Guilty Gear Xtension―ギルティギア エクステンション―   作:秋月紘

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Chapter 3 "Cloaks" Part B

Chapter 03

Cloaks

B

 

 

 

 ガラス張りの扉が開かれ、踏み込んだ靴が大きく砂埃を舞い上げる。両手で目鼻や口を庇いつつ立ち止まり、落ち着いた後、一度周囲を見渡した少女はそのまま真っ暗な病院内へとその足を向けた。

 

「さて、と」

 

 グローブの裾を軽く引き、二度握り拳を作って解く。そうして手の感触を確かめたノーティスは、打ち捨てられた空き缶や、瓶などのガラス片を砕く自身の足音を聞きながらエントランスへと歩みを進める。人の手が入っていないというには荒れていないような、そんな違和感を抱きながら周囲を見渡せば、かつて受付であっただろうカウンターに視線が留まる。

 

「……」

 

 ゆっくりと歩を進めて近づいてみると、カウンターには厚く埃が積もっており、迂闊に手を触れようものならば、先程と同じように周囲に舞い上がってしまうだろうことが容易に想像できた。

しかしその様をよく見てみれば、暗くて気付き難かったが明らかに埃の薄まっている場所があり、そしてそれらは、人の手形や荷物、そして腰や背中を預けてたむろしていたのであろう、服の皺などに沿った形の段が形成されていた。

 

「人の出入りがあったのは間違いなさそう、なんだけど。どこから調べたものかな」

 

 未だにざわめく感情を抑えるように、少女は小さくため息を吐く。検めてぐるりと周囲を見渡し、あるかどうかすら分からない手がかりを求めて少女は月明りの差し込む院内を探り始めた。

 まず手を付けたのは、人の出入りが認められたカウンター周辺。入り口を探すことが面倒だったのか、右手を天板に着き、軽く地面を蹴りつけカウンターの内側へと少女はその身体を滑り込ませる。床や棚など、目につく範囲を一通り調べてみるが、手掛かりとなりそうなものは見つからず、ただ無作為に捨てられたゴミなどが増えていくばかり。やがて諦めたように首を振り、入った時と同じように抜け出した。

 

 そうして同じような手順で当てもなく病室やエントランスを探ってゆくも、時間だけがただ無常に過ぎて行く。階段を上りながら思わず口をつく舌打ちをし、手掛かりらしい手掛かりもなくただ埃に塗れていく焦燥感からその足取りはだんだんと重くなってゆく。やがて屋上へと続く扉に手を掛けた辺りで、その足がぴたりと止まった。

 

「明かりも点かないし人の気配も碌にしない、埃の溜まり方からしてもそんなに時間は経ってない筈だしひょっとして地下があるのかも……」

 

 そう考えるや否や階段を飛ばして駆け下り、再度エントランスまで戻ってきた辺りで、背筋が凍るような感覚が少女を支配する。ぱち、と火花の弾ける音に気付いたのと、ざり、と砂埃を踏み鳴らす音を聞いたのはほぼ同時であった。

恐る恐る振り返った先には、明らかな不機嫌さを滲ませ、封炎剣に炎を纏わせて此方を睨みつけて立ち止まるソルの姿が浮かんでいた。

 

「……ソル」

「肝試しは済んだか?」

「残念ながらまだなんだよね。先約があるから帰ってくれる?」

 

 腹の底を蹴るような声に気圧されながらも、少女は不敵な笑みを浮かべる。相手の意図が分らない以上、自分の目的をむやみに知らせるのは躊躇われた。敵対者ではないが、決して味方と言えるほど気心の知れた相手ではないのだ。ましてや聖戦以後もギアを狩るために賞金稼ぎを続けている、などという噂を聞いてしまえば尚更気を許すことなどできない。

 

「俺が遊びに来た風に見えるか、クソガキ」

「見えないから言ったの。……軍神サマも暇じゃないでしょ?」

「まどろっこしいのは趣味じゃねえ」

 

 わざとらしく男は首を鳴らし、そして剣を構えて吐き捨てた。

 

「選べ。道を開けるか、くたばるか」

「……どちらもお断りだね」

 

 

 

 一方その頃、ブリジットを伴い宿を出たカイは、数か所ほどの寄り道を経て、ベルナルドより預かった資料を基にとある施設の付近まで来ていた。人目を誤魔化すように近くの食堂に入り、まだ人の疎らな壁際のテーブル席に二人腰掛ける。ウェイターが運んできた水をそれぞれ受け取り、飲み物の注文だけを手短に済ませて彼らは声を潜ませた。

 

「……あそこが?」

「ええ、表向きカジノとして運営されていたことから、ジール使用量の異常に気付けなかったのでしょうね。今回の主犯格と思しき人物の出入りも確認されています」

 

 カイの言葉に引っかかりを覚えたか、ブリジットは小さく首を捻る。

 

「異常ですか?」

「ええ、もともと夜間の営業を主とする娯楽施設である以上、同規模の一般的商業施設と比較しても照明等に使うジール量は多いのですが」

「同じカジノとかと比べても多かったんですね」

「それもありますが、一番の理由は『昼夜を問わずに大規模のエネルギー使用が認められた』点です」

 

 その言葉に少女はああ、と納得したように手を打つ。仮に人が住んでいたとしても、夜間営業型の娯楽施設が営業時間中と同等のエネルギー使用を昼間からずっと行っているとは思えない。であれば当然、営業時間外にも()()()()()()()()が動いていたと考えるのが自然である。

 

「……どうします? クリスさんの事も心配ですし、すぐに踏み込んだ方が……」

「正面から身分を明かして踏み込んだところで、主犯に逃げられてしまうのが落ちでしょう。それにあくまで表向きは民営のカジノです、民間人も多い以上彼らを盾にされかねません」

「でも」

 

 周囲の様子を窺いながら話すカイは、ブリジットの焦る姿を気にする様子もなく手元のグラスをテーブルに戻す。やがてウェイターが運んできた紅茶を一息に飲み下し、彼はその腰を上げた。

 

「確かに、ベルナルドに要請を出しているとはいえ応援を待つ時間は惜しい。常套手段ではありますが、我々だけで動きましょう」

「は、はい」

 

 慌てて後を追うブリジットの前。濃紺のワイシャツ、淡いベージュのスラックスという私服姿に、ソードベルトを提げた男は、ポケットに入れていた財布から数枚の紙幣を取り出し、会計を済ませた後何事もなかったかのように口を開く。カジノも近いですし、少し遊んでいきませんか、と。

 

「……そうですね。ウチも興味あります」

「それは良かった」

 

 カイは小さく笑みを浮かべ、ブリジットを連れて目的の施設入口へと近づいてゆく。逸る気持ちを抑え、あくまで民間人である風を装って、そうして受付の目を誤魔化し、客の一人として人のひしめくフロア内に入ったあたりで罪悪感が首をもたげる。

騙し討ちの様な手口を使う事にもいつの間にか慣れてしまっているな、と。

 この事件の遠因ともいえる、ブラッカード社によって行われた人体実験やそれに端を発するヒュドラの覚醒。

 そしてその直後に起こった『自我を持つギアとの接触』。それらの事件は、カイの心に少なからず変化を及ぼしていたのだ。

 

「誰かそれらしい人が見つかれば早いんですけど……カイさん?」

「ああいえ、何でもありません。……フロアの奥へ向かいましょう。下層階へ向かう階段や昇降機がどこかにあるはずです」

「わかりました、探してみましょう」

 

 そうして二人は人の間を縫うようにフロアを歩き、手掛かりを探し始める。人々が口にする噂話を盗み聞き、時には直接話しかけ、なるべく怪しまれない様に気を配りながら、彼らはこのカジノの実態を朧気ながら掴もうとしていた。

 

「……やはり、ここで間違いないようです」

「そうみたいですね、サングラスや髪型を変えてますけど見覚えのある人が何人かいますし」

「後は昇降機の場所ですが……」

 

 言いかけたカイの目が、ある一点を見たまま動きを止める。釣られてそちらを覗き見たブリジットは人混みの隙間から、二人組の男を見つけた。

そのうち、黒服を着た従業員らしい人物が、リネンのスーツを着た重役らしき男に耳打ちをし、その後いくつかの会話を経て最奥の扉の向こうへと消えてゆくのを見届けた直後、カイが足早にそちらへと人をかき分け進み始める。

 

「カイさん、あれ……!」

「ええ、間違いありません。貴方に協力頂いた人相書きとも、ベルナルドから聞いた情報とも一致します」

「追いかけましょう!」

 

 言うが早いか、二人の足が先程より明らかに速度を増す。押しのけられる人の怪訝な表情や反応を気にする間もなく、彼らは二人組の消えた扉の近くまで駆け寄る。そのままの勢いで踏み込もうとするブリジットを抑え、立ち止まったカイは注意深く周囲を見渡した。

 

「カイさん……?」

「……やはり、この先が目的地のようですね。少なく見ても三組、この扉の警備を行っている者がいます」

 

 カイの言わんとするところが見えず、ブリジットは慌ててカイと同じように周囲へ視線を向ける。扉の近くにいる者たちはともかくとして、他に此処を警戒している人間がいるのか、と。隣に立つ男性に問いかけようとした直後、彼は小さく声を潜めて答えた。

 

「客の中に一人、あのドアから一定以上の距離を取ろうとしない者がいます。他に確認できるのは向こうの扉の前を警備している人物ですね。あの場所から此処までは障害物もない。それに監視装置もある」

「……どうします?」

「……手荒な真似をするにはまだ早いのですが、状況を考えれば仕方ありません」

 

 そう呟くカイの指先に、小さく雷光が迸る。しばらくの間黙り込んでいたかと思うと、稲妻を纏った彼の腕が、地面に向けてその仕草を隠すように振るわれた。

直後、カイが指し示した人物らが、不意に目を覆うような動作を見せる。何が起こったのか分からず戸惑うブリジットは、横から掛けられた声に我に返った。

 

「今です」

「は、はい」

 

 そうして気付かれる事なく扉を潜り抜け、薄暗い廊下を歩きながら、彼女はカイへと問いかける。先程は何をしたのか、監視装置は大丈夫なのか、と。それに対してカイが答えたのは、迅雷という二つ名を持つ天才に相応しい所業であった。

 

 彼は、目的の扉を監視している人物全てに時間差で微弱な電流を浴びせ、平衡感覚と視界を一時的に奪いまるで『立ち眩み』のような状態を作り出した上、同時に監視装置に備えられていた防護法術を破り、映像を差し替え自分たちの姿を監視装置の映像から消し去ったのだ。

繊細な制御を必要とする雷属性の法力を簡単に制御し、その片手間に他者の法術に介入するなど、一介の法力使いに出来るような事ではない。ましてや、カイのような若者がそれほどの資質を持つなど、それこそ聞いたこともない話である。

 

「……」

「どうしました?」

「いえ、カイさんって凄い人なんだな、って」

 

 異常ともいえる才覚にブリジットは内心戸惑いを抱えながら、全く落ち着いた表情を崩さないカイの後ろを黙ってついて歩き続けた。

 

 

 

「ガンフレイム!」

「ちっ!」

 

 廃病院のエントランス、待合のソファーやフロア表示の看板、掲示物などが炎を上げて燃えている。休む間もなく襲い掛かる爆炎や剣戟を躱し、建物の奥へ奥へと逃げながら、壁面やフロアを砕いた瓦礫を打ち飛ばして足を止めて、ただ一心にソルの猛攻を凌ぎ続ける。しかし、実力差や様々な要因が絡み合い、彼女の撤退戦にもいい加減に限界が近づきつつあった。

自身の武器は不幸にも持ち出してきておらず、にも関わらず相手は神器等という超常の武器を用い、それによる法力の増幅(ブースト)を受けて景気のいい攻撃を立て続けに仕掛けてくる。

 その性質から制御らしい制御を必要とせずに攻撃能力を得られる炎と、強い出力やかまいたちなどの現象を作らなければ攻撃能力を得られない風と。単純明快な法力の差は、そのまま彼我の戦力差となってノーティスを押し潰そうとしていた。

 

(とにかく、あの出鱈目な法力をどうにか出来ないと、ホントにこのまま焼き殺される。せめて、封炎剣さえ抑えられれば……!)

「ちっ、チョロチョロとうざってえ!」

「ぐぁッ!?」

 

 炎の柱を回り込むように駆け抜け、一か八か、と飛び込んだところを前蹴りで引き剥がされ、立て続けに撃ち込まれた蹴りでそのままボールのように地面をバウンドして吹き飛んでゆく。やがて壁に大きな音と共に打ち付けられて動きが止まり、痛みから立ち上がれずに這いつくばる少女の側へと、ゆっくりと止めを刺すために男が地面を踏み鳴らして一歩ずつ近寄ってきた。

 

「……随分と手こずらせやがったな」

「お生憎様、だけど……諦めは、良く、なくてさ」

 

 肺に刺さった肋骨が鋭い痛みを訴え、呼吸を阻害するようにその存在を執拗に主張し続ける。痛みを抑えて動けるようになるには、まだもう少しの時間が必要で。その傷を無理やり癒すには、さらに相応の時間を要するのだった。

だが、その時間がくるよりも明らかに早く、血に塗れたような紅い靴が眼前へとその姿を現す。遠くに「終いだ」と言う男の声が聞こえ、諦めから少女が瞳を閉じかけたその時、周囲の火の勢いが衰えていることに彼女は気付く。

 そして、そこから微かに見えた蜘蛛の糸を手繰ることに、一切の躊躇はなかった。

 

「……死なば諸共、って……ね!」

「チッ!」

 

 痛む胸を抑え、全身全霊を込めて法術による暴風を起こし、ソルへと向けて連続でかまいたちを放つ。破れかぶれの攻撃など、と躱されたって構わない。とにかく、締め切られたままのエントランスに、外気を流し込めるのであれば何だって良かった。

 容易にノーティスの攻撃を躱し、そのまま反撃に出ようとしたソルの背後でガラスの砕け散る音が響き渡る。

そしてその直後、外から供給された酸素を目一杯に吸い込んだ燃え残りが、大きな規模の爆発を巻き起こした。フロア中が爆炎に飲み込まれ、乗じて起こった爆風がエントランス内の構造物を薙ぎ倒し、追いかける炎でそれらを焼き払う。

 やがて、しばらくの時間の後に落ち着いた炎の中で、全身に火傷を負った少女はゆっくりとその身を起こした。

 

「……か、はッ……はぁっ」

 

 自身と周囲に空気の断層を作り、炎がもたらす熱を可能な限り小さく抑える。平時であれば息をするように出来ていた制御も、爆風に吹き飛ばされる中で、なおかつ怪我による痛みや、殺されるかもしれないという恐怖があっては、まともに制御ができる筈もなく。

結局のところ、ただギアであるという一点の理由に助けられて、少女は炎の中でどうにか浅い呼吸を続けていた。

 

「……これで、どうにか……なったでしょ」

 

 視線の先にあったのは、壁面にもたれかかるように倒れている男の姿。体の各所にはまだ火が燃え盛っており、炎に包まれたその肉体が動く気配は見えない。いまだぼんやりと滲んでいる視界の端に、ベルトの焼き切れた紅いヘッドギアが映る。

 

「まだ、探さなきゃ……いけない所があるの。悪いけど、恨むなら軍神らしく、神サマでも恨んでてちょうだい」

 

 結んでいた髪は解け、服のあちこちがほつれ、破れ、刻みつけられた身体の傷もまだ消えないまま。ふらふらと足取りの覚束ない少女は、自責の念だけで捜索を続けようとその体を引きずり、病院の奥、地下へと向かう方法を探して歩き出す。

向かってきた火の粉はどうにか払う事が出来た。気分のいい話ではないが、自分が死ぬ羽目になるよりかはまだマシだろう、と『本来敵ではなかった筈の人間を殺した』という罪悪感を納得させて。

 

 ただ、今回ばかりは相手が悪かった。

 

「悪いが、最初(ハナ)から(ヤツ)とは縁が無くてな」

 

 彼女が命懸けで焼き払った男は。

 

「……ぁ」

 

 常人なら明らかに死んでいるであろう攻撃を受けて、それでも平然と立ち上がってきた男は。

 

「遊びは終わりだ」

「ギ、ア……?」

 

 最凶最悪のギア、そして聖戦における人類の仇敵。そう、かの破壊神『ジャスティス』をその手で屠ったギアなのだから。

 

 怪我の治癒も碌に間に合わず、攻撃手段も持たないノーティスに逃れる術などある筈もなかった。瞬きする間に龍のようなシルエットは地面を蹴り砕き、十数メートルは離れていた少女の額に右手を掛け、大きなクレーターを生み出し、その中心に彼女の身体を叩き付ける。

あまりの衝撃に呼吸が止まり、やがて血を吐き四肢から力を失う少女を気にすることもなく、それは無表情のまま蒼白な顔の側に封炎剣を突き立てた。

 

「ガキの癇癪に付き合ってるほど暇じゃねえんだ、無駄な事してねえで失せろ」

「……無駄、だって? アンタみたいなバケモノに、何が……わかるの」

「あん?」

 

 ベルトの切れたヘッドギアを拾い上げ、呆れたようなため息を吐くソルに向けて、少女は震える声で吐き捨てる。半端な力しかないギアが出来る事なんて知れてると、それでもそう在らないと存在価値なんてないんだと。

乾き、火に焼けた唇は、まるで懺悔でもするかのように言葉を紡ぎ続ける。

 アンタみたいに出鱈目な力があれば、もっと強ければと、溢れる感情を抑えられないまま少女の声は段々と力を失い、やがてしばしの沈黙の後。蚊の鳴くような声で、一言こう呟いた。

私みたいな小さい手じゃ、何にも拾えないんだよ、と。

 

「……癇癪起こして、悪かったわね」

「懺悔も担当違いだ。軍神()じゃなくて神にでも言え」

 

 やがてしばらくの時間が経過し、ある程度傷の癒えたノーティスが気まずそうに体を起こす。地面に突き立てられた封炎剣とそこに乱雑に引っ掛けられているヘッドギアを見て、少女は小さくため息を吐いた。動けるようになった身体を立ち上がらせ、先の戦闘でズタズタになったバッグをひっくり返す。貴重品を運よく残っていたウエストポーチに仕舞い、予備のリボンを一つ取り出し、丸めて瓦礫に腰かけていたソルへと投げ渡す。

 

「何のつもりだ?」

「お詫び。ベルト、焼き切れちゃったんでしょ」

「……ああ」

「それで、一応確認したかったんだけど。……無駄な事って言ったよね」

 

 ノーティスの刺すような視線に、何度目かのため息をソルはわざとらしく見せる。明らかに不快感を見せた彼女を気にする様子は相変わらずなく、彼は淡々と事実のみを語っていく。

 

「あれだけ走り回ってた癖に電源設備も確認してねえのか。ジールの供給もそうだが、法力もロクに感知できねえ時点で、此処がハズレだってのは分かりそうなモンなんだが」

「なっ……!」

「ったく、ちったあ頭を使うんだな」

 

 思わぬところで自身の失敗を突かれ、顔に血液が昇ってくるのが感覚でわかる。反論を聞く気すらないのか、男は既にこちらから興味を失ったように体に着いた煤を払って廃病院から立ち去ろうとしていた。

 

「ちょ、ちょっと待って、何処に」

「坊やともう一人のガキが本命を追ってる。ブラッカードの連中が噛んでる以上、街中でギア戦闘になると厄介だ」

「……間に合うの?」

 

 追いかけるノーティスが口にした疑問に、面倒くさそうにソルは封炎剣を鳴らして答える。

 

「そこの連中の足でも使やいい」

 

 そうして、数分の後。被験者受け渡しの中継地点で起こった爆発、その様子を確認するために使わされた馬車は、哀れなことにわずかな時間の内にその乗り手を失う事となった。

 

 

 

 その少女が目を覚ました時、周囲に広がっていたのは暗闇だった。頬や肌を撫ぜる感触と、全身を覆う浮遊感。そして、暖かな温度に包まれて、差し込む光に視界が開け、やがて少女は理解する。自分の今いる場所を。

しかし、なぜそこにいるのか、なぜそうなっているのかを思い出すことは一切出来ず、彷徨っている思考はガラス越しに聞こえてくる声によって寸断される。

 

「モニター、感度良好。エフェクターの制御も同じく、精度も高い数値を維持しています」

「当然だろう。その為に実験を続けてきたのだから」

 

─LALALA─

 

 円筒形の、そしてもう一枚の分厚いガラスを隔てた先にいる男たちの話す声がする。一人は冴えない顔をし、黒縁の眼鏡を掛けたいかにも科学者然とした男、そしてもう一人は、隣の男と同じような白衣を着てはいるが、明らかに纏う雰囲気が違う。

まるで猛禽のような、鋭い目つきの壮年の男であった。

 

「しかし、やはりアモレットの流用のせいか、微細なノイズが入るのが気になりますね」

「この程度は誤差の範囲に過ぎん。そのような事でコレの完成を遅らせるわけにはいかんのだ。ハイエナの目を盗んで資料を持ち出すのにどれだけ苦労したと思っている」

 

 壮年の男はそう言って眉間の皺を深くする。その後ろ、白衣を着せられ、ベッドに横たわっている人影に気付き、少女は一つ、あることを理解する。

 

 次の私は、『あれ』だ。

 

「世界を変えるのにメガデス級などという制御不能の遺物を使う必要があるものか。……私の、この『セイレーン』さえあれば人もギアも思いのままだというのに」

「しかし、まさか本当にヒュドラを覚醒させてしまうとは思いませんでしたね」

「おかげで我々がこうして勘付かれる事もなく研究を進められているのだ、あの男にも感謝せねばな?」

 

 『次の私』は、黒のショートカットで、整った顔立ちの小さな女の子。きっと目を開けたら可愛い顔をしているのだろう。そして、それを雛型とする私もまた。きっと可愛い顔になるのだろう。

 自分の出自も、存在意義も、目の前にいる男達の事も何一つ知らない少女は。

ただ微かに聞こえてくる歌声に耳を傾け、やがて自分が姿を真似る少女を嬉しそうに眺めるのであった。




-GG WORLD EXTENSION-

【メダル】
『小説版ギルティギアゼクス 白銀の迅雷』ほかで登場。聖騎士団員が各々持つ万能章で、音声通話を始めとした多種機能を備える。その有用性や、もともと志願兵の多かった聖騎士団という組織の特性上、聖戦終結後も手元に残す者は多い。ソルやカイなど、自身の法力、法術による通話、通信などが可能な者はそちらを使うため、メダルの機能ごとの使用頻度は人によって大きく異なる。
ノーティスは法力通信を不得手としており連絡手段は基本的にメダルとなっている。

【ジール】
『第一の男』と呼ばれる人物やその弟子である使徒たちによって伝えられた魔法、法力技術の一つで、石油や石炭などといった燃料その他エネルギー資源の代替として使われている万能物質。
通常時は液体化しているジールに術式を書き込み、ジルポッドと呼ばれる出力機を通すことで様々な効力を発揮することができる。

【ヘッドギア】
PS版『ギルティギア』よりシリーズを通してソルが装着しているギア細胞の抑制装置。ジャスティス以前に改造を受けたソルは、この装置により『ドラゴンインストール』の侵蝕や、そのギア細胞由来の破壊衝動などを抑え続けている。ヘッドギアによる抑制から解放された姿は、時を追うごとに人のそれとはかけ離れていっており、『GG2』『Xrd』等ではドラゴンに近い姿を見せる事もある。

【クリフ団長】
PS版『ギルティギア』より登場、フルネームは『クリフ=アンダーソン』。正式にはカイの先任であるため前団長となる。カイ=キスクを見出し、聖騎士団長に推薦したのも彼ならば、ソルを聖騎士団にスカウトし、脱退の際に神器『封炎剣』を与えたのも彼である。
白人では非常に珍しい『気』属性の法力の使い手であり、その戦闘力も非常に高い。聖戦時、ジャスティスと幾度となく激戦を繰り広げたが、カイに団長の座を明け渡した以後の戦闘で落命、帰らぬ人となる。
今作でノーティスを聖騎士団に拾い上げたのも彼であるが、聖戦の戦火の中、彼女に限らず生前のクリフに命を救われた者は多い。

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