「油断しないようにねイリヤ。敵はもちろんだけどルヴィアたちがドサクサ紛れで何してくるかわからないわ。明日望はちゃんとイリヤがトドメをさせるようにサポートしなさい」
「速攻ですわ。開始と同時に距離を詰め、一撃で仕留めなさい」
「はい」
「あと可能ならドサクサ紛れで遠坂凛も葬ってあげなさい。蒔本明日望、貴方は遠坂凛が逃げ出さないようにミユの補助を」
「……それはちょっと」
『殺人の指示はご遠慮ください』
(なんでこんなギスギスしてるのかなぁ……)
「いやー、良い感じにギスギスしてるなあ!」
(明日望さん、言っちゃったーー!?)
「マスターさんは私の、なので。お二人には渡さない、です」
『まったくです。お二人のケンカに巻き込まないでほしいものですね~』
まもなく午前0時を迎えようとする深夜。冬木大橋にておおよそ魔法少女モノとは思えない淑女(笑)の言い合いが繰り広げられた後、
『『限定次元反射炉形成!鏡界回廊一部反転!』』
「「
二回目の、俺にとっては四回目のカード回収が始まった。しかし……
「止めてくれキャスター。その術は俺に効く」
「なんでランクAの魔術障壁が突破されてるのよ!?」
「
「あれは魔力指向制御平面!?まさかこれほどの規模で……!」
「止めてくれ」
「こっ、これはもしかしなくても
『完全に詰みですね~これは』
「悠長に話してる場合かー!ちょっと明日望!あれ防げないの!?」
「すまない……『オシリスの塵』はもう使用済みなんだ。再使用できるのは三時間は後だ。本当にすまない……」
「ててて撤退ですわ撤退ーッ!!」
……そんな訳で。
『いや~ものの見事に完敗でしたね。歴史的大敗です』
俺達は鏡面界から命からがら逃げだした。予定調和の敗北である。
皆、黒化キャスターが最後に放った大魔術の余波を受け、プスプスと服が焼け焦げている。
「な、なんだったのよ、あの敵は……」
「ちょっとどういうことですの!?カレイドの魔法少女は無敵なのではなくて!?」
『わたしに当たるのはおやめくださいルヴィア様』
よろよろと起き上がりながらそう言った凛ちゃんに続けて、ルヴィアさんがサファイアを掴んで伸ばしながら怒りを露にする。もっともルビーの目への体当たりによって地面を転がる羽目になったが。
『サファイアちゃんをいじめる人は許しませんよ~。それに魔法少女が無敵だなんて慢心もいいとこです』
「ごめん。わたしも無敵だとちょっと思ってた……」
『もちろん大抵の相手なら圧倒できるだけの性能はありますが……それでも相性というものがあります』
「……で、その相性最悪なのが――アレだったわけ?」
溜息をついて凛ちゃんは愚痴をこぼす。
現代の魔術を遥かに凌駕する黒化キャスターの神代の魔術は、見た目はアレでも最高位の魔術礼装であるカレイドステッキの魔術障壁を簡単に突破し、天に張り巡らせた魔力反射平面によってこちらの攻撃は届かない。そりゃ溜息もつきたくなるわ。
「……ってか、アンタらはもうちょっと頑張りなさいよ!そんなんでも一応その子、英霊なんでしょ!?」
対策を考えようと頭を悩ませていた凛ちゃんは俺達の事を思い出してしまったらしい。同時に先の戦闘で俺達が全く役に立ってない事にも気が付いてしまった。
えっちゃんを色物扱いされた事には納得がいかないが、そこは後で文句を言うとする。
「いやー、どうにかしたいのは山々だけど……今回、俺達は完全に戦力外だねえ」
「面目ない、です……」
「はあ!?」
素直に俺達が役立たずである事を告げると何故かとても驚かれた。
「そんなに驚く事じゃないさ。そもそも俺達は遠距離攻撃出来ないからねえ。だからアイツは俺達にとっても相性最悪って訳。えっちゃんが魔力放出で空飛んで無理矢理接近戦に持ち込むって事も出来なくはないけど……多分、俺の魔力が持たないだろうなぁ。それに防御手段を持たないえっちゃんを敵に単身突っ込ませるなんて、天が許してもマスターである俺が許しません!」
「マスター、さん……くっ……私に対魔力のスキルがあれば……!いえ、対魔力が無くても私はセイバー、です。誰がなんと言おうとセイバー、ですっ」
「あー、ハイハイ。わかったから。漫才はその辺にしときなさい。……しかし、困ったわね。何かあった時にはアンタ達に丸投げしようと思ってたのに……」
そんな事を考えていたのか……そりゃ、そこらの弱小英霊なら俺達だけでも何とでもなるけどさぁ……
「はぁ……アンタ達が役に立たないってのはわかったけど、私たちだけで相手するのもキツいのよね……あの魔力反射平面のせいでこっちの攻撃は届かない」
『攻撃陣も反射平面も座標固定型のようですので魔法陣の上まで飛んでいけば戦えると思いますが……』
「……と言ってもねぇ。練習もせずにいきなり飛ぶなんて……」
そんなこんなで俺達抜きでの作戦が立てられていく。
ってか凛ちゃん、幼女が飛ぶなんてそんな馬鹿な事あるわけが……
「あ、そっか。飛んじゃえばよかったんだね……え、なに?」
……と、飛んだああああ!!……いや、俺は知ってたけどさ。
だが、周りの皆は「魔法少女は飛ぶもの」という謎理論によってサラッと飛行をコントロールしたイリヤちゃんを見て口を大きく開けて驚いていた。
その後、「人は飛べません」と正論を言った美遊ちゃんがルヴィアさんに連行された。明日は学校が休みという事で凛ちゃんは戦略を練り、俺がイリヤちゃんの特訓に付き合う事になって、この場はお開きとなった。
……っていうか、今更だけどイギリスからの転入生が四人もいる学校って凄いな。まるでエロゲみたいな設定……原作エロゲでしたね……
◇
「そこっ!
「フハハ!このくらいで仕留められると思うとは。甘い!えっちゃんの餡子よりも甘いわ!」
『いや~、イリヤさんがへなちょこだとはいえここまで完璧に捌かれるとは。素体が優秀なだけはありますね~。っていうか剣はどうしたんです?』
「今は師匠譲りのこの
そして翌日。ある程度練習して飛行をマスターしたイリヤちゃんはルビーの提案で、見様見真似でやってたらいつの間にか飛行できるようになっていた俺を仮想敵にして空中戦の訓練をしていた。
最初こそ人を相手にするのを躊躇っていたイリヤちゃんだったが、俺がひらりひらりと攻撃を躱し続けるのを見て少しずつ加減を忘れていき、今では全力で仕留めにきている。流石に躱し続けるにも限度がきたのでここで俺も伝家の宝刀、バゼットさん仕込みの拳を解禁する。
イリヤちゃんが放った魔力弾は硬化と強化のルーンの力が籠められた拳と真正面からぶつかり、そして明後日の方向へと弾かれた。
「くぅ……!こうなったら……逃げ場のないくらいの散弾!」
『イリヤさん!それは悪手……』
痺れを切らしたイリヤちゃんは散弾でこちらの足を止めようとしたが、ルビーの言う通りそれは悪手だ。
「加速!」
「突っ込んで……!?」
極大の弾幕。しかしその密度は無理矢理突破出来る範囲だ。バゼットさんとの特訓や幾度の黒化英霊との戦闘経験からか以上に冴えわたる目がそう判断し、最短かつ弾幕の薄いルートを導き出す。
加速のルーンで速度を上昇、弾幕を拳で払い除ける。そして目の前には突然の奇襲に驚くイリヤちゃん。
「ふぎゃっ!?」
「ほい、これで五連勝っと」
そのまま防ぐ間もなく軽いデコピンがイリヤちゃんの額に吸い込まれた。
俺のデコピンを食らえばイリヤちゃんの負け、俺がダメージを受ける一発を食らえばイリヤちゃんの勝ちというルールで始まったこの空中戦の訓練、今の所、俺が五戦全勝で大きく勝ち越している。少々大人げないかと思ったけど、後々の事を考えるとここで濃度の高い戦闘訓練をしておくのはイリヤちゃんの為にもなるだろうと考え、全力で勝ちにいっている。
額を押さえるイリヤちゃんは器用に空中でガックリと項垂れて泣き言を漏らす。
「うう、勝てない……明日望さん、ちょっとは手加減してよう……」
『甘いですよ、イリヤさん。手加減どころかおにーさんはまだ変身を二回残してます』
「フ〇ーザ!?」
「はっはっはー!えっちゃんと師匠の名にかけてイリヤちゃんには負けられないなぁ!」
「大人げない!?明日望さんだけはまともな人だと思ってたのに!」
「まともな奴はこんな事に首突っ込んだりしません!」
「……確かに!流されるままに魔法少女やってたけどこれってやっぱりおかしいよね!?」
『おおっと?今更気づいた所でもう遅いですよ~。イリヤさんはわたしの終身名誉
「世の中は理不尽。こんな事、まだ知りたくなかった……ガクリ」
イリヤちゃんからどんよりとしたオーラが漂い始めたと同時に地上から声が届いた。
「マスターさーん。言われた通り、私のお菓子のついでにアイス買ってきましたよー」
「それじゃ、一旦、休憩にしよっか」
「……さんせーい」
えっちゃんが戻ってきたので特訓はここで切り上げる事になった。
「えっちゃん、暑くない?俺、結構汗かいちゃったし、匂いもヤバいかも」
「へーき、です。あったかいのは嫌いじゃない、ので。それにマスターさんの匂い、私、好きですよ」
「ああ~、俺も好きだよえっちゃん~!」
腕の中で俺の胸にもたれかかるえっちゃんに疲れた体を癒されていると、目の前のイリヤちゃんがアイスを食べる手を止め、真っ赤な顔で口を開いた。
「あ、あの、その……明日望さんと、えっちゃんさんってどういう関係、なんですか……?」
「マスターさんは、マスターさん、です。死が二人を分かつまで、マスターさんは私の”イカリ”であり、喜びなのです」
「そうだなー……えっちゃんは俺の全て、かなー。言うなれば、”チ”みたいなものだね!俺を動かすこの心も、俺が進むこの道も全部えっちゃんの為に使うんだ」
「はえー……大人だぁ……」
『イリヤさんもこのくらいグイグイいかないとお兄ちゃん取られちゃいますよ~』
「ルビーうるさい」
ほう、とイリヤちゃんが溜息をついたその時だった。
「……ん?何か降ってき……」
空から美少女が降ってきた。
「美遊ちゃん!?え、えっちゃん頼んだ!」
「おっ!?オッケー、ですっ!」
ここで俺が美遊ちゃんを受け止められたら格好もついたのだろうけど、当然そんな事は出来ないので大人しくえっちゃんに任せる。
俺とイリヤちゃんがその場を飛び退いたと同時にドゴンと、とても人が落ちた音とは考えられない音が鳴り響いた。
「い、いったいなに……?」
「うわぁ……普通の人ならミンチより酷い事になってるぞコレ……」
恐る恐る土煙が立つクレーターの中心部を見る俺とイリヤちゃん。
『全魔力を物理障壁に変換しました。お怪我はありませんか美遊様、えっちゃん様』
「な、なんとか……えっと、えっちゃんさんもありがとうございます」
「いえ、これでもサーヴァントですので。へーき、です」
美遊ちゃんは無事、えっちゃんに受け止められていた。えっちゃんにも怪我は無いみたいだ。良かった。
……と、思ったけど、えっちゃんの足がプルプルと震えている。無理をさせてしまったみたいだ。後で謝っておこう。
「あの、ここで何を……?」
「特訓だよー。俺とえっちゃんは次の戦いじゃ役に立たないからね。だからイリヤちゃんが思いっきり戦えるようにってここで空中戦の練習やってたんだー」
そう言って実際に飛んで見せる。美遊ちゃんは少し驚いた後でこう言った。
「空が飛べなきゃ戦えないから、その、教えてください……飛び方」
◇
「こ、これ……?」
「う、うん。わたしの魔法少女のイメージの大本だと思う……」
「航空力学はおろか重力も慣性も作用反作用すらも無視したでたらめな動き……」
「いやー……そこはアニメなんで固く考えずに見てほしいんだけど……」
『実体験に依らないフィクションからのイメージのみとは思いもよりませんでした』
『イリヤさんの空想力はなかなかのものですよー』
「美遊ちゃんもこんくらい単純に考えてもいいとは思うけどねー」
「……ほめてるの?」
そんな訳でまずはイリヤちゃんの飛ぶイメージを知るために衛宮宅での
『このアニメを全部見れば美遊様も飛べるようになるのでしょうか』
「ううん……たぶん、無理」
結局、美遊ちゃんは理解できなかったみたいだけど。
「あの、明日望さん。やっぱりわかりません……」
「大丈夫だよ。こんなん見て実際に飛べるのはよっぽど能天気な子だけだから」
「急にひどい言われよう!?」
「じゃあ、こんなんじゃ納得できない頭カチカチな美遊ちゃんのために魔術と魔法の違いから解説していこうか」
「頭カチカチ……」
「無視!?……ってそれって同じ意味なんじゃ……?」
美遊ちゃんが少し落ち込んでいるが気にせずに話し続ける。
「いいや、全然違うね。魔術ってのは簡単に言えば人が再現出来る事さ」
「ふえ……?でも私、手から火とか出ないよ?」
「ライターを使えばいい」
「え?……ああ、そういう事かー!……あれ、じゃあ魔法少女ってなんなの?」
「魔術少女より魔法少女の方が可愛いだろ?」
「……うん?」
俺の言葉に納得したようにイリヤちゃんは相槌を打った。
「……それで、結局どうやったら飛べるんですか?」
「さっき言った事の逆を考えればいい。人に出来る事の大体は魔術で再現出来る!」
『ちなみにこういう事、凛さん達の前で言ったら愉快な事になりますよ~』
『魔術師とは自分が魔術師である事に誇りを持つ生き物ですからね』
「まあブチ切れられるだろうね。だから美遊ちゃんとイリヤちゃんは凛ちゃん達に言わないでよ?……あ、ルビーもだからな!」
『わたしにもちゃん付けしてくれたら考えなくもないですよ~』
「ああ、はいはいルビーちゃんかわいいルビーちゃんかわいい」
『もっと心を込めて!さあ!』
「ルビーちゃんは、世界でえっちゃんの次にかわいい!」
『そこは嘘でも一番って言いましょうよ!』
ルビーとの漫才はこのくらいで切り上げる。
「とにかくさ。理論とか理由をちゃんとつけて空飛びたいなら人の作ったものとか参考にするといいと思うよ?飛行機とか気球とか、ヘリコプターとか、あとロープで宙ぶらりんとか床がガラス板になってるタワーの展望台なんかも空飛んでる気分でいいかもねー。まあ、もちろん俺のオススメは翼を生やした魔法少女だね!似合うと思うよ!」
「……考えておきます」
『そうですね~。これだけじゃ美遊さんもイメージしにくいと思いますからわたしからはこの言葉を送りましょう「人が空想できること全ては起こり得る魔法事象」わたしたちの創造主たる魔法使いの言葉です。……あ、わたしも飛ぶなら翼を生やすのをオススメしますよ~!』
「……翼だけはやめておきます」
そう言って美遊ちゃんは嘆息すると立ち上がった。
「なんとなく、わかったような気がします。……また今夜」
そのまま美遊ちゃんは帰っていった。
「また今夜か……『あなたは戦うな』とか言われた昨日よりだいぶ前進?」
『イリヤさんはまったく役に立ちませんでしたけどね~』
「ぐふっ!」
「アハハ、そんな心配しなくても大丈夫だって。そのうちキスまでしちゃうくらいの友達になれるって俺の直観が囁いてるからさ!」
「それ友達じゃないよね!」
「……あの、私、いる意味ありました?」
「えっちゃんはそこにいるだけでかわいいからそのままでいいんだよえっちゃんかわいいよえっちゃんんん!!」
「発作!?」
『お約束ですね~』