『Aaaaa』
人魚さんはフランチェスカ曰く聖杯だという物体を食べた後、特に身体に異常は無いようでロボラマの背中に乗って遊んでいた。可愛い。
まあ、元気ならば別に良いのだが、こんな事で人魚さんに何かあれば俺も本気で母さんをリスキルし続ける所存である。
「ねーねー」
「なんだよ」
フランチェスカは何か思い付いたのか俺の裾を引っ張りながら問い掛けてくる。
「ナイアさんはカルデアにいるらしいから人理修復はやっぱり、あのカルデアのマスター達がやることになるんだよね?」
「そうなんじゃないか?」
「楽しみー! ちょっと前のイザコザで私あそこから出禁食らってるからね!」
「お前何してるんだよ…」
「いやぁ……私にちゃんとマスターの素質があるかどうか調べに行ったついでにちょっと深いところまで勝手に施設見学させて貰ったんだよ」
「へー」
「そしたらダ・ヴィンチちゃんに縛り上げられちゃってね。ナイアさんは好きにしていいって言ってたのにひどいよねー」
「ところでさ」
「んー?」
俺が首を傾げるとロボラマで俺の隣に乗り付けていた人魚さんとロボラマも真似て首を傾げる。
「カルデアって……何?」
ここ数年の疑問をフランチェスカにぶつけたところ凄まじくひきつった顔をされたのを記しておこう。
◆◇◆◇◆◇
フランチェスカによると人理継続保障機関フィニス・カルデア。カルデア、カルデアと呼んでいた施設の正式な名前らしい。
未来における人類社会の存続を保障する事が任務。魔術だけでは見えず、科学だけでは計れない世界を観測し、人類の決定的な絶滅を防ぐ為の各国共同で成立された特務機関という具体的に何をしているのかさっぱりわからない施設である。
「――カルデアに行く前にアトラス院にいたナイアさんが、カルデアの霊子演算装置・トリスメギストスを開発したんだって。その見返りに"ナイアさんが創設したSCP財団"のセクターをカルデア内に建設していてね! セクターカルデアに居るSCPを一目見ようとしたらダ・ヴィンチちゃんに捕まったの!」
話の殆どは専門用語だらけで全くわからないので俺は相槌を打つだけの機械と化していたが、とりあえずフランチェスカが一目見ようとしただけではないのは何と無くわかった。後、ちょいちょい出てくるダ・ヴィンチちゃんなるものが何なのか微妙に気になる。
「確かあの時開けようとした扉には"682"って書いてあったなー、中に何が居たのか気になるなー」
フランチェスカは指をくわえながら残念そうな表情を浮かべている。多分、捕まって出禁になるようなものなのだからろくでもないモノがいたのだろうな。
とりあえず、カルデアとやらが母さんが退屈しなさそうな施設だという事はよくわかったのでもうこの話はいいだろう。実際に行って見た方がいいな。
「ムフフフ」
「今度はなんだよ」
話を聞き終わるとフランチェスカは何やらしたり顔をしていた。
「えーとね。いっぱい話したから見返りが欲しいなーなんて」
「………………何が欲しいんだ?」
「わぁい! イブちゃん大好きー!」
どうせここで渋ったらごねるので受け入れる他無い。無論、とんでもない要求だったらベランダから吊るす。
「その人理修復の中でさ。やっぱり私も戦うことになるじゃん? というか戦えた方がいいじゃん?」
「まあな」
俺と違い、フランチェスカは一応、人類側なのでそれに越したことはないだろう。
「その時になったら私でもちゃんと戦えるような道具とか、魔術とかが何か欲しいんだよねー」
「あー……」
控え目にいってもフランチェスカはあまり戦闘向きの魔術師ではない。まあ、そもそも魔術師自体が戦闘向きというのが可笑しいが、それにしても純粋な強さという観点からすれば微妙な実力である。戦闘面という点に置いては、人間で上の下ぐらいの魔術師だ。過去に蒼崎橙子に30回程ブチ殺されるまでに1回くらいしか殺せてないのが全てを物語っているだろう。
とすると確かに何か渡してやってもいいかもしれないな。
「ふむ、そうだな……」
俺は暫く考え込む。この星の魔術と違い、魔力さえあれば発動可能なソトの魔術のひとつでも
とすると……アレとアレを渡せば良いか。道具でも良いそうだしな。
「よし、ちょっと着いてこい」
「わーい!」
『Aaaaa!』
フランチェスカだけでなく、何故かロボラマに乗ったままの人魚さんもロボラマが意思を反映したようにトコトコ歩いて着いてきているが、気にしない方向で行こう。ロボラマにライドしている今の人魚さんを名付けるなら人魚さん・ロボと言ったところか。
◆◇◆◇◆◇
所々の電灯を点けながら着いたのは家の地下室だ。扉を開くとひんやりとした空気と、魔力の残り香が肌を撫でる。
「イブちゃんの魔術工房……?」
「まあ、この星の魔術師風に言えばそうだな」
「随分、殺風景なんだねー」
「そりゃあ本来、俺には必要ないからな。ただの作業部屋みたいなもんだ」
『Aaaaa』
地下室は9m×9mくらいの部屋で、中央にある布の掛かった大きな物体がある事以外は、出入口以外の壁3面を棚が埋め、ぽつぽつと蓋のされた壺が床に乱立しているだけの部屋である。
「まあ、見てりゃわかる」
俺は中央にある布の掛かった物体から布を勢い良く取り去った。
そこにあったのは黒銀色をした直径2m程の大きな釜であった。中は奇っ怪な色をした液体状の魔力で満たされている。
「錬金釜だ。この部屋は高度な錬金術を行うための場所だな」
「え? 錬金釜ってドラクエの…」
「いや、どっちかと言えばアトリエの奴に近いな」
「うに袋ください」
「作れなくもないがフランさんが喜びそうなので作りません」
「けちー!」
『Aaaaa――!』
「うるせえ」
そんな会話をフランチェスカとしながら棚から材料の入った小瓶やら袋を取り出していく。
えーと……猫の足音、女の髭、岩の根、熊の腱、魚の息、鳥の唾液っと。
取り出した材料を何と無く吟味してから錬金釜に戻り、釜に放り込む順番などを考えてから全ての材を投入した。
「これら配置を考えつつどばーっと錬金釜に放り込んで、暫く煮立てます」
「煮るの!?」
「このままだとざっと48時間ぐらいだな」
「へぇ…」
「だが、そんなに待っていられないので触媒を投入してさっさと終わらせてしまおう」
俺は人差し指を口に含み、歯で指先を切り裂く。指先から滴った黒い血液を水滴垂らすと錬金釜の中身が急激にドス黒く染まると同時に中で何かが発生したのがわかる。
俺の血は魔術触媒にもなるのである。いや、どっちかと言えばこういう魔術に関する能力がメインなんだがな俺の血は。故に太古の魔術師に信奉されていたのだ。
錬金術が終わったので皮膚の裂けた人差し指を黒い水面に浸けると、俺の血液は吸い込まれるように指から体内へ戻り、液体魔力は元の色へと戻った。
そのまま中に形成されたモノを掴み取り、引きずり出す。俺の手に握られていたのは50cm程の黒鉄色の鎖だった。
「完成した。"
「へー、グレイプニルかー………グレイプニル…?」
俺はグレイプニル片手に少し辺りを見回すと人魚さんと目が合う。俺がニヤリと笑みを浮かべると、何か察した人魚さんは無表情でぶるりと身体を震わせた。
「折角なのでちょっと実演するか」
とりあえず人魚さんは一旦ロボラマくんから降りて貰って部屋の棚の無い場所に立たせた。それを確認してからグレイプニルに魔力を注ぎ込む。
『Aaaaa――!!?』
するとグレイプニルの片方が凄まじい速度と勢いでぐんぐん伸びていき、あっという間に人魚さんを簀巻きにするかの如く全身を拘束した。
「魔力を通せばこのように急激に伸びて敵を拘束する。更に追加で魔力を送り続ける事で……」
更に魔力を強めると人魚さんに巻き付いたままのグレイプニルの先端が枝先のように別れ、更に頑丈に人魚さんを縛る。あまりに幾重にも縛られているため、人魚さんはミノムシのようになっていて面白い。
「このように束縛を更に強める事が可能だ。ちなまに複数体を同時に拘束するように指定すると最初から先端が分裂して全体を拘束するぞ。まあ、1体を対象にした場合に比べれば遥かに性能は落ちるがな」
『Aaaaaaaaaaaaa――!!!!』
すると俺より遥かに筋力のある人魚さんはグレイプニルによる拘束をただの馬鹿力だけで鎖を粉々にしながら断ち切ったではないか。HUNTER×HUNTERのウボォーギンが人魚さんだったならクラピカは詰んでいたに違いない。
しかし、グレイプニルが人魚さんに破られることは最初からわかっていたので、追加で魔力を放ち、グレイプニルの能力のひとつを発動する。
「よし、ここでもうひとつの特性だ」
空中や、地面に散乱したグレイプニルの破片が意思を持つ蛇のように他の破片と連結、修復され再び人魚さんの全身に纏わりついた。
「ぶっ壊れても握る鎖に魔力さえ通せば幾らでも自己再生する。勿論、その間も魔力さえあればグレイプニルは更に伸びるのでこれの拘束から逃れるのは戦神だって難しいだろう。足止めにはもってこいだ」
『Aaaaaaaaa_!!!』
破壊しては絡み付かれる事を繰り返しているミノムシ人魚さんが何やら抗議の声を上げているが、命には全く別状は無いため、特に問題はない。本当に拘束するしか出来ないモノだからな。攻撃性能は完全にオマケレベルである。
「あー、でもちょっと絞める力が強過ぎるからただの人間とかには使うなよ? そのまま、絞め殺しちまうからな」
『Aaa!!』
「――!!」
「魔獣とかに使うのが望まし……イッタイ!?」
人魚さんが短く声を上げると、突然、ロボラマが俺の足を前足でげしげしと踏み始めた。見た目より遥かに性能の良いロボラマの蹴りは見た目からは想像できない程強い、というか痛い。どうやらロボラマはいつの間にか人魚さんに手懐けられていたようだ。
おのれロボラマめ! 誰が40万も出して買ってやったと思ってやがる! ご主人様は俺……あ、痛い痛いごめんなさい! もう止める! 止めるから!
◇◆◇◆◇◆
人魚さんの拘束を解き、人魚さんに一通りプンスカ怒られた後、フランチェスカにグレイプニルを渡すために目の前に立って顔を見た。すると何故か口をあんぐりと開けたまま完全に固まっているではないか。
「………………」
「おーい」
「………………」
「おーい、起きろ」
「…………ハッ!?」
「起きたな」
グレイプニルで頬をぺしぺし叩き始めたところでフランチェスカは元に戻ったようだ。ちなみにグレイプニルは元の50cm程の長さに戻っている。と、言うのもグレイプニルの本体はこれであり、魔力を通すと伸びる部分は全て魔力の産物だからである。
覚醒したフランチェスカは俺に詰め寄るとかなり口早に言葉を吐く。
「グレイプニルってあの北欧神話の奴だよね? フェンリルを繋いでた奴だよね!? 神代のモノだよね!?」
「うん、そのグレイプニル。昔、ドワーフから聞いたから製法知ってて、材料も揃ってたから今作ってみた。まあ、錬金釜でやっちまったから製法はアレンジしたけどな」
「いや、そんなやってみたみたいなノリで言われても!? ちょ…グレイプニルだよ!? グレイプニルなんだよ!?」
「別に大したものじゃねぇよ。結局のところ縛るしか能の無い
「贋作の製作者が魔術神イブ・ツトゥルなんですがそれは…」
なーに、良い酒でも渡せば
受け取ったグレイプニルを眺めながら呟くフランチェスカを他所に、戸棚から前に製作したモノを取り出すとフランチェスカの手に乗せた。
「後はこれだ」
それは白いバングルだった。見た目的には象牙のバングルに良く似ているだろう。
「やだ……こっちも明らかに宝具級…」
「カドモスの竜の牙で作った腕輪の魔術礼装だ。そこそこ強い"
竜牙兵は人間の達人を軽く殺せるぐらいには強いが、所詮その程度なのでな。過度な悪用も出来まい。
召喚されるナイト・ゴーントは俺が育てて来た奴らだから中々強いだろうが、何十回、何百回に一回とかだろうから大丈夫だろう。
「イブちゃんなんで
「俺がいつから生きていたと思ってやがる。まあ、その頃の身体は今はクレドの森に置いてある本体の方だったけどな」
「イブちゃんがミーハー過ぎて忘れてた…」
悪かったな威厳ゼロで。俺の本体のはもう少し威厳ある見た目だわい。
「なんかもうイブちゃんならなんでも作れそうだね…。ゲイボルグとか、エクスカリバーとかも…」
「両方とも製法も材料も知ってはいるから作れなくもないが、エクスカリバーは無理だな。何せあれは星の剣だ。作るには大量の星の光が必要だが、それをマトモに入手するには俺が地球と契約してタイプ・アースにでもならなきゃならん。そんなのはゴメンだ」
「材料さえあれば作れるんだ…」
「そりゃ、武器や道具ってモノは元を辿れば全て製作者がいるもんだ。神やら精霊やらドワーフやら人間やらに出来て、それらよりも高次元生物で、魔術神の端くれの俺が作れないわけないだろう? 仮に完全には出来なくとも極限まで近いモノを作る事も出来る」
魔術とは科学と比べられる概ね万能な力だ。魔術において出来ない事の方が少ないのはフランチェスカだって知っている事だろう。全くフランチェスカは何を当たり前の事を言っているんだろうな。
「まさか、この部屋にあるものって全部!?」
「ああ、概ね神代の素材だな。まあ、本当に貴重なモノはいつも異空間に入れて持ち歩いているから無くなってもそんなに困らないがな」
とは言え、流石に人理焼却で一時的に消滅するのは嫌なのでどうやってカルデアに送ろうかと考えていると、フランチェスカが床に立ち並んでいる壺のひとつに目を付け、それを持ち上げた。
「ねえ、待って。なにこのゴロゴロたくさん音がする壺? 何か"賢者の石"って書いてある貼り紙が見えるんだけど?」
「賢者の石だけど?」
「………………」
フランチェスカが遂に押し黙る。その様子をみて思わず俺は首を振った。
「おいおい、賢者の石なんてただの錬金術の中間素材だから。中間素材」
「魔術の 法則が 乱れる!」
言動と裏腹にフランチェスカの声色は何故か死んでいた。言った通りのモノを提供しているだけなのに、解せぬ。
「もう止めよう…イブちゃんと魔術とか神秘関連の話をすると途端に頭が痛くなる…」
そういうフランチェスカの影はいつもより大分小さく、何故か煤けて見えた。
いや、なんでさ。
~イブが作った道具(ランクは相当)~
魔性及び獣特性を持つ対象を無条件で拘束する魔狼フェンリルを縛り付けた呪鎖のレプリカ。複製品とは言ったものの製作者がオリジナルの製作者以上かつ、ほぼ同じ素材を使い、未知の技術をもってして製作された物体。オリジナルよりも強力でティアマトですら長時間縛り続ける事が可能(実証済み)。ただし、グレイプニルが貪り喰らうものは、縛っている対象ではなく、縛り付けている者の魔力なので、強大な相手を縛ろうとすればする程、雪だるま式に魔力を喰う。故に余程強大な魔力の持ち主でなければこの鎖を十全に扱う事は極めて難しく、直ぐにガス欠を起こす。故にフランチェスカへのイブなりの小さな嫌がらせである。
竜牙の腕輪:RankB
カドモスの竜の牙で作られたバングル。一定量の魔力を注げば竜牙兵を製造可能。この竜牙兵はイブ・ツゥトルの眷属の刻印が押されており、加護が与えられている為、ただの竜牙兵より性能が高めなイブ印の竜牙兵。ただし、製造過程で何かが混入したようで、たまにイブ・ツトゥルの眷属の
賢者の石:RankA+
錬金術におけるポピュラーな中間素材(※イブ・ツトゥル談)。ホムンクルスの原動力だったり、材料が人間の命だったりはしない。道具として使うのなら万能の願望機となり、予め蓄積された賢者の石の魔力を消費して願いを形にする事が可能。だが、性質上賢者の石の魔力を越える願い事を叶える事は出来ない為、あくまでも小さな願望機である。
これを丸々1個使って作る賢者のパイなる食べ物はイブの得意料理のひとつ。他にも暗黒パイとか、ドラゴンパイとかある。