麻雀少女に愛を囁く   作:小早川 桂

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同じ会社に所属し、それぞれ人気者の宮永姉妹のマネージャーとして働いている弘世菫と須賀京太郎。
二人は苦労人気質なせいもあってか、親睦を深めていき、今となっては遠慮のいらない仲にまで進展していた。


11-チョロイン弘世菫さん

「断られた~!!」

 

 ダンと空になったグラスをテーブルにたたきつけて、弘世菫(わたし)は突っ伏す。

 

 現場では頼りにされている上司の他人には見せられない姿に、部下の須賀京太郎は苦笑いしていた。

 

「またダメだったんですか、縁談」

 

「またって言うな! まだ10敗だ!」

 

「ついに二桁数に……」

 

「うっ!」

 

 自分を慕ってくれる部下の容赦ない言葉に胸が苦しくなる。

 

 わかっている。わかっているんだ、がけっぷちに立たされていることくらいは。

 

 私も今年で29歳。正確には29歳と2か月。

 

 他人事だと思っていた地獄の30代までもう猶予はほとんど残っていない。

 

 女として生まれたからには独身という結果だけは避けたかった。

 

 だが、人気者のマネージャーとしての責務に忙殺され続け、気が付けばこんな年齢。

 

 私を焦らせたのは、それだけじゃない。

 

 学生時代の友人たちによる結婚ラッシュで何度も見せられる幸せそうな笑顔。

 

 一緒にご飯を作ったり、子供が生まれて新しい家を買ったり、家族旅行に出かけて思い出を作ったり……。

 

 そんな温かい家庭を築くのだろう。

 

 招待された結婚式の帰路で想像を膨らませる私を待ち構えるのは暗い玄関。

 

 空虚な「ただいま」の声。

 

 部屋に響くレンジの『チン』。ビール缶で膨れ上がったごみ袋。

 

 仕事部屋だけでは飽き足らず、リビングにまで散らばった書類の数々。

 

『いつかは結婚できるだろう』と甘い考えに逃げていた私もさすがに重い腰を上げて両親に頼み込んだ。

 

 ……が、どれも上手くいかずに今年に入って10連敗。

 

 まだ1年の半分だぞ……? 

 

「須賀……私のどこがダメなんだ……? 教えてくれ、治すから……」

 

「俺は弘世部長は女性としてすごく魅力的だと思います」

 

「じゃあ、どうして私はお前と飲んでいるんだ……うぅ……!」

 

 自分で言うのもなんだが、容姿は平均よりは上のレベルにあると思う。学生時代には何度もモデルまがいの仕事も受けていた。

 

 財力もあるし、相手は専業主婦をやってくれてもいい。

 

 あまり料理は得意じゃないから、むしろ歓迎するほどだ。

 

「それはほら……例のあれじゃないですか」

 

「……やっぱりそう思うか?」

 

 コクリと須賀はうなずく。

 

 私が縁談相手に必ず伝える内容を彼は知っている。

 

「今どき結婚する日までキスもさせてもらえないのは、あまり受けはよくないかと」

 

「だって……何事も初めては一生を添い遂げる相手に捧げたいだろう? おかしいことか?」

 

「現実的ではありませんね」

 

「むぅ……」 

 

 ぐうの音もでない正論に言葉を詰まらせた私は一口サイズの唐揚げをつまむ。

 

 じゅわりと衣の中に閉じ込められた旨みが口いっぱいに広がった。

 

「……本当に美味いな。須賀の料理は……」

 

 こうやって彼の家で飲んで、酔っぱらった私の愚痴を聞かせるのも定番となった。

 

 須賀は近年には珍しいとてもまじめな若者だ。

 

 自分を律することができ、困った者がいれば利益など考えずに手を差し伸べる。

 

 誰とでも分け隔てなく接し、事務所のみんなから人気があるのも彼にかけられる声を数えればすぐにわかる。

 

 同じ苦労人という共通点もあるが、清廉潔白な彼を気に入って可愛がるのは当然の流れだったかもしれない。

 

 ……そんな彼の優しさに甘えてしまっているのは情けない限りだが。

 

「そう言ってもらえると作ったかいがありますよ」

 

「性格もよくて、顔もよくて、料理もできて、稼ぎもある。須賀は私と違ってモテるだろうなー」

 

「……モテても意味ないですよ。本命に振り向いてもらえないなら、どんな努力をしたってね」

 

 ――でも、それも今日までにします。

 

 そう続けて須賀はグラスの酒を一気に煽る。

 

 ゴクリと喉を鳴らして飲み干すと、わずかに顔を赤くさせて私を見つめていた。

 

「す、須賀?」

 

「この間、受付の人に告白されました」

 

「なに!? お前、後輩のくせに抜け駆けするつもりか!」

 

「いえ、断りました」

 

「ば、ばか! 本当に私に気を遣ってどうする! え、遠慮なく結婚式に私を呼んでいいんだぞ?」

 

「違います。もっとちゃんとした理由です。そんなの彼女に失礼じゃないですか」

 

「なら、どうして!」

 

 私の追及に須賀は一つ間を開けて、予想だにしなかった言葉を口にした。

 

「好きです。世界の誰よりも弘世部長を愛しています」

 

「…………え?」

 

「弘世菫さん。俺はあなたが好きなんです」

 

「はぁ!?」

 

 2度もはっきりと告げられた後輩からの愛の告白に、思わず汚い反応を返してしまう。

 

 なんとか取り繕うとするも、顔が火照って頭が回らない。

 

「う、嘘だ! わ、私をからかってるんだろう、須賀!」

 

「好きでもない女性の愚痴に毎回付き合う男がいますか? 俺はそんなにできた人間じゃありません」

 

「うっ……。で、でも、あんなに醜態をさらして幻滅したりしているはずだろう! それがどうして、す、す、好きとか……」

 

「そんなダメなところも好きなんです。それに嬉しかったんですよ。包み隠さず話してくれるくらいには俺を信頼してくれているんだって」

 

 須賀は身を乗り出して私との距離を詰める。

 

 彼の力強い意志のこもった瞳がすぐ近くにまで迫っていた。

 

「好きです。キスも我慢できます。弘世部長が俺を好きになってくれるまで頑張ります。だから、俺と付き合ってください」

 

「い、いきなりそんなこと言われても、私にも気持ちという物が……」

 

 まっすぐな眼差しと言葉が私の心を貫いた。

 

 今まで意識したこともなかった相手からの愛に揺さぶられた私はしどろもどろになってしまう。

 

 男として彼を見てしまい、目線を合わすことすらままならない。

 

 忘れていた乙女な感情が嬉しさと恥ずかしさに挟まれて、まともな思考ができそうになかった。

 

 ……いやいや、それはダメだ。

 

 私は『行き遅れ』のアラサー上司。須賀は女子から人気の優良物件な部下。

 

 そんな関係の二人が結婚したとなれば、周囲からの目はあまりよくないものになる。

 

 焦った私が脅して彼に無理やり結婚を承諾させたと思われるに違いない。

 

 将来が有望な須賀のためにも、ここは心を鬼にして断るべきだ。

 

「須賀。今の話はなかったことに――」

 

「俺は弘世部長と結婚したいんです」

 

「……い」

 

「い?」

 

「……一回デートしてから、決めさせてくれ……」

 

 べ、別に結婚って言葉につられたわけではないし!?

 

 ほ、ほら! こんなに熱心に想いを伝えてくれる相手を無碍にするのも失礼だからな!

 

 落ち着いた状態で話し合えば、聡い須賀ならわかってくれるはずさ。

 

 一度でもデートしたら須賀も少しは納得してくれるだろう。

 

 それに告白されたからって、いきなりオーケーを出すのもおかしな話だしな、うん!

 

 いくら焦っているからと言って、簡単になびく女じゃないぞ!

 

 なのに、返事を聞いた須賀はなぜか勝ちを確信したような笑みを浮かべている。

 

「な、なんだ。その余裕な顔は」

 

「弘世部長とデートできるとわかって嬉しいんです」

 

「ふん! せ、せめて退屈だと思わせないように気を付けるんだな!」

 

「絶対に楽しい時間にすることを約束しますね」

 

 私の強気な発言にも彼の笑顔は全く崩れない。

 

 くっ……! 覚えているがいい、須賀京太郎。

 

 絶対に一回デートに行ったくらいで落ちたりしないんだからな!




お久しぶりです。

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