「ん……もう朝か……」
小屋の隙間から入ってくる陽光に目を焼かれ、目を覚ます。
「……あ?」
そして、眠い目を擦りながらも体を起こそうとするが、自分の腕の中にいる存在に気づき起きるのを中断した。
「んふ……かじゅまぁ……」
今、俺の腕の中には、アクアが眠っている。
しがみつきながら寝ているアクアの顔は、アホみたいにしか見えなかった今までと違い、あんな事があった今は艶っぽく見えるから不思議なものだ。
そうか、昨日のアレは、夢じゃなかったんだな……
『カズマの事が好き』
俺、コイツと本当にキスを……
「……っ!」
やばい。思い出したらものすごく恥ずかしくなってきた。
……というかよく考えたら抱き合って寝てる今の状態もだいぶヤバくないか……?
全身に伝わってくる柔らかい感触がものすごく理性を刺激してくるんだが……
もう一度アクアの顔を見る。
やはり、いつ見ても人間離れした美しさを誇る、綺麗な顔だ。
そして今はそれに加えてなんだかダメな性格の方も可愛く思えてきて……
これ、もう一回キスしちゃってもいいよね?
うん、これは正直仕方ないな。俺は男だもんな。目の前で無防備に寝られるとこうしたくなるのは至って当たり前のことだ。むしろしない方がおかしい。
俺は悪くない悪くない。
俺は、眠っているアクアに吸い寄せられるように顔を近づけて、唇を奪おうと―――
「……ふぁ……カズマさんおはよ……ぅ?」
あ。
やべぇ、起きちまった。
「「…………」」
これ、この後どうなるか俺にはわかるぞ
恥ずかしさに耐えきれなくなったヒロインに殴られる。
ラノベとかによくあるパターンだ。
ヒロインの寝込みを襲おうとした主人公が暴力を受けずに生還できた事などほとんどない。
「い、いや違うんだアクア!これは……」
ダメもとながら必死に言い訳をする俺に、アクアが殴りかかって……
殴りかかって……?
こない。
恐る恐る目を開けてアクアを見ると、そこにはゆでダコのように真っ赤になったアクアがいて
「…………カズマさん……朝からはその……恥ずかしいんですけど……。あ、でも、夜ならいいから……ね?」
KA WA EEEEEEEEE!!!!!
なんだよコイツ!なんでこんな初な反応するんだよ!
ああ!やっぱ我慢出来ねぇ!昨日めぐみんやダクネスと約束がとか言ってたけどそんなん知るか!
ぐへへ!朝から大人のプロレス開始だぜ!
さあ!今度こそアクアを俺のものに
「カズマさん、気持ちは嬉しいけど襲いかかってきたら下半身に解けない封印を施すからね」
「よし!いつまでも寝てないでさっさと起きようぜ!やっぱり早起きが一番!」
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不戦敗に終わったプロレス騒ぎの後、俺達は馬小屋を出てウィズの店へと向かっていた。
実は、なんやかんやで忙しかったのでまだ魔王討伐後の挨拶に行けていなかったのだ。
上司を倒した挨拶に行くというのもなんだか変な感じだが、ウィズの店で仕入れたマナタイトのおかげで魔王を倒せたと言っても過言ではないくらいお世話になったのだから礼をしに行くのが道理だろう。
「……だから、お前はジッとしてろよ?馬鹿なことするんじゃないぞ?」
ウィズと会えると聞いて、先程から上機嫌で鼻歌を歌いながら横を歩くアクアに忠告する。
「なによ、わかってるわよ!私だってウィズに感謝してるもの。私もお礼がしたいのよ!」
意気込みはいいけどなんだかやらかしそうな気がしてならないのは何故だろうか。
「それよりもカズマ」
と、そんな予想していると、アクアがいきなり話題を変えてきた。
「それよりもってなんだよ。これは結構重要な……」
「手、繋いでいい?」
「……お、おう」
そう言って指を絡めてくるアクア。
当然街中なので人目につき、顔見知り達が「あらあら」といった視線を向けてくる。
は、恥ずかしい……
が、当のアクアはそんなのを気にせずにずっとニマニマとにやけている。
チキショウ、本当にどうしやがったんだコイツは。
なんでこんなに可愛いんだよ。
まぁ、俺だって嫌じゃないし、ここでは流石にイチャつけないけれどもウィズの店についたら昨日みたいに甘やかせてやらんことも……
そんな事を考えながら、いつの間にかついたウィズの店に入るために、ドアを開けると
「へいらっしゃい!最近はなんちゃって紅魔族となんちゃってクルセイダーに飽き足らず、なんちゃって女神にまでデレ始めた男よ!久しぶりであるな!」
前言撤回。
コイツの前では絶対にイチャつかん。
「あら、カズマさん。お久しぶりですね。今日はどうなさったんですか?」
バニルの前で意思を固めていると、店の奥からウィズが出てきた。
「おう、久しぶり!いやぁ、ウィズの店のマナタイトが大いに役立ったからさ、感謝を言いに来たんだよ」
「わざわざありがとうございます。お役に立てて何よりですよ」
そういってニッコリと笑うウィズ。やっぱりウィズは癒しだ……
それに比べて……
「フハハハハ!また来たのか邪魔な女神よ!魔王を倒した後に大人しく天界に戻っていればよかったものを、わざわざ吾輩の前に戻ってくるとは、どこぞの変態貴族令嬢の様な性癖でも持っているのか?」
「はぁ?アンタ何自分に会うために残ったとか勘違いしちゃってるわけ?私がアンタみたいな木っ端悪魔のために残るとかありえないんですけど!それにここに来たのはウィズに会うためなんですけど!アンタはいらないからサッサと消えて欲しいんですけどー!」
こいつら……
「ほう!それなら消してみるがよい!魔王の城に一人で向かった挙句何も出来ずに保護者に助けてもらった分際でよく偉そうにそんな事が言えたものだな!魔王のやつも貴様のような輩ではなくこの男に倒されて心底安心したろうに!」
「なんですって!今までは仮にも悪魔なアンタには多少手こずるから適当に相手してあげてたけど、女神として力を取り戻した今の私が本気を出したらアンタなんて瞬殺よ瞬殺!」
……やっぱりこいつらがいるとさっぱり話が進まねぇ!
「おい、アクア。その辺にしとけよ。バニルとも話したい事があるんだからな」
「ダメよ、この木っ端悪魔とは決着をつけないとダメなの。今日こそはカズマさんに迷惑をかけるこの存在を消さないと気が済まない!」
お前の方が散々迷惑かけてるからなとツッコみたいところだが、既に臨戦態勢に入ったアクアの耳には届きそうにない。
「私という存在をコケにした事を、地獄の底で懺悔なさい!『セイクリッド・ターン」
「吾輩を消すと貴様の愛してやまないこの男が悲しむがそれでもよろしいか?」
「ひあ!?」
ちょうど消し去ろうと呪文を唱えかけた瞬間、バニルの言葉を受けて固まるアクア。
「……は、はぁ?アンタ何言ってんの?私がカズマさんの事、す、好きだなんて適当なホラ吹かないで欲しいんですけど!大体アンタ私のこと見通せない癖に分かったような口聞いてんじゃないわよ!」
「フハハハハ!やはりこの駄女神は馬鹿であるな!ここに来た時からアレだけこの男をチラチラと伺っていたのをこの聡い吾輩が解らぬと思っているのか?今の腑抜けた貴様なぞ見通す力を使わなくてもバレバレである!そうだな、貴様の朱に染まった顔からして昨日の夜」
「わああああ!!!やめて!!!言わないで!!!今日のところは引き分けにしといてあげるから!!!言わないで!!!!」
バレてたのか。
まぁ確かにずっと俺の方をチラチラ見てたのには気づいてたけどな。
「ねぇウィズ!とめてとめて!あの悪魔とめて!これ以上言われると恥ずかしくてどうにかなっちゃいそうだからとめてえええ!!!」
意地悪な悪魔に言っても無駄だと気づいたのか、今度はウィズに頼り出した。
リッチーに泣きつく女神とは。
そんなアクアをウィズは優しく励ました。
「大丈夫ですよ、アクア様。私、カズマさんの事を好きになるのはとても素晴らしい事だと思います!いつもとは違って椅子に座らずにずっとカズマさんの傍を離れなかったのはそういう事だったんですね!それにバニルさんにからかわれて恥ずかしがるアクア様もとても可愛らしいと私は思い」
「わああああああああ!!!!ウィズのバカぁあああああ!!!」
「アクア様ーーー!!!」
ウィズの天然な追い撃ちに耐えきれなくなったのか、アクアは店から飛び出していってしまった。
「フハハハハ!ざまあみるがよい!」
「もう、バニルさんはあんまりアクア様をからかったらダメですよ!」
「いや、どうみてもトドメを刺したのは其方であると思うのだが……まぁよい、そこのパーティーメンバー全員をおとしたハーレム男よ、さっさと追いかけるが吉。あの女神が向かったギルドの方向がピカピカと光っているぞ」
「いやハーレムはつくってねぇよ!……まぁ、アイツの向かった場所を教えてくれて感謝するよ」
そういって早速アクアを追いかけるため、俺は店を飛び出した。
「カズマさん、アクア様を頼みましたよ!私も追いかけたいのですが、昨日バニルさんに内緒で仕入れた商品の整理をしないといけないので!」
「小僧よ!せいぜい足下に気をつけるが吉!……待て、貧乏店主よ、今なんと言った?」
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ギルドにつくと、アクアが一人で注文もせずに座っていた。
「おい、アクア。流石にいきなり飛び出したのはビックリしたぞ。いくらなんでもそんなに恥ずかしがることなんてないじゃないか?」
そう言いながら、俺はクリムゾン・ビアを両手にアクアの隣に腰を下ろした。
何をこんなに恥ずかしがっているのだろうか、この女神は。
アクアが俺のことを好きになったなんてギルドの顔見知りにバレるならともかくウィズやバニルにバレたところであまりダメージなどないはずなのだが。
「だって……だって……」
「だって?」
「他の人に改めて言われると、私、今までカズマさんに抱きついたり膝枕したり凄いことしてたなぁって思い出して恥ずかしくなっちゃうの」
「!?……お、おう……ま、そんな事もあったなぁー……なんて……っまあ、昔の事だし!?取り敢えず酒でも飲もうぜ!?」
……くそ!昨日といい今日といいなんだってコイツはこんなに俺のツボをついてくるんだ!
動揺していることを悟られないように、俺はアクアに酒を勧めると
「うん……じゃあ、ちょっとだけ飲むわね……」
恥ずかしがりながら、差し出されるジョッキを手にするアクア。
―――そうだ、こういう小っ恥ずかしい事は、酒を飲んで酔って忘れるに限る。
「ぶっひゃひゃはは!ねぇカズマぁ……もっと飲みなさいよぉ!うぃー、ヒック……ねぇこの私が飲めって言ってるのが聞こえないのぉ!?」
ここまでやれとは言ってない。
「おい、帰る時に介抱するのは俺なんだからな?あんま飲みすぎんなよ……」
「にゃあに言ってんのよぉ〜!飲めって言ったのはかじゅまさんの方でしょぉ〜?今日はまぁだまだ飲むわよぉ!!」
ダメだこいつ。
さっきまでの可愛らしい女の子モードは何処に行ってしまったのだろうか。
こんなおっさんにドキドキしていた自分が恥ずかしい。
そんな事を考えていると、アクアの騒ぎを聞きつけたのか、いつの間にかギルド内の冒険者達がこちらに集まってきた。
「おお!流石アクアさん!いい飲みっぷりっすねぇ!」
「今日は何杯までいくんすか!?」
「何杯でもいくわよ!店員さ〜ん!じゃんじゃん持ってきて〜!みんな、今日は私の奢りよ!!」
「「「おおおおおおおお!!!!!」」」
……まぁ、アクアにはこっちの方が似合うか。
諦めた俺は、ジョッキに手を伸ばし、宴に加わろうと……
「いやぁ、アクアさん太っ腹っスわ!どうしたんスか?なんかいい事でもあったんスか?」
「あ、それに気になります!今日はいつにも増してご機嫌っスよね!」
「ふっふ〜ん!仕方ないわねぇ、今日は特別に教えてあげるわよ!実はね!私、カズマさんとキスしたの!」
ギルド内が一瞬で静寂に包まれる。
「それでね!抱きしめて貰いながら可愛いって言ってもらったの!!」
シンと静まり返ったギルドの中、一人だけ頬に手を当ててイヤンイヤンと頭を振りながら嬉しそうにするアクア。
そして、真顔になった冒険者達はもちろん俺に視線を向けてくる。
―――――よし、この街から引っ越すか。
「あ、用事を思い出した!じゃあな、みんな!」
笑顔を作り180°ターンした俺はそのままギルドの出口へと―――。
「おい、待てよカズマ」
行けずに肩を掴まれる。
振り返るとそこにはニヤニヤと下品な笑みを浮かべた冒険者達がいて。
「酒のつまみまで用意してくれるなんて流石カズマだなあ!喜べみんな!今日は朝までこの話題で遊び倒すぞ!おら!もっと酒もってこい!!!」
その後、朝まで根掘り葉掘り聞かれて散々冷やかされました。
ちなみにアクアは酔いが覚めるにつれて自分がどれだけ恥ずかしい事をしているのか分かり始め、最後には顔を真っ赤にして酒場から出ていき、しばらくの間屋敷に引きこもりましたとさ。