ダンジョンに天パ侍がいるのは間違っているのだろうか   作:TouA(とーあ)

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12月2日、今週の土曜日ですね。
ヘスティア様のライブに行ってきます($・・)/

今回。
この作品初の1卍超え。あ、1万字超え。
ネタ無しのシリアス全開。いや待てこれシリアスかな?

取り敢えずどうぞ!!





戦争遊戯

「もぅ駄目じゃないベル君」

 

「す、すみません……エイナさん」

 

 

 僕はギルドでエイナさんに叱られていた。理由は昨日の打ち上げにある。

 

 

 + + + + + +

 

 

 昨日、僕とリリ、ヴェルフは【焔蜂亭(ひばちてい)】という如何にも冒険者の居酒屋!という雰囲気の店で中層の冒険の打ち上げをしていた。

 何時もの様に美味しい食事に舌鼓をうち、辛くも楽しかった冒険譚に花を咲かせていると、ある小人族(パルゥム)の冒険者が僕を冷やかした。

 

 

────嘘もインチキもやりたい放題の世界最速小鬼(レコードホルダー)はいいご身分だなぁ!

 

────あっ逃げ足だけは本物らしいな!昇格(ランクアップ)出来たのも、ちびりながらミノタウロスから逃げおおせたからだろう!?流石だな!

 

 

 冷やかしというより侮蔑だった。小人族(パルゥム)の冒険者の周りには其の冒険者を含めて同じエンブレムを付けた男が六人いた。皆が同じ様にせせら笑った。

 だが僕は不愉快ではあったけれど、口を閉じた。派閥同士の揉め事は避けた方がいいからだ。【ファミリア】のルールを入団直後から神様やエイナさんから叩き込まれている僕は、素直にその言いつけに従った────だが。

 

 

────知ってるか!?あの『小鬼(オルガ)』は他派閥(よそ)の連中とつるんでるんだ!売れない下っ端の鍛冶師(スミス)にガキのサポーター、寄せ集めの凸凹パーティーだ!

 

 

 僕が黙っておけば次の嫌味の矛先がヴェルフとリリに変わった。衝動的に立ち上がろうとした僕をヴェルフとリリは僕の服を掴み、首を横に振って制止した。気にするな、言わせておけ…二人の目はそう語っていた。

 だがその姿が気に食わなかったのか、徹底された無視が癪に障ったのか、次には彼等は大きな舌打ちの後に声を荒らげた。

 

 

────威厳も尊厳も無い女神が率いる【ファミリア】なんてたかが知れているだろうな!きっと()()()()()()()()()()()、眷属も腰抜けなんだ!!

 

────取り消せ。

 

 

 瞬間、視界に火花が弾けた。

 心は怒りに支配されていた。だがあくまでも冷静を徹した。その分、言葉に気持ちを乗せた。ふつふつと湧き立つ怒りが乗っていた。

 神様を────尊崇する己の主神を侮辱された。これ以上に屈辱的で激しい怒りを覚える事柄は存在しない。

 

 束の間酒場は静まり返っていた。僕の静かな怒りと漂う気配に目の前の小人族(パルゥム)の男は、怖気付いたのか、目に見えて怯えた素振りを見せた。けれど何とか嘲笑を纏い直し、震える声で続けた。

 

 

────ず、図星かよっ。あんなチビで“紐神様”が主神で恥ずかしくて堪らないんだろう!?

 

 

 抗う事の出来ない感情の波が全身を無意識に突き動かした。冷徹で在ろうとしたが、流石に我慢の限界だった。

 リリがいけませんっと声を荒らげる。その声を振り払い、目の前の小人族(パルゥム)の冒険者の胸ぐらを掴む。

 

 

────神様は“ヒモ”なんかじゃない!ちゃんとじゃが丸君を売ってるし、ヘファイストス様のところで働いてるんだ!!

 

────いやそっちィ!?そっちの“ヒモ”じゃないんだけど!?

 

────……………諸々取り消せ。

 

 

 冒険者のツッコミで噛み合ってない事を理解した僕は顔が紅潮しかるが、現状を省みて再び冷静になる事が出来た。

 だが彼等が神様を侮辱した事には変わりない。言葉のニュアンスからして神様を()()()()()で見ていることも判った。本心でないにしろ、誰かから言わされてるにしろ、僕の(はらわた)が煮えくり返っている事には変わりなかった。

 

 

────て、手を離せっ!

 

────謝罪が先だ。

 

 

 胸ぐらを掴む手首を内側に返して、更にキリキリと絞める。

 苦痛と恐怖に歪み始める顔を見た仲間の巨漢の男が僕に向かって拳を振りかぶった。

 僕は顔を逸らすだけでその拳を躱す。躱された巨漢の男は全身を使って拳を振りかぶっていた為、体制を崩した。僕は反対の手で巨漢の男の顔面を掴んだ。俗に言うアイアンクローだ。

 

 

────やってくれるな、『小鬼(オルガ)

 

 

 謝罪を拒む小人族(パルゥム)の冒険者は僕の圧に気絶し、巨漢の男は泡を吹いてダランと垂れた。僕は二人を出来るだけ優しく寝かせると、冒険者の仲間であろう美青年の男が僕にそう言った。

 其の男、茶色の髪は品良く纏められていて、色白の肌は女性の様にきめ細かく、金属のイヤリングを始めとした、様々な冒険者用装身具(アクセサリー)を派閥の制服の上に身に付けていた。

 

 

────僕達を侮辱したのは貴方達だ。相応の報いを受けさせたまでです。

 

────だが先に手を出したのは貴様だ、小鬼(オルガ)

 

 

 ちらほらと酒場の冒険者から目の前の美青年ヒューマンが【Lv.3】である事を話している。僕は未だに【Lv.2】。目の前の男性と差がある事は明白だったけど、引けなかった。引ける訳が無かった。

 

 

────では、こうしましょう。

 

────なに?

 

────ここで全てを清算する。

 

 

 僕がナイフを振り抜き、地を滑空するのと同時に美青年の冒険者は腰に携えてある波状剣(フランベルジュ)を抜き放つ。

 刹那の一瞬だけ視線が交錯し、銀閃走る剣閃がぶつかり火花が散る。

 

 

────バッゴォォォン!!

 

 

 僕達が次のモーションへ移るとき、【焔蜂亭】の端で蹴り上げられた机が宙を舞った。

 僕達が音の方へ視線を送ると、椅子に座りながらテーブルを蹴り上げた、灰色の毛並みを持つ狼人(ウェアウルフ)の青年がいた。

 

 

────雑魚の喧嘩は目障りだ。不味い酒が更に不味くなる……あァ暴れ足りねェんなら俺が相手してやるよ。こちとらマヨネーズが欠乏( イ ラ イ ラ )してんだ。

 

 

 師匠と同じファミリアのベートさん。忘れもない、僕を【豊穣の女主人】で散々罵った人。師匠の話で悪い人では無いことは知ってけど、苦手意識はまだ根強く残っている。

 青年は『興が冷めた』と言うと踵を返して帰って行った。最後に僕を冷めた視線で一瞥したけど。

 

 

 + + + + + +

 

 

 そんなこんなで侮辱されたとは言え、手を出してしまったのは僕だ。散々言われていた『他ファミリアと揉め事を起こすな』というルールを破ってしまった為、エイナさんに僕は叱られている。

 

 

「昨日ヘスティア様にこってり絞られただろうからあんまり言わないけど……今度から気を付けてね?約束だよ?」

 

「は、はい……」

 

 

 エイナさんから優しい忠告を受けた僕はギルドを後にする。エイナさんはいつもの様に僕を外まで送ってくれる。

 ギルドを出ると僕を待ち構えていたかのように二人の少女が姿を現した。

 

 

「ベル・クラネルで間違いない?」

 

「は、はい」

 

 

 気の強そうなショートヘアーの少女が尋ねてくる。頷くと、今度は後ろに控えている柔らかそうな少女がおどおどしながら歩み出てきた。

 

 

「あの、これを……」

 

 

 遠慮がちに差し出される一通の手紙。いや───招待状。

 上質な紙に封蠟(ふうろう)が施されており、差出人が判るように徽章が刻印されている。そして刻まれているのは、()()()()()()()()()()()

 このエンブレムは昨日にひと悶着起こしたファミリアと同一だ────【アポロン・ファミリア】。射手と光明を連想させる弓矢と太陽のエンブレム。

 エイナさんが耳打ちで、恐らく僕より年上の二人の事を、吊り目の少女が“ダフネ・クラウス”さんで“カサンドラ・イリオン”さんである事を教えてくれた。二人共【Lv.2】の第三級冒険者だという。ちなみに僕が剣を交えた美青年の人は“ヒュアンキントス・クリオ”といって【アポロン・ファミリア】の団長だったらしい。

 

 

「アポロン様が開く“宴”の招待状で、です。べ、別に来なくてもいいんですけど……」

 

「必ず貴方の主神に伝えて。いい、渡したからね?」

 

「わかりました」

 

 

 訝しみながら了承するとダフネさんたちは身を引いた。それ以上、話すこともないのだろう。短い髪を揺らすダフネさんは僕を見て去り際に呟いた。

 

 

「ご愁傷さま」

 

 

 ダフネさんはそれ以上何も言わなかった。

 僕はエイナさんと立ち尽くしながら、手元にある招待状を見下ろした。

 

 

 

 × × × × × × × × × × × × × × × ×

 

 

 

 馬車が止まる。

 馬の嘶きが響く中、高級な作りの扉を開いて、一人先に外へ。

 着慣れていない礼服───いわゆる燕尾服を身に纏う僕は、これまた上品な革靴を鳴らして地面に降り立った。

 ぎこちない動きで振り返り、次に降りてくる少女───ヘスティア様に手を貸す。ヘスティア様は僕と同じ様に正装のドレスで身を包んでいる。

 

 

「ありがとうベル君。ちゃんとエスコートできるじゃないか」

 

「いえ……」

 

 

 僕と神様は、結局アポロン様の宴の招待に乗った。諍いを起こしてしまった負い目も相まって、だけど。

 この燕尾服。僕が着るとまるで田舎の人が背伸びした様にしか感じない。やっぱり僕は()()()()()()()()()のだと痛感した。

 

 

「大丈夫だぜベル君。似合ってるよ」

 

 

 そう鼻を抑えながら言ってくれる神様の言葉を疑うわけじゃないけれど、年相応ってのがあると思う。

 話は変わってアポロン様の開く『神の宴』。普通は神様だけが参加なんだけど今日は趣を変えて眷属の一人を同伴させることになっていた。ヘスティア様は僕を、ミアハ様はナァーザさんを、タケミカヅチ様は(ミコト)さんを精一杯おめかしして連れて来ていた。豪奢な玄関ホールを抜け、大広間へ来るとヘルメス様とアスフィさんが。ヘルメス様は緊張している僕や(ミコト)さんに話し掛けてくれて、解してくれた。

 

 

『諸君、今日はよく足を運んでくれた!』

 

 

 人と神が多く集まると高らかな声が響き渡った。

 日の光を放つブロンドの髪は、まるで太陽の光が凝縮した様に煌々と艶がある。口元に浮かべている笑みも眩しく、その端麗な容貌は男の僕でも目を奪われてしまう。頭の上には緑葉を備える月桂樹の冠、左右には男女の団員を控えている───あれがアポロン様だろう。

 

 

『多くの同族、そして愛する子供達の顔を見れて、私自身喜ばしい限りだ────今宵は新しい出会いに恵まれる、そんな予感すらする』

 

 

 客席を見渡していたアポロン様の視線がこちらを射抜いたような気がした。

 僕はその視線が意味する事が何なのか判らない。だが何だか不快であった事には変わりなかった。眉をひそめ、怪訝な表情を見せると神様が心配そうにこちらを覗き込んだ。大丈夫です、とそう伝えた。

 

 

『今日の夜は長い。上質な酒も、食も振る舞おう!是非、楽しんで行ってくれ!!』

 

 

 アポロン様はその言葉を最後に両手を広げた。呼応する様に男性の神様達が歓声を上げる。沢山の人が洒落たグラスを掲げ合い、たちまち大広間は騒がしくなった。

 ファミリア同士の禍根を残しておきたくない僕と神様は後々アポロン様のところへ伺うことを決めて、今は取り敢えずこの宴を楽しむことにした。

 

 暫く美味な料理に舌鼓をうち、話したことが少ない神様達と談笑していると、ざわっっと広間の入り口から大きなどよめきが起こった。

 

 

「おっと……大物の登場だ」

 

 

 ヘルメス様がおどける様に言う。人込みの奥にしせんをとばすと、何が騒ぎになっているのか、一瞬で理解してしまった。

 

 

「あ、あれって……」

 

「フレイヤ“様”だよ、ベル君。【フレイヤ・ファミリア】の名前は知っているだろう?」

 

 

 僕はヘルメス様の言葉に頷く。

 その【フレイヤ・ファミリア】は師匠が所属する【ロキ・ファミリア】と並ぶ最強勢力の派閥。オラリオの頂点に君臨するこの二強の派閥は迷宮都市の双頭と比喩されるほどだ。

 フレイヤ様の登場を境に、場は一気に盛り上がった。それほどまでに彼女は美しい。銀の双眸を持つ美貌も、大きな胸やくびれた腰を閉じ込めた天の衣の様なドレスも、一つの動作でさえも、沢山の視線を釘付けにしている────でもなぜだろう?

 

────フレイヤ様はどこか師匠と同じ臭いがした。

 

 それについては一向に説明が出来ない。ただそう思った、それだけだ。もしやフレイヤ様は師匠と同じで見た目に反して()()()()()()()()。まさか美神であるフレイヤ様に限ってそんなことは無いだろうけど。

 

 

「久し振りね、ヘスティア。神会(デナトゥス)以来かしら?」

 

「っ……やぁフレイヤ、何しに来たんだい?」

 

「別に挨拶をしに来ただけよ?珍しい顔ぶれが揃っているものだから、足を向けてしまったの」

 

 

 そう言ってフレイヤ様は僕達の側にいる男神、ヘルメス様、タケミカヅチ様、ミアハ様に流し目を送った。

 蠱惑的なその視線に、ヘルメス様はあっという間にデレデレし出し、タケミカヅチ様は軽く赤面しつつ「おほん」の咳払い、ミアハ様は「今宵もそなたは美しいな」と普通に褒めた。

 

 

「ぐあっ!?」

 

「うっ!?」

 

「ぬおっ!?」

 

 

 まぁ直後に眷属である女性達に足を踏まれ、(つね)られ、打撃されていたけれど。まったく……少しは女心を男の神様達は察しないと。まっ僕は師匠に鍛えられているから察せるけどね!

 

 

「痛っ!」

 

 

 心で誇っているとヘスティア様からツインテビンタをされた。何で?

 口を尖らせてぶーぶー言う神様を他所にフレイヤ様は僕を見て、優しく微笑む。するりと手が伸びて来て僕の頬を撫でる。

 

 

「今夜───私に夢を見させてくれないかしら?」

 

「見せるかァ!」

 

 

 僕の代わりに神様が吠える。頬を撫でている手をツインテで叩き落とし、真っ赤になって激昂した。

 神様は早口でフレイヤ様にまくし立てているけど、途中から僕の悪口になっているのは気のせいだろうか?師に似て鈍感だの、唐変木だの、褒められてはいないな。うん。

 

 

「あら残念。ヘスティアの機嫌も損ねてしまったようだし、もう行くわ。オッタル」

 

「はい」

 

 

 ヘスティア様の反応をひとしきり楽しんだフレイヤ様は側にいた従者に声を掛け、僕達に背を向けた。従者はニM(メドル)を超えており、手には一杯のスルメが……ん?スルメ?何でスルメ?

 

 

「よぉードチビ。早速色ボケにちょっかい出されたなぁ」

 

「ロキ!?」

 

 

 ヘスティア様が叫んだ先、そこには男性用の正装をした朱髪の女神様がいた。

 そしてその隣には。

 薄い緑色を基調にした美しいドレスを身に纏った金髪金眼の少女───アイズさんがいた。着慣れていないのか、とても恥ずかしそうにしている。

 

 

「ぁ……」

 

「………!」

 

 

 おとぎ話から飛び出したお姫様の様なアイズさんの姿に目が離せない。

 薄い緑のドレスは胸元と背中が開き、そのほっそりとした肩まで剥き出しになっていた。精緻な刺繍や装飾が施されていて、恐らく衣装作製を主導したであろうロキ様のお金と熱意が伝わってくる。

 金の長髪は一部を結い上げながら、背中の半ばまで降ろしている。頬の染まった可憐な相貌に細い首筋、谷間を作る胸、細い腰から広がっていくスカートまで。

 

 

 可愛い。異論は認めない。

 

 

 冒険者でも剣士の姿でも無い、女の子としてのアイズさんがそこにいた。

 目が合うと、少しだけ声を漏らして、すすすとロキ様の体の陰に隠れた。小さくもじもじと体を揺らしているのがわかる。

 

 

「ふーん、その少年がドチビの眷属()で銀時の弟子か……」

 

 

 暫く固まっている僕にロキ様は朱色の瞳を向けた。思わず口を噤んでしまう。ジロジロと無遠慮に見られ、少々居心地の悪い時間が続いた。

 

 

「おいドチビ」

 

「何だいロキ」

 

「この子、ウチがもろうてえぇ?」

 

「いいわけ無いだろっ!?」

 

 

 突拍子にそんな事をロキ様が言うものだから僕は言葉の意味がよく分からなかった。暫くしてとんでもない事を言われているのだと理解するとあわわわと頭の中がぐるぐる回り始めた。

 

 

「だって小さい頃の銀時とそっくりやん!その銀時より純粋やん!めっっっっちゃ可愛いやん!!」

 

「だからって駄目に決まっているだろ!?可愛いことは同意だけど!同意だけども!───ってあぁっ!?」

 

 

 僕はロキ様に引き寄せられ胸元で抱き寄せられた。ゴチンっと……虚しい音が響く。柔らかいけど固いという未開な感覚に僕は戸惑った。

 他の神様達がその様子に涙ぐむ。だけどヒートアップしているロキ様と神様はその様子に気付いた様子は無かった。

 

 

「離せこのまな板ァァァァ!!」

 

「うっさいわこの脂肪の塊ィィィィ!!」

 

 

 結局、神様をヘファイストス様達が、ロキ様をアイズさんが羽交い締めにするまで僕は解放されなかった。

 

 

 

 × × × × × × × × × × × × × × × ×

 

 

 

 

 神様達やアイズさんが二人の神様を宥め終わると、タイミング良く音楽が流れ始めた。田舎出身の僕でも聞いたことがある舞踏会とかでよく流れる曲だ。

 楽隊の素晴らしい演奏が満ちる大広間は薄暗くなっていた。天井にある魔石灯の光は抑えられ、唯一ダンスホールとなっている広間の中心だけが、月の光に照らし出された様に明るくなっていた。他の神様達はその中央で神様同士や眷属と美しく舞っている。

 ヘスティア様とロキ様はお互いぷんすかしながら逆方向の食べ物を取りに行った。残されたのは……僕とアイズさんのみ。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 気まずい。話したいことは沢山あるんだけど話せない。いや、何を話したら盛り上がるかとか色々考えたら何も言葉が出ないのだ。情けないです本当に。

 

 

「あのね」

 

「…へ?は、はいっ」

 

 

 見かねたのかアイズさんが声を掛けてくれた。あまりの情けなさに顔が紅潮する。師匠なら上手くやるんだろうなぁと思う。

 

 

一昨日(おととい)ね、銀ちゃんの誕生日会をやったの」

 

「し、師匠の?」

 

「うん。私は赤飯とか特製のじゃが丸君とか作ったんだ」

 

 

 アイズさんの話によると師匠の誕生日は一ヶ月ほど前であったらしい。だけど遠征と被ってしまったせいで祝えなかったそうだ。だから丁度一ヶ月後の一昨日に誕生日会をしたんだと嬉しそうに語っている。

 

 

「でもね、銀ちゃん酔い始めると……『やっちまった、やっちまったなぁ…ヤッちまったよぉ………』しか言わないの。どうしたの?って聞いても答えてくれなくて」

 

「そ、そうなんですね。何かあったんでしょうか?」

 

 

 そう言えば打ち上げ前に寄った『豊穣の女主人』で会ったリューさんも機嫌が悪かった様な……気のせいかな?

 僕とアイズさんの共通の話題は、それこそ冒険者である話と師匠の事しかない。共通の話題がある事は嬉しいけど、何だかそれが……とてもとても嫌だった。

 

 僕とアイズさんが話すのは“サカタ銀時”という一人の男の話題のみ。僕の会話の引き出しが少ないから仕方ないのかもしれない。でも僕は…僕は……!

 

 

 

「アイズさん」

 

 

 

「…ん?」

 

 

 

 隣から正面へ。彼女と向き合う。

 頭を下げ、大きな心臓の高鳴りと一緒に手を差し出す。

 

 

 

「僕と……私と踊って頂けませんか?」

 

 

 

 もしかしてこれが“嫉妬”というものなのかも知れない。

 とても醜い。僕とアイズさん(意中の人)の関係の間には“サカタ銀時(敬愛する師匠)”が居る。でも今、彼女の目の前に居るのは────僕だけだ。

 

 

 

「………喜んで」

 

 

 

 ドレスを纏うアイズさんは頬をうっすらと染め、微笑んだ。

 そっと重ねられた彼女の細い指を、勇気を振り絞ってぎゅっと握る。

 指を絡ませた僕達は、ダンスホールとなっている広間の中心へ赴いた。

 激しい鼓動が伝わってしまわないだろうかと気になりながら、滑らかな動きで踊り舞う男女の輪に加わる。左手は握り合ったまま、おそるおそるほっそりとした腰の辺りに右手を回すと、アイズさんも僕の方に手を置いた。

 

 

───その夢の様なひとときは。

 多分、僕の中で女の子に一番勇気を振り絞った瞬間で。

 拙かったけれど、一番頭と体を動かす事を考えた一瞬で。

 

 

 

「ダンスを踊ったのは、これが初めて……」

 

 

 

 彼女との初めてを一緒に共有出来た幸せな片時で。

 若輩な僕が少し大人びた事をした長い人生の僅かな瞬刻で。

 

 

 

「だから、嬉しい………ありがとう」

 

 

 

 凛々しい彼女の表情から零れ落ちた、幼い少女の笑顔を。

 きっと【剣姫】なんかじゃない、本当の彼女を見れたひとときで。

 

 

 

 少しだけ“(おとこ)”になれた刹那の一瞬だった。

 

 

 

 

 

 × × × × × × × × × × × × × × × ×

 

 

 

 

「諸君、宴は楽しんでいるかな?盛り上がっているようならば何より。こちらとしても開いた甲斐があるというものだ」

 

 

 いつの間にか音が止み、アポロン様を中心に円が出来上がる。

 適当な言葉を並べたあと、アポロン様はヘスティア様に目を向けて口を開いた。

 

 

「遅くなったが……ヘスティア。先日は私の眷属()が世話になった」

 

「……あぁ、ボクの方こそ」

 

 

 笑みを浮かべているアポロン様に、ヘスティア様は返事をしつつ怪訝な表情をする。

 ひとまずことを荒立てないように神様が話をつけようとすると、アポロン様は最初からみなまで言わせず、発言を被せてきた。

 

 

「私の子は君の子に重症を()()()()()。代償をもらい受けたい」

 

 

 はて?僕は【アポロン・ファミリア】の人に重症を負わせただろうか?答えは否だ。まぁトラウマにはなったかも知れないけれど。

 言いがかりにも程があるし、何よりあちらが被害者ヅラなのが受け入れ難い。

 アポロン様が指をパチンッと鳴らすと、あの時の小人族(パルゥム)が全身を包帯でぐっるぐる巻にしたミイラ状態で出て来て、そして堂々と呻いた。

 

 

「痛ェ…痛ェよぉ!」

 

 

 アポロン様は更に証人がいる、と言う。もう一度指を鳴らすと団員や神様達が現れた。出来過ぎている事は言うまでもない。

  ヘファイストス様が訴えたが、軽く一蹴する。証人(笑)がいて、且つ全員がアポロン様の味方だとするのならば、それはやった、やってないのいたちごっこに過ぎなかった。

 そう考えているうちに神様とアポロン様の口論がヒートアップしていく。とは言え、アポロン様はどこまでも涼し気な顔だけど。

 

 

「ヘスティア、どうあっても罪を認めないつもりか?」

 

「くどい!そんなもの認めるものか!」

 

 

 

「ならば仕方無い。ヘスティア、君に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を申し込む!」

 

 

 

────戦争遊戯(ウォーゲーム)

 それは対戦対象(ファミリア)の間で規則を定めて行われる、派閥同士の決闘の事だとエイナさんに聞いた事がある。眷属を駒に見立てた盤上遊戯(ボードゲーム)のごとく、対立する神と神が己の神意を通す為にぶつかり合う総力戦なのだと。

 

 言わば、神の代理戦争。

 

 勝利をもぎ取った神は敗北した神から全てを奪う、命令を課す生殺与奪の権利を得る。通常ならば団員を含めた派閥の資財を全て奪うことが通例だと……エイナさんに教えて貰った知識を鮮明に思い返す。

 

 

「ヘスティア────我々が勝てば君の眷属、ベル・クラネルをもらう」

 

「最初からそれが狙いかっ……!」

 

「ヘスティア、答えは?」

 

「受ける義理はないな!」

 

 

 そうアポロン様は言い放つと、欲望だけを一途に煮つめた様な、そんなおぞましい笑みを浮かべた。

 ぞっっと寒気がした。ミノタウロスやゴライアスとは違ったベクトルの猛烈な悪寒。それがアポロン様から発されていた。

 

 

────ふぅ。

 

 

 僕は心の中で息を吐く。僕もヘスティア様も一度思考をリセットしなければならないとそう思った。

 だから僕は【アポロン・ファミリア】の小人族(パルゥム)の冒険者である…確かルアンと言ったっけ?ルアンさんのもとへ歩き出した。

 

 

「なっ何だよ!」

 

「余ってませんか?包帯」

 

「……へ?」

 

 

 ルアンさんは呆けた顔で僕を見つめた。はっと我にかえるとおそるおそる僕の伸ばした手にボケットから出した包帯を置いた。ありがとうございます、と呟くと僕は次にアイズさんのもとへ歩き出した。

 

 

────左目に包帯を巻きながら。

 

 

 ロキ様の横に並び立つ、僕とあまり変わらない身長のアイズさんの正面に立つ。

 アイズさんは首を傾げる。僕は包帯を左目に巻き、留め終わるとアイズさんにゆっくりと微笑んだ。

 

 

「アイズさん、長手袋を貸して下さいませんか?」

 

「………っ!…いいよ」

 

 

 想いに応えてくれる様にアイズさんも微笑んでくれた。少しだけぎこちなかったけれどそれだけで十分だった。

 ありがとうございます、と僕が目を見て言うとアイズさんは何かを言い掛けて口を開いたけど、直ぐに閉じた。ただ目だけが『頑張れ』って言ってくれていた。

 神様の横に立つ。目の前には欲に歪んだアポロン様の醜態がある。だがそれは神が神たる由縁なのだと思う。

 

 

「もう一度問おう、ヘスティア。答えは?」

 

「ボクの答えは─────」

 

 

────バシッ!

 

 

 アイズさんから手渡された長手袋を、僕はアポロン様の顔目掛けて渾身の力で投げ付けた────まぁ横に控えていたヒュアンキントスさんに防がれたけど。

 

 

「悔悛していないのか、貴様は」

 

「反省はしても後悔はしねェ主義なんで。それに仲間を、神様(家族)を侮辱されてノコノコ帰れる訳あるめェよ…何よりそんな奴ァ “(おとこ)”でもねェ」

 

 

 ヒュアンキントスさんと僕の口角が上がる。

 神様は僕の様子を見て目を丸くしているが、僕の意見に反対はしないようだ。

 アポロン様は僕達の様子を見て、にいっと口端を引き裂いた。そしてこの宴の初めと同様、両手を開き高らかに宣言した。

 

 

「双方の合意はなった───諸君、戦争遊戯(ウォーゲーム)だ!!」

 

 

『いぇぇぇえええええええええええいいいいい!!』

 

 

 

────戦争遊戯(ウォーゲーム)まで残り一週間。

 

 

 

 

 

 

 




どうでしたか?久々にベルを格好良く、且つジャスタウェイを投げたくなる一話になったと思います。

次回予告。

『ヴェルフがやられた!?』

『このひとでなし!』

『な?ヴェルティン』

『いや誰だァァァァ!』

『止まるんじゃねぇぞ……』


次回ご期待下さい!感想や評価お待ちしてます!!

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