落第騎士の師匠《グランドマスター》   作:Wbook

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21話と22話に修正を加えました。

H29.6/4…若干の修正を加えました。


《魔人》

 時は、一輝の祝勝会の前日に遡る。

 

 本来祝勝会が行われる予定だったのは、表彰式当日。

 それを延期した理由は、主役である一輝にとある用向きが出来たからに他ならない。

 

 ——現職総理、月影獏牙からの呼び出しである。

 

 場所は夜の湾岸ドーム。彼と優勝を争ったステラも同行することになっている。

 一輝たちからすれば、月影には良い印象はなく。不穏なものを感じながらも、虎穴に飛び込むつもりでそれを受け入れた。

 

 そして、彼らとは別口でそこに呼ばれたものがもう一人……。

 

 

「幸いにも、首は落ちずに済んだ。故に、約束を果たしに来た……のだが、これは一体どういう了見か」

 

 

 一足先に約束の場所へ来ていた小次郎。

 表彰式が終了し、舞台が引き払った後の湾岸ドームには……恐らくは月影がそう仕向けたのだろうが、人っ子ひとり存在しなかった。

 

 ——ただ一人、この騎士を除いては。

 

 

「……アスカリッド殿。何が目的かは解ったが、それ故に殺気が薄い。……いい加減、茶番はやめにせぬか?」

 

 

 目の前には、片膝をついた黒の全身鎧。

 現世界ランキング四位——フランスが誇るA級騎士、《黒騎士》アスカリッド。《夜叉姫》西京寧音に次ぐ実力者。メディアにも露出があるこの騎士のことを、小次郎は知っていた。

 

 それ故に、突然斬りかかってきたアスカリッドを、小次郎は驚きと……半ば歓喜で迎えたのだが。

 

 ——小次郎とアスカリッドでは、勝負にすらならなかった。思っていた以上に。

 

 

「私とそなたでは、決着がつかん」

 

 

 膝をついていたアスカリッドは何事も無かったように立ち上がる。そも、小次郎はアスカリッドの体勢を体捌きで崩し、足払いで転倒させただけであり、かの騎士はダメージで倒れた訳ではない。

 

 もっとも、転倒といっても生半な鎧武者であれば死亡するほどの勢いであったのだが……アスカリッドには何の効果もなかったようだ。

 

 ——《不屈》の概念。それこそがアスカリッドの能力。

 

 使用者の肉体を無限に回復し続ける……文字通り屈せぬための力、決して砕けぬ無敵の城塞。

 それに加えて、霊装《無敵甲冑》を備えるアスカリッドを小次郎が倒すのは不可能であった。

 

 全身鎧故に小次郎の斬撃は決して通らず。一輝の《毒蛾の太刀》のような……浸透勁、通しと呼ばれる類の剣戟も決定打に至らず。

 転倒による負傷は、実のところ頚椎が損傷する程の深手であったのだが、苦もなく回復してみせた。

 そして——よしんば、刀が通って首を断ち切れたとしても……殺せるとは断言できなかった。

 

 とはいえ、打つ手が無いのはアスカリッドとて同じこと。

 

 アスカリッドの技量と膂力は、ともに超越者の域にある。しかし、それでも小次郎を追いきれず。体力を削ろうにも、肝心の部分で彼に転がされ、或いは自身の突撃の勢いを利用されて遥か向こうに投げ飛ばされる。

 消耗と言えるほどの疲れは小次郎には無く、仮に体力的に危うくなったとしても、いつでも逃げ果せる状態を維持していた。

 

 既に何度も同じような場面を繰り返し——お互いに、何の痛手も与えることが出来ずにいた。

 

 

「これは、互角といって良いものか……。まあ、決め手があるぶん……そなたの方が優位といったところだろう」

「……決め手は無い。貴方には、追いつける気がしない」

 

 

 返事がかえってくるとは思っていなかった小次郎は、俄かに目を見開いた。

 今の今まで小次郎の軽口に一切反応を示さなかったのもあるが……その声色が、思っていたものと違ったのもまた、理由の一つである。

 

 

「そなた……女子であったのか。いや失敬、鎧姿故に気づかなかった」

「別にいい。……それより、姿を消して。次が来る」

「次?……ああ、なるほどな。そなた、あの二人も試す気か」

 

 

 途中から、アスカリッドが小次郎の実力を試すつもりだということは理解していた。本気ではあったのだろうが……さりとて、殺意というほどの気迫はなかったが故に。

 

 ならば、今から来る二人に対しても同じような真似をするのだろう。気づけば、覚えのある気配が三つ。

 

 

「……彼奴らも、片棒を担いでいるようだな。良かろう」

 

 

 闇夜に紛れ、気配を遮断し……文字通り、姿を消した小次郎。

 

 そして成り行きを不安なく見守ることにした。

 アスカリッドは相性の関係もあるが、小次郎と伍する実力者。しかし、その彼女が相手であっても。

 

 

「まあ、死ぬことはあるまい。だろう、一輝よ?」

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「つまり……師匠も途中からグルだったんですね」

「ははっ。そう言うな、アスカリッド殿ほどの強者と立ち合える良い機会だと思ってな。おそらくは、新宮寺殿と西京殿も同じ考えのはず」

 

 

 仕掛け人は、前述の二人。三人を試したいと希望したのはアスカリッド。

 月影は止めたらしいが……如何せん、許可を出さねば闇討ちを強行する可能性もあり得たため、監視のもと渋々……といったところだ。

 

 

「まあ、どう考えても殺し合いになるから色男には仕掛けんなっつってたんだけどさ」

「……西京殿。それは初耳だが?」

 

 

 ともあれ、結果的に両者とも無傷——正確にはアスカリッドは即座に回復したためだが——で済んだのだから、今更どうこう言ったところで栓なきこと。

 

 

「アタシ一応……国賓なんですけど、その辺どう思ってるんですか現職総理大臣さん?」

「ま、まあ……私としては大変申し訳ないと思っているんだが……彼女達がね……。と、ともかく。今日は君たちに話さなければならないことと、聞いてもらいたいことがあって呼んだんだ。……まずは、前者から」

 

 

 このままでは話が進まない……と、半ば強引に月影は話題を修正した。

 

 

「話さなければならないことは他でもない。一輝君、君の身に起きた出来事についてだ」

「やはり……ですか」

「察しはついていたみたいだね」

 

 

 このタイミングで、この問いが飛んできたのなら……一輝としても用件は一つしか思い浮かばない。

 

 

「ステラとの試合で僕が使った、二度目の《一刀羅刹》のことではないかと」

「その通りだ。——魔力とは、伐刀者が生まれながらに持つ世界へ向けた影響力。だからこそ、その総量は運命として定められている」

 

 

 しかし。

 

 

「この世には、その前提を覆す例外が存在する。自らの強固な意志で運命の鎖を断ち切った者。魂の限界を超え、運命の外側に至った例外達……我々はそれらを、《魔人》と呼んでいる」

 

 

 運命に従ったなら一輝は敗れていたが、彼はそれを振り切った。

 常識では考えられない……魔力上限を引き上げるという奇跡を引き起こし、運命を覆したのだ。

 

 一輝の魂は既に通常の伐刀者の領域にはなく。星が定めた運命の転輪から外れ、訓練次第で魔力上限すら引き上げられる存在となったのだと月影は語った。

 

 結果としてそれは、魔力上限が生まれつきのものであり、死ぬまで変化することが無いとする世間一般の常識を覆すもので。月影はそれを知っていたことになり、本人もそれを認めた。

 

 あまつさえ……連盟本部は《魔人》の存在を把握しており、《覚醒》に至った人物にそれを伝えるのは国家元首としての義務だとも。

 

 政治中枢に身を置くステラとしては、とても無視できないものであった。

 彼女は父からそのような話を聞いたことなどなく、魔力上限は取り払えないものと信じていた。つまり、彼女の父——ヴァーミリオン皇国の現皇帝すら知り得ないものであり。

 

 連盟は、自国に対して隠し事をしていたことになるのだから。

 

 

「ステラ姫が憤られるのも無理はない。——しかしこれは、必要なことなのです」

 

 

 連盟が一部の国家間で《魔人》に至るノウハウを独占しているというのは、大きな誤解であった。

 

 

「《魔人》に至るには、“自分自身の可能性を極め尽くし、尚且つそれ以上の高みを望む本人の意志が必要”なのです。それが覚醒の絶対条件。……しかし、どれほどの人間がそこまで自分に厳しくあれるでしょうか?」

「それは……」

「もうお分かりでしょう。これが欲深い指導者に知られたなら、どのような悲劇が起こるかを」

 

 

 強大な力を持つ伐刀者の存在は、国にとって非常に重要なものであり。それを増やせるとしたなら……。

 

 ——間違いなく、非人道的な訓練を強制する者が現れるはずだ。

 

 自分自身の意志という絶対条件が欠けた状態では不可能な目覚め。無理矢理にそれを起こそうとしたところで、悲劇しか生まれず。世論が傾いたなら、絶対数の少ない伐刀者の人権すらも危ぶまれる。

 

 

「それ故に《魔人》を排出した国家のみに伝えている……ご理解、頂けたでしょうか」

「……ええ。納得したわ」

 

 

 ステラとて伐刀者であり、その危険を理解できないほど無能ではない。

 月影に対する反感はあれど、道理を違えることはしなかった。

 

 

「……つまり、総理がそれを知っているということは……」

「その通りだ。既に、君以外にも《魔人》は三人存在する。一人は《大英雄》黒鉄龍馬と同じ時代を生きた伝説の騎士《闘神》南郷寅次郎氏。そして、ここにいる《闘神》の愛弟子、《夜叉姫》西京寧音君。それと、国外の話になるがアスカリッド氏も《魔人》の一人だ」

 

 

 最後に。

 

 

「大取りは、君もよく知る彼……やれやれ、戸籍すら無かった彼を連盟の伐刀者としてねじ込むのは苦労したよ。身分もでっち上げた……」

 

 

 言わずもがな。とっくに察しはついていたが。

 

 

「《比翼》を下し、世界最強の剣士となった騎士——《魔剣士》佐々木小次郎君もまた、この度把握できた新しい《魔人》だよ。それも……とんだ変わり種だ」

 

 

 佐々木小次郎は、異端の《魔人》。それを知ることが出来たのは、ひとえにエーデルワイスとの決戦を観た者達がいたためだ。

 

 

「佐々木君は伐刀者としては未熟過ぎる。とても“可能性の全てを極め尽くした”とは思えない。そこから導き出される結論は、信じ難いが一つしかない」

「ちょっと、それってまさか……」

 

 

 佐々木小次郎の、そもそもの始まりは——。

 

 

「彼は、非伐刀者の身でありながら運命を覆した超人——あまりにも、異端な《魔人》なのだろう。……そうではないかな、佐々木君?」

 

 

 今まで口を開かなかった小次郎だが、月影の問いかけに対して……楽しげに口端を歪ませた。

 

 

「いや、全くその通り……なのだろうよ。私は伐刀者などでは無かったはずだ。《魔人》とやらについても先日まで知ら無かったが故……あまりに弱々しすぎて、気づかなかったものと思っていたのだがな」

 

 

 この世界に流れ着いた小次郎は、その瞬間に星を巡る運命の輪から叩き出されていた。

 

 故に、ここに存在し始めた頃には伐刀者であったのだが、それ以前は間違いなく違ったはずで。

 詳細を語るのは、荒唐無稽すぎて憚られたが……そういう意味でも、月影が言った言葉は小次郎の細やかな疑問の答えとして、満足のいくものであった。

 

 

「変わってる変わってるとは思っていましたけど……師匠がそこまでびっくり人間だとは思いませんでしたよ……」

「そうよね。なに考えて生きてきたのよアンタ……。本当なに考えて生きてきたのよアンタ……」

 

 

 理解の及ばない程に極まった剣術のルーツを感じられた気がして、ステラは思わずげっそりとした表情で小次郎を睨んだ。

 それでも楽しげな顔を崩さない辺り、小次郎も良い性格をしている。

 

 

「——実際問題、びっくり人間も良いところだ。ただの剣術で“剣を増やす”男だぞ。化け物にも程がある」

 

 

 もう我慢が出来ないといった風情で口を挟んだのは黒乃だ。

 

 

「あの……それってもしかして」

「例の秘剣だ、ふざけている……! 地獄に落ちろ……! どういう理屈か知らんがこの化け物はな、並行世界に存在する自身の斬撃を呼び込んで、三点同時の斬撃を成したんだよ……!」

 

 

 あまりに理解できない発言に、思わず口が半開きになる一輝だが。

 

 

「は……ははっ。なんだ、本当に増えてたのか。ますます僕に可能な攻略法は限られるな……出させない以外に無いんじゃないか……?」

 

 

 即座にそれを口にする辺りが、彼の修羅たる所以なのだろう。

 

 極まった技量を“神業”と称することは多々あるが、あれは間違いだと一輝には理解できた。

 それらは、あくまで人の手で成した現象でしかない。

 

 ——神の領域があるならば、まさしくあの秘剣こそがそれを体現している。

 

 

「まだまだだな、僕は……。“技”に限りなんてそもそも存在しないのか。なるほど——流石は師匠だ、勉強になる」

 

 

 彼と、彼の言葉を聞いて満足げに頷く師を除き……唖然とする一同の心持ちは。

 

 

「なんなんだ全くこの気狂い師弟は……!!」

 

 

 黒乃のこの悲鳴にも似たボヤキが、もっとも正しく表していただろう。


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