男であるのがそんなに悪いか!!   作:rikka

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『隻腕』

『銀の髪の……あぁ。その貴族様ならばもう西のディエナに向けて出発したよ?』

 

 盗賊くずれを打ちのめしてそこらの木に逆さ吊りにしてから三日ほど経ち、ようやくシノブは一つの街へと辿りついていた。

 あの時見えた女性の服装がしっかりしていたために、もし泊まるとしたらそれなりに立派な宿ではないか。そう考えて色々当たってみた所、三軒目にして辿りついた回答はシノブを気落ちさせるには十分な情報だった。

 もういっその事、この街で刀を売り飛ばして路銀の足しにしようかとも思った事もある。

 だが、頭から黒い布を羽織り、低い声をあまり聞かせたくないために出来るだけしゃべらないようにしている自分を信用させるために、銀髪の貴族を追っている理由を女将には伝えてしまっている。

 もしここで刀が市場に出回っているのを見つかれば、自分は貴族の持ち物を売り飛ばした人間として特定されるだろう。この世界の社会はよくわからないが、古今東西『貴族』という存在には盾つかない方が身のためというのは『お約束』である。

 

 探せばこっそり流してくれる闇市の様な所もあるかもしれないが、そういった方向のリスクは出来るだけ避けたい。

 色々と考えた結果、女将がいた小さな街から出発して街道沿いに歩き続けて五日が立った。目的地は西。ディエナという城下町である。

 

(ディエナ……多分、あの街だよなぁ……)

 

 青みがかった長い髪が印象的だった、大人しそうな大人の女性。この世界で初めて出会った女性兵士にあれよあれよと言う間に連れて行かれた先で出会った――正直、シノブの好みにぴったり当てはまる女性の顔を思い浮かべる。

 

(とはいえ、いい思い出じゃあなかったか……)

 

 その時点で、この夢を見始めて一年近くが経っていたのだ。しかもその全てが森の中を彷徨い、その日その日をどうにかこうにか生きていくのに必死だった。

 そんな中で始めて人と出会い、そのまま紹介された人物が自分好みの美女。不覚にもシノブはその時、

 

(やっと……やっと夢らしい夢になった……っ!)

 

 と、内心で歓喜していたのだ。ひょっとしたらこの時、すでに泣いていたのかもしれない。

 まずは自分の事から話そうとしたシノブの言葉に被せるように、ハウゼン卿と呼ばれていたその女性はそれまで閉じていた口を開き、周囲に控えていた兵士に一つの命令を下した。

 

『その者の衣類を脱がせなさい』

『――すみません。来る所間違えました、失礼いたします』

 

 咄嗟に踵を返し、逃げ出そうとしたシノブを誰が責められるだろう。

 必死に泣きながら駆け抜け、好みの美女にそんな命令をされる夢を見ている自分の趣味について小一時間考えてみたくなった彼を、一体誰が責められるだろう。

 

『逃してはなりません! 衛兵を……ベルヌーイっ!! あの者を――『男』を捕まえて!!』

 

 女性の叫び声が聞こえる度にワラワラと沸いてくる武装した女達をかいくぐり脱出することが出来たのは、まさしく奇跡といえる。

 赤毛を後ろで束ねた、立派な槍を構えた女が立ち塞がって『大人しくしろ。さもなくば――』とか言われた時は、夢の中とはいえそれこそ死を覚悟したものだ。

 

 結局、幸運に幸運が重なりどうにかこうにか逃げ切れたのだが、これが切欠で夢の世界での自分の立場を理解したシノブは放浪の旅へと入ることになる。

 まぁ、その前に妙に深い森の中を一年近く彷徨う事になったのだがそれは割愛。

 

(この世界に来てからおよそ三年。最初のサバイバルで一年。逃亡生活に入ってまた一年。旅と言えるのは一年だけか。せっかくだからこの世界を周ろうとは思ってたけど……)

 

 結局出た答えが、西部に入る関所ギリギリの所まで行って、会えなかったら違う街へと向かうという事だった。

 

(男だとバレれば追いかけまわされるし、姿を隠せば人から怪しまれて生活が思うようにいかない……ホントにこの夢ときたら……)

 

 つくづく『夢』が無い夢だと、シノブはため息を吐く。この夢の中で自分が満たされていると感じた事がほとんどない様な気がしてきた。

 可愛い女の子が薄着――あるいは裸に近い無防備な姿でいる事が多く、そういった光景を見るとドキドキするが、それを押さえなければいけないとなるとストレスは募るばかり。

 逆に、かわいい女の子が人懐っこそうな笑顔を浮かべて近づいてきたら強盗だったり追剥だったり殺人鬼だったりするのだ。

 

(なんてままならない夢だ……)

 

 ふと、街道から左に広がる草原へと目を向ける。

 特に獣の気配もなく、身を隠す場所もないので盗賊も恐らくいないだろう。そもそも、おかみの話ではここら辺はそれほど危険な所ではないらしい。

 少し離れた所に、その草原をくり抜いたように大きな湖が広がっているのが見える。川も見える事から、多分魚もいるだろう。

 

「……絶景と魚をつまみに一杯やるかな」

 

 この夢の世界で、唯一シノブが良かったと思う事。それは、現実世界での年齢制限を一切気にせず、飲酒が楽しめる事だった。

 新品のザックから小さなスキットボトル――中身は女将から勧められたラム酒だ――を取り出したシノブは、今までのよりも軽い足取りで街道をはずれ、湖へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

 

 

 

 

 

 

 何事も、慣れてしまえばそれまで苦痛だった事もそうでなくなるものだ。

 その片腕の少女は、今まで苦手だった乗馬の腕前がそれなりになっている事に少し安堵しながら、街道を西に向けてまっすぐ進んでいた。

 

(盗賊の気配も、人を襲う様な獣の気配もない。文献の多くでは西部といえば魔境の代名詞でしたが……ハウゼン卿。やはり優秀な方の様ですね)

 

 士官学校に置かれていた文献でしか読んだ事がなかったが、一昔前までは街道も繋がっておらず、当時西部で働かされていた開拓民と先住民族を隔離するためだけの場所という認識が強かったらしい。

 それが今では成長し、帝国有数の領地へと発展した。彼女が『知の女傑』と呼ばれるのもよく分かる。

 だが、見方を変えればそれはすなわち、今の西部には欲望を呼び寄せる魅力的な『エサ』が大量にある事を指し示している。

 

(母様は、私にハウゼン卿とのつながりを作る事を求めているのでしょうけど……)

 

 最近の母の動きがよく分からない。彼女は真面目に最近、そう感じていた。

 あれだけ可愛がっていた姉を冷遇したのもそうだ。ついには姉に子供を作れと命じたらしいが……そもそも、一体どんな女性を、あの姉に宛がうつもりだったのだろうか?

 

「姉上……」

 

 親しみを込めて『レーゼ姉さん』と呼ぶと、『騎士らしくない』と叱りはするが、それでも嬉しそうに頬を緩めていた姉の顔を思い浮かべる。

 今、あの人は一体どこにいるのだろうか。

 懐かしさから来る寂しさを振り払う様にゆっくりと深く息を吐き、そしてまたゆっくり吸う。新鮮な空気をゆっくりと味わうのが、彼女の気分転換の方法だ。

 何度かそれを繰り返していると、ふと、吹いてきた風の中に、ほのかな煙の香りが混じっている事に気がついた。

 

「あら……?」

 

 風の吹いてきた方に目を向けると、湖のほとりに誰かが立っているのが目に入った。

 その少し離れた所では黒い煙が立ち上っている。何者かが、そこらに落ちている枝などを燃やして焚き木をしているのだろう。

 

(こんな所でキャンプを? もう少し行けば宿もあるのに……道を知らない者か?)

 

 遠目で見る限り、何をしているのか分かりづらい。おまけにコートか何かを羽織っているのか、全身真っ黒で、動いていなかったら小さな木か何かだろうと見落とすほどだった。

 少し気になった彼女は、声をかけて見ようと馬をそちらに寄せて見ることにした。

 

 

 

 幸い、湖のほとりまで馬ならばそんなに掛からなかった。近づけば近づくほどにその人物の姿はハッキリと見えてくるが……。

 

「…………ど、どこかの街で流行っているのかしら?」

 

 怪しい。

 怪しすぎる。

 文字通り頭のてっぺんからつま先まで真っ黒な布を纏っていて、後ろからでは肌がまったく見えない。

 仮にどこかの街でこれが流行の服だと言うのならば、任務でもない限りその街を訪れる事は遠慮したい。

 どうやらほとりに腰をかけて、夕日に染まっていく湖を肴に酒を嗜んでいるようだ。わずかにだが、安物のスキットボトルを持っているのが見えた。

 たしかに絵になる光景だが、メインとも言うべき人物があからさまな不審者では、ある種の緊迫感にみちあふれた構図となる。

 これほどまでに見事な不審者を、まだ騎士として経験の浅い彼女は見た事が無かった。

 さすがにこれは声をかけて、どのような人物か確かめないとまずいだろう。

 そう判断した彼女は、馬から降りてそっと近づいた。

 少しほろ酔い気分なのか、鼻歌が聞こえてくる。

 帝都ではもちろん、途中立ち寄った街や村でも聞いた事のない歌だ。

 

「そこの者、少し尋ねたいのだが……」

 

 時折、石を積み上げて作った簡単なかまどの上で燻している魚の方をチラチラ見ながら鼻歌を続けているその人物に近づく。すると、それまで生い茂った草に隠されていた荷物が目に入る。

 旅人にしては危なっかしい、粗末な装備だ。恐らくは手入れでもしていたのだろうか、鞄から出して並べられている道具や装備のほとんどはかなり摩耗していた。それらが入っていたのだろう鞄は、汚れ具合から恐らく新品なのだろう。唯一まともな装備といえばそれくらいで、後は今まさに手入れの最中なのだろう手に持った剣くらいか。黒づくめの身体に隠れてハッキリと見えないが、時折わずかに覗かせる刃は中々に立派な渋い輝きを見せた。

 

(しかし、どこかで見た覚えが……)

 

 そして、ふと感じたその懐かしさは正しかった。

 彼女の声に反応して鼻歌と手入れの手を止め、その人物は手入れしていた剣を布でまきながら鞄の上に置こうとし――

 

「――っ! 貴様、その剣はっ!!」

 

 気がつけば彼女はレイピアを抜き、首元に突きつけようとしていた。

 士官学校ではその鋭さと早さから『飛燕』と呼ばれていたその刃は、独特のヒゥンっ! という鋭いを音を発し――

 

  ――カァンっ!!

 

「!?」

 

 そして手にした鞘で、手加減したとはいえ、ある意味で絶対の一撃が弾かれた。

 目の前の怪しい人物は、手放した剣ではなく傍らに置いていた鞘を使い、模擬戦や御前試合でほとんどの相手を一撃で仕留めてきた刃に見事に反応して見せた。

 

「…………」

 

 その人物は何も言わずに腰を上げ、ただじっとこちらを覗っている。

 正直不気味だった。顔が良く見えないほど深いフードを被ってただじっとこっちを向いている得体のしれない――だが恐らくはそれなりの腕を持つ剣士に、未知から来る恐怖を覚える。

 何とか言ったらどうなんだと問いたいが、それよりも彼女には聞かなければならない事があった。

 彼女は抑えきれない興奮と、一抹の不安を胸に叫ぶ。

 

「答えろ! その剣をどこで手に入れた!」

 

 叫ばずにはいられなかった。彼女が尊敬し、敬愛する姉――テレーゼ=リアフィードが、どれだけ変わり者とからかわれても決して手放さなかった二振りの剣を、目の前の不審者が手にしているのだから。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(馬で近づいているのに気付かなかったとか……。やっぱり、夢の中とはいえまだまだ明るいうちから酒を飲んでるのは不味かったか? あぁ、ますます夢のない……)

 

 結構どうでもいい事をぼんやりと考えながら、シノブは鞘を握る手を緩め、目の前の女性に対応できるようにほろ酔い気分の頭を『しゃきっ』と働かせて気持ちを入れ替える。

 事故か何かで失くしたのだろうか、片方しかない腕で細身のレイピアを構えている少女。

 その姿は凛としており、この夢の中で出会った女性達の中でも確実に上位に入る可憐さだった。こんな状況でなければシノブはフードの中で顔を緩めていたに違いない。

 

(っていうか強い。勝てねぇ。何度も受けてたらそのうちブスリっ! か……)

 

 シノブとて、この世界で幾度もの修羅場をくぐり抜けてきた旅人である。

 寝泊まりするためにお邪魔した森の中のボロ家が盗賊団のアジトだったり、雨宿りに入り込んだ洞窟がトラップ満載の遺跡だったり、馬鹿デカイ犬とも馬ともつかない生き物の大軍に襲われたり……。

 およそ二年ばかりの経験とはいえ内容は濃く、盗賊相手ならその大体を撃退出来るほどには腕を上げている。

 おかげで、ようやくこの夢の中限定で少しは腕っ節に自信が持てるようになった所なのだが……

 だからこそというべきか、あるいは幸いにもと言うべきか――目の前の少女と自分の間には恐ろしい程の実力差がある事がシノブには理解出来た。

 

(さて……どうする?)

 

 とりあえず、このおっかない女の子が刀に興味を持っている事は確かなようだ。かといって追剥や盗賊ではない。そういうならず者にしては身なりが立派だったし、先ほど弾いたレイピアもかなりしっかりとしたものだった。

 一瞬この子が落とし主かとも思ったが、あの時後ろ姿を見た女はアッシュブロンドのボブカット風だった。確かにこの子の髪の色は似ているが少々色合いが違う気がするし、何より髪を伸ばしている。

 ひょっとしたらあの時は髪を束ねていたのだろうか? あるいはあの時の子が実は泥棒で、本当の持ち主はこの子だった?

 

(まぁ、悩んだ所でどうせこの娘相手に何か行動がとれるとは思えないし……)

 

 実力差は圧倒的。だが様子を見る限り血を好む様な感じではないし、一度落ちつけば話も通じそうだ。

 シノブは、手に持っていた鞘をくるりと回して刀でいう切っ先側の方に握り変えた。

 攻撃されると思ったのだろうか。レイピアをより高い位置に構え、いつでも突きが放てるようにしている彼女に向けて――シノブはゆっくりと、手にした鞘を差し出した。

 

(降参した方が得……か)

 

 差し出された鞘を、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で凝視している少女の顔を観察しながら、シノブはひっそりとそんなことを考えていた。

 

 

 

 


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