落第騎士の師匠《グランドマスター》   作:Wbook

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ヘラクレス新モーションがあるなら小次郎新モーションだってあるはず。
今のままでは僕ら凡人の目には剣技があまりに高度過ぎてただの棒振りにしか見えない……。
小次郎の凄さを目で楽しめないじゃないか……。


剣神

 佐々木小次郎は、この世界の人間ではない。

 

 “理”すら違う異郷より迷い込んだ放浪者。言ってしまえば、異物である。

 それ故に、彼はこの世界における不利益を持たない代わりに、有益なものも与えられてはいなかった。

 

 しかし、世界に組み込まれた以上は彼も因果の一部である。この星はイレギュラーを認めず、即座に小次郎を自らの流れに巻き込んだ。

 

 ——それこそが、佐々木小次郎という名の“伐刀者”の始まりだ。

 

 異邦人である彼に、この世界を僅かでも流転させる“運命”が与えられるはずもなく。そもそも彼は、“何の力も持ってはいなかった”。

 

 それでも、世界はその無名の侍を……遂に無視することができなかった。

 彼は、定められた運命を享受するような人物ではなかった。定められた“規格”に収まるような器ではなかった。

 世界は、人の限界などとうの昔に踏み越えて……さらなる高みを目指すその男の手綱を掴み切れず。

 

 ——僅かな可能性すら持ってはいなかった、異端の《魔人》の誕生を許したのである。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「お、お兄様っ!? その怪我でどこに行こうと言うのですか! お願いですからやめてください!!」

 

 

 満身創痍。それ以外に形容できないほど、少年は傷ついていた。

 そして、それは無理もないことで。

 

 

「ステラさんとの試合が終わったばかりなんですよ!?」

 

 

 実妹である珠雫に引き止められ、擦り抜けることはおろか、振り払うことすらできない体たらく。

 体技に優れた《無冠の剣王》が見る影もない。

 

 ——しかし、それでも尚。一輝は止まれなかった。

 

 あの時放たれた尋常ならざる“剣気”。

 間違うはずもない。誰が間違えても、一輝だけは間違えない。

 

 それに込められた“意”。——邪魔立てすれば、斬り捨てる。

 

 常に飄々とした態度を崩さず、それでいて常に武人として振る舞う男。

 その彼が、これほど明確な戦意を見せる相手。確認するまでもなく、すぐに見当はついた。

 

 すなわち、《比翼》のエーデルワイス。

 

 ステラとの試合に集中していた為ではあるが、よりにもよって彼女の気配を見落としたのは……一輝にしてみれば未熟という他ない。剣気が放たれるまで、師と《比翼》が並び立つ姿に気づけないとは。

 

 おそらく、会場にいた一部の実力者は《比翼》の存在に気づいていただろう。

 だからこそ小次郎は、剣気による警告を行った。割り込みには制裁が待っている……それを誰もが理解したはずだ。その際に相手取るのは《比翼》のエーデルワイスと、それに比する剣士だ、下手な真似は出来はしない。

 

 しかし、それでも。強さを極めんとする闘技者達ならば、見るのは勝手と開き直るのが道理というもの。

 一輝もまた、小次郎の弟子である前にそれらと同じ類であった。

 

 自身が最も強いと認めた二人の剣客。両者が相まみえ、その神がかった太刀筋を合わせると……真なる“最強”を決めるというのだ。

 のんきにベッドで寝ている場合ではない。

 

 

(見逃す馬鹿が何処にいる……!!)

 

 

 情けなく震える膝に鞭を打ち、壁に身体を預けながら、前へ出る。何度も何度も倒れ、激痛に苛まれようとも一輝は止まらない。

 

 いや——止まるわけには、いかないのだ。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 ——その立ち姿は、何処か似通っていた。

 

 無構えに近いというのに、尋常でないほど隙が無く。一見すると無造作に見える“握り”だが、その実……秘めた牙の大きさは竜にも勝る。

 

 だというのに、感じられる印象はまるで逆。

 

 一方は苛烈で恐ろしく。それこそ、近づくことすら躊躇われるほどに。どれほど鈍い者であっても、その強さが理解できる。……見方によっては、“自らを危険だと予め教えてくれている”かのようだ。

 それに対し、他方は波一つない湖面の如く静まり返っている。底が見えない深みがあるとも知らずに、穏やかな湖と思い足を踏み入れる者も多いだろう。

 前者が、仮に警告であったとしたら……分からぬ者にとってみれば、後者の如何に恐ろしいことか。

 

 比較されることにより、両者の人柄の違いすら露わとなる。

 

 まさしく一対の存在。

 出会うべくして出会った……そうとしか言い様がない何かを感じさせた。

 

 

「比翼殿、ここまで来れば心配もあるまい。力無き者を巻き込むのは私とて本意ではない」

 

 

 初めに口を開いたのは、“静”の剣鬼であった。

 長髪の美丈夫、佐々木小次郎は既に戦意を隠せずにいた。剣武祭が生み出した活気が届かない工業地帯。そこには資材などが積まれている以外に大した特徴もなく、月明かり以外に光源もほとんど存在しない。

 

 小次郎が口にした通り、周囲の被害を気にする必要のない場所であった。

 

 

「……ええ、ここなら文句はありません。そろそろ——口ばかりでないことを証明してもらいましょうか」

 

 

 今この瞬間にも、曝されるだけで命を奪われそうな程の……否。事実として実力が伴わねば真実、殺しの刃となるほどの殺気を放つ“動”の剣神。

 神話に語られる戦乙女の如く美しい女、エーデルワイスは霊装を顕現させて小次郎の戦意に応えた。

 

 

「そう来なくてはな。——落とせ。《物干し竿》」

 

 

 常識外れに長大な大太刀と一対の西洋剣。形状は違えど、どちらも膂力による破壊を目的とせず、鋭さを旨とする剣だ。

 

 必然的にその斬り合いは、日本刀同士のそれに近くなる。

 

 

「——」

 

 

 意外にも、膠着は微塵も起きず。

 

 互いに読み合いの上では有効打が奪えず、さりとてどちらも相手の一手に見切りをつけていた以上、不思議なことではない。読みは何処まで行っても読みでしかなく、実際に剣を合わせるまでは空想でしかないのだから。

 

 両者ともに、相手を強者と認識していたが故に。仮想での打ち合いでは測りきれないと判断したのだ。

 

 三振りの刃が織り成す閃光の嵐。傍目にはそう表現する他にない。並の戦士ではもはや体捌きすら追い切れず。

 絶えず鳴り続ける金属音だけが、二人の手元に剣が握られていることの証明である。

 

 初撃こそ加速を必要としないエーデルワイスの剣が先に届くかと思われたが、如何なる術理か……小次郎の長刀はそれを迎撃。

 加速を済ませ、流れるように繋がれる剣戟の速度は、エーデルワイスのそれを上回り。二刀を以ってしてようやく互角に持ち込める超音速の速度域に達していた。

 

 その間合い故、弧を描く軌道を取らざるを得ず、本来ならば初撃を除けば如何に速度で上回ろうとも後手に回らされる《物干し竿》だが、使い手の空恐ろしい技量によって弱点は見事に消え失せており、槍にも等しい凶悪なリーチが存分に活かされていた。

 

 エーデルワイスは《物干し竿》の間合いから脱出出来ず……正確には、留まらざるを得ず、前に出る形で二刀を振るい続けていた。

 もし仮に間合いから逃げ出したなら、刃渡りの差が歴然であり、彼我の技量に大きな開きがない以上消耗は必至。嬲り殺しの目に合うのは時間の問題だ。

 彼女に許されたのは、この間合いにおいて小次郎という剣士を打ち破ることだけだ。

 

 しかし、エーデルワイスの勝利への道筋は果てしなく遠く。手数に勝るはずの彼女の二刀が、侍の長刀を弾くための盾として“使わされていた”。これでは如何にアドバンテージがあろうともそれを活かせない。

 懐に潜り込もうとしても、その度に意外なほど重い剣戟が放たれ進軍を阻む。押し留められるばかりで両者の間合いは一切変化しなかった。

 

 一見しただけなら互角の立ち合いに見えるが、本質的に言えばそれは語弊がある。

 それは大きな差ではないが、それでも現状に明確な結果として表れていた。

 

 ほんの少しの……しかし、確実に存在する——埋めがたい実力差。

 

 エーデルワイスの技量は、僅かに小次郎のそれに劣っていたのだ。

 だからこそ、攻勢に移ることが出来ず、防戦一方を強いられていた。

 彼女の思惑は何一つとして上手くいっていない。

 

 急加速により人間の動体視力を置き去りにする《比翼》の剣技。しかしそれも、この魔剣士の心眼を誤魔化し切ることは出来ず。

 副次効果的に発生する真空波すら、剣をぶつけ合う際に抵抗なく斬り裂かれ、意味を成さなかった。

 《無冠の剣王》の秘剣のように特殊な変化を加えた斬撃を織り交ぜたところで、容易く対応され、むしろ余計な動作は隙を生む結果に繋がった。

 

 一輝のようなリスクのある“秘剣”を放つこともなく。無構えの邪道剣術であるとはいえ、小次郎のそれはただただ理解しがたいほどに高次元に纏まった“普通の剣技”であるため……いや、だからこそ付け入る隙がない。

 

 何物も並び立つことが出来なかった自身を、さらに上回る無名の侍。

 エーデルワイスの驚愕は計り知れなかった。

 

 無論、“その程度”のことで平静を乱す彼女ではない。

 実際のところ、劣っているといっても僅かな差であり、防戦に徹しているとはいえ拮抗しているのもまた事実。

 殺し合いを始めたその時から忌避した膠着状態が、今まさに作り出されていた。

 

 ラチがあかない。

 

 このまま斬り合ったなら、丸一日程度なら苦もなく続くだろう。千日手とはまさにこのことだ。

 

 

「ふ、はは……素晴らしきかな、比翼の剣技。純然たる“技”のみで私と殺し合えるそなたは、古の“英雄”達と比べても何ら遜色がない……!」

 

 

 あるいは、技量においては彼らを上回るかもしれない。

 なにせ、《十二の試練》という不死性を持ち、能力的にも白兵戦において最強格である大英雄ヘラクレスならばともかく。正面からの戦闘は、同じく大英雄であるクー・フーリンですら避けたのだ。

 

 神話すら超越した剣士である小次郎は——ともすれば、人類最強の一人に数えられる。

 

 防戦とはいえ、その彼と同じ土俵で互角に持ち込めるエーデルワイスの技量がどれほど神がかっているかは言うまでもない。

 

 

「……貴方の弟子にかつて、世界の広さを知れと言った。今にして思えば、とんでもない傲りでしたね。彼は既に、頂の高さを知っていたのですから」

 

 

 火の出る暇もないような、超速の殺人剣舞。それなり程度の使い手では、割って入ろうとするだけで細切れになるだろう。

 ことも無さげに言葉を交わす二人だが、この嵐の中でそれを行える平常心は、常人の理解を超えていた。

 

 

「頂点は私ではなく、間違いなく貴方です。しかし、“最強”の称号まで易々と譲る気はありません」

 

 

 ただの“剣士”として比べたなら、佐々木小次郎こそがこの世界の頂点である。

 他ならぬ“現”頂点からのお墨付きだ。疑う余地はない。

 少なくともエーデルワイスの見てきた中に、小次郎を上回る者は存在しない。そうでなければ、とっくの昔に彼女は頂点などでは無くなっていた。

 

 

「私達は“伐刀者”だ。——貴方には、その部分が欠けている」

 

 

 堂々巡りは、突如破られた。

 

 小次郎の身体は弾き飛ばされ、間合いは大きく開いた。その距離、10メートルはくだらない。

 それでも小次郎にとっては一息で詰められる距離。間合いの外とは到底言い切れないが……それは、エーデルワイス以外の者に限られる。

 

 

「貴方の身体能力、技量……どちらも大凡人間のそれとは思えないほど優れている。しかし後者はともかく前者は並外れたものではありません」

 

 

 エーデルワイスの身に魔力光が立ち上り。そして即座に収束を始め、ぼんやりと身体を覆う程度の薄っすらとしたものになる。

 

 

「その程度の身体能力であれば、魔力を用いたなら造作もなく再現……いいえ、上回ることは難しくない」

 

 

 言うが早いか。間合いを詰めるエーデルワイスの速度は小次郎に匹敵し。

 

 

「技で勝てないなら力ずくで……“闘争”とはそういうものでしょう?」

 

 

 その一撃は、明らかに彼を超えていた。

 

 

「なるほど。……それは確かに真理だ。そなたの類稀な技量ばかりに目が行って、本質を見落としていた。伐刀者である前に剣士……そう思っていたが、その逆も然りか」

「別段、卑怯なことでは無いでしょう?」

「おうとも。仮に卑劣な技であったとしても、殺し合いに兵法は付き物だ。正々堂々などとは言ってられん」

 

 

 暗に、脅威だと認めておきながら苦もなく回避した侍は薄い笑みを湛えた。

 

 尋常な勝負を好む彼ではあったが、敵に正道を求めるほど甘ったれてはいない。

 勝つために策を弄するのは当然のこと。それを卑怯と罵るなら、勝つために“事前”に行う鍛錬すら謀の類となる。

 

 

「早々に追い込めるとは思いませんが……ジリ貧ですよ?」

 

 音速の域に足を踏み入れた体捌き。それに加えて剣速にはさらに磨きがかかり、最高速度においても小次郎のそれを上回った。

 

 小次郎が追いつけないほどの速度で襲い来る神速の剣戟。神域の技量で対応するも、徐々に間合いを詰められ——ついに。

 

 

「——ようやく一太刀。これだけやってもかすり傷が精一杯ですが」

 

 

 達人を超え、神の領域に足を踏み入れた二人の戦いに分かりやすい派手さはない。

 剣筋を読ませない小次郎と、読まれてもなお上をいくエーデルワイス。余程決定的な何かが起こらない限りは、趨勢が極端に傾くことはなく。

 

 しかしそれでも——世界“最巧”の剣士に届かせた一刀だ。

 

 見た目には頰から血が一滴垂れる程度の軽傷であったが、侮ることなかれ。万全の彼に剣を届かせたのだ、その意味は非常に大きい。

 不可視の剣すら紙一重で見切る男。間合いを読み違えることなど天地がひっくり返っても有り得ない。

 

 ——かすり傷であっても、その一撃は実力で彼を上回った証左なのだ。

 

 

「今ならば、イッキと《紅蓮の皇女》の放った“熱”を本当の意味で理解できます。——確かに、これは得難い感動です」

 

 

 エーデルワイスの頰に、高揚からほのかな赤みが差す。

 白い肌にのった紅はよく目立ち。穏やかな口調に似合わぬ“凄絶な笑み”は——ある意味では正しく——彼女を戦女神に幻視させた。

 

 五分と五分……あるいは、それを上回る強敵。

 強いというだけなら、小次郎以上の人物も居るだろう。だが、こうまで純粋に剣技を競い合える相手など……今までただの一人も居なかった。

 エーデルワイスは闘争を愉しんだことは無かったが——磨き上げた技量を存分に発揮出来る。解放できるというのは、快感にも等しい行為であった。

 

 小次郎の剣技はエーデルワイスが見当を付けた以上に、彼女を上回っており。故に、身体能力を補強しただけでは足りない……はずだった。

 

 ——ミックスアップ。

 

 ボクシングの世界には、そんな言葉がある。互いに実力が拮抗し、尚且つスタイルが非常に上手く“噛み合う”選手同士が試合の中で成長を遂げる現象のことを指す。

 一輝とステラが試合中に実力を高め合ったのもまた、それと同じ理屈だろう。

 

 そう……エーデルワイスもまた、自身を成長させることにより実力差を縮めたのだ。

 

 技術とは、進歩するに連れて高めるのが困難になる。実力に反比例して伸び幅は狭まるのである。エーデルワイスの領域であれば、実力を紙一重伸ばすだけでも、掛かる労力は計り知れない。

 故に——平時ならともかく、極度の興奮状態も相まって——成長を実感出来ずにいたのだ。

 

 

「感謝します、ササキ。貴方のおかげで、私の“剣”にも意味が出来ました。貴方は私の初めての“好敵手(ひと)”です」

 

 

 エーデルワイスは、求めていた。

 

 

「でも」

 

 

 エーデルワイスは、乾いていた。

 

 

「貴方はまだ、“こんなもの”では無いのでしょう?」

 

 

 エーデルワイスは、飢えていた。

 

 

「無論だとも。夜はまだ長い……我らの逢瀬は、始まったばかりであろう?」

「——ああ、やはり貴方は素敵な方だ」

 

 

 さしたる信念もなく最強の座に収まってしまった彼女は困難を……生きる理由を、意味を見失っていた。

 故に、常にそれを求め、悩み、苦しんでいた。

 

 ——それをこの侍は、いとも容易く吹き飛ばしてくれた。

 

 

「さあ続けましょう、ササキ。貴方なら……私から離れたりしないでしょう?」

 

 

 誰も彼も、彼女の才覚に置き去りにされた。誰も彼も、彼女を追いかけてはくれなかった。それは、修羅である一輝も同じだ。彼は強くなったが、彼女はそれ以上に強くなっている。

 実力差は、今なお開き続けていた。

 

 しかし、それはきっと——この男には当て嵌まらない。

 

 ミックスアップとは……そもそも一方通行の現象では無い。それでも一方にだけ進化が起こったのだとしたら。

 

 

「こちらの台詞だ、比翼殿。私の深奥——力ずくでこじ開けてみせるがいい」

 

 

 いまだ、侍の真価は発揮されておらず。

 互角と思われていた勝負には、決定的に足りていない要素が存在した。

 

 それすなわち——秘剣である。




次回更新はGWかな……

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