、気づけば時間は過ぎていく。

 

 

まるでユグドラシルで、ダンジョンに行く準備をしている時のようだった。

 

 

 

 

 

 

結果、彼らは会議に遅刻した。

 

 

 

 

 

 




捏造設定満載だ!

コマンドマテリア:特定のコマンドが使用できるようになる。今作はバングルに装着して使用。

<ものまね>:ターゲットの直前の行動をそのまま使用。運営のチェックがちょっと甘い。

人間体の見た目:FF10、バハムートの祈り子。鈴木さんは現実の姿。

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