落第騎士の師匠《グランドマスター》   作:Wbook

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本職が忙しいので今後も引き続き不定期投稿です


丑三つ時

「……あの男。一体何のつもりだ……?」

 

 

 黒乃は先日遭遇した正体不明の伐刀者——佐々木小次郎について調査を続けていた。

 剣武祭の傍らという形になる為、完全とは言えない結果ではあったが、それなりの収穫は得る事が出来た。

 

 断片的ではあるが、小次郎の軌跡を追う事は可能であった。

 そもそも積極的に隠された形跡も無く、しかし行動の規模自体が小さなものであった為に表に出る事が無かっただけだ。

 

 個人情報は全て偽造。一つとして参考になるものは無かった。

 

 主だった収入源は要人警護。……というには語弊があるが、資産家や暴力組織の護衛——古い言い方をすれば用心棒として雇われ、まとまった金銭を得ているようだ。ここ最近も活動していた痕跡が随所に見られる。

 

 雇っていた者たちも小次郎が身分を偽っていることは気づいていたようだが、一部のものは彼の人外の技量による報復を恐れて、また一部のものは彼の剣技に心酔して、はっきりとした証言を口にする者は居なかった。

 

 しかし少なくとも、佐々木小次郎と名乗る男がこの世界に存在するのは確かなことだ。

 

 ……とはいえ、素性の一切は不明。

 

 足取りを辿っていけばいくほど不可解になる。

 何処をどう突き詰めても、ある地点から以前が空白となるのだ。

 

 まるで、“突然この世界に現れた”かのような有様だ。

 

 

「いや……何を馬鹿な。ともかく、今は目先の問題だ」

 

 

 佐々木小次郎はここ数日の間に、他勢力の工作員をこの大阪から一掃——と言っても、政治的な問題で投獄し続けることは叶わず、本国へ強制送還という形を取っているのだが——しつつある。カメラ映像や写真のような決定的な証拠こそ無いものの、現場周辺で度々彼が目撃されている点を見ても、ほぼ間違いない。

 

 血気に逸った危険分子から順を追うように叩き潰されていく。

 その様子を見て慌てふためき、不用意な動きを見せた者たちをさらに追い落とす。

 

 結果としてこの状況だ。

 

 各勢力は蹴散らされた人員を上回る手練れを送り込み、それをまた小次郎が狩り尽くす。

 この連鎖がもたらしたのは、尋常ならざる腕前の戦士が闊歩する“魔境”と化した大阪だ。

 

 人の絶えない表の剣武祭が終わり、誰もが寝静まった頃に始まるもう一つの闘争。

 しかしそちらは、たった一人の男を相手取る“防衛戦”だ。加えてルール無用、裁くものが居ない以上反則などあろうはずもない。

 

 敵は常に単独。拠点といっても便宜上のもので、破棄するのは容易い。守りに回る必要は無い。——にも関わらず、どの勢力も後手に回らざるを得ないでいる。

 

 

「日に日に手際が良くなっていくな……。事を起こす際には、もはや姿すら見せないか……」

 

 

 成長している……と、分析するのは簡単だが、それはあまりに歪な話だ。

 

 

「《比翼》と互角というのは眉唾としても……これだけの事をやってみせる男が、今更“成長”だと?」

 

 

 鍛錬を重ねて、時間を掛けての成長ならばそれは必然だ。

 しかしこの短時間……たった数日のうちに技量を上げることなど有り得ない。

 あるいは、剣武祭に出場するような若者達をならばそれも起こり得るが、小次郎はどう低く見積もっても二十代半ばと言ったところ。

 

 今になって急速に磨きをかけるというのは、歪という他にない。

 

 

「全く……いざとなれば有無を言わせず捕らえればいいと思っていたが……」

 

 

 この力量から察するに、それも簡単にはいきそうもない。

 

 

「先日には《風の剣帝》を歯牙にも掛けず返り討ち……黒鉄が師と仰ぐだけはある……」

 

 

 しかし、一度は相対せねばならないだろう。

 こうなってくると《無冠の剣王》の読みに現実味が帯びてくるからだ。

 

 仮に読み通りなら、無警戒は余りに危険極まりない。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 既に日が沈み、辺りが暗くなった頃。

 ホテル側の公園でトレーニングを行っていた一輝とステラが合流した後、その男もふらりと現れた。

 

 

「……相も変わらず、変わった鍛錬よな」

「それ、さっきステラにも言われました」

 

 

 角材や鉄パイプをコピー用紙で斬り捨てたり、投げたコピー用紙が鉄パイプに突き刺さったりするトレーニングは、確かに変わっていると称する以外に無いだろう。

 

 

「そういうアンタは、どういうトレーニングしたら“そう”なるのよ?」

 

 

 エーデルワイスもまた底知れぬ剣客だが、目の前の男は得体の知れなさという意味ではその上をいく。何しろ、その剣技の一切を見切ることが叶わないのだから。

 今日、天音と相対した際にステラが目撃し、一輝に伝わった不可思議な“現象”のことも含めて考えれば、不気味とすら言える。

 

 

「なに、特別な事はしておらぬとも。ただ、棒振りよろしく刀を振るっていただけのことよ」

 

 

 恐らくそれは事実なのだろう。だからこそ凄まじい才としか言いようがない。

 

 本人が我流であり、その理合を説明することも出来ないがために一輝ですら模することは不可能。

 まさに、完全なる“無形”の剣なのだ。

 

 仮にそれを習得できていたなら、一輝の剣技はステラと出会った時点で今現在のレベルに近しい場所に至っていた可能性もあるのだが。

 

 

「師匠、さっきはありがとうございます」

 

 

 珠雫を天音から助けたことに対してだろう。それに気づかぬほど鈍感ではない。

 

 

「ステラから聞きました。最初に割って入ったのは師匠だと」

「気にするほどのことではない。優勝劣敗、弱肉強食は勝負の常ではあるが……あの悪童の行いは下郎のそれであった」

 

 

 敗者をどう扱おうと勝者の自由。それは確かに勝負事に付き纏う摂理の一つだろう。

 それが間違いだとは口が裂けても言い切れない。

 

 しかし、それは決して“外道”を許す理由にはならないのだ。

 

 

「純粋に、私が気に食わなかっただけの話……お主に頭を下げさせるような真似はしておらぬよ」

 

 

 自身を師として慕う一輝は小次郎にとってはこの世界で唯一の“身内”と言えた。人斬りである自分を悪人と断じる小次郎ではあるが、悪党であっても彼には良心がある。

 身内が大切に想うものを不必要に踏み躙る行為は、黙って見ているには余りある行いだ。

 

 小次郎にとって珠雫を助ける理由は、それで十分であった。

 

 

「それよりも、せっかくあの首を落とさずに残しておいてやったのだ。お主の手で斬り捨てるがいい、一輝よ」

「ええ、もちろんです。いくら師匠でもその役目は譲れません。このケジメは必ずつけさせます。僕の手で、必ず……!」

 

 

 静かに闘志を燃え上がらせる。

 

 黒鉄一輝という騎士は激情で闘う男ではない。あるいは、激しい感情をキッカケに強さを発揮する者も居るが、彼は違う。

 彼の強さは、常に内に秘められたものであった。

 

 

「さて……そなたらは二人とも、明日の試合があるだろう。ここらで開くとしよう。どちらの相手も一筋縄では行くまい」

「ええ、言われなくとも」

「承知の上に決まってるじゃないっ」

 

 

 一輝とステラの誓い。

 

 それを小次郎は知らないが、その瞳の奥……準決勝の先に待つ最強の好敵手に対する戦意を以って理解する。

 なるほど、この二人は出会うべくして出会ったのだろう。

 

 ——終生の天敵にして、最愛の人物と。

 

 立ち会うことなく、競い合うことなく。

 ただただ剣だけを振るって生き、そして死んだ小次郎から見る二人は、なんとも羨ましく。

 

 そして、目がくらむほどに眩しく輝いていた。

 

 

「皇女殿。《風の剣帝》……あの求道者は強かったぞ。少なくとも、以前のそなたであれば相手にもならぬ程に」

「そんなの、もちろん知ってるわよ。でもね——」

 

 

 ステラは一輝の足元にあるコピー用紙を数枚、無造作に鷲掴みにして手の内でくしゃりと丸めると。

 

 

「アタシは、それ以上に強くなった」

 

 

 全身の魔力を滾らせ燐光を撒き散らす。

 ステラの背に映し出された竜の幻影は、小次郎にとっては何とも懐かしい“騎士”を思い起こさせ。

 

 

「とんでもない、な……」

 

 

 鉄パイプに投げつけられた紙のボールは、それを引き千切るように両断し、奥にあった公園のコンクリート壁にめり込んだ。

 

 凄まじい膂力としか言いようがない。明らかに最初に出会った頃を超えていた。

 これでまだまるで底を見せてはいないのだから、期待も膨らむというものだ。

 

 

「明日の試合は私が先。一足早く決勝で待っているわよ、イッキ」

 

 

 ステラの身につけた力の正体。それは明日になれば嫌でも分かることだろう。

 現時点で見せただけの力では王馬を破ることは叶わない。

 

 だとすれば、さらなる力を見せるのは必然だ。

 

 

「あの……ステラ」

 

 

 しかし。

 

 

「格好良く立ち去ろうとしてるところ言いにくいんだけど……ここ、公共の公園だから……勝手に破壊するのは不味いと思うんだけど……」

「あ、明日市役所に電話して自首するわ……」

 

 

 この皇女は、どうにもこういう場面でやらかさずにはいられないらしく。

 

 

「拙者はなんだか、哀しくて涙が出てくるでござるよ……」

「う、うるさいわね! わざとじゃないってば、しかもアンタ泣いてないし!!」

「ではな、一輝。明日の試合……楽しみにしているぞ」

「聞きなさいよぉ〜!!」

 

 

 小次郎は公園を立ち去ると、ここ数日で日課となり、夜の住人たちにまことしやかに囁かれる祭りへと赴いて行く。

 学生騎士たちの競い合いを観るべく集まっていた人々の往来は収まり、辺りは静寂に包まれた。

 湾岸ドーム周辺、その一画に限っての話ではあるが、その時間だけは正しくゴーストタウンとしての様相を取り戻す。

 

 そこを舞台として行われるルール無用の殺し合い。即ちそれは——夜の七星剣武祭だ。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「いくら待っても雑魚ばかりかと退屈していたところであったが……その甲斐はあったと見える」

 

 

 幻想形態によって仕留められ、積み上げられた者たちの……文字通りの“人山”がそこにはあった。

 初めの頃とは違い、全滅とまではいかない。

 逃走するものまで斬るつもりは小次郎にはなく、捕らえたものを一纏めにして、気配を殺して獲物を待ち受けていた。

 

 とはいえ、普段はそれに釣られてのこのこと顔を出す雑魚ばかりが掛かるのだが。

 

 ——今日だけは違ったようだ。

 

 

「佐々木小次郎。手練れとお見受けして——尋常な立ち会いを所望する」

「《解放軍》のヴァレンシュタイン」

 

 

 《隻腕の剣聖》、ヴァレンシュタイン。

 彼はまさしく小次郎が長らく待ち望んでいた人物。

 

 ——最上級の強者と言えるだろう。

 


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