恋の瞳がひらくとき   作:こまるん

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お久しぶりです。半年空いてしまいました。
次はもう少しでも短い期間で出したいなぁと。

息抜きで書いていたら仕上がったので投稿しちゃいます。まだ活動休止期間ではありますが。



前話までのあらすじ
一人残され、途方に暮れる裕也。
狼の群れに囲まれ、彼は死を覚悟する。
時を同じくして、人形使いの少女は散策中、やけに静かな森に違和感を覚えていた。
偶然の糸が絡まり合い、辛くも生還した裕也。果たして、彼を待つ運命は──?






選択

「……飲めるかしら?」

 

 その言葉とともに差し出されたのは、可愛らしいデザインのティーカップ。

 あまり馴染みのない飲み物のようであったが、小さく頷いてから口に含む。

 

 仄かに香るそれを、ゆっくりと嚥下する。

 そうしているうちに、少しずつ心が落ち着いてくるような気がした。

 

「鎮静効果のあるハーブを少しだけ混ぜてみたのだけど……少しは落ち着いた?」

 

 コクリと頷く。彼女はふわりと微笑んだ。

 

「自己紹介がまだだったわね。 私はアリス・マーガトロイド。アリスと呼んでくれれば良いわ」

 

 アリスと名乗った女性を改めて見やる。

 金色の髪はストレートに伸ばされ、瞳は青色に輝いている。均整の取れた顔立ち、白く透くような肌は、まるで人形のよう。絵本の中から出てましたと言われても信じてしまうかもしれない。

 

──こいしが美少女なら、この人はまさに美人ってところかな

 

 不意によぎった想いが、チクリと胸を痛める。こいしだ。こいしを探さないと……

 

「待ちなさい。焦りは決して良い結果を産まないわ。ほら、あなたの名前を教えてくれないかしら?」

 

 そっと肩を抑えられ、我に返る。無意識に腰を浮かせようとしていたらしい。

 そうだ、落ち着こう。焦っても良いことは無いだろうし、それになにより、助けてくれた彼女に失礼だ。

 

「……俺は、柊 裕也 です。あの、助けて頂いてありがとうございました」

 

「良いの。たまたま通りかかっただけだから、気にしないで。頭を上げてちょうだい?」

 

 礼とともに下げていた頭を上げ、改めてアリスと向かい合う。

 柔らかな笑みを浮かべていた彼女が、少し真面目な顔つきになった。

 

「……それで、どうしてあんなところにいたのか、聞いても良いかしら?」

 

──当然、聞かれるよなぁ……

 

 わかってはいたが、改めて問われると、こいしへの想いやら、立入禁止の場所に深入りした結果目の前の女性に多大な迷惑を掛けたことやら、様々なことが胸をめぐる。

 思わず俯いてしまった。

 

「……もちろん、無理にとは言わないわ。でも、話すことで楽になることもあると思うの」

 

 穏やかな声が、耳をうつ。チラリと見たアリスの顔は慈愛に満ちていた。

 

 ポツリ、ポツリと話し始める。

 ある日、突然雪の中を女の子が訪ねてきたこと。

 こいしと名乗った少女は、暫しの暖をとって帰っていったこと。

 そこから始まった奇妙な縁は、気付けば数ヶ月も続いていたこと。

 いつしか彼女と会うことそのものが楽しみになっていたこと。

 そして──

 

 所々つっかえつっかえだった話は、決して聞いていて良い気分では無かっただろう。

 けれど、アリスは、優しい笑みを浮かべたまま、最後まで、静かに聞いてくれた。

 

 話せば話すほどこいしへの想いは強くなって。自分が惨めになって。

 話し終えた時には、涙がこぼれた。 歯を食いしばって堪えようとしたけど、出来なかった。

 

 不意に目の前が暗くなり、甘い香りに包まれる。

 抱きしめられている、ということを理解するまで、少し時間がかかった。

 

「……辛かったでしょう。大丈夫。今は、甘えて良いのよ」

 

 諭すような声が、耳をくすぐる。

 まるで幼子をあやすかのように、背中を優しくさすられる。

 全てを委ねてしまいたくなるような、そんな温かさに包まれて。

 

 俺は、初めて、誰かの胸で泣いた──

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 あの後、俺は寝てしまったらしい。

 余程疲れたのだろうと言われたが、まるで子供のような自らの振る舞いに、起きてしばらくは顔から火が出る思いだった。

 

「……貴方が取れる手は、大きく三つあるわ」

 

 落ち着いた頃を見計らって、アリスが声をかけてくる。

 彼女は隣で、寄り添うようにして話を続ける。

 

「……ひとつめ。人間と妖怪という、大きな壁がある以上、こいしのことはすっぱり諦める。これが一番安全で、楽ね」

 

 なるほど、確かに、今回の亀裂の一番の原因は種の差だ。

 そしてこれはもちろん、後に修復されたところで一生付きまとってくる問題。

 それを思えば、完全に諦めてしまうのが最終的には一番楽なのかもしれない。

 

──でも。

 

「ええ、そうよね。そんな理由で諦められるくらいなら、今こうしていないわよね」

 

 頷く。

 

「……人間と、妖怪との壁は、あなたの想像よりはるかに大きく、重いわよ。それを乗り越え、全てを受け入れる覚悟はあるかしら?」

 

 思わずアリスの顔を見る。彼女は真剣な瞳でこちらを見つめていた。

 覚悟? 愚問だ。 もう二度と、こいしにあんな顔はさせない。

 強く目を見返す。 俺は、逃げない。逃げたくない!

 

 しばらくそうしていると、アリスがふっと表情を崩した。

 

「……良いわ。教えてあげる。あの子の家は、地底の奥深く。地霊殿と呼ばれるところに、姉と、たくさんのペット達と暮らしているわ。

 ほぼ確実に、今のこいしはそこにいるでしょう。当分は館にこもっているはずよ。

 地底へは、山の麓に大穴があるから、そこから向かうことができるわ。

 ただし、そこはひときわ強力な妖怪が大量に巣食う世界。昔ほどでは無いにせよ、生身の人間が行ったところで命の保証はできないわね」

 

 アリスの表情は真剣だ。実際に、それだけ危険なところなのだろう。

 

「貴方が取れる手は二つ……といっても、実質一つね。

 一つは、今すぐ地底に向かい、こいしの所を目指すこと。気が急いて、どうしても我慢出来ないのならこれね。

 もっとも、私が案内できるのは大穴までだし、そこからは、ただの人間でしかないあなたひとりの力でたどり着く必要が有るわ。正直、ただの自殺行為ね」

 

 しゃにむに向かうのは最大の愚策であると、アリスは切って捨てる。

 これは、どうしても気が焦りがちになってしまう俺に対しての警告でもあるのかもしれない。

 

「……もう一つ。一ヶ月、我慢しなさい。その間、私がみっちり鍛えてあげる。その力でもって、地底に乗り込むのよ」

 

 心なしか、彼女の声に力がこもる。アリスとしても、この手しか有り得ないと思っているのだろう。

 助けてもらったばかりか、修行までつけてもらえるなんて、有難いというレベルではない。 けれど。

 

「……一ヶ月で、妖怪相手に何とかできるようになるものなんですか?」

 

 これは聞かないといけない。 俺は所詮ただの人間。一ヶ月程度では気休めにもならないのでは。 そう思ってしまう。

 

 俺の問いに、アリスはもっともだと言わんばかりに頷いた。

 

「普通は無理よ。でもね、この世界には、弱者が強者に対抗できる、唯一無二の法則があるの。”スペルカードルール”。貴方も名前くらいは聞いたことがあるのではないかしら?

 詳しくはまた話すとして、それを利用する前提なら、後はあなたの頑張り次第では充分間に合うわ」

 

 なるほど、そういうことなら良い……のか?なんだろう。何かがひっかかる。

 まあいい。どのみち、アリスを信じるしか道はないんだ。

 

「二つ目で、お願いします」

 

 焦る気持ちはもちろんある。けれど、急いだ結果、半ばで倒れることになっては元も子も無いんだ。

 それなら、たとえもどかしくとも、できる準備には徹しないと。

 

 俺の答えに、アリスは満足気に微笑んだ。

 

「わかったわ。一ヶ月、厳しくいくわよ?」

 

「はい!」

 

 力強く返す。

 いつの間に寄ってきていたのか、足下にいた黒猫が、応えるように にゃあ、と鳴いたのが印象的だった──

 

 


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