私は落第騎士世界がそんな極端に型月の英雄達に劣ってるとは思ってませんからね
「先輩、おめでとーっ!」
「「「オメデトーッ!!」」」
《無冠の剣王》……並びにこの度、《七星剣王》と呼ばれるに至った騎士、黒鉄一輝を祝うべく、彼の友人知人たちはお好み焼き屋『一番星』に集まった。
誰もが一輝を労い、祝福し。彼に敗れたステラの奮闘を讃える。
「……あ、ありがとう、ございます」
普段の彼ならば、恐らくは祝辞に対して照れ笑いの一つでも浮かべるのだろう。
しかし、今ばかりはそうもいかず。滝のような汗を流しながら、引きつった笑顔を浮かべるのが精一杯であった。
そして、それもやむを得ないことで。
「おめでとうございます、イッキ」
「よくやったな、一輝よ。私も……師として鼻が高い」
——何もかも、目の前に並ぶ剣士二人が悪いのだ。
「何をやってるんですか、エーデ——」
「いやですね、私は雪ですよ。忘れたんですか?」
そういえば、と一輝は思い出す。そもそも現れたこと自体がクレイジー過ぎて一切頭に入っていなかったのだが。
『彼女は私の姉で、佐々木さんと一輝くんの知人なの。一輝くんの祝勝会に参加したいって言うから連れてきたんだけど良いかしら?』
『え、お姉さんって……どう見ても日本人じゃな——』
『義理の姉なの』
『初めまして、薬師雪です。よろしくお願いします』
——ヤツもグルか。一輝はハッとしたようにキリコの方を振り返る。
するとまあ、彼女は実に素敵な笑顔を見せてくれて。心底から愉しんでいることが理解できた。サラッと一輝のことも巻き込む辺りに彼女の質の悪さが透けて見える。
サングラスに、カツラであると思われる黒髪のボブヘアー。——余談ではあるが、本来はもっと……戦乙女とまで讃えられるエーデルワイスの美貌が曇るくらいに野暮ったい格好を予定していたのだが。誰かさんの前でそんな格好をすることに深い抵抗を感じた彼女が却下したのである。
しかしどちらにしても。元の特徴とは確かに違っているが、そんなものはなから一輝には関係ない。
なにせ、体捌き一つで個人を特定するくらい朝飯前。意図的に拙い動作を演じているようだが、一輝の目は誤魔化せない。……もっとも、知りたかったかと言われれば間違いなく否だろう。
しかも薬師雪とはまた単純な。エーデルワイス……薄雪草だから雪。
その場しのぎにも程がある。
そして、彼女の素性を知っている暁学園の三人。この祝勝会に参加していたサラ、凛奈、シャルロットはと言えば。
「傷は浅いぞ、《血塗れのダヴィンチ》……!」
「きゅぅ〜」
真っ先に彼女の名前を口にしようとしたサラは、恐らくは小次郎と一輝以外の誰の目にも止まらない速さで、誰にも悟らせないまま意識を奪われ。
それを察したと思われる他の二名は、すぐさま口を噤んだ。
「いや、あの……本当に何やってるんですか?」
小次郎はともかく、彼女が居るのはどういう了見なのか。
そして、なぜ昨日殺し合ったばかりの二人が一緒なのか……と、尋ねるのは盛大なブーメランとなるため控えたが。それを無視しても、ここに彼女が——《比翼》のエーデルワイスが現れることは、あまりにも異常。
「……それは、当然。貴方の勝利を祝福しに来ただけです」
嘘だ、少なくとも真実ではない。一輝は瞬時に判断した。彼の照魔鏡の如き洞察眼は、エーデルワイスの動揺を見逃さなかった。
……実際のところ。一輝ほどの洞察力が無くとも、ちょっと察しが良い人間であればすぐ気づく程度には動揺していたのだが。
「まあ、そう疑ぐることもあるまい。目的は分からぬが、祝う気持ちに偽りはなかろうて」
それは一輝にも理解できる。
エーデルワイスは犯罪者であり、必要とあらば人斬りも厭わない剣士だが、同時に高潔な人格者でもある。人殺しは等しく悪しき行いだが、彼女の本質は善性にあった。
「その理性はお主の確かな長所だが、時には投げ捨てるのも一興であろうよ」
「……解りました。とりあえずは、納得しておこうかと思います」
エーデルワイスが何を考えているかは解らないが、一輝の不利益になる様な真似をするとも考えにくい。真意はともかく、一輝を祝いに来たというのなら、彼女はそのように振る舞うはずだ。
故に、一輝の心配事は別件にシフトする。
すなわち——彼女の正体を気取られずに、この祝勝会を終えること。
「さあ、お師匠さんもそんなとこで駄弁っとらんで飲んだ飲んだ!」
(さっそく厄介そうなのが来たか……)
なんで自分の祝勝会なのに一番気を遣う羽目になっているんだろう?
ご機嫌でジョッキを受け取る小次郎を眺めつつ。そんな思いが無かったかと言えば嘘になるが、今更なにを言っても現実は変わらない。大丈夫、理不尽には慣れている……そう、自身に言い聞かせながら一輝は。
「——そう言えば、諸星さんは師匠と試合の約束をしてましたよね」
一先ず、自身の敬愛する師を二束三文で売り払った。
「あっ、そうやった!! いかんいかん忘れるとこやったわ!」
「む。いや……拙者今日のところは酒と粉物に溺れると心を決め——」
「いやいやいや、それやったらいつでもウェルカムやさかい。祝勝会の後にでも……闘りまへんか?」
心は痛まなかった。半分くらいは小次郎が悪い。もう半分は、店の隅っこで酒をかっ食らいながら中々にカオスな様相を呈してきた『一番星』の店内を愉しげに睥睨している女医が悪い。
乾坤一擲の秘策……というには些か地味ではあるが、効果はてきめんに出る。社交場においても《無冠の剣王》の絶技は冴え渡っていた。
あの剣士に釣られる戦闘馬鹿は、何も諸星だけではない。
「——貴方が、黒鉄くんの師ですか。お噂はかねがね」
大阪勢はもちろんのこと、破軍学園が誇る学生騎士達も彼の存在を放ってはおかない。その筆頭格である東堂刀華が、一歩前に出る。
学生騎士……それも剣武祭の代表クラスになれば、半分くらいは諸星の同類項。程度の差はあれど、ベクトルは変わらないのだ。
「何やら面白そうな話をしていますね、私も混ぜて頂いてもいいですか?」
「直接顔を合わせるのは初めてだな、《雷切》よ。悪いが今日の私はビールの虜故……」
「お師匠さん、往生際が悪うございまっせ?」
「怪しい関西弁で迫られても嫌なものは嫌でござる」
「あっ、逃げた!」
「逃がさんでぇ、ござる侍!!」
ジョッキとお好み焼きを抱えて、血気盛んな学生騎士達から逃げ惑う師匠を尻目に、一輝は次なる標的。時折やたらと行動的で、何かと好奇心旺盛な自身の恋人、ステラに狙いを定める。
「——豚玉、もう十枚追加で!!」
……否。この場に彼女は居なかった。あそこに居るのは腹を空かせたドラゴンであり、ステラ・ヴァーミリオンという可憐で誇り高い少女では無いのだから。
(……となれば)
同じく薬師雪の正体に勘付いたらしい有栖院は、危険を察してかそれを指摘しなかった。
そして、混乱を避けるためだろう。珠雫とその周囲の目が極力エーデルワイスに向かないように誘導している。
空気の読めるおと……乙女。流石に頼れる存在だ。
彼女の尽力もあって、主要なところはほぼほぼ完封した。
余計な好奇心は猫を殺す。数名の“犠牲者”は出たものの、概ね問題なく薬師雪としてエーデルワイスは受け入れられた。諸星の家族では彼女の正体に気づけないのを考えれば、不測の事態さえ起こらなければ秘密がバレることもない。
ほっと一息つき、騒がしい一団から少し離れたところに座り込む。
主役としては褒められたものでは無いが、先ほどまでの気苦労を考えると彼を責められないだろう。然程時間は掛からなかったが、事態の収拾に費やした精神力は、中々にヘビーなものであった。
「隣、よろしいですか」
「エーデ……いえ、雪さん。構いませんけど、どうしたんですか」
了承を得るなり、エーデルワイスは一輝の隣に腰を下ろした。
「……申し訳ありません。貴方を祝う気持ちは本物ですが、ダシにしてしまったのも事実です……」
「ええ、分かっています。貴女が僕の勝利を喜んでくれていることは、ちゃんと。でも、ダシに使った……というのは?」
「……もう少し、彼と居たかったんです。いえ、見ているだけでも良かった」
それが誰を指すのか、それを問うほど一輝は鈍くはなかった。
「対等の相手……それが、これほど素晴らしい存在だったなんて思わなくて」
「……気持ちは分かります。僕にとってのステラがそれだ」
出会うべくして出会い、戦うべくして戦った。
生涯で一度、交わるかどうかという確率で遭遇した好敵手。それが一輝にとってのステラであり、エーデルワイスにとっての小次郎であった。
「イッキ、貴方は強くなった。キッカケは私かも知れませんが、その理由は間違いなく彼女にある」
「……はい、間違いなく。でもまだまだですよ、貴女や師匠には及ばない」
それは、確かに事実なのだろう。一輝ではまだエーデルワイスや小次郎には勝ち目がない。
しかし……あくまで、“今は”だ。
彼は、彼が思っているほど未熟ではない。
単純な技量に関して言えば、一輝もまた超越者の一人。技術だけでエーデルワイスや小次郎と打ち合える数少ない例外の一人だ。劣っているとはいえ、その階梯は頂点たる両者と同じ場所にある。
精神的な到達点もまた、十代半ばという……ともすれば、子供とすら言える年齢でありながら超人と言って差し支えない。
加えて一輝には、ある意味において《模倣剣技》や《一刀修羅》以上に厄介な《完全掌握》がある。敵を知れば知るほど、その効力は高くなり。
戦う術でありながら、その実近しい者にこそ最大の効果を発揮する魔技。
エーデルワイスは、まだ彼に多くを知られてはいない。それ故に有利だが。——彼の師は、それに大いに当て嵌まる。
一見したなら太刀筋を読ませない小次郎の剣技は、《模倣剣技》の天敵。よって一輝の不利とも思える。
しかし、《完全掌握》に注視したなら話は別。小次郎の剣はエーデルワイスにさえ読めない真なる神技。
だが、剣技は読めずとも——“佐々木小次郎”自身は、その限りではない。
剣筋ではなく、小次郎を……彼自身を読み切ったなら。もはや剣そのものを見切る必要はなく、一輝は小次郎の剣が到達するであろう場所だけを見定めればいい。
如何な明鏡止水と言えど、同様に曇りなき水面であれば見通せよう。
その速度を、その角度を……その鋭さを。照魔鏡は、全てを照らし出す。
「いいえ、貴方は強いですよ。自身が思っている以上に」
原因と結果が解るのならば、自ずと過程が絞られる。
《魔剣士》は、《無冠の剣王》の前だけでは対等の戦いを余儀なくされるのだ。
そしてそれは、剣技に限った話ではなく。《魔剣士》の全てを、彼はその眼で解き明かす。そうでなくては、誰より敬愛する師を超えることなど出来ないのだから。
弟子であり、それ故に彼を誰より知る。——黒鉄一輝は、佐々木小次郎の天敵であった。
今はまだ、力及ばずとも。今はまだ、技が浅くとも。今はまだ、気づいていなかったとしても。《魔剣士》への憧憬は、彼を高みへと押し上げるだろう。
そう遠くない将来……彼は必ず、佐々木小次郎と渡り合える剣士となる。
(…………)
——しかし、認めない。
(…………)
——どうしても、許せない。
(…………)
——たとえ、誰であろうと。
(彼の一番は、譲らない)
——そこは、自身の指定席でなければならないのだから。
ラブコメを続けるのはな……錆色の青春を過ごしたオレにはシンドイんだよ……