約半年も間が空くと、ほとんど失踪したも同然と捉えられる訳ですが、まだ続ける意欲があります。これまでも仕事の多忙を理由にして来ましたが、更に過労状態になるとは思いませんでした。
仕事が大炎上していたため、日付が変わる頃まで働いて、少しばかり艦これをやって寝る生活が続いてました。昨今、コロナ禍が世間を騒がせておりましたが、私には全く関係がなく、電車が空いている事くらいしか変化がありませんでした。
愚痴はともかく、仕事帰りにやる艦これだけが癒しの状態でしたので(春イベが菱餅で良かった…)艦これの存在の大きさに改めて気が付かされた次第です。
さて、間が空き過ぎて何の話だったかというレベルかと思いますが、五水戦を得て戦力拡大に成功したところですね。(読んで下さっている方がいればですが)
鎮守府の士官食堂で朝食を食べる。
安いし作る手間がいらないので重宝している。あまり食事に頓着しない質であるため、少し前までは作業でしか無かったが、今は気を休める事の出来る良い機会となっている。
「司令官!おはようございます。隣よろしいでしょうか」
「いいよ。今日もハネてるぞ」
三日月がトレーを持って掛け寄って来る。寝癖かよく分からないが、今日も頭髪がハネていた。俺の目線に気がついた三日月が頭を抑えた。何度抑えても直る気配はない。
「いつもですので…」
「そうか」
「あ、あの、おはようございます」
名取も寄って来た。食堂の端で一人で食べていたため、一緒に食べないかと誘ってから一緒に食べている。まだ気を許してくれる気配は無いが、少なくとも味方だとは思ってくれているようだ。
三人で取り留めの無い会話をしながら食べていると、壮年の軍人が側を通った。
「君の所は仲が良くていいなぁ」
こちらを眺めながら東雲提督が隣のテーブルに腰掛けた。
一人で食べるつもりらしい。
別に珍しくもないが、どこか寂しそうな表情をしているので気になって声を掛けた。
「提督の秘書艦は"赤城"でしたよね」
「そうだが…。あいつらと一緒に食事などしたら破産してしまうよ」
「破産?」
「あいつら大盛りなんて物じゃないからな。俺の方から避けてしまっている。"赤城"も"加賀"と一緒に食べた方が楽しいだろう」
「はあ…」
思わぬ理由に返す言葉が無かった。
「赤城さんの大食は有名ですもんね」
「ええ」
三日月と名取は納得顔で頷いている。どうやら知らないのは俺だけらしい。
艦娘部隊揺籃期から戦っている麗しい武人だと思っていたが、そんな顔があったとは。
「それより、軍令部からの発表は聞いたかね」
「はい」
「君の所、かなり兵力が増えたな」
「お陰様で。先日はお力添えありがとうございました」
「いや大した事ないさ」
俺は東雲提督にも助言を頼んでいた。クビが飛ばなかったのは影響力の強い彼のお陰でもある。
「今回の増備は君の実績が認められている証拠だ。俺も応援するよ」
「ありがとうございます」
「ますます君の補給路と妖精パイロット育成は重要になりつつあるな。今度の大規模攻勢でも頼りにしているよ」
「はい」
彼はそう言って空のトレーを下げて行った。いつの間にか食べ終えていたようだ。
大規模攻勢で俺を期待されても困るが、社交辞令の様な物だろう。俺も残りを食べ終え、三日月と名取の二人を連れて執務室へ向かった。
始業までまだ時間があったため、新聞でニュースをチェックしておく。
トップ記事では国会で承認された補正予算について報じられていた。内訳は防衛費が4割を占めているとの事。もちろん、ASEAN各国の防衛負担費による歳入を含めたものだが、軍事国家へ傾いて行く現状を憂いる論調だった。
ここ数日、国会議事堂前でデモが続いており、彼らは防衛費を社会保障に回す様に主張している。国を守らなければ社会保障も何も無いのだが、熱さは喉元を過ぎ、戦いは遠い国で行われているというイメージが付いてしまっている事が彼らをデモに掻き立てるのだろう。まあ俺は軍人であるため国の方針に従うまでだ。
一方経済面では、「特需景気再び」と報じている。海上輸送路断絶による輸出入の停止で衝撃を受けた産業界も、米国との連絡途絶、中国の政情不安によってメイドインジャパンの地位が復活しつつある。さらに、沈んだ船舶の穴埋めや、兵器の生産で造船、重工メーカーが成長。欧米の航空機メーカーからの機材購入が不可能に近くなった事を踏まえ、軍民両方の航空機製造に乗り出した自動車メーカーも好調だ。平成末期の実感を伴わない好景気に比べ、日々復興と成長を感じる今の方が景気は良く感じるものらしい。ただし、嵩む復興費用や戦費を戦時国債や諸外国の援助で賄っているため、財務的にはよろしく無いとも書かれていた。
自衛軍が軍拡を嬉々として受け入れている現状も、裏側を見ると手放しで喜べない訳だ。航空隊と水雷戦隊の増備で喜んだ俺もその一人であるから、偉そうには言えない。しかし、求められる仕事量に対して部下が足りないのだから仕方がない…と前向きに考えておく。
「難しい顔をしていますね」
気が付くと、名取が俺の顔を覗き込んでいた。俺と目が合うと、一歩飛び退いて目を反らした。
「あの、そろそろ朝礼を…」
「もうそんな時間か」
新聞に集中し過ぎていた様だ。世間とは隔離された環境にいるから、外の情報に夢中になってしまったのだろう。司令部スタッフが待つ隣室へ向かった。
「全員敬礼!」
第七艦隊の士官、兵が一斉に頭を下げる。俺も答礼を返した。
「みんなお早う」
「お早うございます!」
「軍令部からの知らせにあった通り、先のインシデントの処罰と、新しい編成表が公表された。当艦隊では手当返上程度だが、担当範囲が拡大され、兵力も増えた。軍令部は我が艦隊にチャンスをくれた形だ。近く大規模攻勢も予想されるから、抜かりなく業務に勤しんで欲しい。以上だ」
訓示を終え、解散となった。
幹部達は引き続きスクリーン前に集まり、今日のイベントを確認する。
「護衛艦隊からの連絡です。本日シンガポールで組成されるはずだった船団は、中東からのタンカー12隻がインド洋で壊滅し、沈まなかった他の数隻も応急処置を施す必要があるためミ船団は中止し、次の船団に寄せるとの事です」
「そうか。前にも同じ事があったような…。確か護衛の担当はインド海軍だったか」
「いえ、フランス海軍です」
「装備は悪くないはずですが、遠征軍なので数が十分で無かったのかも知れません」
「シンガポールまで来て貰わないと意味が無いぞ」
「しかし抗議する訳にも…」
インド洋の護衛はインドやイギリス、フランス、中国などが担当している。インドを堺にアラビア海、ベンガル湾の二つの海に分けられるインド洋航路は沿岸を航行する船が多い。護衛対象が固まっているため護衛もしやすいが、敵も寄ってくるので被害も多いのだそうだ。皆自国の船団を守るのに精一杯である中、先の4か国は他国籍の船団護衛も担っており、日本船も多国籍船団に含まれている。日本は西太平洋全体の防衛を中国やロシアと共に任されているため、トレードオフの関係という訳だ。
今回の船団はシンガポールの国連軍(PKO、WTO)事務所が割り振ったもので、参加している海自の武官からの報告で壊滅が伝えられたものだ。
護衛していたフランス海軍の責任であるが、フランスとて太平洋の植民地に威光を示すことが目的であり、中東や地中海より先のアジア側へ回す余力は少ないだろう。被害に遭った関係者には気の毒だが、乗員が全員救助されただけマシと考えるしかあるまい。
「それで、
「24駆と6駆です」
24駆は江風や山風、6駆は特三型がいる駆逐隊だ。借り物だが、用が無くなったからと言って手放すのは勿体無い。
「オーストラリアからのテ船団に回すか」
「分かりました。在シンガポール警備府へ伝えます」
西航路は他にも艦娘が護衛している船団や、他国海軍が護衛している船団が航行しており、スクリーンに大まかな位置が表示されている。計画上の位置であるため本当にその位置にいる訳では無いが、遅延や交戦情報は無いので地図の通りに進んでいると思われる。
「東太平洋はどうだ」
「明後日トラック諸島から本土へ帰ってくる船団が組織されますね」
「確か"文月"と"皐月"がエスコートする予定だったな」
「ええそうです」
「組織再編の着任も兼ねて六水戦も加えたらどうだろう」
「そうですね。良いと思います」
思い付きだが、充実した護衛戦力となるし、悪くない運用だと思う。保科も頷いてくれた。
「となると、今週の金曜には第七艦隊の全員が揃う訳か」
「新任の司令官も同じ頃に引継ぎが終わると聞いていますから、そうですね」
今回の再編で第六水雷戦隊(駆逐隊のみで旗艦は取り上げられた。代わりとして、長女の"睦月"が旗艦をしているとの事)と3個航空隊が増えている。それに伴い、新たな司令官が任命されたのである。彼らも今週中に着任する。艦隊として相応しい規模にはなったが、船頭多くして船山に上るように、役職ばかりで部員はあまり増えていない。だから役職のメンバーにも部員の一人として働いて貰わなければならない。というかそうでもしなければ仕事が片付かないだろう。
「これで姉妹が揃う訳ですね!」
三日月が目を輝かせて言った。彼女の言う通り、就役している睦月型10隻が第七艦隊に集まっている。逆に言えば所属している全ての駆逐艦が睦月型である。
「あの約束を覚えていてくれたんですね」
「まあな」
三日月を第三航空戦隊から引き抜く時に約束したのだが、もう遠い日のように思える。
「残りの2人も会える様、今度上と掛け合ってみるよ」
「ありがとうございます」
「他に懸念すべき事は無いな?」
周りを見渡すが、異論は上がらない。
「よし、報告会終わり」
皆で敬礼して、報告会を終えた。
長官室へ戻り、自席に座りながら先程の事故について考える。インド洋でタンカーが壊滅した件。インドネシア政府の船を守れなかった事で処罰を受けているから、どうしても比較してしまう。
インド洋に散った石油の量は如何ほどだろうか。届かなかった内地では、またガソリンの値段が上がる。アジアの人々に大きな影響を及ぼすこと間違いなしだが、今回は誰が責任を取るのだろうか。フランス海軍は最大限の努力をしたと言って今回もお咎めなしだろう。別に義憤を感じる訳ではないが、俺に被せられた事故よりよっぽど大きな事故であると感じる。今日はインド洋だけだったが、普段の西太平洋の航路だって、往還率は8割強。十数%は沈んでいるのだ。
その中で責任を取るという話になるのは、要は政治が絡むかである。
「朝からため息ですか」
「え?」
いつの間にかため息をついていたらしい。
「いや、世渡りは難しいなと」
「世渡りですか」
秘書艦の三日月は少し考えた後、くすりと笑った。
「確かに難しいですね。三日月の場合は司令官や先輩方の命令に従うだけですが」
「命令ね」
「でも、水雷戦隊に戻れると思ってませんでしたし、まさか艦隊旗艦になれるとは思いませんでした」
「それは…良い事だったのかな」
「もちろんです。鳳翔さんや瑞鳳さんと離れるのは寂しいですが、航空隊の支援のために今も会える様にして下さってますし」
「そうか」
「それに、三日月のために姉妹を揃えてくれたんですよね?」
今回の配置換えで、第七艦隊は10隻の駆逐艦を隷下に置いた。現在就役している睦月型は10隻であるから、確かに現状の姉妹は揃えた事になる。
「まあ三日月のためでもあるけど、戦力を増やすための方便でもあったからな…」
「例え結果論であっても、三日月との約束を覚えてくれていた事が嬉しいです」
艦型を揃える事によるコスト削減を前面に出した事で認められたが、三日月との約束が頭に浮かんだのは確かだ。
三日月は健気にも俺を励ましてくれているのかも知れない。部下に気を遣われるとは…。
「す、すみません!」
三日月のお陰で少し和やかな雰囲気になっているところに、名取が電話の受話器を持って話し掛けて来た。深刻そうな顔だ。
「どうした」
「第四艦隊の井上長官から、今日会えないかと…」
「井上…」
第四艦隊は今回の配置換えで第六水雷戦隊を引き抜かれている。井上はその抗議をして来たに違いない。
苦情は第七艦隊で受けろと言った亀島大佐の言葉を思い出す。さっそく仕事が回って来た訳だ。
「三日月。今日のどこか空いてないか」
「はい。えぇと」
三日月はパソコンに向かい、スケジュールを確認する。
「15時からはどうでしょう」
「15時だな。名取、15時なら空いていると伝えてくれ」
「はい」
名取は何度かやり取りすると、頷いて来た。
「よし。三日月、会議室を予約しといてくれ」
「分かりました」
「今更だが、彼は本土にいるのか?」
「先週から鹿島さんと横須賀に来てるみたいですよ」
第四艦隊は南洋の拠点、トラックに司令部を構えている。だから直接殴り込んで来るような事は無いと思っていた。
先週から横須賀にいたと言う事はつまり、俺の近くで隊内メールに添付された編成表を見ていたと言う事である。もし鎮守府の廊下で会っていたらと思うとぞっとするな。
彼の部下も本土にいるのだろうか。俺に差し向けて来る…事は無いだろうが、確かめておこう。編成表を見ていた三日月に尋ねる。
「鹿島以外はトラックにいるのか」
「六水戦はトラックにいます」
「後は…」
「天龍さん達ですか」
「そう」
「鎮守府に帰港した長月がトラックで見たと言っていましたよ」
「そうか」
彼女らと接した事は無いが、古参の艦娘かつ世界水準の性能と聞いているので、かなり強いのだろう。艦娘は兵器であるが、基本的には人を襲わないようになっているため、俺を襲うことはまずありえない。しかし根底に恐怖を感じているのはなぜだろう。
「天龍さんは優しい艦娘ですよ」
「え?」
「怒っても節度を失う性格でもないと思います」
「だと良いが」
俺の表情を読んだのか、三日月はそう言ってくれた。本当のところはともかく、司令官である俺が疑心暗鬼になってはいけない。
「そりゃそうだな。すまない、変に考え過ぎていた。苦情を言われるだけだし、こちらにも理由がある訳だから、毅然とした態度で臨むよ」
そのまま午前中は何も起こらず、いつも通り昼食を取る。食堂で井上提督達に会う事は無かった。やましい事は無いが少し安心している自分があった。
午後は艦娘の定期検査結果を確認して過ごした。駆逐艦達の数値は正常で問題なし。対して、名取のストレス値と心理状況が悪化している。本人は何気ない顔をしているが、やはり九州での出来事は負担になってしまったようだ。当分は静かに過ごしてもらおう。休暇を与えるのも良いかも知れない。
「司令官。井上様が参りました」
「よし、通してくれ」
15時きっかりに井上提督は現れた。
予想通りお供は秘書艦の鹿島のみだ。
長官室に置かれた応接セットを勧め、俺も対面に座る。隣には三日月が座る。
「久し振りだな」
「ええ、トラックへ行った時以来です」
お互いに言葉は少なく、表情は硬い。読み合いが続き、気まずい空気が流れる。
痺れを切らしたか、井上が切り出した。
「編成表を見たぞ」
「はい」
「お前の艦隊はかなりの増備だな」
「はい。私も驚きました」
「驚く?」
「ええ。てっきり処分されるものと思っていたもので」
「違うのか」
「まあ減給処分ですから処分には変わりません。むしろ任務を増やされ、目標も上げられましたので、増備より内容は重いです」
「予想外って言い方だな」
「その通りですから」
「では六水戦を取ったのも予想外だと?」
「ええ。上の判断です」
「……」
「お茶をお持ちしました」
再び沈黙が支配する中を、名取がトレーにお茶を載せて運んで来る。
話し合いが停滞していたから、良いタイミングだ。
「わざわざありがとう」
「げえっ!名取!」
俺は普通に応じたが、井上提督は名取を見るなり大きく仰け反り驚いた。思わぬ反応に俺の方が呆気に取られた。
「は?え?どうされたんですか急に」
「あ、いや。何でもない。そうか名取はここに配属になったのか」
「確か先月くらいに復帰されたみたいですね。退院おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「そうか。名取か…」
鹿島は普通通り接しているが、井上提督は冷や汗をかいている。
「そんなに驚く事ですか」
「ご存知ないのですか」
「何をです」
井上提督は俺に顔を寄せ、声を落として告げた。
「彼女は艦娘部隊が創設されてすぐに配備され、深海棲艦だけでなく、混乱に乗じて勢力を拡大しようとした各国の艦隊を闇に葬ったという話だ。第三艦隊のコマンドー部隊、マトリックスならぬ
「まさか」
名取にそんな過去が。確かにそういう部隊がいることを噂で聞いた事はあるが、名取がそうなのか。もしかしてその過去が名取の…
「私の話ですか」
「いや!そうじゃない」
井上は大声で否定した。冷や汗を浮かべ、必死だ。顔の近くで大声を出されたので俺まで焦ってしまう。
名取はお茶を配ると、そのまま俺の横に座る。距離が近い。
「名取?」
「井上様。六水戦はお任せ下さい。必ず戦果を上げてみせます」
井上をじっと見つめ、強い口調で言った。名取がこんなにはっきり物事を言うのは珍しい。
「わ、分かった。よろしく頼む。鹿島、帰ろうか」
「ちょっと提督、六水戦の代わりは」
「ああそうだった」
名取の威勢に飲まれた井上が席を立とうとしたが、冷静な鹿島が止める。
「六水戦を譲る代わりに戦力を残してくれると聞いたが」
「それなら連合艦隊から命令を受けています。今回増備する航空隊の内、1個をトラックへ常時展開します」
「横須賀から指示を出すのか?」
衛星が使えず、高空の磁場が乱れているため、日本からトラックへ直接連絡する事は出来ない。途中にある在グアム駐留基地の通信設備を中継する事になる。どうしてもリアルタイムの命令は難しい。井上はそれを懸念しているのだろう。
「航空隊司令部を新設し、派遣します」
「予算と人員は」
「派遣する対価として、予算の増加を求めております」
「えらく準備周到だな」
井上は目を細めた。
まずい。計画時点で関わっていた事を勘づかせてしまったか。
「司令官に手抜かりはありません!」
根拠の無い自信で加勢してくれた三日月に乗るか。
「確かに公表される少し前に内示がありました。大きな処罰が無い代わりに無茶振りをされたので、粘った結果獲得出来た予算です」
「ふうん。まあいい。派遣される航空隊の規模はどれくらいだ」
「水偵が24機です」
「水偵…。偵察のみという訳か?」
「貴艦隊もパトロールが主任務で、邀撃は第二機動部隊が担当していたではありませんか」
「そうだが、彼らもトラックへ常駐している訳ではないし、折角なら傘が欲しいところだ」
傘。外からの攻撃を防ぐ航空戦力や、抑止力に基づく戦略兵器の意味があるが、前者の事だろう。どちらの意味であっても、我が艦隊に提供出来る戦力はない。
「と言われましても。空軍の高射部隊でも常駐させるしか無いのでは?」
「空軍ねえ。内地とグアムを守るのに精一杯だろう」
「では陸軍は」
「23式15cm高射砲でも持ってくるか?」
「高射砲ですか」
「千葉の九十九里や宮城の松島に配備され、花火大会を繰り広げているやつだ」
「ああ、あれですか」
陸軍では深海勢力への誘導弾の命中率の低さに業を煮やしたのか、古風に対空砲弾を打ち上げる自走砲を配備し始めている。なんでも1万5千メートルの上空に半径10メートルの弾幕を張れるとの事だ。
「コストもあまりかからず、良いではありませんか」
「いやいや。狭い島なんだから打ち上げる時には爆撃機は真上だ」
「確かに」
「やっぱり戦闘機だよ」
「しかし…」
気持ちは分かるが無いものはない。麾下の航空隊は偵察機しか配備されていないからだ。
「あれはどうですか?」
三日月は航空機のカタログを取り出して、机に広げる。内部での認識向上と敵機誤認防止のために各艦隊に置いているものだ。但し、出て来たのは試作機を含む防衛装備庁管理の機密版である。シリアルナンバーで管理され、定期棚卸対象の冊子だ。すぐ新しい版が出るのに管理が厳しい代物で、管理の面倒さから正直保有しようとは思わない。
三日月は航空戦隊に配属されていた関係で航空機に関する造詣が深いため、常に最新版を保有しているものだそうだ。
開かれたページには、横須賀工廠のどこかで撮られたものと思われる暗緑色に塗られた古めかしい複葉機が写っていた。
説明書きには以下の通りの記載書があった。
F1M1 零式観測機(三菱重工)
艦娘部隊用の無人水上航空機。
短距離偵察と空戦能力を兼ね備えた水上偵察機して計画され、三菱重工と日産自動車、新明和工業がコンペに参加。三菱のみ複葉機の提案だったが、機動性に優れていた点が評価されて制式採用された。
操縦システムは国防省横須賀工廠の偵察機ユニットに戦闘機モジュールを追加した新規ユニットを搭載する。
「零式水上観測機か。初めて知ったが、いつの間に制式採用されたんだ。よく見つけたな」
「瑞鳳さんから教えて貰いました」
空母瑞鳳も航空機マニアだと聞いている。航空機好き同士の情報ネットワークでもあるのだろうか。
性能表を見た井上提督は疑問の声を上げる。
「複葉機なんて古めかしいもので敵に対抗できるのか?」
「敵も何故かローテクなところがあり、レシプロ機が通用する相手ですから技能が良ければ対抗出来るかも知れませんね」
「自動操縦ユニットって要は妖精さんだろう?それならそちらの航空隊で慣熟訓練するんじゃないのか」
妖精さんは一部の人にしか視認出来ない未知の存在だ。艦娘と切っては切れない存在だが、体外的には無人操縦と扱われている。
妖精さんと言えど、訓練が必要であり、我が航空隊はその訓練のために設けられた経緯がある。つまり実戦配備されたなら、機体に慣れるために我が航空隊にも配備される可能性は充分にあるのだ。
「航空参謀を呼んでくれ」
「はい」
電話してすぐに松長航空参謀が現れた。
「松長です。参りました」
「急にすまない」
「いえ」
「早速だが、この飛行機を知っているか」
カタログを松長に見せる。
しばらく眉を
「存じております。今度編成される航空機のリストに入っております。零式水偵の誤字かと思い、スタッフに確認させておりましたが、これのことです」
「試作機も乗ったカタログにしか掲載されていないそうだ」
「なるほど。道理で」
松長はカタログの奥付を見て頷いた。
「では知らない機体という訳か」
「詳しくはありませんが、新型航空機計画の十試水上観測機として認識はございます。制式採用されていたとは知りませんでしたが」
「運用は出来そうか」
「妖精の航空機でマルチロール機は例があまり無いので試して見なければ有効かは解りません。ですが運用面としては研究した事があります」
「流石だな。後で研究レポートを見せてくれ。井上さん。これを配備するという事でどうでしょうか」
「ううむ。本当にこれが戦闘機の代わりになるか分からないが、ひとまずは様子見って所かな」
「ありがとうございます」
「トラックにはいつ頃進出が可能か」
「そうですね…」
司令部メンバーは今週金曜に着任。艦隊の空気に慣れて貰い、業務を把握。平行して機材の受領と搭乗員の配分に慣熟訓練。さらに現地へ進出するための申請やら手配やらで…一体いつになるんだ。
「今週の金曜に司令部が編成され、準備に多少時間を要します。具体的な日程感については確認し、後程回答致します」
「分かった。いきなり防空任務をこなせとは言わないから早めに頼む」
「はい。善処致します」
「よろしく」
井上は鹿島を連れて部屋を出た。
今回の苦情は一通り言い終わったらしい。
とりあえず現状の手持ちカードで何とかなりそうな要望で良かったが、配備までにかなりの仕事がありそうだ。編成して前線に飛ばすだけな訳は無いので当然だが、作業量を思うと目眩がする。
冷えてしまったコーヒーを飲み干して辺りを見ると、名取がいなかった。
「あれ、名取は」
「さっき退出しましたが」
「そうか。さっきは高橋さんに向かってあんな啖呵を切ると思わなかったから驚いたよ」
「私もです」
「やはりあの過去は本当なのだろうか」
三日月が眉を顰める。
「あまり本人の前で言わない方がいいですよ」
「そうだな」
三日月の言う通りだな。
名取の報告資料には心優しい性格であると記載されているが、たまに九州出張時や先程の様な強い殺意を感じる事がある。二重人格では無さそうなので報告書が正しいとすれば、強気な時はストレスを感じている事になる。
今週の名取のメンタル検査に影響が出そうだ。
名取にしろ、航空隊にしろやる事は山積みだ。一つずつ処理するしか方法は無い。
「長官。実は…」
井上が出ていった扉を見ながら松長は遠慮がちに話し始めた。
「最近、巡洋艦クラスなら搭載出来る水上機が脚光を浴びておりまして」
「ああ、急降下爆撃も可能な次期偵察機EX計画の…何だったか」
「瑞雲です」
「そうそう。第一艦隊の参謀が熱く語ってたな」
「はい。それとは別に、本格的な水上戦闘機の計画もあると聞いております。なんでも、余った艦上戦闘機を改造するとの事で」
「本当か」
「もしかして、AS-1ですか」
「ご存知でしたか」
「スバルのプレリリースで今年は水上機分野にも進出予定と書いてありました」
松長と三日月で意気投合しているが、なぜ知っているのだ。まあ有意義な情報だしいいか。
「試作機がもう少しで飛行試験に移ると聞いております。詳しい情報が判明次第ご報告致します」
「…ああ頼む」
何気に艦これ改二ラッシュですね。
フレッチャーを育てなければなりませんが、皆さんの演習艦隊が強すぎます。ですが「マザー・フレッチャー」を持っているだけ、ありがたく思わなければ。(秋霜ォ...)
当物語に関係する所だと、主要メンバーの三日月がドラム缶搭載可能となりました。なぜ改二では無いのか。これが分からない。(もしかしなくとも絵師さんとの関係ですね)
次のイベントでは輸送艦隊で三日月が史実艦補正を出してくれる事でしょう。楽しみですね。