Guilty Gear Xtension―ギルティギア エクステンション― 作:秋月紘
灼けるような痛みが、腹部を抉る。
──またか。
どこか他人事のようにそう考えながら、突き飛ばした少年の方へと振り返れば、今にも泣きそうな表情を浮かべている姿が見えて。
こんな状況だというのに、少しばかり気勢が緩んだ。
「……そんな顔しなくて、いいのに」
身体を貫く蔦によってベルトが千切れ、背負っていた剣が宙を舞う。人ではない
そして、彼女に先んじて地面に刺さっていた大剣を手に取り、戸惑うブリジットを庇うように二人を目掛けて伸びる殺意を切り払った。
「あの……怪我は」
「それよりあっちが優先!!」
「は、はい!」
鋭く飛んだ、水音を含んだ声に唇をきゅっと引き結び、二人は態勢を立て直すため、迫りくる攻撃を躱して間合いを大きく離す。
やがて攻撃が届かなくなったと見たか、怪物と化した女は二人の侵入を防ぐように蔦を張り巡らせてバリケードを構築し始める。そして、その様を苦々しげに睨みつけていたノーティスの上体が突如、ぐらりと大きく揺れてそのまま崩れ落ちた。
「うッぷ……がはっ……ぁ……!!」
「ノーティスさん?!」
膝を付いて蹲るノーティスの視線の先、雑草が踏み荒らされ土があらわになった獣道に、不快感を催す水音を伴って赤黒い吐瀉物が撒き散らされる。
肩で息をしながら、涙の浮かんだ目尻を拭い立ち上がろうとする少女を慌てて少年は支えた。
「全然大丈夫じゃないじゃないですか、どうして!?」
「……アンタが、アレ……喰らったら、間違いなく死んでたでしょ……それくらいは分かってると、思ったんだけど」
呆れた様な口調でぽつりぽつりと言葉を紡ぐ少女を遮り、涙混じりの声を荒げて、ブリジットは少しずつバリケードから距離を取るように体を起こした。
「わかってるから言ってるんです!! とにかく一旦下がりましょう、このままだと」
「いいワケ、ないでしょ……バリケードを強固にされ……たら、侵入どころじゃなくなるんだから」
「でも!」
「良いから!!」
食い下がるブリジットを無理矢理振り払い、少女は再び剣を構える。引き留めようと更に伸ばした腕が届く前に、彼女は少しずつ高さを増してゆく蔦の壁へと駆け出した。
(……ち、動けはするけど、明らかに前より治りが遅い。ギア細胞の自然治癒が阻害されてるのか知らないけど、あんまり余裕なさそうだね)
「ぐっ……ぁああああああッ!!!」
痛みに鈍る身体を奮い立たせ、悲鳴にも似た咆哮を上げ、その手に抱えた大剣を大きく振り抜く。纏った風は一際大きな暴風を巻き起こし、織り上げられた蔦に一筋の綻びを生んだ。
しかし、身体に掛かった負荷が傷を開かせ、次の一撃を鈍らせる。
「クソ……もう一発……!!」
「下がってください!!」
言うが早いか、少女の脇を青い影が駆け抜ける。ヨーヨーを使い加速した勢いで大地を蹴り宙に跳び出し、ウエストポーチからありったけの薬莢を、少女が作り出したバリケードの綻びへと向かって投げつけた。
そして、合わせて再装填を済ませたヨーヨーを構え、深く息を吸い込む。
「行けぇっ!!」
続けて放り投げたヨーヨーが火花を散らし、続けて装填された薬莢をスターターとして炎が炸裂する。生み出された爆風は先に投げられた薬莢に次々と引火し、バリケードを引き裂くように大きな炎を上げてゆく。
「やった……?」
「……ひとまず、バリケードはどうにかって所かな」
肩で息を吐くノーティスとブリジットの正面で、燃え落ちていく蔦が壁の形を失っていく。段々と開けて行く視界の先、再び姿を現した人影に少女らは改めて自分たちの現状を突き付けられ、無意識の内に強く拳を握り込んだ。
私達は間に合わなかったのだ、と。
燃え残る炎を挟んで二人と一体は向かい合う。
乱れた呼吸を整える間もなく、こちらの様子を伺うようにゆらゆらと蠢いていた蔦が再び殺意を持って動き出した。
「チッ……!」
「くっ!」
二人を狙ってそれぞれ伸びてくる蔦を一方は断ち切り、また一方は身をかがめて潜り抜け、少女らは一気に目標へと向けて駆け出す。二度三度と繰り返される攻撃の隙間から見える入口には、先程二人が破壊したものと同様のバリケードが生成され、侵入者を阻んでいた。
「……戦闘を避けて通り抜けるのは難しそうですね」
「それ以前に、あんな化物を放置して行く訳にもいかないでしょ」
「それは……いえ、大丈夫です」
言いかけた言葉を飲み込み、少年はぎゅっと唇を引き結ぶ。
少女の台詞は、今からやろうとしている事は、自分達の力不足を証明するだけに過ぎないのだ。
それがどれほど酷薄なことであるかは理解している。そして、この行為を他者に押し付ける事が、どれほど無責任であるかも。
「……やりましょう」
だからせめて、背を向けて逃げはしないと思い直し、少年は三度ヨーヨーを構えた。
地表を破り突き立てられる蔦を迂回し、正面や側面から来る攻撃を躱し、ノーティスは敵へと肉薄する。迎撃を図る蔦を大剣で打ち払い、返す刃が束ねられた蔦で軌道を逸らされ、そうして互いに致命傷を狙うような剣戟が繰り返される。
「コイツっ……!?」
そして、数度の打ち合いの後、大きく弾かれた大剣ごと身体が宙へと浮かび上がった。数m程の距離が開き、体勢を立て直して再び構えを取った少女の瞳が驚愕に見開かれる。
聞こえたのは苦悶の声。そして数瞬の後に、青白い光条が輪になって周囲に放たれる。
「ぐあッ!!?」
「きゃぁっ!?」
咄嗟に盾として構えた大剣やヨーヨー毎、その身を弾き飛ばすような衝撃が二人の身体を襲う。受け身も取れず地面を転がり、数秒の後にようやくその身を起こすが、白黒に明滅する視界と力の入らない両脚や全身を襲う痺れによって、少女らは自らが受けた攻撃の質を理解していた。
(雷属性の法力?! 予備動作もなくあんな一瞬で……っ!)
「ロ、ジャー!」
無意識に落ちた視線の先から地面を割って伸びる殺意に対して、主の身を守るべくロジャーがその剛腕を唸らせる。そして、法力によって守られた腕が矛先を逸らし、致命的な一撃を少年の頬に裂傷を生むまでに止めた。
「動ける!?」
「なんとか!」
「なら走って!!」
鋭く飛んだノーティスの声に、少年は弾かれたようにその場から飛び退く。着地を誤り地面を転がる少年の視界に入った花のような物体が、先程まで彼の居た場所を狙ってその花弁を閉じる。
ブリジットの背筋をなぞる悪寒が、その動きの意味するところを過不足なく伝え、いまだ痺れの残る身体に鞭を打たせた。
一つ、また一つと襲い来る攻撃を躱し、再び少女らは怪物の喉元に手の届く距離へと飛び込む。
「今度こそ!!」
そう言いながら振るった剣を起点に暴風が起こり、身を守ろうと束ねられた蔦ごと怪物の身を食い破らんと牙を突き立てる。しかし、引き裂かれ落下してゆく茨や蔦とは対照的に、苦し気な表情を浮かべたままの女には掠り傷すら与えられず、少女は歯噛みする。
「ちっ……コイツもか……!」
法力を通さない防壁。先の戦闘でも遭遇した絶対的不利に少女の表情が険しくなる。法力が決定打にならない敵を相手取るということがどういう事なのか、少女は先の戦闘経験から理解していたのだから。
そしてそれ以上に
「……ブリジット、援護お願い」
「……はい」
強く握りこまれた剣と、一段と低くなった声にその言葉の意味するところを察したか、神妙な面持ちで少年は頷き、再び駆け出す。
いつまた同じように光条が放たれるか分からず、そしてこの距離であの攻撃を再び受けてしまえば、続けてくる攻撃を先程のように躱すことは出来そうにないのだ。
二人は、この接敵で全てを終わらせなければならなかった。
「これ、でッ!!」
三度の斬撃。巻き起こる暴風に紛れて大地を、続けて周囲を守るように伸び続ける茨や蔦を踏み越え、少女は女の頭上へと再び躍り出る。
迎撃するように四方から襲い来る蔦をその身を捻ってすり抜け、下方から放たれたヨーヨーやロジャーの拳が軌道を逸らし、それでも躱しきれなかった一本がその腕を貫くのにも構わず大剣を振りかぶる。
声にならない声と共に放り投げられたそれは僅かに軌道を逸れ、植物の一部と女の姿をしたそれの左腕を吹き飛ばした。
『ぁああああぁアァぁあッ!!!』
耳をつんざく悲鳴。止めを刺そうと構えた拳を咄嗟に留め、上体を守るように構え直す。
そしてその反応は正しいものであった。一瞬視界に移った青白い光が、再び電撃を帯びた光条となって彼女を襲ったのだから。
「ぐッ……うぁ?!」
吹き飛ばされかけた身体が、がくん、と大きな抵抗を受けて宙に留まる。
それに伴って不意に痛んだ手首と、巻き付いたヨーヨーから伸びるストリングの先に視線は吸い寄せられ、この一瞬で起こった出来事を少女は無力感と共に理解した。
故に、迷っている暇などあろうはずが無かった。
解ける糸も、力を失って落下する人影にも目もくれず、少女は練り上げた法力で中空を蹴り、そして。
虚ろだった女の瞳が一瞬だけ光を取り戻し、その唇が小さく動く。
──ありがとう。
その言葉に応えるように、少女はその腕を尋ね人の胸元へと突き立てた。
それからどれほどの時が経っただろうか。
頬に落ちる雫と寝心地の悪さに目覚めた少年の瞳に映ったのは、憔悴しきった表情を浮かべる金色の瞳と、僅かばかりの照明が設置された坑道の一角だった。
「ノーティス、さん……?」
「……よかった。応急処置はしたけど、動ける?」
「え? あ、はい……なんとか。あの」
言いかけた言葉を飲み込み、少年は口を噤む。彼女がこうしてここに居て、あの時無防備な状態を晒していた自分がこうして生きているのなら、彼女はあの敵を倒す事が出来たのだろうと納得して。
そして、彼女を倒したという事がどういう意味を持つのかも。
少年は十二分に理解していた。
「身体は平気?」
「万全とは言えませんが、どうにか戦えるくらいにはなったと思います」
しばらくの時間の後。先の戦闘で損傷した衣服や汚損した非常食など、持ち歩けなくなった物や使用できない物の整理を済ませ、一通り装備を検めた二人はゆっくりとその腰を上げる。
「ところで、ここは……?」
「地下坑道みたいね。風の塔まではもうちょっと進まなきゃいけないみたい」
今は使われていないのか、所々に風化の見える線路に沿って歩きながら少女は答える。しかし、普段とまるで変わらないその口調とは裏腹に、声色には底冷えのするような悪意が乗せられていた。
その理由も悪意の矛先も分かってはいるものの、かといって掛けられる言葉は持っておらず、道なりに進む間、少年はただただ相槌を打つだけに終始していた。
やがて、しばらくの道程の後に閉塞的だった視界が不意に開ける。
最低限の通路しかなかったような坑道から大規模な洞穴へと姿を変えた周囲を見渡せば、壁面に埋設するように見える人工的な構造物や、段々と近代的なものへと変わってゆく照明がちらほらと見え始め、二人の目的地が近づいているであろうことを予感させた。
「……これって」
「……噓でしょ、こんな規模の研究施設が現存してたなんて」
そこから更に進み続けること数十分。散発する襲撃者を迎え撃ち、追手を振り切ってたどり着いたのは、明らかに人の手が入った建造物の室内。
青白い照明の光と無機質な金属の床や壁、張り巡らされたガラスの向こうに見える影などから、現在に至るまで稼働を続けていたことがうかがえる。
「これも、レイモンドって人が……?」
「どうかしら。今使ってるのはそうだろうけど、明らかに一人や二人で用意できる規模の施設じゃないし」
「じゃあ、もともとこの島にあったって事ですか?」
「……でしょうね」
そうつまらなさそうに答えながら、閉ざされた扉の横に立ち、慣れた手つきで端末を操作する。何度かの操作音の後、ゆっくりと持ち上がってゆく分厚い扉の音に紛れて聞こえた唸り声に、少女らはそれぞれの得物を構えた。
「……そりゃ、ここを拠点にしてるならそうなるか!」
「なるべく時間は掛けたくないですね……!」
扉の向こうから姿を現したのは、村や地上で倒してきた怪物とは異なり、明らかに人の手が入ったであろう異形のもの。体表は甲虫のような光沢を放つ外殻に守られ、首の後や四肢に、チューブのような構造体が見えている。
こちらの姿に気付いた怪物の内数体が、先陣を切って襲い来る。
受け止めた攻撃が明らかに重さを増していることに気付いたのも束の間、少年の援護により態勢を立て直して、返す刃で複数体を一息に切り伏せた。
「ちょっと強くなったくらいで!!」
そして少女が行く手を遮る最後の一体へと接近したその時、化物が唸り声を上げ、その胸部が大きく開く。
「遅い!!」
何らかの攻撃を目論んだであろうその隙を彼女が見逃す筈もなく、大きく隆起した左腕と、その爪が開かれた胸郭へと突き立てられた。
殺意の込められた唸り声は苦悶の鳴き声へと変わり、やがて血を吹き出しながら
そうして進み続ける少女の後を追って走る少年の側面。視界の端に映った紅い影と、こちらに気付いた少女の放った声に慌てて姿勢を落とせば、その頭上を割れたガラスが飛び、一陣の風が舞い上がったガラスと、人のようなシルエットをした何かを吹き飛ばす。
「今のは……」
「新型っていうか、明らかにさっきのとは違うタイプだね……こいつも、法力そのもののダメージはあんまりないみたい」
「そんな敵ばかりですね……」
呆れた様なブリジットの物言いに同意を示しつつ、少女は何度目かの思索に耽る。既に二種類のものと接敵している、合成獣とでも形容できそうな大型の怪物や大量に現れた中型ギアのような何か、そして見慣れない
それらの存在が、一度妄想だと否定しようとした一つの仮説を再び浮かび上がらせる。
「……あの天才サマみたいに即席でスコア書ければまだ楽になったかしらね」
「どうしたんですか?」
「何でもないわよ」
大袈裟なため息を一つ吐き、少女は続く扉を開けて先へと進んでゆく。
(さっきのもそうだけど、明らかに
明らかに他の区画とは異なる金網の張られた扉。機械のような動作音を伴って開かれたそこから姿を現す赤黒い巨躯を睨み上げ、少女らは戦闘態勢を取った。
「大型ギアですか?」
かつて同じ聖騎士団に所属していた少女からの報せを受け、装備と人員を整えていた警察機構の青年、カイ=キスクは部下からもたらされた新たな情報に眉を顰めた。
「はい、南極大陸での目撃情報が複数件上がっております。活動状態で発見され、討伐しようとした賞金稼ぎも返り討ちにあったと……」
「よりにもよってこのタイミングでか……分かりました、イセネ島へ向かう救助部隊の指揮はあなたに任せます」
「南極へ向かうのですか?」
部下の問い掛けに微妙な表情を浮かべつつも肯定を示すように頷く。なるべくなら自分でイセネ島への救援も行いたいところではあるが、活動状態の大型ギアともなれば対処できる人間が限られてしまう以上、自分で対応するしかないと。
「敵意を持って戦う大型ギアが相手となれば私の領分です」
「……了解しました。では編成完了した部隊から順次イセネへと向かわせます」
「お願いします。先行しているノーティスからも法力への耐性が高い敵がいるという報告を受けています、警戒を怠らないでください」
そう言付けて、カイは執務室を抜けたその足で小型飛空艇の発着場へと向かうのであった。
「カイ様。小型飛空艇、準備出来ております」
「助かります」
「お一人で、行かれるおつもりですか?」
不安そうな視線を受けて、カイは飛空艇に乗り込む足を止める。そして事も無げに部下の方へと振り返って自信に満ちた笑みを返した。無謀と勇気は違うと。
「近隣の部隊に協力を要請しています。私一人で事に当たるつもりはありませんよ」
「それなら良いのですが……」
「それに、被害程度についてもいくつか気になる記述がありました。楽観視するつもりはありませんが、大型の猛獣などを勘違いした可能性もあります」
心配には及ばないと笑いかけ、青年は飛空艇の昇降ハッチを閉じて操縦席へと着座する。
そして、部下に見送られながら発進させた乗機の中で、法力通信を開くのであった。