落第騎士の師匠《グランドマスター》   作:Wbook

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剣豪……よかった……


謎の……

「——くっ、このクソガキがぁ! さっきまでの三番勝負はぜーんぶ予選じゃけえ! 力試しじゃけえ!!」

 

 

 みっともなくわめき散らし、自ら挑んだ決闘の結果を不服とするのは——あろう事か、時のヴァーミリオン国王……シリウス・ヴァーミリオンであった。

 

 

 一番勝負の模擬戦では、ほんの一瞬で斬り伏せられ。二番目の腕相撲においては、体格差を易々と覆す黒鉄一輝の技量の前に完敗し。

 最後の最後に挑んだマラソン勝負では、ショートカットしようとして裏路地に入った挙句迷子で保護される始末……。

 

 

「パパったら……そんなにまで……」

「お父様、いい加減惨めだからこの辺でやめておかない……?」

 

 

 愛する妻と娘の表情は、もはや怒るだの呆れるだのという次元ではなく……憐れみに等しかった。

 後ろに居並ぶメイド達に至っては、主人の痴態に若干の泣きが入っているほどだ。

 

 

「否ぁ!! ワシより強いステラちゃんに勝つ男を相手にワシでは力不足、そんなことは始めから承知しておったわ!!!」

 

 

 当然、嘘だ。始めから、必ずや我が手で仕留めてみせると、闘志を燃やしていた。

 しかしそんなことを口にできる筈もなく。

 

 結局のところ隠していた秘密兵器に頼らざるを得なくなったのだ。

 

 国を扇動して、さらには軍隊まで動員。そこまでなら、ヴァーミリオン皇国の国民性である高い忠誠心を鑑みれば無い話でもない。普通の国家であれば有り得ないほどの忠誠心に、襲われた当の本人が敬意を抱いてしまうほどである。

 それにしたって、要は、我らが姫をどこの馬の骨とも知れん男に黙ってくれてやれるものか……という憤りなのだから、素晴らしいと言えば素晴らしいもの。

 

 ……しかし、よりにもよってソレを国家元首本人が主導し、あまつさえ国庫から多額の賞金を出してまで一輝を排除しようとし——改めて文面に起こすと凄まじい暴挙である——その上で大失敗したのだから、家族からの……特に、ステラからの信頼はガタ落ちだ。

 シリウスは、一輝を負かすことでそれを取り戻そうとしていたのだが、それは叶わぬ願いであるとはっきり思い知った。

 

 ——ならば、せめて目の前に立つ憎っくき日本人の婿入りを阻止せねば。

 

 

「クロガネイッキ! おどれがどれほど強かろうがこの方にはぜぇったいに勝てん!!」

 

 

 一輝がステラと正式に婚約する条件として出されたのは、今度行われる隣国クレーデルラントとの戦争において、ヴァーミリオンを勝利に導くこと。

 もっとも、戦争とは言っても、どちらも《連盟》に属する国家……その内容は、互いの国の代表選手五名による、ルールのある試合形式のものなのだが。

 

 これを、不服ながらも自身の家庭内地位——実際のところ、家庭における父親という存在そのものの有る無しを問われるほど重大な事態であった——を存続させるために受け入れざるを得なかったシリウスは……しかし最後の抵抗として、この腕試しを思いついたのだ。

 

 

「ええかぁ、この方はなぁ……この日の為にわざわざ遠い異郷の地からご足労くださったんじゃ!」

 

 

 本来は、ヴァーミリオンを訪れた一輝に対する最後の砦として呼んでいたのだが、あちらも忙しかったようで依頼の確認が遅れ、その場には間に合わなかったのだ。

 尚、原因の一つとして依頼文に期限を書いてなかったシリウスのドジも挙げられる。

 

 

「——先生!! 先生、あの不埒な小僧をいてもうたってくだせぇ!!!!」

 

 

 シリウス・ヴァーミリオンは、もはや勝利を確信していた。

 

 何故ならば、《先生》は自身の知る限り——最強の剣士。その評価は、達人たる一輝と戦った後でも一切変わってはいない。

 先日も、日本の有名な学生騎士を二対一で下した無名の伐刀者(ブレイザー)としてネットで騒がれていたが、シリウスから見ればその程度は当然のこと。

 

 絶対というに相応しい信頼を、シリウスは彼に寄せていた。

 

 

「やれやれ……いきなり天守閣に招かれたかと思えば——どういう因果であろうな、これは」

 

 

 そう言って独りごちた侍を尻目に、シリウスはこれ以上ないほどのドヤ顔を浮かべていた。

 

 ——話は、少し遡る。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「失礼、緑茶をいただきたいのだが?」

「緑茶ですね。かしこまりました、少々お待ちください」

 

 

 優雅に足を伸ばせるだけのスペースが完備されたそこは、地上から一万メートル離れた空のオアシス。

 場合によっては下手なホテルより整ったサービスを提供する——所謂、ファーストクラスである。

 

 依頼文を確認した小次郎は、然程急ぐこともなくジェット機に乗り込んだ。

 

 雑多なエコノミーは以ての外。ビジネスクラスもいまいちパッとしない。であればと、意外に小金持ちな小次郎は、迷わずファーストクラスを選択した。

 

 そんな彼の行き先は……。

 

 

「ヴァーミリオン皇国か……まさか、一輝達の後を追うことになるとは」

 

 

 よもや、会うことはないであろうが……奇縁と言う他ない。

 

 

「あの御仁も貴人のようだが、まさか国主と接点があるとは思えぬしな」

 

 

 一応、仕事で来ているのだから、そちらを優先しなければならない。

 内容としては、ある男を百分の九十九殺しくらいでぶちのめして欲しい……とのことであった。

 強者と出会えるかは分からないが、そこはそれ……仕事である以上、自身の望みは後回しだ。

 

 正式な素性を得るに至った今となっては、この稼業も畳む頃合いだ。故に、これは最後の仕事になるだろう。

 となれば、きっちりと締めなければ格好がつかない。

 

 

「さて、出るのは鬼か蛇か、はたまた……まあ、成り行きに任せてみるとしよう」

 

 

 ——結果、鬼でも蛇でもないよく分からない状況に出くわしたわけだが。

 

 

「ササキコジロウ様ですね、国王がお待ちです。ご足労願います」

「……国王?」

 

 

 ヴァーミリオン皇国に到着した小次郎を出迎えたのは、その一声であった。

 

 まさか……と思いつつ、どこか疲れたような態度の案内人に車へ乗せられた小次郎。

 やはりと言うべきか、行く先は……このヴァーミリオン皇国で最も有名と言って過言ではない建造物。

 

 ——すなわち、王城である。

 

 

「おお、よう来てくれたのぉ、先生!! ささっ、早くこちらへ!!」

「いや、それは良いのだが。そなた、もしやヴァーミリオン国王……」

「そんな細かいことは後でええんじゃ!! 今は憎っくきあのクソガキをぶち食らわせるのが大先決!! なぁに心配はいらんわ、相手は達人じゃが先生には遠く及ばないとみている!! 楽勝じゃけえのぉ!!」

 

 

 まったくもって話を聞かない男であった。この強引さというか突っ走る気質は娘とそっくりだ。

 

 

「……して、シリウス殿。その“ぶちくらわせて”ほしい者というのは、何者なのだ?」

「奴は……奴は……!! ワシの世界一可愛い娘を誑かしよった希代の不埒者じゃあ!!!」

「……なるほど」

 

 

 だんだんと小次郎にも状況が読めてきた。

 くだらない……と、片付けるのは簡単なことだが、シリウスの心情を考えれば、そうもいかない。小次郎には子供など居なかったが、それでも予想することぐらいは出来る。

 無下に切り捨てるのは、少々酷というものだ。

 

 しかし、ここで問題となるのは——小次郎自身が、その希代の不埒者と世界一可愛い娘の仲を祝福していることだ。

 

 

「シリウス殿。そなたは、その者を本当に俗物であると思っておられるのか?」

「そんなもん思っとるに決まっとろうが!!」

「では、そなたの娘はそのような者を選ぶ愚か者……というわけだな?」

「そんなわけないじゃろうが!! ステラちゃんはワシに似て直情的でちょっぴり単純でドジっ子ちゃんじゃがそれでも決してお馬鹿では……」

「——ならば、それが答えであろう?」

「うぐっ……!!!」

 

 

 シリウスはその獅子のような相貌を、苦虫を噛み潰してそれを苦汁と辛酸で喉の奥へ流し込んだかのような顔で唸った。

 

 

「……確かに先生の言う通りじゃ。あの小僧はステラちゃんのことを抜きにして考えたなら、前途ある素晴らしい若者と言える。——じゃがのう、どんなに理性がそう諭しても父親としての本能がそれを軽々と踏み潰す……」

 

 

 シリウスは、それが自身のワガママでしかないことを自覚していた。

 

 

「だからもうワシは決めた!! 命ある限り邪魔しちゃる……!!!」

「それは……なんとまあ」

 

 

 全くもって呆れた執念であった。

 身勝手で、誰一人として幸せにならない選択肢ではあったが……そこには、確かな父性が、愛情がある。

 

 

「——よかろう。その依頼、引き受けた」

「おおっ、では……!!」

「無論のこと、但し書きは付けさせてもらうがな」

「へっ?」

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「——少年よ、我が名はヴァーミリオン仮面。ヴァーミリオン国王の頼みで参上した、謎の用心棒だ」

 

 

 その者、友の仮面を纏い獅子王の矢面に立ちて——!!

 

 

「何やってるんですか貴方は?」

 

 

 なお、一輝とステラの瞳は死に絶えていた。

 

 逆にステラの母である王妃アストレアと側仕えのメイドたちはちょっと楽しそうである。何か面白そうなことが始まったぞやんややんや、といった具合だ。

 

 

「師匠ですよね?」

「ヴァーミリオン仮面」

「いや師匠——」

「ヴァーミリオン仮面だ!」

「……ヴァーミリオン仮面さんは、どういったご用件で?」

 

 

 諦めた一輝は、渋々といった様子でヴァーミリオン仮面に尋ねた。

 

 

「よくぞ聞いた、少年。お前にはこの場で私と戦ってもらう」

「なっ……!?」

 

 

 一輝にとっては、青天の霹靂と言う他ない。なにせ、相手が一輝の想像通りの人物なら——まあ九割九分九厘間違いないのだが——今の一輝では勝ち目が無い。

 否。もし勝利することを条件にしたなら、一輝でなくとも勝てる者は極めて限られてくるだろう。

 

 

「……ステラ、これはどういう状況だ?」

「お、なんか面白そうなことになってんなぁ」

「なになにぃ? また王様がひと騒動おこしたのぉ?」

 

 

 現れたのは、ステラの姉である第1皇女ルナアイズと、一輝が城に辿り着くまでの間に妨害を仕掛けてきた伐刀者(ブレイザー)のうちの二人……ティルミット・グレイシーとミリアリア・レイジーだ。

 ティルミットとミリアリアはともかく、ルナアイズは大まかな事情ぐらいは知っているのだろうが、ヴァーミリオン仮面の登場は予想外だったようだ。

 

 

「全く、父上も面倒なことをしてくれる。あんな男どこから連れてきたんだか……」

「面倒なんてもんじゃないわよ!!」

「ス、ステラ?」

「なんだって父上とあのゴザル侍が知り合いなのよぉ〜!!」

「……あの男、知り合いなのか?」

「知り合いなんてもんじゃないわ——アレは、イッキの師匠よ」

「なっ……おい、ちょっと待ってくれ。イッキくんの師匠といえば、お前の話によるとあの《比翼》を負かしたとかいう……!」

 

 

 しきりに頷くステラに、ルナアイズは呆然としながらヴァーミリオン仮面の方を見た。

 

 

「父上の馬鹿に付き合わされた国の者かと思っていたら……なんてことだ……」

「低いハードルだと思ってたのに最後の最後で……お父様ったら……!!」

 

 

 これ以上ないほどに無駄な高さを誇る壁が、一輝とステラの前に立ちはだかっていた。

 

 

「ねぇ、《比翼》を倒したとか今聞こえたんだけどぉ?」

「ほっとけよ、ヨタだろヨタ。ま、楽しそうだから見物しようぜ」

 

 

 ……立ちはだかっていた。


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