第18話
〜曹操・袁紹サイド〜
生前退位をしたために現状のトップがいなくなった。それを補う形で曹操と袁紹が馬車馬のように働きを見せる。
「……今の今まで、よくこんな状況下で崩れなかったわね」
「全くですわ……政なんてないも当然。資金も底が見えているなんてありえますの?」
「彼らは血税はお小遣い程度にしか見ていなかったとしか思えないわ」
十常侍やその息のかかった者らにより、国が崩れる一歩手前まで来ていた。もしも、十常侍らがまだこの国を支配していたならば、確実に国は滅び、世は大乱世となっていただろう。現在でも多くの賊がはびこんでいるのも納得が出来る。
「上が乱れば自ずと下も乱れる……言いたくはないけど無能の極みね」
「それは我々も含まれますわ。この事態に気付くことはあっても防ぐことは出来なかった。市民からすれば全て上に立つ人間を恨んでいる筈です」
「…………それもそうね」
袁紹の言葉が突き刺さる曹操。気が付かなかったわけでははない。しかし、その時は力がなかった。そんな言い訳が頭をよぎる。
「ですがご安心なさい! この袁本初、やるからには力を惜しみません! 華琳さん、わたくしの活躍に涙を枯らさないように!」
「………………はぁ」
どうしたら涙が出るか説明が欲しかったが、今は黙っておく曹操。
だが実際問題、ここ最近の袁紹は目を見張る活躍を見せている。今の資金問題は袁紹がいなければ解決出来ずにいたからだ。これは曹操が袁紹に相談をしようとしていた時期に自ら資金を持って国へと納めた。
その時、袁紹は……
「人なき場所にお金は生まれませんの。その人が住める場所を作るのがこの名家である袁本初の役目と知りなさい!」
ここまで言えるようになっていたことには流石の曹操も驚きを隠せないでいた。以前から変わってはきているのは気付いていたが、これほど成長しているとは思っていなかったのだ。
「これも噂の婚約者のおかげ?」
「あら? 興味がありまして?」
「ないと言えば嘘になるわ。彼には個人的な関わりもあるしね……」
曹操の前に現れ、袁紹を有能にさせ、国すら巻き込んでこの腐った情勢を変えようとしている男。
「(彼の目的はわからない。だが、時代が動く時に彼は必ず現れる。先見の持ち主とて限界はある……けど彼はどこまでこの国を見ていると言うの?)」
男は間違いなくこの時代を変えようとしている。それが自分と同じやり方かはわからない。
「……麗羽」
「なんですの?」
「もしも……彼と対峙するとしたら……どうする?」
「………………」
袁紹は少し考え……
「国を乱すならば戦いは避けられませんが……国を正そうとするならば喜んでこの座を譲りますわ」
偽りのない笑みで曹操に答えた。
「そう……」
一方の曹操はその答えを聞き……
「(私が同じ立場なら……どう答えるの?)」
自分に大きな課題を残し、悩むのであった……
〜劉備サイド〜
「………………」
「……か……とう…………桃香!」
「ふえ?」
「ふえって……さっきから手が止まってるぞ?」
劉備に声をかける赤髪の女性。
名は
かつて
そして劉備らは義勇兵を集め、公孫賛の下で世話となっていた。
「ご、ごめん白蓮ちゃん!」
「……何か悩みごとか?」
「………………うん」
「私でよかったら聞くぞ? もしかしたら気持ちも晴れるかもしれんし」
「……ありがとう」
そして劉備は悩みを公孫賛に打ち明けた。
「私の夢は前にも話したよね?」
「争いのない世を作る……だったよな?」
「そうだよ……けどね、今の私がしてることで本当に争いがなくなるのかな? ……って」
「………………」
「覚悟はしてきたつもりだったけど……いざ、戦場を見ちゃうとどうしても考えちゃうの」
劉備はこれまでに多くの賊退治を見てきた。関羽や張飛などの活躍もあり、各地の鎮圧にも成功している。
だが、退治をすればするほど劉備は悩む。自分のしていることは平和のためなのか?これで民は救われるのか?
国の頂点に立つ者がいなくなった今、賊の数も増える一方。その度に鎮圧をし、多くの血が流れていく。
それが今の劉備の悩みであったのだ。
「桃香」
「何?」
「正直、桃香の進んでいる道はとても険しい道だと思う。それこそ、私なんかがわかるような道じゃない」
「そ、そんなこと……」
「そんなことさ。適所適材で私は此処を守るのが最適なんだ。けど、桃香は違うだろ?」
「………………」
「だから……桃香ならやれるって自信を持って言えない。けど、出来るとするなら桃香だけだ。それは自信を持って言える」
「白蓮ちゃん……」
「…………だぁー! 自分でも何言ってるかわかんなくなった!」
頭をかき回すように恥ずかしさを見せる公孫賛。
「ともかく! 悩むなとは言わないからせめて誰かに相談してくれ。お前も上に立つ人間なんだから」
「……そうだね! ありがと、白蓮ちゃん!」
「ああ!」
優しき少女は立ち直る。しかし、これは氷山の一角に過ぎない。これから過酷な歩みとなるのをこの時はまだ知らないのであった……
〜孫権サイド〜
「
「………………」
「蓮華さま?」
「え? ……ああ、ありがとう
「……御意」
江東の各地で賊退治を行なっていた褐色の少女。
名は
彼女は孫堅を母に持つ次女。そんな彼女はある悩みを抱える。
「今の私に……何があるの?」
偉大な母を持つ孫権。そのために多くの人間が自分と母を比べる。決してそのようなことはないが完全にないとは言えない。それが孫権を悩ませていた。
「お母様やお姉様ほど武力があるわけではない。シャオみたく器用に歩けない……そうなると私の存在意義って何?」
思えば思うほど感じる劣等感。決して孫権が劣っているとは誰も思っていない。しかし、孫権自身が真面目故に自分の立場を理解しようとするとどうしても家族のことを思ってしまう。
「……どうすればいいのよ」
誰かに相談をすれば気持ちも晴れる。しかし、それは孫権が許さなかった。弱音は吐いてはいけないと勝手に決めているからだ。
月が照らす部屋で孫権は悩む。
「……救世主……ね」
その言葉が自然と出てきた。各地で噂となっている名無しの救世主。もちろん、孫権もこの噂は聞いている。
「もし……いるのなら…………話でも聞きたいわ」
はじめて呟く弱音。
それは誰にも聞こえずに時間だけが知るのであった……
自分の道に悩む覇道の王。
自分のやり方に心を痛める人徳の王。
自分の立場に苦難を見せる絆の王。
それぞれが悩み、壁にぶつかる。それは誰に言われたわけでもなく、己自身が止まる。しかし、時は止まらない。止まるのはいつでも人の歩み。
彼女らはその一歩を踏み出せるのか……
〜張勲サイド〜
「……やられたな」
「ええ……」
私と孫堅さんは呟く。
正直、これは予想はしていた。しかし、動きを見せるのはもっと遅いと思っていた。完全に一杯食わされましたね。
「呂布と張遼が想い人を拉致。そのまま行方をくらましたか……」
「まさか、此処まで早く動くとは考えていませんでした」
「それはオレとて同じだ。もう少し大人しくしていると思っていたが……ふふっ。やはり獣だな」
これは私の傲慢でもある。呂布と張遼の警備を強くするべきだった。
天は私のことを嫌っているのでしょうか?
「障害は大きいほど燃えるもんさ。そうだろ?」
「……そうですね」
「んでこれからどうする? 兵は無理に出せんぞ?」
「…………もしかしたら、彼らはこの地を離れないかもしれません」
「ほう?」
「呂布さんと張遼さんの目的は彼の保護です。ならば……」
「拠点がある……と?」
「ええ。此処は私たちが動きますので孫堅さんは一度、城に戻ってください。変に勘づかれると危険ですので」
「……まぁいいだろう。今回は手を引くか」
そう言って歩き出す孫堅さん。
今回は私たちの負けです。しかし、最後に笑うのは……呂布さんや張遼さん、強いては孫堅さんでもない。私と美羽さまです。
「フフフ……その時が楽しみですね?」
こうして絶体絶命の窮地は思わぬ形で幕を閉じた。しかし、未だ困難は残ったまま、臧覇は闇へと消えるのである……
一度も登場せずに拉致られる主人公がいるらしいですよ?
ありがとうございました。