男であるのがそんなに悪いか!!   作:rikka

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二人の調査

 傭兵達が主に活動している駐屯地は、城壁から少し離れた所にあった。

 すぐさま足を引き返して、商業特区に向かおうと思ったのだが、とりあえず見れるのならば駐屯地を見ておいても悪くはないだろうと、こちらに来ていた。

 

 すでに雨は上がっているのだが、やはり地面はぬかるんでいる。

 まぁ、駐屯地の柵の向こうは全体的に石を敷き詰めているようだが……。

 

(なんつーか、キャンプ場みたいな感じだな……)

 

 スレイと共にこちらに来た時には無かったはず。本当に最近建てられたのだろう。

 木造や石造りの建物はほとんどなく、おそらく濡れると不味い飼い葉や装備などをしまっているのだろう倉庫らしきもの以外は、ほぼ全て丈夫そうな布を何枚も重ね合わせて作ったテントだ。

 

「ん? テレーゼ、お前は今日は休息日じゃなかったか?」

 

 所々にある簡単な焚き木跡の上に吊るされた鍋は中身が空っぽで、その下には完全に炭化した薪がある。もう食事は終えたのだろう。

 色々観察をしている間に人気(ひとけ)のないテントの影から、一人の女が出て来た。

 聞いた話だと一応小隊長という身分のレーゼに普通に声をかけると言う事は、この女兵士も同じ位の立場なのだろう。

 

「そうだ。知人がここに興味があるというので案内しに来たのだが……この様子では出陣か?」

「あぁ、なんでも賊が集まっている気配があるらしくてな。騎兵を中心に出陣だ。あとで外の警戒に、中の兵士を回してくれるらしい」

 

 賊が出たと聞き、テレーゼは眉をひそめるが女兵士は軽く肩をすくめるだけだ。

 

「まぁ、目撃例の出た所を徹底的に調べて――場合によってはその辺りに陣を新しく作るかもって話してたよ」

「む? ここの防衛はどうする」

「さぁ……人員適当に割いて、向こうとこっちで交互に配備されるんじゃないか?」

 

 二人が色々と話している間に、辺りから人が出る気配はない。――というか、人の気配がほとんどない。

 ちょっとだけ作りのしっかりした建物――感じからして、おそらく兵糧庫だろうか? そこに守りの兵士10名程度がいるだけだ。

 

(マジで空っぽなのか? 仮にも一応は軍の駐屯地……あぁ、でも傭兵寄せ集めた即席隊って言ってたな)

 

 森を抜けてからの旅の間、数度だけ傭兵という存在を見たことがある。

 傭兵と、名乗っている存在を。

 

(いやでもアイツラほとんど盗賊だったよなぁ……)

 

 容赦なく身ぐるみ剥がそうとしたり、勝手な通行料を徴収しようとしたり、まぁなんとも面倒な連中だった。

 もし、彼女達が今レーゼと話している兵士くらい話の通じる相手だったら、無駄に殺す事もなかったのだが……。

 

「しかしそうか、コイツに少しここらを見せて回りたかったのだが……」

「別にいいんじゃないかい? 大事な物なんざここにゃないし、その腕輪、リアフィード家の関係者だろう? こんな駐屯地で何見た所で問題になるわけないさ」

「ふむ……」

 

 レーゼはしばし一人で考え込むと、俺の方に顔を向ける。

 無論、もう一人の女兵士もだ。

 フードはしっかり深く被っているし、髭もここ数日はいつも以上に念入りに剃っている。……大丈夫だよな?

 

(よし、商業特区行ったら、ついでに仮面探そう。なんかちょうどいい感じの奴)

 

 頭の中で調査ついでの買い物リストを作成しながら、どうした? っとレーゼに声をかける。

 

「せっかくだし、少し見て回ろう。お前も現状は気になっているのだろう? お前の観察眼ならば、なにかに気付くかもしれん」

「……そこまで期待されてもな」

 

 どうにも、レーゼは俺を特別視しすぎている。

 まぁ、こんな腕輪を身に付けている以上仕方ないのかもしれないが……

 

 テレーゼと兵士が先行するように、倉庫周りの石が敷きつめられている道を歩く。

 おそらく装備周りを扱う施設のため、ある程度整備が必要だったのだろう。

 

(混戦時とか、埃は意外とやっかいだもんなぁ……)

 

 利用した側ではあるが。

 そうこうしている内に、倉庫らしき建物に着く。

 すぐそばには、大きな横長の焚き木の跡と、その上に何かをかけていたのだろう長い棒が横に吊るされている。

 臭いからして、恐らく獣皮を燻して簡易の革なめしを行っていたのだろう。装備品の応急処置用か。

 

「まぁ、見る物自体ほとんどないけど好きに見て行きな」 

「あぁ、そうさせてもらおう」

 

 倉庫の中は、ある程度の槍や盾、そして補修用の革や布の束、それらで作られた小袋などがある程度積まれている。

 奥には、おそらく新調した装備等が入っていたのだろう木箱の山が積み上げられている。

 

(……やっぱり、数が少ないな)

 

 兵士が結構出ていると言っていたし、ほとんどの装備は持ってかれているのだろう。

 それに、傭兵連中ならば自前の武器を持ってきているだろうし、こんなものか。

 

「ふぅん……」

 

 レーゼと共に、倉庫の中へと一歩踏み込む。そして更に二歩踏み込み――

 

 

 

 

「「…………ん?」」

 

 

 

 

 俺とレーゼは同時に声を出し、そして同時に顔を見合わせるのだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「君の言うとおりにしたが……やはり危ういな。計画をかなり前倒しにする以上、どこかにしわ寄せが来ると思うが……」

 

 長身の女――シオンは軽く伸びをしながら、車椅子の少女にそう声をかける。

 

「えぇ、構わないわ。肝心の根っこはもう押さえているし、本命はそもそも別にあるもの」

 

 だが、少女はシオンの懸念など瑣末な事だと言わんばかりに一言でそれを斬って捨てる。

 

「ハウゼン卿の動きは大体読める。どこまで行ったところで個人は個人」

 

 どこかのやや広い、石造りのしっかりした部屋の中に彼女達はいる。

 リディア=ハウゼンの政策、あるいは彼女がここに来た事によって割を喰らった人間の密会場所――と言う名の愚痴吐き部屋である。

 

「えぇ、彼女は優秀。とっても優秀」

 

 少女は、本来椅子が設置されている場所にそのまま車椅子を押しこみ、その上にいつも通り腰かけていた。

 

「でも個人。だからこそ個人。彼女は上に立てば立つほど動きが読みやすい人間よ。手ごわいと感じるでしょうけど、それだけ。ただそれだけ。それよりも――」

 

 少女は、お気に入りの飴を口の中で転がしている時の様な恍惚とした顔で、シオンに逆に質問する。

 

「シノブはどうしているのかしら??」

「あぁ、彼女なら『隻腕』の姉と共に傭兵部隊の駐屯地を見て回ったようだ。見張りに付けておいたニキから先ほど伝書鳩による報告があった」

 

 シオンは、困った顔で少女に、

 

「いいのか? 彼女は貴重な人材だ。それを、わざわざ女一人の見張りに使うなんて……随分と非効率的じゃないかい? こっちは無能共の兵を取り込んだばかりなんだぞ」

 

 と釘をさす。事実、今現在彼女たちはなんとか帳尻を合わせながら計画を進めている。

 

「いいのよ、当てはあるわ。それに、彼女は普通ではない。それだけの価値のある女性よ」

「……まぁ、リアフィードの腕章を与えられる人間である時点で稀有な人間だとは思うが……」

 

 シオンから見て、シノブという女は興味を惹かれる所は確かに多々あるが、大勢に影響を及ぼせるほどの力を持っているようには見えなかった。

 

「大局を動かすには、強欲である事が不可欠だ。彼女はそれに当てはまらない様に見えるが……」

 

 もし、あの黒尽くめの女が力を持つ資格のある人間ならば、既に城に入って積極的に流れに介入しているはずだ。

 偶然力を手にするなど、よほどの運を――天を味方にしなければ不可能だ。

 金、人、武、知……およそ力と言う物は、本人がそれを強く望み、そして動かなければ手に入らない物だ。

 

「そうね……確かに、物事を動かすのに欲は必須」

 

 それは少女も熟知していることだった。

 なにせ、そういう強欲な人間を相手にしてきて、身体というハンディを背負いながらもねじ伏せたのが彼女だからだ。

 

「でも、それが本人の欲である必要があるのかしら?」

「ん?」

「彼女の周りに強い欲……美しくない言葉ね。そう――強い願いを持つ人間がいれば」

 

 ふと、シオンは一人の女を思い浮かべた。

 シノブという女をこの地へ連れてきた、若き剣士。未来の将。――『隻腕』スレイ=リアフィード。

 

「そしてシノブが――どこか違う物の捕らえ方をする彼女が、その誰かに力を貸そうと心から願えば……」

 

 まるで宙に舞う羽毛をそっと包み取るように、静かに少女は手を合わせる。

 少し作法が違うが、まるで神に祈る様に。

 もっとも、少女は神に祈った事など一度もないが。

 

「あぁ、そうそうシオン、それでシノブはそれからどうしているのかしら? 宿に戻るのならば、身を軽く清めてからもう一度シノブと話しておきたいのだけれど」

「さて、今の所まだ通達は……というか、鳩も放したばかりだし……おや?」

 

 連絡に使っている伝書鳩が飛んで来ていないか窓から外を確認し、その後なんとなく下を見下ろしたシオンは、意外そうに声を上げ、

 

「こっちに来てるよ、彼女」

「…………なんですって?」

 

 ずっと御機嫌だった少女が、初めて不機嫌そうに眉をひそめた。

 

「商業特区なんて、少々値の張る交易品の他は倉庫と商人達の特別住居しかないのに……」

 

 対してシオンは、興味深いと目を細めて薄く笑っていた。

 まだ離れているがそれでも一目で分かる黒衣の女は、『隻腕』の姉と共にこちらに向かってきている。

 

「まさかとは思うが、何か掴んだのかな?」

 

 もしそうならば、なるほど少女の言うとおり油断できない存在だ。

 やはり、この少女の人を見る目はずば抜けている。

 そう褒めようとしてシオンは振り向き、そしてまた苦笑する。

 

「何頬を膨らませているんだい?」

「だって、せっかくこっちにまで来てくれているのに身を清める時間がないんだもの」

 

 あの役立たず共の会議を耳にしていた時以上に不機嫌なその様子に、シオンは思わず吹いてしまう。

 それをみて、少女はますます不機嫌になる。

 

「あーあ、こんなことなら、もっと物を選べばよかったわ。車椅子はもう一台あるからいいけど」

 

 そう言って少女は、車椅子を少し下げる。

 キィ……と、車輪が軋む音のすぐ後に、ガタンっと何かにぶつかる音がする。

 

「あら、踏んじゃったわ」

 

 視線を下に向ける少女の目に映るのは、車輪の下敷きになっている人の手。

 それを車輪から外そうとして、もう一度強く車椅子を操る。

 もう一度、ガタンっという音がして車椅子は手の向こう側に軽く落ちる。だが、手を引かれた当人の声はしない。

 

「無駄な時間を使わされたのだから、せめて楽しめるようにしようって言ったのは君じゃないか……」

 

 シオンが、車椅子を押してやろうと一歩踏み出す。

 響いたのは床を叩く靴音ではなく、水たまりに足を入れた音。

 

 

 辺り一面が、血に染まっていた。

 

 辺り一面に、この部屋の常連のほとんどが転がっていた。

 

 誰もが苦悶の表情を浮かべ、誰もが身体のどこかを掻き毟り、誰もが鼻や口から血をまきちらし――誰もがそのまま息絶えていた。

 

 身体も、床も――この部屋を、紅く染め上げて。

 

 

 

 

 

「はぁ……。臭い、落とさなきゃ。シオン、押して」

「はいはい」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「レーゼ」

「あぁ……」

 

 当初の目的だった将軍から話を聞くという事が不可能になったため、適当に陣地の様子を見た後、俺たちは商業特区へと向かっていた。

 互いに違和感を覚えながら。

 

「……柔らかかったな、土」

 

 俺が、そしてレーゼが感じた違和感は、地面に敷きつめられたレンガだ。

 繋ぎはなく、おそらくビッチリ並べた後に軽く叩いたのだろう。

 そしてそういう地面はある程度使いこまれた建物ならば、大体ある程度は固定されている物だが……

 

「あの倉庫は簡易駐屯地を設立した時に、真っ先に建てられた物だと聞いている」

「入った事は?」

「入隊した時に一度、数日前の大森林周辺の定期巡回の時の装備の補充でもう一度、その時には特に違和感はなかった」

「……あれ、多分なにか掘り返したんだよな?」

「……恐らく」

 

 あの女兵士は特に何も言わず、だが怪訝な顔で俺たちを見ていたから気にならなかったのだろう。

 

「にしても、よく気がついたなシノブ」

「色々あって霧の濃い森の中とか、日光ほぼゼロの森の中歩いたりとかしていたからな。足元は敏感になってるんだ」

「あぁ……分かる」

 

 なるほど。の一言くらいで終わるかと思っていたが、思いのほかレーゼはやけに実感のこもった肯定の言葉を口にしながら頷いていた。

 

「似たような経験が?」

 

 おもわず、口に出していた。

 

「ずっと一人で旅をしていたからな。泥を踏んだ時の感触の差異に気付かないと底なし沼にはまったりして……こう、な……掴む物がなかったら今頃ここにはいなかった」

「分かる。すごく分かる」

 

 あぁ、コイツ本当に俺と似たような経験してやがる。

 自分も、こっちにきてからの最初の一年は地形が最大の敵だった。

 

「しかし……なぜ倉庫の床を掘り返した?」

「そもそもいつから、何を埋めていたのか」

「歩きまわりながら感触確かめたけど、結構広かったぞ」

「あぁ……レンガの間に挟まっている土の様子からもそれは分かった」

「となると、あそこを掘ったのは最近か」

 

 正直、あの宿の一階で飲みながら話していた時は脳筋勢の一人と思っていたが、かなり観察力の高い人間の様だ。

 まぁ、今の話を聞く限り一人で旅をしていたようだし、その時に鍛えられたのだろう。

 観察して、食糧や水場、そして危険の気配を感じ取れなければ本当に容易く死ぬのだ。

 自分は現実側で知識を常に取り入れているからどうにかこうにかやっていけているが……。

 

「だが……なぜだ? 何かを隠していたのか?」

 

 レーゼは、心底納得がいかないという顔をしている。

 

「さて、な。それならもっと上手い隠し方もあった気がするんだが……というか、長く埋めていたら痛むんじゃないか? その、埋めていた物にも寄るが」

「ふむ……」

 

 考え込むレーゼの姿は、どこか(さま)になっている。

 かなり身勝手な意見だが、酒を飲んでどうにか笑い飛ばそうとしている時よりも好感を覚える。

 

「御禁制の品? 例えば薬や密造酒……」

「そこまで酒類の取り締まりが厳しくないここで密造酒がそこまで金になるとは思えんし。薬の類は……」

「そうだな。駄目になる可能性も十分ある。そんな物を埋めるわけがないか」

 

 商業特区には、まばらにしか人がいない。

 俺はてっきり市場をもっと凄くした場所だと思っていたのだが、自分でも分かるものは交易品の類の店と、ちょっとした飯屋だけ。後はお偉い商人の家や、あるいは一部の加工品……例えば板や革や布、紙、紐等の製造工場がいくつかある程度だ。

 

「立派に壁で囲まれているんだ。テントと違って灯りも漏れないし、外から見えない事するには悪くないが……」

「ふむ……っと」

 

 ふと、濡れた煉瓦(レンガ)の臭いに慣れてきた鼻が違う臭いを感知する。

 程良く焼ける、肉と香草の香ばしい香りだ。

 

「……腹、減ったな」

「せっかくだ、何か腹に詰めておくか」

 

 臭いの元はすぐに分かる。ちょうど通り過ぎようとしていた飯屋だ。

 もう昼はとっくに過ぎているのだが、恐らくちょっとした軽食を出すのだろう。

 ちっぽけな飯屋の表の、とても小さな小屋――というか屋台での後ろでは、コンビニのおでんのように仕切りがいくつもある鍋に野菜や肉が煮込まれ、その隣では店の人間が吊るされた燻製肉を外して削り始めている。

 

 なんとなく、その様子をボーっと見ているレーゼが、唐突にあっと声を出した。

 

「おい、シノブ」

「なんだ?」

「お前、狩りは得意か?」

「まぁまぁ、かな。スレイからは投石の腕前は褒められたし、実際それで鳥とか小型の獣を捕まえてるから」

「なら、罠を使う事はそんなに?」

「あー、寝る前に周辺にちょくちょく張ってはいるけど得意ってほどじゃ――あ」

 

 俺も、レーゼの言いたい事に気が付いた。

 

「――そうか、臭い消しか……っ」

 

 真新しい金属の臭いというのは、ある程度距離が離れているのならば分からないだろうが、間近ならばすぐに分かるくらい独特の臭いがする。嗅覚の鋭い獣なら確実に分かるだろう。

 そのため、農村などで使うベアトラップ(トラバサミ)や、針金など、罠やそれに使う金属類は必ず一度は2,3日は土に埋めてその臭いを消すのだ。

 

「しかし……集団で行動する軍で臭い消しが必要か?」

「そもそも、そんな事をするのならば私に情報は入っているはず……ん、やはり違うか」

 

 あまり自分に自信がないのか、すぐに自分の意見を下げようとするレーゼ。だが――

 

「……おい、とりあえず矢を作るのに適してる工房や、貯めておけそうな倉庫探ってみよう。嫌な感じがする所はさっさと潰しておいた方がいい」

 

 妙に胸騒ぎがしていた。

 この世界を訪れている時、度々胸の奥から湧きあがる危機感が――全力で頭の中で大合唱を始め出した。

 

 

 

 


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