落第騎士の師匠《グランドマスター》   作:Wbook

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「しかし……貴方が本当に、あの“佐々木小次郎”だったとはね。巌流島の真相も、貴方に聞けば解ってしまうわけか」

 

 

 成り行きではあるが、お互いに腹を曝け出した仲……小次郎にしても、肉体の若さに引っ張られている部分はあるとはいえ、その精神は老成に達していた。

 精神的な年齢で言えば、月影と小次郎は実によく噛み合う仲で。

 

 それ故に、踏み込んだ話へ移るのも自然な流れではあるのだが。

 

 ここで月影の大いなる勘違いに気づき、小次郎は苦笑を漏らす。

 とはいえ、小次郎の存在した世界で起きた事情を説明する中でも、彼の存在は一際異端であった。月影が間違えたのも無理はない。

 

 

「月影殿。語って聞かせたいのは山々なのだがな……。そも、かの二刀流とまみえた記憶が私には無いのだ」

「それは……やはり、あの戦いは偽りだったということですか?」

 

 

 月影の認識は間違ってはいない。しかし、そもそもの前提が異なっている。

 

 

「この世界のことは知らぬよ。ただ……私という男は違う。確かに“佐々木小次郎”という剣客は居たのだろう、“物干し竿”という長刀を操る剣士も居たのだろう」

 

 

 しかし、それらは同一の人物ではなく。

 

 

「所詮は、“宮本武蔵”という大剣豪を讃えるために生み出された架空の剣士。私はただ、伝承に残る“秘剣”を放てるという理由だけで呼び出された亡霊に過ぎぬ男よ」

 

 

 即ち、“燕返し”。それこそが、この無名の剣士を“佐々木小次郎”足らしめる、唯一の妙技。

 

 神の領域に踏み込んだ魔剣を以ってして、この剣士は英雄の殻を纏っていたのだ。

 裏切りの魔女による反則が生んだイレギュラー。それが無かったなら、冬木の聖杯戦争は元より……カルデアが用いる曖昧な召喚方式ですら、彼を呼び出せたかどうか怪しいもので。

 ただ一度の例外が、彼という剣士が召喚される因果を確立させ。ひいては、この世界に流れ着く可能性を作り出した。

 

 

「本来であれば、この場所に私という男が立つことは有り得なかった」

 

 

 些か腹に据えかねる部分もあるが、それでもやはりメディアには感謝していた。おそらく、それを彼女が聞いたなら……鼻で笑い、決して受け取ろうとはしないと思うが。

 

 

「偶然生まれた我が身では、月影殿の期待には応えられぬよ。少なくとも私の世界で、その戦いは起こらなかったということしか……な」

 

 

 佐々木小次郎と宮本武蔵の果たし合い自体は、あったのかもしれない。巌流島の全てが嘘だと誰が言えよう。

 しかしそれは、誰もが知る宮本武蔵の英雄譚とは異なり。

 

 ——“物干し竿という長刀にて、秘剣を振るう美剣士”と、二天一流の兵法者の決戦では無かったはずだ。

 

 

「なるほど……。しかし、それは惜しい。別世界であれど、歴史に名を残す剣士の話が聞けるのでは……と、年甲斐もなくはしゃいでいたのだが……」

「……そも、疑問なのだが……月影殿の能力を用いたなら、私に聞く必要はないのではないか?」

 

 

 それこそ、伐刀者の存在しない世界の存在である小次郎に聞くよりも——この世界の住人にとっては——遥かに正確な情報を得ることが出来るだろう。

 

 月影の能力は、一定範囲内の人や場所の過去を視るもの。

 知りたいのであれば、自身の力で幾らでも調べられるはず。神代は流石に無理があるとしても、中世ならば何とかなるのでは……と、小次郎は尋ねたのだ。

 

 

「まあ、そう思うのも無理はない……か。しかし、この力は余り私事に使えるものではなくてね。総理となった今ならば、多少融通も効くのかもしれないが……代わりに、安易に旅行など出来る立場ではなくなってしまったのでね」

 

 

 残念だ、と言いたげに月影は肩を竦めた。

 

 

「世知辛いものよな、今の世の権力者というのは……。私の知る王や皇帝の中では、生真面目な者の方がむしろ珍しかったのだが……」

「おや、それはそれで興味深い話だ。思えば貴方は、あらゆる時代の英雄達と顔を合わせているのだったね」

 

 

 古今東西。その全てが大英雄とはいかないが、それでも強力で個性的な英雄達と、小次郎は轡を並べていた。

 月影の好奇心を刺激するには十分すぎる素材であった。

 

 

「ふっ……では、酒でも飲みながら語るとしよう」

「ははっ、それは楽しみだ。——久しぶりに、美味い酒が飲めそうだよ」

 

 

 月影という男の、絶望に対するたった一人の痛切な抵抗は終わりを告げた。しかしそれは、彼という男の物語の終わりではない。

 彼は今後も未来のために戦い続けるだろう。それが表舞台であるとは限らないが……十年間に渡り挑み続けた、悲壮な戦いではないはずだ。

 

 今の月影獏牙が見据える未来には、確かな光が宿っているのだから。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「……ふむ。よくは覚えておらぬのだが……つまり、お前達は私に襲いかかり、敗れたと?」

「くっ、嫌な部分だけ要約しおって……! ま、まあ、概ねその通りや!」

「ですが。あのような場で、しかもあの結果で、私達が納得できるはずがありません!」

 

 

 正直なところ、刀華はべろんべろんに酔っ払っていたので記憶は曖昧なのだが、それはそれ。結果だけ聞いても気に入らなかったので、こうして諸星に同調していた。

 

 ——要するに、彼らの用件は。

 

 

「「リベンジマッチや(です)!」」

 

 

 二人とも、単独で相手になるとは思っていない。実力試しという面が強い試合だが、試す間も無く斬られてはその意味も薄いだろう。

 ライバル同士、相手の動きは嫌というほど理解しているし、即興でもそれなりのコンビが組めると判断して、徒党を組んで小次郎に挑んだのだ。

 

 

「なるほど——いいだろう。まとめて掛かってくるがいい」

 

 

 それを聞いて、断る小次郎ではなく。そもそも、諸星には既に挑むことを許している。望んでいたといってもいい。

 

 とはいえ、いくら小次郎が現職総理による反則技で一応魔導騎士としての体裁を保っているとはいえ、刀華と諸星は学生騎士。

 なあなあで済ませている部分もあったが、その辺の公園で戦ったりしたなら当然違法行為として処罰される。今更処罰など恐れているとは思えない面々だが、邪魔に入られるのはいただけない。

 

 そうすると、おのずと場所は限られてきて。

 

 

「武曲の闘技場……か。破軍のものとそれほど変わらないんですね」

「なんや、黒鉄。お前らも見学か?」

 

 

 一輝とステラも、小次郎と彼らの試合には興味があった。有栖院と……ぶつくさと文句を言いながらも付いてきた珠雫もまた、同じであろう。

 

 しかし、見れば多くの先客の姿がある。

 

 破軍学園の生徒会。武曲に限らず、剣武祭に出場した代表選手達。そして、《浪速の星》と《雷切》がコンビを組んで戦うという情報を何処かで得たらしい、武曲の生徒や教師達。果ては、大会関係者まで……。

 

 片やは、無名の男。

 

 一体あの男は何者だ……と。果たして、あの二人が同時に掛かるほどの価値がある者なのか……と。

 口にする言葉は、一輝の耳に入る言葉はどれも似通ったものばかりで。

 

 満員御礼とはいかないが、それでも観客と呼ぶに相応しい人数が集まっていた。

 

 

「やれやれ、人前で戦るのはいつぶりか……」

「すみません、こんな騒ぎになるとは……。しかし、ご経験があるとは思いませんでした。貴方のような人物が観衆の前で剣を振るったなら、何処かで噂になりそうなものなのに……」

「そこはほれ、遠い異国の地であったのでな。映像も残っておらぬ故、無理もあるまい」

 

 

 なんだったら年代も遠いのだが、そこは割愛する。

 

 

「お前達が知りたいのは、そのような些事ではあるまい。血気に逸った眼光がまるで隠せておらぬわ」

 

 

 侍はなにも間違ってはいない。

 

 駆けつけた者……特に、見知った顔に声もかけないのは不義理と思い、客席に寄っていた諸星も。彼を待ち、小次郎と向かい合っていた刀華も、既に溢れんばかりの闘志を燃やしていた。

 

 周りの者達もそれに気づき、諸星を送り出し。また、邪魔にならぬよう闘技場から客席へと上がる。

 

 

「ほんなら、始めようやないか」

「合図が必要なら、お願いしましょうか?」

 

 

 先陣を切り、二人を伴って闘技場の中央へと向かう小次郎は。

 

 

「要らぬとも。好きな時に、かかってくるがいい」

 

 

 稲妻が猛る。

 

 

「————ッ!!」

 

 

 開幕直後——否。小次郎が幕を開くこと自体求めなかったが故……完全なる不意打ちで放たれた必殺。

 東堂刀華の代名詞ともなった伐刀絶技——《雷切》。音速を遥かに超えた速度で放たれるそれを破った者は、数える程しかいない。ましてや、背後からなど……余人からすれば、想像もできない領域だ。

 

 一部の者達を除き、観客が《雷切》の使用に気づいたのは、既に抜刀を終えた後。砂煙に覆われた闘技場中央一歩手前……彼らの脳裏には、真っ二つに両断されて息絶えた小次郎の姿が浮かんでいた。

 

 

「——なかなか良い不意打ちであったぞ、東堂殿」

 

 

 しかし、それもかの《魔剣士》を知らぬからこその愚考。

 闘技場に立つ二人の学生騎士は、あの程度で決着が着くなどとは微塵も思ってはいなかった。

 

 その動作を正確に見極めることは、やはり出来なかった。刀華も諸星も話には聞いていたが、小次郎の剣閃は見切れない。

 刀華の伐刀絶技《閃理眼》は相手の身体に流れる微細な伝達信号を感じ取り、その心理と行動を暴く能力を持つのだが。

 

 読んだ上で、理解不可能。心理は元より、何故その動作がこの結果に繋がるのか……まるで理解が及ばず。

 

 

「未熟っ……!」

「——止まんなや、東堂っ!!」

 

 

 その通り。恥じ入る暇など有りはしない。既に《魔剣士》の剣戟はその身を狙い澄ましている。

 

 牽制ながら全力の《三連星》。一輝ですら苦戦を強いられる超速の三連突きは、連打を想定しておらず、間合いを広げるために放たれたもの。それ故に、一輝との模擬戦で見せた驟雨の如き無数の刺突よりもさらに速い。

 

 

「ぼーっとしとる暇があったら手ぇ動かせや!」

「くっ……すみません!」

 

 

 通常、剣士が相手であればこれで間合いを制することが出来るのだが、小次郎の《物干し竿》が相手となると勝手が違う。その余りにも長いリーチは、もはや槍に等しい。

 遠距離攻撃手段を持たない諸星では、これ以上の牽制は不可能。気を抜けば一瞬で両断される危険地帯に身を置き続けることとなる。

 

 

「《雷鷗》ッ!」

 

 

 閃く雷の刃。幾度となく放たれるそれにより、小次郎を間合いの外に追い返した。

 クロスレンジの斬り合いは刀華の得意とするところだが、小次郎が相手では、間合いの不利も相まって勝ち目は薄い。故に諸星に前線を任せるのは道理なのだが、彼の伐刀絶技は攻撃力を持つものではないため、体技で小次郎を抑える必要があった。

 

 

「一人じゃ流石に手に負えんわ、このバケモン」

「ええ……躱すならまだしも、“《雷切》をいなす”なんて……」

 

 

 《暴喰》を発動させた諸星は小次郎の間合いへと飛び込み、刺突の雨を降らせる。狙いは小次郎本人ではなくその手にある長刀だ。しかし、刀など狙ったところで当てられるはずもなく。読めぬ剣戟にカウンターを狙うのは、余りに無謀。

 受けるにしろ流すにしろ、刀を防御に使わせなければならないのだが……諸星の技量はいまだその領域にはない。

 

 だからこそ、刀華がそれを補佐する。

 

 《閃理眼》による先読みも、《魔剣士》の太刀筋を見切れるほどではなく、またその心理を読み取ることも出来ない。しかし、単純に彼がどう動くかを知ることは出来る。その動作にどのような意図があるかは理解できないため、確実性には欠けるものの、アドバンテージとなるのは確かだ。

 

 要所に《雷鷗》を放ち、小次郎の動作を妨害することで諸星を守り。そして——彼の一撃を届かせる。

 

 

「どうや、即興の割りにはまあまあイケとるやろ!」

「ああ、どうやらそのようだ。舐めてかかると、痛い目を見るやもしれんな」

 

 

 自らの不利を口にしながら、その相貌に浮かぶのは紛れもない喜色。

 二対一とはいえ、対応を考えさせられるほど手を焼かされているのだから、それは無理もない。この剣士もまた、剣武祭で競い合った学生騎士達と同じく、強敵との立ち合いを望む者なのだ。

 

 苦戦こそ勝負の醍醐味。圧倒的な果たし合いなど何が面白い。

 

 

「まだまだこんなもんや無いからなぁ——期待しとけや、侍ぃっ!!」

 

 

 格上たる小次郎をも飲み込みかねない《八方睨み》。

 尋常にして、必勝ならざる勝負の予感に小次郎は……俄かに闘志を震わせていた。


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