男であるのがそんなに悪いか!!   作:rikka

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暗躍する『少女』

「本当に大した腕前だな。狩猟のために覚えたと言うが、それだけの精度ならば戦場でも使えるぞ。お前のその投擲術は」

 

 一週間程前の出会いを経て、どういう訳か同行することになった刀の持ち主の妹――スレイが手放しで褒めてくれる。その事にむずがゆさを覚えながら、俺は彼女に頷いて答えた。確かに、投擲術は獲物を捕らえるために覚えた物だが、賊等から逃げ切る時や、獣相手への牽制などに使う事も多い技術だった。

 頷いたことにスレイは納得したのか、何度か首を縦に振る。

 

(間接的な俺の情報収集か……?)

 

 俺はたった今自分が撃ち落とした鳥を捌くために、懐からナイフと革袋を取り出す。スレイも、こういうサバイバルには慣れているのか、手早く鳥の羽をむしっている。

 最初はどうなる事かと思ったものの、意外にスレイはあまりこちらの事には踏み込んでこずに、ある程度はこちらの話を信じてくれた。

 ある程度――というのは、あくまで俺が彼女の姉に刀を返そうとしていた事だけで、恐らく素姓などは未だに疑われているのだろう。

 

(今まで村の人達からはあんまり疑われなかったけど、騎士――っていうか向こうで言う警察の様な人達はさすがに誤魔化せないか。さて、どうしたものか)

 

 例えば相手が寝ている内に、彼女には悪いが刀ごと置き去りにして旅に出ようかとも思ったのだ。もっとも、そんな事をしようものならば確実に不審人物と思われ、最悪手配されるかもしれない。加えて相手は馬も連れている。

 

(まぁ、フードは剥ぎ取られていないようだけど)

 

 俺はあくまで自分が『寝ている』時しか自分は活動できない。ごく稀に『こちら側』で普通の夢を見て、二、三日分の体験をすることもあるが滅多にある事ではない。

 俺がいつも宿などを取らずに見つかりにくいような場所で野宿を繰り返していたのは、いざという何かが起こりにくい場所を選んだためでもあった。なにせ、これから向かうディエナでは追手が出されている可能性だってあるのだ。

 彼女と出会ってからの数日は、基本的に彼女が自分の分も宿を取るため、俺はいつも以上に警戒しながら寝る――『起きる』ハメになっていた。

 

 考えている内に血抜きが終わっていた。俺は素早く首を切ってぶら下げていた鳥を縄から外し、手早く捌いていく。

 ついでにいえば、どうにもスレイは俺の料理を気に入ったらしい。食材として捕えた獲物の値段に少々色を付けた程度の金銭を押しつけられ、気が付いたら「調理係」のような役目を承っていた。

 捌き終わり、手持ちの調味料を塗り込んでいく様子を興味深そうに見つめる視線を感じながら、これからどうやって生きるか考える。

 

(このままディエナまで行っちゃいそうな感じだけど。まぁどうにかなる……多分、うん。……なると、いいなぁ……)

 

 実は、すでに関所は通ってしまっている。下手すれば今日明日中にはディエナに着いてしまうのではないだろうか。

 関所の前で別れを告げようとしたのだが、スレイが強引に押し切ったのだ。

 従者扱いという事で、気がつけば通行手形まで受け取っていた。

 本当に出国できるのかは怪しい所だったが、こっちに関しては、以前その深い森の中を突っ切った事もあるのでそこまで心配はしていなかった。

 

(まぁ、今はお腹を空かせた騎士様の胃袋を掴むために全力を尽くすとしますかね)

 

 すでにスレイはそこらの石を積んでかまどを作り、俺が肉を捌き終わるのを待っていた。

 

「ん? どうした? じっとこっちを見て」

「…………」

 

 俺を疑っているのは間違いない――と、思う。思うのだが……それにしては時折、随分と無邪気に自分と関わる彼女の態度に半分呆れながら、首を横に振ってから鉄板を取り出しかまどの上へと乗せる。

 

(やれやれ、怖い。いざという時のために当分の間スリングをいつでも使えるようにしておいたほうがいいか。まぁ……)

 

 こうして、まるで中学の時の親睦キャンプの様に、誰かと料理をするのはいつ振りだろうか。誰かと共に食事をする。これも確かに当たり前のことだったが、この世界で唯一の男である俺には難しい事だ。

 火打石を火種の傍で軽く打ち付け火花を散らし、軽く焦げた火種にそっと息を吹きかける。徐々に立ち上がり始める煙は、西から吹いてきた風になびかれながら、そっと空へと消えて行った。

 ディエナまで、もうさほども離れていなかった。

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

 

 

 

 

 それから二日も経たないうちに、俺とスレイはディエナへと足を踏み入れていた。

 あの時とほとんど変わらない、懐かしい街の光景を見て、なにやら感慨深い物を感じる。

 同時に、およそ二年前に自分が逃走劇を繰り広げた街までこんな短時間で着いた事にも少し驚いていた。

 

(まぁ、森の中で迷っていた時期が多いし当然か)

 

 あの時、自分がパジャマの上から今のマントの材料の一部にもなった黒いぼろ布を纏って駆け抜けた街道を逆方向に歩いていく。やっぱり妙な感じだ。

 目立つパジャマのままでは逃走や戦闘はおろか山歩きにも向かないため、今は出来るだけこちらの衣類に似た服をどうにか繕って、その上から黒い外套を着込んでいる。

 かつて自分達を追い回した騎士達と同じ軽甲冑を着込んだ女達がこちらを見ている。

 彼女たちの目に、あの時のような興奮は感じない。もっとも、こちらを怪しんでか素姓を探ろうとする警戒と好奇心の交じった視線なら、それこそ雨の様に感じているが。

 

 いつもと変わらない真っ黒なフード付きの外套姿。だが、一つだけいつもと違う所が合った。

 腕にはめられた銀製のいかにも高価そうな腕輪。ライオン――獅子と茨が絡みついた盾をメインのモチーフとした、リアフィード家の家紋が彫り込まれたそれが、今現在シノブの身を保障してくれる物となっていた。

 騎士に案内されて城へと入って行ったスレイが、街にいる間不自由がないようにと貸してくれたものだ。

 

(まぁでも、スレイが一人で城に行ってくれてよかった。もし中にまで連れてかれて『貴族に会わせてやる』みたいな事言われたらホントどうしようかと……)

 

 やりかねないのがあのスレイという女だ。一見普通の少女で、普通の騎士かと思えば、ときたま奇妙な行動を取る。いくつかはその意図を推察できるものもあれば、首をかしげざるを得ない事もある。

 

(この腕輪も……まぁ、それなりの信用は得たって見るべきなのかな? いや、それにしては重すぎるんだけど……)

 

 太陽にかざせば、銀特有の鈍い輝きを放つ。間違いなく本物の銀だ。

 素姓のしれない不審者に『貸してやる』と簡単に手渡せるような代物ではない。

 家紋が入っていると言う事で、その価値は倍増どころではない。悪用したい者達が大金を支払ってでも手にしたいと思うだろう。むしろ俺を殺してでも奪い取ろうとする奴だって出るだろう。

 ……あれ? デメリットの方が大きい?

 

(考えても仕方ない。とりあえずもらったお金で残った装備を整えるか。いくつかもらいはしたけど、刃物類は実物を見て買いたいし、剣は最優先で買わないと)

 

 ここまで使わせてもらった刀は、当たり前だがスレイに預けている。

 彼女曰く、姉のテレーゼという女性が西部に辿りついているのならば見つけ出すのはそう難しくはない事らしい。

 ともあれそれが意味する事は、ここで剣を用意しないと自分はあのいつ折れてもおかしくないボロ剣でまた旅をしなければならなくなると言う事だ。

 幸い道中の食事の代金と刀二本の輸送代、そしてなぜか護衛代金なるものまで押し付けられ、それなりにまとまった金をシノブは手にしていた。

 

(手元にお金があると不安が残るな。ガキの頃からお年玉もらうと妙に緊張するタチだったし)

 

 いっその事持ち金を一気に使いきって旅に出ようかとも思うのだが、少なくとも今日は無理だ。スレイに待てと言われているし、腕輪も返さなくてはならない。なにより既に自分の分の宿が取られている。

 変な言い方かもしれないが、どうやらスレイは自分を逃がす気が無いらしい。

 

(いいや。とりあえず剣を買いに行こう。刀に近い奴があればいいんだけど……)

 

 得物が無くては、この世界で旅をするのは難しい。

 とりあえず辺りの看板を頼りに、商店街を探し出す所から始めるとしよう。

 果たして、スレイが自分を手放してくれるのか。旅に戻れるのかという問題はいったん棚上げしておく。

 人はそれを――現実逃避というのだが……

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「どうやら、ハウゼン卿は自治軍を三つに分けるようです。中央から預けられている帝国軍は相変わらず、中部との境目となるグリンバルト砦へと待機させている様子……これは好機では?」

 

 蝋燭の灯りだけが、その暗く広い部屋唯一の光源となっていた。窓は閉め切っているし、そもそも今は夜。月明かりは入るだろうが、特に意味はない。

 

「となると、あの街に残るのは本隊のみか。……どうする? こちら側に着く者達を蜂起させるか?」

 

 およそ十人程の老若交じった女達が、その蝋燭を真ん中に置いた円卓を囲んでいた。椅子はあるのだが、そのほとんどが座らない。いざという時に逃げ出しやすいように、そして、この場の誰かが襲ってきても対処できるように。

 一つの目的のために集まっている集団だが、所詮は利で集まっている集団であり、誰もが誰もを牽制し合っているという事を全員が理解している。

 

「私は賛成だ! ここで旧開拓民や原住民たちが暴れてしまえば、中央もハウゼンの和平策の成果を疑うだろう。なにもあの女の首を獲る必要はないのだ!」

「だが、即座に鎮圧されてしまえば下火に終わる。蜂起の声に血気盛んとなっているものは少なくはない……そして、同時に多くもないという事を忘れてはなりません。ここにいる大多数が求めている物が混乱ではなく、最大限の利を手にするためだという事も」

 

 一人の老女がそう苦言を呈すると、周りの人間は揃って口を噤んだ。

 確かに、動かせる人間は多いとはいえ相手もまたかなりの兵力を擁し、それを指揮するのはあの『知の女傑』であるという事実は、彼女達の決断を迷わせるのは当然だった。

 

「――それに協定を忘れてもらっては困りますねぇ。小さな小競り合いで終わってしまうのならば、私がここに参加する必要はないでしょう? それならば、最近クリシア(隣国)との睨みあいが続いている東部の方が金になる。私は貴方達程、現状に満足していないというわけではないのですよ? お分かりですかぁ?」

「……っ! 貴様、商人風情が!!」

 

 つまり、どれだけ策謀を張り巡らした所でまとまりがないのだ。策謀どころか会議一つ前に進む訳が無かった。

 背の低い、モノクルを付けた少女の商人の不遜な言葉を皮切りに、会議はただの罵り合いへと成り下がった。

 

(……つまらない)

 

 利権に群がる蟲達を眺めながら、その集団の中で一番若い――年の頃は14~5くらいだろう少女は、たった一人だけ席について静かにため息を吐いていた。

 

「おや、退屈かい?」

 

 数ヶ月前に護衛として少女が雇った、中々に背の高い傭兵が後ろから気安く少女に声を掛ける。普通ならば仮にも契約相手、そんな事は許されないのだが、この少女はむしろそれを喜んでいた。

 少女は、自分よりも6つは年上のこの傭兵が気にいっていた。元近衛騎士というからどんなくそ真面目な奴かと思えば、意外に話が分かる。世の中に正義はある。帝国にあると息巻いている馬鹿どもに、数百分の一でいいからその柔軟さを分け与えて欲しい程だ。

 藍色のショートヘアに、猫を思わせるような吊り目。そして高いその身長にふさわしいしなやかな体つき。ただ色気ばかりしか能のない女とは違う。

 未だに色良い返事はもらえないが、出来る事ならば完全に自分のモノにしてみたい。部下としても――閨の相手としても。

 

「えぇ、退屈よ。これならあの時の馬鹿騒ぎに張り付いておけばよかったと思っているわ。どうやら私の予想を大きく外れているようだし」

「あぁ、例の……」

 

 傭兵は、二年前に起こった騒動を思い出し、苦笑を浮かべた。

 

「ただの与太話。あるいは、混乱状態を見せつけるためのハウゼン卿の策というのがお前の見方じゃなかったのかい?」

「彼女達が緘口令のいくつかをあえて見逃したというのなら、そうでしょう。でも、あの混乱具合。ハウゼン卿がミスを犯したとみて間違いないわ。そして出回っている噂の中で彼女達が介入している情報を見つけ出し、整理していけば何を隠したいかなんてすぐに分かるわ」

 

 少女は、自慢の長い金の髪を指にクルクルと巻きつけながら嗤う。

 

「どうやら、領主様は最高級の宝石を取り損ねた様よ? ふふ……無様ね」

 

 文字通り、この世界を揺るがしかねない『宝石』を思い、彼女は静かに笑みを浮かべる。

 もし、この場の誰かがこの時彼女が浮かべた笑みを見ればこう表現しただろう。――『壊れた笑み』だと。

 だが、その場でただ一人それを認識していた傭兵には、それこそが世界で最も純粋な笑顔だと感じていた。

 そう、この少女の浮かべる笑みこそ、世界の真理だと。

 

「ねぇ、感じてる?」

 

 そして空いた方の手で、そっと傭兵の手の甲に触れる。

 傭兵は周りの喧騒すら気にしないそのいつも通りの様子にうんざりした様子で、

 

「私に子供を相手にする趣味はないよ、いつもそう言っているだろうに……」

「フフ。今はそれでいいわ。いずれ必ず振り向かせてあげる。それよりも答えてよ、シオン」

 

 傭兵――シオンは苦笑と共にため息を一つ零し、答える。

 

「あぁ、感じているよ。あそこにいる不感症の連中とは違うんだ」

 

 シオンのその返しに、少女は思わず噴き出しそうになるのを堪える。

 同時に、その身を喜びが満たしていく。

 やっぱり彼女は感じているのかと。共に同じものを感じてくれるのかと

 そうでなくては。そうこなくては。

 

「えぇ、シオン――世界が動くわ」

 

 ハッキリと少女は断言する。

 その顔に愉悦を浮かべながら、少女はセリフを歌い上げる役者の様に口を開く。

 

「私の五感がそう告げている。私の身体がそう感じている。私の頭脳がそう叫んでいる」

 

 世界が動く――少女が断言した言葉に、シオンは口の両端を吊り上げる。

 彼女もまた、それを待っていた一人なのだから。

 

「それで、雇い主様は望むのかい? 『宝石』を――」

「さぁ、どうかしら?」

 

 シオンの問いに、少女は答えをはぐらかした。正確には、まだ答えは決めていない。

 

「ただ眺めるだけにするのか、身につけ見せびらかすのか、あるいは誰かへプレゼントするのか……まぁ、でも」

 

 

――すぐに取れるよう、手の届く所には置いておきたいわね。

 

 

 少女――雇い主が望みを呟いた。それに傭兵が返す言葉など、一つしかない。

 

 

 

 

 


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