Guilty Gear Xtension―ギルティギア エクステンション―   作:秋月紘

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長らくお待たせしてしまいましたが、
グラブルとかキルラキルとかあるし新作はしばらく先かなと思ってたら
突然PVが飛んできた上にグラフィックまで刷新され
Rev2時点でも十分ハイクオリティだったのが完全に石渡絵になってて
感情が色々オーバーヒートしたので更新します。推しの顔が良い。


第一章 上陸

 辺境の孤島『イセネ』。人口数千人足らずの小さな島であり、その立地と地形から、聖戦においてもギアの侵攻が及ばず平穏な姿を残していた数少ない地域である。その切り立った鋭鋒が近づくにつれ、かつての平穏とは明らかに異なるような静けさが感じられ、島へと向ける視線が険しいものへと変わってゆく。

 

「……船着き場、見える?」

「あれ、じゃないですか」

 

 船上からブリジットが指さした先に、木材で拵えられた簡易的な桟橋が見えた。

何事もなくその桟橋へとボートを横付け、手短に係留を済ませた二人は砂浜へと降り立つ。周囲をぐるりと見渡しても人の気配はせず、山間部を抜ける風か、はたまた化物(GEAR)のものなのか、唸るような音だけが静かな島に響いた。

 

「この辺りは特に何もなさそうね。……一番近くの村に行ってみよう」

 

 人の気配が感じられない静かな道を、二人連れだって歩いてゆく。一人は地図を片手に、まるで散歩でもするかのように淀みない足取りで。そしてもう一人は、愛用のヨーヨーを手に取り、周囲を警戒するように視線を走らせ、一歩一歩を踏みしめるように。

そうして進んでゆく内に、村の所在地を示す看板が見え、無意識に二人の歩くスピードが少しずつ上がり始める。

 そして、疎らに建つ家屋が視界に見え始めた辺りで、ノーティスが不意に足を止めた。

 

「ノーティスさん?」

「構えて」

「何を……」

 

 言いかけたブリジットの背筋を悪寒が撫でる。強張った声と悪寒に従い構えた少年の耳に、微かに聞こえる木の焼ける音。鼻を突く焦げ臭い風、空に立ち昇る黒煙の下にあったのは、化物の巣窟と化した小さな村であった。

少しの躊躇いを見せたブリジットの横を一陣の風が駆け抜ける。大剣を振るい複数のそれを引き裂いた少女は、振り返ることなく声を張り上げて少年を呼ぶ。

 

「ブリジット! 生存者の捜索と救助!」

「は、はいっ!!」

 

 爬虫類のようなフォルムに、甲虫を思い出させる外殻、肥大化した腕から伸びる鋭い爪。一見すると蜥蜴のようにも見える、自然に生まれたものとは到底思えない化物が、新たな獲物に気付いて四つの目を赤く光らせる。

そして、その両腕を振りかぶり、戦闘を避けて村の内部へと踏み込もうとしたブリジットを目掛けて襲い掛かった。

 

「このっ……!」

「行かせるかっての!」

 

 行く手を塞ぐように現れた敵を切り捨て、ブリジットの背後から飛び掛かる二つの影を目掛けて大剣を投擲。そして、飛来した鉄塊に甲殻ごとその身を砕かれ、地に伏した亡骸から得物を引き抜きノーティスは少年の後を追うように走る。

やがて村と呼べる規模の民家と共に見えてきたのは、かつての聖戦を思い出させるような惨憺たる光景であった。

 

「警察機構が調査隊の編成を進めてるって話だったけど」

「……正直、警察の人には見せられない状況ですよね、コレ」

「そうだね。……いっそ討伐隊でも組んだ方が良いんじゃないかってレベルだよ」

 

 吐き捨てた言葉は化物たちの咆哮や、苦悶の声に紛れ、誰の耳に届くこともなく消えてゆく。間髪を入れずに耳孔を叩く肉を裂く音や、掌を伝わる感触と、無意識に湧いてくる昂揚感を飲み込み、少女は注意深く周囲を伺う。

一体ごとの強さは取るに足らず、索敵の大部分を視覚に頼っており、明らかに他と異なる足音でも捕捉は出来ない様に見える。長引いても然程問題にならないとはいえ、それはあくまで人外であり、体力、精神力に余裕のあるノーティス自身にとっての話である。

 彼女とは違い、人間であり聖戦を経験していない賞金稼ぎであるブリジットとは、そもそものスタミナに絶対的な差が存在しているのだ。少年に彼女ほどの大きな力はなく、また、耐久力に勝る敵を延々と倒し続けられるような体力も、精神力も存在しない。

 

「ねえ……右手側の風車塔見える?」

「は、はい……彼処に?」

 

 であれば、と少女が指さしたのは石造りの小さな風車塔。扉や窓、外壁などの損傷も見られず、そして接触直後から数が減ったとはいえ未だに多く残る敵の姿を忌々し気に見渡し、少年は少女の問い掛けの意図に乗ることを決めた。

 

「窓は高層階だけだし多分内側から留められてる。扉もどうにかしてバリケードを作っちゃえばしばらくは休めると思うけど、どう?」

「賛成です。これからどうするにしろ、一旦落ち着いて状況を整理したいですし」

「じゃあ決定ってことで、道空けるから入り口までダッシュして。バリケード作ったら中でちょっと休憩しよう」

 

 言うが早いか、少女の両腕が大剣を振りかぶり、轟音を伴って包囲網に穴を開ける。その間隙を縫うように少年は駆け出し、自身を狙って襲い来る敵を捌いてどうにか入り口らしき扉へと到達した。扉を開き中を一通り警戒、敵の姿がない事を確認したブリジットはノーティスを呼ぶためにその声を張り上げる。

 

「急いでください!」

「分かってる!!」

 

 少年の声に応えるように少女は駆け出し、一気に扉の前へと躍り出る。そして、遅れて殺到する化物たちをひと睨みし、その剣を大きく抱えて体を弓なりに捻った。

 

「吹きっ……飛べえっ!!」

 

 瞬間。大剣から伸びるように放たれた風の刃が大地を裂き、瓦礫と共に異形を吹き飛ばし、頑強な甲殻ごとその肉を引き裂く。数秒の後、地面に残された爪痕や血痕、打ち捨てられた死骸を一瞥して少女は扉の中へと消えた。

 風車塔の内部は、乱雑に資材や食料品と思しき木箱が置いたままとなっており、視界の通りが悪い。放置されていた箱や棚の一部を扉の前に積み上げて小さく息を吐いたところで、吹き抜けの上部より先に隠れていた少年の声が聞こえる。

 

「ノーティスさん、大丈夫ですか」

「別に。掠り傷よこれくらい……それより、何か目ぼしい物はあった?」

「いえ、特には……」

 

 言いかけたブリジットの背後で、がたん、と一際大きな物音が響く。反射的に身構えたブリジットと、吹き抜けを跳んで上がってきたノーティスが物音の主を探すように視線を彷徨わせる。やがて金色の瞳が正体を捉えて、僅かながら緊張を解いた。

その彼女の反応に少年が抱いた疑問は、ものの数秒の内に氷解することとなる。

 

「生存者ね?」

「え?」

「……あ、アンタは……?」

 

 薄らと差し込む光に照らされた影は、やがて十代前半か半ばを思わせる少年の姿へとそのディテールを変える。泥や砂埃で汚れた服と体をそのままに、明らかな警戒を見せる少年の前へと歩み寄り、ノーティスはしゃがみ込んで視線を合わせた。

 

「私達は旅の賞金稼ぎ。外でウロチョロしてるあの化物を調べに来たのと、あとアンタみたいな生存者を探しにね」

「……本当に?」

「嘘ついてどうすんのよ」

 

 呆れたように息を吐き、少女は肩を竦める。やがて差し出した手をおずおずと握り、少年は促されるようにその重い腰を上げた。

 

「それで、何時から隠れてたわけ?」

 

 血の匂いに交じって鼻を刺す臭いに眉をひそめながら少女は問う。

臭いそのものの不快感は決して小さなものではなかったが、殊更に突いて空気を悪くする必要もないだろう、と考えてのことであったが、どうやら少年には気取られてしまっていたらしく、バツが悪そうに顔を俯けて、彼は消え入りそうな声で答えを返した。

 

「多分、三日位」

「よくバレなかったわね……」

「さっき戦ってた時もそうでしたけど、あまり嗅覚や聴覚は発達してないんでしょうか」

「並外れて鋭いってことはなさそう。それに船着き場から村まで襲われなかったし、制圧した村をそのまま縄張りにでもしてるんじゃないかな」

「アンタ達あの怪物と戦ったのか?!」

 

 大声を上げる口を慌ててその手で塞ぎ、ノーティスは戸惑う少年に厳しい視線をぶつける。戸惑う姿を余所に、扉や窓へと視線を巡らせ、ブリジットが小さく頷いたのを見てその手をゆっくりと放した。

 

「……ったく、大声出さないでくれる?」

「でも、聴覚が発達してないって」

「悪かったわね、ただの予想よ。それに聞こえないとは一言も言ってないけど」

「ノーティスさん」

 

 わかってる、そう答えて少女は未だ震える少年の頬に手を添え、自分の方へと振り向かせる。驚愕に見開かれたその瞳を見据え、彼女は落ち着いた声で、僅かでも手がかりを得るために少年に語り掛けたのだった。

 

 

 

「ふーん、本土から来た学者ねえ」

 

 壁際に積まれていた木箱のうち、一段低い場所にあるそれの上に腰かけ、地面に置いたバッグから小さな包みを取り出してその包装紙を剥がす。程なくして姿を現したシリアルバーを咥え、小気味よい音を立てて咀嚼しながら少年の説明に詰まらなさそうな反応を示す。

 

「二ヶ月ほど前にイセネに来たんだよ、聖戦で遺失した学術だとか、郷土史の復元だとかが専門って言ってさ」

「その時は何もなかったんですか?」

「そりゃ、急に余所者が来た訳だから村の連中もあんまり気は良くなかったよ。ただ、愛想は悪くなかったし、島じゃ誰も持ってない通信機器を持ってたもんだから……」

「ん、コレクトコールも居ない訳?」

 

 田舎で悪かったな、と不貞腐れる少年と、話の腰を折らないでください、とムッとした表情を向ける少年に頭を下げて続きを促す。

 

「食い物とかをやる代わりに、たまに本土にいる家族とかに連絡を取ってたんだとよ」

「へえ。で、それがなんだってこんな状況になってるの」

「俺だって分かんねえよ。ただ、ひと月くらい前から中央の村にもあんまり顔出さなくなったらしいんだ。何かすげー資料かなんかが見つかったって」

「……」

「……ノーティスさん?」

 

 何事か気になる内容でもあったのか、俯き考え込むように微かな唸り声を上げる少女。

やがてブリジットの問い掛けに答えて顔を上げ、薄汚れた格好のままの少年へと強張った声で呼びかける。

 

「その学者とやらの名前と、何処に住んでたかって分かる?」

「……ゴメン、直接会ったわけじゃないし、中央の村に行く事もあんまり無かったから」

「そっか。……どうする?」

「やっぱり、その学者の人について調べてみた方が良いかもしれませんね」

 

 確認を取るように質問を投げつけ、期待通りのブリジットの提案に頷いた少女は、一度木箱から降り、風車塔上部の窓から外の様子を伺う。

村の入り口から見た時から比べると明らかに減った化物達が、生き残りを全て排除しようとしているかのように、それぞれに建物の中に姿を消しては現れ、村の中を徘徊しているのが見えた。

 

「ナビ頼みたいんだけど、付いて来れそう?」

「お、お前等……ホントに島の中央に行く気なのか」

「状況が状況ですし、今の内に出来る事をやっておきたいんですよ」

 

 真面目な表情で呟くブリジットと、嫌なら置いていくけど、と感情の伺えない表情を浮かべているノーティスとをしばらく見比べていたが、やがて少年は諦めたように首を縦に振った。

 

「わかった。あそこなら、北にある寺院から洞窟に入って近道できる」

「近道?」

「この島山が多いんだよ、隣村に行くのに山沿いの街道越えなきゃいけねーんだ」

「……ブリジット、どう思う?」

「ウチ、ですか?」

 

 少女の問い掛けにうーん、と一つ唸り声を上げて考える。確かに少年の言うとおり、島の中心部に向かう方向には険しい山が見えており、その街道を通るとなれば時間が掛かるのも十分に予想できるところである。

とはいえ、少年の言葉を信じるなら彼の言う近道をこそ警戒している可能性の方が高いのではないか、という疑念が浮かび上がってくるのだ。

 

「できれば、安全な道を選びたいですね」

「それは同感。って言っても三日三晩引き籠ってた子をハイキングさせられないってのもあるんだよね」

「?……なんで山道の方が安全だって思うんだ?」

「首謀者が分ってないし、近道も別にアンタ一人しか知らない訳じゃないでしょ? 険しい山道を無視してショートカット出来るんなら誰だってそっち優先するわよ」

 

 ノーティスが淡々と告げた言葉になるほど、と納得を見せつつもやはり少年の表情は硬い。目の前にいる二人組の言葉が正しければ、彼女らを案内するためにあの化物達が闊歩するであろう場所へと同行しなければならないのだから。

 

「……」

「男のクセに、って言うには無茶苦茶な状況だからあんまり言わないでおくけど、一人で籠ってるよりは生き残れる可能性あると思うわよ?」

「わ、分かってるよ!」

「ウチ達がちゃんと守ってあげますから、ね?」

 

 自分より幾分か年上とはいえ、殆ど年齢が変わらないであろう少女らに庇護されては格好がつかない、そんな葛藤をありありと見せながらも、彼はしばしの沈黙の後ゆっくりと頷いた。

 

 

 

「どう?」

「追ってきません、ひとまずは逃げきれたみたいです」

 

 大仰な石造りの建造物の中へと駆け込み、周囲を警戒するノーティスと、彼女の後ろを追うように入口を抜け、すぐさま背後を振り返り外の様子を伺うブリジット。

 

「はぁっ、はぁっ……!」

「引き籠ってた割には良い根性してるじゃん」

「……そう、かよ」

 

 そして、二人の間で大きく体を屈ませ、肩で息をするようにその身を揺らす少年が一人。ノーティスの冗談めかした言葉にまともに対応する余裕もなく、ただおざなりな返答をして呼吸を整えることに意識を集中させていた。

 

「長居はしたくないし、すぐに移動することになると思うけど。最悪私が担いで行くからそのまましゃがみ込んでていいよ」

「分かった……」

「ノーティスさん、そっちはどうですか?」

「見た感じ人の気配は無いかな」

 

 ノーティスの返答を聞き、ブリジットは外へ意識を向けたまま二人の側へと戻ってくる。同じように建物の奥へ向けた視線を逸らすことなく、近づいてきたブリジットへと少女は声を掛けた。

 

「ひとまずコレの回復待ちね。二、三分ほど待って動こうと思う」

「その方が良さそうですね。敵の気配もありませんし、少し休憩しましょうか」

「悪い」

「代わりに色々聞きたい事あるから良いよ」

 

 剣を床に突き立て、ノーティスはすぐ近くの柱へと背中を預けたまま小さく息を吐く。刺すような視線に肩を竦めた少年を気遣うブリジットを気にする様子もなく、少女は淡々とした声でいくつかの問い掛けを始めた。

手始めに二か月前に島を訪れた男のことを、村でどんな研究をしていたのか。ひと月ほど前に姿を現さなくなってから、今の状況が起こるまでに何か変わったことは無かったか。男が興味を持っていたと思しき学術や郷土史、伝承などに心当たりはあるか。

 そうして一つ一つ疑問点を潰してゆく内に、朧気ながら事件の輪郭が見え始めたかと一瞬考えたが、不確定な情報の多さに頭を振って慢心を消す。

 

「ありがと、方針はこのままで間違ってなさそうね」

「……役に立てたんなら良かったけど、今のでなんか分かったのか?」

「分かるほどの情報は無かったですけど、少なくともその研究者の人が要注意だな、という判断は出来たっていう感じですね」

「まあそんな感じ。化物の原因もまだなんとも言えないし、とにかく中央の村に着いてからかな。その研究者とやらが探してた資料なんかもそっちにあるでしょうし」

 

 そう言いながら大剣を引き抜き、再び先陣を切るように少女は建物の奥へ視線を向け、一歩足を踏み出す。遅れて後を追い掛ける二人と共に、埃の薄れている方向へと慎重に足を進めて行く。やがていくつかの部屋を抜け、大広間へと繋がる門をくぐった直後、二人の足が止まり、ヒリついた空気に少年が気圧され立ち止まった。

 

「……ストップ」

「……背中は任せてください」

「お、おい」

 

 柱ごと吹き飛ばされるか一応抵抗するかどっちがいい? そう挑発するような言葉を部屋の奥へと投げ掛ければ、ガラガラと硬質の物が擦れ合う音がそれに答える。暫くの間をおいて姿を現したのは、バラバラになったマネキンの部品たち。

 警戒を崩さない二人とは対照的に、少年はガラクタと言って相違ないそれらを見て、小さなため息を吐き肩を竦めた。

 

「な、なんだよ、ただの人形じゃねーか。驚かせやがって」

「……」

「ほら、ホントに化物がまた出てくる前に早く行っちゃおうぜ」

「そうね」

 

 心なしか不安で早くなる少年の足に合わせるように、武器を構えたまま二人はガラクタの横を通り抜けようと駆け出す。

そして、少年の足が()()の横を通過する瞬間、微かに動いた影に少女の体は迷わず反応を起こした。

 

「え」

 

 風を切る音と衝撃、遅れて空を裂く轟音に思わず耳を塞いだ少年の視界を覆う砂埃。その隙間から一瞬だけ見えたノーティスの姿が再び巻き上がる砂埃の中に飲まれ、間もなく数度の破壊音が少年の鼓膜を叩く。

塞がれた視界の向こうで起こっているであろう剣戟に慄く暇もなく、遅れて飛び込んできたブリジットに手を引かれて少年は砂埃の中から抜け出した。

 

「大丈夫ですか!」

「え、あ、ああ」

「良かった、ノーティスさん!」

「オッケー、こっちももう終わった!」

 

 少女の声に続けて、煙っていた視界が一陣の風によって晴れる。砂埃の中から呆れたような表情を浮かべて出てきたのは、大剣をその手に提げ、木で形作られたマネキンの腕を詰まらなさそうに持って歩いてくるノーティスの姿であった。

 

「それ、さっきの人形、か?」

「そ。バラバラの状態で待機してて、近付いてきたり部屋を通り抜けようとした人間を奇襲して殺すのが目的って感じかしら。さっきのバケモノとは違ってただのマネキンを術式で制御してるみたいね」

「……それって」

「……まあ、そういう事でしょ」

 

 不愉快だと言わんばかりに眉根をひそめるブリジットに向き直り、小さく肩を竦める。双方ともにそれ以上の言葉は交わすことなく、少女らは大広間の奥、地下へと続く階段へとその足を踏み入れた。

 

(見覚えのない術式、材質からみても自律稼働系で間違いなさそうだけど……その割にスペルが複雑過ぎる)

 

 少女は眉間に深い皺を刻み、ゆっくりと歩きながら人形の残骸を弄ぶ。

 

(起動条件はそう複雑じゃない筈だし、じゃあ動きが変に滑らかだったのはこのスペルのせい? 全部の術式知ってる訳じゃないけど、それにしたって体系と噛み合わなさ過ぎるっていうか……)

「……なあ」

「ノーティスさん?」

「ん、何?」

 

 ふと気づけば、階段を先に進んでいたブリジットと少年の二人が怪訝そうにこちらの方に視線を向けている。

 

「ずっとその残骸を持って考え込んでますけど、どうかしたんですか?」

「ああ」

 

 これか、と手に持っていたそれを一つ二つ振り、少し考えた後にあっさりとそれを階段の外へと投げ捨てる。ノーティスの行動に驚いた顔を浮かべた二人に、大した事じゃないと笑い、少女は階段を下りる足を速めた。

 

「ちょっと気になることがあっただけ。後でまた別のマネキンから部品分捕って調べれば良いし、先急ごっか」

「は、はい」

「……おう」

 

 

 

 地下へと続く階段を抜けて、蔵として使われていたであろう一室へと三人は足を踏み入れる。最近まで使われていたのか、そこそこに手入れのされている室内を見回しつつ、少女は棚の一つに収められていた小包を手に取る。

 

「……行き止まりみたいだけど?」

「隠し通路があるんだよ。確か、この棚の裏だったっけな……」

 

 言いながら棚を触る少年を見つつも、合間に手に取った小包の封を切って開け始める。中身の保存食らしき個包装を確認してそれらをバッグに無造作に突っ込み、悪戦苦闘している少年を見て眉をひそめる。

 

「明らかに固定されてる感じだけどホントにあってんの?」

「そのはずなんだけどな……ほら、ここに目印あるだろ?」

「この×印ですか?」

「そうそう、この棚がスライドするようになってたんだよ」

 

 ブリジットの問い掛けに頷き、少年は再び棚を動かそうとして首を捻る。

こんなに重くなかった筈なんだけど、と呟く声に警戒心がゆっくりと頭を上げた。

 

「ちょっと代わって。ブリジットはこの子連れて部屋の入口で待機」

「……罠、でしょうか」

「かもしれないし、単純に塞がれてるだけって線もあるんじゃない。いったん試してはみるけど力技になるかも」

 

 そう言いながら固定されている棚をつま先で小突く。一通り棚の周囲を確認し、離れた二人が安全であろう場所に待機した事をみとめて、大きくその足を振りぬいた。

 少年の言葉のようにスライドする事もなく蹴られた棚は転倒し、重量を感じさせる衝撃音と共に砂埃を巻き上げる。棚の裏から姿を見せた壁とその周囲をノックし、反響音が違うという確認が取れた事で、隠し通路と思われる空洞の場所に間違いないのではないかと予想を立てる。

 

「せー、のっ!」

 

 再びの轟音。ガラガラと崩れて行く壁面の向こうから流れてくる風にピクリと眉を跳ね上げ、無意識の内に唇が小さな弧を描く。

 

「ビンゴ。罠は無かったわね」

「大丈夫ですか」

「全然。壁と棚が両方とも固定されてただけだったみたい」

 

 平然とした表情で剣を提げて答えるノーティスに、ブリジットが安心したように小さく息を吐く。しかし直後に流れてきた風の匂いに、少女たちは一様に怪訝な表情を浮かべた。

 

「ちっ……!」

「ウチの後ろに!」

「えっ」

 

 ブリジットが少年を庇うように立ち位置を変え、ノーティスが剣を地面へと突き刺し拳を構える。数秒と経たない内に聞こえ始めた唸り声と足音が大きくなり、殺意を湛えた咆哮へと姿を変える。

 

「喰らえッ!!」

 

 振りかぶり、振り下ろされた鉤爪を躱し、クロスカウンターの要領で握り締めた拳を振りぬく。腹部に空いた風穴に悲鳴を上げる化物を蹴り剥がし、地面から引き抜いた剣を流れるようにその頭部へと突き立てる。

何度かの痙攣を見せて動かなくなったそれを壁際に打ち捨てて、少女は二人へと声を掛ける。

 

「オッケー。さっきの血の臭いもコイツだったみたいね」

「……閉じ込められた人がいた、っていう事でしょうか」

「……さあ。外で人を殺した奴が反対側から入ってきたのかも」

「なあ、急ごうぜ。ずっとここに居ても同じように殺されるだろ」

 

 震えた声で呟く少年の言葉に頷き、二人は風の流れてくる方へとその足を進めて行く。やがて真っ暗な通路を抜ければ洞窟が広がり、そこには村で見たよりは少なく、しかし間違いなく力を持たない人間では逃げきれそうもない数の怪物がその赤い瞳を輝かせていた。

 

 襲い来る化物を屠り、戦えない少年を守りながら、風の流れる方向を辿って三人は洞窟の中を進む。しばらく同じような景色の中を歩いてゆく内に、風の匂いがわずかずつ不快な物へと変貌してゆく。

 

「血と……何、この匂い……」

「う……かなり酷いですね」

「まだ何かいるのかよ、ひょっとして……」

「ひょっとしなくても居るでしょうね」

 

 そして見えてくる明かりと、近づいてくる洞窟の出口。待ち伏せのない事を確認して出てきたのは、開けた入り江のような場所。鋭鋒に囲まれ外海へと出る路も狭く、島の内外両方から姿を隠す事が出来る空間。

 かつてここを拠点にしていたであろう船舶の残骸や、潮風に中てられて朽ちた木箱などの中心に、()()は存在していた。

 

 大きな三角の柱に、それぞれの面から生えた大きな三つの頭部。人の頭部にも見えるそれは、しかし明らかに人のものとは逸脱した大きさで、それぞれの目や口元を塞ぐような拘束具とそれに繋がる鎖が柱の表面を這っている。

 

「何、なんですか、あれ……」

「ギア?……いや違う、てことはさっきの化物連中も、いや……まさかそんなはず……」

「ノーティスさん!」

「ああもう分かってる! 嫌な予感しかしないけどとにかく構えて!」

 

 言うが早いか、三面の柱の顔の内、紅い紋様が描かれたディテールの無い仮面が声を上げる。遅れて鳴り始めた地響きにノーティスは少年を抱きかかえ、ブリジットはヨーヨーを構えて駆け出した。

 二人を追うように地面が隆起し、ギロチンのように壁が突き立てられてゆく。

 

「く、遠隔攻撃型ってわけ!?」

「上です!」

(コイツ、やっぱり……!)

 

 続けて聞こえた女の声。ブリジットの警告に従い上に視線を向けた直後、自身を目掛けて降り注ぐ巨大な氷の棘を躱し、少女は声を張り上げた。

 

「ソイツ等、多分一体の化物じゃない!」

「それって……!」

「人為的に複数の化物が合成されてる! 頭を全部潰さなきゃ多分死なない!!」

 

 物陰に少年を隠れさせ、少女は戦いへとその身を投げ出した。


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