東方妖精生活録 作:kokonoe
朝が来た。いつも通りの朝だ。
布団は最初の頃から改良に改良を重ね、さらに快適に寝られるようにまで完成している。枕なんか低反発枕の再現そのまんまである。顔を埋めると安心感が身体中を包み込んで心が安らぐ。
ふかふかの掛布団に、もふもふの敷布団。そして心地よい枕。それらすべてが生み出す快適な眠りは、さしもの俺も抗えない程の快楽に全身が雪の布団をかぶっているかのように震えて、心の底から真冬の湖に沈められたかのように冷えて永遠の眠りへと誘っている…。
…って。
さっむううううううう!
俺は思わず布団から勢いよく起き上がった。やばいやばい寒い寒い。身体が凍えて仕方がない。どうしよう、起きたばかりなのに瞼が重い。歯ががちがちいってる。よく見ると布団がカチカチに凍っている。なんだこれは。
今の季節は夏に少し足を踏み入れた程度のはず。まだ朝が肌寒い季節と言っても限度っていうものがあるだろう。
「…!…」
と、ここで俺はやっと俺の腰に誰かの腕が巻き付いているのに気が付いた。
「すう…すう…」
青い髪の毛。赤ちゃんの様なシミ一つない柔らかい肌。寝顔には曇り一つ無い。「あたい…さいきょー…」と寝言が口から漏れ出ている。
俺は、この少女の名前を知っている。
「…チルノ」
そう、東方projectのキャラクターの一人にして、⑨と名高いお馬鹿キャラ、氷精のチルノである。
ちょっと前に俺が家で紅茶を作ってとある人物に借りた本を読んでいたところ、突然家を訪問してきて、「あたいのてりとりーに勝手に家を建てたことを許してほしければ、この家に上げなさい!」と仰せになったので家に上げてあげて紅茶と作っておいたクッキーでもてなしてあげたら、なぜか家によく来るようになって今では1日に一回は家にチルノが突撃しに来る毎日である。
でも、勝手にベッドに入ってくるのは流石に予想外だぞ。かわいらしい寝顔に免じて今日のところは許してやるが、しかし仮にも女の子なんだから無防備にも程があるだろう。
「……」
ゆさゆさ。
「ううん…」
うん、まずはここから離れよう。
俺はチルノを起こすのを早々にあきらめた。仕方ないじゃない。寝てる女の子を起こすなんて上等テクニック、オタクで彼女いない歴=年齢の俺に出来ようはずもない。
俺にはただこうして、チルノが起きてくるまでチルノと自分の分の朝ご飯を作ってやるくらいしかできないんだ…!
「…おはよー…」
「…」
ご飯を炊いてお味噌汁を作って、チルノの為に半分をよそって能力を使って冷ましてーーーを完了すると同時にチルノがベッドから起きてきた。俺は手を上げて挨拶する。
そうそう、チルノや大妖精と交流するようになって気が付いたのだが。
俺、なんかしゃべれなくなってるっぽい。
前世は俺はただ女の子としゃべれないってだけでコミュ障ってわけじゃなかった(錯乱)。今世の俺のこの身体の性質なのか、それとも転生した時の反動なのか、はたまた俺の能力の副作用なのか…まあ、理由はてんで見当が付かない。ちなみに表情筋もほとんどニート状態である。いや、笑おうと思えば笑えるし、言葉だって単語だけだったら何とかひねり出せるので、完全に無表情無口ってわけでもないわけだが…しかし、俺の今世のコミュニケーション能力は息絶えたといっても過言ではない。
はあ…。まあ、チルノや大妖精の様に気にしないでくれるやつもいるからまだいい。気持ち的には異性が相手なんだから心休まる感じでもないわけだけどさ。
「んー」
「…!」
まだ寝ぼけていておもむろに抱き着いてきたチルノを引きはがして、テーブルへと誘導。椅子に座ったチルノの前にはあらかじめ置いておいた朝食がすでにチルノに食べられるのを待っていた。ふ、計算通り。
「いたらきましゅ…」
俺も席に座って、手を合わせていただきます。チルノもそれに合わせて眠気眼こすって手を合わせた。
もしゃもしゃとご飯を食べるチルノの姿にはほっこりする可愛らしさがある。朝の心の癒しにはちょうどいい感じだ。
「…ごちそうさま」
俺がまだ半分も食べ終わってない頃、チルノは手を合わせてそうつぶやいた。器の中身は確かに全部なくなっていた。食べるの早っ。
「…ねえ、なんであたいあんたのベッドで寝てたの…?」
「…?」
「うーん…昨日は夜中にこの家にせんにゅーした所までは覚えてるのに…」
「…!」
そんなことをしていたのかチルノよ。というか潜入って言葉をどこで覚えたのか。というかなんで俺の家に潜入しようとしたのか。まったくもって謎である。
「…まあ、いっか」
謎は謎のまま。チルノだから致し方なし。俺もさっさとご飯を食べて、朝の日課を終わらせなければ。
「ねえねえ、今日は何するの?」
俺は畑の方向を指さした。
「んー…畑しごと?」
「…!」
俺はうなずいた。そう、今日は畑いじりに午前中を費やすつもりである。何もない日々はこうして自分ですることを見つけないと本当に自分をダメにするからなあ。
午後?午後からはとある人物に会いにいくのさ。ふふ、予定の詰まった男ってのは暇が無くて困るぜ。
「ふーん…一緒に遊ばないの?」
「んー…」
俺がチルノの返答に困っていると、玄関がばんっと開いて見知った顔の少女が鼻息荒く入ってきた。
「ち、チルノちゃん!」
「あ、大ちゃんだ」
「…」
「あ、おはよう…って、そうじゃなくて!また一人だけでくーちゃんのお家に遊びに行って!ずるいよ!」
俺が手を上げると律儀に挨拶返してくれる大ちゃん、怒ってても可愛い。
緑色のサイドテールに緑色の瞳。背中から生えているのはチルノとは違い、蝶のそれを想像させる羽が生えている。
彼女は大妖精。名前は無いらしいから、皆からは大ちゃんと愛称で呼ばれている。
ちなみにくーちゃんとは俺の事である。黒いワンピースでくーちゃんらしい。子供とはかくも単純な思考を持っているのか。
「大ちゃん、今日くーちゃん遊べないって!一緒に弾幕ごっこしよ!」
「ええ!?折角くーちゃんのお家に来たんだから、もうちょっとくーちゃんと…」
「えへへ、じゃあねくーちゃん!」
「ちょ、チルノちゃ~ん!」
涙目の大妖精の腕を引っ張って飛び去って行くチルノの後姿を見送って、俺は食べ終わった食器を戻す為に立ち上がったのだった。
ちなみに、チルノは縞々、大妖精は真っ白純白だった。べ、別に俺が見たくて見たわけじゃないんだからね!不用意に飛んでいったチルノと大妖精が不用心すぎるのがーーーーーー
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「あら、こんにちは」
「…!」
そして午後。俺はとある人物の家まで足を伸ばしていた。ドアをノックすると、程なくして一人の少女がドアを開けて俺を出迎えた。
俺と同じ金色の短髪に、白い肩掛けに青いスカート。サファイアを埋め込んだかのような瞳には、きっと俺とは全く違う世界が映っているのだろう。
七色の魔法使いであり人形遣い。人形を操る程度の能力を持った幻想郷のかわいい担当。
その名もアリス・マーガトロイド。俺は今日、あのアリスさんの家にお邪魔していた。
「よく来たわね。さあ、入って」
「…!」
「ふふ」
意気揚々とアリスさんの家に入り込む。一週間に一度の俺のお楽しみである。テンションも上がるというものだ。
「本はちゃんと持ってきた?」
「…ん!」
「偉いわ。最後まで読んだ?」
「…!」
アリスさんの言葉に肯定すると、アリスは顔に笑顔を咲かせて俺の頭を撫でてきた。元男子高校生として、女子高生くらいのアリスさんに頭を撫でられるというのは中々面映ゆい。でも照れると負けた気がするので何とか自分を保つのだ。
「それじゃ、今日も始めましょうか」
「ん」
そうして始まったのは、アリス先生による魔法の授業だ。
そう、あれは今から一か月程前の事。森の中で山菜やキノコを集めている途中、アリスさんと出会った。アリスさんは落とし物をしたらしく、紳士である俺としては当然一緒に落とし物を探す事はやぶさかではなかった。というか意気揚々と探すのを手伝ったまである。東方でかなり有名なあのアリスさんと知り合えるのなら落とし物の百個や千個いくらでも探すというものだ。
まあ、それと魔法について少しでもご教授いただければ幸いだなぁという打算も込みなのは仕方がないと思う。折角魔法のある世界に来たのだから、俺も使えるようになりたいと思うのは当然だろう。
「妖精が魔法?うーん、まあ使えないわけじゃないと思うけど…期待はしないようにね?」
と快く引き受けてくれたアリスさんマジ天使マジ。
そういう訳で始まった週一でのアリス先生による魔法授業。魔法って楽しいよね。学べば学ぶほど使える魔法が増えていくのだ。努力によって異能の力が徐々に使えるようになるこの感覚。たまんないね。
まあ、俺にはまったく才能が無いらしく、使える魔法も物凄く基礎中の基礎なんだけどね…。仕方ないね。俺妖精だもの。
「じゃあ、今日はここからここまで読んでなさい。分からないところがあったら私に聞いてね」
「…うん」
と、いう訳で、俺は何時もの様にアリスさんの膝の上に座って本を読む。たまにアリスさんが俺の髪の毛を手櫛で梳かしてくるのがくすぐったいけど気になるほどじゃない。
ん?なぜ膝の上に座る必要があるのか、だって?
ふふふ、この膝の上に座るという行為。確かにはた目から見れば意味はないのかもしれない。しかしアリスさん曰く、こうして身体を接着させることによって、アリスさんの魔力の流れを体感する事が出来るようになるらしいのだ。全く、アリスさんには俺たち凡人には見えていないものが見えているのだろうか。アリスさんの思慮深さには尊敬の念を抱かずにはいられない。
「~♪」
俺が本を読んでいる時間、アリスさんは上機嫌に鼻歌を歌いながら俺の髪の毛で遊ぶのが通例だ。時たまわからない所や疑問がわいた所が出て来たらアリスさんに聞いたりして、俺のまったりとした魔法の授業の時間は過ぎていく。
ああ~、このゆったりとした時間が堪らないんじゃァ~。
何も進まない
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