男であるのがそんなに悪いか!!   作:rikka

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『 』と『猫』

 

 

「平和になったからこそ、争いの火種が産まれる。皮肉だな」

 

 テレーゼは剣――村で買った安物の剣ではなく、支給された金で買った地味な、だが実用性の高い剣を念入りに手入れし、磨き上げながら苦笑を浮かべる。

 キュベレには口が裂けても言えないが、男を探し出すなどという今にして思えば無謀すぎる思い付きを実行に移してみれば、まさかこんな話が出てくるとは思ってもいなかった。

 西部が誇る名将ベルヌーイと行動を共にし、彼の者の指揮に従え。

 それが『知の女傑』リディア=ハウゼンからの依頼だった。あくまで傭兵としての立場だが、文句など一切なかった。仮にリアフィード家の長女として参加すれば、あの母がどのような手を回すか分からない。

 ハウゼン卿は、今回の事が上手くいけば海軍実習士官として雇い入れる事を確約してくれた。

 海軍は、今でこそさほど目立つ軍組織ではないが、近年の観測で海の向こう側にも大きな大陸があるらしいという話が出ている。もしそれが本当ならば、他国からの防衛のための戦術研究や開拓のための重要な組織となる事は間違いない。

 博打の要素もあったが、決して損な話ではないだろう。

 

 ふと、今頃この街に向かっているはず――ひょっとしたらもう着いているかもしれない妹の事を思い浮かべた。

 この一件がうまくいけば、あの妹にも腹を張って話す事が出来るのではないだろうか。

 彼女に家を飛び出た事、胸に秘めているこの複雑な思いなど、胸の内を洗いざらい話して……そしてもし、もし許してもらえるのであれば、彼女と和解できるのではないだろうか。

 

(この後は確か会議だったか……。スレイが到着しているとすればその時に顔を合わせることになるが……)

 

 なんにせよ、せっかく得た機会に無様な真似など晒す訳にはいかない。

 テレーゼは自分の調子を整えるためにも、与えられた宿舎を出て共用の鍛錬場へと足を向ける。

 未だ漠然としたものではあるが、テレーゼにはようやく自分の進む道が見えた様な気がした。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「そう、シノブっていうのね。変わっているけど、いい響きだわ」

「……やはり、変わっているのか」

「えぇ、でも変じゃないわ」

 

 エリスと名乗った少女――直観だが、シノブはそれが偽名だと感じた――は、シノブが注文したココアを飲みながら、ニコニコと笑顔をこちらに向ける。

 

「それにしても、大火傷を負ったにしては随分と軽やかに動くのね。身のこなしからして、それなりに鍛えているのでしょう?」

 

 少女は怪訝そうな感じではなく、本当にただ思った事を口にしたのだろう。嫌みっぽくもなく、探るような様子もない純粋な問いかけだった。

 もっとも、シノブからすれば背筋に嫌な汗がうっすら浮かぶ様な問いである。

 出来るだけ自然に頷いてから、話をはぐらかすために適当な話題を探した。

 

「そちらこそ、足が動かないというのは大変だろう?」

 

 とっさの質問にしては失礼だったかと口にしてから思ったシノブだが、少女は微笑んで答えた。

 

「えぇ、大変よ。だけどね、私は足が動かなかったからこそ幸せなのよ?」

 

 少女は車いすのひじ掛けに置いていた両手を広げ、まるでその場の空気を包み込むように動かす。

 

「私は歩くという、『当たり前』のことが出来ないわ。でもね、だからこそ! ……だからこそ『当たり前』の事がどれだけ尊いか分かる事が出来たわ!」

 

 それから少女は、指を折りながら大好きな事を数えて行く。

 景色を見る事が出来る事、色んな物の香りや臭いを楽しめること、空想の世界に浸れる事、誰かを好きになって、好かれて、そしてその逆の事で頭を悩ましたりする事、美味しい物に舌包みを打つ事。

 

(……確かに、共感できる。だけど……)

 

 あの日、自分の『当たり前』が消え去った日。そして、その当たり前に戻ってこれたあの朝、自分は間違いなく幸せだった。

 当たり前の朝食、家族、そして学校。

 規模は違う。自分は一日立てばまた『当たり前』の中に戻っていけるが、この少女はそうではない。ずっと抱えて生きて行かなくてはならないのだ。当たり前ではない自分を。

 強い、と素直に思う。だがそれを口に――言葉にして彼女に聞かせる事は出来ない。きっとそれは、当たり前を大事にする彼女にとっては侮蔑に等しいだろう。頑張ったというのも違う。

 どういう言葉を送ろうか悩んでいると、少女はクスクスと笑いだした。

 

「貴方は本当にいい人ね。私の言葉の意味を分かってくれている。だから簡単でありがちな言葉なんて出さない。出せない。一生懸命、なんて書こうか――なんて口を開こうか考えてくれているのかが伝わって来るわ」

 

 やっぱり、自分の見る目は正しかったわ。と誇らしげに胸を張る少女に、シノブはフードの中で苦笑を浮かべる。

 違うのだ。自分が本当に感じていたのは彼女へ送る言葉等ではなく、――恐らく羞恥心だ。

 自分が声を出せず、顔が焼けただれていると思っている彼女への申し訳なさ。そして彼女の『当たり前』に対しての感じ方の強さを、この夢の世界をなんとなく生きようとしている自分と比べてしまった。

 

(あの日の朝食の美味さは覚えている、忘れるはずがない。けど、あの美味さを理解していたと胸を張って言えるか……?)

 

 やはり羞恥心だ。

 喉元過ぎれば熱さを忘れると言う言葉があるが、まさにその通りだった。

 熱かったという事だけを覚えていても仕方がない。なぜ、あの時自分はあんなにも感動したのか。

 溜まった唾を飲み込む。なんとなく、あの時奥歯ですりつぶす度に滲みでた独特の臭さと酸味がした気がする。

 自分は――シノブという男は、この夢の世界で一体何をしたと言えるのか。

 

 シノブがそんな事を考えている間に、いつの間にか少女は車イスの向きを窓の方へと向けて、クスクス笑いながら外へと目を向ける。

 少し日が降りて来たのか、日差しが弱まった様な気がする。

 

「なにか悩んでいるのかしら? いえ、先が見えないのかしら?」

 

 少女は呟くようにそう口にした。

 その通りだ。シノブはここにきてようやく、自分がこの夢の中でただ生き残る事だけが当たり前になっていた事に気がついた。

 この夢を楽しもうとした。それはいい。だから自分を鍛えたし、現実世界でも時間さえあれば役に立ちそうな知識を拾い集めた。

 だけど、結局自分はこの夢の世界で具体的に何をしたいのだろうか。旅がしたいのか、この世界を見て回りたいのか――それともやはり、ただ生き延びたいだけなのか……。

 

 この剣を届ける事も、ただなんとなく決めた事だ。棒を倒して、倒れた方向に向かう様な気楽さで決め、そして状況に流されてここまで来ている。

 いつの間にか、考える事を放棄していた。

 

「きっと、アナタは難しく考えすぎてしまう人なのね」

 

 少女は、どこか呆れた様な口調でそう言った。

 

「別にいいじゃない。だって、貴女は旅人さんでしょう? なら、生き方が決まってなくてもいいじゃない」

 

 少女は、その長い金の髪を指でクルクルいじりながら微笑む。

 

「旅人さんは――いえ、人は自由に歩いていけばそれでいいのよ。そうでしょ?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(人は自由に歩いていけばいい、か……)

 

 店主以外誰もいなくなった宿屋の隅のテーブルで、シノブは一人グラスを傾けていた。

 独特の甘みと、鼻から抜けていくアルコールが心地よい。

 いつも飲んでいる安酒ではなく、少し高めの(ラム)をボトルで注文した。なんだか少し、酔いたい気持ちだった。

 

 ちょうどあの後、少女の迎えがこの宿に来た。180後半はありそうな長身の女だ。何か長い物が入った袋を背負った彼女は、少女を見て「ここにいたのか。探したんだぞ」と、少し咎めるような口調でそう言った。

 

「あ~あ、お迎えが来ちゃった。ふふ……、今日は楽しかったわ。ありがとうシノブ。また会いましょう?」

 

 少女は大して悪びれもせず彼女に向けて適当な謝罪の言葉を口にすると、車いすの車輪を廻して彼女の元と行き、自分に再度手を振ってから女性と共に姿を消していったのだ。

 

(当たり前、か。俺がこの世界で、どれだけ当たり前じゃない存在か教えてやるのも面白かったかな)

 

 馬鹿な事を言っているな、と、苦笑しながら、もう一口ラムを含み、舌で転がしてから流し込む。

 なんとなくだが、シノブには少女が、自身の事をどこかでシノブに当てはめているのではないかと思った。一体なにを、なぜなのかは分からないが……。

 

(自由なんてどこにもない。この世界でもしがらみはあるし、秩序もある)

 

 それが当たり前の事である。

 だからシノブは顔を隠し、声を出来るだけ出さず、これまで世捨て人のような生活をこの世界で続けてきた。自分はどう転がっても、この世界ではまっとうではない存在だと理解しているからだ。

 確かに秩序なんてものほとんど無視してきたし、時には泥棒まがいの事もして生きてきた。

 

 だが――いやだからこそというべきか、自由を感じたこと等ほとんどなかった。

 自分が生きるために、誰かを殺す、何かを盗む、奪う……それらの行為をするたびに、自分の背中に重しが乗せられていくのを感じていた。

 夢が覚め、元の世界での生活に戻れば、それはさらに重くなっていく。

 

(……そういや、スレイの奴、中々帰ってこないな。話が長引いてんのか?)

 

 ふと、なぜここまでスレイに付いてきたのかを考えてみた。

 実際には考える程もなかった。あの関所を越えたあたりから何度も考え、そしてその度に出る答えは同じだった。

 

(結局、寂しかったのか……)

 

 一日立てば元の生活に戻れる。

 目を覚ませば父がいて、母がいて、弟がいる。学校にいけば馬鹿ばっかりやってきた友達がいて――でも、こちらには誰もいなかった。

 今でも安請け合いしてここまで着いてきたのが良かったのか悩んでいる。だが、もし時間を巻き戻す事が出来たとしても、きっと自分はあのまま関所を越えてこの街へと来てしまうだろう。

 誰とも話さずに一日を終え――もしくは誰かに罵声を浴びせ、あるいは浴びせられてから、この夢から覚めて誰かと話すことで自分が孤独ではない事を確認するのが日課になっていた。

 あの当たり前の日常こそが夢ではないかという恐怖を抱えながら。

 いや、そもそもこの夢は――

 

(……分かってる、分かってるんだ。いや、とっくの昔に分かっていたんだ。この夢が夢じゃないってのは……)

 

 シノブは、少しマントをずらして自分の腕を覗き見る。たまたま出くわしてしまった盗賊から受けた始めての剣撃の跡が真っ直ぐそこには走っている。――現実世界の腕にはミミズ腫れとして残っている跡だ。

 

「ままならないな……」

 

 思わず、もはや口癖になりつつある言葉を呟く。今日はよく喋る。迂闊だとは思ったが、いまさらだ。バーテンダーには散々聞かせてしまっている。

 グラスに残った酒を飲み干し、注ぎ足す。

 自由に歩いていけばいい。

 彼女が最後に言った言葉。きっと彼女が一番言いたかった事だ。つまり――

 

(俺が自由じゃない。俺が縛られている。唯一の男だってのを差し引いても『当たり前』の話だ。なんてことない……)

 

 いい感じに酔いが回ってきたのか、思考が堂々巡りへと入りだす。

 この一杯を飲んだら何か腹に入れようと、六杯目になる酒に口を付けた時、後ろの方からドアに取り付けられたベルの軽やかな音が鳴り響く。それと共に、少々冷えた空気が入り込んできた。

 

「なんだ、もう帰って……ん? もう大分飲んでいるのか」

 

 振り返ると、この一週間で見慣れたアッシュブロンドの髪が目に入った。

 スレイ。色々と警戒はしているし、向こうもしているだろうが、それでも唯一友人といえる――言いたいだけかもしれないが――少女に、シノブはグラスを軽く掲げて出迎えた。

 

「まったく。前々から思っていたが、飲食の類に関してはお前は中々意地が張っているな。というか、金はあるだろう? たまにはもっと良い酒でも飲めばいいのに、お前はまた一番安いラムか」

 

 そう言いながら自分の隣に座るスレイ。シノブはすぐに、

 

「ラムが好きなんだ。ついでにいうなら一番安いのじゃなく、いつもよりいいボトルだ」

 

 と返す。この女には、筆談の必要も全く感じない。

 少し不機嫌さを込めていた言葉を聞いたスレイは、困った子供をあやす時の様な笑みを浮かべる。なんとなくだが、舐められている気がする。

 

「まぁいい。私にも一杯もらえるか?」

 

 おかしい。本来なら自分の方が年上のはずなのに、なぜ彼女の方が年上の様に感じるのか。

 

(よく分からんが……腹立たしいな)

 

 ふてくされたような気分になりながら、シノブは飲み干したグラスを高く上げる。恐らく、これで気がつくだろう。

 果たして、空のグラスを一つどころか二つ持ってきてくれたマスターにそれまでのグラスを交換するように渡し、受け取った二つのグラスに酒を注ぐ。

 その様子を眺めるスレイの機嫌は妙にいい。やはり彼女は良く分からない。

 

「では……そうだな。シノブとの出会いを祝って――」

「…………」

 

 彼女は少し高くグラスを掲げ、こちらに向けて傾ける。

 深いため息を吐きたいのを必死に抑えてシノブもグラスをその高さに合わせて近づけた。

 

「乾杯」

「……乾杯」

 

 最近では良く開く口を開くのと同時に、互いのグラスを軽く合わせる。

 シノブはフードの中でやれやれといったような顔を浮かべ、スレイはますます上機嫌になっている。

 軽い鈴の様なグラスの音が、静かに宿屋の食堂に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「いきなり姿を隠せなどというから何かと思えば……よく、あんなあからさまに怪しい人間に声をかけようと思ったな」

 

 シオンは本気で呆れながら少女に苦言を呈した。目の前で車イスにちょこんと座る少女に気まぐれな所があるのは知っていたが、こうも唐突に動くとは思っていなかった。

 

「そんなにあの女が気に入ったのかい? シノブだったか」

 

 少女はクスクスと笑い、背もたれに身体を預けるようにして舌からシオンを覗きこむ。

 

「えぇ、気に入ったわ。まさか、この街であんな掘り出し物を見つけるとは思わなかった。惜しいわね。もし彼女がもう少し経験を積んで、自分の鎖に気付いていたのならば、何をしてでも彼女を手に入れたのに……」

「おや……。それはそれは――」

 

 珍しい。とシオンは思った。確かにこの少女は人を見る目に長けている。才にしろ性格にしろ、ズバリ言い当ててしまうのだ。この子が気にかけた人物というのは、その全てにおいて素晴らしいポテンシャルやスキルを持っていた。

 そして相手の分析にも長けている。

 それなりに修羅場をくぐり抜けたシオンだからこそ分かる。この少女が本気になれば、大体の人間は彼女の手のひらで踊る事になるだろうと確信している。

 口に出した事はないが、シオンはこの少女は人の皮を被った化け物なのではないかとたまに本気で思う事がある。

 その少女が、ここまで気に入る相手。

 先ほどはほんの少し観察するだけに止めておいたが……。

 

「身体の鍛え方は上の下。いや、中の上。身のこなし方からみて、それなりに修羅場はくぐっているみたいだが……」

 

 だが、それだけだ。シオンの眼には、精々が兵士の中での強者程度の者にしか見えなかった。

 だというのに、この少女は先ほどからあの『世界で最も純粋な笑み』は絶やさない。

 こんなにも嬉しそうな少女を見るのは久しぶりだった。

 一体、あのシノブという女のどこがそんなに気に入ったのか尋ねようとする。だが――

 

「シオン、予定を早めるわ。すぐに準備して頂戴」

「なに? 完璧を求めるのならそう少し待った方が――」

「いいえ、今よ」

 

 反論するシオンに、少女はピシャリと言い切った。

 予定。あの不感症の馬鹿共が一行に計画を進ませない事にイラついた少女が、裏でこっそり工作を進めていた計画の事だ。

 すでに基礎工作は済んでおり、やろうと思えばいつでも事を起こす事は出来るが、完全ではない。

 だと言うのに、自分の計画に関しては完璧主義な所がある少女は強行を宣言する。

 

「今、このタイミングで事を起こすことに意味があるわ」

「……理由を聞いても?」

 

 ――傭兵。戦う事が仕事の彼女からしてみれば、自らわざわざ勝率を減らすこと等考えられなかった。

 思わずといった様子で尋ねたシオンの言葉に、少女は軽く返す。

 

「ただの好奇心よ」

「好奇心?」

「えぇ、見てみたいのよ。だだっ広い野原にポツンと蒔かれた種がどう咲くのか。いったいどんな花になるのかしら?」

「蒔かれた?」

 

 シオンの頭に浮かんだのは、先ほど少女が興味を持ったシノブという女の事だ。

 しかし、言葉の意味は分からなかった。蒔かれた? 少女にではなく? では、誰に?

 少女は、こちらが怪訝そうな顔をしているのを面白がっていた。やはり、性格は最悪だ。

 恐らく、自分の顔が少し不機嫌な物へと変わったのだろう。少女は車いすを押す自分の手にそっと自分の手を乗せた。

 

「シノブは、私に少しだけ同情したけどそれだけだったわ。どこのクロイツで産まれたかも聞かなかったし素姓も聞かず……そして、私を見下しもしなければ、敵意も悪意も害意も持たなかったわ。分かる、シオン?」

「…………なるほど」

 

 クロイツの誤作動によってどこかが変わった形で産まれてしまった子供は、縁起が悪い物として捨てられたり、殺されたりする者が多い。特に平民にとっては食いぶちの問題もある。

 

 最近名前が売れて来ている『隻腕』も、もし産まれてきたのが平民の家だったら、今頃死んでいるか、特殊な趣味の持ち主の所に売り飛ばされているかのどちらかだったろう。

 そして、仮に殺されず成長していったとしても、そういった者は大抵が上流階級の人間というのもあって好奇と侮蔑の視線に晒され続ける。

 中には『親が不徳だったからこのような女が産まれたのだ』などと、政敵を貶す材料として使われる事もあるらしい。

 あの隻腕の剣士の場合はリアフィード家の名に救われた所が多い。

 異常を持って産まれた者と対等に接しようとする。そのような者は中々存在しないのだ。

 例え、その異常を持って産まれてくる者が年々増えていても、だ。

 

「いったいどこから来たのかしら? 私の様な人が珍しくないのかしら? 案外、シノブの住んでいた所では私の様な存在がごく普通に認められていたのかもしれないわね」

 

 シオンは思う。それは間違いなく楽園だろう、と。足が動かずとも、身体が不自由だろうと、親に捨てられることなく育ててもらえる。その土地が考えられないほどに豊かでなければ出来ない事だ。

 

「彼女の住んでいた土地は、理想郷のような場所だったのかな」

「さぁ、それはどうかしら?」

 

 思わず口にした呟きを、少女は皮肉気に否定する。

 

「どれだけ豊かになろうと、どれだけ優しい人がいようと特に変わりなんてないわ」

 

 豊かな場所には、それまでなかった火種が産まれるものである。

 この西部に、今まさに大火を点けようとしている者達のように。

 

「例えそこが本当に楽園だったとして、だから何?」

 

 少女は嗤う。まるで目に焼きつくようなニヤニヤ笑いを浮かべて。

 

「そこに住むのは人間よ。本当にそこが楽園だろうと、地獄だろうと何も変わらない。たとえどれだけ離れていようと、それこそ違う世界だろうと――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「人の欲望に、変わりなんてあるはずがないわ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと、今にも大声で笑い出したいのを堪えているのだろう。ニヤニヤ嗤いを浮かべて肩を振るわせている少女は、呟くように一言付け加えた。

 

 

 

 

 

 

 

――それが当たり前の事よ。ねぇ……シノブ?

 

 

 

 

 

 


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