※H29.2/20…若干の修正をしました。
「さて……お前達、何か納得の行く説明が成されるものと私は期待しているしお前達を信じている。当然だ、何せ我が校が誇る極めて優秀かつ“賢明”な生徒なのだからな」
それは、バトルロイヤルにてステラが圧倒的な力を見せつけて勝利した夜のことだ。
破軍学園理事長、新宮寺黒乃は一輝の試合中隣に居た二名をホテルの部屋に呼び出し、部屋に招き入れるとそのまま後ろ手に“扉に鍵をかけた”。
「「…………」」
——身の危険というには余りにあからさまな不信感。隠すつもりもないのだろう。
窓は開閉しない仕様で、尚且つベランダは無く。
またあったとしても飛び降りるには少しばかり高すぎる。
一瞬、力づくでの逃亡も画策した二人だが、現実的では無いと諦める。相手は元世界三位の《世界時計》だ。その上、破軍学園理事長でもある。
「……理事長。私には何のことだか——」
パァンッ——!
「安心しろ。この部屋は防音だ」
「いや何を安心しろと!?」
流石に兄妹というだけのことはあり、珠雫のツッコミには切れ味があった。
……もっともそんなものあったところでどうにかなる訳ではないのだが。
「そして、安心しろ黒鉄珠雫。“今日のところ”はお前をどうこうする気はない。有栖院はその限りではないが」
「えっ」
「お前には試合があるからな。疲労を残す訳にはいかない。まあ、素直に喋るのなら関係のない話だ。もちろん私は、お前達が話してくれると信じている。生徒を信じるのは教育者として当然だからな」
——珠雫は兄のためと、早々に有栖院を切り捨てた。尊い犠牲である。
歯の浮くような台詞の数々。
正直なところ不安を煽るものにしかなっていないが、黒乃なりに穏便にことを済ませようとしているのは理解できた。
しかし、理解できたからと言って受け入れられるかは別の話だ。
「話すも何も……私たちは何のことだかさっぱりで……」
——その選択は致命的な間違いであったと後日、珠雫は思い知る。
*****
「……ねえ、珠雫? もういいじゃない、理事長は分かってくれるわ。話しましょうよ、ねぇ?」
「ダメよ、アリス。お兄様のためだもの」
「でももうアタシ……」
「ごめんなさい、私も辛いの。でも——耐えてね、アリス」
「いやでもアィータタタタタタタ!?? ちょ、やめて、やめて痛いっ!? 痛いから!?」
「最近旦那が足ツボにハマっていてなぁ……。すっかり覚えてしまった」
ベッドに固定された有栖院は理事長の容赦ない責め苦に痛めつけられつつ、心身を強制リフレッシュさせられていた。
かれこれ二十分といったところか。かなり豪華なマッサージと言えないこともない。
「こ、これ虐待だわ!バイオレンスよぉぃぃいだだだだだだだ!?!」
「何を言う。日頃の疲れを労ってのマッサージだ。虐待などと人聞きの悪い」
ぐにっ!
「いぎぃいぃだいぃ痛い痛い痛い!? 私の知ってる足ツボと違うわナニコレ!?」
「さて、有栖院。これ以上心身を健康にされたくなければ……まあ答えろとは言わんが、どうしてもと言うなら聞いてやる」
「ぜひ言わせてくだ——」
「ダメよアリス」
ノータイムでストップを掛けてくる悪魔がそこにいた。
「だ、だってぇ! これすっごく痛いのよワカル!?」
「分かるわアリス。私も見ていて辛いもの……」
あまり見たことないぐらい綺麗な笑顔を向けてくるルームメイトに有栖院は戦慄した。が、割りと頻繁にしている気もするので取り立てて珍しくもない。
「魔導騎士たる者、この程度で根を上げてはダメよ。ふふっ、何も拷問という訳でもないのよ? 大袈裟に騒ぐほどのことじゃ——」
「言っておくが剣武祭の後でお前も受けるんだからな?」
ピタリ、と動きを止める珠雫。
しかしそれも一瞬のことだ。すぐさま先ほどと同じ笑顔で黒乃の方に向き直ると。
「——お話します、理事長」
「あらやだこの子ったら変わり身早すぎやしない……!?」
有栖院、本日二度目の戦慄。
「冷静になって考えればあの男がどうなろうとお兄様に不利益はありませんし、隠すのも馬鹿らしくなったので……」
「……もうちょっと早く冷静になれなかったのかしら……」
「……我が生徒ながら怖ろしい女の片鱗を持っているな……」
こうして、佐々木小次郎の存在は《世界時計》へと伝わることとなった。
とはいえ珠雫と有栖院の知る情報は少なく、悪く言えば眉唾モノだ。
如何に黒鉄一輝が抜きん出た洞察力を持っているからと言って、エーデルワイスに匹敵する剣士の存在など……あまつさえ、そんな強大な存在が今の今までこの世に潜んでいたなどと誰が信じる。
その上、男の魔力量は——Fランク。
《落第騎士》の師匠としては正しいのかもしれないが、現行の魔導騎士制度の根底を覆すこととなる。
「やれやれ……厄介なことになった……。これでは、剣武祭が終わってからなどと悠長なことは言っていられないか」
手出しはしない。が、しかし放置するのは不安要素が多い。
情報を集めなければならない。当事者の一輝にも詳しく話を掘り下げさせる。
そして仮に……仮にエーデルワイスと同等の剣士だというのなら、その時は別だ。
「全力で見逃す他、ないだろうな……」
なにせ、捕らえることなど不可能なのだから。
*****
「今日は《剣士殺し》と《血塗れのダ・ヴィンチ》との試合。《剣士殺し》は文字通り剣士の天敵であると聞く。果たして、如何程のものか……」
一方の《血塗れのダ・ヴィンチ》の方はまるで素人。
確かに戦えば伐刀者としては強いのだろうが、それだけだ。武勇を競う相手としては相応しいとは思えない。
直接戦闘を得意としない点などは問題ではない。単純に人種が違うのだ。
アレは武人ではない。戦う者ではない。
——事実として小次郎の感覚は正しく、彼女は画家であり、それ以外の何者でもなかった。
「なんと……興味の湧かぬ相手であったが……。なんと面妖な、やはり私は女を見る目がない」
確かに画家には違いなかったが、色の概念を操るだけなどと謙遜も甚だしい。
色の概念どころか“描いた存在”そのものを操ってみせるとは。
小次郎が思う以上に彼女は画家であった。
蔵人優位で進んでいた試合が一気にひっくり返された。
ドラムマシンガンを創造する以前までの劣勢がまるで嘘のように。
ミサイルが創造された時点でも《神速反射》を前提とした奇策が無ければ試合は終了していた。
「何より人物の創造よ……。何処まで再現できるのかにもよるが、夢の膨らむ--まるで宝箱よ」
決め手は《無冠の剣王》を都合三人創造してみせたあの瞬間だ。
果たして何処まで再現出来るのか、もし絵描きの知識以上のことが可能ならば、人物を呼び出すかのような神の如き再現率ならば。
消えかけた無様な身体ではなく、全力を以ってして一度は自身を破ったセイバーと。
あの清廉な二刀を振るうアーチャーと、しがらみなく刃を交わし。
獣の如き身のこなし、卓越した技量で魔槍を操るランサー。次こそは加減など許しはしない。
強力過ぎる豪剣を縦横無尽に振り回す、あの無双の大英雄たるバーサーカーと。
ライダーとも死合ってみたいものだがアレはマスターが悪かった。果たして本領はどれ程のものか。
キャスターを描かせるのも良い。大魔術による飽和攻撃は驚異的だが、必ずや掻い潜ってみせよう。
「剣武祭の後の楽しみが増えたか。いや、仮に取るに足らぬ偽物であったとしてもあの女狐は描かせるか。鬱憤は多少晴れるというもの」
呼び出されたこと自体には感謝の念もあるのだが、こちらは腹に呪いまで仕込まれていたのだ。
今までの仕打ちを考えれば、贋物に対する意趣返しの一つや二つは許されるだろう。
まあ、どちらにせよ面白い。
敗れたとはいえ《剣士殺し》とて相当の使い手だ。
多数の斬撃を放つという発想は小次郎にとっても好ましい——というより、気が合うと言った感覚であったが、自身と近しいモノを感じる。
「いや、今日もまた素晴らしい日よな。今夜の酒も格別に美味であろう」
気分が良ければそれだけ晩酌も良いものとなる。
昼は戦い、夜は酒。風流とは呼び難いが、これもまた悪くはない。
「さて、次は一輝と《天眼》の試合か。どちらも洞察力に優れる伐刀者……興味の尽きぬ試合よな。——そこのお主も、そうは思わぬか?」
「——気づいていたか」
「当然よ、“童”如きの気配も探れぬほど落ちぶれてはおらん」
小次郎の立つそこは、単なる観客席の一角だ。
見つけるだけなら造作もないこと。だが、常に周囲の人間の気配に紛れている彼を注視するのは難しい。
誰であれ——一定以上の実力を要求される。
「して、私に何のようだ? 縁もゆかりもない……などと言うつもりはないが、お主が私に興味を示すとは思えぬが」
「……ここ最近、《大国同盟》や《解放軍》の連中が片端から潰されて警察署の前に置き去られるという事件が頻発している。アレは貴様の仕業だろう?」
つけられた覚えはなかったが、どうやら何処かで見られたか。
「貴様もまた『騎士の力』と言うものを履き違えたペテン師だ。愚弟よりも多少は先の地点に居るというだけで大差はない。そのくせ場を引っ掻き回す。——目障りだ」
隠す気もない殺気を向けてくるその人物は。
「ふっ、やはりお前には余裕というものが欠けているな。——何をそんなに“怯えている”のだ、《風の剣帝》」