事前に人除けの結界が貼られた事で、より一層静まり返ったような気がする寂れた墓地が今日、挑む事になる境界面の場所だった。
墓地は原作の境界面の場所ではない。敵はクー・フーリンで確定だろう。
えっちゃんとの打ち合わせは既に終わっている。立てた秘策も黒化英霊相手ならば通用する可能性は極めて高いということも確認済みだ。
勝負の前の腹ごしらえにたい焼きを頬張っているえっちゃんに癒されながらもバゼットさんに何か作戦はあるかと問いかける。
「作戦、ですか……?殴れば誰だって倒せるのですが。それに敵の正体もわからないのに作戦を立てても仕方ないでしょう」
……まあ、そうだよね。殴る云々は置いといて、情報が無いのに作戦立ててもしょうがないよね。
実際、俺の持ってる原作情報もあまり出したくない。ほら、あんまり怪しまれると色々面倒くさい事になりそうだし。
けど今回だけは別。他の黒化英霊ならともかくクー・フーリンの宝具は他の英霊の宝具と違って、使えば必殺のチート宝具だ。
こんなの相手に無策で挑むとか正気じゃない。こっちに本物の英霊がいたとしても慢心なんぞしてられん。
そんな考えから俺は今回戦う相手の情報を提供した。
「貴方は何処からそんな情報を……いえ、今は何も言いません。それにしても、クー・フーリンですか」
「どうかしましたか?」
「ルーン魔術を修める家の生まれですから。その名に反応するのは当然の事です。心臓を穿つ必殺の魔槍の使い手であるケルトの大英雄……相手にとって不足はありません。胸を借りるつもりで全力で倒しにいきます」
敵の正体を聞いてもバゼットさんの戦意が揺らぐ事はなかった。むしろより気が引き締まったような気さえする。
まあバゼットさんは「憧れの人と戦うなんて私には出来ない!」みたいな乙女チックなノリじゃなくて「憧れの人と戦えるんですねヤッター!」みたいなノリになるとは思っていたけどね。
敵の正体の情報を共有したところで打ち合わせを進める。
「……かの光の神子の宝具である魔槍を受けては、蘇生のルーンも効力を発揮しない可能性がありますね。私の持つ宝具の『
「あー……やっぱりヤバいですよねー。とりあえず、前回と同じようになるべく敵に宝具を使う暇を与えないように立ち回りましょう。一応、宝具の対抗策は考えていますがなるべく危うげなく勝ちたいので」
「わかりました。それで策とは?」
「それは――」
そうして、事前に考えてきた作戦を話した。バゼットさんと軽い受け答えをして作戦を共有する。
「――なるほど。役割は理解しました。……まったく、少し前まで魔術に関しては素人だったというのに。普通はそんな簡単にまったく知らない魔術を扱えないのですよ?」
「タハハ、何だか最近は頭も冴えててね。俺、魔術の才能結構あるみたいです」
「調子に乗らない。これから戦闘なのですから浮かれていては殺られますよ。……それに、その作戦は確実に成功する訳ではない。どうしてそこまで堂々としていられるのですか?」
少しだけその質問を聞いて戸惑ったが、そんなもの決まっている。
「――俺の直感が囁いていますので!お前の信じるえっちゃんを信じよ、と!」
「どうしましょう。凄く不安になってきました」
「あの、期待は嬉しいのですけど。戦うのはもうちょっと待ってくれませんか?たい焼きがまだ残ってるので」
……何とも締まらない形になってしまったがとにかく。
「――
――二枚目の、カード回収が始まった。
◇
境界面へと飛んだ俺たちを朱い槍が襲った。
「っ!」
投槍だ。完全に不意を突かれた形で放たれたそれが俺を標的としている事だけは理解できたが、俺がそれに反応することはできなかった。
だけど……
「やー」
気の抜けたかけ声と共に一閃。その一撃はえっちゃんの斬撃によって防がれた。
「サンキューえっちゃん」
「なんてことない、です。
……悪役ならば仕方ないのでは……?
いや、俺の中ではえっちゃんは唯一神えっちゃん様だからえっちゃんの言葉は絶対なのだ。やーいやーい!卑怯な犬っころめ!
にしても、初手宝具ブッパじゃなくてホントによかった……完全に油断してた。えっちゃんやバゼットさんはともかく、俺は「宝具見てから回避余裕でした」なんて言えるほど人間やめていないのだから気を抜いちゃあいけない。
頬をぺちんと叩き、気を入れ直す。そして弾かれた槍を再び手にした敵を見据えた。
おなじみの青タイツは深い海の底のような藍色に変化し、首から右腕にかけて毛皮を纏った、目をバイザーで隠した敵。黒化ランサー、クー・フーリンを。
「『全体強化』!さあ、やっちゃええっちゃん!バゼットさん!」
「了解。5秒で片付けます」
「行きます!」
俺が支援魔術をかけると同時に2人が飛び出していく。俺は後方で待機だ。まだまだ役立たずだから是非も無いよネ。
そんな訳で、目の前で繰り広げられる戦いをじっくりと観察する。
黒化ランサーによる荒々しい朱槍の連撃をバゼットさんが硬化のルーンが刻まれた拳で捌きつつ、懐に潜り込む。危険を察知したのか黒化ランサーはその場を飛び退く。隙を狙い、えっちゃんの持つ武器がツインブレードに変形して投擲されたが、それを黒化ランサーは空中で槍を巧みに使い、慣性を利用した薙ぎ払いで叩き落した。
……なんとか目で追える範囲だけど、この前の戦いとはまるでレベルが違うな。優勢だけどなかなかダメージを与えられない。本当に理性がないのかと思えるほどに黒化ランサーに隙が生まれないからだ。
位置取りも上手くて、二人で挟み込むことは出来そうにない。えっちゃんもその辺りは理解しているのか、バゼットさんを前衛として遊撃に徹している。
えっちゃんの投擲をわざわざ叩き落してたからクー・フーリンのスキルの『矢除けの加護』は使えない、もしくは正常に機能していないみたいだが……
それでもこのままじゃ埒が明かない。俺も出来る事をしよう。
いつ狙いを変えてこちらに襲い掛かってきても対処できる距離を意識しつつ、黒化ランサーの足が止まる瞬間を狙ってガンドを放つ。
フィンの一撃とまではいかなくとも、物理的威力を併せ持つその呪いは黒化ランサーに命中して、あっさりと弾かれた。
「くっそ、やっぱりダメか」
当然だ。だって今のガンドはスキルによるものじゃなくてこちらに来てから覚えた物なのだから。どのくらいランクダウンしているのかは知らないけど『対魔力』のスキルを持つ黒化ランサーに現代の魔術師の普通の魔術が通用する訳がない。
黒化ランサーはチラリとこちらを一瞥したが、脅威ではないと判断したのか目の前の戦闘に集中する。
それでいい。狙いは『支援魔術』のスキルによるガンドを確実に当てることだ。
ゲーム由来のこのスキルはメリットとデメリットを併せ持っている。一度使うとしばらくの間、同じものが使えなくなるデメリット。そして特別な状況でない限り、どんな相手にでも効果を発揮できるメリットだ。
黒化アーチャーの時は確実に当てれる状況だったから特に意識しなかったが、今回はちゃんと考えて使う必要がある。だから、黒化ランサーに俺を警戒する必要がないと思わせなければいけない。
まあ、外しても戦闘に大きく影響はしない。気楽にいこう!
戦闘は進んでいく。黒化ランサーは防戦一方でありながらも未だに大きなダメージを食らうことなく、戦闘を続けている。そしてとうとう俺のガンドに黒化ランサーは意識を向ける事すらしなくなった。
「えっちゃん、バゼットさん、プランCでいきます!」
「わかりました!」「了解、だよ」
俺の声に答えた後、バゼットさんは再び黒化ランサーに襲い掛かった。
迎撃に突き出される朱槍を躱し、バゼットさんはその勢いのまま殴り掛かる。
よし、今だ!
「『オーダーチェンジ』!」
スキルを発動させたその瞬間、バゼットさんと後方に控えていたえっちゃんの立ち位置が交換される。
バゼットさんの拳を受け止めようと槍を引き戻した黒化ランサー。彼の眼前に現れたえっちゃんは掌を向けていた。
「沈め」
えっちゃんの掌から赤の雷光と化した魔力が放出された。
オルト・ライトニング――不意打ちで放たれたその絶技を既に防御の態勢に入っていた黒化ランサーは避けられなかった。超至近距離からの暴力的な一撃を黒化ランサーは防御出来ないまま、その身に受ける。
「『ガンド』!」
大きなダメージを受け、動けない黒化ランサーに追撃で放たれた俺のガンドも命中した。これでしばらくの間は動けまい。これで終わりだ!
「さあ、宝具開帳だ!やっちゃええっちゃん!」
「オルトリアクター臨界突破。……いきますマスターさん!」
少し多めの魔力の喪失と共にえっちゃんの全身から赤いオーラのように魔力が放出される。手に持つ武器はツインブレードへと変化した。
無防備な姿を晒す黒化ランサーに上段からの振り下ろし。吹き飛ばされた黒化ランサーに、魔力放出による超スピードで追いつくとそのままの勢いで流れるような連続斬撃を放つ。
「我が暗黒の光芒で、素粒子に還れ! 」
全身に裂傷が刻まれた黒化ランサーが逃げ場のない空へと打ち上げられ、
「『
トドメの一撃。黒く沈んだ空に真紅の十字が刻まれた。
とんっと綺麗に着地したえっちゃんはこちらに駆け寄る。
「いえー。やりましたマスターさん。これは活躍したサーヴァントにご褒美をあげる展開なのでは?」
「ああ!なんでもやってやるさ!スゲーよえっちゃんは!やっぱり俺のえっちゃんは最強だな!」
「……まったく、相変わらず平時と戦闘時のテンションの差が激しいですね。貴方たちは」
えっちゃんを抱き抱え、クルクルと回る俺。そんな俺たちを見てはあ、と溜息を吐くバゼットさん。この場にいる全員がもう戦闘は終わったものだと気を抜いていた。しかし……
「っ!……まだです!」
黒化ランサーが墜落し、舞い上がっていた砂埃が急に吹いた風で払われた。その奥で全身から獣のように毛を生やし、狼男のような姿に変貌した黒化ランサーが満身創痍といった状態で、魔力が込められ、禍々しいオーラを放つ槍を構えていた。
「『戦闘続行』のスキルか!?あそこまでやってもまだ動けるのか!」
そういえば、黒化ランサーってそんな設定もあったなあ!獣形態に変身して戦闘続行で何とか耐えてるって感じか?
しかも宝具を出そうとしてるじゃねーか!
「宝具が来る!!えっちゃん、迎撃出来ない!?」
「無理、です。さっきのでネクロカリバーが壊れました」
「うわあああああああ!!」
やべーよやべーよ!さっきまで楽勝ムードだったのに一転してピンチじゃねーか!なんだこのぐだぐだな展開!
「落ち着きなさい」
思考も上手く纏まらないままパニックに陥っていた俺の肩をポンと叩いてバゼットさんがそう言った。
「宝具を使わせないように立ち回る。そう心掛けていたのは確かです。でも貴方は宝具への対策もちゃんと用意した上でこの戦いに臨んだのでしょう?……ならば、まだこの状況は想定内です」
……その通りだ。ああ、そうだ!何今更狼狽えてるんだ!まだ全然ピンチなんかじゃない!この程度はまだ、想定内だ!
おれは しょうきに もどった!
「バゼットさん!パターンAの方です!手筈通りにお願いします!」
「わかりました。守りは任せます!」
俺の様子を見て、大丈夫と判断したのかバゼットさんは宝具を放とうとする黒化ランサーへと突貫する。
因果逆転の呪いが付与されていない『
そして、俺たちは槍の因果逆転を何とかしなければならない。
「大丈夫、えっちゃん?」
「問題ありません」
「よし、やろうか!」
隣のえっちゃんに準備はいいかと聞くといつもと全く変わらない無表情で、何の心配もしていないといった様子で答えてくれた。
……有難い。えっちゃんが隣に居るだけで安心できる。彼女が俺を失敗しないと信じているのだ。その信頼が心を落ち着かせてくれる。
俺は懐から餡子が詰まったタッパーを取り出した!
「てい」
えっちゃんがスキル『∞黒餡子』で大量の餡子を地面にぶちまけた。その中にタッパーの中に詰められた、術式を込めた餡子を混ぜる。
そして術式を起動した。
「術式確認、仮想心臓起動!……出でよ!あんこサーヴァント!」
術式の起動と同時に地面の餡子が独りでに動き、人型に形作られていく。
錬金術の応用……というよりはFGOのイベントでキャスター――パラケルススによって生み出されていたチョコサーヴァントを参考にした、そこまで強くはないが自律型のあんこサーヴァントの核となる仮想心臓を作り出すこの術式。それの周りにぶちまけられた餡子が集まっていくことで大人サイズのあんこサーヴァントが生成された。
ちなみに特に他意はないがモデルは
「よかった。無事成功!後は……!」
一息ついて、前を向く。
黒化ランサーの持つ朱槍は更に禍々しさを増して、今にも放たれようとしていた。
対してバゼットさんは、直接殴りかかるにはまだ距離がある位置にも関わらず右腕を振りかぶる。
その右拳目掛けて、戦闘前に地面に置いたバゼットさんがいつも背負っている筒状のケースから何かが飛び出した。
バゼットさんの右拳の前で静止し、そのまま浮遊する鉛色の球体水晶。それは只の礼装じゃない、現存する本物の宝具。
「『
対峙する敵が切り札を使う事によって発動し、時を逆行する一撃を放つ迎撃宝具!
「■■■■■■■■ーーーーッ!!!!」
「――
黒化ランサーの宝具が放たれた。真紅の極光は曲折しながらバゼットさんの心臓目がけて空を翔ける。
それに少し遅れて、バゼットさんの宝具が発動する。
球体から刃がレーザーのように放たれた瞬間、時間が止まったかのような世界を幻視した。
それを知覚した時にはもう世界は正常に動きだしていた。ただ、違いがあるとすれば、必殺の一撃を放ったはずの黒化ランサーの胸に大きな穴が開いていた事と、真紅の極光が消え去っていた事だった。
『斬り抉る戦神の剣』――この宝具の真骨頂は、因果の逆行を利用して敵を敵の切り札の発動前に倒したという結果から「先に倒された者に、反撃の機会はない」という事実を誇張する事で、結果的に敵の攻撃は『起き得ない事』とする異能であった。
故に、一対一の切り札の打ち合いでは絶対に負けることは無い。
――だがしかし、ここに例外が存在する。
黒化ランサー、クー・フーリンの宝具『
真紅の極光が再び顕現し、バゼットさんの心臓を穿たんと煌めく。
そして、黒化ランサーが崩れ落ちると同時に、極光が心臓を貫いた。ただし、バゼットさんのではなく、あんこサーヴァントのだが。
「よっし!ランサーが死んだ!」
「このひとでなしー」
えっちゃんのスキル、『王の見えざる手』。本来起こるはずの未来に限りなく近い結果へと運命を傾ける能力によって、槍の対象をバゼットさんからあんこサーヴァントへと無理矢理書き換えたのだ。
仮想心臓を潰されたあんこサーヴァント、やわらかディルムッド君は形を保てなくなり、崩れ落ちた。かわいそう。
「私達で倒しておいてその言いようはあんまりだと思うのですが……」
ランサーのクラスカードを手に持ち、バゼットさんはこちらを複雑そうに見ていた。
まあ、様式美みたいなものだからね。仕方ないね。
Q.本物のランサー相手にこの戦法試したらどうなるの?
A.アウトだ!バカ!
この小説、基本こんな感じなんで。マジレスはなしでよろしくな!